-Ruin-   作:Croissant

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二十四時間目:うおっちめん
前編


 

 楓が階段を上り切り、屋上へと続くドアを開けると、予想通りそこに彼がいた。

 いや、正確に言うと彼と彼女()

 別に敬ってはいないが師と仰ぎ、全然隠せていないが皆に内緒で男として慕っている横島忠夫。

 一種異様だが、愛くるしさと寄り添っている微笑ましさから見慣れてしまった使い魔のかのこ。

 彼の愛妹。自分達の大切な妹分。人間族じゃないというだけ(、、)の少女、ナナ。

 

 そして――

 

 「彼女がさよでござるか……」

 

 生徒名簿で写真だけは見ているのだが、実物(?)はこれが初めて。

 初めて相対した時は思わず敵として追ってしまったし、次に見たのは亜子が携帯で撮ったものだったので敵対心を持ってしまったまま。

 残念ながら解決の件には関われなかった……解決後、古にメールで散々自慢されて、ちょっとかなりムっとキている……が、自分は昨晩動けなかったのでしょうがない。

 

 と言うのも、最初の事件時に部屋に戻らなかったが為に、怯えまくった鳴滝姉妹に捉まって部屋から出してもらえなかったのだ。

 だからといって、ポンポン誘眠香を使って眠らせるのもナニである。

 幾ら無害な誘眠香とはいえ。そんなに連続で使用していれば害も出るのだ。だから姉妹の身を案じた楓は、今日は仕方ないかと大人しくしていたのであるが……結局また古にオイシイとこ持って行かれて歯噛みする事となっていたり。

 

 だったら鳴滝姉妹を当身で気絶させてりゃ良かったと、スカポンタンな後悔してたりするのだが……それは兎も角。

 

 今目の前にはその霊的事件の原因であり、ある意味被害者である相坂さよがいる。

 だがそれだけではない。

 何故だか知らないが、その さよとナナが背を見せて向こう向きに立っており、出勤前だからであろう青いツナギ姿の横島がかのこを膝にのせてどっかと座り込み、そんな二人を見つめているという珍妙な光景がそこにあった。

 

 その上、出遅れ感を残している楓を更にイラッとさせるものが……

 

 「……何故に零殿までいるでござる?」

 

 件の男のすぐ横。ぴたりとくっつくような位置に腰を下ろし、同じように二人を見つめている少女が一人いらっしゃるではありませんか。

 

 それに気付くといきなりピョンと機嫌ゲージが跳ねて悪くなってみたり。

 文字で表すならこんな感じ(--#)に。糸目を含めて意外に合うのが笑える。

 

 この女郎っ 今回の一件には拙者と同じく関わっていなかったのに、解決してから尻尾振って出てくるとは何様のつもりでござるか?

 何だか普段以上に黒い文句が浮かんでいたり。ぶっちゃけイチャモンであるのだけど。

 だから文句の一つ言ったろか?! という勢いもあったのであるが、楓は寸前でピタリと足と共にその言葉を止められてしまった。

 

 息を呑む――と言うほどではないが、今までそんなに見た事がない真剣さが彼の背から感じられたからだ。

 

 楓は昨晩の事を直に聞いておきたいと早めに登校している。

 その際、<超包子>で朝食をとるべく同じく早めに登校している明日菜達に少しだけ話を聞いているのだが、やはり彼から聞くのが一番らしい。色んな意味で。

 とりあえず朝のHRまで時間があるのでそれなりに聞けるだろうと朝食を作っておいて姉妹に早く出ると言い残して飛び出してきたのである。その際、ごゆっくり~と意味深に送り出されてたりするがそれは関係ない話だ。

 そんなこんなで何時もよりずっと早く学校に着いた彼女は、彼を探してここに辿り着いたのである。

 まぁ、正確に言うと彼にメールを送って話を聞く為に待ち合わせているだけだったりするのだが、彼女の勘も正確に位置を伝えているのが何とも興味深い。そーゆー事に関しての成長だけが著しいという事か。

 

 それは兎も角――

 

 彼の霊波を受けたからか、或いは昨晩古から霊力を注がれたからかは知らないが、今のさよの姿は楓の目にもはっきりと映っている。

 当然のように精霊であるかのこや、彼の霊波を浴びまくっているナナや零にも見えているだろう。

 尤も、古によると大首領は以前からバッチリ見えていたらしいが。

 因みにネギは横島や古がドカンと霊力を注いでないと見えないらしく、今朝もorzしたままだったりするが……今はどうでも良い話である(何気に酷い)。

 

 「一体何を……」

 

 彼女の疑問も尤もだ。

 二人の少女は背を向けたまま。

 その二人を見つめている横島と零も背を向けたまま。

 ここに着いた時には既にこんな状況であった為、そんな四つの背を見つめる楓に訳が解る訳もない。

 とにかく話を聞こうと楓が一歩踏み出そうとした瞬間、

 

 「む……?」

 

 二人少女に動きがあった。

 

 一瞬カクンと軽く膝を落とし、

 声を合わせつつ右腕を掲げ、同時にくるりと振り返ったのだ。

 

 それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『ら~め、らめよ♪ Ho!!』」

 

 

 同時に始まるテンポのいい曲。

 普段のぽやぽやした動きからかけ離れたアップテンポなナナの動き。そして さよはその動きに完全にシンクロしていた。

 どこで練習をしていたのか正に一糸乱れぬ動き。

 何時の間に打ち解けたか、その二人の空気も同調している。

 

 それは――

 

 それは見事なダンス&ボーカルであった。

 

 「 き ゃ あ ー っ っ っ っ

   ナ ナ ー っ っ  さ ー よ ち ゃ ー ん っ っ ! ! 」

 

 余りの事に卒倒してしまった楓の耳に、想い人の黄色い声援はかなり痛かったという。

 

 

 

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            ■二十四時間目:うおっちめん (前)

 

 

 

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 ぐったり……

 

 的確に今の楓の状態を説明すれば正にそれである。

 タレ熊猫宜しく机の上に身体を預けるように疲労の余り溶けているのだから。

 

 「ナニが悲しゅうて朝っぱらから……」

 

 アイドルにトチ狂う追っかけみたく妹分達に萌える想い人なんぞを鑑賞せにゃならんのだと神様に小一時間問い詰めたくなった。

 尤も、そんな風に物凄く自然体でさよを受け入れている彼に笑みも浮かばないでもないし、『練習頑張ったんレスよ。ねー?』と仲良く笑うナナとさよに毒気を更に抜かれたのでこれ以上とやかく言うつもりもないのだけど。

 それに一通りダンス&ボーカルを鑑賞していたのでどうこう言えない。

 

 というより、あんな泣き顔を見せていた さよがあっという間にあのような笑顔を見せている。いや、彼が笑顔を齎せたのだろうけど、それを実現できた事に文句を言うつもりはコレっぽっちも無い。

 楓とて裏に関わってはいなかったものの、それなりに霊に対する術を知ってはいたし、表の者なりに知識も持っていた。

 

 だからこそ、こんな短い期間にあれだけの表情をさせている彼にマイナスの感情を持つ事は困難を極める。

 幾らおバカなトコばかり見せつけられてはいても、女の子に笑顔を齎せているさせているという方の評価は富士の山より高かった。

 だから楓は、疲労を浮かべつつも嬉しげに苦笑する。

 

 「……全く、しょうがない御仁でござるなぁ……」

 

 と――

 

 

 「ンな事でもアイツを想えるんだから末期だな」

 

 「 の わ っ ! ? 」

 

 何時の間にか忍び寄っていた零が、心を読んだが如く入れてきたツッコミ。

 余りに良すぎるタイミングであったが為か、モノホンの忍である楓も形無しに仰け反った。それでも椅子の足を斜めに固定して転倒しなかったバランス感覚は流石であるが。

 

 ひっくり返し掛かった椅子を自分の身体ごと直しつつ、八つ当たり風味であるが零を恨めしげ睨むものの当然効く訳もなく、ニッと楽しげに笑い返されるに留まってしまう。人生経験の差がコンチクショーである。

 兎も角、ゴトゴト椅子の足を鳴らしつつ腰を掛けなおし、悔しいから零に顔を向けられない楓は明日菜達が作る輪の方に顔を向けた。

 

 「……意外と簡単に馴染んでるようでござるな」

 

 それでもばつが悪いのか、楓は零に向けることなく言葉を吐いた。

 零は肩を竦めつつ楓と同じ方向に目を向ければ、木乃香や明日菜といった魔法に関係している少女らが輪になって他愛のない話をしている光景。

 ちゃっかり輪に混ざっている古がさよに霊力を注いでいるお陰か、或いは彼女らに適正があった為か、どうやら木乃香達には見えているらしい。

 

 「ああ。何だかんだでアイツら順応性が異様に高いからな。

  それに古菲や円ってゆー緩衝材もあるから話は簡単だ」

 

 「で、ござるか……」

 

 流石の楓も少しばかりは心配してはいたのだが、あの二人の緩衝材は思ったより利くらしく、刹那と木乃香、そして明日菜と和美、のどかと夕映らが さよを囲むようにして何やら楽しげに話をしている。

 これだけ人数がいれば見えない さよが混ざっていても解り辛いだろう。良いフォーメーションだ。

 因みに円は混ざっていない。学園祭が近いからだろう、バンドの仲間と一緒である。

 

 「円はあんまり話してねぇが、

  感受能力が高ぇからか さよと念話っポイ事ができるみてぇなんだ。

  だから積極的に口で話す必要はねぇとよ。

  ま、授業中にも色々話す事になるかもしんねぇがな」

 

 そう何が楽しいのかクククと笑う零。

 攻撃能力は殆どないが、応用力はピカイチである円の霊能力。

 

 その力は昨晩のような事態にこそ活躍の陽の目を見る。

 三つの超術を使えるがランダムである自分と、防御力は凄まじいが反射と停止がメインという古のように戦闘特化よりずっと使えるではないか。

 落ち込んだりはしないが、羨ましいとは思う。

 

 ――何せその力が救えたのものがあそこで笑っているのだから。

 

 制服が違う事と、窓から入る光がそのまま透過している事を除けば、その様は極普通の少女。

 話せる事が楽しいのか、話す事が多過ぎて逆に思いつかないのだろうか、わたわた戸惑っている さよが何とも微笑ましい。

 それを目の端に入れているであろうエヴァも、無視を決め込んでいるのだが口元に笑みが浮かんでいるし。

 

 「まぁ、さよの方にもとけ込む時間があったしな。

  夕べから二,三日(、、、、、、、、)ナナや妹どもと遊んでたみてぇだし」

 

 「成る程……」

 

 その珍妙な言い方で、楓も大凡の事が掴めた。道理で零も事情に詳しい訳だ。

 要は人の輪の中に入り易い様、リハビリとしてエヴァの別荘を借りたという事だろう。

 無論、大首領様の許可が要るのだが、横島の事だからそのリスクをイヤイヤながら快諾したのだろうと容易に想像が出来る。イヤイヤながら快諾と言うところがポイントだ。

 

 「その間、ずっとナナや妹どもと話しまくって打ち解けたのさ。

  ま、あのわたわた慌てた話し方とかはヨコシマがフォローしてたんだが今一つみてぇだけどよ」

 

 「あの御仁も良くやるでござるなぁ」

 

 まぁ、そんなところも……であるが。

 そんな楓の表情を読んだか、零はニヤリと笑い、

 

 

 「だけど良いのか?

  あたしらのライバルが増えるかもしんねぇぞ?」

 

 

 等ととんでもないセリフを落として来た。

 笑顔のままピキンっと鉄塊のように固まる楓に零の笑みは深まる。

 

 ギギギと錆びた歯車のような音を立てて零に顔を向けるロボ楓。

 関節に油でも差してやろうか? と彼女は益々楽しそう。

 

 「あ? 解らねぇってか? ヨコシマだぞ?」

 

 「……」

 

 ものごっつシンプルで、解りたくもないが素晴らしく解りやすい説明だった。

 

 横島が持っている魅力は、初見ではひっじょ~に解り難い。

 何せ高確率で出会って直ぐ目にしてしまうのはセクハラ全開のとんでも暴走。オポンチでバカタレ全開のスットコドッコイなとこばかりを目にしてしまう。

 なので誤解を受けまくって評価は底辺をひた走る。本人の良いところなんぞ見る気もしないほどに。

 

 しかし楓と古のように運が悪ければ(?)話は別だ。

 

 そんなスカタンさに目を瞑り、ボケを喰らっても見放さず落ち着いた目で彼を見つめ続けていると、その奥底に潜む器の大きさやら分け隔てのなさ、底なしの優しさとそれに伴う計り知れない強さを思い知って人物評価が一気に跳ね上がるのである。場合によっては離れら難くなるほどに。

 

 その顕著な例は当の楓と古の二人で、彼女らは大停電の晩の一件で先にヘタレ具合を見せつけられてから、事の顛末を一番近い位置で見せつけられたり、修学旅行中の件で彼のおもいやりを知らされたり、彼の過去を見せつけられたりと、短期間の間に順当に段階を踏まされて上方修正させられっぱなしなのだ。

 

 しかし如何に間をすっ飛ばして好感度を上げてしまった即席のオンナではあっても解る事はある。彼に一端懐いてしまうともうオワリだと言う事が。

 現にこの間まで赤の他人だったナナも今現在はそこらの兄妹が平伏するほどお互いを想い合うベタベタの仲良しさんである。

 

 となると、零が言うように さよも拙い。

 

 何せプラス要素として彼はとびっきりの人外誑しなのだ。

 理由はさっぱり解らないのだが、何故か知らないが彼と知り合った人外は愛憎という裏表の意味も含めて彼に夢中になってしまう。

 

 だから解る。

 

 ナナもゆっくりと兄と見る目から変わってゆく事だろう。

 そしてこのまま行けば間違いなく さよも……

 

 「あ、言っとくが場合によっちゃあセツナも拙いかもしんねーから」

 

 ぶ ふ ぅ ―――― っ っ

 

 あまりと言えばあんまりな妄言であるが、強いショックを受けた楓はナニかをおもっきり噴いた。

 何があっても落ち着いた雰囲気をもっていたし、この間まで静かでクールという印象であった楓のココ最近ぶっ壊れ具合を見知っている皆も流石に驚いて視線を向けてしまう。だが彼女としては知った事ではない。

 つーか、それどころではない。

 

 「ち、ちょ、まっ、れ、零どにょ!?

  いったいじぇんたいニャニをもってそにょよーにゃ……」

 

 「オチケツ……もとい、落ち着け。言語がぶっ壊れてんぞ?」

 

 そう零に諭されスーハー深呼吸。特技上、整息は苦手ではないのだから。

 だがそれでも、どっかんどっかん心臓がうるさいのだが、今はンな事に拘っている暇は無い。

 

 「そ、それで? 一体如何なる理由があってそのような妄言を?」

 

 息を整えてもやっぱりどっかイッてるらしく、完全ではなかったり。

 尤も零は、ヲイヲイ妄言扱いかよと笑ってはいるが。

 

 「お前、あいつらの話よく聞いてなかったろ?」

 

 「それは……やはりそういった会話に聞き耳を立てるのは……」

 

 「マナー違反ってか?

  ま、それがフツーちゃあ、フツーなんだろーけどよ。

  そのお陰で肝心な事に気付いてねーだろ?」

 

 「は? 肝心な事、でござるか?」

 

 「ああ……」

 

 零はわざとらしく周囲を見回し(おもっきり視線を集めているが気付いていないかのように)、座っていた机から下りて楓の耳元に顔を寄せた。

 

 「コノカがな、セツナをさり気なく誘導してんだよ。

  横島さんのそういうトコはやっぱり大人やな~って感じに」

 

 「!?」

 

 その話を聞いた瞬間、楓はぐわっと面を上げ、頚椎がおっぺしょれる(何故か名古屋弁)勢いで木乃香に顔を向けた。

 何故か一昔前のスーパーロボットが如く眼を光らせてたりする楓に、明日菜の顔は引き攣り、のどかと夕映はあからさまに怯えている。

 刹那も当然驚いているのだが、何と当の木乃香は涼しい顔。

 極自然にさよの眼を塞いで“怖いもの”が見えないようにしつつ、テヘペロと舌を出してあははゴメンなぁと笑っているではないか。

 

 『こ、このか殿……』

 

 『あは バレてもたみたいやなー 流石は零ちゃんやわ』

 

 『な、何故に突然』

 

 『ん~……突然ゆう訳でもないんよ?

  あのネギくんの試験くらいからちょう気になっとったんよ。

  それに優しいいうんは前から知っとったし』

 

 『そ、それは確かに……』

 

 『ほれにあの人以外誰かおるん?

  せっちゃんのコト、ホンマの意味で全部受け入れられる人、

  せっちゃんが十年近く気にしとるコトをひっくるめて全部受け入れてくれる人、

  もの凄ぅ自然に、ただ一人の女の子として受け入れてくれる人……』

 

 『ぐ……っっ』

 

 『確かにネギくんは真っ直ぐでひたむきで一生懸命で優しいわぁ。

  せやけど横島さんはその上に包容力があるんよ。

  せっちゃんのあの真っ白で大きい翼ごと包んでくれるような……』

 

 

 ――気付かれたっっっ

 

 

 ついに気付く者が出てしまった。

 

 いや、木乃香は実際に危機を救われまくっているし、古によると修学旅行の時かなり親身になって相談に乗っていたそうだし、鍛練の合間もボケとツッコミの間合いがよく似ている為かよく話もしている。

 だからその可能性もゼロではなかったのであるが……迂闊だったッ

 

 今考えてみると、鍛練の合間合間に話しかけていたのは、ひょっとすると横島の人となりを観察する為だったのかもしれない。

 

 刹那は彼女にとって大事な親友。

 そんな何よりも大切な幼馴染をキッチリ幸せにしてくれるだろう人間。

 刹那の心に未だ残っているだろう傷……いや()ごと、

 心の奥で燻り続けているだろうまともな人間ではないというコンプレックスごと包み込める器を本当に持っているのか否か。彼は本当に“それ”なのか。と、彼女はにこやかな笑顔の下で鷹のように眼を光らせていたのかもしれない。

 

 その想像に応えるかのように木乃香は楓に対し、意味ありげにニッと笑みを向けた。

 楓は今更ながら木乃香の深謀遠慮に戦慄する。

 

 このか殿……おそろしい娘。

 

 

 ――断っておくが、これはみなアイコンタクトによる会話であり、念話といったものではない。

 

 おまけに超短時間の間に交わされたものなので、傍から見れば二人が見詰め合って、唐突に楓が頭を抱えて木乃香がそれを見ながら微笑んでいるようにしか見えない。

 周囲からすれば、

 

 「え、えと……お嬢様?」

 

 「こ、このか?」

 

 このようにサッパリサッパリであった。

 

 傍から見ればにぱっと笑う木乃香を見ながら恐れおののき後退する楓という訳の解らぬシーン。

 本人達からみれば塗り潰したような闇の中で稲光が走りまくって雷鳴轟くシリアスシーンだったりする。

 話の中心にいた“筈”のさよは訳が解らず???と疑問符連打状態だ。

 

 結局、一時限目が始まるまで二人はこんな按配だったと言う。

 

 

 

 

 

 「アホかあいつは」

 

 「けけけ……まぁ、そう言うなよ御主人。

  何だかんだいってあいつも未通女なんだしよ」

 

 今のキサマとて人のコト言えないだろう? と呆れながらエヴァが言えば、そりゃそーだと零は笑って返した。

 何だかんだでやはり空気が分かり合っている二人だ。

 

 と、そんな風に他愛無く話をしていた二人であったが、不意にその笑みの色を変え、エヴァは意味ありげな眼差しを零に送った。

 

 「それは良いが……お前は気付いているか?」

 

 「ったりめーだろーが」 

 

 視線は向けない。

 意識も向けない。

 だが、二人は同時に見ている。

 わざとエヴァの陰になるよう、机に腰を下ろしている零の後方。

 ここのところ色々と相談し合っていたのに、今朝はきちんと自分の席に着いて黙ったまま。

 “あの日”からずっとバカタレ具合ばかりが目立っていたのだが、今日は珍しくマトモに……

 

 ――いや?

 

 「あの様子なら……見たんだろうな」

 

 「あのアホは後先考えてなかったみてぇだしな……

  まぁ、想像していたより気付かれんのはずっと遅かったけどよ」

 

 元に戻って(、、、、、)いる――

 

 裏で続けていた計画がばれないよう、一般学生の仮面を被り続けていた時のそれ。

 穏やかで、自然で、優しげで、

 それでいて狐のように用心深く、虎の様に慎重に目標ににじり寄って行く。

 

 エヴァ達が見ずに観ている二人は、その空気を取り戻しているのだ。

 

 「バカ一とバカンフーは気付いてねぇみてぇだぜ?」

 

 「然もありなん……というか、腑抜けてるな」

 

 「無茶言うなよ。

  裏で生きてた時間の差があらぁな」

 

 「フン……

  私の元にいる以上、そんなものは言い訳にもならん」

 

 ヤレヤレだぜと肩を竦める零。

 そんな所作をしつつも零は背中に刺さりだした視線を感じている。

 今までは疑問と苛つきによる憤りばかりが募っていたのだが、それが消えて代わりに疑念が湧き上がっているのだろう。視線にその色が混ざっているのだし。

 

 「今頃になってやっと気付いたのはアイツらの不覚。

  自分のストレスに構い続けて目的を見失いかけていたからな。

  ま、あのアホが相手ならしょうがないとも言えるが……な」

 

 ギ……と腕を組んだエヴァが椅子を軋ませる。

 やや不自然……と言うより、わざとらしく茶々丸に横島が関わる修業を見せなかったのだが、それでもこれだけ時間が掛かったのだから、本当にイライラしていたのだろう。

 或いは横島のスットコドッコイがうつったか。

 

 「ま、お陰でメリットのない取引もせずに済んだしな。

  アレ(、、)も手に入れたし……」

 「アレ(、、)

  ……ああ、今削ってるアレか」

 

 そうエヴァの言葉に応えている零であるが、その零本人が“成功例”なのであるし。

 だからなのだろう、皆がどれだけ馬鹿を見せても彼女の機嫌がそう悪くならないのは。

 

 二人の方にやはり視線を向けず、エヴァは然も楽しげにフ……ッと笑みを零す。

 

 古と同じく髪をシニョンに纏めている麻帆良の天才と称される少女すら予想もしていないだろう存在。

 その年齢から考えられないほどの腕前。プロ中のプロとも言える戦闘技術を持つ魔眼持ちですら見抜けなかったアイツ。

 イラ付いて暴走なんぞしている間に計画までの時間が少なくなっており、その焦りからか余計な色をもつけて見てしまっているだろう。

 

 ――いや、別にエヴァは彼女らを嘲るつもりはない。

 

 この時代に来た彼女の意気込みや想いを知っているのだし、何より茶々丸という従者をもらっている恩がある。

 退屈で退屈で、いっそどうにかなってしまっても良かったと思うほどの十数年。

 六十年も学校に居続けた さよに比べれば、たったの十七年。今までの人生の2%に過ぎない時間であるが、それでも窮屈極まりない時間だ。

 どう転んだとしても、そんな鬱屈が少しでも解消できるのだから何をどう騒がれたとて、彼女にとっては楽しみなだけなのである。

 

 「もちろん私の邪魔をしなければ、だがな……」

 

 「悪だな。御主人」

 

 「ふ……何を今更」

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ん? 横島君?」

 

 「あ、高畑さん。ちースっ」

 

 何時ものように唐突に入った“出張”に、車を回していた高畑は校門の横で小鹿を連れてボーっと突っ立っていた横島を目にし、思わず声を掛けてしまった。

 ぱっと見かわいそーな頭の子であったし、何だか男子学生まんまの返事が返ってきたので苦笑してしまったが些細な事だ。

 

 高畑が運転していた車は、 クライスラーダッジバイパー SRT-10。V型10気筒OHVエンジンを搭載した最高出力510馬力の高級スポーツカーだ。

 けっこうなお車であるし、オープンカー仕様なのでウインドゥを下ろす必要がないからそのまんま声を掛けている。

 更に車を操っている高畑はダンディな男なので何だか妙に様になっていたり。

 

 普段の彼の性格ならモゲロもげろモゲロMO☆GE☆ROな状態になってもおかしくないと思われるのだが然に有らず。

 今の横島は外見兎も角中身は(一部行動を除いて)大人であるし、何より“あの世界”で横島の周囲の人間が乗っていたのは高級車ばかりだった。当時の横島が人生売っても買えないレベルの車ばかりなので、何時の間にか車関係では気にしなくなってたりするのだ。

 まぁ、高畑の隣に巨乳美女とかか乗ってたら話は別だったであろうが。

 ――閑話休題(それはさておき)

 

 「何やってんだい? こんな所で」

 

 「え? いや、今日の割り当ての範囲がココなんスよ」

 

 相も変わらず用務員を続けている横島であるが、意外なほど真面目に取り組んでいた。

 夜の警備員も仕事範囲に入っていて、普通なら裏方過ぎて文句の一つも出るのだろうが、プロ意識が強いのか意見は出しても仕事に関しての文句は一つも出ていない。

 何れはここで何かしらの仕事を始めるつもりはあるようだが、それは愛妹ナナの為だと言うのだからや恐れ入る。

 

 だが、今さっきまでの様子は真面目とは程遠い。

 箒とゴミ入れを手にぼんやりと突っ立っているだけだったのだから。

 

 「ボクにはボーっとしてるだけに見えたんだけど?」

 

 高畑がストレートにそう言うと、横島はちょっとばつが悪そうな顔をして頭を掻いていたが、不意に頭を上げてちよっと真面目な顔をして高畑に問うた。

 

 「あの、高畑さん」

 

 「何だい?」

 

 「あそこに見えてるクソでかい……世界樹……でしたっけ?

  アレなんスけど」

 

 「ん? あ、ああ」

 

 「アレ、何かヘンじゃないっスか?

  何か地脈と別ンとこから力が集まって上の方に向かってるように見えるんスけど……」

 

 

 ……鋭い

 

 その言葉に高畑は、表情には出さなかったが息を呑んだ。

 

 考えてみれば彼は一級レベルの霊能力者。力の流れ等を見て取るのはお手の物という事なのか。

 だが、だからこそ(、、、、、)知られてはいけない――

 

 「うん。魔力の樹だからね。

  二十二年に一回、学園祭の時期にああやって魔力が高まるんだよ」

 

 「へ~」

 

 この世界樹。二十二年に一度高めた魔力を放出するのであるが、どういう訳か簡単な想いには反応するようで、生徒たちの間で広がっている告白伝説『学園祭の間、世界樹の前で告白すると結ばれる』というものを本当に成就させてしまうのである。

 そんな訳で時期外れに魔力を高めた世界樹の力を無闇に使わせないよう、生徒たちの間で広がっている世界樹伝説による告白を妨害する仕事が上がっているのだが……その一件から横島が離される事が既に魔法教員会議で決定しているのだ。

 

 いや、彼の能力からすれば是非に欲しい人材であり、手が足りない今の状況から言えば外す方がおかしいと言えよう。

 魔力の流れどころか魔法使い達や氣の使い手らには難しい霊視ができ、才能がなければ視認できない濃度に霊力を絞って行動すれば裏に関しての秘匿能力はこちらより上なのだ。

 

 更に誤魔化す能力も存外に高いし、何より用務員として知られているので清掃員的に行動したとて然程目立ちもしないのである。

 

 正に打って付けの人材。

 何でそんな人間をわざわざ距離を置かせて使わせないのかというと……

 

 『(……彼にナンパ癖がなかったらなぁ……)』

 

 である。

 

 確かにこの男、霊力が満タンであれば紳士といってよい態度が取れるし、女子供に優しくその人となりは誰もが好感が持てる人物なのであるが、霊力が下がってくると段々女の子に声を掛ける癖が出始めてしまうのだ。

 そうなると木乃伊盗りが木乃伊。あちこちで謎のカッポーができまくり、どーせ成功する度にテンションが上がるだろうから、暴走して二股三股、四股に五股と増えまくる事受けあいだ。

 

 愛妹をくっつけて置けば正に紳士! であろうけど、その妹が流れで告白する可能性がやたら高いし(例:おっきくなったらお嫁さんにして等)、彼と組んでいる楓達も突然暴走したりするのでそういった件に関しては信用できない(←何気に酷い)。

 だから学園側の意志としては彼は告白妨害メンバーに入れないという事になっているのだ。

 

 「ん? じゃあ、高まった魔力ってドコに行くんスか?

  放出されただけの力って簡単に力の枠に入り易いと思うんスけど」

 

 『そうだな。

  流石に余計なモノはいまいが、意をもって形を成す可能性も無きにしも非ずだ』

 

 「……っ」

 

 いかん。流石はオカルト事件のエキスパート。

 妙なところで常識観念に囚われている自分らより“まさか”という否定思考が薄い為だろう、直に一番可能性の高い仮説を組み立ててゆくではないか。

 更にエヴァから聞いてていたが、零と従者契約を結んでアーティファクトを手に入れている。よって性質の悪い事に鑑識眼が更にこなされているのだ。

 

 これは下手に隠していれば、逆に興味を持たれて近寄って来られかねない。

 顔にこそ出さなかったものの高畑はそう戦慄していた。

 

 という事は真実をぼかしつつ情報を小出しにした方がマシか――

 

 「うん。だから期間中は僕らの中で手が空いてる人間が虱潰しに……」

 

 「わぁ……」

 

 それは面倒臭そうな話である。

 何せ話を聞くだけなら溢れ出た魔力の流れを追って札かマジックアイテム等で吸収するのだろう。そんな感じだし。

 だが、用務員ズで聞いているのだが、学園祭期間中は日本中……事によると海外からも……とんでもない人間が休日のテーマパーク宜しく来園(“学園”だから来園で良いのだろう)するらしい。

 そんな超多量の一般人の海の中で魔法の存在がばれないように行動するというのだから頭も痛む。

 

 「ああ、横島くんは大丈夫だよ。

  まだここの行事に慣れていないだろう? だから慣れてる僕らがやっておくよ」

 

 「本当っスか? いやぁ、申し訳ないっスねぇ」

 

 『フム 船頭多くしてではないが、慣れていないお前が関わっても皆の連携を崩しかねんしな。

  妥当な判断だろう』

 

 「うん、だから世界樹周辺には余り近寄って欲しくないんだ。

  君の力に反応して騒動を起こしかねないしね。

  君のいたところの都市伝説みたく発動されたら堪ったもんじゃないし」

 

 「了解っス」

 

 

 ――計画通り。

 

 内心、ニヤソとする高畑。

 ぶっちゃけ、キャラクターが違うよーな気がしないでもないが、これも麻帆良の平和の為。

 真実を告げないのは心苦しいが、魔力や氣のブーストにすら関われる横島の霊力が世界樹の魔力に反応するかもしれないと懸念しているのは本当だ。

 それが彼を元の世界に還せる力になるのなら兎も角、彼が言うには仮に戻れても世界の壁を越えた瞬間に絶命してしまうらしい。一度でも越えて生きていられた事は奇跡なんだそうだ。

 ただでさえ溢れ出た力は告白成就率120%という、洗脳に近い結果を齎せる危険なもの。

 想いは叶うだろうが、告白の勇気を後押しする程度なら兎も角、問答無用で成功させてしまう力なんぞ必要ない。

 

 「まぁ、君も仕事の合間に楽しめばいいよ。

  皆も君と回ってみたいと思ってるだろうしね」

 

 「そうっスね……

  ナナも凄く楽しみにしてるみたいですし」

 

 「そうそう……って、ナナくんの事だけ言ったつもりはないんだけどね」

 

 「アー キコエナイー」

 

 耳を手でパタパタ塞ぎながら蹲って聞こえないフリをする横島に苦笑が浮かぶ。傍で何故か真似してる小鹿の姿もあって何か微笑ましかったり。

 いやそれ以前に、女子中学生であり元担当クラスの教え子に不純異性交遊を勧めるのは如何なものかという説も無きにしも非ずなのだけど。

 

 まぁ、何だかんだ言って教師らは横島が彼女らに手を出すとは思っていなかったりする。

 彼女らが女子高生ならかなり拙かったかもしれないが、訳の解らないところでモラルが高い横島はじょしちゅーがくせーには指一本触れないだろう。いや、触れられないだろう。それが教師たち全員の共通した見立てである。

 

 尤も、手を出される側が本気のアクションに出ればどうなるかは不明であるし、教師たちは生徒がそんなハレンチな行動を起こす等とは思ってもいない。

 そこら辺は女生徒に幻想を持っているとしか言えないのであるが。

 

 「だけど当日は本当に人が多いんだよ。

  生徒達の技術力が上がってゆく分、来園者も年々増加傾向にあるしね。

  だから僕らは僕ら、横島君は横島君で割り当ての仕事をキッチリやらないといけない」

 

 『ま、来てくれて嬉しい輩ばかりではないだろうしな』

 

 心眼の言葉に、そういう事と相槌を打ち、高畑はクラッチに手を伸ばす。

 

 「じゃあ僕は行くよ」

 

 「うぃス。出張っスか」

 

 「うん。この祭り騒ぎに乗じてコトを起こそうとする輩も居るかもしれないしね」

 

 横島の眉がぴくんの反応を見せる。

 やはり彼もその事を懸念していたようだ。

 

 高畑は、それを見てみぬフリをしつつ車をスタートさせた。

 ちらりと眼を流したミラーには、軽く手を振って彼を見送り、世界樹を一瞥してから門の中に消えていく彼が見えている。

 その姿を見て、何故か知らず苦笑を浮かべつつ高畑は道路に眼を戻した。

 

 何だかんだ言って彼の優しさは皆が皆良く解っているようで、教師ら……あのガンドルフィーニですら……も然程心配もしていない。

 行動がどこか軟派だったり、美女美少女にうっかり声を掛けてしまう性質ではあるが、向き合う時の姿勢は“彼”を髣髴とさせる。

 いや怖がりで痛がりな分、それをやせ我慢で無視して前に進む様はある種の感動を呼んでしまうほどだ。

 やだなぁ、面倒くさいなぁ等とボヤキまくりはするが、生徒達に被害が出ないよう念の為にと細かく行動してくれる。

 

 だからこそ高畑もこんな時期に出張が出来るのだ。

 無論、学園祭当日には戻ってくるつもりであるが、後方が信じられる分、普段以上に張り切って調査ができるというものである。

 

 だからハンドルを握る高畑の表情は明るい。

 

 

 

 

 

 

 ――尤も、

 

 

 

 

 

 

 「……なぁ、心眼。

  当日って忙しそうだよなぁ……」

 

 『何が言いたいか解るが……まぁ、妾が霊波が漏れないよう制御すればどうにかなるだろうがな』

 

 「そっか……」

 

 『フッ あの面倒くさがりがなぁ……』

 

 「……ンだよ」

 

 『いや、感心していただけだ。気にする事はないぞ?』

 

 「チッ」

 

 『ククク……女生徒らに面倒が起きたら直動けるようにしたい。のだろう?

  やや不純だが、その考えは嫌いではないぞ?』

 

 「不純で悪かったな!!」

 

 

 その、みょーなお人好しさの所為で苦労する破目になるとは思いもよらなかっただろうが。

 

 

 





 前フリの為に短めw

 当時原作読んで苦労してたのを思い出した。
 コソーリ青山姉妹出てたり、茶々丸のAIシステムの基礎を作ったの『Ai止ま』の二人の可能性が高いように書かれてたり。
 うーむ……

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