数分前、ミスティ達は旧大倉庫に辿り着き、大きな斬痕のあった巨大な扉から中へと入った。
.....斬痕に心当たりのあったゾブとケイジは冷や汗を流しながら見て見ぬフリをしてミスティに続いた。
「.....誰も、いないわね」
「誰もいませんね」
ミスティがキョロキョロと周囲を見渡して誰もいないことを確認した後にゾブとケイジが念の為に周辺を探ってみるが、特に怪しい部分は見つからなかった。
ミスティはキョロキョロと周囲を観察しながら歩き始める。
「だが、何かあったのはたしかだな。さっきの扉といい、扉の隣には穴も空いている」
「そうね。ついでに上の方にも大きな穴が空いてるわね、部分的にだけど、床には魔力による障壁も張られてるし」
レッドはミスティの肩の上から冷静に状態を推測し、ミスティは床に手を触れて床の材質を調べていた。
コン、コン、と杖で床を叩きながら移動し、ある一点に止まる。
「今私が歩いたところに魔力による障壁がある。床の材質は鉄だけどここを潜るのは無理ね」
「と、いいますと?」
ゾブがミスティに尋ねると、ニヤリと笑みを浮かべて杖で再度コツンと床を叩いた。
魔力障壁の効果範囲外の部分で。
「そこ以外、つまり只の鉄なら私の領分ってことよ」
ぐにゃり、とミスティの足元が大きく歪み床に穴が開いた。
杖で触れた部分の鉄を除けて下に続く通路に直接繋げたのだ。
「おぉ!」
「下がダメなら外に探しにいかなきゃならなかったからよかったわ」
ミスティ達は、そのまま下のフロアに下りる。
最初に目に飛び込んで来た光景は倒れる人、人、人だった。
おそらくゴルドス一派の簡易構成員だろう。
ミスティを先頭にゾブ、ケイジは周囲を警戒しながら続くが、敵は全滅しているようで一向に現れる気配はなかった。
「ミスティさん、どうしてここに下があると思ったんですか?」
ケイジがミスティに質問をする。
「上に、正確には床の鉄に魔力が残留していたのよ。その魔力が下方向を示していたから下があると考えたのよ」
「それに、下から僅かだが空気が通っていた。下に空間がなければありえないことだ」
レッドが付け足して説明する。
長い間生きている故か鳥であるため常に風を意識していたためかはわからない。
しかし、どちらにしてもゾブとケイジとは経験も踏んできた場数も大きく違っていることを実感させられた。
「.....レッド、ちょっと急ぐから後からついてきてもらっていい?」
「どうした、何かあったのか?」
「下から凄い魔力を感じる。多分敵の中でも凄腕の魔術師ね、私が行かないとライム君たちが危ないかもしれない」
ミスティは真剣な表情でレッドに告げた。
ライムとレッドと出会う前までは一人で旅をしていたミスティ、どれだけ多くの街や難所を突破してきたかはわからないが、少なくともライムよりかは長い間旅をしている。
普段は強者の風格を全く感じさせないミスティだが、オンオフの切り替えは出来る人物である。
「ということはお前は先行するんだな?」
「えぇ、あの二人も連れてきてくれると嬉しいわね」
「元からそのつもりだ、俺達はお前を追いかければいいんだな」
「お願い、ね!」
ミスティはその言葉を発すると同時に自らの体を鉄に委ねて鉄と同化し、どこかに行ってしまった。
「....................................追いかけられるかー!」
ゾブとケイジはレッドが突然叫び出したことに驚き、ビクリ!と肩を揺らしたのだった。
※
そして、現在に至る。
「.....選手交代、て訳?」
「そうなるわね、私はライム君と違って戦闘専門の魔術師だから甘く見ないでね」
刹那、イリアはミスティを敵と認識して毒素の混ぜた暴風を発生させる。
「ぐ!?」
「本気で逃げられると思ってるの?手負いの人間を二人も背負っている貴方が!」
暴風はライム達にも襲い、行く手を遮るように暴風が渦巻いていた。
そのことに気がついたミスティがライムの通る道に鉄の壁を出現させる。
「助かった、サンキューミスティ!」
ライムは四肢に魔力を集中させ、ジンとイムをそれぞれ片肩で背負い両足に集中させた魔力を爆発させ一気に出口へと走った。
イリアは鉄の壁に向かって風を発生させ破壊しようとしているが、ビクともしなかった。
ライムが出口を通ったのを見計らってミスティが杖を向けて出入り口を鉄で封鎖する。
「.....余所見する上に、彼を逃がすために魔力を使うなんて、余裕あるじゃないの」
「安心しなさいな、ここから先余所見することなく貴女を叩き潰してあげるか、らッ!」
ヒュ、とミスティが杖を振るうと床の鉄が姿形を変形させイリアの周囲に巨大な針山が形成される。
「ッ!」
イリアは風を発生させ上へと回避する、ミスティは更に針山を変形させ天井にも届くほど巨大な鋼鉄の拳のオブジェをイリアに向けて放つ。
ぐしゃり、と天井は穴を開けイリアもそこで潰れたかのように思われたが部屋の中に暴風が発生しているところを見るにまだ生きてはいる。
そして、暴風はミスティに近づき彼女を狙うように竜巻がミスティを飲み込む。
「ふふふ、風邪のウィルスを混じらせた暴風をまともに受けた貴女はもう立つことも難しいんじゃない?」
イリアの魔法に含まれる毒素は主に風邪のウィルス、つまりインフルエンザウィルスや麻疹、風疹、黄熱、食中毒と言った一般的にも流通しやすいウィルスを複数含む毒素が発生する。
一種類ならまだしも、複数種混じった毒から新たに未知、新種のウィルスが発生する可能性もある。
しかし、だ。
「残念、私は風で体が吹き飛ぶこともないし、毒が外部から侵入することもないのよね。パンチラも期待できないわよ?」
「なっ.....んだと!?」
ミスティはケロッと、何事もなかったかのようにその場に立っていた。
「私の魔法は鉄を生成、変形させるだけじゃないのよ。自らの身体も鋼の皮膚に変えることができる。外も中もね」
そう、彼女の魔法「鉄の処女」は習得が容易い上に凡庸性の高い魔法だが、女性しか習得できないという条件と副作用として処女でなければならない。
そして何よりイリアの魔法との相性は抜群であった。
ぐにゃり、とイリアの足元が歪み床の鉄がガッチリと彼女の両足を拘束した。
「な、ちょ、これは!?」
「オマケよ、封魔の印も刻んどいてあげる」
鉄に文字が彫られ始め、やがてイリアがいくら魔力を集中させても風が発生しなくなった。
「さて、私としてもライム君が心配だから、さっさと終わらせちゃうわね!」
ミスティが杖を仕舞い、拳をギュッと握りしめる。
すると右腕が次第に鋼鉄のように黒く輝き始めた。
その場から動くことのできないイリアはミスティの次の動きに予想がついたのかダラダラと汗を流し始めた。
「ちょ、ちょっと待って!私、あれよ!故郷に旦那と娘がいるのよ、だから、その、あブルバァ!?」
その言葉がミスティの逆鱗に触れたらしい。
ダッ!と勢いよく駆け出しイリアの顔面に鋼鉄のストレートを放った。
「リア充、爆発しろ」
イリアが最後に耳にしたのは、無慈悲なミスティの一言だった。
足を鉄で固められて倒れることもできないイリアは実に奇妙な体勢で気を失った。
※
「やめる?何をやめればいいの、ヨルダンさん?僕は何も間違ったことはしていない、この豚野郎は僕たちの敵、敵をぶっ潰すのに躊躇いなんて必要ないよね?むしろ余計な感情移入は隙を作り討たれるだけ。僕はこいつの頭を砕かないと気が済まない」
「.....馬鹿野郎、俺たちは物は奪っても人の命は奪わない。昔そう誓い合ったよな、俺たちがランダリーファミリーの幹部に昇進した時に!」
「こいつは人じゃない、ゴミだよ」
リリーは感情のない声で言葉を発した。
ヨルダン自身もパックを見るのは初めてである。
しかし、今この場においては敵ではない。
クロフの仲間で共に戦う者のはずだ、それがどうしてこんなことになってしまったのかはわからない。
「リリー、それはお前の我儘だ。俺たち、ランダリーファミリーの意思に相反するぞ」
「だったら僕はランダリーファミリーを抜ける」
「.....お前、本気か?」
「そうだよ、僕がヨルダンさんに嘘つくわけないじゃん」
ヨルダンは今まで見たことのないリリーに恐怖を覚えた。
亜人であるリリーが人間社会に溶け込むのに苦労したのは知っている、彼女と出会う前にどのような苦痛を味わってきたかは知らないが、想像をすることはできる。
このままではキリがない、そう判断したヨルダンは静かにリリーに近づいた。
「リリー、腕は大丈夫か?」
「しばらくは飛べないけど平気」
「そいつにやられたのか?」
「違う」
「なら、何でそいつを殺そうなんて思ったんだ?」
「僕の癇に障った、それにマグラターゼ君を殺した」
「マグラターゼ?」
「僕の腕を折った奴、そこに倒れてる」
ヨルダンは益々理解できなくなった。
もしかして、先に敵に同情したのはリリーの方かもしれない。
そこで第三者であるパックが乱入しリリーの逆鱗に触れた。
過ぎ去ったことなので憶測しかできない、ヨルダンは己の力のなさに歯をギリリッと噛み締めた。
「リリー、俺はお前に手を汚して欲しくない」
だからこそ、ヨルダンは最善かはわからないが、仲間の意思を最優先することにした。
「そいつは俺が殺す」
※
その頃、南イルバースのある場所で向かい合っているロブとゴルドスは自身の得物を持ち構えながらピリピリと殺気をぶつけ合っていた。
ロブは二本の太刀、それぞれが名刀である幽夜袈と呉矢袈。
ゴルドスは羽織っていたコートを脱ぎ捨てて両腕に取り付けられたノグ大陸から取り入れた自身のエネルギーを自在に操る籠手。
「悪いな、今の話を聞いて俺はお前をやっぱり許すわけにはいかなくなった。全力で行かせてもらう」
「ハッ、どう思ってもらっても結構だ。だが、俺はゲルさんの意思を継ぐだけ、そのための障害なら排除させてもらう」
「あの人の意思を継ぐ?寝言なら寝て言え、ゴルドス・アム!」
「俺は間違ってねェ!間違ってるのはこの街だ!それを何故理解しようとしないんだ、ロブ・ランダリー!」
互いの叫び声を掻き消すように凄まじい殺気と闘気が激突した。
全ては彼らの師匠であるゲルマック・ビードラーのために。
あの日の決着を着けるために!
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