メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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28.非戦闘員の悩み

お手洗いから大部屋に戻ると、部屋の前でばったりハルクと遭遇した。

昨日の酒と疲れがまだ効いているようで目元に隈を作り、顔色はあまり優れていないように見える。

 

「おぉ、ライム。起きてたのか」

 

「ていうか大丈夫か?なんかやつれてるんじゃ」

 

「大丈夫だ、ただの二日酔いだから」

 

ははは、とハルクは苦笑いを浮かべる。

ライムは無言で近寄り、ハルクの腹に両手を当てる。

 

ライムの両手からボワっと光が溢れ出し、ハルクはきょとんとした様子でそれを見つめている。

するとハルクの体内のアルコールが浄化され始め、彼の顔色が少しずつ良くなってきた。

 

「気休めだけど、少しはマシになったろ?」

 

「あ、あぁ、すごいな。これが治療魔法か。本当に快調って感じだ」

 

ハルクの言葉にライムはニッと笑みを浮かべる。

本来ならば使おうか迷う場面だが、今は万全の状態を保っておかなければならない緊迫している状態でもある。

そのままハルクは流れ作業のようにポケットから煙草を取り出し、吸い始めた。

 

「ライム、今のあいつら全員にやってくれって言ったらどうする?」

 

「やってやりたいけど、あの数はさすがに無理だ。俺の魔力が尽きちまうよ」

 

「だよな」

 

ライムとハルクは互いに苦笑いを浮かべながら部屋の惨状を改めて目の当たりにする。

ランダリーファミリー総勢53名+αが酒に酔いだらしなく倒れている様子は、これから決戦をする者たちの姿ではなかった。

 

「.....なぁ、ハルク」

 

「どうした?」

 

「.....いや、やっぱりなんてもない」

 

「なんだよ、それ。勿体ぶらずに教えろよ」

 

ハルクは更に煙草を二本追加して咥えながらライムに言及する。

ライムは迷っていた、ジンのことを言おうかどうしようか。

本来であれば言うべきなのだろうが、やはり彼の言葉を完全に信用してもいいのだろうかという疑問もある。

しかし、一度信じると言ってしまった以上は信用するしかない。

 

「実は、さっき...」

 

ライムが言おう、と口を動かした時、ハルクのポケットが凄まじい勢いで振動し始めた。

 

「お、悪いな」

 

ハルクはポケットから携帯を取り出し、パカッと開けて耳に当てた。

ライム達が必死になって探していたハルクの携帯はランダリーファミリーであるリリーが持っていたのだ。

リリーがハルクに携帯を返した瞬間、あの時間は一体何だったのか、とライム達が心を一つにしたのは言うまでもあるまい。

 

「もしもし、え、あ、姉貴!?どうしたんだよ突然」

 

どうやら相手はハルクの姉のようだ。

ライムは会話の邪魔をしては悪いと思い、大部屋には入らずに静かにその場を去った。

 

 

 

その頃、大部屋で目が覚めたイムは覚醒しきってない意識を次第にハッキリさせていくと自分の服装を見て顔を真っ赤にした。

急いで酔いつぶれている面々を踏みつけながら大部屋の奥の扉へ向かい、急いで自室へと向かった。

昨日は他に服がなかったため脱ぐことができなかったが、自室へと行けばイムが普段着ている服が何着かあるはず、というかないと困る。

 

履きなれないスカートの通気性に耐えながら可愛らしい男の娘メイドは廊下を走る。

イムは一切酒を飲んでいないため体に怠さは感じない、そして時間をかけることなくイムは自室へと難なく辿り着いた。

 

クローゼットを開いて服が盗まれていないことを確認すると、メイド服のエプロンから一つずつ丁寧に脱ぎ始める。

.....パンツまで女性用(しかも可愛らしいハート柄)に履き替えられていたことに若干の戸惑いを感じるものの慣れない服のために脱ぐことにも一苦労だった。

 

普段着に着替えたイムはメイド服を畳み、とりあえず部屋の隅っこに置いておくことにした。

部屋を出て行く当てもなく歩き始める。

 

イムは戦闘を行うことができない、か弱い少年である。

だからこそ今回の戦いにも参加できない。

強くなりたい、と思ったことは何度もあったがランダリーファミリーの面々がイムを甘やかしてくるものだから鍛錬などしてくれるはずもなかった。

 

「ハァ」

 

「どうした、イム」

 

「.....父さん」

 

ため息を吐くイムの前に現れたのは彼の実の父親であり、一番イムに甘いランダリーファミリー頭領のロブだった。

 

「いや、別に」

 

「そうか、イムよ。着替えてしまったのだな」

 

「当たり前だろ、僕は男なんだから」

 

「.....生まれた時は可愛かったからつい女だと思って育てた儂が不甲斐なかったのかなぁ」

 

「ちょっと待って、その話詳しく」

 

イムは頭を抱えながら立ち去ろうとするロブの服の裾を掴んで引き止めた。

 

「詳しく話すような内容でもないぞ」

 

「それでもいいよ、ていうかどういうことなの!?女の少ないランダリーファミリーのアジトに女物の服が異様に多いのってそれが関係してるの!?」

 

「.....あながち間違ってはいない」

 

素直に白状した。

実際に彼が生まれた時には体はタオルで覆われていたためロブに確かめる術もなかったのだ。

後から聞いてみれば、周りはほぼ全員気がついていたが、誰も彼も面白がって教えなかったらしい。

 

「だから、儂はお前にアミと名付けるつもりでいた」

 

「よかったよ、イムで、本当に」

 

イムは本当に安堵した様子でホッと息を吐いた。

 

 

 

その頃、場所は変わりゴルドス率いるランダリーファミリーのアジト。

 

「んで、まだ原因は不明と」

 

「えぇ」

 

「しっかし、迂闊だったな。まさかノグとの密輸施設が破壊されてたなんてよ」

 

ゴルドスは葉巻を吸いながらポリポリと首筋を掻く。

科学、工業技術が著しい発展を遂げているノグ大陸とのパイプを持つ彼らにとっては大きな収入源の一つでもあった。

 

この街の地下のある場所に点在する二つの密輸航の内の一つが何者かによって破壊されていた。

しかも崩壊したのは今から二日前、二日間もこの事態に気がつかなかったのだ。

 

「まぁ、いい。もう一つ残ってんならそっから武器とか使えそうなもんをより多めに仕入れといてくれ」

 

「武器、ですか」

 

「あぁ、近いうちに戦いが始まるからな」

 

ゴルドスは葉巻を灰皿にぐりぐりと抑えながらニッと笑みを浮かべる。

机の上に乗っている灰皿はカタカタと机ごと振動していた。

 

「いよいよかぁ、そろそろかぁ、もうすぐかぁ!!」

 

「落ち着けコグレ、ていうか貧乏揺すりを今すぐ止めやがれ!」

 

「無理だなゴルドスさん、俺は落ち着けない!」

 

くちゃくちゃと口の中でガムを噛みながら焦げ茶色の髪をした細目の青年、コグレは額に青筋を浮かべながら全身を振動させる。

 

「ダァー!めだな!やっぱ、落ち着かない!」

 

「うぜぇ」

 

「んだと、この刺青野郎!ヤろうってのか!?」

 

「貴様がその気ならな」

 

「上等だぁ!」

 

コグレが右半身に刺青を入れた細身の男に飛びかかる。

コグレの拳が刺青の男の眼前にゴォッと勢いよく迫る。

しかし、刺青の男は微動だにすることなくコグレを吹き飛ばした。

 

「落ち着け、クールダウンだ」

 

「て、めぇ!」

 

「おい、その辺にしておけ。無駄なことに体力使ってんじゃねぇよ、お前ら」

 

「チッ」

 

コグレは胡座をかきながら小さく舌打ちをする。

刺青の男はゆっくりとソファから立ち上がる。

 

「どうした、マグラターゼ」

 

「密輸航は俺の管轄下です、後処理などを済ませてきます」

 

ゴルドスに一言告げてから刺青の男、マグラターゼはカツカツ、と靴を鳴らしながら出口とは反対側にある廊下に通じる扉に向かって歩いて行った。

ドアノブに手を触れた時、ゴルドスはマグラターゼに声をかける。

 

「マグラターゼ」

 

「はい、ボス」

 

「.....そっちは通路だ」

 

「知ってます」

 

マグラターゼはドアノブから手を離し、回れ右をして出口の扉のドアノブに手を触れた。




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