「そこのあなた。黒髪の」
「はい?」
廊下の掃除のために箒を片手に歩いていた私は幼い声に呼び止められた。
振り向くと、そこにはドレスを身に纏った百四十サントほどの背丈の少女が立っていた。
「あなた、掃除は出来るかしら?」
「は、はい」
儚げな印象を与える姿にそぐわない、血のように紅い瞳が私を見据えている。
入学したばかりの貴族?
この学院で使用人として働いている以上、この学院の生徒。つまりは貴族の名前と顔は自然と把握できるようになる。
けれど、目の前の彼女を私は見た覚えが無かった。
「あらあなた、今朝紅茶を持ってきたメイドね。紅茶美味しかったわ。あなた、名前は?」
「あ、し、失礼いたしました。私、シエスタと申します!」
そこまで言われて私は思い出す。
今朝食堂で私を呼び止め、紅茶を頼んできたのが彼女だった。
「私はレミリア・スカーレット。ここでは使い魔なんてしているわ」
「え、使い魔ですか?」
目の前の彼女は優雅な立ち居振る舞いで、威張り散らしているだけの貴族よりも余程貴族らしく見えた。
そこで私は使い魔召喚の儀式で『貴族の人』が召喚されたという噂があったことを思い出した。
「そうよ。そうは見えないかしら?」
「は、はい。失礼ながら。って申し訳ありません! 貴族様になんて失礼な態度を」
「ふふ、はっきり言うわね。私が貴族ということはもう知られているのね。そこまで気にしなくても良いわ。ここでは私は一使い魔だもの。礼を失する事さえしなければ気にしないわ」
「も、申し訳ありません!」
小さく笑った少女に頭を下げる。
「いいわ。それより、これから掃除をしなければならないのだけれど、私は掃除なんて出来ないから手伝ってもらいたいの」
「承知しました。それならお手伝いいたします」
「それじゃ、こっちよ。付いてきてちょうだい」
私の言葉に一つ頷いた彼女は先を歩き出す。
そうしてその小さな背を追って、目的地を目指した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これはまた随分と……」
私はその教室の惨状に目を丸くした。
頑丈なはずの机は無惨に壊れ欠片が辺りに散乱し、割れた窓ガラスもそこかしこに散らばっていた。
一体どうしたらこんな惨状が出来上がるのか、私には想像も出来なかった。
「連れてきたわ。さあ、始めるわよルイズ」
ミス・スカーレットが椅子に座り込み、ただ一人教室に残っていた女子生徒に声を掛ける。
「何で私がこんな事しなくちゃいけないのよ」
「自身で起こした不始末は、自身で責任を持って始末を着けるものよ。ましてや人の上に立つべき貴族がそのような態度は感心しないわね」
ふてくされたように顎に手をあてているピンクブロンドの少女に、ミス・スカーレットはため息を吐いた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
彼女については知っている。おそらく、この学院で彼女のことを知らない者を探す方が難しいだろう。
ゼロのルイズと揶揄されるメイジ。
扱う魔法のことごとくが失敗し、成功率はゼロ。故にゼロのルイズ。
メイドとして給仕等の職務をしていれば、よく彼女の噂を耳にする。
「……わかったわよ」
渋々といった体で立ち上がった彼女は、傍らの机に立て掛けてあった箒に手を伸ばした。
「私の使い魔のくせにあんたは手伝う気は無いのね」
「あら、ちゃんと手伝いは連れて来たじゃない」
ミス・スカーレットが私を指す。
「私が壊したわけではないもの。さあ、さっさと始めないと昼食に間に合わなくなってしまうわよ」
そう言うと、彼女は近くの壊れていない机に腰掛けた。
主に任せて本当に手伝うつもりは無いらしい。
使い魔ってこういうものなのかしら?
他の使い魔と主人の関係を詳しく見たことが無いから分からないけど、私が口を出しても良い問題でも無いので、静かに教室内の掃除を始めることにした。
「ところでルイズ」
「何よ」
掃除を始めてしばらく経った頃、ミス・スカーレットが口を開いた。
「授業の時に聞いた質問のことだけど」
「今忙しいの、後にして」
「あら、今は授業中でも無いただの掃除中でしょう。手を動かしながらでも口は動かせるわ」
「……分かったわよ。それで、何が聞きたいわけ?」
「そうねえ、まずはトライアングルやらスクウェアといった概念からかしら」
「系統を足せる数によって、メイジのレベルが決まるという事は話したかしら?」
「そこだけは聞いたわね」
足をぶらぶら揺らしつつ答えるミス・スカーレット。
「それじゃ、最初から説明した方がいいわね。授業で先生が話していた系統については覚えている?」
「土・水・火・風、それと失われた系統の虚無の五つだったわね」
「その通り。ただ、虚無については今は使える者がいないから除外するわ。だから、虚無を除いた四つの系統で、一つの系統しか使えない者を『ドット』、二つの系統を足せる者を『ライン』、三つの系統を足せる者を『トライアングル』、四つの系統を足せる者を『スクウェア』と呼んでいるの」
「へえ、図形を象る呼び方をしているのね」
「あなた名前は?」
「え、あ、申し遅れました。私はシエスタと申します」
「そう、シエスタ。私のことはヴァリエールとでも呼んでちょうだい。この壊れた机を運ぶからそっち側を持って」
「はい、承知いたしました。ミス・ヴァリエール」
ミス・ヴァリエールと協力して壊れた机を教室の隅へと運んでいく。
「系統を足せると何かあるの?」
「足された分だけ扱える魔法が強力になるのよ。例えば、ラインのメイジ二人が火の系統魔法を使った場合『火・火』と系統を足せるメイジと『火・風』と系統を足せるメイジとでは同じ火の系統魔法でも明確に威力に差が出るのよ。でも『火・火』のメイジは火の系統魔法を使う場合は足すことの出来る火の力が多いから強いけれど、他の系統魔法の風の系統魔法を使う場合風の系統を足すことが出来ないから『火・風』のメイジの方が強力な魔法を扱える事が出来るの」
「つまり、同じレベルのメイジでも自身の足すことの出来ない系統では他の系統の足すことの出来るメイジに比べると劣るということかしら?」
「そうよ。一応自身の足せる系統以外の系統魔法も扱うことは出来るけれど、その場合は威力も最低レベルのものになってしまうわ」
ガラスの割れた窓枠を外しながらミス・ヴァリエールの話に耳を傾ける。
結局の所、メイジのレベルなんてものは魔法を使うことの出来ない私達平民からすれば、ドットもスクウェアも等しく脅威となりえる存在でしかない。
魔法一つ使われれば、私達平民が束になっても勝つことなんて出来ないのだから。
「シエスタ、ここにいたのか」
突然の私を呼ぶ声に驚いて振り返る。
見れば教室の入り口の前に私と同じ黒い髪の少年が立っていた。
「ヒリガルさん。どうしました?」
「マルトーさんが探してたんだよ。そろそろ配膳の準備の時間だろ」
「あんた突然何よ」
「うわ! 他にも人がいたのかよ。げ、貴族様」
「その貴族様相手に随分なものの言いようじゃない」
「申し訳ありません。わたくしはそちらのシエスタの同僚のヒリガルと申します。そちらのシエスタを探しておりまして、彼女をお借りしてもよろしいでしょうか?」
直ぐに居住まいを正すと彼はミス・ヴァリエールに一礼し、私を指す。
「いいわよ。代わりにガラスの割れた窓枠の交換をしていってちょうだい」
「ちょっとレミリア! 何勝手に」
「ルイズ、彼女にも都合があるわ。私達の勝手でそこまで振り回すものではないわよ。ここまで付き合ってくれたのだもの、十分じゃないかしら」
不機嫌そうに声を荒げるミス・ヴァリエールに、ミス・スカーレットが言葉を掛ける。
「窓枠の交換ぐらいお安いご用です。確かにご婦人方にはちょっときつい作業でしょう。任せてください」
「ほら、彼もこう言っているんだもの。ミスタ、名は? 私はレミリア・スカーレットよ」
「ヒリガルと申します。ただの平民ですから、どうぞヒリガルとお呼びください。ミス・スカーレット」
「では、ヒリガル。頼んだわよ」
「承りました。シエスタ、ここは俺が変わるから君は早くマルトーさんの所に行ってきな」
「分かりました。そしたらここはお願いします」
「任された」
笑って親指を立てるヒリガルに軽く頭を下げて教室を出る。
「待ちなさい、シエスタ」
入り口を一歩出たところでミス・ヴァリエールに呼び止められ、振り返る。
「礼くらいは言っておくわ。ありがとう」
彼女の言葉に私は静かに頭を下げて教室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おお、来たかシエスタ」
「遅くなってすみません、マルトーさん」
「来て早々悪いが頼んだぞ」
「はい」
アルヴィーズの食堂の厨房に駆け込んだ私は、他のメイド達と一緒に食堂のテーブルを濡らした布巾で拭いていき、燭台や花といった調度品を置いていく。
それらの準備を終えた頃、続々と学院の生徒達や教師の面々がやってきてそれぞれ席に着いていく。
「シエスタ」
「ヒリガルさん」
準備を終え、厨房で料理が出来上がるのを待っている私に教室での用事を終わらせたのか、ヒリガルが声を掛けてきた。
「教室の方は終わったんですか。ってどうしたんですかその怪我!?」
見れば、彼の右手には真新しい包帯が巻かれていた。
「ああ、窓枠を外す時に欠片で少し切っちゃったんだよ。大した傷じゃないんだけど、あのレミリアって子が手当してくれてね。見た目ほど酷くもないよ」
「それは良かったわ。でもレミリアって、彼女貴族よ。ほら、使い魔召喚の儀式で人間の貴族が召喚されたって噂があったでしょう?」
「げ、マジで? 失礼な事してなかったかな、俺」
「随分と寛大な人だったから、よっぽど失礼なことをしていなければ大丈夫じゃないかしら」
「おい、ヒリガル! そんなところで油売ってないで戻って来たんならお前もこっち手伝え!」
厨房から怒鳴るようなマルトーさんの声が聞こえ、それにヒリガルは肩を竦める。
「おっと、マルトーさんの雷が落ちる前に俺も仕事に戻るとするかね。じゃあな、シエスタ」
軽く手を挙げて厨房の中に入っていく彼を見送って、私は出来上がった料理の配膳を始めることにした。
それは料理を運び終え、デザートのケーキを一つづつ貴族達に配って回っていた時のことだった。
「あの、こちら落とされましたよ」
その時、私は足下に転がってきた小瓶を一つ拾い上げた。
それをテーブルの上に置くと、金色の巻き髪にフリルの付いたシャツを着たメイジは苦々しげに私を見つめ、その小瓶を押しやる。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
「おお? その香水は、もしやモンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「なあギーシュ、その香水お前のポケットから落ちたものだろ? それってつまりお前は今、モンモランシーと付き合っているってことだろう?」
「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが」
口々に騒ぎ立てる周りのメイジ達に、ギーシュと呼ばれた彼は何かを言い掛けたときだった。
彼の後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、彼の席に向かって歩いてきた。
「ギーシュさま……」
栗色の髪をした、可愛いらしい少女は彼の前まで来るとボロボロ泣き始める。
あまりの展開に私も付いていけず、どうしたものかとその場で戸惑ってしまう。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解しているんだ、ケティ。僕の心の中に住んでいるのは君だけ……」
しかし、ケティと呼ばれた少女は思いっきり彼の頬をひっぱたいた。
「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」
そうして、少女は泣きながらこの場から走り去る。
すると、今度は遠くの席から巻き髪の少女が立ち上がりいかめしい顔つきで彼の席までやってくる。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」
どうやらこの男は二股をかけていたらしい。
目の前の少年は首を振る。冷静な態度を装っていても、額を伝う冷や汗は隠し切れていない。
「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」
そうして、少女は彼が何か言う前にテーブルに置かれたワインの瓶を掴むと、中身をどぼどぼと彼の頭の上からかけた。
「うそつき!」
怒鳴ると彼女は去っていく。
後に残ったのは沈黙だった。
「待ちたまえ」
「何でしょうか」
そうして、巻き込まれる前にとその場を立ち去ろうとした私を彼が呼び止めた。
「君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
二股をかけていたのが悪い。そう言えればいいけれど、生憎と相手は貴族で、そんな事を言おうものなら不敬罪でこの場で殺されてしまう可能性もあるのだ。
何も言えない私に彼は更に言葉を投げかけようとしたその時だった。
「それは、あなたの甲斐性が無かっただけではないかしら、ミスタ?」
聞いたことのある幼い声に、私は思わず振り返る。
そこに立っていたのは使い魔であり、貴族である少女だった。
「なに?」
「二股だろうと何だろうと結構よ。複数の相手を愛せるほどの甲斐性と器を示してこその男というものよ。そうでしょう、ミスタ? あなたはそれに失敗した。自身の矮小さを認めたくないから彼女に八つ当たりをする。みっともない。浅ましいわね」
「随分と虚仮にしてくれるじゃないか、お嬢さん。ああ、君はあのゼロのルイズが呼び出した貴族のご令嬢だったな。そのものの言い様、君は本当に貴族かい? 平民と言われる方が余程しっくりとくるよ。やっぱりルイズは召喚に失敗して、何処からか連れて来たただの平民を貴族と偽って使い魔を騙っているんじゃないか?」
彼の言葉に、周囲から嘲笑の声が漏れる。
「み、ミス・スカーレット」
「ふふ、大丈夫よシエスタ。今朝の紅茶と教室の掃除のお礼とでも思っておきなさい。まあ、後でちょっとしたお願いは聞いてもらうかもしれないけど」
私に微笑む。
「いいだろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」
「あら、面白いことを言うわね、坊や」
「もう取り返しは効かないぞ」
「私やシエスタのみならず、ついでに主人まで馬鹿にされたら使い魔としてはその相手に拳の一つでも叩き込むしか無いじゃない」
「言ったな。ヴェストリの広場で待っているぞ」
それだけ言うと、彼は食堂を出て行った。
「レミリア、あなた何やっているのよ」
「あらルイズ。ここは決闘を受けた使い魔を心配する場面じゃないかしら?」
「そんな事よりも、ついで呼ばわりされたことの方が腹立たしいわ」
「そりゃ、私はまだあなたを主人だなんて認めていないもの」
「み、ミス・ヴァリエール。今すぐ決闘なんて止めさせてください! こんな、ミス・スカーレットが殺されてしまいます! わ、私!」
幼い、ようやく十を越えるかどうかという少女が決闘を行う。どうしたって、私には残酷な結果しか想像が付かなかった。
「大丈夫よ」
震える声で懇願する私に、レミリアは笑みを向けた。
「魔法が使える程度のただの人間に、私が負けるなんてあり得ないわ。ルイズ、ヴェストリの広場まで案内してちょうだい」
ミス・ヴァリエールを見れば、彼女はただ肩を竦めるだけだった。
思わず天を仰ぎ見る。普段祈ることの少ない始祖ブリミルに、恨み言の一つでもぶつけなければこの気持ちは収まりそうになかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、風と火の塔の間にある中庭のことだ。西側に位置する場所は日中でもあまり日が差さない。決闘にはうってつけの場所といえる。
「諸君! 決闘だ!」
噂を聞きつけた生徒達で溢れかえった広場の中心で、ギーシュが薔薇の造花を掲げた。それと同時に歓声が巻き起こる。
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」
腕を振って歓声に応えていたギーシュはミス・スカーレットの存在に気付くと、彼女の方を向いた。
「良い場所ね。日傘を差さなくても良さそうだわ」
「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか」
「能書きは要らないわ。手加減してあげるから、さっさと始めましょう」
ミス・スカーレットの言葉にギーシュは口の端を引き吊らせた。
そして手に持った薔薇の花を振った。
花びらが一枚、宙に舞ったかと思うと、それは甲冑を着た女騎士の形をした人形になった。
淡い陽光を受けて、その肌と甲冑がきらめいている。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
「ないわ」
「言っていなかったから今ここで名乗ろう。僕の名はギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
「私はレミリア・スカーレットよ。よろしく、ミスタ・グラモン」
ドレスの端を摘み、優雅に礼をして見せたミス・スカーレットにミスタ・グラモンは顔を歪ませた。
「ミス・スカーレット。君も貴族なら魔法を使って見せたらどうだ。それとも、本当に平民だから魔法が使えないのかな?」
「言ったでしょう。手加減してあげるのだから、魔法なんて必要無いわ」
「どこまでも馬鹿にしてくれる! 行けワルキューレ!」
ミスタ・グラモンの号令に、金属とは思えない滑らかな動きでゴーレムはミス・スカーレットへと突撃を行った。
その勢いのまま繰り出された右の拳がミス・スカーレットの目の前を通り過ぎる。
そして、吹き飛ばされたのはゴーレムの方だった。
「は?」
それは誰の声だったのか。
私か、ミスタ・グラモンか。或いは他の誰かだったのか。
「遅いし、脆いわね。もう少し加減が必要だったかしら」
バラバラに砕け地面に転がったゴーレムとミス・スカーレットに視線をさ迷わせ、ミスタ・グラモンは開いた口を塞ぐことが出来ずにいた。
「な、ななななな」
「だから言ったでしょう。魔法なんて必要無いって。他に何かあるなら全力で来ることをオススメするわよ。私を楽しませてちょうだい」
そう言うと、ミス・スカーレットは口の端を吊り上げた。
「っワルキューレ!」
薔薇を振り上げ、ミスタ・グラモンが叫ぶ。現れたのはゴーレムが六体。しかもそれぞれが剣や槍といった武器を手にしていた。
「そうこなくちゃ。さあ、踊りましょう?」
くすくすと笑う彼女に、ゴーレム達が一斉に躍り掛かる。
槍が地面を穿ち、剣が空を裂き、斧が地を割る。
「何故だ!? 何故当たらない!」
ミス・スカーレットが一歩足を引けば一瞬前まで彼女がいた場所を槍が通り過ぎた。
彼女が一歩踏み込めばその背後を斧が過ぎり、小さくステップを踏めば彼女の目の前で剣が空を裂く。
当たらない。まるでゴーレムとダンスをするように、ミス・スカーレットはその攻撃のことごとくを避けて見せた。
「踊り下手な男は嫌われるわよ」
剣を振り上げたゴーレムへ、ミス・スカーレットが一歩踏み込む。余りに自然に踏み出されたそれは容易にゴーレムの懐へと侵入を許した。
「あ」
金属が砕ける音が響いた。
ミス・スカーレット目掛けて斧を振り下ろしたゴーレムが、剣を持ったゴーレムの振り下ろした腕を砕いた。
砕けた腕から剣がこぼれ落ち、地面に突き刺さる。腕を砕かれたゴーレムの懐からするりとくぐり抜けると、左右から突き出された二本の槍を小さくバックステップをする事で避けた。
目の前で交錯した槍を尻目に、軽い足取りで彼女は斧を手にしたゴーレムへと歩を進める。
距離にして凡そ三歩の位置。
一歩目は軽く左へ傾けられた頭の脇を突き出された剣が過ぎる。
二歩目は右に半身になった彼女の目の前を、振り下ろされた斧が空振り地面に深々とその刃を突き立てた。
三歩。斧を振り下ろしていたゴーレムの足が砕ける音が響き、ゴーレムが地面を転がった。
「ねえルイズ。あの子何者?」
「突然何よ、キュルケ」
声にそちらを向けば、私の横に立つミス・ヴァリエールに話しかける紅い髪の少女の姿があった。
疑問に思うのは当然だろう。あんな小さな女の子が、ああも易々とメイジが操るゴーレムを破壊するなんてあり得ない。
「いくらギーシュがまだドットだといっても、魔法も使わずにあんなこと出来るわけ無いでしょう?」
「そうねえ。私も実力の一端程度は目にしていたけど。勝つとは思っていても、ここまで一方的になるとは思わなかったわ」
「彼女、人間じゃない」
「どういうこと、タバサ?」
「何この子」
キュルケと呼ばれた少女の後ろから、青い髪の少女が呟くように言葉を紡ぐ。
その少女に首を傾げるミス・ヴァリエールに、ミス・キュルケは自慢するように鼻を鳴らした。
「この子はタバサ。ガリアからだけど、私と同じ留学生でこれでも風系統のトライアングルメイジなのよ!」
「うそ!?」
「そんな事より、あの子何者? 人間じゃないのは分かってる。誤魔化さないで答えて」
ミス・タバサの目が細められ、ミス・ヴァリエールを射抜く。
それに彼女は渋い顔をしてみせた。
「そこまで知られてるんならしょうがないわね。分かった、話すわ」
そうして、諦めたように首を振る彼女の口から語られた内容はとんでもないものだった。
「き、吸血鬼!? あの子が!?」
「声が大きいわよ! もっと静かに喋りなさい!」
「う、悪かったわ。だけど、吸血鬼って最悪の妖魔の代名詞じゃない。通りで強いわけね、あの子」
吸血鬼。力と生命力が高く、また先住魔法も使いこなし、血を吸い殺すことでその相手を意のままに操ることも出来る化け物。
「危険は?」
「使い魔にはなってくれたけど、まだ私を主とは認めないから従う気は無いって。けど、そう無闇に人を襲うことはしないわ。人間の友だちがいたって言ってたし」
「完全に危険が無いと決まった訳じゃない」
「でも、早急に危険ということもないわよ。でなきゃとっくに死んでるもの、私」
「貴族の令嬢って言っていたのはどういうこと?」
「無用の混乱を避ける為ってオールド・オスマンが言っていたわ。それにあの見た目でしょう、だから子女って事になったの。いい、この事は絶対に内緒よ。誰かに喋ったりしたら承知しないわよ」
「喋らないわ、私だって命は惜しいもの」
ミス・ヴァリエールの言葉に私達は揃って頷き、口を閉じた。
「弱いわね。これなら人形遣いの人形達の方がよっぽど楽しめるわ」
ミス・スカーレットは心底つまらなそうに、言葉を吐き出した。
残りニ体となったゴーレム達を見据えると、彼女は地面に突き立っていた槍を手に取って引き抜いてその場で軽く振り回す。
「些か飽きたわ。そろそろ終わらせましょう」
「っワルキューレ! 相打ちでも良い! 行け!」
「この期に及んでまだ私に挑むその意気には賞賛を送ってあげるわ、ミスタ」
同時に攻撃を繰り出したゴーレム達を迎え撃つ形でミス・スカーレットは槍を振り回した。無造作に右から左へ。
それだけでニ体のゴーレムは冗談のような吹き飛び方をしていた。
まとめて勢い良く飛んでいき、途中で上半身と下半身が分離しつつ風の塔の壁に激突し、バラバラに砕け散った。
「何かしら、今の?」
それを成した当人は衝撃で真っ二つに折れた槍を拾い上げ、何か気になることでもあったのか、首を傾げていた。
「まあいいわ。さあ、人間。お祈りは済ませたかしら?」
悠然と、守る者のいなくなったミスタ・グラモンへと足を踏み出すミス・スカーレット。
「う、嘘だ。僕が、こんな」
その場に腰を落とした彼は呆然と彼女を見上げている。
そして、彼の目の前まで歩み寄ったミス・スカーレットはその腕を大きく振り上げると。
「そこまでよ! レミリア!」
ミス・ヴァリエールの声にその動きを止める。
「決闘のルールは相手が降参するか杖を奪う事よ。殺しちゃ駄目」
「……つまらないわね。残念だわ」
そう言葉をこぼして、彼女はミスタ・グラモンの手から薔薇を奪い取るとそれを高く掲げた。
「ギーシュ、宣言がいるかしら?」
「ま、参った。勝者はレミリア・スカーレットだ」
近づいたミス・スカーレットに、ミスタ・グラモンはそう宣言した。
直後、歓声が大きく中庭を揺らした。
「シエスタ」
七体ものゴーレム相手にかすり傷一つ負うことの無かった少女が私へと歩み寄る。
「これで、あなたの命は私が拾ったわ」
紅く輝く瞳を宿したその顔は、実に悪魔めいた笑みをたたえていた。
「私は、あなたを私の専属のメイドとして雇うわ」
「え、ええええええ!?」
急展開のとんでもない言葉に、歓声の溢れる中庭に私の声が響いた。
私、吸血鬼のメイドになってしまいました。
To be next?
ヒリガル……いったい何ラガなんだ……。
もともと今年度中に予定していたお話はここまでとなります。
何とか予定通り投稿することができました。これで心置きなく年が越せます。
では、皆様良いお年を。
お読みいただきありがとうございます。