ゼロの使い魔~紅の吸血鬼~   作:青鉱

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その三 ルイズ

 窓から差し込む朝日で私は眼を覚ました。

 再び落ちそうになる瞼を擦り、どうにか意識を覚醒させることに成功すると、大きく延びをして欠伸を一つ。

 

「おはよう、ルイズ」

 

 突然かけられた声にギョッとしてそちらへと眼を向けた。

 窓の脇に移動させられたテーブルと、椅子に腰掛ける白いドレスを着た少女の姿があった。

 青みがかったブロンドの髪に透けるように白い肌、紅く輝く瞳が私を見つめている。

 姿だけ見れば深窓の令嬢という言葉が良く似合いそうだけれど、その瞳を見れば可憐さや美しさよりも、緊張や恐怖心が先に立つ。

 最悪の妖魔とも言われる吸血鬼。それが彼女の正体。

 私が喚び出し、使い魔とした相手だった。

 

「……おはよう、レミリア。何でそんな陰にいるのよ」

「私は朝の日差しには弱い、病弱っ娘なのよ」

「吸血鬼が太陽の光に弱いって本当なのね……」

「でも日傘があれば何とでもなるわ」

「それって弱点って言えるのかしら」

「そんなことより起きたのなら着替えたらどうかしら?」

 

 そう言うと、レミリアは私に向かって制服を投げて寄越す。

 

「これ昨日の着ていた制服じゃない。新しいのがそこのクローゼットに入ってるからそっちを取って」

「そのくらい自分で取りなさい。私はそんなことまでするつもりは無いわよ」

 

 レミリアの言葉に文句の一つでも言いたくなったけれど、彼女は使い魔になる際私に従うつもりは無いとはっきり宣言していた。

 自身の使い魔なのに思い通りにならない事に腹を立てつつも、私はベッドから降りると渋々クローゼットから制服を取り出し、下の引き出しから下着を取り出してそれを穿く。

 

「まあ髪くらいは何とかしてあげるわ」

 

 私のことを眺めていたレミリアはそう言うと、クローゼットの隣に置かれたドレッサーから櫛を手に取り私の髪に櫛を入れていく。目の前の鏡を見ればレミリアの姿は無く、櫛だけが動いていた。

 

「レミリアが鏡に映ってないわ!」

「そう驚くほどのものでもないわよ。こっちの吸血鬼は知らないけど、私達吸血鬼は特殊なものを使わない限り鏡には映らないのよ」

「へえ……理由があるの?」

「さてね、私自身理由を良く知らないの。友人曰く、鏡は生ある者の魂を映すための物。そのため、魂との結び付きの薄い吸血鬼は鏡にその実像を映すことは無い、のだそうよ。実際は映ってはいるのだけれど、余りに透明すぎて視認することが出来ない、とも言っていたわね。さあ、終わったわよ」

「随分と手慣れているわね」

 

 鏡で自身の様子を確認する。

 所々跳ねていた髪はすっかり撫でつけられて整っていた。

 

「妹相手によくやっていたからね」

「そういえば、当主代理を妹に任せてきたとか言っていたわね」

「そうね。あの子もそろそろ六百になるのだし、館の仕事を覚えさせようかと思っていたところだったからね。丁度良い機会だったわ」

「ちょ、ちょっと待って! 六百!? 何が!?」

「あら、レディに歳の事を訊くものではないわよ」

 

 人間では無いのだからそれなりに長命だろうとは考えてはいたけれど、予想を大きく超える数字に素っ頓狂な声が出た。

 

「まあ、妖怪に寿命なんて本来存在しないもの。力ある存在はそれだけ恒久的な時間を生きることが出来るのよ。さて、そろそろ朝食の時間じゃないかしら?」

 

 そう言うとレミリアはテーブルの上に置いてあった赤いポシェットを引っかけ日傘を手に取ると、さっさと扉に手を掛けた。

 

「あ、待ちなさい、レミリア! あんた食堂の場所なんて知らないでしょう!」

 

 そして私も、彼女の後を追って部屋を飛び出したのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 トリステイン魔法学院の食堂、『アルヴィーズの食堂』は、敷地内の中央に位置する本棟の中にある。

 木製の長いテーブルが三つ並べられ、それぞれ学年毎に分けられている。

 二年生である私は真ん中のテーブルに着く。

 周りを見れば、既に食堂に来ている生徒や先生達がそれぞれ席に着いていいるのが目に映る。

 その内の幾人かが私達へと視線を向け、小声で話し合っていた。

 

「レミリアは私の隣に座って」

「分かったわ」

 

 興味深そうに周りを眺めていたレミリアが椅子を引いて隣に腰掛ける。

 足が床に届かず、足をぶらぶらさせている姿はとても齢六百を越える吸血鬼には見えなかった。

 

「何か失礼なことを考えていないかしら?」

「何も考えてないわよ」

 

 くるりと振り向いた顔に明後日の方向へと視線を向ける。

 そうしている間に、私達の前に食事が運ばれてきた。

 鳥のローストにワイン、パイといった様々な料理が目の前に並べられていく。

 

「私は紅茶を一杯貰えるかしら?」

 

 レミリアは食事を持ってきた黒髪のメイドに言葉を掛けていた。

 それに一つ礼をしてメイドは立ち去っていく。

 

「偉大なる始祖ブリミルと女王殿下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

 

 祈りの声が唱和され、目をつむってそれに加わる。

 

「ふぁっきんじーざす」

 

 隣でも何か聞こえるけれど、意味が分からないので放っておく。

 

「ルイズ、そのパイを一切れとローストを一部切り落としてちょうだい」

「これだけで良いの? 別にもっと取っても良いのよ?」

 

 皿に注文の料理を盛りつけながら問いかける。

 

「いらないわ。なんだか見ているだけでお腹一杯になりそうだもの」

 

 料理の盛りつけられた皿を前に、フォークを手にしてレミリアは食事を始める。

 それから紅茶が運ばれてくると、ポシェットの中から小瓶を一つ取り出した。

 中身がはっきりと見えるほど透明度の高いーーおそらくガラス性の小瓶だ。見たことも無いほどに透き通ったそれに目を奪われていると、彼女は小瓶の蓋を開けその紅く染まった中身の液体を紅茶へと注ぐ。

 そうして、スプーンでかき混ぜ赤の色味の強くなった紅茶に口を付けた。

 

「うん、なかなか美味しいわね。こっちの紅茶も悪くないわね」

「それ何?」

「血よ」

「え?」

「血液よ。私は吸血鬼よ。定期的に血液の摂取が必要になるのは当然でしょう」

「そ、そうね」

 

 ぶるりと身を震わせて、それから目をそらす。

 

「でもこれも最低限度の数しか持ってきていないから、早めに定期的に血を手に入れる手段を確保するしかないわね」

「私の血を吸うのなんて止めてよね」

「まあ、何とかするわ」

 

 そうして食事を終えた私達は、席を立つ。

 と、教室へ向かう途中でレミリアが不意に足を止めた。

 

「どうしたのよ?」

 

 見れば彼女の視線は一匹の生物へと注がれていた。

 燃えさかる炎のしっぽを持つ赤いトカゲ。サラマンダーだった。

 あれって確か……。

 

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 私の制止も聞かずに駆けだしたレミリアは、その勢いのままサラマンダーへと飛びついた。

 

「良いわねえ、この子。最高よ! ああこのまま連れて帰りたいわ。ねえルイズ、部屋で飼っても良いかしら?」

「駄目よ。っていうかそのサラマンダー、使い魔だから。……いや、そんな露骨に残念そうな表情しなくても」

 

 瞳を輝かせて嫌がるサラマンダーを気にすること無く熱気も物ともせずに抱え上げ撫で、頬擦りしていた彼女はこれ以上無いほど絶望しきった顔をしていた。

 どれだけ気に入ったのよ。

 

「あら、ルイズじゃない」

「げ」

 

 聞きたくもなかった声に振り向いてみれば

 燃えさかる様に赤い髪に歩く度に別の生物のようにぶるんぶるん揺れるナニカ。

 もげろ。

 

「随分な物言いじゃない、ルイズ。おはよう」

「おはよう、キュルケ」

「それで、私の使い魔に抱きついているその子があなたの使い魔?」

「そうよ」

 

 馬鹿にする様な口調でレミリアを指すキュルケ。

 

「本当に人間を召喚したのね。すごいじゃない!」

「あまり失礼な態度だと後悔するわよ」

「へえ、どう後悔するっていうのよ。そうだ、あなたお名前は? 私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ」

「私はロバ・アル・カリイエにある貴族、スカーレット家長女、レミリア・スカーレットよ。よろしく、キュルケ」

「げ」

 

 レミリアの言葉に彼女は頬を引き吊らせた。そりゃそうだろう。馬鹿にした相手がまさかの貴族だったんだから。昔からの間柄の私達とは訳が違う。

 そんな彼女の様子を目にして、私は少し溜飲を下げる。

 

「それで、早速なのだけれどキュルケ。このサラマンダーを譲ってもらえないかしら?」

「なに言ってるのよ。私の使い魔よ。駄目に決まっているじゃない。ほら、フレイムが嫌がっているから放してちょうだい」

 

 渋々といった様子でサラマンダーを解放するレミリア。その姿は至極寂しげだった。

 

「何かしら、この妙な罪悪感は。そんなに気に入ったのなら、数ある使い魔の中から最高の品質を持った私のフレイムを選んだ事に免じて私の部屋に来てフレイムと遊んでいくくらいなら許してあげるわ。私の部屋はルイズと一緒の階よ。場所はルイズに聞きなさい。行くわよフレイム」

「感謝するわキュルケ。じゃフレイム、また会いに行くわ」

 

 彼女達の去っていく後ろ姿に手を振るレミリアと、その隣で舌を出して追い払う様に手を振る私。

 

「仲が悪いのね、あなた達」

「代々の伝統みたいなものよ。そんな事より行くわよ。もうすぐ授業が始まるわ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 教室に入ると、先に来ていた生徒達が一斉に振り向いた。その中にキュルケの姿も見つけるが、彼女は私へと一瞬視線を寄越しただけだった。

 辺りからくすくすと笑う声が聞こえるがそれらを無視して、私は席に着く。

 隣に座り冷えた視線を周囲に向けるレミリアを手振りで抑える。

 そうしている間に、扉が開いて先生が入ってきた。

 

「彼女が先生かしら?」

「そうよ。ミセス・シュヴルーズ、土のメイジよ」

 

 質問に小さく答える。

 

「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ。話に聞いていた通り変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール。今日から一年よろしくお願いしますね、ミス・スカーレット。皆さん、ミス・ヴァリエールの召喚した彼女はロバ・アル・カリイエから召喚された貴族のご令嬢です。くれぐれも失礼の無いようにお願いしますよ」

 

 彼女の言葉に教室内のざわめきが大きくなる。

 

「ゼロのルイズが貴族を召喚しただって!?」

「嘘だよ。魔法の成功率ゼロのルイズがそんな事できるわけ無いだろ。召喚できないからって、その辺の平民を連れてきてそれらしい服を着せただけだって」

 

 他にも様々な言葉が私に向けられる。

 隣に座るレミリアの視線がちらりと私へと送るが、結局彼女は何も言わなかった。

 

「静かになさい。ゼロだの何だのとこれから共に学ぶお友達を謗るのはいけません。分かりましたか?」

「ミセス・シュヴルーズ。ルイズのゼロは事実です」

 

 忍び笑いが漏れる。

 それに厳しい顔で教室を見回した先生は杖を振るった。

 すると、笑っていた生徒達の口に赤土の粘土が押しつけられる。

 

「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」

 

 忍び笑いが収まるのを確認して、彼女は口を開いた。

 

「では、授業を始めますよ」

 

 こほんと咳を一つすると、先生は杖を振る。

 机の上に石ころがいくつか現れた。

 

「今のがこっちの魔法?」

「ええ、そうよ。今のは土系統の魔法の一つで錬金ね」

「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法をこれから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存じですね? ミスタ・マリコルヌ」

「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」

 

 頷くと先生は口を開いた。

 

「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で、土はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が土系統だからというわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」

 

 重々しく咳を一つしてから彼女は続ける。

 

「土系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることでしょう。このように、土系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」

「ふうん、土系統の魔法って便利なものなのね」

 

 先生の言葉を聞きながら、小さくレミリアが呟く。

 

「では、今から皆さんには土系統の魔法の基本である、錬金の魔法を覚えてもらいます。一年生のときにできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」

 

 そう言うと、彼女は杖を振り上げると短くルーンを呟く。すると、石ころが光り出し、それが収まるとただの石ころだったものは別の金属へと変化していた。

 

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

 

 目の色を変えたキュルケが身を乗り出す。

 

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのはスクウェアクラスのメイジだけです。私はただの……」

 

 先生はもったいぶるように咳を一つ。

 

「トライアングルですから……」

「ルイズ、トライアングルやらスクウェアというのはどういう意味?」

「系統を足せる数の事よ。それでメイジのレベルが決まるの。今は授業中、詳しく知りたければ後で教えてあげるから、授業が終わるまでは静かにしていてちょうだい」

 

 訊ねてくるレミリアに、私は小さく言葉を返す。

 

「それでは、誰かに実践して見せてもらいましょう。どなたか壇上でお手本をやってみてくれる方はいませんか?」

 

 先生の問いかけに、一人の生徒が手を挙げた。

 あいつは確か。

 

「あら、あなたがやってくれますか、ミスタ・グラモン?」

「はい、その大役この僕ギーシュ・ド・グラモンが見事果たしてご覧に入れましょう!」

 

 バラの意匠を施した杖をくわえ訳の分からないポーズを決めて、彼は壇上へと向かっていく。

 

「ミスタ・グラモン。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

 

 頷いたギーシュは、手にした杖を振り上げる。そして呪文を唱えると用意された石ころが輝き光が収まった後、机の上には彼の二つ名と同じ青銅の固まりがあった。

 

「素晴らしい。大変良くできましたね」

「ありがとうございます、ミセス・シュヴルーズ」

 

 小さく手を叩く彼女に恭しく一礼して、彼は席へと戻っていく。

 

「では、次は皆さん一緒に錬金を行ってみましょう」

 

 そう言うと、先生は杖を振り上げた。

 すると、私達の目の前に石ころが一つづつ出現する。

 他の生徒達の頬が引き吊るのが見えた。

 

「先生、それはやめてください」

「どうしてですか?」

「ルイズに魔法を使わせるのは危険です」

 

 キュルケの言葉に教室のほとんど全員が頷いた。

 

「やります」

「ルイズ、やめて」

「ミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。立派なメイジになるために日々努力している彼女を除け者にする事はできません。さあ、皆さんも一緒に」

 

 蒼白な顔で私を見るキュルケを無視して、私は杖を振り上げ静かに意識を集中させ呪文を唱える。

 瞬間、視界が閃光に包まれた。

 

「みんな机の下に隠れて!」

 

 爆音とキュルケの叫びが響くのはほぼ同時だった。

 続く爆風は机を巻き込み破壊し、破片をまき散らした。

 後には狂乱に陥った使い魔達が暴れ回り、キュルケの言葉に反応できず、避難が間に合わなかった生徒達が爆風に煽られ床を転がっている。

 

「大した呪文ね。これなら化け物相手でも十分通用しそうだわ」

 

 隣から楽しそうに笑う声が聞こえた。

 声の主、レミリアの手の中から壊れた机の欠片がこぼれ落ちる。

 

「当たったら痛いじゃない。全部受け止めちゃったわ」

「だから言ったじゃない! あいつにやらせるなって!」

「もう、ヴァリエールを退学にさせてくれよ!」

「ヴェルダンデ! 僕のヴェルダンデは何処へ行ったんだい!?」

「ちょっと失敗したみたいね」

 

 直後に響いたのは教室全体のブーイングの嵐だった。

 

「ちょっとどころじゃないだろう、ゼロのルイズ!」

「これは随分と楽しげな授業なことね」

 

 大多数の非難の声の中でかき消される様に聞こえた声は、私の耳にやけにはっきりと残った。

 

 

To be next?




 少し暇が出来たので投稿です。
 今年度中に後一話ぐらい上げておきたいと思ったりするわけです。
 お読みいただいてありがとうございます。

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