-Ruin-   作:Croissant

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五時間目:タダキチ七は丁稚の番号
本編


 

 

 

 

 

 ——やぁ、少年。久しぶりだね。

 

 

 ……テメーか……少年は止せ。オレはガキちゃうぞ。

 

 

 ——ふむ…しかし、今の君は少年ではないかね?

   心のあり方まで少年の様ではないか。

   尤も、私からしてみればヒトの老若男女全ては少年少女なのだがね。

 

 

 屁理屈ぬかすなっ!!

 

 ……で? 何しに来やがったんだ?

 

 

 ——ほぅ? 思ったよりも冷静だね。

    もっと慌てるのかと思ってたのだがね…

    キミもやっと成長したという事かな?

 

 

 うっせーっ!!

 おちょくる為に起きやがったのかテメーわ!?

 

 だったらとっとと沈んで寝てやがれ!!

 

 

 ——ふふふ…相変わらずだね少年。

   どんな存在を前にしても相対する時の心は変わらない。

   相手が神族だろうが魔族だろうが、怒る時は怒り、好意を持てば接してゆく……

   色んな意味で分け隔てが無いね。感動するよ。好意に値するね。

 

 

 ネタしかますなアホぉ!!

 テメーはオレを貶しに来やがったのか?

 だったらとっとと出てけ!!!

 

 

 ——ははは…無論、それだけじゃないさ。ちゃんと用事があるのだよ。

   暇ではあるが湧き出てくるのは結構大変なんだからね。

 

 

 だったらとっとと用事済ませて消えやがれ。

 

 

 ——ははは……つれないね。

   尤も君の心情から言えばしょうがない事なのだが………………………………

 

 

 

 

 

    怨んでいないのかね?

 

 

 

 

 は?

 

 

 ——怒気はある。私に対して一直線のものがね。

   だが殺気は無い。

   無論、ゼロという訳では無い。

   ほとんど感じられない程度ではあるが、それでも無いと言い切って良い程だ。

 

   だから私に対しての怨みはもうないのかと気になってね。

 

 

 テメーに対しての……か?

 

 

 ——ああ……私はそれだけの事をした。

   人間達から……特に君らから憎悪されるに値する……違うかね?

 

   その怨みは残っていないのかと聞いているのだよ。

 

 

 

 

 

 ………………………………怨んでない…なんて事ある訳ねぇだろ?

 

 

 

 

 

 ——……

 

 

 怨んでねぇ訳ないだろ? 憎んでねぇ訳ないだろ? 憎くて憎くて堪らねぇよ!!

 

 

 ——……

 

 

 ……だけどな、それが単なる八つ当たりだって事も解かってんだ。

 

 アンタは死んだ。確かに死んだ。

 小竜姫様もそう言ってたしな。

 

 そんなアンタを憎んだり怨んだりするのはお門違いだ。ああ、解かってんだよ。

 

 アンタを憎んで怨んで、憎む対象として、怨む対象として存在し続けさせてるんだってな。

 アンタがホンモノじゃないって解かってても、自分の中の憤りをぶち当てる相手をほしがってるだけだってな。

 

 あぁ、そーだよ。知ってんだよ!!

 アンタはオレの中に残る“記憶の欠片”でしかない、どうしても消せない仮想敵だってな!!

 

 

 ——…………フッ

 

   まぁ、キミの心情からして当然の行為であるし、仕方の無い事だね。

 

   気にする事は無い。人として当然の行為だ。

 

 

 ふん……

 

 

 ——不快な気持ちにさせて悪かった。すまなかったね。

   ではそろそろ退散する事にしよう。

 

   ああ、だけど一つだけ是非にも伝えねばならない事があるんだ。

   それだけは聞いてもらえないか?

 

 

 ………………………………ンだよ……

 

 

 ——君が何故、“この世界”に来たのか……そして、君が誰なのか…その事についてだよ

 

 

 

 んな……っ?!

 

 

 

 ——フフフ……時間は有限だし、これ以上私がいるとキミも不快だろうからさっさと語るとしよう。

 

   君が行きたい…いや、“帰りたい”と思わない、“思えない”理由。

   そして、何故に記憶と記録の一部が消失し、私という個がおぼろげとはいえ出現したか……

 

 

 

 

 

   では——覚悟は良いかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                ■五時間目:タダキチ七は丁稚の番号

 

 

 

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 極一部…というか、担任の教諭が一番心待ちにしていたという京都・奈良への修学旅行。

 

 その当日、集合場所である大宮駅は旅行に出る少女らの黄色い声で満たされていた。

 

 ここから東京駅を経由して京都へ、

 16時には清水寺を見学し、17時には旅館に入る…というのが本日の日程である。

 

 このルートでまわる生徒らは五クラス。

 のべ150人以上の少女らが集っているのだからそれは五月蝿いだろう。

 

 しかしそんな騒動には慣れているのか、落ち着いた態度で女性教諭が班ごとに点呼を取らせ、ホームから新幹線に乗り込ませてゆく。

 

 何が楽しいのか乗り込む間もキャイキャイ騒ぎ、別の車両に入ろうとしてしまったり、子供教師が女生徒によってグリーン車に引きずり込まれそうになったり、生徒が肉饅を売ったり(?)と落ち着きが無い。

 

 く…っ これが若さか?! とかほざきたくるのも仕方の無いことかもしれない。

 

 

 特に、今の彼からしてみれば……

 

 

 

 

 「ほほう…よくお似合いでござるな」

 

 「ほんとアルね。何だか前からつけてたみたいアル」

 

 「……」

 

 

 新幹線の貸切車両の隣。

 一般車両の端に備え付けられている自動販売機の前で、三つの影が会話を交わしていた。

 

 実のところ、その中の二つ…長瀬 楓と古 菲は霊気でもって自分らを鍛えてくれている青年と暫く会えなくなるのか…とやや気を落としていた。

 僅か5日で何を…という説もあるが、彼女ら自身も何で気を落としていたのかサッパリなのだから説明の仕様が無い。

 

 が、その相手である横島忠夫が仕事で同行するという話を聞き、二人してアッサリ元気を取り戻していた。何とも単純な二人である。

 

 言うまでもなく今の様に車内であればまだ良いのだが、女子中学生の修学旅行に高校生くらいに見える青年がついて回るのは大問題だ。

 元々何かと目立つ男であるし、下手を打って学園長が言っていた様に、通報されてタイーホされたって仕方が無いのだから。

 

 となると、彼に変装させる必要がでてくる。

 

 無論、単純な変装ではバレないとも限らない。女子中学生の背後をうろつく不審者の影……ぶっちゃけ変装するからこそ目立ち過ぎてしまう。

 それに本人がどんなポカかますか解かったものだ。どーもそういった点は今一つ信用が置けないのだから。

 

 ではどうすべきか?

 

 

 「うんうん。カッコイイアルよ」

 

 「じゃかぁしっ!!」

 

 「おろ? 拙者のプレゼントは気に入らないでござるか?」

 

 

 演技とは解かっているのに、楓や古がショボンとするとダメージを受けてしまう哀れな男。

 

 今も『う…っ』と胸を押さえている。

 彼の(女の子に対しての)良心は剥き身のゆで卵のようにツルツルで脆いのだ。

 

 

 「い、いや、そんな事ぁねーぞ?

  元々オレはコレ着けてたんだしな。高校出てからは着けるの止めた…んだと思うけど。多分」

 

 「そうでござるか」

 

 

 語尾は自信なさげに切れ切れであったが、それでも頭にしっくりとしているのは事実のようだ。

 彼がそう言ってプレゼントしてくれた事を感謝しているのを見せると、楓はコロリと笑顔になった。

 

 やっぱり演技だったようだ。

 

 

 『チクショウ…女め』

 

 

 何故か田舎そばでも啜りつつ恨みがましい目で見たりもしたものだが、

 流石にそんな時代劇のサイコシーンなんぞ知る由もなく暖簾に腕押し糠に釘である。

 鼻歌を零してご機嫌だ。

 

 

 その横島であるが……

 

 彼は今、頭に赤いバンダナを巻いていた。

 

 

 これは楓からのプレゼントであり、彼の為に手に入れたお守りなんだそうだ。

 

 言うまでもなく女の子からモノを貰い慣れていない彼は喜んで受け取った。

 

 やや古めかしい赤い布で、よく見ないと解からないが朱色の糸で細かな刺繍が施されている。

 横島がその刺繍に触れて探って見ると、確かに霊気…いや魔力が伝わってくる。これは本当にお守りなのだろう。

 

 額に巻き、きゅっと締めれば昔を思い出すほど気が引き締まって来る。

 

 だから横島も素直に「ありがとう」の礼を言ってもおかしくないのだが……どうも感謝の念よりガッカリさが前に出てしまっていた。

 

 いや、彼の言うようにプレゼント自体はうれしいし、モノにしてもそう文句は無い。

 

 そちらではないのだ。肩を落としている理由は。

 

 

 「あ〜…でも、ホントよく似合うアルね」

 

 

 そういいつつ横島の頭をかいぐりかいぐり撫で回す古。

 

 ホント嬉しそうである。

 

 

 「やめぇっつーに!! 古ちゃんも頭撫でんな——っ!!」

 

 

 と彼にしては珍しくやや乱暴気味に手を払うも、相手は武の達人。ひょいと避けてケラケラ笑っていらっしゃる。

 

 

 「ドちくしょう〜…あのぬらりひょんめぇ〜〜〜」

 

 

 これ以上女の子に当たる訳にも行かず、恨みの矛先は学園長に向けられた。

 その怒りのパワーは、ここで藁人形に釘を刺せば間違いなく学園長に届くだろう程。

 実際、彼の呪いはホントに効くのだから性質が悪い。流石はプロの霊能者である。褒められた事ではないが。

 

 

 「ほらほら。そんな顔してはいけないでござるよ? 笑顔が一番でござる。すまいるすまいる」

 

 

 等と、面白がっているのか楓もそうやってあやして来るもんだから、横島の沸点は更に下がった。

 

 顔を赤くしてプンプン怒る彼。

 

 赤いバンダナというポイントが増えはしたが、それ以外はジーンズとジージャン。そして靴はバッシュという余りといえば余りにありふれた姿。当然そこは変わっていない。

 

 

 「オレを子ども扱いすんな——っ!!!」

 

 

 「「いや、実際に子供(アルよ)でござるし」」

 

 

 が、その外見はどー見ても六,七歳程度の男の子のそれだった。

 

 

 大人や高校生が後を付いてゆけば確かに問題である。

 

 だが、こんな小さな子供であるなら話は別だ。

 担任の一人が子供であるから左程の違和感が無いのである。

 

 少女らにしたって、唐突に現れた高校生くらいの男になら妙な誤解を持つかもしれないが、こんな子供になら変な隔たりは持つまい。

 そう考えた近衛は横島にあるマジックアイテムの使用を許可したのである。

 

 

 その名を——

 

 赤い飴玉・青い飴玉 年齢詐称薬という。

 

 

 イキナリ犯罪チックな名称が飛び出したのであるが、名前もそうだし効果もナニだ。

 赤い飴玉で大人になり、青いのを舐めれば子供になる……何ともどこかで聞いたような飴である。

 

 因みにそのアイテムの説明を受けた時、横島は、

 

 

 「なんつー無礼なっ!! ○塚センセーに謝れっ!!」

 

 

 等と憤慨したとかしないとか……まぁそれはどうでもいい事であるが。

 

 

 自分らの子供先生とは違い、外見を子供に落としただけで歳相応のやんちゃさが目立つ横島を古は妙に気に入ってさっきから弄り回しているのだ。

 横島の心の傷にズリズリと本ワサビを擦り込む行為である事は言うまでも無い。

 

 

 「それで横島殿はずっと隣の車両でござるか?」

 

 

 プンスカ怒って古と不毛な口撃バトルをかまして敗北直前の横島に対し、笑みを隠そうともせず楓はこれからの事の確認をとる。

 

 

 「ンあ?

  あ、ああ、そうだけど……ま、まぁ、ちょくちょく様子を見に行くけどな」

 

 「ふーむ……」

 

 

 実は楓、横島の受けた話を近衛から聞いていたりする。

 

 彼女はパートナーであるし、横島が請けた仕事なら自分も受けたのと同じだと認識しているからだ。

 だから彼女は近衛から“ある物”を託されていたのである。

 

 “それ”があるから楓の前では横島も不穏な行動は取れなくなるだろう。

 まぁ、対横島用お仕置き行為も既に古と共にあみ出しているのでどーとでもなるし。

 

 

 『……となると、やはりもっと拙者らの近くに居させるのが得策でござろうな』

 

 

 そんな風に何やら考え込んでいる楓の元に、

 

 

 「——楓」

 

 「お?」

 

 

 一人の少女がやって来た。

 

 

 身長はそう高くはないが、竹刀が入っているにしてはちょいと長すぎる鞘袋を肩に掛け、長めの髪を片方に纏めている凛とした美少女。

 

 

 「何用でござる?」

 

 

 楓がにこやかにそう問い掛けると、その少女はチロリと古と横島に意味ありげな視線を送って「実はですね…」と言い澱む。

 

 何やら内密な話があるのだと悟った楓は、古に横島を自分らの座席に連れて行かせて二人きりとなる事にした。

 

 

 何か抵抗していた横島であったが、騒ぎを起こすのは拙いという事を“理解してしまっている”が為、けっこう簡単に楽しそうな古によってズルズルと引き摺っていかれてしまう。

 みょーな所で大人を残した哀れな見本であろう。

 

 そんな二人を生温かい目で見送った楓は、不思議そうに自分を見つめている少女の視線に気付き、コホンと咳をして彼女に向き直った。

 

 

 「——して用件は何でござるかな? 刹那」

 

 

 楓に声を掛けてきた少女は、退魔剣術として裏で名が知られている神鳴流の使い手。

 

 武道四天王の最後の一人……出席番号15番 剣道部の桜咲 刹那、その人であった。

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 荷物を押しながら車両の中を進む女性が一人。

 

 弁当やお茶、菓子や果物、雑誌や新聞を乗せて荷車を押してゆく。

 

 言うまでもなく車内の売り子さんであるが、その売り子である女性は結構印象的だった。

 

 長い黒髪の眼鏡の美女で、優しげな笑顔で品物を勧めつつ歩いてゆく。

 

 だが、それだけなら印象的などは言わない。

 

 確かに美女の売り子というのは眼を引く対象であろう。

 実際、ヨッパライでもいたらひょいと尻に手が伸びてくるだろう程なのだから。

 

 

 だが、注目すべき点はそんなトコロでは無い——

 

 

 くぃくぃっ

 

 「ん? あぁ、坊や何か要り用どすか?」

 

 

 スカートの裾を軽く引っ張る男の子に笑顔で持って応える女性。

 

 そんな女性に対し、どこかポーっとした表情でその男の子は、

 

 

 「お姉さん、美人やなぁ……」

 

 

 と真っ直ぐ眼を見て言ってきた。

 

 

 「あらあら……おませさんやなぁ。

  ほれでも嬉しいわぁ。ありがとなぁ」

 

 

 ストレートな賛辞に満更でもないのか、その女性は薄く頬を染めて礼を言う。

 それなり以上の容貌ではあるが、こうも真っ直ぐに言われた事は無いのかもしれない。

 

 

 「ホンマやで? お姉さんみたいに綺麗な売り子さんが勧めてくれたら何でも買いとうなってくるわ。

  あ、せやけど、オレ、あんまお金ないねん……せやから一つしか買えへんわ。堪忍なぁ」

 

 

 何やら俯き加減で頬を染めつつそうじもじと言ってくる男の子に、その女性はけっこう胸にズキュンと来た。

 

 自分と同じ関西弁である事も気を緩ませた一因なのだろう。

 まぁ、その子供のアクセントは大阪弁っぽいのであるが。

 

 男の子はポケットから百円玉数枚を取り出し、恥ずかしそうに冷凍みかんを求めてくる。

 

 そのもじもじさにもズギュンとキたらしいその売り子は、サービスだと言ってチョコレート一枚を付けるという大盤振る舞いをかましていた。

 

 

 「わぁ…ありがとう、お姉ちゃん! オレ、めっちゃ嬉しい」

 

 

 満面の笑顔で抱きつかんばかりに喜ぶ男の子にその女性の頬も緩む。

 

 と……

 

 

 ごちんっ!

 

 「痛っ!!」

 

 

 唐突にやって来た少女にゲンコツを喰らってその男の子は蹲った。

 

 女性が呆然としている間に、少女は男の子を立たせて引き摺ってゆく。

 

 

 「目をはなした隙に何やてるアル!!

  つーか、子供扱い嫌がてたのに、何ノリノリに子供のフリしてるアルか?!」

 

 「堪忍やぁ〜! ごっつええ女おったら口説くんは男の義務なんやぁ〜っ!

  エエ女口説く時は使えるモンは何だって使う主義なんや〜〜っ!!」

 

 「そんな主義、捨ててしまうアル!!」

 

 「オレに死ねと言うんか?! あ、おねーさん、ありがとなぁ〜 また後でな〜」

 

 「老師!!」

 

 「ひーん」

 

 

 何が何やら解からないが……兎に角、品物は売れたようだから良しとしよう。うん。

 綺麗だと賞賛された事実は変わらないのだし。

 

 何だか事が上手く進んでいる事もあって機嫌も更によくなってゆくその売り子の女性は気を取り直してまた車を押し始める。

 

 

 ——いや、注目すべき点はそんなアホなやり取りでは無い。

 

 

 真に注目すべき点は、まずその女性が京都に入った訳でも無いのに既に特徴のある関西の方言を使用しているところであり、尚且つ歩きながら品物を進めるフリをしつつ座席の“何か”を確認して行っている所である。

 

 

 あちこちに仕掛けた<呪式>を確認しながら売り子のフリをし続けている女性。

 

 

 “そこ”が注目すべき点だったのである。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「実は楓に聞きたかった事があってな……」

 

 「ふむ? 何でござろう?」

 

 

 辺りに人の気配がなくなってから、刹那はやっと口を開いた。

 

 楓も刹那が人の気配を探っていた事に気付いてはいたのであるが、それほど内密な話であるのかと悟って気付かないふりをしている。

 

 そんな楓に対して刹那は、

 

 

 「お前のパートナーという、横島忠夫について」

 

 

 直球を放ってきた。

 

 

 僅かに片眉をぴくんっと動かすだけに踏み止まった楓。

 その辺は流石と言えようが、刹那にはそれで充分だった。

 

 

 「いや、妙な心配はいらん。

  私も“裏”に関わっている一人なんだ。学園長から話を聞いていないのか?」

 

 「……初耳でござるよ」

 

 

 横島は話を聞いてはいるが、初顔合わせは終わっていない。

 刹那の方にしても、学園に多少の魔法教師や魔法生徒がいるとは知っているのだが、実はその数を全然把握していなかったりする。

 

 どーもあの学園長はおちょくる事に熱中できるくせに、肝心な事を言い忘れたりしてどこか抜けているのだ。

 今思えば、あの図書館島の地下での岩巨人の騒動は学園長が絡んでいた節があるし。

 

 よくよく話を聞いてみると、自分らの事を聞いたのは真名かららしい。

 

 まぁ、確かに楓は学園長に呼び出されて横島も同行するという話を聞いて浮れており、ウッカリ聞き忘れた感もない訳ではないのだが、魔法界にかかわる生徒の事くらいは言ってほしかった。

 

 だって聞かなかったんじゃもの…とでも言うつもりであろうか?

 

 いや、あの老人ことだ。『言い忘れてした。テヘ♪』とかかましてくれそうである。

 

 

 組織のトップが肝心な事を言い忘れてどーするでござる?! と、楓は内心憤慨していた。

 

 まぁ、それは横に置いといて……今は自分のパートナーの事だ。

 

 

 「ふぅ〜む……横島殿の話でござるか」

 

 「ああ…」

 

 

 さてどう話したものか…と楓は首を捻る。

 

 言うまでもなく横島はどーしよーもないエロ男で、煩悩の化身で、不条理の塊で、理不尽の結晶のような存在だ。

 それをそのまま口にすれば彼女からの信用は絶対に得られまい。というか、その説明では不審者としか伝わるまい。

 

 かと言って、これこれこんな良い男でござるよ…とは口にし辛い。

 いや、言いたくない…の方が正しいだろう。

 

 これは教室での騒動に端を発しているのであるが、下手に褒めたりすれば妙に尾ひれが付いて話が曲がってゆくのである。

 マスコミ報道という曲解を先週初めて味わった楓ならではの判断だと言えよう。

 

 

 それに……これ以上、横島に対して興味を持つ人間が増えてほしく無いという気持ちがどこかで燻っていた。

 

 

 その気持ちが何を意味しているか…相変わらず自分を理解していない楓であるが、古も横島の話が広がる事を由としていないのであるから、その考えは正しいのかもしれない。

 

 しかし刹那は言うなれば同僚、口を噤んだままというのも問題だろう。近衛みたいな言い忘れというポカはしたくないし。

 

 

 「して、彼の何が聞きたいと言われるでござるか?」

 

 「まず人となりを——」

 

 「ふむ……」

 

 

 刹那には是が非でも守りたい一人の少女がいる。

 

 その少女は関西呪術協会の長の大切な一人娘で、刹那はその任を長から直接授かっていた。

 だが、それより何よりその少女……近衛 木乃香は刹那の幼馴染であり掛け替えの無い親友なのである。

 

 任務など無くとも命を代えて守りたい存在なのだ。

 

 

 無論、楓がそんな事を知る由も無いのであるが、そんな真剣な眼差しを受けた彼女の方としては困ってしまう。

 

 刹那は自分らと同じく“裏”に関わっているとの事であるから言うなれば仲間である。

 だから説明を渋る理由は無い。無い筈なのだが……

 

 あの横島という青年は、自分は元より古ですら奇怪な期待を持ってしまう妙な魅力がある。

 

 

 楓は刹那という少女の目を見る度に、夢とか希望とかを犠牲にしているのでは…? と感じていた。

 恐らくは何かの為にそれらを捧げているのであろう。

 

 無論それを問いただす権利は自分には無いし、立ち入って良いような雰囲気も持っていなかった。

 だからこそ彼女に、薄くて大きな壁を感じていたのであったのだが……

 

 

 その刹那が自分からこちらに歩みよって来ている。

 

 つまり、それだけ彼の情報を得る事を必要としているのだろう。

 

 

 そんな刹那が彼の事を“真の意味で”知られると……………………いや、悪い事は無いでござろうが、その、何と言うか、アレだ。

 そう、アレでござる。アレ。ええ〜〜と……

 

 と、兎も角アレなのだ。ウン。

 

 楓としても真面目に考え、真面目に答えてやらねばならない。

 ならないのだが……どーも上手く表現ができない。

 

 話してやりたいのは山々なのだが、何かがブレーキを掛けている。

 それが何なのかはサッパリ解からないのであるが……

 

 

 楓はもう一度刹那の目を見た。

 

 彼女は変わらず射抜くようにこちらの目を見つめ続けている。

 

 彼の“人となり”とやらを知る事は、よっぽど彼女にとって重要な事なのであろう。

 

 軽く溜息を吐いて何かを諦めた楓は、横で購買される事を待ち望んでいる自販機でペットボトルの茶を二本買い求め、その一つを彼女に手渡した。

 

 

 「あ…どうも」

 

 

 と素直に受け取った刹那に対し、楓は自分なりに正直に、今日まで彼に接して感じている印象をそのまま喋る事にした。

 

 

 「そうでござるな……一言で括るならば………人でなしでござろうな」

 

 「?!」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う…っ?!」

 

 

 唐突に背筋がぞくりとし、横島は座ったまま身震いをした。

 

 

 「どうしたアルか?」

 

 「い、いや…何か殺気を…いやいや、言い様の無いゾクゾクしたモンがヒシヒシと……」

 

 「それはいけないネ。もっと密着した方がよくないカ?」

 

 「そうアルな」

 

 「あ〜〜…やーめーて〜〜〜っ!!」

 

 「ははは…大人しくするアル」

 

 「ふふふ…ジタバタしても遅いネ」

 

 「ひ〜んっ」

 

 

 何だか内密そうな話をしようとしていたので、横島は大人しく古に連れた訳であるが、ウッカリ付いて行ったのは間違いだったと気付かされてしまった。

 

 彼が連れて行かれた先は、甘酸っぱい少女らの香りに満載されている修学旅行の貸切車両だったのだ。

 

 当然、彼は逃げようとした。が、その彼の手はとっくに古によって拘束されている。

 身を捩ろうとも南派の拳士はバッチリと関節を極めていて身を捩る事もかなわない。

 触れられる前ならば逃げ様もあったのだが、既に拘束されている今はどうしようもなかった。

 

 必殺、『誰かーっ! 知らないお姉さんに攫われるーっ!!』を敢行し、逃亡を図ろうとした横島であったが、それを読んでいたのだろう、

 

 

 「大声出だそうとしたら、老師の口をワタシの口で塞ぐアルよ?」

 

 

 等と古に言われ、ここに至り横島は犬が腹を見せるが如く完全敗北をする他無かったのである。

 

 無論、古とてそんな事でファーストキスを失うつもりは更々無かったのだが、女子中学生のノリの良さ(というか“悪さ”)を思い知っている横島はたったそれだけの脅してガクブルしていた。

 

 

 そして気が付くと完全拘束されていたのである。

 

 

 「どしたカ? 座り心地が悪いカ?」 

 

 「あ、あんなぁ…超ち…いや、超姉ちゃん」

 

 「何かネ?」

 

 

 顔に縦線を出している横島の表情に気付いているのかいないのか、自分の真横に座っている<超包子>のオーナーにして、麻帆良の頭脳と謳われている超天才、超 鈴音は笑顔を投げ続けていた。

 

 無論、横島も安くて美味い<超包子>の顔馴染みとなっているのだから彼女の事も知っている。

 が、今の彼は子供の姿。ウッカリと“超ちゃん”等と呼ぶ訳にはいかない。

 

 だから知らない人のフリを続けているのだが……

 

 

 「駄目アルよ。もっと深く座てないといけないアル」

 

 

 “後から”そう注意も入るが、それに従う事はできない。否、してはいけない。

 

 

 「ふ、深くと申されましても……」

 

 「ホラ、背凭れに頭をこう……」

 

 「いや〜〜っ!! 堪忍して〜〜〜〜っ!!」

 

 

 座席が回されていて向かい合わせになった美少女の指定座席。

 前にあるのはまだ戻っていない楓のと、<超包子>の料理人である四葉 五月の席。

 “後”は古で、その右側は件の超の席だ。

 

 そして横島はというと、古の膝の上に拘束されていたのである。

 

 関節技宜しく、腕は古の腕、足は古の足を絡められて身動きが取れなくなっているのだ。

 

 見様によっては、どんな王侯貴族だと言わんばかりの扱いであるが、横島にとっては甘酸っぱい緊縛地獄。

 今、彼の心にいる倫理観(ジャスティス)は、不当逮捕されて地獄城に収監されているような物である。

 

 

 言うまでも無く、背凭れとは古の胸だ。

 

 青くてまだ固いのだが、ふっくらとやわらかさを増してゆく過程にあるそこに頭を預けるわけにはいかない。

 

 ぶっちゃけ、収容施設内で本能にリンチされている倫理観(ジャスティス)は早くも瀕死であった。

 

 えっぐえっぐと涙を啜る横島であるが、余りに見た目が可愛いらしい彼を見る少女らの目もあたたかい。あたたか過ぎるからこそ嫌なのだが。

 

 

 −おなか空いていますか? 餡饅ありますよ−

 

 

 と、柔らかな笑顔でドコに持っていたのかホコホコと湯気の出る蒸篭から餡饅を取り出して差し出してくれる五月。

 

 元からの優しさと世話焼きである彼女の癒しオーラ。夕食等を店で頂いている時には手を合わせたくなるほど嬉しいものであるが、今は逆に横島にはイタかった。

 

 

 「ううん。ええねん……オレ、このまま朽ちてしまうんや……」

 

 

 あらあら困りましたね〜と眉を顰める五月。

 横島は超☆真剣なのだがイマイチ伝わり切っていないようだ。

 

 

 そんな彼の後の座席。

 古の背後の席に座っていた少女が、その古の頭の上からひょいと顔を覗かせた。

 

 

 「あらあら。大丈夫? その子、疲れてないかしら」

 

 「大丈夫アルよ。おねーさんに囲まれて緊張してるだけアル」

 

 「あら、おませさんなのね」

 

 

 くすくす笑って微笑ましげな眼差しを横島に向けてくる。

 

 子供好き、尚且つ世話焼きで知られている那波 千鶴は何だか楽しげに弄られている横島を眺めていた。

 

 彼女はボランティアでよく子供の世話を焼いているのだが、彼女の知る子供らよりも子供らしい反応を見せている男の子に興味が湧いたようだ。

 

 まぁ、彼としては嬉しくもなんとも無いのであるが。

 

 

 『くぅうう〜〜〜……

  楓ちゃんといい、真名ちゃんといい、そしてこの千鶴ちゃんといい、なんてぇハイスペックだ。

  古ちゃんにしても、あんまボリュームが無いだけでプロポーションは良いし……

  これが異世界のパワーか?!』

 

 

 何がハイスペックなのかは語るまでも無いだろう。

 

 ビミョーに垣根が下がりつつあるよーなセリフが出ているのだが自覚は無いのだろうか?

 

 

 「おお、なにやら楽しそうでござるな」

 

 

 と、そこへ楓が戻って来た。

 

 楓は五月の隣に腰を下し、途中で買ったのであろうコーラの缶を横島に差し出す。

 

 

 「どこが楽しげやねん! 見て解からへんのか?!」

 

 

 差し出されても手は動かせないし、倫理観念(ジャスティス)は嬲り殺し寸前である。

 

 超倫理モラルダーには最早力しか残っていなかったが、ンなモンを行使した時点で超アウトだ。よって横島はもうイッパイイッパイでテンパッていた。

 

 ガォーっ!! と怒りの雄叫びを上げようと少女らには全く効き目は無い。今の彼の姿形なら『がぉ〜』が精々で迫力もクソも無いのだ。

 

 

 「いや、楽しそうと言ったのは古達の事でござるよ」

 

 「えっ?! オレの人権無視?!」

 

 

 今日までの間にスッカリと横島をおちょくり慣れている楓は笑顔でもって彼を虐める。

 

 本気で泣きが入りかかった彼に対し、楓は横島の為に買ってきた缶のプルを開けて古に手渡した。

 

 

 「ささ、次は拙者の番でござる。古はそれを飲ませてやるでござるよ」

 

 「アイアイ♪」

 

 「ぬ ぁ ん で す と っ?!」

 

 

 言うが早いか、横島が驚愕している隙に、楓は古から彼を受け取って、彼女同様に手足を自分の四肢で拘束する。

 

 

 「ぬぐぁっ!!」

 

 

 古の時とは違い、背後の背凭れは首を前に倒してしまうほど邪魔に突き出ている。背凭れとしては不良品過ぎる。頭を沈められるだろーけど。

 ガッチリ拘束されちゃったから、面を上げるだけで後頭部は柔らかく沈んでくれるだろうけど。

 それでは大切なナニかを失ってしまう。

 

 カキーンカキーンと胸の奥で甲高いタイマーが鳴り出す。

 その音は梅図式カラータイマー音。

 如何に横島が危機的状況であるか解るというもの。

 

 超倫理回路はショート寸前だわ、カラータイマーは鳴りっぱなしだわで、その命(理性とも言う)は風前の灯だ。

 

 

 そんな時、一人の救世主が——

 

 

 「何を騒いでいる!」

 

 

 思わず手を合わせたくなった男の声。

 

 目元厳しく女生徒らを睨みすえ、彼女らから恐れられている教師。

 

 学園広域生活指導員、人呼んで“鬼の新田”その人であった。

 

 

 「げっ?!」

 「新田だ」

 

 

 周囲からもその恐れの声が漏れる。

 

 その事からもどれほど恐れられているか解かるというものだ。

 

 だが、鬼の新田だろーが羅刹の成瀬川だろーが、今の横島にとって救い以外の何物でも無い。

 

 確かに引っ張って行かれるのは困りものであるが、超倫理回路がお釈迦になれば彼の未来は無いのだから。

 

 

 「む……その子供は……」

 

 

 キラリと眼鏡を光らせ、新田は横島を見咎めるように歩み寄って来た。

 

 

 『おぉ、神よ……』

 

 

 周囲の少女らの顔色は別として、横島としては手を合わせたくなるような状況だ。

 

 実際、ありがたやありがたやと心の中で感謝の念をパリパリ送り続けている。

 今までの人生でこれだけ男に対して感謝の念を持った事があろうか? いや無い。それだけ切迫していたのだろう。

 

 横島は生まれて初めて神の慈悲を信じた気がしていた。

 

 

 が——

 

 スッカリ忘れていたのであるが、神は無情だったりする。

 

 

 「ふむ……長瀬、この子がそうなのか?」

 

 「そうでござるよ」

 

 「え……?」

 

 

 ズカズカと靴音高くやって来た新田は、意外にも冷静に楓に対して妙な確認を取っていた。

 

 当然ながら横島は何がなにやら解からない。

 

 そんな彼に対し、新田は何だかエラいあたたかな眼差しを送りつつ横島の肩に手を置きこう言った。

 

 

 「……確かに辛い事もあるだろう。悲しい事もあるだろう。

  だが、君を支えてくれる人はいる。絶対にな……

 

  だから明日を信じて進むんだ。解かったね? タダキチくん」 

 

 

 「は?」

 

 

 ナニが何やらサッパリだ。

 名前だって何だかミョーだぞ?

 それに唐突にそんな慰めを言われても横っち困っちゃう 等と彼の頭は真っ白だ。

 

 そんな呆然としている男の子(?)の様子を目に入れ、何だか勝手に納得してウムウムと頷く新田。

 

 彼は楓に眼差しを向けて意味深かげに頷き合い、何やら目尻をキラリと光らせつつ横島にくるりと背を向けて歩き去ってゆく。

 

 ぽっか〜〜ん とする横島であったが、そんな彼の様子を無視して古の方が先に口を開いた。

 

 

 「楓、楓。

  新田センセーにアノ事言たアルか?」

 

 

 楓は『ん♪』と頷き、嬉しげに横島の頭の上に顎を置きつつ、

 

 

 「うむ。予想通り受け入れてくれたでござるよ」

 

 「へ?」

 

 

 と、にこやかに横島の与り知らぬ事の顛末を告げた。

 

 

 楓が新田に伝えていたのは同行する横島(子供Ver)のバックストーリーである。

 

 学園長から話を聞いて直ぐ、楓は面白がって修学旅行に同行する男の子のカバーストーリーを考える事を提案した。

 

 言うまでも無く近衛はこれに同調。おもいっきり悪ノリし、新田のツボを突くよーなお涙頂戴ストーリーを瞬く間に組み上げたのである。

 

 楓はそのメモを受け取って古と検討し合い、(色んな意味で)涙を流しつつ矛盾が無いかチェックしていたそれを新田に伝えたのだ。

 

 

 「んなっ?! い、いつの間にそんなモノを…」

 

 「はっはっはっ 横島殿と会えない日々を寂しく思いまして……」

 

 「構想五分、修正一日という大作を昨日完成させたアル」

 

 

 名付けて、

 

 『<京都の青い空>

 

  −せめてお墓でもいいからお母さんに会いたい−

  家族を失った幼子が一人立ち上がって自分の足で歩み始めるまでの感動のストーリー』

 

 

 こんなストーリーを真面目に考えた近衛らに乾杯である。

 

 

 「ぬがーっ!! あのジジイはナニ考えてんだーっ!!

  それに楓ちゃんや古ちゃんとは一昨日も組み手に付き合うたやんかーっ!!」

 

 「アイヤ 老師と会えなかた一日と言う長い時間は寂しかたアルよ〜」

 

 「老師はヤめれーっ!!」

 

 

 何やら思いっきりギュッと抱き締められている所為か、テンパり具合も半端でない。

 僅かにでも気を抜けば、後頭部がふにょんとかムニっとかいう弾力あるモノに包まれちゃうのだから。

 

 彼は、理性的にも意識の糸的にもブツンと切れそうだった。

 

 

 「ん…? その子がどうかしたの?」

 

 「ああ、実はこの子には聞くも涙語るも涙の話がアルね」

 

 「へぇ…」

 

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ横島であったが、肝心の話は聞いていなかった。

 

 楓が彼をタダキチと呼んだ理由とか、楓とさっきの少女が何を話していたか……

 

 

 楓が横島をタダキチと呼んだ訳は、この旅行中の彼のコードネームだからだ。

 

 

 タダキチ七番。これが、彼に与えられた今の名前である。

 

 

 

 それに、テンパるのは勝手だが人の話をよく聞かないのはどうだろう?

 

 

 確かに、古からナゾ設定を聞いて涙を流した千鶴にギュッと抱き締められて遂に沈没してしまったのも仕方が無いと言えなくも無い。飽く迄も横島的には…だが。

 

 それでも気付くべき事に気付けなかったのはちょっと痛い失態である。

 

 

 

 既に式が仕掛けられている事にか?

 

 否——

 

 

 

 意識を失っているのに気付かず、胸に押し付けたまま何やら言い諭している千鶴。

 “やーらかい肉”でもって窒息しているのは確実である。

 

 そんな彼を慌てて引き剥がし、こーなったら人工呼吸でござる! とマウストゥーマウスを敢行しようとした楓の気配に気付き、最後の力を振り絞って跳ねて逃亡を図る横島。

 だが何故か千鶴に拿捕されてまた胸の中にひきこまれてもがく。

 

 騒ぎを聞きつけ、何故か自分らの貸し切り車両に六,七歳の男の子がいる事に気付いた少女らが面白がって群がり、揉みくちゃにされてゆく横島。

 羨ましいと言えなくもないが、横島的に言えばアウトかデッドボールの年齢の少女の群れ。当たるとイタ過ぎにも程がある。

 

 だから逃げたかった。切実に。是が非でも。

 

 しかしその願い虚しく、新田の登場によって否が応でも目立った彼は、ノリが良過ぎる女子中学生によって半死半生にされてゆくのだった。

 

 

 「ふふ…」

 

 

 そんな彼を見、意味ありげな笑みを浮かべている少女が一人。

 

 座席を回して後ろ向きになっているので窓枠に肘を掛けて頬杖をつく。

 軽く足を組んでいるその様は妙に似合っていてとても女子中学生には見えなかった。

 

 左右にシニョンに纏めているのは鳴滝妹と同じだが、彼女は中国籍…らしいのでとても良く似合っている。

 

 そんな彼女…麻帆良が誇る天才頭脳にして<超包子>のオーナーは、弄繰り回されているタダキチとやらを目の端にいれつつ、妙に悪女然とした雰囲気を漂わせつつ笑みを浮かべていた。

 

 

 『名乗っていないのに、ワタシの名前を口にするとはネ……

 

  演技のツメが甘いヨ……横島サン……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの話を聞き、楓が去った後も刹那は一人、物思いに耽っていた。

 

 ふと彼女が居るであろう車両の方に眼を向けるも、当然ながらA組の車両はずっと前の方なので視界には入らない。

 

 だが、それでも楓の後姿を幻視してしまう気がしていた。

 

 

 「横島…忠夫……」

 

 

 ふぅ…と溜息を吐き、自販機に背を預ける。

 

 後頭部を機械に当てれば冷蔵機のモーター音と新幹線の音がダブって意外にうるさく感じられた。

 それでも、ぐるぐるまわる思考から逃れられるような気がするのだ。

 

 

 「人でなし……か…………」

 

 

 薄く眼を閉じ、刹那は楓から聞いた話を思い返していた。

 

 

 曰く、

 

 

 『そう——言うなれば人でなし。

 

  こちらがどれだけ心配しようとも他者を心配して走り回るロクデナシでござる。

  はっきり言ってどれだけ心配しても追いつかない程でござるな。

 

 

  まぁ、それだけ甘いのでござるが……

 

 

  いや……甘いが故に強いのでござろうな。

  欲に負けて失態を演じようとも状況には“克つ”。

 

  拙者はまだ一度しか共同戦線を張れてないでござるが、それでもその強さは理解できたでござる。

 

  言うなれば実戦で一番邪魔な筈の甘さでもって状況に打ち克つという非常識の化身。

 

  人に心配ばかり掛けさせるくせに当の本人は人の心配ばかりしている。

 

  それでいて救われた人からの好意に気付けないのだから全く持って性質が悪いでござる。

 

  だから“人でなし”でござるよ』

 

 

 刹那は再度溜息を吐き、頭を振って思考を現世に戻す。

 

 楓の話は意図的に何かを省いているようで理路整然としていなかった。

 だから支離滅裂な話となっていて今一つ要領を得られなかったのである。(楓:悪かったでござるな)

 

 

 その話からすると件の横島 忠夫という人物は敵にはならないだろうと判断はできた。だが、味方であるという断定はできなかった。

 

 頭が固いといわれればそれまでであるが、例えば“草”であればそのくらいの信用を得るのは難しくも無い。

 それが頭に引っかかってしまったのである。

 

 

 元々刹那は関西系の術式に知識が偏っているし、学園内の魔法教師らの事を詳しく知っている訳ではないので横島がどれだけの事情聴取を受けているか知る由も無いのだ。

 

 

 だから“まだ”安心は出来ていない。

 

 

 新幹線に乗る前までは厳重に封じていた白鞘の刀を開放し、単に袋に入っているだけの状態にしておく。

 駅の中で銃刀法違反によって逮捕されるというお馬鹿な状況にならないようにした配慮だ。

 

 これで何時でも剣が抜ける。

 

 京都に入る前とはいえ気を抜く訳には行かないのだから……

 

 

 

 

 

 完璧且つ徹底的にイレギュラーである青年、横島忠夫——いや、タダキチ少年。

 

 

 

 

 彼が如何なる鬼札であるのか、刹那はまだ知る由も無かった。

 

 

 

 




 お疲れ様です。
 ハーメルン版の修正をさせていただきました。
 でも朝方から唐突に寒くなったのでキー打ち難いったって。

 今回はこの辺で。いや早いけどそろそろガッコ行かにゃいけないし。
 続きは見てのお帰りです。
 ではでは~

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