ソードアート・オンライン ~黒の剣士と絶剣~   作:舞翼

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ども!!

舞翼です!!

SAOが遂に完結しましたー!!

書いていたら、1万字超えたし(笑)

まぁ、前置きはこれくらいにして。

本編をどうぞ。


第48話≪世界の終焉≫

骸骨の狩り手との戦いは一時間以上にも及んだ。

無限と思えた激戦の果てに、遂にスカルリーパーの巨大な骨が青い欠片となって爆散した。

だが、誰一人として歓声を上げる余裕のある者はいなかった。

皆倒れるように床に座り込み、あるいは仰向けに寝転がって荒い息を繰り返している者もいる。

 

終わった――の……?

 

ああ――終わった――。

 

この思考のやりとりを最後に、俺とユウキの《接続》も切れたようだった。

不意に全身を重い疲労感が襲い、床に膝を付く。

俺とユウキは、背中合わせに座り込んだ。

暫く動くことは出来なかった。

俺たち二人は生き残った――。

だが、犠牲者は余りにも多すぎた。

 

「何人――やられた……?」

 

左の方でしゃがみ込んでいたクラインが、顔を上げて掠れた声で聞いてきた。

俺は右手を振ってマップを呼び出し、プレイヤーを示す光点を数えてみた。

出発時の人数から犠牲者の数を逆算する。

 

「――十四人、死んだ……」

 

自分で数えておきながら信じることができない。

皆トップレベルの、歴戦のプレイヤーだった筈だ。

離脱や瞬間回復不可能な状況でも、生き残りを優先した戦いをしていればすぐに死ぬことはないはずだった。

 

「……うそだろ……」

 

俺の発言にエギルが応じた。

エギルの声は掠れていた。

ようやく四分の三――まだこの上には25層もある。

1層ごとにこれだけの犠牲者を出してしまえば、最後のラスボスに対面出来るのはたった一人になってしまう可能性がある。

 

おそらくその場合は、間違いなくあの男だ……。

 

俺は視線を部屋の奥に向けた。

そこには、他の者が全員床に座り込んでいる中、背筋を伸ばして立っている人物。

ヒースクリフだ。

彼も無傷では無かった。

HPバーがかなり減少している。

ヒースクリフのあの視線、あの穏やかさ。

あれは傷ついた仲間を労わる表情では無い。

あれは――神の表情だ…。

 

俺はヒースクリフとのデュエルを思い出していた。

あれは、SAOシステムに許されたプレイヤーの限界速度を超えていた。

プレイヤーでは、出来ない事を可能にする存在。

デスゲームのルールに縛られない存在。

NPCでも無く、一般プレイヤーでも無い。

となれば、残された可能性はただ一つ、この世界の創造者だけだ。

だが、確認する方法が無い。

いや、ある。 今この瞬間一つだけある。

ヒースクリフのHPバーは、ギリギリの所でグリーン表示に留まっている。

未だかつて、ただ一度もHPバーをイエローゾーンに落としたことが無い男。

圧倒的な防御力。

この世界を創り上げた人間ならそういう設定にすることが可能だろう。

 

ゆっくりと剣を構え握り直した。

徐々に右足を引いていく。

腰を僅かに下げ、ヒースクリフに突進する準備姿勢を取る。

ヒースクリフは俺の動きに気付いていない。

仮に俺の予想がまったくの的外れなら、俺は犯罪者プレイヤーになってしまうだろう。

そして容赦ない制裁を受ける事になるな。

 

その時は……御免な……。

 

俺は隣で床に座っているユウキを見やった、ユウキの視線が交錯した。

 

「どうしたの……?」

 

「(ゴメンな)」

 

俺は声を出さず口だけ動かした。

地面を蹴った。

床ぎりぎりの高さを全速で駆け抜け、右手の剣を捻りながら突き上げた。

片手剣、基本突進技《レイジングスパイク》。

威力が弱い技なので、ヒースクリフに命中しても殺してしまうことは無い。

だが、俺の予想通りなら――。

青い閃光を引きながら、ヒースクリフの左側に剣を振り下ろす。

ヒースクリフは咄嗟に左手の盾を掲げ、ガードしようとする。

しかしその動きの癖を、俺はデュエルの時に何度も見て覚えていた。

俺の剣が空中で軌道を変え、盾の縁を掠めてヒースクリフの胸に突き立つ――。

寸前で、目に見えぬ障壁に激突し、同時に俺の腕に激しい衝撃が伝わった。

同時にヒースクリフからシステムカラーのメッセージが表示された。

【Immortal Object】。 不死存在。

俺たちプレイヤーにはありえない属性だ。

静寂の中、ゆっくりとシステムメッセージが消滅した。

俺は剣を引き、後ろに跳んでユウキの隣に着地した。

俺は周囲を見回し言った。

 

「これが伝説の正体だ。 この男のHPバーは、どうあろうとイエローまで落ちないようにシステムに保護されているのさ。 ……不死属性を持つ可能性があるのは……、システム管理者以外有り得ない。 だが、このゲームには管理者は居ないはずだ。 ただ一人を除いて。……この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった……。 あいつは今、何処から俺たちを観察し、世界を調整しているんだろう、ってな。 でも俺は単純な真理を忘れていたよ。 どんな子供でも知っていることさ」

 

俺はヒースクリフを真っ直ぐ見据え、言った。

 

「《他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。 ……そうだろう、茅場明彦」

 

全てが凍りついたような静寂が周囲に満ち、ヒースクリフは無表情のままじっと俺に視線を向けている。

ヒースクリフは俺に向かって言葉を発した。

 

「……なぜ気付いたか参考までに教えて貰えるかな」

 

「……最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。 最後の一瞬だけ、あんた余りにも速過ぎたよ」

 

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。 君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

ヒースクリフは頷き、ほのかな苦笑いを浮かべる。

 

「予定では攻略が95層に達するまで明かさないつもりだったのだがな」

 

ゆっくり周囲を見回し、堂々と宣言した。

 

「――確かに私は茅場明彦だ。 付け加えれば、最上階で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

「……趣味が良いとは言えないぜ。 最強プレイヤーが一転最悪のラスボスか」

 

「なかなか良いシナリオだろう? 盛り上がったと思うが、まさか四分の三地点で看破されてしまうとはな。 ……君はこの世界で最大の不確定因子だと思ってはいたが、ここまでとは」

 

茅場明彦は薄い笑みを浮かべながら肩を竦め、言葉を続けた。

 

「……最終的に私の前に立つのは君と君の隣に座っているユウキ君だと私は予想していたのだ。 全十種存在するユニークスキルの内、《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担う。 《黒燐剣》スキルは勇者の姫に与えられる。 まさか本当に姫が現れるとは思ってもいなかったが……。 それにこの想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな……」

 

その時、凍りついたように動きを止めていたプレイヤーの一人がゆっくりと立ち上がった。

血盟騎士団の幹部を務める男だ。

 

「貴様……貴様が……。俺たちの忠誠を――希望を……よくも……よくも……」

 

両手剣を握り締め、

 

「よくも―――――ッ!!」

 

絶叫しながら地を蹴った。

大きく振りかぶった両手剣が茅場へと―。

だが、茅場の動きの方が一瞬早かった。

素早くウインドウを開き操作したかと思うと、男の体は空中で停止してから床に音を立て落下した。

HPバーにグリーンの枠が点滅している。

麻痺状態だ。

茅場はそのまま手を止めずにウインドウを操り続けた。

 

「キリト……」

 

横を振り向くとユウキも、それに俺以外のプレイヤー全員が麻痺状態になっていた。

俺は手に携えていた剣を背の装備している鞘に収めると、跪いてユウキの上体を抱え起こした。

俺は茅場に声を掛けた。

 

「……どうするつもりだ。 この場で全員殺して隠蔽する気か……?」

 

「まさか。 そんな理不尽な真似はしないさ」

 

ヒースクリフは微笑を浮かべたまま左右に首を振った。

 

「こうなってしまっては致し方ない。 予定を早めて、私は最上階の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つことにするよ。 90層以上の強力なモンスター群に対抗し得る力として育ててきた血盟騎士団。 そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。 だが……その前に……」

 

ヒースクリフは言葉を切ると、俺を見据えてきた。

右手の剣を軽く床に突き立て、高く澄んだ金属音がドーム内に響く。

 

「キリト君、君には私の正体を看破した報奨(ほうしょう)を与えなくてはな。 チャンスをあげよう。 今この場で私と一対一で戦うチャンスを。 無論不死属性は解除する。 私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。 ……どうかな?」

 

俺はユウキに視線を向ける。

 

「……受けるんでしょう……?」

 

「……ああ」

 

「無事に帰ってきてね」

 

「……わかった」

 

俺はヒースクリフに視線を向けてから、ゆっくり頷いた。

 

「……受けてやるよ……。 此処で全て終わらせてやる……!」

 

奴は、己の創造した世界に一万人の精神を閉じ込め、その内の四千人の意識を電磁波によって殺した。

それに奴は、プレイヤーたちが絶望や恐怖にもがく様をすぐ傍で眺めていたという訳だ。

俺は、そんな奴を許すわけにはいかない。

此処で決着をつける!

俺はユウキに優しく声を掛けた。

 

「じゃあ、待っていてくれ」

 

「うん。 約束を忘れないでね」

 

俺は、ユウキの体を床に横たえて立ち上がる。

無言でこちらを見ている茅場にゆっくりと歩みよりながら、背から二本の剣を引き抜く。

 

「キリト! やめろ……っ!」

 

「キリト――ッ!」

 

声の方向を見ると、エギルとクラインが必死に体を起こそうとしながら叫んでいた。

俺はエギルとクラインが居る方向に向き直ると、まずエギルと視線を合わせ、小さく頭を下げた。

 

「エギル。 今まで、剣士クラスのサポート、サンキューな。 知ってたぜ、お前の儲けの殆んど全部、中層ゾーンのプレイヤー育成に注ぎ込んでいたこと」

 

目を見開くエギルに微笑み掛けてから、顔を動かしクラインに視線を向ける。

 

「クライン。 ………あの時、お前を……一緒に連れて行けなくて、悪かった。 ずっと、後悔していた」

 

クラインは再び起き上がろうと激しくもがき、声を張り絶叫した。

 

「て……てめぇ! キリト! 謝ってんじゃねぇ! 今謝るんじゃねぇよ!! 許さねぇぞ! ちゃんと向こうで、メシの一つも奢ってからじゃねぇと、絶対に許さねぇからな!!」

 

俺は頷いた。

 

「解った。 約束するよ。 次は、向こう側でな」

 

右手を持ち上げ、親指を突き出す。

俺は最後にユウキを見詰めた。

俺は胸中で、すまない、と呟き、体を翻した。

俺は茅場に向かって口を開く。

 

「……悪いが、一つだけ頼みがある」

 

「何かな?」

 

「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら――暫くでいい、ユウキが自殺出来ないように計らって欲しい」

 

茅場は頷いた。

 

「良かろう。 彼女はアルゲードから出られないように設定する」

 

「キリトーッ!! もう約束を破る気なの――ッ!!」

 

俺の背後で、涙混じりのユウキの絶叫が響いた。

俺は振り返らなかった。

二刀流での戦闘スタイルなり、剣を構える。

茅場がウインドウを操作すると不死属性が解除された。

奴の頭上に、【changed into mortal object】―――不死属性を解除したというシステムメッセージが表示される。

俺と茅場の間の緊張感が高まっていく。

これはデュエルでは無い。 単純な殺し合いだ。 そうだ――俺は、あの男を――

 

「殺す……ッ!!」

 

言葉と同時に、俺は床を蹴った。

遠い間合いから右手の剣を横薙ぎに繰り出す。

茅場が左手の盾でそれを難なく受け止める。

一気に加速した二人の剣戟の応酬の衝撃音が周囲に響いた。

俺の《二刀流》スキルをデザインしたのは奴だ。

単純な連撃技は全て読まれる。

俺はシステム上で設定された連撃技を一切使わず、奴を倒さなければならないのだ。

ということはソードスキルが使えない。

俺と茅場の剣戟の応酬が続く。

俺と茅場の二人の視線が交錯した。

茅場――ヒースクリフの瞳は冷ややかであった。 人間らしさは、今は欠片も無い。

俺が今相手にしているのは、四千人もの人間を殺した男なのだ。

俺は恐怖してしまった。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

俺は心の奥に生まれた恐怖を吹き飛ばすように絶叫した。

だが、俺の攻撃は十字盾と長剣を操る茅場に全て弾き返されていた。

恐怖が焦りに変わっていく。

 

「くそぉっ……!!」

 

ならば――これでどうだ――!

 

俺は攻撃を切り替え、二刀流最上位剣技《ジ・イクリプス》を放った。

いや、放ってしまった。

茅場は、俺のシステムに規定された攻撃を待ち構えていたのだ。

奴の顔には、勝利を確信した笑みがあった。

奴は、俺を焦らせソードスキルを放つように誘導したのだ。

ソードスキルは途中で止めることが出来ない。

二刀流の大技を放った後は、大きな硬直時間が課せられる。

俺が放つ攻撃は、最後の一撃に至るまで茅場に把握されている。

十字盾に攻撃を放ちながら心の中で呟いた。

 

――ごめん――ユウキ……。 せめて君だけは――最後まで生きてくれ――。

 

27連撃。 最後の左突き攻撃が、十字盾に中心に命中し、火花を散らした。

直後、俺の左手に握られてた《ダークリパルサー》が砕け散った。

 

「さらばだ――キリト君」

 

動きの止まった俺の頭上に、茅場が右手で握っている長剣が高々と掲げられた。

長剣が俺の頭上目掛けて振り下ろされる。

だが立ち尽くす俺の前に、凄まじいスピードで飛び込んで来た人影があった。

その人物は、俺が愛した人であった。

ユウキだ。

麻痺状態によって動けなかったはずの彼女が、俺の目の前に立っていた。

胸を張り、両腕を広げて。

茅場の表情にも驚きの色が見えた。

だが斬撃はもう誰にも止められない。

全てがスローモーションのようにゆっくりと動く中、長剣はユウキの肩口から胸まで切り裂き、停止した。

こちらに倒れてくるユウキに向かって、俺は必死に手を伸ばした。

音も無く、俺の胸の中に彼女が崩れ落ちた。

ユウキと俺の視線が合う、ユウキは俺に向かって微笑していた。

 

「ごめんね……。 ボクが約束を破っちゃったね」

 

ゆっくりと彼女のHPバーが減少していく。

 

「おい……。 うそだろ……」

 

俺は震える声で呟く。

だが、光はどんどん輝きを増していく。

ユウキの全身が、少しずつ金色の輝きに包まれていく。

光の粒が零れ、散っていく。

 

「……キリト、愛しているよ。 永遠に」

 

遂に彼女のHPバーがゼロになり、俺の胸の中でひときわ眩い光が弾け、無数の金色の羽根が散った。

そして、俺の胸の中にはもう彼女はいなかった。

崩れるように両膝をついた俺の右手に、最後の羽根が微かに触れ、消えた。

声にならぬ絶叫を上げながら、俺はその輝きを両手で必死にかき集めようとした。

だが、金の羽根は風に吹き散らされるように舞い上がり、拡散し、蒸発していく。

彼女の命が散った。

茅場は唇の端を歪め、大袈裟な身振りで両腕を広げると言った。

 

「これは驚いた。 麻痺から回復する手段が無かったはずなのに彼女は動き、君を守り、命を散らした……。 こんなことも起きるものかな」

 

だがその声も俺の意識には届かなかった。

あらゆる感情が灼き切れ、暗く、深い絶望の淵に落下し続ける感覚だけが俺を包んでいた。

最愛の人が、俺の目の前で命を散らした。

彼女が最期に残したものは、彼女の愛剣である《黒紫剣》。

俺は左手を伸ばし、それを掴む。

右手には俺の剣、左手には彼女が携えていた片手剣を握り、のろのろと立ち上がる。

背後で、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。

しかし立ち止まることなく、右手の剣を振りかぶり、俺は茅場に剣を突き出した。

二歩、三歩不格好に前進し、剣を突き出す。

技とも呼べない、攻撃ですら無いその動作に、茅場は憐れむような表情を浮かべ――盾で右手に握っていた俺の剣を弾き飛ばすと、長剣で俺の胸を貫いた。

俺は自分の体に深々と突き立った長剣を見詰めた。

視界の右端で、俺のHPバーが緩やかに減少していく。

その時、不意に俺は、かつて感じた事の無い猛烈な怒りを覚えた。

こいつだ。 ユウキを殺したのはこいつだ。

ユウキの体を引き裂き、彼女の命を奪った奴はこいつだ。

俺たちは一体何だ。 SAOのシステムが良しと言えば生き延び、死ねと言えば消滅する、それだけの存在か。

だが、俺のHPバーがゼロになり、視界にはメッセージが表示された。

【You are dead】死の宣告だ。

 

俺の体がポリゴンの欠片となって――四散し――。

 

そうはいくものか。

俺は簡単に死ねないんだ。

まだだ、まだ見える。

俺の胸に長剣を突き刺したままの茅場の顔、その表情は驚愕していた。

本来ならば瞬時に行われるはずの仮想体(アバター)爆散過程までも、ごくゆっくりと感じられる。

各所で弾けるように光の粒が零れて消滅していくが、まだ俺は存在している。

まだ生きている。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

俺は絶叫した。

絶叫しながら抵抗した。

システムの神に。

俺は左手を握り締める。

ユウキの片手剣――それに込められた彼女の意志が感じ取れる。

『がんばれ』と励ます声が聞こえてくる。

ゆっくりと左手が動き始めた。

少しずつ、少しずつ、魂を削りながら持ち上げていく。

遂に、黒く輝く先端が茅場の胸を捉えた。

俺の腕が距離を詰め、茅場の胸を貫く。

音も無く体を貫いた剣を、茅場は目を閉じて受け入れた。

茅場のHPバーが消滅した。

お互いの体を貫いた姿勢のまま、俺と茅場はその場に一瞬立ち尽くしていた。

全ての気力を使い果たし、俺は宙を見つめた。

 

――これで――いいかい……?

 

彼女の返事は聞こえなかったが、彼女の暖かさが俺の左手を包むのを感じた。

俺は、砕けかけていた全身を繋ぎ止めていた力を解き放った。

そして同時に茅場と俺の体が青い欠片となって破砕した。

意識が遠ざかっていく中で、無機質なシステムの音声が聞こえてきた。

 

――ゲームはクリアされました――ゲームはクリアされました――ゲームは……。

 

こうして俺とヒースクリフとの決闘に終止符が打たれた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦

 

気付くと、俺は不思議な場所に居た。

足場は分厚い結晶の板だ。

透明な床の下には、赤く染まった雲が連なりゆっくりと流れている。

どこまでも続くような夕焼け空。

赤金色に輝く雲の空に浮かぶ小さな水晶の円盤、その端に俺は立っていた。

 

……ここはどこだろう。 確か俺の体は無数の破片となって砕け散り、消滅したはずなのに。

まだSAOの中に居るのか……。 それとも本当に死後の世界に来てしまったのか?

自分の体に視線を落としてみる。

黒いレーザーコートや長手袋といった装備類は死んだ時のままだ。

だが、その全てが僅かに透き通っている。

右手を伸ばし、指を軽く振ってみた。

聞きなれた効果音と共にウインドウが出現する。

ということは、此処はまだSAOの内部だ。

だがそのウインドウには、装備フィギアやメニュー一覧が無い。

ただ無地の画面に一言、小さな文字で【最終フェイズ実行中 現在54%完了】と表示されているだけだ。

これはどういうことだ?

ウインドウを消去した時、不意に背後から声がした。

 

「……キリト」

 

今の声が幻でありませんように――。 必死に祈りながらゆっくり振り向く。

赤い空を背後に、俺の最愛の人が立っていた。

彼女も同じように全身が僅かに透き通っていた。

夕焼け色に染まり、輝くその姿は、この世に存在する何よりも美しい。

涙が溢れそうになるのを必死に堪え、俺は如何にか笑みを浮かべた。

囁くように声を掛ける。

 

「ごめん。 ……俺も、死んじゃったよ」

 

「……キリトのバカ」

 

俺の胸の中に飛び込んで来たユウキを優しく抱きしめる。

もう離さない。 何があろうとも二度とこの腕は解かない。

ユウキは俺の胸の中から顔を出し、顔を上げた。

ユウキが俺に声を掛けてきた。

 

「また会えて嬉しいよ」

 

「ああ、俺もだ」

 

ユウキは、首を傾げて聞いてきた。

 

「で、ここどこかな?」

 

「う~ん、どこだろうな?」

 

本当に此処は何処だろう?

 

「ねー、あれ見て」

 

ユウキが視線を向けた場所を見る。

俺たちが立っている小さな水晶板から遠く離れた空一点に―それが浮かんでいた。

円錐形(えんすいけい)の先端を切り落としたような形。

薄い層が無数に積み重なって全体を構成している。

目を凝らせば、層と層の間には小さな山や森、湖、そして街が見える。

 

「アインクラッド……」

 

「うん。 そうだね」

 

間違いない、あれはアインクラッドだ。

俺たちが二年間の長きに渡って戦い続けた剣の世界だ。

 

――鋼鉄の城は――今まさに崩壊しつつあった。

 

記憶に焼き付いた浮遊城の一つ一つの層がゆっくり崩壊していく。

思い出の場所も。

俺とユウキは手を繋ぎ、水晶板の端に腰を下ろした。

 

「全部無くなっちゃうんだね」

 

「そうだな」

 

「なかなかに絶景だな」

 

不意に傍らから声がした。

俺とユウキは声がした方向に振り向く、そこには一人の男が立っていた。

 

茅場明彦だ。

 

今の茅場はヒースクリフの姿では無く、SAO開発者としての本来の姿だ。

白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織っている。

茅場も消えゆく浮遊城を眺めている。

茅場の全身も、俺たちと同じように透き通っていた。

この男とは、数分前までお互いの命を懸けた死闘を繰り広げていたはずなのに、俺の感情は静かなままであった。

俺は茅場から視線を外し、崩れいく浮遊城を見やり、口を開いた。

 

「此処は、どうなるんだ?」

 

「現在、アーガス本社地下5階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置データの完全消去作業を行っている。 後10分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」

 

じゃあ、あの数字が100%になったらこの浮遊城が完全消滅するのか。

 

「あそこに居た人たちは……どうなったの?」

 

ユウキがポツリと呟いた。

 

「心配には及ばない、先程生き残った全プレイヤー、6147人のログアウトが完了した」

 

「……そうか」

 

俺は、茅場の言葉に応じた。

俺は、茅場に聞いてみた。

 

「……死んだ連中は? 一度死んだ俺たちが此処にこうしているからには、今まで死んだ4千人だって元の世界に戻してやることが出来るんじゃないのか?」

 

茅場はウインドウを消去し、浮遊城を眺めながら言った。

 

「命は、そんなに軽々しく扱うべきではないよ。 彼らの意識は帰ってこない。 死者が消え去るのは何処の世界でも一緒さ。 君たちとは――最後に少しだけ話をしたくて、この時間を作らせて貰った」

 

それが四千人を殺した人間の台詞か――と思ったが、不思議と腹が立たなかった。

だから俺は、根本的な、恐らく全プレイヤー、この事件を知った全ての人が聞きたいと思う疑問を問いかけた。

 

「なんで――こんなことをしたんだ……?」

 

「なぜ――、か。 私も長い間忘れていたよ。 何故だろうな。 フルダイブ環境システムの開発を知った時――いや、その遥か以前から、私はあの城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創り出すことだけ欲して生きてきた。 そして……、私の世界の法則を超えるものを見ることが出来た……」

 

茅場は静謐(せいひつ)な光を湛えた瞳を俺たちに向け、すぐに顔を戻した。

 

「子供は次から次へと色々な夢想をするだろう。 空に浮かぶ鉄の城の空想に私が取りつかれたのは何歳の頃だったかな……。 その情景だけは、何時まで経っても私の中から去ろうとしなかった。 年を経るごとにどんどんリアルに、大きく広がっていった。 この地上を飛び立って、あの城に行きたい……。 長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。 私はね、キリト君。 まだ信じているのだよ――何処か別の世界には、本当にあの城が存在するのだと――」

 

「ああ……。 そうだといいな」

 

俺はそう呟いていた。

茅場はゆっくり俺たちに向かって歩き始めた。

 

「……言い忘れていたな。 ゲームクリアおめでとう。 キリト君、ユウキ君」

 

茅場は穏やかな表情で俺たちを見下ろしていた。

 

「――さて、私はそろそろ行くよ」

 

風が吹き、それにかき消されるように――気付くと茅場の姿はもう何処にも無かった。

俺たちは再び二人きりになった。

この世界に留まる時間は余り残っていないだろう。

俺たちは、茅場に与えられた僅かな時間の中に居る。

この世界の消滅と同時にナーブギアの最終機能が発動し、俺たちの全てが終わる。

 

「……お別れだな」

 

「……うん」

 

俺とユウキは再び抱き合い、ユウキ顔を上げ俺の顔を真っ直ぐ見てきた。

 

「最後にキリトの本当の名前を教えてよ」

 

「ああ、俺の名前は桐ケ谷……桐ケ谷和人(きりがや かずと)。 多分先月で16歳」

 

俺は、約二年ぶりに自分の本当の名前を言った。

 

「きりがや……かずと……」

 

一音ずつ噛み締めるように口にして、ユウキはちょと複雑そうに笑った。

 

「ボクの名前はね、紺野木綿季(こんの ゆうき)。 15歳だよ!!」

 

こんの……ゆうき。こんのゆうき。その美しい六つの音を何度も胸の中で繰り返す。

俺は子供のように喉を詰まらせ、両手を固く握り締めながら声を上げて泣いた。

 

「ごめん……ごめんな……木綿季。 ……君を……あの世界に……還せなくて……」

 

言葉にならない。結局、俺は最愛の人を助けられなかった。

 

「いいんだよ……。 ボクは幸せだった。 和人に会えて、一緒に暮らして、一緒に色々な事を経験して、幸せだったよ」

 

木綿季は、笑みを浮かべ言ってくれた。

 

俺は、涙を流しながら言った。

 

「俺も幸せだったよ」

 

俺と木綿季は最後のキスし、固く抱き合い、最後の時を待った。

 

「愛しているよ。 和人」

 

「愛しているよ。 木綿季」

 

俺たちは魂が溶け合い、一つになり、この世界から消えていった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦

 

俺の意識は何処かの世界で目を覚ました。

ここは何処だ……?

俺はもう一度瞼を閉じ、再び開く。

目に大量の液体が溜まっていた。

涙であった。

涙は、後から後から湧き出てくる。

俺は泣いていた。

強すぎる光に目を細めながら、如何にか涙を振り払う。

俺は周囲を見回して見た。

今気付いた。

柔らかい物の上に横たわっている。

ジェル素材のベットだ。

上には天井が見える。

此処はアインクラッドでは無い。

体のあちこちに、色々なコードに繋がれていた。

つまり、此処は現実世界。

還って来たのか……。

 

「あっ」

 

俺は思わず声を上げた。

二年間使われなかった喉に鋭い痛みが走る。

俺が目を覚ましたということは、彼女も目を覚ましたはずだ。

 

「木……綿……季……」

 

俺が愛し、妻とし、あの世界で一緒に思い出を作り、最後の終焉まで一緒だった少女は…。

頭を覆っていたナーブギアを両手の力を振り絞り外す。

ドアの向こうでは慌しく行き交う足音、キャスターを転がす音が聞こえてきた。

此処の病院で眠っていたSAOプレイヤーたちが目を覚ましたのか。

俺は必死に上体を起こした。

体に絡みついていたコード類は、力を振り絞り無造作に外した。。

俺は点滴の支柱を握り締めた後、床に足を付け立ち上がった。

点滴の支柱に体を預けて、俺はドアに向かって最初の一歩を踏み出す。

 

俺が愛した彼女を探す為に。

 

SAO編 ~完結~




アスナさん、ランちゃん。 マジですいません!!

今回一回も出てないような……。

タイトル変えようかな……。

なんか、ころころタイトル変えているよね。

マジすまん。

あと、今まで観覧してくださったみなさまのおかげでSAOが完結出来ました。

ありがとうございます!!

ご意見、ご感想よろしくお願いします!!

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