ソードアート・オンライン ~黒の剣士と絶剣~   作:舞翼

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どもっ!!

舞翼です!!

頑張って書き上げました。

誤字脱字があったらごめんよ。

それではどうぞ。


第81話≪一発の銃弾≫

バギーが走ったと同時に、シノンの左腕に小さな痛みが走った。

ユウキが電磁スタン弾の銀色の針を抜いた痛みだった。

 

「あ、ありがとう」

 

「今はここから逃げ切ろうね」

 

「う、うん」

 

ユウキの声は優しかった。

アクセルを全開にして、バギーを走らせているキリトが叫んだ。

 

「シノン、君のライフルであの馬を破壊できるか!?」

 

「……え」

 

シノンは数回瞬きをした。

背後のロボットホースに振りかえり、悟った。

キリトは、ぼろマント――死銃があの馬に乗り、追ってくる事を危惧していたのだ。

シノンは頷いた。

 

「わ……解った、やってみる……」

 

シノンは震えた両手で、右肩から降ろしたへカートを構える。

照準を、約二十メートル先に佇む金属馬に向ける。

この距離なら、スコープで照準しなくても必ず命中する距離だ。

トリガーに指を掛けると、薄緑色の着弾予測円が表示され、馬の横腹にフォーカスさせる。

そのまま指に力を――……。

シノンは眼を見開いた。

トリガーが引けないのだ。

何度も人差し指に力を込めるが、込めるが、右手が撥ね返る。

 

「え……なんで……」

 

同じ動作を繰り返しても、結果は同じだ。

シノンは指先を見た。

人差し指がトリガーに触れていないのだ。

――どれほど力を込めても、その隙間は埋まらない。

トリガーを絞るより先に、死銃が金属馬に搭乗した。

 

「……引けない……なんでよ……。 トリガーが引けない……」

 

「シノンさん大丈夫だよ。――キリト! 飛ばして!」

 

「――シノン! 掴まってろよ!」

 

シノンはユウキの左腕に手を回した。

直後、バギーが弾かれたように道路に飛び出す。

トップギアに達したバギーは、廃墟エリアに甲高い轟音を響かせながら、メインストリートを疾走し始めた。

 

「(――逃げ……切れる……?)」

 

シノンは恐る恐るそう考えたが、後ろを振り返る勇気がなかった。

今になって、身体がガタガタと震えていることに気付く。

ユウキは後方を確認し、

 

「――追って来てるよ!」

 

「――わかった! 気を抜くなよ!」

 

シノンは反射的に後方を振りかった。

黒いマントを大きくはためかせ、背中にL115を背負い、両手で金属馬の手綱を握っている。

死銃は、熟達した騎手のように金属馬を走らせている。

 

「なん……で……」

 

乗れるはずかない。 金属馬は現実世界で乗馬の経験があっても、そう簡単に乗れないのだ。

しかし死銃は、路上に転がる廃車両を滑らかに迂回し、時には跳び越え、バギーと同じ速度で追いすがって来る。シノンはフードの中に闇に浮かぶ二つの赤い眼と、薄笑いをする大きな口をはっきりと見た。

 

「追いつかれる……! もっと速く……逃げて……逃げて……!」

 

シノンが悲鳴混じりの細い声で叫ぶと、キリトはさらにアクセルを踏み込んだ。

しかしその途端、バギーの後輪の片方が遮蔽物に乗り上げてグリップを失い、後部が右にスライドした。

キリトは罵り声を上げながら、ふらつく車体を制御する。

左右に蛇行したバギーは、安定を取り戻し加速を再開する。

そのタイムロスにより、死銃は確実に距離を詰めてくる。

キリトとユウキが、言った。

 

「大丈夫か!!??」

 

「大丈夫!! 加速して!!」

 

廃墟を貫くハイウェイでは、嫌がらせのように次々と障害物が現れ、バギーを疾走させるコースを限定させた。

だが、金属馬は障害物だらけの道を軽々と跳び越え、距離を詰めてくる。

ついに距離が百メートルを割った、と思われた時だった。

死銃が右手の手綱を離し、銃口をこちらに向けたのだ。

握られていた銃は、――黒いハンドガン。 ≪五四式・黒星(ヘイシン)≫。

シノンは全身を凍り付かせ、拳銃を凝視した。

奥歯が震え、かちかちと不規則な音を立てた。

シノンの右頬に、弾道予測線の真っ赤な線が表示された。

シノンは反射的に首を左に倒した。

直後、銃口がオレンジ色に発光し、かぁん、と高い衝撃音を立て、シノンの右頬から十センチほどの空間を通過した。

銃弾がバギーを追い越し前方の廃車に命中した後も、ライトエフェクトの微粒子が空間を漂い、シノンの頬に触れた。

 

「嫌ああぁぁっ!!」

 

その瞬間、シノンは恐怖に駆られ、悲鳴を上げた。

二発目がバギーのリアフェンダーに命中したらしく、固い振動が足に伝わった。

 

「やだよ……助けて……助けてよ……」

 

シノンは赤ん坊のようにぎゅっと、身体を縮めて、弱々しい言葉だけを繰り返す。

死銃はバギーに追い付いてから、確実に銃弾を命中させる作戦を切り替えたのか、銃撃は止んだものの蹄の音がじわじわと大きくなる。

ユウキがホルスターからFN・ファイブセブン抜き連射するが、死銃に上手く避けられて虚空に消えていった。

 

「……簡単にはいかないよね」

 

ユウキは冷静になり、シノンの名前を呼んだ。

 

「シノンさん!! 聞こえる!!――このままじゃ追い付かれちゃう!! 狙撃して!!」

 

「む……無理だよ……」

 

シノンは絞り出すように言ってから、首を横に振った。

右肩にはずしりと重いへカートの感触があったが、何時もなら闘志を与えてくれる質量も、今は何も伝えてこなかった。

 

「当らなくてもいいんだよ!! 牽制ができれば大丈夫!!」

 

ユウキは叫ぶが、シノンは首を横に振るだけだ。

 

「……無理……あいつは……あいつは……」

 

死銃は過去から甦ったあの男の亡霊――とシノンは確信していた。

ましてや、牽制が通用するとは思えない。

 

「その銃を貸して!! ボクが撃つ!!」

 

その言葉に、シノンの中にほんの僅か残っていた何か――恐らく、狙撃者としてのプライドの欠片。

――それにへカートは……私の分身……誰にも扱えない……。

途切れ途切れの思考が回路を流れる微弱電流のように、シノンの右手を動かした。

肩からへカートを外してからバギーの後部のロールバーに銃身を載せ、恐る恐る身体を起こして、スコープを覗き込む。

拡大倍率は限界まで下げられていたが、百メートル以下にまで迫った、死銃の駆る金属馬の影によって視界の三割以上が埋まっていた。

ピンポイントで身体の中心線を狙うため、倍率を上げようとした時シノンの手が止まった。

これ以上拡大したら、死銃のフードの中がハッキリ見えてしまう。

そう思うと指が動かせない。

シノンは右手をグリップに移動させ、狙撃体制に入った。

死銃は気付いていたが、動きを止めようとしない。

いや、停止も回避もしないつもりだ。

舐められている。 そうは気付いても、もう一度あのハンドガン――呪いの武器を取り出すのではと思うと、怒りではなく恐怖しか湧いてこない。

 

「(でも、一発、一発だけなら撃てるはず)」

 

当らなくてもいい、一発だけ。

シノンはトリガーの中に人差し指を動かして、引き金に触れようとした。

――だが。

またしても奇妙な強張りが指を襲い、動作を拒んだ。

どんなに力を入れても、トリガーに指が辿り着かない。

まるでへカートが、シノンを拒んでいるように――……。

いや、拒んでいるのはシノンの方かもしれない。

シノン/朝田詩乃が、銃を撃つ事を拒んでいるように……。

シノンは掠れた声で囁いた。

 

「撃てない……撃てないの! 指が動かない。 私……もう、戦えない」

 

「撃てるはずだよ! 戦えない人間なんて居ないんだよ! 戦うか、戦わないか、その選択があるだけ! みんな同じなんだよ!……それは、ボクたちも同じだったんだよ」

 

戦うか、戦わないの選択……。

私は戦わない選択を選ぶ。 だって、もう辛い思いをしたくない。

希望を見つける度に奪われ、壊されるのはもう嫌……。

この世界でなら強くなれると思えたのは、ただの幻想だった。

私は一生、あの男の恨みと恐怖を抱えながら、――下を向いて、身を殺して、何も見ず、何も感じず、生きていくしかないんだ…………。

その時、シノンの指を優しく何かが包んだ。

 

「ボクも一緒に撃つよ。 一回でいいよ。 一回だけ指を動かして」

 

温かい熱が染み込み、凍った指を僅かに溶かしていくのを感じた。

指先が震え――関節が軋み――トリガーの金属を捉えた。

視界にグリーンの着弾予測円が表示される。

だがそれは、死銃の身体を大きくはみ出し、不規則に脈動し、心拍が乱れ、その上バギーが激しく振動している。

 

「だ、だめ……こんなに揺れていたら、照準が……」

 

「キリト、どうにかできる!?」

 

「ああ、大丈夫だ! 五秒後に揺れが止まる。 いいか……二、一、今だ!」

 

運転席からカウントダウンが終わると同時に、バギーの揺れが止まったのだ。

バギーは何かに乗り上げ、ジャンプしたのだ。

 

「(どうして……どうして二人は、この状況で冷静な判断が下せるの……?)」

 

シノンは、すぐに自分の言葉を否定した。

 

「(ううん、冷静とか、そういうのじゃない。 この人たちは何時も全力なんだ。 自分に言い訳せず、全力を尽くして戦う事を選び続けているんだ。 それが――それこそが、この人たちの《強さ》なんだ。 私が同じ事を出来るとは到底思えない。――でも、今は――今だけは。 私に出来る事を全力でやるんだ)」

 

「シノンさん!」

 

後ろから抱き締めるような格好で、共にへカートを握るユウキの声が聞き、私は勇気を与えて貰った。

視界に表示される予測円が、収縮したのだ。

 

「(でも……この銃弾は……当らない……)」

 

シノンは初めてそう考えてながら、トリガーを絞った。

へカートは激しい轟音と、眩い発射炎をマズルから吐き出した。

不安定な体勢で狙撃した為、シノンの身体は後方に弾かれたが、ユウキが後ろからしっかり押さえこんでくれた。

ジャンプの頂点を過ぎ降下を始めたバギーの上から、シノンは両目を見開き、放たれた銃弾の行方を追った。

夕闇に螺旋の渦を穿ちながら突進するその軌道は、死神をほんの僅かに捉え損ね、右へと逸れていく。

 

「(――外した……)」

 

マガジンには弾は残っているが、もうボルトハンドルを引く気力は残っていない。

《冥界の女神》自身のプライドが完全なミスショットを拒否したのか――。

巨大な銃弾はアスファルトに空しく孔を空ける代わりに、路上に転倒するトラックの腹に食い込んだ。

 

GGOのフィールドに配置されたオブジェクトの殆どは、プレイヤーが掩体(えんたい)として利用する他に、ドラム缶や大型機械類は一定時間のダメージを与えると炎上、爆発する仕掛けが施されているのだ。

死銃がそれに気付き、道路の反対側に金属馬をジャンプさせようとした。

だが、それより一瞬早く巨大な火球が膨れ上がり、トラックと騎馬を眩いオレンジ色の光が呑み込んだ。

ジャンプを終えたバギーが着地し、激しくバウンドするのと同時に、凄まじい衝撃波がメインストリートを揺るがした。

爆発そのものはジャンプ台となったスポーツカーに遮られて見えなかったが、屹立した火柱の中に、ばらばらに千切れ飛ぶ機械馬のシルエットが確認出来た。

 

「(――――倒した……?)」

 

一瞬そう思ったが、すぐに打ち消す。

たかが爆発如きで、あの死神を殺せる訳がないのだ。

精々時間が稼げた程度だ。

でも今は、それすらも奇跡に感じられる。

キリトが必死にハンドルを操作して、横転しかけたバギーを如何にか安定させてから、再度加速する。

シノンは後部座席に座り込み夕空に立ち上がる黒煙を呆然と見詰め、これ以上は何も考えられず、疾駆するバギーの振動に身を任せた。

 




今回は逃走回でしたね。

次回は洞窟かな。

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