舞翼です!!
GGO編に入りましたね。
それではどうぞ。
第73話≪ガンゲイル・オンライン≫
プロポーズしてから数日後、ある人物から連絡を貰い、待ち合わせの場所を目指して歩を進めている。
「はぁ~、行きたくないな。 帰っていいかな」
「そんなこと言わないの。 話だけでも聞いておこうよ」
俺の言葉に応じてくれた人物は、最愛の人である紺野木綿季。
俺はもう一度溜息を吐いてから、店のドアを押し開けた。
『いらっしゃいませ。 お二人様でしょうか?』と静かに頭を下げるウエイターさんに、待ち合わせです、と答えて店内に足を踏み入れる。
店内は、どれを取っても高級そうな装飾品などが飾られている。
セレブ御用達の店、と言った所だろう。
俺は広い店内を見渡した。
奥の窓際の席から、無遠慮な大声が俺たちを呼んだ。
「おーい。 キリト君、ユウキ君、こっちこっち!」
途端に、非難めいた視線が集中する。
俺と木綿季は首を縮めて、声の主へと近づき、向い合わせに成るように腰を下ろす。
待ち合わせをしていた人物は、菊岡誠二郎。
太い黒縁の眼鏡にしゃれっ気の無い髪形、生真面目そうな線の細い顔立ち。
とてもそうは見えないが、これで国家公務員なのだ。
所属するのは、総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室。
省務内での名称は、通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称《仮想課》。
俺は差し出されたメニューを手に取り、広げた。
テーブルの向かいから陽気な声が飛ぶ。
「ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでよ」
「ああ、そのつもりだ」
「そうだね。 ボクもそのつもりだったしね」
メニューに目を走らせると、恐ろしいことに最も安くても《シュー・ア・ラ・クレーム》の千二百円。
だが、よくよく考えてみればこの男は政府の人間であり、それ以前に支払いは交際費、つまり国民の血税によって行われる。
阿保らしくなった俺は、平静を装った声で次々にオーダーした。
「ええと……パルフェ・オ・ショコラ……と、フランボワズのミルフィーユ……に、ヘーゼルナッツ・カフェ」
「それを二つずつ」
と木綿季がオーダーを締めくくった。
合計金額は七千八百円だ。
「かしこまりました」
ウエイターが退場して、俺は一息ついた。
菊岡は最後のプリンの欠片を口に運び、顔を上げ無邪気な笑みを浮かべた。
「やぁ、ご足労願って悪かったね。 それにしても、君たちって何時も一緒に居るね」
「決まってるだろ。 木綿季は俺の大切な人なんだから」
「和人は大切な人だもん。 離れるわけがないじゃん」
菊岡は数回瞬きをしてから、俺たちの左手薬指を見て『なるほど……』と納得していた。
俺はメニューを閉じ、本題を切り出した。
「で、何でこんな所に俺たちを呼び出したんだ?」
「うん。 協力するかは話を聞いてからだね」
「いやー、
そう。 俺たちはALOで、菊岡と交流を持っているのだ。
菊岡――クリスハイトとして。
因みに、《黒の剣士》、《絶剣》は、ALO内での俺たちの二つ名だ。
「「……帰る」」
「わぁッ! 待った待った! 僕が悪かった!」
俺たちは大きく溜息を吐いてから、再びテーブルの椅子に座り直した。
菊岡は、隣の椅子の置いたアタッシュケースからタブレッド型端末を取り出し、一人の男性プロフィールを見せた。
それから、のんびりした口調で言った。
「いやぁ、ここに来て、バーチャルスペース関連犯罪の件数が増え気味でねぇ」
その言葉を聞き、木綿季の眼付が鋭くなった。
威圧感も出している。
木綿季は静かに口を開いた。
「……菊岡さん。 それがどうしたの?」
「いやー……君たちに調査を……お願いしたいなー……って」
俺は木綿季の肩に手を置き、
「話だけでも聞いておこうか。 お前も、此処に来る途中に言っていただろ」
木綿季は大きく息を吐いてから、改めてタブレットに目を落とした。
「……キリト君、ありがとう。 助かったよ……」
菊岡は、胸を撫で下ろしていた。
それほどまでに、木綿季の威圧感が凄かったのだろう。
俺も改めてタブレットに目を落とす。
「……誰だ?」
俺が問うと、菊岡は指先を滑らせた。
「ええと、先月……十一月の十四日だな。 東京都中野区某アパートで、掃除をしていた大家が異臭に気付いた。 発生源と思われる部屋のインターホンを鳴らしたが返事がない。 電話にも出ない。 しかし部屋の電気は点いている。 それから電子ロックを解錠して踏み込んで、この男……
「アミュスフィア、か」
俺がそう言うと、菊岡は頷いた。
「その通り。――すぐに家族に連絡が行き、変死ということで司法解剖が行われた。 死因は急性心不全となっている」
タブレットに目を落としていた木綿季が、顔を上げた。
「心不全?って心臓が止まった事を言うんだよね? 何で止まったの?」
「それが解らないんだ……。 死亡してから時間が経ち過ぎていたし、精密な解剖は行われなかったんだ。 ただ、彼はほぼ二日に渡って何も食べないで、ログインしっぱなしだったらしい」
俺は眉を寄せた。
その手の話は珍しくない。
現実世界で何も食べなくても、仮想世界で食べ物を食べると偽りの満腹感が発生し、それは数時間持続するからだ。
当然そんな事をしていれば体に悪影響を及ぼし、栄養失調や発作を起こして倒れ、そのまま……ということも珍しくない。
俺は一瞬眼を瞑り、口を開いた。
「菊岡さん。 あんたはこんな話を聞かせる為に、俺たちを呼んだんじゃなんだろ」
暫しの沈黙が流れた。
菊岡は意を決したように答えた。
「茂村氏のアミュスフィアに、インストールされていたVRゲームは一タイトルだけだった。《ガンゲイル・オンライン》……知っているかい??」
菊岡の問いに、木綿季が答えた。
「それボクも知ってるよ。 日本で唯一《プロ》が居るMMOゲームでしょ」
ガンゲイル・オンライン。
ゲーム内でリアルマネーが稼いだ金を現実の金として換金できる、《ゲームコイン現実還元システム》を採用している。
まぁ、正確には電子マネーだが。
その中での《プロ》と呼ばれるGGOプレイヤーは、毎日コンスタントに金を稼ぐプレイヤーの事を指す。
《プロ》は月に二十万から三十万稼ぎ、GGOのハイレベル連中は、他のMMOと比較にならないほどの時間と情熱をGGOにつぎ込んでいるのだ。
亡くなった茂村氏も、相当な豪腕プレイヤーだったのだろう。
また、ガンゲイル・オンラインを運営している《ザスカー》なる企業は、外国に拠点を持っている、電話番号やメールアドレスは全くの未公開。
「彼は、ガンゲイル・オンライン……略称GGO中ではトップに位置するプレイヤーだったらしい。 十月に行われた、最強者決定イベントで優勝したそうだ。 キャラクター名は《ゼクシード》」
「……じゃあ、亡くなった日もGGOにログインしていたの?」
「いや、そうではなかった。《MMOストリーム》というネット放送局の番組に、《ゼクシード》の再現アバターで出演中だったようだ」
俺が口を開いた。
「ああ……Mストの《今週の勝ち組さん》か。 そういや、一度ゲストが落ちて番組が中断したって聞いたような気もするな……」
「多分それだ。 出演中に心臓発作を起こしたんだな。 ログで、秒に到るまで時間が判っている。 で、ここからは未確認情報なんだが……ちょうど彼が発作を起こした時刻に、GGO中で妙なこと有ったって、ブログに書いているユーザーが居るんだ」
「「妙?」」
「MMOストリームは、GGOの内部でも中継されているだろう?」
「ああ。 酒場とかで見られる」
「GGO世界の首都、《SBCグロッケン》という街のとある酒場でも放送されていた。 で、問題の時刻に、一人のプレイヤーがおかしな行動をしたらしい」
菊岡は言葉を続ける。
「何でも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって、《裁きを受けろ、死ね》等と叫んで銃を発砲したということだ。 それを見ていたプレイヤーの一人が、偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。 ファイルには、日本標準時カウンターも記録されていてね……。 ええと……テレビに銃撃があったのが、十一月九日、午後十一時三十分二秒。 茂村氏が番組出演中に突如消滅したのが、十一時三十分十五秒」
俺が呟いた。
「……偶然だろう」
「――いや、そうでもないんだ。 実はもう一件あるんだ。 今度は約十日前、十一月二十八日だな。 埼玉県さいたま市大宮某所、やはり二階建てアパートの一室で死体が発見された。 新聞の勧誘員が、電気は点いているのに応答がないんで、居留守を使われたと思って腹を立て、ドアノブを回したら鍵が掛かっていなかった。 中を覗くと、布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわって居て、同じく異臭が……」
『ごほん!!』と隣の席のマダムが咳払いをして、凄まじい邪眼をこちらに向けていたが、菊岡は会釈をしただけで会話を続けた。
「……まぁ、詳しい死体の状況は省くとして、今度もやはり死因は心不全。 名前は……これも省いていいか。 男性、三十一歳だ。 彼もGGOの有力プレイヤーだった。 キャラネームは……《薄塩たらこ》? 正しいのかなこれ?」
俺と木綿季は不躾だが、それを聞いて笑みを零してしまった。
「今度のはテレビの中では無く、ゲームの中だね。 アミュスフィアのログから、通信が途絶えたのは、死体発見の三日前、十一月二十五日、午後十時零分四秒。 死亡推定時刻もそのあたりだね」
これまで、静かに話を聞いていた木綿季が言った。
「じゃあ、その銃を持ったプレイヤーは、同一人物なの??」
「そう考えていいかもしれないね。 毎回同じキャラネームを名乗っているからね」
「「……どんな……」」
菊岡はタブレッドを滑らせ、
「《シジュウ》……それに、《デス・ガン》」
――すなわち、
木綿季はテーブルの椅子から立ち上がり、俺の肩を叩いた。
「ごめんね、菊岡さん。 ボクたちは手伝えそうにないや。――和人、帰ろうか」
「おう」
俺も立ち上がろうとすると菊岡が、
「わぁ、待った待った。 ここからが本題の本題なんだよ。 ケーキもう一つ頼んでいいからさ、あと少し付き合ってくれ」
木綿季は再び椅子に座り、大きく溜息を付いてから、言った。
「……あと、五分だけ」
「えっと、二人にはガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな」
と言い、菊岡はにっこりと笑った。
直後、先程と比較にならない威圧感が木綿季から発せられた。
「菊岡さん……ボクたちに、《撃たれてこいって》、言っているでしょ……その《死銃》さんに……」
「……いや……まぁ……ハハ……」
菊岡は額から、冷汗をだらだらと零している。
しょうがない……俺が助け船を出すか。
「菊岡さん。 何でこの件にそこまで拘るんだ?」
菊岡は、何時もの笑顔に戻っていた。
「実はね、上の方が気にしているんだよね。 フルダイブ技術が現実に及ぼす影響というのは、今や各分野で最も注目される分野だ。 仮想世界が、はたして人間の有り方をどのように変えていくのか、とね。 もし仮に、何らかの危険がある、という結論が出れば、再び法規制を掛けようという動きが出てくるだろう。 だが僕たち《仮想課》は、この流れを後退させるべきないと考えている。 VRMMOを楽しむ、君たち新時代の若者の為にもね。 そんなわけで、規制推進派に利用される前に把握しておきたいのさ。 そして対処も出来るように完璧にしておきたいね。――こんなところで、どうかね??」
俺と木綿季は長く沈黙した。
菊岡は焦るように言葉を発した。
「も、もちろん万が一の事を考えて、最大限の安全措置は取らせて貰うよ……。 こちらが用意する部屋からダイブして貰って、モニターもする。 アミュスフィアの出力に、何らかの異常があった場合はすぐに切断する。 銃撃されろとは言わない。 君たちから見た印象で判断してくれればいい。――行ってくれないかね??」
ゆっくり俺が口を開いた。
「どうする、木綿季?」
「……菊岡さん……。 ただリサーチするだけでいいんだよね……?」
「そうだとも。 報酬も支払うよ――これだけだそうじゃないか」
菊岡は指を三本立てた。
正確には、三十万。
再び長い沈黙。
「…………わかった。 これ以上犠牲者を出さない為に、行ってあげる事を忘れないでね……。――もし、和人に異変が起きたら、ボクは一生貴方を恨むよ……」
「大丈夫。 そこは安心してくれたまえ。 君たちの安全は保障するよ」
菊岡は思い付いたように手を打ってから、イヤホンを取り出し、
「音声ログを圧縮して持って来ているんだ。 これが《死銃》氏の声だよ。 どうぞ、聴いてくれたまえ」
俺たちは片方のイヤホンを耳に入れ、菊岡が液晶画面を突くと、ざわざわと喧騒が再生される。
それが突然消失し、張り詰めた沈黙を、鋭い宣言が切り裂いた。
『これが本当の力、強さだ! 愚か者どもよ、この名を恐怖と共に切り刻め。 俺と、この銃の名は《死銃》……《デス・ガン》だ!!』
何処か非人間的な、金属音を帯びた声だった。
その声はロールプレイでは無く、殺戮を欲する本当の衝動を放射しているように思えた。
♦♦♦♦♦♦♦♦
店を出てから、俺たちは今後の事を話した。
「和人。 危険だと思ったらすぐにログアウトしてね、いい??」
木綿季は涙を溜めながら、俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、解ってるさ。 お前も危険だと思ったら、すぐにログアウトするんだぞ。 いいな??」
「うん、解ってるよ」
今回は導入でしたね。
さて、次回はGGOにログイン?ですかね。
てか、木綿季ちゃん、怒ると怖いね。
あと、帰るまでにはデザートは完食していたということで。
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