ポニーテール、始めました   作:根無

8 / 10
ポニーテールと属性力

レイヴンギルディとの戦闘を終え、一般人から逃げるように立ち去った俺は、トゥアールが泊まり込んでいる観束の家「喫茶店 アドレシェンツァ」に成果報告をしておこうと向かって行った。

途中、適当な路地で変身を解除したので誰も見てないと思うが、それでも少し不安だ。

色んな事があり過ぎていつの間にか身につけてしまっていたポーカーフェイスを維持できているのを確認して、喫茶店の入り口から普通に入店する。

 

「いらっしゃーい、あら?祐ちゃんじゃない、どうしたの?」

 

「あ、あー……例の件で」

 

俺がこの店のオーナーである未春さんにそこまで話すと、一気に店の中の空気が変わる。

珈琲を嗜みながら新聞を広げている紳士の目つきが鷹のようになり、草臥れていたOLが僅かに全身へ力を入れていた。……お、おう?何この緊張感、俺またマズイ事言ったっけ?

 

すると未春さんはニコニコとした笑顔を少しだけ不敵なものに変え、周囲の人たちに向けてヒラヒラと手を振った。それだけでお客の妙な空気感は霧散し、俺も一定の安心を得る事ができる。

俺は未春さんの立つカウンター席に腰を下ろすと、何時ものようにカフェラテを注文する。……と何故かブラックコーヒーがテーブルを滑るように俺の目の前に置かれる。

 

「健闘を讃えて、私からの奢りよ」

 

「一滴も零れてない……どんだけ練習したんだよこれ」

 

確かに格好良いけどさ。

 

「ま、いいか。未春さん、トゥアールに報告したい事があって来たんだけど」

 

「そう……ついに、この時が来たのね」

 

神妙に目を閉じる未春さん。……まぁ化物とはいえ、俺も観束も自分の意思で(こころ)を奪ったのは確かだからな。一人の親として、思う所があるのだろう。俺も自然と、声が重くなる。

 

「あぁ、だから会って話をしようと思って」

 

「分かったわ、ついて来なさい……」

 

気迫のようなものを迸らせながら、ゆっくりと階段の方へ向かっていく。

お客さんの視界から完全に離れた場所まで着いたとき、未春さんは態々壁のシミのようなものに向けて視線を投げた。

すると、そこが開いて近未来的な様相を醸し出すエレベーターのような場所になり、事もなげに未春さんが手招きする。……何コレ。あ、トゥアールかって凄すぎだろ!?一日でこれ!?

 

「こっちこっち。それにしても凄かったわよ、祐ちゃん!天然もここまでいくと中二病と大して変わらないんじゃない!?トゥアールちゃんもこーんな素敵演出の秘密基地作ってくれるなんて……おばさん感激!」

 

「は、はぁ、どうも……中二病ってのが何かは分かりませんけど、詮索しない方が良いって前に言われてたんで止めときます」

 

そんな会話をしていると、エレベーターの扉が音を立てて開く。

そこには、宇宙戦艦のオペレーター室と評した方が最も的確な、モニタやら計器やらが巡らされた一室が出来上がっていた。……科学って半端ないな。

 

司令官の座っていそうな席には、銀髪に白衣という個性的な意匠の少女、トゥアールが鼻歌を鳴らしながら何やらパソコンのような機械を弄くっている。

だが、こちらの気配に気が付いたのか、彼女は振り向くと楽しそうに手を振ってきた。

 

「はいはーい、どうもです祐一さん。何やら私に報告したい事があるらしいですね、総二様がJKに囲まれてあたふたしてる素晴らしい映像はあらかた取れたので、転送によって回収します。できればその後に」

 

「おう……って何やってんだファッション痴女、蹴り抜くぞ」

 

「ふぁ、ふぁふぁふぁファッションじゃありませんし!?素ですしこれ!っていうか地味に祐一さん辛辣じゃありません!?」

 

そりゃまだ疑ってる部分もあるからな……とは流石に言わないが、あからさまな溜息を吐くことでお茶を濁す。コミカルな態度で憤慨するトゥアールを放って、俺は手の中に握った青色の宝石に目を落とした。

レイヴンギルディの爆死と共に俺の手の平へ落ちたこれ、恐らくはトゥアールが言っていた属性玉(エレメーラオーブ)なのだろうが、俺にはこの宝石の使い道なんて一切持ってない。そもそもつむじに執着したことは無かったので、扱えたとしても無用の長物だろう。

そこまで考えていると、レッドとなった観束が憔悴し切った様子で変身を解きながらポッドのような壁面から現れた。津辺も一緒に転送されたのか、肩を貸して観束を支える。

 

「よう観束、大丈夫だったか?正直俺は結構ヒヤヒヤしたもんだけど、お前、女子高生に囲まれてたらしいじゃねえか」

 

「いや、あれは仕方無かったんだって!みんな俺より背が高いから……っでででッ!ちょっ愛香、首しまって……!」

 

「あ、ゴメンそーじ。でもあんたも悪いのよ?女の子のおっぱいなんかにずっと顔突っ込んでるから……」

 

「故意犯じゃねえか、っぎゃあああああ!」

そのまま首を締められる観束と津辺のじゃれ合いに、妙な懐かしさを覚えて苦笑する。

津辺も観束相手にトゥアールのような人体が崩壊する威力で攻撃を加える事は無いから、折檻に相応しい程度の手加減が施されているんだろう。

俺は今回それを止める事をせず、そのまま珍しく茶々を入れようとしないトゥアールに話しかけた。

 

「トゥアール、これ」

 

「これは……属性玉ですか?」

 

「つむじ属性だと。俺には使いようがないし、何よりポニーテールがあれば何日でも戦える。属性玉変換機構(エレメンタリーション)とやらが搭載されてたんだよな、レッドの装備に」

 

「はい!これで戦力が上がります、ありがとうございます祐一さん!」

 

喜んでいるトゥアールには悪いが、俺はあまりいい気分になれない。心の死体(エレメーラオーブ)を再利用している、というのは何処か必死だった奴にとっての冒涜にも感じるのだ。

顔には出さないが内心、どうするべきかと悩んでいると、宝石となった奴の遺骸が不自然に光る。

 

『私の異名は掃除屋ではありますがなぁ、一人の戦士でもあるのですよ。即ち死体に思いを込める必要は皆無、盾にでも使うのが同じ戦士としての礼儀でありましょう。けひひひひ』

 

……何故か、そんな言葉が聞こえた気がした。

成る程、確かに奴は言いそうだな。これが俺の情けない妄想だったとしても、戦士も卑怯も自称していたやつからすれば大差のない事を言ってた可能性は大きいだろう。

俺は喜ぶトゥアールに苦笑を零して、自分の精神の未熟さを恥じる。

生き死にを考えるのは、全てが終わった後で良い。奴は俺のポニーテールを奪う気(心を殺す気)で来て、俺もまた奴を殺した。なら、それ以上のものを持ち込むのは、これから来る敵たちにも失礼だから。

 

「でも祐ちゃん、凄かったわねそっちの敵は。正に鬼気迫るって感じで」

 

「そういえばそうですね、属性力を狙おうとしてた割には俺と相討ってでも殺しにかかろうとしてたような……」

 

背中をパシパシ叩く未春さんに俺も疑問符を浮かべる。

そりゃあこっちも相手を消す気でやってるんだから必死になるのは当たり前だが、奴らは戦場でさえ自分の属性を求めてる。平和な場所でゆっくりとポニーテールを愛したい俺からすれば異様にもとれるが、どんな所でも愛を貫き通すその生き様は見習うべきなのかもしれない。

ある程度の用事を終えた俺は、やることも無いしトゥアールの相手は津辺がすると思うので今後の予定を軽く打ち合わせてからトゥアールの転送装置に家まで送ってもらった。

これからの戦いではポニーテールを愛する事を忘れず、ポニーテールを理由に力を振るわないよう硬く決心しながら。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「お、観束お早う。随分と疲れ切ってるが、大丈夫か?ツインテール摘まんどけ」

 

「よぉ祐一、確かにそうだな。愛香、ツインテール触らせてくれるか?」

 

「な、何よ改まって……好きにしたら」

 

次の日の朝、いつものように通学路でかち合った俺らはそのまま学校へ向かっていく。

観束の為にここまで磨き上げた津辺のツインテールは、そのまま観束の心の支えの一つになっているようで、若干照れた様子の津辺を見るとニヤニヤと笑ってしまう。

その様子に気付いた津辺は少しだけその表情に険を持つと、顔を少し赤くして手を払った。

二年間ずっと見てきてフォローもしてきたけど、やっぱりこの観束(バカ)は気づかないのだろうな。まぁだからこそ、ご馳走さまと心の中で合掌できるものなんだが。

 

「そういえば、なぁ観束。お前ネット見たか?」

 

「何でそんな思い出したくも無いこと言うんだよ!お前も被害者だろう!」

 

「ま、まあ恥ずかしいけどさ……お前みたいに変態的な目で見られて無いからマシって言うか……」

 

「『テイルホワイトを涙目にし隊』『テイルホワイトに蹴られ隊』、だっけ?」

 

津辺が横合いから余計な茶々を入れてきたので、俺は思わず顔を覆った。

そうなんだよ何なんだよ、何でレッドと違って俺はSかMの両極端に一斉に好かれてんの!?

いや、別にそれ以外にも『姐さん同盟』とか『ホワイトと恋人になりたい』とか散々あったけど、既に巨大派閥が出来上がってる時点で相当なものだからな。

テ、で検索するとレッドと同列に置かれてあるし、昨日の戦闘シーンまで監視カメラからの映像をニュースで当たり前のように検証してた時は思わず飲んでた味噌汁を噴き出したぐらいだ。

何でも、凛とした雰囲気の割に人に尽くしそうな匂いがするとか、惚れたら良妻とか妄想にしても恐ろしい文面があらゆる情報網に張り巡られるその様は、正にサイバーショック。一部のアプリでは、本当にサーバーが容量オーバーする程の書き込みがあったらしい。

津辺の小さな復讐で青い顔をする俺に、ツインテールを補給した観束は震えながらも肩を叩いて励まそうとする。

 

「だ、大丈夫だ祐一!今はみんな珍しさに持て囃してるだけだ、少しすれば元に戻るって!」

 

「…………そうだな、済まん観束」

 

確かにアルティメギルの連中も威力偵察は十分だろう。

それだけ準備をして襲いかかりそうな不安はあるが、俺がポニーテールへの愛で強くなれる以上、どんな敵が相手でも、負けてはいられない。

 

 

 

「_______だからと言って、ゆっくりする時間ぐらい欲しいんだけど!!」

 

「ぐふぁああああ!!」

 

朝の決意から午後、帰った途端にトゥアールからの連絡があり、またもエレメリアンが現れたことが明らかになった。

態々午後に現れるのは精神が旺盛な学生の多い時間帯だからだろうが、それでも毎日これはこっちも疲れてくる。まだ三日なのにこんな常連じみた出現、あいつら図ってやってるにしろキツイものがある。

 

だがあまり強くなかったのか、熟女属性(マダム)を名乗っていたヒポポタマスギルディは変身した俺の一撃で呆気なく爆死した。

 

「BBA、結婚してくれーーーーー!!」

 

「私はまだ28だあああああっっっ!!」

 

何故か狙われかけていた神堂会長の付き人は爆散する怪人に向かって全力で怒りを撒き散らしていたが、まぁ大事はないので問題ないだろう。28っていったらまだ若いし、義務的な所が見え隠れするとはいえ素晴らしいツインテールを持つ彼女なら観束のような人物なら放っておかない筈だしな……そうである事を祈る。

身を翻してメイド服を着た彼女を安全地帯まで連れていくと、背後で男と言うよりは少年のような声変わりのしていない慟哭が響いた。

首だけを捻り其方を向くと、涙を流して叫ぶ……白兎のような怪人が仰け反っていた。

………えーと、新手か?

 

「ヒポポタマスギルディ……あの小太りな腹に趣味の悪い盾をもう見れないというのか、熟女属性という奇妙な派閥を作ろうとしていたその大志を、俺はもう見る事が出来ないというのかあああああ!!」

 

死者を貶してるのか惜しんでるのか……白兎のようなエレメリアンは結晶となった仲間の死骸を手に取ると、キッと俺を睨みつける。

 

「くっ、貴様の事は忘れぬぞ。____テイルホワイトォ!」

 

「うぇ、は、はいっ!」

 

「ッ、ぐふぁぁ!!」

 

なんか勝手に吹っ飛んだーー!?

奴の強い口調に思わずどもってしまって、先生相手に答えるようになっただけなんだが……。

一、二メートル先に転げた兎のエレメリアンはゆっくりと手をついて起きながら、まるで毒でも盛られたかのように悶えている。

 

「な、なんという天然力……色的にも我が好みに相応しい、ポニーテールというのが痛いところだが、それも俺の力にて覆してくれる!」

 

「だからなんでそんなにポニーテールを邪険にしてるんだよ……」

 

「フッ、それは言うまい。我が名はラビリギルディ!テイルホワイトよ、覚悟!!」

 

完全にこっちを置いてけぼりにしながら、ラビリギルディは何処からか取り出したレイピアの鋒を向けて襲いかかってくる。

それに俺も大太刀____トゥアールに「シャインセイバー」と名付けられたそれを脇構えで対応としたとき

 

___正面に奴が現れていた。

 

声を出すことすら叶わず、通り抜けたラビリギルディを視線だけで追う。

思わずどこかやられたのかと身体の調子を確かめようとしたとき、頭の上で何かが揺れる(・・・・・・・・・・)のを感じた。

切り傷や刺し傷は一切見当たらず、頭の上に何かが付いている。ポニーテールへの愛情を全身に巡らせているからこそ行える精査で分かるのは、更にお尻の辺りで何かモフモフとしたものも付いている、という事だった。

 

「_____な、」

 

「これぞ、我が因幡うさ耳跳び!付け耳属性(フィットイヤー)の使者たる俺の妙技なり!」

 

「なああああああ!?」

 

辻斬りじゃなくて辻付け耳!?

顔に熱が溜まっていくのを自覚しながら、思わずしゃがみ込んでしまう。

くぅぅ、やられた。恥ずかしさも凄いが、奴の踏み込み、"意識に入り込む"技術は津辺並みじゃないのか?

俺はあれに対抗する手段を一切持ってない、昔津辺に似たような技術で殴られそうになった時も殴られた後の対処しかできなかったぐらいだ。

俺が羞恥から涙目になりつつ胸を張るラビリギルディを睨むと、奴は態勢どころか呼吸を荒らげ始める。

 

「ハァハァ、堪らん!堪らんぞホワイト!そのまま兎の如く縮こまってくれぬか、今その瞬間(とき)を我がカメラに収める故!」

 

「ふ、ざけるなぁぁぁ!!」

 

懐からカメラを取り出した奴に、思わず跳びかかりながら大太刀を振るう。

それにもラビリギルディは余裕の態度を示しながらレイピアで受け流し、更に興奮した様子で俺の姿を激写し始める。ピョンピョンと跳ねながら距離をとってベストポジションを確保しようとする奴の動きは決して速い訳ではない。追いつく事は難しくないが、気がついたら違う場所まで移動している奴を捉えるのは困難だ。

 

だが、その鬼ごっこも暫くすると変化が出てきた。奴の動きだ。

追い掛ける俺にも分かるぐらい、奴の動きから少しずつ精彩が掛けていっている。

原因はなんだ?そう思い一旦怒りや羞恥心を抑えてカメラを連写しているラビリギルディの姿を注視すると……その答えに行き着いた。

 

「ハァ、ハァ…跳ねるホワイト、跳ねるうさ耳……エクセレント!もっともっともっともっとぉ!!」

 

息を荒らげていたラビリギルディの興奮が最高潮に達していたのだ。

確か津辺が言っていた。「意識に入り込む技術(これ)は呼吸を合わせて入るのと、相手の無意識に割り込む工程がある」って。

今は興奮しまくってて奴の呼吸もぐちゃぐちゃだ、意識の隙間を縫うような動きも、この状態じゃ上手くいきようがない!

 

それを察した俺は逆転の一手、シャインセイバーの効果を最大限発揮しようとポニーテールへの愛を加速的に高めようとし、

 

『緊急事態です祐一さん!総二様が戦えなくなってしまいました!』

 

「何!?」

 

トゥアールからの通信でその勢いを落としてしまった。

あいつが戦えなくなった……!?それなら観束のツインテールが、まだ見ぬポニーテールが奪われそうになっているのか………!?


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。