舞翼です!!
今回はあれですね(笑)
頑張って書きました!!
誤字脱字があったごめんよ。
それではどうぞ。
「……な、なによ。……部屋が寒くなっちゃうから、早く上がってドア閉めて。 あ、鍵もかけてね」
恭二の視線に気恥ずかしさを覚え、詩乃は照れ隠しに捲し立てると、振り向いて部屋に向かった。 がちん、とドアをロックする金属音が背後で響いた。
部屋に戻った詩乃は、テーブルからリモコンを拾い上げ、暖房を強くした。
エアコンから温かい空気が噴き出して、寒気を追い払っていく。
勢い良くベットに腰掛け、見上げると、恭二は所在なさそうに入り口に立っていた。
「どこでも、そのへんに座って。 あ、何か飲む?」
「う、ううん、お構いなく」
「疲れてるから、そんな事言うと本当に何も出ないよ」
冗談で言うと、恭二も微かな笑みを浮かべ、ケーキの小箱をテーブルの上に置いて、傍らのクッションに腰を降ろした。
「……ごめんね朝田さん、急に押しかけて。 でも……、さっきも言ったけど、少しでも早くお祝いを言いたくて」
子供のように膝を抱えて、上目遣いに詩乃を見上げてくる。
「あの……、GGO優勝、本当におめでとう。 凄いよ、朝田さん……、シノン。 とうとう、GGO最強ガンナーになっちゃったね。 でも……、僕にはわかってたよ。 朝田さんなら、何時かそうなるって。 朝田さんには、誰も持ってない、本当の強さがあるんだから」
「……ありがと。 でも、優勝って言っても一位タイだし……。 それに、中継見てたなら気付いたと思うけど、今回の大会では、ちょっと色々なことがあって……。 もしかしたら、大会そのものが無効扱いになるかもしれない……」
「え……?」
「あのね……、ええと……」
首を傾げる恭二に、《死銃》の事をどう説明していいか、詩乃は迷った。
理論を立てて話せる程に詩乃も事件の詳細を知っているわけではないし、それに今となっては、まるであの事件の出来事自体が幻だったような気すらしていた。
あと十分もすれば警察も来る。
恭二に説明をするのはその時でもいい。
詩乃はそう考え、話題を変えた。
「ううん……、何でもない。 ちょっと変なプレイヤーが居たってだけ。 それにしても君。 私の家に来るのずいぶん早かったね。 まだ、大会が終わって五分くらいだったのに」
「あ、その……実は、近くまで来て、携帯で中継を見ていたんだ。 すぐに、おめでとうが言えるように」
慌てたようにそう言う恭二に、詩乃は小さく微笑んだ。
「そうじゃないかと思ってた。 寒いのに、風引いちゃうよ。 やっぱり、お茶淹れたほうがいいかな」
しかし、恭二は首を振って詩乃を止めた。
その顔から笑みが薄れ、変わりに切羽詰まったような表情が浮かぶのを見て、詩乃は眼をぱちくりと瞬きした。
「あの……、朝田さん……」
「な、なに?」
「中継で……砂漠の、洞窟の中が映っていたんだけど……」
「あ……あの、あれは……」
今まで忘れていたが、ユウキに抱きしめられ、散々泣いたり喚いたりしてしまったのだった。
あのシーンを恭二が見ていたと言う事になる。
あれは迂闊とか言いようがない。
気恥ずかしさで俯いた詩乃に向かって、恭二が言葉を発した。
てっきり関係を聞かれると思ったが、その内容は詩乃の予想を大きく裏切るものだった。
「あれは……、あいつらに脅されたんだよね? 何か弱みを握られて、仕方なくあんなことをしたんだよね?」
「は、はあ?」
詩乃は唖然として、顔を上げた。
奇妙な光を両目に浮かべ、恭二は中腰になって身を乗り出していた。
「脅迫されて、あいつらの戦ってる相手を狙撃までさせられて……。 でも、最後はあいつらを油断させて、グレネードに巻き込んで倒したよね。 だけど……、それだけじゃ足りないよ……。 もっと、思い知らせてやらないと……」
詩乃は絶句してから、懸命に言葉を探した。
「あのね……。 脅迫とか、そういうのじゃないの。 大会中に、あんなことをしてたのは不謹慎だと思うけど……。 私、ダイブ中に、例の発作が起きそうになって……。 それで取り乱して、キリトとユウキ……。 あいつらに当たっちゃってさ」
恭二は眼を見開き、無言で詩乃の言葉を聞いている。
「……あいつら、ムカつく奴等だけど、でもね、私の闇を振り払ってくれたの。 それに、子供みたいにすごい泣いちゃって……、恥ずかしいよね」
「……でも朝田さんは……あいつらのこと……、何とも思ってないんだよね?」
「え……?」
詩乃には、恭二が言っている事の意味が理解できなかった。
「朝田さん、僕に言ったよね。 待ってて、って」
確かに大会前、近所の公園で《待ってて》と言った。
それは、何時か自分を縛るものを乗り越えてみせる、という意味で言ったのだ。
それが出来た時、ようやく普通の女の子に戻れるのだ、と。
膝立ちになり、身を乗り出す恭二の両眼に、何処か張り詰めた光が滲む。
「言ったよね。 待ってれば、いつか僕のものになってくれるって。 だから……、だから僕……」
「……新川くん……」
「言ってよ。 あいつらのことは、何でもないって。 嫌いだって」
「ど……どうしたのよ。……急に……」
「あ……朝田さんは優勝したんだから、もう充分強くなれたよ。 もう、発作なんか起きない。 あんな奴ら、必要ないんだ。 僕が、ずっと一緒にいてあげる。 僕がずっと……、一生、君を守ってあげるから」
呟きながら、恭二は立ち上がり、そのままふらりと二歩、三歩、詩乃に歩みより、――突然両手を広げると、容赦のない強さで詩乃を抱き竦めた。
「ッ……!?」
詩乃は驚愕し、全身を竦ませた。
「……しん……かわ……くん……」
詩乃は、圧力のせいで息が詰まった。
恭二は腕の力を緩めることなく、ベットに押し倒そうと、体重を預けてくる。
「朝田さん……。 好きだよ。 愛してる。 僕の朝田さん。……シノン」
恭二の声は、愛の告白には程遠く、寧ろ呪詛のように部屋に響いた。
「や……め……っ……!」
詩乃必死に両手をベットに突っ張り、身体を支えた。
脚に力を込め、右肩で恭二の胸に押し当て――。
「……やめてッ!!」
如何にか恭二の身体を押し返すことに成功した。
たたらを踏んだ恭二は、床のクッションに脚を取られ、尻餅を付いた。
弾みでテーブルからケーキの小箱が落下し、湿った音を立てる。
恭二はそれすらに眼を向けず、詩乃を凝視し続けた。
丸く見開かれた眼から、光が薄れ、――激しく痙攣し始めた唇から、虚ろな声が漏れた。
「だめだよ、朝田さん。 朝田さんは、僕を裏切っちゃだめだ。 僕だけが朝田さんを助けてあげられるのに」
「……し、新川くん……」
詩乃は呆然と呟いた。
恭二は、ベットに腰掛けたまま動けない詩乃の前に立ち、無言で見下ろしていた。
詩乃の中には、衝撃を上回る恐怖が滲み出した。
恭二は荒い息を吐き、ジャケットに右手を差し込み、何かを握った。
右手の手の中にあった物は、全体のは二十センチほど、クリーム色のプラスチックで出来ている。
詩乃の眼に入った物は、薬品が入った注射器だ。
先端には、細い孔が空いていた。
恭二の人差し指に添えている緑色のボタンを押したら、針が飛び出す仕組みになっているのだろう。
恭二はそれを握った右手をのろりと動かすと、先端を無造作に詩乃の首筋に押し当てた。
氷のような冷たい感触に、全身が総毛だった。
「しん……かわ……くん……」
「動いちゃだめだよ、朝田さん。 声も出しちゃいけない。……これはね、無針高圧注射器、って言うんだ。 中身は、《サクシニルコリン》っていう薬。 これが身体に入ると、筋肉が動かなくなってね、すぐに肺と心臓が止まっちゃうんだよ」
詩乃は、必死に頭を働かせた。
つまり恭二は、詩乃を殺す、と言っているのだ。
言う事を聞かなければ、注射器から薬液を注入し、詩乃の心臓を止めると。
詩乃は、逆光でせいでよく見えない恭二の顔を、呆然と見つめた。
幼さを残す、丸みを帯びた顎が僅かに動き、抑揚のない声が流れた。
「大丈夫だよ、朝田さん、怖がらなくていいよ。 これから僕たちは……、一つになるんだ。 僕が、出会ってからずーっと貯めてきた気持ちを、いま朝田さんに全部あげる。 そうっと、優しく注射してあげるから……。 だから、何にも痛いことなんてないよ。 心配しなくていいんだ。 僕に、任せてくれればいい」
言葉の意味は、詩乃には理解することが出来なかった。
だが、注射器。 心臓。 その二つの言葉を……、ごく最近聞いた。
――GGOというVRMMOの中で。
月夜の砂漠、小さな洞窟の中で、少年と少女が言ったはずだ。
《ゼクシード》と《薄塩たらこ》は、何らかの薬品を注射されて心臓が止まり、死んだと。
詩乃は掠れた声で聞いた。
「じゃあ……、君が……君が、もう一人の《死銃》なの?」
首筋に当てられた注射器が、びくりと動いた。
恭二の顔には、笑みが浮かんでいた。
「……へぇ、凄いね。 さすが朝田さんだ……。 《死銃》の秘密を見破ったんだね。 そうだよ、僕が《死銃》の片手だよ。と言っても、今回のBoBの前までは、僕が《ステルベン》を動かしていたんだけどね。 グロッケンの酒場でゼクシードを撃った時の動画、見てくれたら嬉しいな。 でも今日だけは、僕の現実側の役をやらせてもらったんだ。 朝田さんを、他の奴に触らせる訳にはいかないもんね。 幾ら兄弟って言ってもね」
詩乃は身体を強張らせた。
「き……きょう……だい? 昔SAOで殺人ギルドに入っていたっていうのは……、君の……お兄さん、なの?」
恭二の眼が驚きに見開かれた。
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ。 大会中に、ショウイチ兄さんがそこまで喋ったのか。 ひょっとしたら、兄さんも朝田さんのことを気に入ったのかもね。 でも安心して、朝田さんは誰にも触れさせないから。 ほんとうは……今日、朝田さんにこれを注射するのはやめよう、って思っていたんだよ。 朝田さんが、僕のものになってくれたらね」
再び、恭二の眼が虚ろになった。
「……朝田さん、君は騙されているんだよ。 あいつらが何を言ったか知らないけど、すぐに僕が追い出してあげる。 忘れさせてあげるからね」
恭二は注射器を押し付けたまま、左手で詩乃の右肩を強く掴み、力任せにシーツの上に押し倒すと、自身もベットに乗り、詩乃の太腿に跨る。
その間も、うわ言のように呟き続けていた。
「……安心して、朝田さんを独りにしないから。 僕もすぐに行くよ。 二人でさ、GGOみたいな……。 ううん、もっとファンタジーっぽい奴でもいいや。 そういう世界に生まれ変わってさ、一緒に暮らそうよ。 一緒に冒険して……、子供作ってさ、楽しいよ、きっと」
完全に常軌を逸した恭二の言葉を聞きながら、詩乃は麻痺した思考の一部で、二つの事だけを考えていた。
――もうすぐ、二人が警察を連れてくる。 だから、何か喋り続けなければ。
詩乃は、完全に乾ききった舌を如何にか動かした。
「でも……、パートナーの君が居なくなったら、お兄さん困るよ……。 そ……それに、私、向こうで《死銃》に撃たれなかった。 なのに死んだら、せっかく《死銃》の伝説を、みんな疑うよ」
恭二は右手の注射器を、トレーナーの襟から覗いた詩乃の鎖骨に押し当てながら、引き攣るような笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。 今日はターゲットが三人もいたからさ。 兄さんが、実行役をもうひとり連れて来たんだ。 SAO時代のギルドメンバーなんだって、これからは、その人が僕の変わりになればいい。 それに……、朝田さんを、《ゼクシード》や《たらこ》みたいなクズと一緒にするわけないじゃない。 朝田さんは、死銃じゃなく、この僕のものだよ。 朝田さんが……旅立ったら、どこか遠い……人の居ない、山の中とかに運んでさ、そこで僕もすぐに追いかけるよ。 だから、途中で待っててね」
恭二の左手が、トレーナの上から詩乃の腹部に触れた。
二、三度指先を下ろしてから、次第に掌全体で撫で擦り始める。
嫌悪と恐怖に肌が粟立つのを感じながら、詩乃は懸命に語り続けていた。
急に動いたり、大きな声を出せば、恭二は躊躇わずに注射器のボタンを押すだろう。
彼の声には、そう確信させるだけの何かがある。
詩乃は、そっと極力穏やかに言葉を発した。
「……じゃ、……じゃあ……君はまだ、現実世界で、その注射器を使ったことはないんだね……? なら、まだ……まだ、間に合うよ。 やり直せるよ。 だめだよ、死のうなんて思ったら……」
「……僕には、現実世界なんてどうでもいいよ。 さぁ、僕と一つになろう、朝田さん」
虚ろな声と共に左手が動き、詩乃の頬を撫で、髪に指を絡める。
「ああ……朝田さん……。 きれいだ……凄くきれいだよ……。 朝田さん……僕の、朝田さん……。 ずっと、好きだったんだよ……。 学校で……朝田さんの、あの事件の話を……聞いた時から……ずっと……」
「……え……」
詩乃は眼を見開いた。
「そ……それって……どういう……」
「好きだった……。 憧れていたんだ……。 ずっと……」
「……じゃあ……君は……」
そんな、まさか、と心の中で呟きながら、詩乃は消え入るような声で訊ねた。
「君は……あの事件のことを知ったから……。 私に、声を掛けたの……?」
「もちろん、そうだよ。 本物のハンドガンで、悪人を射殺したことのある女の子なんて、日本中探しても朝田さんしか居ないよ。 ほんと凄いよ。 言ったでしょ、朝田さんには本物の力がある、って。 だから僕は、《死銃》の伝説を作る武器に《五四式・黒星》を選んだんだ。 朝田さんは、僕の憧れなんだ。 愛してる……愛してるよ。……誰よりも……」
「……そん……な……」
詩乃は眼前に居る少年は、肉親を除いて唯一心を許せる存在だと信じていたのに……。
――ごめんね。 キリト、ユウキ。 せっかく助けてもらったのに……。 無駄にしちゃって、ごめんね……。
二人は、ログアウトしたら警察を寄越すように手配すると言っていた。
あれから何分経ったのか分からないが、どうやら間に合わなかったようだ。
二人は、私が殺されたことを知ったら、どう感じるのだろう。 それだけが少し気がかりだった……。
二人の光剣使いは、依頼人への連絡を済ませて、それで終わりにするだろうか?
もしかしたら、詩乃のアパートへ急行しようとするのではないか?
もし、どちらか二人が、新川恭二に鉢合わせしたら、恭二はどうするであろうか? 逃げるか、諦めるか……。 それとも、手に持った注射器を向けるのだろうか。
このことは、十分に考えられることであった。
私が此処で死ぬのは、定められた運命として受け入れる。
しかし、二人を巻き添えにするのは――それは、別の問題だ。
「(……でも、どうにもならないよ……)」
横たわって手足を縮め、眼と耳を塞いだ詩乃が呟く。
だが、その傍らに跪き、細い肩に手を置きながら、サンドイエローのマフラーを巻いたシノンが囁きかける。
『……私たちは今までずっと、自分しか見てこなかった。 自分の為にしか戦わなかった。 ――もう遅いかもしれないけど、せめて最後に一度だけ、誰かの為に戦おうよ』。
詩乃は恐る恐る手を伸ばし、シノンが差し出してくれた手を取った。
シノンはにこりと笑うと、詩乃を助け起こした。
色の薄い唇が動き、短く、ハッキリとした言葉が響いた。
『さぁ、行こう』。
二人は闇の底を蹴り、水面に揺れる光を目指して上昇し始めた。
詩乃は現実世界と再接続を果たした。
恭二は注射器を詩乃の首に押し当てたまま、上半身からトレーナーを引き抜こうとしていた。
しかし片手では上手くいかず、顔に苛立ちが見える。
布地をぐいぐいと引っ張り始める。
詩乃はその動きに合わせて、身体を左に傾けた。
途端、ずるりと注射器の先端が滑り、詩乃の身体から離れて、シーツの上に突き刺さった。
その瞬間を逃さず、詩乃は左手で注射器のシリンダーを部を強く握り、同時に恭二の顎を強く突き上げた。
ぐぅ、と声を発して、恭二は仰け反った。
詩乃を押さえ付けていた重さが消えた。
詩乃は、突き刺さった注射器のグリップを必死に引っ張った。
このチャンスにこれを奪えなければ、望みは潰える。
だが、利き手でグリップを握る恭二と、滑りやすい左手で握る詩乃との綱引きは、いかにも分が悪かった。
体勢を立て直した恭二は、強引に右手を引っ張りながら寄声を上げつつ、左手を振り回した。
「っ……!!」
その拳が、強く詩乃の右肩を打った。
左手からずるっと注射器が抜けると同時に、詩乃はベットの上から転がり落ちて、背中を強く打った。
背中を強く打った為、詩乃は息を詰まらせ、空気を喘いだ。
恭二も、ベットの上で突き上げられた顎を押さえていたが、すぐに顔を上げると詩乃を凝視した。
恭二の口から、掠れた声が漏れた。
「なんで……?」
信じられない、と言わんばかりに、左右に首を振る。
「なんで、こんなことするの……? 朝田さんには、僕しかいないんだよ。 朝田さんのことを理解してあげられるのは、僕だけなんだよ」
それを聞いて詩乃は、恭二に助けられた日々を思い出していた。
学校帰りに同級生に待ち伏せされ、金銭を要求されそうになった時、通りかかった恭二が助けてくれた。
だがそれは、偶然ではなかったのだ。
恐らく恭二は、詩乃の下校する後を付け、帰宅するのを見届け、その後家に帰ってGGOにログインし、シノンを待っていたのだ。
妄執――としか言いようがない。
強張った唇を動かして、詩乃は言った。
「……新川くん……。 私は、辛いことを経験したけど……。 それでも、この世界が好き。 これからは、もっと好きになれると思う。 だから……、君とは一緒には、行けない」
立ち上がろうとして右手を床に突くと、それ指先が何か重く、冷たい物に触れた。
詩乃は瞬時にその正体を察した。
現実世界における、全ての恐怖の象徴。
第二回BoBの参加費として、送られてきたモデルガン――《プロキシオンSL》。
手探りでグリップを握ると、ゆっくり黒いハンドガンを持ち上げ、銃口を恭二に照準した。
だが、グリップを握っている右手の感覚が鈍くなり、痺れが腕を這い登ってくる。
これは発作の前兆だ。
今すぐ、右手に握る黒星をを投げ捨て、逃げ出したい。
でも、ここで逃げてしまったら、何もかもが無駄になる。
命と同時に、同じくらい大切なものを無くしてしまう。
――これは詩乃の、発作の恐怖と戦いだ。
詩乃は軋む程に奥歯を噛み締め、親指でハンマーを起こした。
ベットの上で膝立ちになった恭二は、向けられた《プロキシオンSL》を凝視しながら、僅かに後退った。
怯みのせいか、激しく瞬きを繰り返す。
「……何のつもりなの、朝田さん。 それは……それは、モデルガンじゃないか。 そんなもので、僕を止められると思うの?」
詩乃は左手をデスクの縁にかけ、ふらつく脚に力を込めて立ち上がりながら、答えた。
「君は、言ったよね。 私には本当の力がある、って。 拳銃で誰かを撃ったことのある女の子なんか他にいない、って」
恭二は顔を強張らせながら、更に退がる。
「だから、これはモデルガンじゃない。 トリガーを引けば実弾が出て、君を殺す」
詩乃は恭二に照準を合わせたまま、じりじりと足を動かし、床を横切ってキッチンに向かう。
「ぼ……僕を……ぼくを、ころす……? 朝田さんが、ぼくを……ころす……?」
「そう。 次の世界に行くのは、君ひとりだけ」
「やだ……嫌だ……。 そんなの……嫌だ……」
恭二はの眼から、意志の色が抜け落ちた。
ぼんやりとした顔で宙を見詰めながら、ぺたんとベットの上に、正座をするように座り込む。
詩乃は、そのままゆっくり移動を続け、キッチンへと踏み込んだ。
視界から恭二の姿が消えた途端、詩乃は床を蹴り、ドアへと走った。
だが、踏んだマットが勢い良く滑り、詩乃は体勢を崩した。
バランスを取ろうと振り回した右手からモデルガンが飛んで、シンクの中に落下して、派手な音を立てた。
如何にか倒れるのは堪えたものの、左膝を打ち付け、激痛が走った。
それでも、一杯に身体を伸ばし、右手でドアノブを握った。
しかし、ドアは開かなかった。
ロックノブが横に倒れているのに気付き、歯噛みしながら、それを垂直に戻す。
カチリと解除音が指先に伝わったのと、ほぼ同時に――。
右足を、冷たい手がぐっと握った。
「ッ!?」
振り向くと、四つん這いになった恭二が、魂の抜け落ちた顔のまま、両手で詩乃の足を捕えていた。
幸いなことに、注射器は見当たらなかった。
振り解こうと足を動かしながら、詩乃は必死に手を伸ばし、ドアを開けようとした。
だが、それを掴むことは叶わなかった。
恭二が凄まじい力で、詩乃の足を引っ張ったのだ。
数センチも引き込まれたが、詩乃は左手で
恭二の力は常軌を逸していた。
強引に引き摺られ、詩乃は勢い良くキッチンの奥に引き戻された。
恭二の身体が圧し掛かってきた。
右手を握り、再び顎を狙って突き上げたが、僅かに掠った所を恭二の左手に掴まれた。
「アサダサンアサダサンアサダサン」
その奇妙な声が、詩乃の名前だと気付くのには、暫くかかった。
唇の端から白く泡立った唾液を垂らし、両眼の焦点を失った恭二の顔が、ゆっくり降りてくる。
口が大きく開き剥き出された上下の歯が、詩乃の肌を噛み裂こうとするように、近づいて来る。
左手で退けようとするが、その手首も捕えられてしまう。
両手をがっちり押さえつけられ、動きを封じられてしまった。
あと少し恭二の顔が近づいたら、首筋に噛みつこうと、詩乃は口許を緊張させた。――その瞬間。
冷たい空気が、詩乃の頬を撫でた。
恭二が顔を見上げ、後方を見やった。
その眼と口が、ぽかんと丸く広がった。
と思った瞬間、開いたドアから疾風のように走り込んできた誰かが、恭二の顔面に膝を思い切りめり込ませた。
奥に転がり込んだ恭二と、その
やや長めの黒い髪。 同じく黒のライダージャケット。 咄嗟に、アパートの他の部屋の住人と思ったが、男――というより少年が僅かに振り返り、叫んだ時、詩乃は少年の正体を悟った。
「シノン!! 逃げるんだ!!」
「キリ……」
呆然と呟いてから、詩乃は慌てて身体を起こした。素早く立ち上がろうとしたが、脚が言う事を聞かない。
すると、後ろから詩乃の身体を引っ張り上げた人物が居た。
詩乃は後ろを見た。
そこには、とても美しい少女が立っていた。
「シノンさん。 歩ける!!??」
「……ユウキ」
二人は、お茶の水のダイブ場所から、此処までやって来たのだ。
「お前……おまえらだなぁぁああ!! 僕の朝田さんに近づくなああぁぁああッ!!」
恭二が獣のようにこちらに突進してきたが、キリトが拳のカウンターを合わせ、恭二の右頬にめり込ませた。
恭二は後方に倒れ落ち、意識を失った。
キリトは大きく息を吐き、
「シノン、大丈夫か? 歩けるか?」
「ええ、大丈夫」
「もうすぐ、警察さんも到着する頃だと思うよ」
「二人とも、来てくれて……ありがとう」
詩乃はゆっくりと歩き始めた。
それと同時に、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
キリト君のカウンターが決まったー!!
うん、痛そうだね(笑)
次回でGGOは終わりかな(多分)
あと、今後のことについてアンケートとってるので、よろしくです(^^♪
ご意見、ご感想、評価、よろしくお願いします!!