「突然失礼しました。ですが、説明するよりこちらの方が早いと思いまして」
トゥアールの声で、飛び掛けた意識が復活する。
光に飲み込まれたと思っていたのだが、恐らく彼女が何かやったのだろう。妙ちくりんなブレスレットを持っていたりと色々得体が知れない。
チカチカする目を慣らし、驚きの声を上げる観束に追随するように、俺も今の自分の状態を確認する。
そこに広がっていた光景は、俺の記憶を一度ひっくり返さないといけない程のものだったからだ。
『マクシーム
「予定より早かった……。迎え撃つつもりが、後手に回りましたね。___総二様」
「ど、どうしたんだ。って言うか説明してくれ!何で俺たちはここに居るんだ、少なくともここは……俺の家から二十分はかかる筈だぞ⁉︎」
「ご安心下さい。簡単に言えば座標転移、ワープを行いました。お二方はお連れするつもりはなかったのですが、ずっと近くにいた愛香さんはともかく、祐一さんまで有効半径へ入ってしまったので仕方なく……」
その言葉で津辺の何かが刺激されたのか、表情を怒りのそれに変えて口を開こうとし____
突如発生した轟音と熱波に遮られた。
音を立てて吹き飛んだのは、駐車場に停められていた一台の乗用車。それは火山の噴火により弾けた溶岩のように天を舞い、地面と激突して爆炎を上げる。
どう考えても尋常じゃない。最新の重機を使ってもあんな風にはならないだろう。
動揺する俺と観束(津辺は何故かあまり動じてなかった。あいつマジで何者だ)を落ち着けるように、トゥアールが冷静さをつくった声で制止する。
「あまり離れないで下さい。奴らに見つかります、認識攪乱の作用範囲は、あまり広くありません。ですが私の側に居る限り見つかることはありませんので、まずはあの怪物を見て下さい」
「にんしき……かくらん…?」
疑問符を浮かべる観束の肩を叩き、炎上した駐車場付近を注視させる。
さっきの爆発のせいで薄っすらとしか見えなかったが、恐らくあの津辺でさえ驚愕するような姿を、俺は先に見つけていた。
爬虫類を彷彿とさせる鎧のような人型のカラダ、所々に角や突起物が装飾されたその肉体は、俺も最初は新手の着ぐるみかと思った。
だが、二メートルに迫る鋼の筋肉に、人類から逸脱した凶悪なその面貌、まるでもう一本の腕かのように時折アスファルトを砕いている異形を象徴するかのような尾は、どうやっても今の機械技術ではなし得ない生々しさと熱をもっている。
そう、奥で悠然と佇む奴は、正真正銘の怪物であるとを示していた。
「者ども、集まれい!」
煩わしさすら感じず、乗用車を腕の一振りで粉砕しながら、異形は集まってきていた野次馬の衆目を一声で収束させる。その鋭利な牙が生えた口からは想像もできない事に、奴は当たり前のように日本語でそう叫んだのだ。
「ふははははははは!!この世界の生きとし生ける全てのツインテールを、我らの手中に収めるのだーーーーーー!!」
横で思いっきり観束が吹き出した。
渋めのいい声で宣言された異常とも言える征服の号令に正直、なんかやるせ無くなった。俺のシリアスを返せあのトカゲ。
津辺も唖然というより呆れたのか、若干気の抜けた声で観束に確認を取る。
「………ちょっとそーじ、あんた着ぐるみ着て何やってんのよ」
「俺じゃねえ!」
「いや、お前だけだろ。あそこまで大規模なツインテール宣言できるのは」
「え、……いやぁ」
照れてんじゃねえよ。
完全に色々気分が落ちた俺は、さっさと帰ろうとトゥアールの方に視線を向けた。
だが、彼女は今だに何かを警戒しているのか緊張した面持ちでトカゲ姿の怪物へと関心を寄せたままでいる。
そして、何がきっかけとなったのかは分からないが、異形の周りにこれまた異形。……真っ黒なパンツを被った黒子といったのが一番分かりやすい様相をした変態が群れを成して現れた。
なんだこれ。
「モケェーーーーーー」
所謂大量に湧き出る雑魚だろう。カサカサと動くその姿は、台所に潜む黒の魔王を思い出して酷く気持ち悪い。
彼等はその数を活かしてその場にいた何人かのツインテールの少女を
ただ、ツインテールの少女が捕まった事が琴線に触れたのか、観束は激昂寸前まで感情が高まり、津辺は最悪の想像が頭に浮かんだのか、顔を青ざめる。多分そういうのじゃないと思うけどな、あの変態紳士的に。
一定の観察が終わったのか、怪物はまるで失望したかのような口ぶりで一人その思いをぶちまけた。
「それにしても、ツインテールの少ない世界よ__嘆かわしい!これだけ電気と鋼鉄にまみれながらその実、石器時代で文明が止まっていると見える‼︎」
とんでもない暴論だ。もう完全に頭がおかしいようにしか思えないが、奴も一応どこかの世界の異形とかそんな感じで通してるんだろう、あれがあいつらの価値観なのかも知れない。それにしたってないが。
「まあよい、それだけ純度の高いツインテールを見つけられるというもの!者ども、隊長殿の御言葉を忘れるなっ!極上のツインテール属性は、この周辺で感知されたのだ、多少違う反応もあるようだが問題あるまい、草の根分けてでも探しだせい‼︎……兎のぬいぐるみの耳を持って泣きじゃくる幼女は、あくまでついでぞ‼︎」
最後に思いっきり私情が吐露されているが、あれも一種のツンデレ、という奴なのだろうか。この前未春さんに教えて貰ったが、想像とは打って変わって吐き気を催す程気持ち悪いぞ。
勿論、そこまでの判断能力がなかったのだろう。戦闘員というか雑魚集団っぽい黒子は首を傾げるとモケェーと鳴いた。多分あれしか言えないのだろう。
それと何故か意思疎通を交わし、しかも要約すれば「ツインテールの少女と一緒にぬいぐるみを持っている少女を連れてこい!愛でるから!」と言っている。流暢な日本語に聞こえるんだが、やはり奴ら独自の言語モケェー語とかだったりするのだろうか。というか、不謹慎だがそっちであって欲しい。
遂にツインテールの幼女が見つかったのか、怪物共は嬉しそうにぬいぐるみを用意し始め、その意味不明さにその子は恐怖で瞳に涙を溜める。
流石に止めなければならないだろう。思わず走り出そうとした時、津辺に左手首を掴まれる。よく見ると、観束も同じような状態になっていたようだ。
「ツインテールの女の子ばかり攫ってきて、何をするつもりなんだ。なぁトゥアール、お前はこれを知ってて連れてきたんだろ⁉︎」
「はい、そしてそれをどうにかする手段もあります。ですので総二様……まずは私の服を脱がせて下さい」
トゥアールの肩を押さえて説明を求める総二に、トゥアールは真剣ながらも何故か妙な欲望を宿した目で突拍子もない事を言い出した。これは絶対今の状況を打開するどころか、ボケの泥沼化へと進行させる台詞だろう。この僅かな時間でトゥアールの変化を見切れてしまっていた俺は、そう確信めいた直感で結論をだす。
……だめだこいつらあてにならねえ!
そうしている間にも怪物達の方で何かがあったのか、無駄にいい声の感嘆が聞こえる。こっちも碌なことじゃ無いだろうと当たりをつけて、まだ手首を掴んでいた津辺に小さく声をかける。
「ちょっと、向こうで何かあったみたいだから潜んで見てくる。物影に隠れつつ行くから、津辺はこいつらの処理を
「ちょっと、怪我とかしないでよね?それと分かった、
「ああ、確実に話が逸れてるだろうから修正の一環でな」
観束に何かしらやらかそうとしているトゥアールさんには悪いが、微妙とはいえ緊急事態に発情している彼女が悪い。嫉妬も含めて苛つきが溜まっていた津辺の贄になってくれ。
そう心の中で合掌しながら、俺は彼女の張っているらしい認識攪乱エリアから抜け出して燃え上がる車の陰に隠れる。割れたガラスから様子を窺う事ができたので、俺はこれ幸いと怪物共の現状を拝見させてもらう。
「お前たち、この光景をしかと目に焼き付けよ!ツインテール、ぬいぐるみ、そしてソファーにもたれかかる姿!これこそが、俺が長年の修行の末導きだした黄金比よ‼︎」
「モッケケケーー‼︎」
その只中に居たのは、学校の生徒会長
彼女は怪物共に捕らえられ、ぬいぐるみも抱かせられながらも毅然とした表情でトカゲ姿の怪物を睨みつける。
そんな会長の姿を見て、流石に俺も足を動かし始めた自分を止める術が見当たらなかった。
「おい!そこのトカゲ野郎!」
「む⁉︎誰だ、貴様は!」
そんな事はどうでもいい。俺は奴の眼前まで走りだし、次第にその歩調を弱めて、異形の双眸と真っ向から睨み合う。
全く、感情が昂ぶるのは悪い癖だ。正直何でこんな事をしようとしているのか、何でこんな事を言おうとしているのか、自分でもよく分からない。突き動かされたのだと思う。だがここまで来たのだ、言いたい事を言ってやる。
「なんでうちの会長をただ座らせるだけにした!それぞれの要素は良いのに勿体無いだろうが!」
「な、なんだとぉぉぉおおお⁉︎⁉︎」
驚愕する怪物に対し、俺は鼻を鳴らしてその横を通り過ぎる。
当然、そこには先程までソファーに腰掛けながらも気丈に怪物を睨んでいた会長の姿があり、話題に出された会長はキョトンとした顔でこちらを見ていた。
「どうも、会長。一年の白束です、学園ではよろしくお願いします。あ、その顔良いですね。ちょっといいですか?ほっ……と」
「え、あなたは……きゃっ」
呆然とする会長の体をとん、と押して体を倒させ、持たされていた猫のぬいぐるみを向かい合わせるようにして持ち替えさせる。
その姿に納得し、未だ腕を震わせる怪物へ向けて言い放った。
「どうだトカゲ野郎、会長のこの姿!普段は気を張ってるお嬢様が疲れを紛らわす為に秘密にしていた人形遊びを、親しい人物に見られた時を想像できるこのポジションは!」
「お、おおぉぉぉぉ⁉︎み、見える!見えるぞ!その後照れて頬を赤く染めながら、可愛らしいぬいぐるみを盾にして顔を隠すその素晴らしき
膝を崩して叫び声を上げる怪物。それに腕を組みながら、俺は自分でも分かる今世紀最大のドヤ顔で笑ってみせる。
なんかよく分からんが、どうしてもパーツだけ揃えればいいという奴の態度が気に食わなかった。確かにパーツは一級品揃いだが、それも完璧に調和を整えればより輝くということを知らないのか。
「ありがとうございました会長。意味不明ですが、この怪人の何かに勝利する事ができました」
「は、はぁ……それはそうと、これは一体何事なんですか?」
「さぁ、そこの所は俺にも……兎に角、今のうちです会長。こいつが崩れ落ちてるうちに逃げて下さい」
俺はそう言って彼女に退路を促すと、警戒する戦闘員に対して以下にも思わせぶりな格好をしながら会長が安全な場所まで避難する時間を稼ぐ。
戦闘員もやはりそこまでの知能はないのか、俺に対して無駄な警戒心を働かせ、ジリジリと彼女が移動するまでの道を作る事ができた。
「ぬ⁉︎させん!」
だが、復帰したトカゲの怪物がこちらに向けて手を翳す。手のひらから射出されたそれは、小さな
かなりの速度で迫る機械染みた輪は来るたびにその大きさを肥大化させて行き、人一人を飲み込む大きさになると、俺の背後から逸れていた会長が通り抜けるようにして通過していく。
その瞬間、会長のツインテールが、まるで翼を失った鳥のように儚く解けてしまった。
「会長ッッッ‼︎」
倒れ伏す会長を受け止め、憤怒の形相で後ろの怪物を威嚇する。
だが、当の奴は冷静になったまま、素晴らしいツインテールが失われた事に対する何の未練も浮かばぬ表情で言ってのけた。
「してやられたな。だが、そこな女子のツインテールは既に我が回収した!__む、新たなツインテールの気配……どぉこぉだあああああ‼︎」
「余所見、してんじゃねえよ!」
またも途中で妄言を吐き出した目の前の爬虫類擬きに対して拳を振り上げる。
たとえポニーテールでなくとも、生徒会長の髪は長年の苦楽を共にしてきた素晴らしいものだ。それを奪っておいて、あまつさえ躊躇いもなく他のツインテールに目が眩む?
_______そんなの、許せる訳がないだろう。
「邪魔だあああぁぁぁ‼︎」
瞬間、体にトラックの衝突にも似た破壊が叩きつけられる。
咄嗟の判断で関節を折り畳み、防御の姿勢をとるも、俺はゴム毬のように吹き飛ばされる。
圧倒的暴力。俺の怒りを一瞬で蹴散らした鉄骨の如き腕での薙ぎ払いは、俺を炎上する車の中心へ一直線へと送り込んだのだ。
熱と衝撃を全身に感じ、口から込み上げてきたものは容赦なく吐き出される。体の中から莫大な喪失感を覚えつつも、抗う事が出来ずに炎の中に沈んでいった。
「ぐ……、あんの、やろう……」
明滅しかけた意識を精神力で強制的に引き戻し、炎の中で一人ごちる。
最初の奇行で上手くいったからと言って、ちょっと調子に乗り過ぎた。相手は変態じゃない、車を片手で吹き飛ばす超変態だった事を忘れてた。
でも、あの場で怒らなければ男じゃない。たとえ好きな物では無かったとしても、美しいと認めたものが穢されるのは、侮辱された気分になってとんでもなく腹が立つ。
「……なんだ、あれ。……ごほっ、」
咳と共に体を起こして、俺は一つのものを見る。
それは俺の親友、観束総二だ。
あいつはブレスレットを胸に持って行くと、その体を極彩色の光で満たす。
そして、数瞬の合間を挟み光から現れたのは_______とんでもなくツインテールが似合う赤い髪の戦隊系幼女だった。
「……………は?」
流石に、唖然とする。
俺の親友が、数秒たったらツインテールの超似合う絶世のロリになってた。
どういうことだ、まるで意味わからん。
だが、ふと思い至った事がある。
あれは、もしかして
それならば、多少納得のいく所もある。だってあのツインテール馬鹿だ、ツインテールの為なら男を辞めても不思議じゃない。
なら、あのブレスレットは観束の持つツインテールへの愛情を力として、あの肉体にする為の補助装置だったという事か?それなら、あの
わたわたと慌てながら雑魚を殲滅するツインテールの少女は、見た目にそぐわぬ腕力・速力・耐久力を持っているらしい。例えるなら、
しかし、その予想は簡単に逆転される。
幼女を目の前にして、感極まったのか完全に息を乱して興奮する
まぁ実際、爬虫類が顔を寄せて変態的な言葉を(恐らく)羅列するのは身の毛もよだつ光景だろう。
だが、俺はその時妙な苛つきに襲われる。
「なにを、してるんだよ……あい、つ」
だらんと下がっていた腕に力が入る。拳を握り、地面を穿って支えとして、俺はゆっくりと立ち上がる。
服に引火したのか、背中に灼熱を感じるも、それが気にならない。
なぜなら、俺は炎なんかよりよっぽど熱く、この妙な苛つきに燃えている。
怯えるのは仕方がない。だけど、あいつはそんな中でもツインテールが好きだと言えるバカじゃ無かったのか?心まで小さく、軟弱になったのか、あいつは。
「なら……俺が、やってやる」
ふらふらとしながらも完全に立ち上がり、頭から流れる血を袖口で拭う。
そうとも、あいつが自分可愛さに目の前のツインテールが失う事を忘れるんなら、俺が救ってやる。
別に好きでもないツインテールだけど、もしかしたらその次は、あの輪でポニーテールも奪われるのかも知れないと思うと堪らない。そんな世界になるくらいなら、ついでに守っても良いかと、傲慢を自覚しつつも考える。
力が及ばない________それがどうした
体が震える_______でも立てたぞ
相手は変態だ_______今更だろ
そもそも、俺は
「何だこれ、寧ろあいつに及ばないとでも?」
意味不明な自問自答を切り捨てて、俺は体の内から湧き上がる力に鞭を入れる。
愛____愛情なんだろう、これは。
俺が、ポニーテールに懸ける全ての愛。
絶え間無く溢れるそれに意識の手を入れ、整え・伸ばし・結って、纏う。
炎のようなあの光とはまた違う、光そのもの。
「_______ブース、ト」
煙で焼かれた喉を震わせ、内から湧き出す言葉を零す。
その瞬間。
純白で純粋な光が俺の体を包み込み、無音の爆発を起こした。
本当は一話でリザドギルディを殺っちゃうつもりでしたが、なんか変な風に文が長くなりました。
次回、本格戦闘開始です。