「まったく、レミリアの奴どこ行ったのよ」
授業を終えた私は、詰まらないと一言残し教室を抜け出した自身の使い魔を探していた。
あの掴み所の無い吸血鬼は一体どこに行ったのか。その小さな姿を探して学院内を歩き回っていても、彼女の行方は杳として知れなかった。
「ルイズじゃないか。どうかしたのかい?」
「何よギーシュ」
「おっと、そんなに怖い顔で睨まないでくれたまえ。なにやらしょぼくれた顔が見えたから声を掛けたまでだよ」
「悪かったわね、しょぼくれた顔で」
主立った場所は一通り探し回って、食堂へと戻った私にギーシュが声を掛けてきた。
言葉を返す私に彼は肩を竦める。
「ミス・スカーレットは一緒じゃないのかい? たしか授業には一緒に出ていただろう?」
「その授業に飽きたって教室から抜け出したっきり戻ってこないのよ。レミリア所かシエスタも見つからないし。いったい何処にいるのよ!」
「この学院もかなり広いし、予め落ち合う場所を決めておかないと一日会えないことも珍しくないからね。ところでシエスタとは誰のことだい?」
「……あんたがレミリアとやり合った日にこの食堂でいちゃもん付けてたメイドよ」
「ああ、彼女か。そういえば名前を聞いていなかったな。そうか、シエスタというのか。覚えておくとしよう」
しきりに頷く彼に、私は視線を送る。
「それで、私に一体何の用?」
「おっと、忘れるところだったよ。マリコルヌが君を捜していてね。それを伝えておこうと思ったのだよ」
「あの風邪っぴきが?」
「ルイズ、彼の二つ名は『風上』だよ。そんなことを言ってはマリコルヌに失礼じゃないか」
「分かってるわよ。あいつが私に一体何の用なのよ?」
「さあ、僕も用件までは聞いていなくてね。そこまでは分からないのだよ。では僕はここで失礼するよ。モンモランシーとケティの二人と寄りを戻して付き合うことになってね。これから二人とお茶の予定なのだよ」
「また二股かけようっての?」
「いいや、彼女達も納得の上だよ。その上で二人と付き合う事を認めてもらったのさ」
そう言って鬱陶しいくらい爽やかな笑みと共に去っていく彼を冷ややかに見送り、私はレミリアの探索を再開した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それからまたしばらく学院内を探し回り、一向に見つからない使い魔を探すのを諦め部屋に戻ろうかと思い始めた頃、廊下の角で出てきた人影とぶつかり私はその場に尻餅をついた。
「痛いわね。一体何なのよ!」
「申し訳ありません、ミス・ヴァリエール。お怪我は?」
そう言って手を差し出したのは、眼鏡を掛けた緑の髪の女性だった。
「少々先を急いでおりまして、大丈夫でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。ミス・ロングビル」
その手を取り立ち上がると、私はスカートに付いた埃を払う。
申し訳なさそうに私を見るオスマンの秘書の手には胸元に抱えるようにして数枚の書類があるのが見て取れた。
「では、申し訳ありませんが先を急いでおりますので」
そうして彼女は私に怪我が無いのを確認すると、足早にその場を後にした。
「おや、ミス・ヴァリエール。こんな所で一体どうしたのですか?」
「ミスタ・コルベール」
ロングビルが立ち去り、後を追うようにして廊下の角から姿を見せたのは、学院一の変人と噂される人物だった。
「今し方ミス・ロングビルとぶつかりまして」
「それはいけない、怪我は無かったかね?」
「はい、怪我はありません」
「そうですか、それは良かった」
笑みを浮かべ頷くコルベール。
そして私は彼の手に鍵の束が握られているのを目にする。
「ミスタ・コルベール、それは?」
「ああ、ミス・ロングビルが宝物庫の整理をするために目録を作りたいと言うのでね。彼女の付き添いでこの先にある宝物庫の中を案内していたんですよ。それで今はこれを戻しに行くところです」
「そうだったんですか」
学院の宝物庫という言葉に好奇心が疼くけれど、言ったところで入れてもらえるわけなんて無いので私は頷くのみに留める。
「あ、そうでした。ミスタ・コルベール、レミリアを見ませんでしたか?」
「ミス・スカーレット? 彼女なら昼頃に私の部屋で少し話をしていたが、どうかしたのかね?」
「授業を抜け出したっきり戻ってこないので探しているんです」
「寮の自室は見てみたかね? 私との話を終えた後、部屋に戻ると言っていたから、もう戻っているかもしれないよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
彼の言葉に一つ頭を下げ、私は自室へと急いだ。
「あら、ルイズ。遅かったわね」
自室の扉を開けると、そこには椅子に腰掛けティーカップを傾けつつテーブルの上に置かれた本を開いているレミリアの姿があった。
「遅かったわね。じゃないわよ! 勝手に教室からいなくなって、私がどれだけ探し回ったと思ってるのよ!」
彼女に詰め寄り、私はテーブルを叩く。
けれど、それに動じること無くレミリアは紅茶を口に運ぶ。
「詰まらなかったのだからしょうがないでしょう。延々教師の自慢話を聞かされているよりは、こうして本を読みつつ文字の勉強をしている方がよほど有意義だわ」
「だからって、レミリアは私の使い魔でしょう! 少しはご主人様の顔を立てようとか思わないわけ?」
「ルイズ」
ティーカップをソーサーに置くと、レミリアは視線を私へと向けた。
「最初に私は言ったはずよ。あなたを主として認めない限り、私は従うつもりは無い、と。ならば、あなたがしなければいけないことはこうして私に詰め寄る事よりも、主として相応しい態度を私に示せる様努力する事ではないかしら?」
「うるさい、うるさい! あんたは私の使い魔よ! なら、使い魔らしく大人しく私に従っていればいいのよ!」
「喚くな小娘」
底冷えするような声が耳朶を打つ。恐怖が私をその場に縛り付ける。
「何を勘違いしているのか知らないけれど、私はただあなたの使い魔になってやっているのよ。その気になれば、何時でもその首を落としてこの気持ちの悪い束縛から自由の身になることだって出来るわ」
いつの間にか目の前までやってきたレミリアの手が首へと延びる。
紅い瞳が私を見つめている。まるで取るに足らない虫を見るように。
首に添えられた手にじわりと力が込められる。
「不快ね。不快だわ。こんな小娘に、この私がただの気まぐれで使い魔になった程度でどうにか出来ると思われていることがたまらなく不快だわ。ねえ、今すぐこの場で死んでみる、ルイズ?」
私よりも細いその腕で、私を軽々と持ち上げた。
「ガ、アッ」
更に増す力に死を覚悟しながら、私はレミリアを、自身の使い魔を睨みつける。
悔しくて、悔しくて、どうしようもなく悔しくて。涙で視界を滲ませながら。
「何をされているのですか!」
声と共に突然ドアが開き、足音が室内に響いた。
私とレミリアの間に身体ごと潜り込ませるようにしてメイドが割り込む。
私の首から手が放れ、途端私の意志とは無関係にせき込み空気を求め荒い呼吸を繰り返す。
「大丈夫ですか、ミス・ヴァリエール?」
気遣わしげに私を見るシエスタに、身振りで無事を伝える。
「まったく、後少しでこの鬱陶しい束縛から解放されて自由の身になれるところだったというのに」
大きく息を吐き出して、レミリアは開け放たれたままの扉へと向かう。
「レミリア」
その背中に声を掛ける。
「私は絶対、あんたを従わせるわ。今に見ていなさいよ、吸血鬼」
「吠えたわね。なら今暫くはその命、預けておくわ。死ぬ気でやってみなさい、小娘。シエスタ、少し出掛けて来るわ」
その紅い瞳を細め、彼女はそう口を開くと部屋を後にした。
「一体何があったのですか、ミス・ヴァリエール」
「何でも無いわ。ただレミリアと喧嘩になっただけよ」
「もう少しで殺されそうだったことが、ただの喧嘩で済むはず無いじゃありませんか!」
「シエスタ」
更に何か言いたげなメイドの言葉を遮る。
「今のは私の八つ当たりよ。そう、ただの八つ当たり」
シエスタにではなく、むしろ自身に言い聞かせるように呟き、私は立ち上がる。
「ミス・ヴァリエール、どちらへ? もうすぐ日が沈みます」
「とにかく、今は一人にしてちょうだい。……すぐ戻るわ」
返事など聞かずに部屋を後にする。
向かう先は決まっていない。ただ一人になりたくて、私は足を動かしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ふらふらとさ迷い歩いて、私がたどり着いたその場所は学院内にある林の中だった。
月明かりに照らされたそこは小さな広場になっており、辺りの木々の表面は皮が剥け、所々に焦げたような跡も見て取れる。
秘密の訓練所。
私が見つけ、勝手にそう呼んでいる。
この場所で私は毎日のように魔法の練習を繰り返していた。
いくら馬鹿にされようとも、魔法が使えるようになる事を信じてひたすらにこの広場で訓練を続けた。
近くの石に腰掛ける。
けれども、どれだけ練習を重ねても起こるのは爆発ばかり。
成功した事なんて片手で足る程度しかない。それも全てコモンマジックの類ばかり。
マントの下のホルダーから杖を引き抜く。
私の口が呪文を紡ぐ。精神を集中し唱えたのはライトの呪文。
杖を振り上げる。
直後、発現したのは周囲を照らす明かりではなく、爆発音と閃光だった。
私にとってはとっくに馴れてしまった現象。そして、それは今なお私を苦しめる。
新たに出来上がった木々の傷跡を前に膝を抱え、そこに顔を埋める。
「情けない。私は由緒あるヴァリエール公爵家の末娘よ。貴族はこんな、こんな……ことで……」
練習の際自身を鼓舞する為に口にするいつもの言葉はしかし、最後まで紡がれることは無かった。
替わりに吐き出されたのは嗚咽と涙。
「もう、もうイヤよ、こんなの……」
メイジの実力を知りたければ使い魔を見れば分かる、という言葉がある。
誰が言い出したのか、使い魔はメイジの持つ潜在的な強さに比例して呼び出される存在が変わる。らしい。
何の根拠も無いただのデタラメだ。
ゼロのルイズ。
ゼロ。魔法の成功率が限りなくゼロに近いため、私はそう呼ばれている。
そんな私でも成功を納めることが出来たのがあの魔法だった。
サモン・サーヴァント。
そして、その魔法で呼び出されたのがレミリア。
恐れられる妖魔の上位に位置する吸血鬼。
彼女がどういう存在なのかを知った時、私は内心喜んだ。喜んでしまった。
これで私を馬鹿にしてきた周囲の連中を見返してやることが出来ると。
けれど、結局彼女は私の従うこと無く好き勝手に行動し、私の意にそぐわないことばかりしている。
私の使い魔なのに。私だけの使い魔のくせに。
悔しくて、悔しくて、涙が溢れる。
自分自身が情けなくて、涙が溢れる。
どれだけ使い魔が優秀であろうと、結局私自身が変われるわけではないのだ。
そして、私は声を上げて泣き続けた。
がさがさと背後の茂みから音がしたのは、暫くそうして涙も枯れ始めた頃だった。
その音に、私は杖を構えて立ち上がる。
「うわ! 待って待って!」
焦った様子で茂みから飛び出してきたそいつは、金の髪の全体的に丸い少年だった。
「……マリコルヌ、あんた見たわね」
「ひぃ! み、見てない、見てないから!」
杖の先を突きつける私に、彼は必死に首を横に振る。
「嘘付くんじゃないわよ」
「う、嘘じゃない。本当に今来たばかりなんだから。ルイズのことを探してて、それでこの場所を見つけて」
ひとまず杖を下げると、彼はあからさまにほっと息を吐き出した。
「それで、一体何なのよ」
腕を組み彼に視線を送ると、途端視線をさ迷わせた。
「あー、その、なんだ」
そのはっきりとしない様子に再び杖の先を向ける。
「ちょっ、わかった。ちゃんと言うから!」
「まったく、早くしてよね」
再度杖を下ろした私に彼は深呼吸を繰り返すと、こちらへと視線を向けた。
「ルイズ。いや、ミス・ヴァリエール。僕、いや、私と付き合っていただけないでしょうか」
とても真摯な顔で、彼はそう言葉を紡ぐ。
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
ツキアウ?
「え?」
彼の顔をまじまじと見れば、その表情はやはり真剣そのもの。
「それ、本気で言ってるの?」
「もちろんだとも」
改めてその姿に目を向ける。
「マリコルヌ」
「なんだい?」
「まずはその体型を何とかしてきてちょうだい」
彼は膝から崩れ落ちた。
そうして涙を流すマリコルヌに居心地の悪さを感じて、私は踵を返し。
「……何してるのよ、あんた達」
草むらから覗く二対の視線と交錯した。
「もう、ルイズったら付き合えばいいじゃない。彼は私の趣味じゃないし、取ったりなんてしないわよ?」
「この、いけしゃあしゃあと!」
草むらから這い出てきたキュルケとタバサに拳を振り上げる。
「きゃあ怖い!」
「私は関係無い。キュルケに連れてこられただけ」
「ちょっとタバサ、一人だけ逃れようとしてるんじゃないわよ!?」
「待ちなさいあんた達!」
逃げようとする二人を追いかけようとしたところで、私とキュルケの間にタバサが杖を割り込ませた。
「一体何の真似よ?」
「待って、校舎の方の様子がおかしい」
彼女の言葉に木々の間から覗く校舎へ目を向けると、何か巨大なものが形成されようとしていた。
「何あれ!」
そして、瞬く間に完成したそれは人型の土で出来たゴーレムだった。
ただしその大きさは恐らく十メイルを超えているだろう。
ゴーレムが腕を振り上げ、塔に拳を叩きつける。
ある程度離れているこの場所にも届くほどとんでもない音が辺りに響く。
「あそこって確か」
「宝物庫のある場所」
「それじゃあ、泥棒!?」
「大変じゃない!」
私は一歩踏み出す。
「ちょっと、何処行くのよルイズ!」
「決まってるじゃない、止めに行くのよ」
「あの大きさよ。何も出来るわけ無いじゃない。ましてやあなたの失敗魔法じゃ」
「うるさい、それでも私は逃げちゃいけないのよ! それが貴族ってものでしょう。黙って指をくわえて目の前の悪を見逃す気なんて私には毛頭無いわ」
「ルイズ、あなた」
「僕も付き合うよ、ルイズ」
いつの間に近づいたのか、マリコルヌが私の隣に立つ。
「私の我が儘で意地でしかないのは自覚しているわ。無理に付き合う必要なんて無いのよ、マリコルヌ」
「婦女子を守るのは男の勤めだろ。一人でなんて行かせられないよ」
そう言うと、彼は笑みを向ける。
その姿に息を一つ吐き出す。
「それで、膝が笑っていなければ格好が付いていたかもしれないわね」
「は、ははは、何を言っているんだい、ルイズ」
「あなた達」
「相手は、たぶん土くれのフーケ。それでも行く気?」
タバサの言葉に頷く。世間を騒がせている怪盗だろうが何だろうが関係無い。
それを確認して、彼女は私の隣に立った。
「タバサ、あなたまで」
「二人だけじゃ心配だから」
「……あーもう分かったわよ、私も行くわ! だけど、適わないって分かったらさっさと逃げるからね!」
そうして私達を一瞥して、キュルケはそう叫んだのだった。
To be next?
投石準備できた人、手挙げて。覚悟はできてる。