外と隔離された刻の中——
時期的にそんな雨にならない筈なのに、外はざんざん降り。
そんな外界とは違い、“ここ”の天候は主の意のまま。
嵐だろうと、晴天だろうと、カンカン照りで雪を降らそうと。
しかしそうであっても主は天候までも好きに操るつもりはない。
興が乗らないのではなく、雅に欠けるからだ。
ここは古の魔法使いが支配する“箱庭”。
果てし無い狭さ、そして窮屈な広大さという矛盾した感覚を感じさせられる異空間。
余人ならばこれだけで満足しよう。
されど支配者たる者はこれでは満足できまい。
意のままに出来る世界だからこそ、手が届くという狭さを思い知らされるのだから。
だが、それを行うのに然程の広さは必要としない。
「あ、ふ……ンあぁ……」
寝台一つの広さがあれば事足りるのだから——
「……熱、い、アル……んん……」
響くのは艶のある女の声。
いや、声音からすればまだ少女。子供の範疇を出ていまい。
それでもその声はとろけるように甘い。
マタタビを吸った猫でももっと品を感じられよう程。
或いはそうなってしまう程のものなのか。
『ムハ〜……』
「……けッ」
「あ……か、楓さん、古老師……ス、スゴイ……」
それを見せ付けられている者たちの感想は三種三様。
鼻息を荒げるモノ、目が据わっているモノ、そしてただただ目を奪われる者——
「クククク……どうした? ぼーや。
向こうを気にしている場合だと思っているのか?」
「ああ、そ、そんな……マスター……」
師と仰ぐ少女にからかい混じりに咎められ、強引に傍に引っ張られる。
視界の隅にチラリチラリと自分の教え子である女子中学生の様を入れつつ、意識はぴたりと寄り添うように座る師に向かう。
「残念だな。私はこれ以上待たされたくないのだよ。
ほら、もっと……」
「あ、ああ……」
アツい刻——
それは交わされた契約の報酬。
よってこれは必然であり、当たり前であり、起こるべき流れ。
なれどそうとは知らぬ者達にとっては異常であり異様なのかもしれない。
例え——
「 コ、コココ コ ラ ——— っ ! ! !
ナ ニ や っ て んの……?」
「ん?」
ネギの左腕に噛み付き、ちゅーちゅーと血を吸っているエヴァ。
「ふぁああ……って、はれ? アスナ、どうしてここにいるアルか?」
「む? アスナ殿も呼んでいたのでござるか?」
若干、頬を染めてはいるが手を繋いで座っている“だけ”の楓と古……
「……
ボクはお地蔵さん。ここに転がってるだけのお地蔵さん。だから何も聞こえない、感じない……」
「ぴぃ?」
——の二人に挟まれ、ナニやら自分と戦い続けている横島と、その組まれた胡坐に小鹿が乗っかっているという、何か笑ってしまう光景。
まぁ、少なくともナニな事だけはしていないのに間違いはなかろう。
そう例え——
フツーに少量の血を報酬として捧げているネギや、大首領が休息している合い間に霊波の修行を行っていただけだとしても……
まぁ、楓と古はミョーに艶っぽかったから、フツーはナニにしか聞こえないだろーけど。
「何だお前ら。
どうやってここに来た?」
「 ど ー せ こ ん な 事 だ と 思 っ た わ よ ——— っ っ ! ! ! 」
何時の間に汚染されたのか、横島に激似の絶叫を上げる明日菜だった。
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■十八時間目:EUREKA (中)
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麻帆良の首脳陣を大いに悩ませたチャチャゼロの九十九神化。
まぁ、結果的には丸く治まったわけであるが、それでも混乱が小さかった訳ではない。
しかしその混乱というか騒動の発端。
余りといえば余りにもややこしい事態を生み出したのは、当然と言おうか、やっぱり? と言うか……
「おい横島。
ちょっと実験に付き合え」
案の定、コトの真相は女王様の鶴の一声であった。
エヴァが魔法戦闘を教え始めてそれなりの日が経つが、相変わらず扱き……というか、拷問のような特訓を横島は強いられ続けていた。
無論、そこは不死身の怪奇生物という
既にそのしぶとさタフさは人外に片足どころか両足突っ込んでスピンまでしている横島であるが、この世界に来てから霊力の上限やら霊波の収束やらが上がっていたので回復力も更にバカっ早くなっているのだろう。
お陰で大分慣れてきたかな〜等と余裕ぶっこき始めたかれであったが、どっこいエヴァはその名も高き悪の魔法使い。そのままで行ってくれるよーな慈悲は持ち合わせていなかった。
地獄のような特訓を潜り抜けた横島を待ち受けていたのは、エヴァによる
悶絶やら絶叫やらをする暇もないくらいのそれ。
堕ちて行く地獄のランクアップというか、死の階段のステップアップとゆーか、筆舌し難い日々がおっ始まってしまった。
……それでも決して止めるとは言わないのだから大したものである。
そんなトコがまた大首領《エヴァ》を悦ばせて益々エラい目に遭わされる羽目になるのだけど。
兎も角、
そんな地獄をソウルフルに駆けていた彼の連続修行六日目の朝。
連日の霊力消費を回復すべく、与えられている自室でヘバっていた彼はエヴァ御自らの手で叩き起こされてしまう。
完調という言葉とは程遠い状態で連れて行かれた先にいたのは、ちょこんと椅子に座らされていたチャチャゼロと——
「んなっ!? な、なんだこりゃあ!?」
「くくく……」
その椅子の直横に立っている人影。
いや、生きているとしか思えない彫像。
顔の部分のみがあやふやで、それ以外の部分は異様にリアルな全裸の少女像。
顔を奪った少女を立たせているようにしか見えない。それほど生々しい立像がそこに佇んでいた。
余りにリアルでいて、非現実的。
真横に座っている生き人形のチャチャゼロの方が遥かに愛らしい。
疲労でおもいっきり寝ぼけていた横島も、流石に一瞬で眠気が吹っ飛び、後を追ってきていた かのこも硬直してしまっている程。
「はははははは……
かのこは当然として、流石は
「わ、解らいでかっ!!
何やそれは!? マジに生きてるじゃねぇか!!」
彼の驚き具合と気付き具合に満足の笑みを浮かべつつ、すたすたと件の像に歩み寄り、その腹を叩く。
コンっと響く硬い木の音。
見た目の肉感があり過ぎる為、まるでブラックコメディのような違和感を感じさせられる。
「これは あるルートから仕入れた世界樹のやわらかい新幹を削りだして作ったものだ。
この学園に力を齎せている霊木。元々霊気が宿っていたのそれに呪式を施している。
と言っても内臓や骨、筋肉なら兎も角、神経等は流石に削り出せん。そこは呪式のラインで代用してはいる。
兎も角、キサマが感じ取ったようにコレは生きている。
まぁ、生きている“だけ”であるがな……」
しかし、並の者であれば強い違和感は持つだろうが“生きている”とまでは気付けまい。
山の精霊の集合体である小鹿が解るのは当たり前であるが、それを見た瞬間に理解できてしまう眼を持っているのだから流石と言えよう。
「く、わぁああ……気色悪りぃ〜……
こんなん放って置いたら直に妙な霊が憑くぞ?
顔のない人形が走り回る光景なんぞ想像もしとうないわ」
「それはそれで面白そうだが——
按ずるな。その程度の備えはちゃんと施してある」
何せ かのこが混乱している程なのだ。
ヒトの形をとっていて生きてはいるくせに生者ではなく、かと言って木と称するには放つ生気がおかし過ぎる。
精霊の眼があるからか、或いは直感からか、余りの不自然さ、その異様さに怯えすら感じているようだ。
確かに、ここまで生きている状態で心のない物体を放って置けば、横島の懸念通りに悪霊や浮遊霊が取り憑きかねない。
“奴ら”は常に生きたがっているのだから。
無論、エヴァとて無駄に600年も生きてきた訳ではない。対霊行動とて己の知識の内にちゃんと持っているのだ。
その持てる知識を駆使し、木から彫り上げた骨の部分や筋肉、内臓の部分にもしっかりと呪式を彫り込んでそれらからの侵入に備えてある。
尤も、逆に言えばその呪式の所為で意思を込められず、チャチャゼロやその妹達のような生き人形にもできない訳であるが……
「さて、横島忠夫。今は茶々丸を退出させているし、お前の女どももまだ夢の中だ。
よってつまらん邪魔は入らんし、秘密も漏れん」
「オレの女ってトコにツッコミを入れたいトコだが……それで?」
「キサマがここで修行をしているもう一つの理由は、霊力のコントロールとその地力を高める為……
だったな?」
エヴァの命令で珠を使った修行を執り行うようになって、述べ二週間。
霊力が枯れるんじゃないかと思ってしまうほど酷使されていたのは、楓と古に対する修行も兼ねていた。
修行の始まりは二人による横島への全力戦闘。
三時間ほどそれを続けた後に、今度は横島が霊力を使用してかなり本格的な霊力修行となる。
だが、わずか十分に全てを注ぎ込んだ霊力の全力使用&全力集中は他ならぬ横島に対する修行の意味合いが大きいのだ。
そのおこぼれに肖れて、楓と古はホクホクしてたりする。
この世界に住まう人間で、そんな栄誉を受けられているのは今のところこの二人ぐらいしかいないのだから。
それもこれも、横島の霊的な地力を上げる為、
延いては“アレ”を完全に使いこなせるようにする為、だ。
横島が魔力を使った身体能力ができない以上、拷問のような作業でコツコツと霊的地力の底上げを行うのが重要なのである。
彼にとっては迷惑どころの話ではないだろうが……
因みに、古達と共にネギの修行も始まっているが、今はまだ戦闘素人なので彼女らのような鍛錬には加わってはいない。
何せ今のネギでは始まって数秒どころか一瞬と持たない。
あの『銀髪の少年』なんか片手でポイできる“存在”を知る事は、それだけでも大きな修行となろうが、今のネギの精神ではまだちょっと早い。ぶっちゃけアイデンティティが持つとは思えない。
だから、エヴァがせめて自分相手でも三十秒程度は持つように鍛えているのである。
……話が逸れたが、その修行の過程で、横島のポッケにナイナイされていたチャチャゼロに、エヴァの読み通りのコトが起こっていた。
チャチャゼロは元々が魔法によって動く殺戮人形——生き人形である。
そして横島はこの世界でも稀有な出力の霊波が出ているとびっきりの霊能力者だ。
特に追い詰められた時の横島の霊力はとてつもない。“向こう”の神族魔族が目を見張るほどなのだ。どんだけ〜?! である。
ただでさえ霊圧が尋常ではないのに、概念に介入できる反則能力を持った横島にチャチャゼロは触れっぱなしにされていたのだ。
案の定と言うか、計画通りと言おうか、チャチャゼロは主が狙っていた通りの変化を起こしていた。
それは、霊格の上昇である。
元々横島のいた世界は九十九神が“出来易い(生れ易い?)”。
それは別に収束された念波動を受け続けていた訳でもないのに、たった数十年で確立した机妖怪が生れるほどだ。
そしてエヴァの生きた年月に劣るとはいえ、初めの方からずっと付き従っていたチャチャゼロに積み重なっている神秘は、そこらの妖怪よりずっと濃密である。
つまり、横島の霊波を受け、無意識に霊力を吸い続け(注がれ続け?)ていたチャチャゼロは僅かづつも霊気をすい続け、ついに格を上げていたのだ。
そんなチャチャゼロと、この奇怪な彫像とで何をさせようとしているのかと言うと……
「チャチャゼロと、この彫像……どちらも木で出来ている。
そしてこの彫像の霊波もチャチャゼロと同じくらいにしてある。
キサマに張り付かせていたお陰でチャチャゼロの霊格も上がっているし、
世界樹とリンクがあるこの彫像も同じ位の格がある。
つまり霊力等にほとんど差が無いようにしてある。
差があるのは、チャチャゼロには意思があるが、この彫像に魂は無い。それくらいだ」
この世界でも、一応<霊格>というものの認識はある。
確かに横島のいた世界程の細かい分類は無かろうが、それでも霊の持つ格くらいは何とか数値で測る事が出来る。
しかし、片方に魂は無いとはいえ、同程度の霊気を持つものを揃え、尚且つ横島の力を必要とする実験とは……
「ま……
ま、まさか……」
当然、無意味に勘の鋭い横島が気付かぬ訳がない。
血の気が下がる顔を見、エヴァは実に彼女らしい三日月のような黒い笑みを浮かべた。
「そうだ。私は霊気の同調という奇跡を見てみたい。
その奇跡による常識の破棄。認識の上限を飛び越えた超存在が見てみたい。
霊力を同期させる事によって生れる、元の力の数千倍という超存在をな」
横島のセクハラ封じに充てていた、という話も嘘ではない。
実際、最初はその為にくっ付かせていたのだから。
しかし、横島の起こせる“可能性の奇跡”を知ってしまい、自分が夢想した事の実現率に気付いてしまった以上は、『最強の悪の魔法使い』である彼女に我慢する事はできなかった。
何せ成功すると、呪いを解く……いや、
だから元は横島からかい用&チャチャゼロの褒美用に作り始めていた“それ”を急遽変更し、超絶存在実験用に呪式を施したという訳である。
尤も、流石の彼とて外部から他者の霊力バランスをコントロールした事等ないし、文珠の使用——それもチャチャゼロを主格として彫像と同期合体させるなど想像の外の話。
と言っても『出来ない』というほどでもない。“あの一件”以来やった事はないが、恐らくは可能だろう。
あんまりいい思い出がない為、気が進まないと言うのが正直なところなのだ。
それに彼だって興味がないといえば嘘になる。
肉体が若返っている分、心の方も若返っている所為かそういった事に対する好奇心も当時の年齢に戻っているのだし。
しかし、そんな興味より何より横島は、
「い、いや、その方法だとコイツが危ねぇだろ? 失敗確率もゼロじゃねーんだぞ?」
という事の方が気になっていたりする。
思った通りの甘ったるく
しかしエヴァの予想の範囲内だったので苦笑が浮かぶだけ。
『言うと思った』その程度だ。
「案ずるな。この
さっきも言っただろう?
つまらん雑魚霊とかに宿られたらかなわんから、結界式を刻みながら組み上げたんだ」
「う、う〜ん……」
「オ? オレノ心配シテヤガンノカ?」
相変わらず(人形だから)無表情なチャチャゼロ。
何時もなら『ガキガ……ナメンジャネェヨ』とか言って怒気の一つも出してくるパターンなのだが、どういう訳かちょっと嬉しげな気が漏れているよーにも見えなくもない。
そう言う機微が解る(と思われる)茶々丸はこの場にいないし、エヴァも何やらニヤつくだけでサッパリであるが。
「え゛? い、いや、か、勘違いするなよ?!
べ、別にゼロの身なんか心配なんてしてないんだからなっ!?」
そのゼロのセリフに顔を赤くして否定しても説得力なんぞない。
「……男のツンデレなんぞキモイだけだ。アホ」
無論、第三者にされてしまったエヴァからしてみればそんなもんだ。砂糖か砂でも吐きそうだし。
横島の懸念も解らぬ訳ではない。確かにどんな些細な魔法とて暴走の可能性はゼロではないのだ。
しかし、エヴァとて<魔>の道に堕とされて直の素人とは訳が違う。そんな危険性を無視する訳がない。
そういった様々な事態に備えた準備を整えられたからこそ、横島にこの実験を伝えたのだから。
「大体、貴様の言う通りならもって数分。元々が違うものが合身したままでいられるものかよ」
「う、うん……まぁ……」
「それにな、もう一つ確認したい事があるのさ」
「ふぇ?」
何だか癖になっているのか、チャチャゼロを頭に乗せつつエヴァに間抜け声で問い返した。
「今のキサマがどれほどまでの霊力を制御できるか……
どこまで己を鍛えられているのか——
その確認もあるのさ」
前にエヴァ自身が語ったように、彼女はホイホイ文珠を使わせるつもりはない。
しかし、だからと言って彼の限界を知らずにいて良い訳ではないのだ。
彼の特化能力は収束とそのコントロール。
だから彼女の知る魔法使い達と違い、思いっきり力を放出させるだけではしょうがないのだ。
拷問と区別がつかない程の特訓を施しているのは、彼がいた元居た世界での鍛錬と同じ。
霊動実験室という特殊な状況で、生命の危機まで追い込んでポテンシャルを上げさせるアレと意味合いは同じだったりする。
そんな過酷にも程がある鍛錬を続けて底上げは出来はした。
出来はしたのだが……その底上げされた力を使いこなせるかどうかは別問題なのである。
ならば一番簡単な方法——
珠を使って現象を起こさせ、その間中それをコントロールし続けるという方法はエヴァの趣味と実益が入った一石二鳥の手段だと言えた。
「解ったよ、ちくしょーめ……!!」
チャチャゼロには元より覚悟があり、エヴァは完全にお膳立てを終えている。
前述の通り同期合体にはあまり良い思い出はないのだが、エヴァ達にプラスにはなってもマイナスにはならず、尚且つやっぱり他の魔法使い達には秘匿を貫いてくれるという。
散々迷っていた横島であるが、元雇い主と同じ空気を持っている彼女に逆らうのは難しいし、何より自分もどこまでできるのか知りたいと言う気持ちも持っていた。それを知っているのと知らないとで今後の行動が大きく変わってくるだろう。
彼がやりたがらない理由は単にタイミングが悪いだけ。
人目に曝さず修行の出来具合を見てくれるのはありがたいのだが、ここまで疲れている……方言で言うところの“しんどい”状態でやれと言われて困惑しまくっているだけなのだから。
だからこそ横島は、結局として腹を括らされる形で始めさせられるのである。
兎も角、結果だけ言おう。
実験そのものは“ある意味”大成功だった。
『同』『期』
……カッ!!
我事ながら目を見張る(?)チャチャゼロ。そしてそのとてつもない力の奔流に床を滑ってゆくかのこと、その波動に感動すら覚えているエヴァ。
念には念を入れ、エヴァのログハウス、この別荘、そして彼らの周囲に張られた結界。
それらが余りの力の発動に悲鳴をあげ、ギシギシと耳障りな軋みを響かせている。
間違いなく、別荘の外にまでその余波は漏れているだろう。
幸いにもログハウスの外まで波動は漏れていなかったようであるが、もし破られていれば学園中の魔法戦力が押し寄せていた事だろう。
何せ数千倍とはまでは行かずとも、チャチャゼロの存在力は確実に千倍に達していたのだから。
「オ!? オオお!?
オぉお お? お お お お お ?!」
それが成された瞬間、生き人形チャチャゼロは確立したヒトの姿を取った。
下僕人形という枠の中にいた彼女は、一瞬の間に莫大な霊力を得た上、霊格が更に上昇。
先ほどまで置かれてあった生々しい彫像。
しかし僅かながらも木材っぽさを残していたそれは合体する事によって霊格が上昇し、そのまま生身にしか見えない身体となった。
そしてそれの頭部の位置にチャチャゼロに似た顔が首の上に乗っているのだ。
それは想像の産物とも言える容貌。
強いて言えば、チャチャゼロが人間の女性だったらこんな顔だろうというそれである。
生き人形と言うカテゴリーが完全に外れ、『固さ』が取れた彼女の顔は正に人間のそれ。
間違いなくチャチャゼロより年上……というよりエヴァよりも上だ。言ってしまえば女子大生くらいの女性のプロポーションをもってそこに佇んでいたのである。
そしてそれは大成功の終わりを意味していた———のだが、
「うお!?
う っ お ぉ ぉ お お お お お お お お お お お お っ っ っ っ っ ! ! ! 」
「なぬ?」
横島が霊力ヘロヘロ状態であった事は今更語るまでも無いが、そこが問題であった。
いや、今という時間の隙間しかこんな実験を行う事が出来ないと踏んだからこそ、エヴァは行ったのであるが、霊力が足りなくなった時、横島の肉体は高速回復しようと躍起になる。
そんな時にスターターとして使われるのが本能に基づいた原初の力……彼の場合は煩悩である。
で、合体に成功したチャチャゼロは、ぱっと見の年齢は女子大生くらい。それも ぼっきゅんぼっきゅんだ。完全に剛速球ストライクゾーンだったのである。
尚且つ、着ているものはどういう訳かチャチャゼロのそれ。
元のサイズでその生地が持つ訳もなく、破れ千切れて布切れ状態。
何となく要所要所が隠れて見えてないだけという有様だ。
エヴァのアダルトバージョン宜しく、バストサイズも大きく育ってはち切れんばかり。
そして茶々丸の姉なのだから、当然のように美女である。
——さぁ、もう説明は不要だろう。
そんな相手に、横島が黙っていられる筈がないのだ。
「ト ォ オ オ————ッ ! ! 」
「え? わ、わぁっ!!??」
常軌を逸したスーパージャンプ。
如何なる物理現象か不明であるが、カエルがすっ飛ぶ様なポーズで宙を舞い、女子大生風ぼでーとなったチャチャゼロ少女に襲い掛かる影一つ
無論、横島忠夫である。
大地を飛んで緩やかな放物線を描き、何故かトランクスを残して服が背後に脱げて行く。
ナニをどうやっているものか、マトリクス風な不可思議なスローの時間経過と摩訶不思議物理現象がそこに起こっていた。
全くもって無意味な電撃反応。呆れを通り越してスゴイと感心してしまうほどに。
そのアクション。正しく漢の夢、伝説のル○ンダイブ。
何と横島は伝説を起こしたのだ。流石は奇跡の人。痺れも憧れも出来んが。
しかしその突然の奇行のお陰で、かのこはおろかエヴァすら呆気にとられて咄嗟に動けない。
ではチャチャゼロは——と言うと、突拍子もない超力を持てた事に感動する間も無く襲い掛かられ、どうしようか判断に迷ってたりする。
いやそれもあるが、何というか……あの横島が、“あの”横島忠夫が自分を一人の女と見ている目で(←ココ重要)飛び掛って来ている。その事が通常以上に思考を麻痺させていた。
がばちょっ!! と抱きしめられるチャチャゼロ。
抵抗一つしていないのだから当然だ。
普段の横島は迎撃される事を前提として飛び掛っているのだが、ここまで安易に『やーらかいなーっ あったかいなーっ』を体験できるとは思ってもいなかった。
抱きつき成功。
更にお触りOkっポイ。踊り娘さんは寛容のよーだ。
お蔭さんで横島の脳内閣議も『ヒャッハァ——っ!!』と実にザコっポイ。ドコが閣議と聞かれれば返答に困るが。
兎も角、今までの抑圧と不意打ちの色仕掛け(?)という事もあってか、チャチャゼロの元の姿なんぞ頭からすぽーんと抜けており、その『見た目女子大生』のやーらかさとあったかさを味わう事に対する歯止めが利かない。
ぶっちゃければノクターン進出という危機的状況に……
イロイロとぴーんちっ
が、神というものは得てして無情(笑)なものなのだ。
「老師っ!? どこアルか!!??」
「如何なされたでござる!?」
まず、彼女らが押しかけて来る気配がした。
「あ゛」
「え?」
そしてそのショック(恐怖とも言う)で集中が切れてしまった。
ず ぼ 〜〜 ん っ!!!
忽ち起こる霊気の爆発。
元々、文珠は霊気を収束して生み出すもので、収束の失敗で爆発させた事も当然ながら無い訳ではない。
そして今回使用している珠は、以前使っていたものの倍以上の出力がある。
そんな大出力の珠を二つ使用し、同期合体を他者に施している訳であるから、当然ながらその制御の難易度はかなり高くなる。
エロに走っている時はまだ良い。
何故かは未だに不明であるが、そんな妄想に浸っている状態の方が集中力が上がって奇跡を起こしまくっているのだから。無論、横島に限っての話であるが。
が、冷や水をぶっ掛けられたように冷静になった時は逆に拙い。
頭か真っ白になって意識が途絶えるのだから。
そして——
「よ……横、島…殿……」
「ろ、ろう……」
駆けつけてきた二人は、
呆然と、
そして何故かじわじわと黒さを上げてゆく。
「え、いや、その……こ、これ、ち、違うからね!?」
つっても、女を押し倒している時点で説得力ナッシング。
慌てて助けを求めようとエヴァの姿を探してキョロキョロと周囲を見回す。
だが、不幸にも今の爆発で吹っ飛ばされでもしたか見当たらない。かのこも目を回しているし。
つまり弁明or声明してくれるお方がナッシング。
サァアアアア……と血の気が下がり、この先に待ち受けている地獄を夢想する。
そしてそれは決して夢ではないだろう。
だが、先にも述べたように神は無情である(笑)。
「お、おい……そ、その、どいてくれねーか?」
自分の下からそんな声。
口調は少しナニであるが、声音そのものは本当に可愛い。
しかし、そんなぷりちーな声だけでは彼の救いにはならないのだ。
「あぁ、わ、悪りぃ、今すぐ…ど っ っ!!??」
声の主を見た瞬間、横島の声はひっくり返った。
偶然の悪戯というか、必然の悲劇とでも称すればよいのか。
珠の力が途切れれば終わるはずの同期合体。
が、念入りに施された封じ印が分離するはずのチャチャゼロを閉じ込め、二体一身を強制的に維持。
その霊力こそ大半を失った物の、霊格が上がっていた事と横島の霊気を吸い続けていた相乗効果だろうか、一個の存在……九十九神として確立させてしまったのだ。
『奥/手』だけで独立した式神モドキ生み出しただけはある。
で、結果を語るが、その娘は合体が解かれる事なく外見がヒトのままで一体の……いや、“一人”として固定されていた。それも——
何故か外見年齢だけが半分になって。
「な、なじぇええええ〜〜っっ!!??」
「い、いいからどいてくれよな……いや、何だ、その、ちょっと……」
何となく赤くなっているよーな気がする元チャチャゼロ。
その衣服はさっき大きくなった事でビリビリに千切れている。
つまりこの部屋にあるのはローティーンの少女を押し倒して服を破いてナニかしようとしていた横島という構図。
「横島殿ー」
「老師ー」
ごっつい静かで
おまけに、ごっついプレッシャーを伴っていた。
振り返れない。
見たら死ぬ。
考えたくもない。
自分の死因なんぞ。
漠然と浮かぶのはドスゲェ惨劇が起こるんだろうな〜という予感。
でも、アレだ。そう、恐怖。或いは宇宙意思? そのナゾの力によって彼の首はギギギと軋む音を立てつつ後ろを見てしまう。
そして——
後に傍観者エヴァは——
「いや、懐かしかったな。
話に聞く古代中国の拷問っポイのも混ざっていたが」
かのこが目を回していてホントーに良かった。そうシミジミと語っていた。
しかし横島はその時の事を何も語らないし、今になってそんな理由を聞く必要もない。
何せその時の記憶が無くなっているのだから。
****** ****** ******
言うまでもないが、そんな事情は完全なオフレコ。
楓は兎も角、古にすらまだ詳しく説明していない。
当然、超新参者であり、且つ無断侵入者である明日菜達に説明してやる義理もない。
学園側に語った表向きの話だけで十分である。
確かに何時かはここで鍛えてやろうと思う程度には認めているが
以前に比べて甘っちょろくなったもんだとチャチャゼロ——零にそう冷やかされるエヴァであるが、彼女自身それは自覚している。
だが、横島に教えている内に師事する楽しさに目覚め、ネギという特上の魔法使いの卵を得、その快感に完全に目覚めてしまった。
元々彼女は“自分の側”にいるものには結構親身だ。それらが相俟って、ネギや木乃香、まだまだ甘い刹那、魔法使い相手の楓や古。何だかよく解らないが素質だけは売るほどある明日菜らを本格的に鍛える気になっていたのである。
だからネギの調き……もとい、下地が一区切りついてから木乃香らも鍛え始めるつもりでいたのだ。
つい、さっきまでは——
****** ****** ******
「しかし……それにしてもすごいですね。
この城もそうですが、この見渡す限りの大森林。その中に佇む白亜の城。
これら全てがあの瓶の中だとは……」
見付かった以上、しょうがないかと溜息を吐いているエヴァの心境など知る由もなく、周囲を見渡して夕映はそう感嘆していた。
それもまぁ、仕方のない事と言えよう。何せ夕映は元より、明日菜や木乃香らよりはずっと魔法に接している刹那すら呆れるほどの規模なのだから。
それだけではない。あらゆる自然環境の空間と繋がっているのだ。
ファンタジーに慣れてきたつもりでいたが、まだまだ奥が深いようである。
エヴァ達を追った(一部例外あり)少女らがたどり着いたのは彼女のログハウスだった。
二人(正確には六人だが)が入って行ったのは視認済み。にもかかわらず中に人の気配はなく、窓から覗いても人影はない。
ドアに鍵も掛かっていなかったし、雨脚も激しさを増していた事もあり、不思議に思った木乃香らは明日菜を先頭に入ってみる事にした。
しかし、やはり人影はおろか気配もない。
屋根を叩く雨の音と、クラシカルな時計の音以外はなく、静まり返っている。
気付かれて姿を隠したか、あるいは逃げ道でもあったのか。
勝手知ったる他人の家とばかりに家の中を探し回った彼女らであったが、やがて地下室を見つけ、その奥で不思議なものを見つけるのだった。
輝く大きな魔方陣の上に置かれたガラスの様な球体。
その中に置かれているLebensSchuld——レーベンスシュルトという名がついている城は、乱暴な言い方をすれば以前横島が虐め……もとい、鍛えさせられていた別荘の豪華版である。
別荘にしても、この城にしても、暗黒時代にエヴァが所有していたそれということらしい。
どうやって異空間に封じて持って来たのかは定かではないが、これがある意味彼女の全てであるように感じられて聞く気にはならなかった。
件の城は別荘と同様で、やはり大きい瓶の中にボトルシップ宜しく大きな城のミニチュアが入っているもの。
そしてその球体に、十文字にはパイプのようなもので四つの球体が直結されている。
その其々が様々な環境に直結しており、それらが地獄の修行場への入り口であるが、初見の少女らが知る由もないし、如何様な神秘が用いられているのかなど想像の彼方。解るのは魔法の道具という事だけ。まぁ、実際にそうなのだから正解ではあるが。
兎も角、いきなりそんな物を見たって何が何だか解る由もなく、よく見てみようと一歩足を踏み出し、その足がウッカリと魔法陣の端を踏み、そして……
いきなり転移された事に混乱しつつも、エヴァ達を探して彷徨った彼女らは城のテラスで冒頭のような艶っぽい声を耳にし、ついに明日菜が飛び出してしまったという訳である。
「……ふふん? 何だと思ったんだ?」
「うるさいわねっ!!」
弄られている明日菜は兎も角、彼女らが足を踏み入れてしまったのはエヴァの所有している暗黒時代に彼女が住んでいた城そのものだという話には流石に魂消た様だ。
ログハウスに地下室を造っているだけでも驚いたのであるが、そんな地下室に建造物を隔離した結界を封じて置いてあるのは反則である。
更には別荘同様、時の流れも違うのだ。
「ここの二十四時間は外の一時間に相当する。か……
正に逆浦島太郎。時間の流れも違うってワケね。
二,三時間もこんなトコで修行して血を吸われたら、やつれもするわな」
「せんせー……」
血を吸われてフラついているネギを叱る明日菜を眺めながら、呆れたような言葉を漏らす和美。
のどかは単純に心配しているようだが、それも当然の話。
幾ら休憩を挟むとはいえ、実戦に限りなく近い仮想戦闘を三日ほど続け、ヘロヘロになった体から血を抜かれるのだ。どんな拷問だと言いたい。
だったら横島からも吸えばいいじゃないかという説もあるが。
「ああ、アイツのはだめだ」
「何でよ」
「アイツのは
「不味いの?」
「ああ、
微妙なアクセントの違いに明日菜は気付かず、零にのしかかられてイロんな意味で潰れている横島を見、『成る程……』と納得している。
そんなバカレッドに苦笑しつつ、エヴァも横島に目を向けて、
——
下手をすると暴走して吸い過ぎで殺しかねん。
と、声に出さず呟いた。
「しかし凄いですね。西洋魔術を少しは理解したつもりでいましたが……」
刹那も空間を封じる術は知らない訳ではないし、実際に京都で足止めに使われている。
だが、ここまで広い空間を切り取って封じているだけでなく、それを維持し続けられる技術は聞いた事もない。
流石は魔法界でその人ありといわれた悪の大魔法使い。伊達に600万ドルの賞金を掛けられた訳ではないという事か。
「……で、あなたもここで修行を?」
「修行っつーか、拷問っつーか……
霊力が尽きるギリギリまで搾り出されてるよ……」
実に何気なく刹那は足元に転がっているゴミに問いかけた。
いや、ゴミはゴミでも生ゴミか粗大ゴミ。小鹿が舐めて慰めている光景はまるでゴミ箱を漁る図。
しかしてその石畳に転がるナニな物体は……まぁ、今更言うまでもなく、へたばっていた横島である。
「毎日毎日ここに来ると直に楓ちゃんと古ちゃんの攻撃を受け続ける。
それを半日くらいやり続けた後に霊力全開で戦闘……
確かに女の子に手ぇ上げられんからこの手しかねーんだけど……マジ死ぬわぁ〜………」
「は、はぁ……半日って……」
言っている事は今一解らないのだが、楓と古を相手にして全力戦闘を半日というのは破格というか無茶苦茶である。それはへたばりもするだろう。
回復は寝台に仕掛けられた魔法陣と自力の霊力による回復、そしてアニマルセラピーつーかペットセラピーつーか、はたまたファミリアヒーリングとでも言おうか、精霊かのこによる癒しのみ。
エヴァの話によると木乃香は回復術の才能があるらしいのだが、今はまだ修業の『し』の字も行なっていないので論外だ。
彼女が魔法を使えるのなら多少はマシになるだろうが、世の中そんなには甘くはないのである。
それに、彼が疲労している本当の理由は主に霊力の大減退だ。
だから木乃香の魔法では難しいだろうし、如何に才能があろうと知識が無ければどうしようもない。
エヴァも才能に満ち満ち溢れる木乃香に魔法を教える気満々なのであるが、何せ彼女自身は吸血鬼であるから回復魔法は得意ではない。
よって自分の所有する書庫からそれなりの魔法書を集め、彼女が読みやすいよう茶々丸に翻訳をさせてから事を行うつもりだという。何気にけっこう大切に育てるつもりっポイ。
そんなこんなで、横島は仕方なく自力回復と、魔方陣の補助だけに任せられているのだ。
「それにしても……あかんえ? 修行中にエッチなことしたら」
ちょこんっと横島の前に腰を下ろし、そうやって嗜める木乃香。
ものごっつい誤解であるが、あんな声を聞けば十人中十人はそーゆーコトをしていると思うだろう。
「ちゃうって! オレは何もしとらんちゅーにっ!!
ナニが悲しゅうて女子ちゅーがくせーに手ェ出さなあかんのや!」
「最近は厨学生とか書いとったらOkや言うえ?」
「それ、ちゃうから!! Okとちゃうから!!」
言うまでもないが、横島が行っていたのは何時もの霊能力修行。
自分の霊気を二人に伝え、体内を回らせる感覚を身体に直接教える、二人の身体を使った周天法である。
元々そういった修行を全然やった事のない横島であったが、乱暴な言い方でいえば二人の身体を使ってやり方を学んで行き、今では二人同時に霊気を流してコントロールする事が出来るようになっていた。
しかも女子供に対して底抜けに優しい横島の霊気。チャクラに通されたその霊気は彼女らの奥で手を繋ぎ、それに追い従うだけで快感にもにた感触を与えてくれる。
身体の奥底に霊気を流してもらい、その違和感をほとんど感じず、また違和感を感じたとしても霊体を直接撫でられているような心地良さに流されてしまう。
おまけに横島が加減を解っていないものなのだから、おもっきり優しく微妙な刺激を伝えまくるのだから、周天法なのやら房中術なんだか解らない。
だから初めて聞いた者は、ほぼ100%そっちだと思うような声に聞こえてしまうのも当然だろう。
実際、二人とも“それ”に近い気持ち良さを感じてたりするし。
「くぅうう〜〜……オレかてなぁ、オレかてなぁ……」
いや、脳に響く彼女らの喘ぎ声(笑)に対してひたすら本能の暴走を押さえ込もうとしている時点でダメっポイ。
とっとと開き直れば良いものを……まったくもって往生際の悪い男である。
「じゃかぁしぃわぁっ!!」
地の文に泣きながら文句を言う男は兎も角、こうも騒がしくなってはエヴァの興も削がれるというもの。
まぁ、良い——
ここのところ根を詰め過ぎているようだしな。と、エヴァは軽く溜息を吐き、四人の配下(ネギ込み)に今日の修行の終わりを告げた。
その日の夕食はけっこう豪華だった。
料理を担当している侍女人形の様子は、横島の目には客が多い事を喜んでいるように見えたという。
それほど質も量もいつも以上なのだ。
かのこも気が置けない人間なら嬉しいようで、のどかや夕映等からフルーツを貰ってご満悦のようである。
「ぴぃ〜♪」
「こ、これは癒されるですね」
「わぁ…可愛い……」
きちんと頭を下げてお礼を言うので見ていて微笑ましい。
茶々姉らも何気にもぢもぢしていて愛でたそーだ。
それはそれで癒される光景であるのだが、明日菜は複雑である。
ふとネギの方に目を向けると、少年の横で酒かっ食らってゲラゲラ笑うヲッさんオコジョの姿。
癒され感ゼロだ。つーか、下着を取られないよう緊張してなきゃならない分マイナスだろう。
どーして自分の身近にはこんなのしかいないのか。そう嘆きたくなる明日菜であった。
そんな癒され光景と、アホ娘らが騒ぐ場とか入り混じったカオス空間。
エヴァも何か呆れた風であるから、本当に張り切ったのも知れない。無論、彼女はケチくさい事を言わないが。
彼女の元に人が集まるという事が、侍女人形達の拙い感情にも嬉しさを感じさせているのかもしれない。
まぁ、量が少なくて貧乏くさい飯を好むよーな酔狂な趣味は持ちあせていないので横島も少女らも大喜びなのであるが。
「それにしてもスゴイわねぇ……何か頭痛くなってきたわ」
感心しているのやら、呆れかえっているのやら判断が難しいところであるが、このメンバーの中で一番受け入れにくい明日菜も概ね受け入れてもらえたようで重畳である。
横島は某御山の修行場で、ふざけた異空間を体験しまくって慣れていたから良かったものの、オカルト……この世界で言うところの裏に触れていなかった少女らが想像していたより取り乱さなかったのは奇跡に近い。
これが若さか? いや、元からこの学園にはこういった頭の柔らかい者が集っているのかもしれない。
「前にも言ったが、私は力の大半を封じられているからな。
コイツらに稽古をつけてやるにはこの手しかなかったんだ」
「コイツらって……楓さんやくーふぇさんもですか?」
エヴァの言葉を聞き、夕映は二人を見る。
件の二人はジュースだと書いてある飲み物をグラスに注いで乾杯していた。主に横島を肴に。
その有様はどー見てもヨッパライ。本当にジュースなのかと問いたい。横島の苦労が忍ばれる。
「アイツらは元々才能があったしな。横島に鍛えてもらっているから底上げも大きい」
「はぁ……って、横島さん!?」
夕映が驚いて声を荒げ、それに驚いた のどかが飲み物を噴霧し、和美が直撃を受けた。大惨事だ。
「横島さんに教えてもらっているですか!? 逆ではなく!?」
「んん? ああ、そう言う事か。
そうだ。バカブルーとバカイエローは横島の弟子なんだ。なったのはつい最近らしいがな」
「ひ、人は見かけによらないと言いますが……」
いや、夕映も楓から(誇張気味に)話を聞いているし、あの騒動の晩に出会った時の様子を覚えている。
それでも今さっきまでの雰囲気が雰囲気であるし、何よりギャップが激しすぎて二人の師というイメージまったく当てはまらない。仕方のない話であるが。
半ば呆然としている夕映に、エヴァは苦笑する。
尤も、初見で横島の能力を見破れる者がいたら褒めてやりたい。半面、正気を疑うけど。
「え? 何々ナニ? 横島さんってそんなに強いの?」
流石にパパラッチを自称するブンヤ。耳聡い。
直に和美が食いついて、濡れた顔を拭きつつ飛んできた。
「強い……というか、『凄い』だな」
酒が入っている所為か、少女らの気に中てられたのか、今日のご主人は饒舌なようだ。
ま、偶にゃいいか……と、零はカモと酒を酌み交わしつつそう呟いていた。
「凄い?」
「ああ……」
和美の問い掛けにエヴァはグラスの液体で咽喉を湿らせてから返してやる。
尤も、アルコールで鈍っているのか表現に困っているようで、数秒のタイムラグはあった。
「……そうだな。
例えばぼーやの父親……
馬鹿ナギだが、アイツは迫り来る百体の魔族を腕の一振りで討ち滅ぼせる」
「は?」
一体ナニを言い出すのかこのエセ幼女は。
二人のその顔を見ればそんな失礼な事を考えているのは丸解りである。
話の規模が大き過ぎる。ゲームじゃあるまいし。
「信じられんようだが、忌々しい事に事実なんだ。
最強の魔法使いという二つ名は伊達ではないのだぞ?」
「はぁ……」
ま、荒唐無稽な話であるが事実だし、一般人ならこんなもんだな……とエヴァは苦笑した。
自分だって広範囲を氷結地獄に陥れられるのだ。あの世界一のパワーバカ魔法使いに出来ない訳がないし、実際に広範囲攻撃魔法を使ったところを目にしている。
何しろあのバカは覚えている魔法の数は数個だというのに、力押しでそんな不利を突き破るのだから規格外にもほどがある。
だが、規格外といえば……
「で、あの横島だが……アイツはそんなナギに勝てる」
「「は?」」
夕映と和美の顔がぽかんとなってまるで埴輪の様になった。
如何に裏の情報に浅いとはいえ、この二人もある程度の裏の話は刹那らから聞いているし、その折に件のネギパパの英雄譚を聞かされている。
『最強の魔法使い』だの、『千の魔法を操る』だの、御伽噺の魔法使いまんまの逸話を“実際に”残しまくっている魔法界の英雄だと——
無論、彼を知る物達から言えば『考えなし』だの『力押しのパワーバカ』等といった形容詞もくっつくのだが其れは兎も角。
そんな話を聞いている上、このエヴァが忌々しそうにその実力を認めている発言をしたのだ。
あそこでひたすら自棄酒をあおっている横島がそんな伝説の超人に勝てる等と言われれば、そりゃあ頭も真っ白になるだろう。
「……ああ、勘違いするなよ? それは横島の強さ評価には直結しない。
何より、途方もない魔力を持つナギの足元にも及ばん」
「え?」
「それはどういう……?」
エヴァはクイっとグラスを傾けて液体を流し込む。
今の子供の身体ではちょっと咽喉ごしで辛く感じてしまうが、その感触がありがたいと感じる時もある。
「大した意味ではない。要は相性の話なんだ。
ナギはパワーバカだから言ってしまえばミサイルのようなもんだ。
それも衛星軌道上から狙う反則的な」
「そ、それは確かに手も足も出せないです……」
実際、ナギは魔法一発で山の形を変えられる。
果たして人間の範疇に入れてよいものか悩んでしまうほどのパワーバカなのだ。
「じゃあ、横島さんは?」
そうなるとそんな
そこんトコどーなの? と、和美が詰め寄る。
アイツか? とエヴァは僅かに首をかしげ、
「ロケット弾を連射する拳銃……か?
それも射程距離が無限に近く、絶対に狙った的から外れない」
等と、まるで存在自体が反則であるかのような、とんでもない事を口にした。
****** ****** ******
「う……?」
顔に明かりが射しているのを感じた途端、あっという間に意識が浮かび上がってくる。
修行という名の拷問によって、影や光の動きに異様に敏感になってしまった。
戦い等には役に立つものの、普段の生活では役に立つどころか気が張って邪魔にしかならない。
オレはドコの戦地帰りだ。等と溜息を吐いてみたり。
顔に当たった光は月光。
無論、未だエヴァの城の中なので本物ではない。
だから本物のそれは違って魔力の波動は無い。それでも明かりとしては立派に役に立つ。
お陰で——
「ぬよっ!!?? ぬぐ、むぐぐ……」
とんでもない状態がハッキリクッキリ目に入ってしまったりする。
思わずドでかい奇声を上げてしまうところだったが、ギリで踏み止まる事に成功する。その代わりおもっきり舌を噛んでしまったが。
口の端から血を流し、器用にも首から上だけを悶えさせている横島であるが、それも致し方無い話であろう。
というのも、
おまけに、楓と古は横島の腕を枕にし、零は横島の上に乗っかっているのだ。
零の場合は、しばらく横島の上に乗っかった生活をしていた所為だろう。多分。
そんな狭っ苦しい
もし小鹿がいなければ、横島はむにゅんとした感触を堪能…じゃなかった、心力が発動して飛び起きていた事だろう。
良かったのや悪かったのやら。
しかし、楓と古の二人は……いや、二人とも自身の強さを知っているからだと解りはするが、それにしたって無防備にも程がある。
「く、くぬやろぉ〜……何時かホンキで犯っちまうぞ。チクショーめ」
ブツブツ小声で文句を零しつつ、殆ど感覚がなくなっている手から栄光の手をそっと出し(←本当に無駄に器用)、脱ぎ散らかされている彼女らの服と思わしき物を掴んで、頭の下から腕を抜きつつ代わりにそれを丸めて敷く。
その際、楓の寝息が乱れていない事に安堵しつつ、同じ事を古にやって両の手を自由にし、自分が羽織っていたジージャンを零の下に敷いてゆっくりと彼女らから離れていった。
どうやら横島が酔いつぶれた後、何時も彼が休んでいた部屋で寝かされていたらしい。
それを廊下に出てから気付いてやっと一息。
そして二人……いや、三人に手を出していない(であろう)事にもう一息。
ナニに安堵しているのやら。
はぁ…と零れる溜息も熱くて思い。何だかイロイロとテンパって泣きそうだ。
これで好きでも何でもない相手ならまだマシなのだが……
「……嫌いじゃないから何もでけん……や言うても解ってくれへんやろなぁ……」
等と関西弁で愚痴と溜息を纏った本音がポロリ。
男として、横島忠夫という人間として、それだけは超えられない一線なのだろう。
何を? と問われれば答えに窮するのであるが、そこらの男以上に、大切に想っている相手の為に本能を制御できる事だけは間違いないようだ。女によっては迷惑だろうが。
ふぅ、と再度溜息をもう一度。
横島はチラリと部屋の中に視線を投げかけ、
「ごめんな」
と何故か謝罪の言葉を口にして、些か酔いの残った頭を醒ますべく偽りの夜の中へ歩き出した。
その部屋に頭から湯気を出している少女らを残して——
遠くから怪鳥の鳴き声が伝わり、夜風が頬を撫でてゆく。
横島にとって、こんな異空間は初めてではないのだが流石に少女らにはエキセントリックだったらしく、テンションが跳ね上がって酒盛りにまで至り大騒ぎだった。
そのテンションに引っ張られて酒を飲まされた挙句、何だか醜態を曝した気がしないでもないが……気にしてはいけない。
幾分、酒も抜けてくれたようであるが、ごちゃごちゃと悩み事が浮かんでしまうのだから完調には程遠い。
やはり、成人後のペースで飲むと飲み慣れていない身体にはきつ過ぎるという事か。
「それにしても……」
自然と足が止まり、溜息が一つ。
確かに未成年の少女らと酒宴に混ざった挙句、どエラい醜態を曝したのもイタ過ぎる記憶であるが、それは良い。いや、そんなに良くはないが良いとする。慣れてるし……
それより彼が気にしている事は——
「今日も聞けなんだ……」
がっくりと肩を落とす横島。
彼にしては余りに珍しい行為である。
というのも、彼が今ずっと気にし続けているのは男に関しての事だからだ。
いや、男——と言い切るにはまだ早いかもしれない。横島にだってプライドはあるし。
正確に言うと“男の子”。つまり、一緒に修行をしているネギについての事だった。
横島にも命がけであるから、手加減してもらっているネギでも命がけの修行であるはず。
言っては何だが“たかが十歳”。そんなオコサマが自主的に修行をする理由なんぞ限られてくる。
目指している人がいるのは聞いた。だがそれだけではあそこまで持続しない。と言うか持続できない。
ネギはまだ幼い。単純に憧れだけで持続力を維持できるとは思えないのだ。
となると別の感情が混ざっているという事になる。例えば復讐とかがそれに相当するだろう。しかしそんな単純な話だけでもないようにも思う。
復讐だったとすればもっと闇を感じられる筈。何せ復讐なのだから相手を憎む。拷問のような修行に耐えられるのなら相当な憎しみがあるはずで、そしてそんな負の感情は滲み出てくる。
しかしネギにはそれが無いのだ。
ド根性を持続させるだけのトリガーが何か解らない。
それが彼を悩ませているのである。
「オレともあろう者が何で男の事を気にし続けなあかんのや……ちくせう」
等と雅(なつもり)の口調でボヤき、再度溜息を吐いてまた歩き出す。
根がお人よしであるし、ネギが無理をし続けているのが傍目にも解ってしまう。
だからやりたくもないのに気にし続けさせられているのだ。
おせっかいにも程があるのだが……
「せやけど……やっぱ放っとけねーんだよなぁ……」
だからこそ横島らしいとも言える。
何せ明日菜が気にしているようにネギは危なっかしい。
あの子は自分が無理をしている事が解っていないのだ。
力を求める理由も解らず、古等のように純粋に強くなって行く事に悦びを見出している訳でもない。
もちろん彼だって男なのだから強くなってゆくのに不満はなかろう。
だが、あそこまで我武者羅に力を求める原動力が解らないのである。
純粋といえばそこまでであるが、純鉄が脆いようにただ尖り続けたっていずれへし折れてしまう事は目に見えている。
横島は、歪なほどただ前に進むだけのネギが危うくて堪らないのだ。
「今日こそは……と思たんやけどなぁ……」
意外な事であるが、横島はまだ面と向かってネギと話が出来ていないのである。
何せ横島が無事ならネギはエヴァに血を吸われてヘバっているし、ネギが無事なら横島は霊力を使い過ぎて意識不明。
言うまでもなくエヴァに悪気は無く、単に両方がヘバると修行が滞ると思ってきちんとローテーションを組んでいるだけ。
その弊害で二人が顔を合わせて話が出来ないのも皮肉であるが。
だから時間が取れそうな今日こそ、ネギと話をしてみようと狙っていたのに……
「……美少女に酒飲まされて気絶やと? おのれ……」
流石にレモンハートはキツかったようだ。
つーか、誰だ!? あんな子供にあんなクソ強い酒を飲ませやがった奴は!? と問い詰めたい。それ以前によく生きてた物である。
まぁ、『ちょっとヘビーな話っポイから、あれだけ女の子がいるトコで話せやしないか』と諦めも早かったのであるが。
「ま、今はええか……
だが、いずれヤツはオレが倒さねばならん男の敵となるだろう。
その時は命を賭して戦わねばならぬやもしれん」
何を言わんやだ。
その横島こそ、古や楓と仲良く歩いている事を見られ、二人のコアなファンから怨敵認定されているし、その上で零と腕を組んで歩いているのだから、どれだけ“しっと”と書かれたマスクの所持者を増やしたと思っているのだろうか。
やはり自覚は無いようだ。
等と、先ほどまでのシリアスは何処へやら。
おバカな呟きを零しつつ、特に目的も無い散策を再開させた。
その直後だった——
「……ん?
誰だ? こんな時間に。人の事いえねーけど」
コソコソと陰に隠れつつ何かの様子を見るという、怪しすぎる行動をとっている少女がいる。
天魔の称号を与えられそうなストーキングスキルを持つ横島から言えば児戯としかいえないヘタクソな身の隠し方。
それでも少女は少女なりに一生懸命なのだろう。彼がスタスタと歩み寄って行っても前方に完全に意識を奪われていて気付いた風もない。
「? 一体、ナニに気をとられてんだ?」
その日、横島は……
「ありゃ? アレは……」
いや、横島と“この世界”の流れは——
「ネギと……明日菜ちゃん……か。何やってんだ?」
新たなる分岐を迎える事となる。