イルバースの北には街の最高権力者であるイルバース一族の住む一際大きな館がある。
北部に建設された大理石を使った白き館は見るものを魅了する。
庭も広く、木々が生い茂り中心部には巨大な噴水が名物である。
ちなみに庭は一般に公開されており、公園として人々に親しまれている。
館の前にはまた大きな門が一つあり、屋敷への不法侵入はとても困難である。
そんな屋敷の門の前にやってくる一人の男がいた。
「クロフだ、ブロスさんに会わしてくれ」
「これはこれは、こんな時間にまでお疲れ様です」
「夜遅くにすまないな」
焦げた肌の上から多くの傷をつけた短髪の男、クロフは門番に軽い挨拶をする。
「館に連絡を入れますので、少々お待ちください」
門番は胸ポケットに入っている携帯を使って連絡を取り始めた。
今日、クロフは朝からイルバースの南部でランダリーファミリーと名乗る者たちを片っ端から潰していた。
しかし、どうも情報と違い数が明らかに多いことが気がかりだった。
事前に渡されていたランダリーファミリーの構成人員数と今日潰した者たちと数が一致しなかったのだ。
もしかしたら、何かまだ隠している可能性もある。
クロフはそれを直感で感じ取りイルバース邸を訪れた。
本来ならもっと早くに訪れるつもりだったのだが、ジンとは別行動をしており集合時間になっても事前に決めておいた集合場所に姿を見せなかったため、待っていたが来なかった。
一先ず彼なら大丈夫だろう、と思いここにやって来たのだった。
通信が終わったようで、大きな門は静かにゆっくりと開き始めた。
「ブロス様はまだお休みにはなってませんので大丈夫だそうです。どうぞ」
クロフは門をくぐって館に通される。
「お待ちしておりました」
「夜遅くにすまないね、イリアさん」
「いえいえ、こちらこそ主人の我儘にお付き合いしてもらってますので」
イリア、と呼ばれた女性はブロスの秘書をしている。
スラッとした体つきにスーツを着込んでいるためボディラインがわかりやすい。
長い深緑の髪を邪魔にならないように一つに纏め上げている。
イリアを先頭に館の中に進んでいく、パスワード付きの扉を開き夜遅くまでしっかりと働いている使用人達が一列になって深々と頭を下げる。
「.....いつも思うのだが、何故女性ばかりなのだ?そしてスカートの丈が短すぎやしないか?」
「主人の趣味です、どうか察してください」
クロフの質問にイリアはハァ、とため息を吐き頭を抱える。
ちなみに無駄に露出が多いのもブロスの趣味である。
階段を上がり、ぐるりと螺旋状の廊下を渡りようやくブロスの部屋に辿り着く。
「ブロス様、クロフさんがお見えですよ」
「んぅ、あと五分」
.....何やら気の抜けた幼い声が扉の向こうから聞こえてくる。
クロフはその声を聞いて苦笑いを浮かべるが、隣のイリアはそうではなかった。
イリアはブロスの発言にピキリ、と青筋を立てて扉をスパーン!と蹴破りズカズカと部屋に入る。
「ブ・ロ・ス・様?ゲームは一日十分と以前に仰いましたよね?それとまたジャージを着て一日過ごしたなこのクソガキが!」
「クソガキとか言っちゃったよ!?このブロス・イルバースに何たる叱責を!許さぬ、許さぬぞイリア!貴様はクビだ!」
「えぇ、どうぞ御勝手に。私もお前みたいなクソガキの面倒見るくらいなら喜んで出て行かせてもらうわ、清々するよ」
「わぁー!ごめんなさい!それだけはどうかやめてください!ていうかそのスーツケースはどこから!?いつでも出て行く気満々ってこと!?」
「はい」
「うわーーーーーーーん!」
中から泣き声がわんわんと聞こえるが、扉が開きイリアがニッコリとクロフに微笑んで会釈する。
「お待たせしましたクロフさん、どうぞお入りください」
.....とてつもなく入りづらい雰囲気だったが、その場に立ち止まっているわけにもいかず、クロフは軽く頭を下げて部屋に入る。
綺麗な正方形の形をした部屋は寝室のような状態で、ノグ大陸原産のテレビジョンとRS8という旧式のゲーム機と布団が置かれているだけだった。
「ちょ、イリアさん!?何勝手にクロフ入れてんの、ここ我の部屋だから!決定権あんたにないからね!」
「黙ってろ、年中ジャージ坊主」
ギロリとイリアは寝癖が目立つ茶髪の少年を睨みつける。
そう、この青ジャージ少年こそが現在のイルバースの最高権力者であるブロス・イルバースなのだ。
「と、とりあえずよく来たなクロフ、茶でも出そう」
「出すの私なんですから少しその口開かないでください」
「横暴だ!うちの秘書が横暴だぞ、クロフ!」
「.....あんたらに主従関係ってのはないのかよ」
涙目で近づいてくるブロスに戸惑いながらも溜息を吐く。
このままでは話が進みそうになかったのでクロフはブロスを引き剥がし、ドカッとその場に座る。
「ブロスさん、いくつか聞きたいことがあるんだがいいか?」
「構わんぞ」
クロフが話を切り出すと、ブロスもイリアも先ほどまでの雰囲気は一切感じられず、真面目な顔をしている。
「ランダリーファミリーって何なんだ?」
「.....中々アバウトな質問だな」
「どうにもわからないんだ。あんたが事前に寄越してくれた資料には頭領であるロブの詳細と幹部たちの簡単な詳細、そして若頭の写真。構成員の特徴、そこまではいいんだが構成員の数が腑に落ちない」
「どういうことだ?」
「数が一致しないんですよ、俺は今日だけで少なくともランダリーファミリーと名乗る奴らは百人叩き潰した」
「.....今日だけで?」
クロフの発言にブロスは思わず冷や汗を流してしまう。
「昨日も何人か潰してんだけど、明らかに数が多すぎる。それに幹部と名乗る全身甲冑の奴とも交えたんだが、そんな奴データにはなかった」
「全身甲冑の、奴で幹部?」
「心当たりでも?」
「いや、何でもない。それで、何が言いたいのだ?」
「あんた、何か隠してないよな?」
「クロフさん、この人が隠し事をできるような人に見えますか?」
「あぁ、そうだな。すまなかった」
「ちょっと!?」
イリアの介入によりムードは一気に変わった。
クロフもブロスの人柄を少し理解してきたようで本気で応じた。
「ぐぬぬ、だがなこの依頼は絶対に亡き父のためにも成功させてほしいのだ」
「父?」
「あぁ、父はランダリーファミリーの男に殺された」
ブロスの目には、たしかな殺意が宿っていた。
幼いながらにしてブロスがイルバースの最高権力者としての地位を獲得したのは父の早世が原因だった。
幼いながら才能に恵まれた彼を周りの人々が支え、一年近くもイルバースを安泰させてきた。
反対派も多かったが、彼の手腕で乗り切ったのも真実である。
「あぁ、父を殺した仇の名前をまだ言っていなかったな」
「仇...」
「我が決して忘れることのできぬ名だ、絶対に許しはしない」
ブロスはクロフですら畏怖の念を持たせる鋭い瞳を向けて小さく言葉を紡いだ。
「ゴルドス・アム」
※
イルバース南部の地下。
「ボス、どうやら奴らが本格的に動く準備を始めているようです」
「そうか」
暗い室内で赤い髪をオールバックにし、いくつも切り傷を付けた男が小さく呟いた。
「奴らは今宴をしているようで」
「.....全く、昔っからお気楽な奴らだぜ」
男は手にした葉巻を吸い始める。
足を組み始め酒をグラスにゆっくりと注ぐ。
「どうすんだよ、今攻めどきだぜ?」
「そんなに行きたいのか、コグレ?」
「まぁな、少し体が疼いてんだよ、早く暴れてェな!」
コグレ、と呼ばれた男はウズウズとしている様子でガムを必死に噛んでいる。
本人が言うには、常に何かを噛み続けていないと落ち着かないらしい。
それでもコグレは現在も貧乏揺すりを凄い勢いで続けているが。
「まぁまぁ、落ち着きな」
ガタッと赤髪の男は立ち上がり葉巻を灰皿にすり潰す。
「俺たちには俺たちのやり方があるんだ、俺たちランダリーファミリーにはあんな偽物連中とは違ったやり方がな」
男、ゴルドス・アムはニヤリと不気味に笑みを浮かべてグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。
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