翌日。
時間を忘れてドンチャン騒ぎをしたランダリーファミリーの面々は目を覚ます気配はなく、全員がだらしなく眠っていた。
その中でもぞもぞと動きながら起き上がる人物がいた。
「.....朝か」
僅かに差してくる日の光を目で受けてライムは起き上がり、周囲の惨状に苦笑いを浮かべた。
膝の上には肌蹴たメイド服を着た少年、イムが気持ちよさそうに仰向けの態勢で眠っている。
パンチラもしているが、あまり嬉しくはなかった。
少し離れたところではあまり顔色の優れなさそうなヨルダンを抱き枕代わりにして、もはや裸エプロンに近い状態になっているリリーが幸せそうな表情を浮かべていた。
更に反対方向では上半身を脱いだハルクが大の字で煙草を咥えながら、その近くで下着姿になったミスティが男達に囲まれて眠っていた。
レッドもどこかにいるはずだが、人に埋もれてしまい確認することができない。
ライムは一先ず、先日飲んだ酒の残ったアルコールを浄化するために魔力を集中させた。
まだライムでは自分自身の傷の治療や損傷部位の再生などはできないが、解毒といった有害物質を取り除くことはできる。
自分自身の傷の治療は他人の治療よりも神経を集中させなければできない業なのだ。
「とりあえず、トイレに」
アルコールは取り除いたが、取り込んだ水分までは出すことができない。
ライムは膝を枕代わりにされているイムを丁寧にどけて、いびきをかいている男達を力尽くでどかして立ち上がる。
アジト内は広いが迷うほどではない、初めての場合は迷うこともあり得るが、二度目であり昨日も少し探検したため我慢が限界に達することはなかった。
用を足し、とりあえず行く当てもないので宴会をしていた場所に戻ろうと歩いていると、かつてライムとミスティが入ってた牢屋のある部屋の前を通った。
(.....あの時はどうなるかと思ったけどな、態勢的に何か危ないモノが覚醒しかけたぜ)
部屋を見ながら苦笑いを浮かべていると、中に昨日捕らえた金髪の男が静かに眠ってることに気がついた。
とりあえずライムはスルーして戻ろうと歩き始める。
「ちょっと待て少年!そこは俺っちに話しかけるだろ普通!?」
.....何もしていないのに絡まれてしまった。
どうやら眠っていなかったようでガチャガチャと騒ぎ始めた。
「おい少年!いるんだろ!?少しくらい話でもしようじゃないか、俺っち暇なんだ!」
「それが捕まってる奴の態度かよ」
ライムはこれ以上騒がれても面倒だと判断し、部屋の中に入る。
「俺っちはジン、ジン・マルターブって名前だ。よろしく」
「.....ライム・ターコイズ、ていうかあんた寝てなかったの?」
「お生憎様、昨日は牢に入れられてからというもの実に暇でね、寝れる機会はいつでもあった」
つまり、昨日あれだけ煩く騒いで宴会をしているにも関わらず、音など気にせず眠れたと。
それで今は眠気が吹っ飛んでしまったというところだろう。
「で、呼び止めたはいいけど何か用でもあるの?錠を外してとか檻を壊してとかならお断りだから」
「安心しろ、逃げようとは思ってない」
「え?」
「せっかく敵地に入ることができたんだ、機を窺って派手に暴れるさ」
ニヤリ、とジンはニヒルな笑みを浮かべる。
腹の虫が鳴いているため、あまり格好付かなかったが、彼の意思は固いものだった。
「そういや君はランダリーファミリーじゃないんだよな?」
「まぁ、そうだな」
「何故彼らに手を貸しているんだ?」
「.....何でだろうな、成り行きで」
よくよく考えてみればおかしいことだった。
イルバースにやって来るまではグラハムからランダリーファミリーに気をつけるようにと告げられた。
それなのに警戒するどころか昨日は一緒に宴会をして騒いでた。
昨日の敵は今日の友、とはこのことなのだろう。
そのことが無性におかしく感じたライムはクスッと小さく笑みを浮かべた。
「.....何が面白かったんだ?」
「そうだな、俺が今ここでしていることかな?」
ライムはニッコリと清々しい笑みを浮かべながらジンの疑問に応えた。
「なんかさ、街に来るまではランダリーファミリーの色んな噂とか評判とか聞いてたけどさ、実際に会って話してみて印象が変わったんだ。それと一緒に何か突っかかるモノもあるけど」
「君もか、実は言うと俺っちもなんだ」
「あんたも?」
「あぁ、俺っち達はこの街の一番偉い奴、ブロス・イルバースってのから依頼を受けてランダリーファミリーを潰すためにここにやってきた。だが、実際どうだ?奴らは非情の限りを尽くしているどころか俺っちを生かしている。本当に奴らが非道な奴らならば俺っちの命は既にない」
ジンもライムに自論を投げかけた。
「.....ていうことは、あんたらとランダリーファミリーって本当は対立する仲じゃなかったんじゃないか?」
「.....そうだな、どうやら俺っち達が戦うべき敵はランダリーファミリーじゃない、ランダリーファミリーと名乗って悪事を働く不届きな連中ってことだ」
ライムとジンは互いに顔を合わせてゆっくりと頷いた。
「で、ジンはどうやってここから出るんだ?俺にはこの牢を破壊する力はない」
「ファミリーの連中に頼んでも怪しまれるだけだからな、ある意味難関だな」
仮にライムがジンの解放をロブ達に言っても誰かが必ず反対するだろう、むしろランダリーファミリーそのものが敵に回って今よりも状況が悪くなるかもしれない。
「とりあえず俺はもう行くよ、悩んでても仕方ない。やれることをやってみる」
「頼んだぞ、少年」
「俺はライムだよ、ジン。戻ってこれなくても恨むんじゃねぇぞ」
ライムはジンに背を向けて部屋を後にした、バラバラだった構図がゆっくりと、一つずつ組立っていき、たしかな目標を見据えて。
ライムはギュッと拳を握りしめた。
※
「うー、何か気持ち悪ぃ」
その頃、宴会のあった部屋ではハルクが目を覚ましていた。
上半身は裸のままだが、ポケットから慣れた手つきで煙草を取り出して咥え始める。
「.....ミスティちゃん、何かエロい格好なってるし。リリーちゃんも何だよあれ、鳥の部分上手く隠れてるけど無防備すぎだろ。若、も、何であんなことに?」
ハルクは辺りの惨状を見渡して髪をわしゃわしゃとかいた。
バンダナを締めなおして、目を覚ますために顔を洗おうと水場へと向かって歩き始める。
実は言うと、昨日はほぼ自棄酒状態だったハルクに昨日の記憶はほとんどない。
むしろ残っていた方が奇跡だというくらい飲んでいた。
気分もあまり優れない様子で歩いていると廊下にロブが窓から外を眺めていた。
「おやっさん」
「ハルク、起きたのか」
「一応、まだ眠気とだるさは抜けないけどな」
ヒヒ、とハルクは子供のように笑う。
ロブはそんなハルクの様子を見てフッと笑みを浮かべた。
「そういや、あの場で言えなかったことがあるんだ。ゲルマックのことで」
「何?」
ゲルマック、という名前にロブはピクリと食いつくように反応した。
「実は、戦っているときに頭の兜を吹っ飛ばしたんだ。それで素顔が見えたんだけどよ」
ハルクはギュッと拳と唇に力が入っているのを感じた。
心なしか体も小刻みに震えている。
「顔、いや、頭が、なかったんだ」
ハルクは冷や汗を流しながら消えそうな声で呟いた。
そう、あの時ハルクが見たものとは吹き飛んだ兜の下、頭がなかったのだ。
それでもゲルマックは動いていた、そのことが非常に恐ろしかった。
「.....やはり」
「え?」
「ハルク、主にはゲルさんのことを話しておこう。儂とゲルさんの関係もな」
ロブは真剣な顔をしてハルクをしっかりと見据えていた。
「儂、いや儂らはゲルさん、ゲルマック・ビードラーの弟子だった」
「なっ!?」
「儂とゴルドスと、あと一人は主の知らぬ奴だ。生きているのかもわからん」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!おやっさんとゴルドスさんの、師匠?」
ハルクは咥えていた煙草を地面に落としてしまったことにも気がつかず必死になってロブに迫っていた。
「そうだ、儂らがまだイムくらいの歳の頃だったかな。ゲルさんと出会って弟子入りしたのは」
「.....全然知らなかった」
「だろうな、言う機会もなかったからな」
ロブは一拍おいて続ける。
「そして、恐らくゲルさんらしき甲冑を纏った者の上司、ランダリーファミリーの名を使って儂ら以上に好き勝手やっとる奴は」
ハルクもまさか、という表情で目を大きく見開いた。
「おそらく、ゴルドス。八年前、儂が直々に破門にした元ランダリーファミリー幹部にして儂の弟弟子だ」
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