さくら荘の空太君が開き直った様です。《完結》   作:こいし

27 / 31
青山が倒れて空太も倒れたって事は、ましろ当番の行方はどうなるんですかねー。


神田空太の認識

「……はぁ……」

 

 神田空太が眼を覚ましたのは、翌日の朝だった。朝が早いことから、空太は基本的に寝起きが良い。起きてすぐに鮮明に働く頭を使って、眠る前のことを思い出した。

 ただの過労とはいえ、倒れるほど動いているつもりはなかった。他の人が普通にやっていることだと思い込んでいた。寧ろ、天才達ならばもっとやっているのだろうとさえ思っていた。

 

 だが違った。自分はやり過ぎな程頑張っていたらしい。

 

「面倒面倒言ってて……笑えるな―――ん? ……ましろ」

 

 空太はそんな自分に嘲笑しながら、身体を起こす。すると、自分の太ももの上に毛布越しの重みを感じた。視線を落としてみると、そこには椎名ましろが眠っていた。どうやら、一晩中ずっと看ていてくれたらしい。好きな人にここまでして貰えるとは、中々俺も幸せ者だなぁ、と思いつつ、空太は嘆息する。

 

 そこまで考えて、空太は眼を閉じた。

 頭に思い浮かぶのは、少し前までの様々なことだ。本気を出すと約束したこと、ましろが漫画家デビューしたこと、青山がさくら荘に来たこと、ましろ当番が代わったこと、青山が倒れたこと、ましろに『好きな人』から手紙が来たこと、病気に魘される青山を発表会に連れて行ったこと、そして、自分自身が倒れたこと。

 なんだか少しの間に色々と起こっている。しかし、気絶する前はそんな様々なあれこれに苛まれていたというのに、今は酷くすっきりしている。精神的に整理が着いたというべきか、それとも考えることを放棄したのか、それは空太自身も分からない。

 

 でも、今も確かに空太はましろが好きであるし、『好きな人』からの手紙を気にしている。才能とか天才とか考えるのは面倒だし、頑張ることだってしたくない。だがそれでも、空太の世界には色が付いていた。灰色の世界には、鮮やかな色彩が確かにあった。

 

「………ん……空太……?」

「よ、ましろ。良い朝だな」

「空太……大丈夫?」

「……大丈夫だよ、心配するな」

「……私のせいだもの」

 

 ましろがしゅんとした様子でそう言う。空太はそんなましろを見て心底面倒そうに溜め息を吐いた。そして、自分を見上げてくるましろの頭に手を乗せて、くしゃくしゃと撫でる。

 ましろは髪の毛が乱れる事も気にせず困惑した表情を浮かべた。

 

「あのな、俺が倒れたのは俺の責任だ。そもそも、ましろ当番程度で倒れるほど俺は柔じゃない」

「でも……」

「俺の認識が甘かったんだ。ましろ達はもっとずっと高みにいる存在だと思ってたから、俺のやってることなんて大したことないと思ってたんだ」

「空太は凄いわ」

「そうだな、俺のやってたことはましろ達から見ても異常だったんだ」

 

 異常だと、知った、思い知った。空太は苦笑する。

 だから、もう間違えない。自分がどういうことが出来て、どこまで出来る人間なのかを。空太は少しだけ嬉しかった、思ったよりも自分の出来ることは多かったことが。

 

「なぁましろ」

「何?」

「あの手紙の人ってさ、どういう人なんだ?」

 

 だから、まずはそこから始めることにした。決着を付けることにした。あの手紙の男がましろにとって本当に好きな相手ならば、諦めようと思った。だが、もしもましろの言う『好き』が恋愛的な意味でないとすれば、空太にもまだチャンスはある。

 勇気とか根性とか、空太にとっては欠片も持ち合わせていないものだった、しかし今だけはほんの欠片程の勇気を持って、空太は自分の意志で一歩、足を前に出した。

 

 はたして、ましろの答えは―――

 

 

「……アデルは私の絵の先生よ」

 

 

 後者だった。

 空太はそれを聞いて、安心感からか脱力する。

 

「絵の、先生……何歳だその人……」

「七十歳」

「………くはっ! あははははははっ!」

 

 空太はなんだか可笑しくなってきて思わず吹き出してしまった。自分は七十歳の老人に対して嫉妬していたのか、ましろが好きな人と言ったからといって、少し早計過ぎている。そう考えるとそんな自分が可笑しくて、もう笑うしかない。

 ましろがきょとんとした表情で見上げてくるが、それも気にならない程、今の空太は晴々した気分だった。

 

「はぁー……そっか」

「空太……嬉しそう、何かあった?」

「ああ、あったよ。ありがとな、ましろ」

「そう……」

 

 空太の言葉に、ましろはほんの僅かな微笑みを浮かべた。

 

 空太は自分の身体をぐいっと伸ばして、ベッドから降り、立ち上がる。ましろもつられてゆっくりと立ち上がった。

 

「さて……と、それじゃ適度に頑張りますか」

「空太」

「大丈夫だ、今回みたいに倒れる程じゃないよ」

「おなか減った」

「はぁい台無しぃ↑」

「空太」

「はいはい……飯にしようか」

「うん」

 

 空太はそう言って笑う。その表情はなんだか、今までになく空太らしい不敵な表情だった。

 ましろは、部屋から出ていく空太を見おくりながら、微笑んだ。そして、誰にも聞かれないような声音でぽつりとつぶやいた。

 

「今の空太………綺麗な空色をしてる」

 

 ましろは気持ち嬉しそうに、空太の部屋を出て、空太の背中を追った。

 

 




覚醒空太、更に進化します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。