ゼロの使い魔~紅の吸血鬼~   作:青鉱

10 / 21
その十

 巨大ゴーレムの襲撃から一夜明けたトリステイン魔法学院では昨夜からの騒ぎが続き、生徒教員下働きの者達まで全てがフーケの話題で持ちきりとなっていた。

 

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 宝物庫の扉に貼り付けられた掌ほどのメッセージカードに書かれた犯行声明を前に、集まった教師達は一様に悔しさで顔を歪ませていた。

 

「土くれのフーケ! 貴族達の財宝を荒らし回っているという盗賊か! 魔法学院にまで手を出すとはナメられたものではないか!」

「衛兵は一体何をしていたのだね?」

「事前に察知できなかったとは、衛兵など所詮は平民。あてにする方がどうかしている」

「それより、当直の貴族は誰だったのかね?」

 

 シュヴルーズが震え上がる。

 その様子を見るに、彼女が昨夜の当直だったのだろう。

 一体何をしていたのかは知らないが、失態であることは間違いない。

 

「ミセス・シュヴルーズ、当直はあなたなのではありませんか!」

 

 教師の一人がさっそくシュヴルーズを追求し始め、それに同調するよう他の教師達も声を荒げる。

 オスマンが来る前に責任の所在を明らかにして吊し上げを行おうという腹なのだろう。

 くだらない。

 

「も、申し訳ありません……」

「泣いたってお宝は戻ってはこないのですぞ! それともあなたは破壊の杖の弁償ができるのですかな!」

「わたくし、家を建てたばかりで……」

 

 泣き出し、その場に崩れ落ちたシュヴルーズに更に言葉を投げる。

 

「これこれ、女性を苛めるものではない」

 

 そこへ到着したばかりのオスマンが声を掛けた。

 シュヴルーズを問いつめていた教師が彼に訴える。

 

「しかしですな、オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは本来夜通し門の詰め所に待機していなければならないにもかかわらず、あろうことかぐうぐう自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」

 

 オスマンは自身の白く長い口ひげをこすりながら、口から唾を飛ばして興奮しているその教師を見つめた。

 

「君は怒りっぽくていかんの、ギトー君。では一つ質問するとしよう、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」

 

 オスマンの言葉に、教師達は互いに顔を見合わせると恥ずかしそうに顔を伏せ、誰一人として名乗り出なかった。

 

「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、我々全員じゃ。この中の誰もが……、もちろんそれを黙認していた私も含めてじゃが……、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど夢にも思っていなかった。何せ、ここにいるのはほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで虎穴に入るのかというわけじゃ。しかし、それは間違いじゃった」

 

 オスマンは扉に貼られたメッセージカードを剥がし、それに目を落とす。

 

「巨大ゴーレムという衆目を集めるには十分過ぎる囮を使い、賊はこの通りまんまと正面から破壊の杖を奪っていきおった。我々は油断していたのじゃよ。責任があるとするなら、我ら全員にあると言わねばなるまい」

「おお、オールド・オスマン。あなたの慈悲のお心に感謝いたします! わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」

 

 シュヴルーズは感激した様子でオスマンに抱きついた。

 彼女の頭をぽんぽんと撫でた後、彼は一つ咳払いをしてから周囲に視線を巡らせた。

 

「それで、最初に犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

「この四人です」

 

 オスマンの質問にコルベールが一歩進み出て、彼の後ろに控えていた私を除いたルイズ、キュルケ、青髪の少女、そして少年一人の四人を指さす。

 

「ふむ……、君たちか。詳しく説明したまえ」

 

 オスマンの言葉に、ルイズが進み出て説明を始めた。

 

「あの大きなゴーレムが現れて、ここの壁を殴りつけ始めたんです。肩に乗っていた黒いローブを着た人物を私達四人で撃退しようとしたんですが、唱えた魔法も全て簡単にあしらわれてしまいました。後はこの学院のほとんどの人達が見た通り、ゴーレムは崩れて土になっちゃいました」

「それで?」

「後には、土しかありませんでした。肩に乗っていた黒いローブを着た人物は、影も形もなくなってました」

「ふむ、その者はメイジではなかったのかね?」

「魔法を一切使わなかったので分かりません。でも、持っていた剣で魔法を切っていました」

「メイジの魔法を切るか。相当な実力者じゃの」

 

 オスマンは髭を撫でる。

 

「他には何かないかね?」

「少なくとも、ゴーレムに乗っていた彼はメイジではないわ」

 

 オスマンとルイズの視線が私へと向けられる。

 

「それは本当かね、ミス・スカーレット?」

「ええ、昨夜正門の前で彼と会ったわ」

「騒ぎで衛兵が出払っているところを抜けられたという事か。彼、ということはフーケは男なのかね?」

「黒のローブを着たままだったから顔は見ていないけれど、声を聞いたのよ。あれは間違いなく男のものだったわ。それから一戦交えたのだけれど、彼は一度も杖を使わなかったわ。使っていたのは片刃の長剣とスローイングナイフね」

「それで、その男はどうしたのかね?」

「森に逃げられたわ」

 

 私は肩をすくめる。

 

「フーケは土魔法を使うメイジだと聞く。現に襲撃時には巨大な土のゴーレムを使ってみせた。しかし、その男は魔法は一切使わずミス・スカーレットと相対し逃げおおせたと」

「フーケ本人ではなく、その協力者と見る方が妥当なのではないかしら」

「ふむ、なるほど。土のメイジとメイジを相手取り立ち回れるだけの実力を持った剣士か。どちらも厄介な相手じゃのう」

 

 髭を撫で、オスマンは思案に耽るように口を閉ざした。

 

「ときに、オールド・オスマン。ミス・ロングビルはどちらに?」

「そういえば、朝から姿を見ておらんの」

 

 コルベールとオスマンが揃って首を捻っていると、ロングビルが小走りにこの場へと姿を現した。

 

「おお、ミス・ロングビル。どこに行っていたのじゃ」

「申し訳ありません。昨夜の騒ぎから、急ぎ調査をしておりました」

「調査?」

「騒ぎの折り、宝物庫の扉に張り付けられたカードを見つけ、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、調査をしておりました」

「なるほど、仕事が早いの。ミス・ロングビル」

 

 彼女の話に感心したように、オスマンは頷く。

 

「それで、何かわかったかね?」

「はい。この学院の下働きの者が、大きな包みを抱えて下働き用の通用口から外へ出て行く黒いローブを着た男の姿を見ておりました。彼の話では、そのローブの男はこの学院から馬車で二時間ほどの近隣の森にある小屋の中へと入っていったそうです」

「その下働きの者は?」

「ローブの男の後をつけた際、見つかってしまい骨を折る怪我を負わされていましたので、私の一存で水メイジの治療を受けさせております」

「その者に話を聞くことは可能かの?」

「いえ、治療にもうしばらくの時間がかかるため、無理に動かすべきではないかと。代わりに詳しい話を聞いておりますので、私でも案内は可能です」

「そうか、ご苦労じゃったの、ミス・ロングビル」

 

 オスマンの言葉に、ロングビルは軽く頭を下げた。

 

「一つ聞いてもいいかしら、ミス・ロングビル」

「どうぞ、ミス・スカーレット」

 

 オスマンの優秀な秘書が私に目を向ける。

 その視線にこもった感情に眉を一瞬ひそめるが、それを無視した。

 

「その怪我をした者の名は?」

「名はヒリガルと」

「あら、ミスタ・ヒリガルだったの」

「お知り合いでしたか」

 

 目を見張る私に彼女は意外そうな顔をしてみせた。

 

「ええ、彼には何度か世話になったわ」

「そうだったのですか」

「オールド・オスマン、これはもう王室に報告すべき内容です! 王室衛士隊に頼んで兵隊を差し向けてもらわなくては!」

「コルベール君、魔法学院の宝が盗まれた以上、これは魔法学院の問題じゃ。何かあれば責任は私が持つ」

 

 声を荒げるコルベールに、オスマンは静かに言い放つ。

 そして彼は他の教師達へと振り向くと朗々と言葉を紡ぐ。

 

「では、捜索隊を編成する。我はという者は杖を掲げよ」

 

 しかし誰も杖を掲げることなく、困ったように顔を見合わせるだけだった。

 

「どうした、フーケを捕まえて名をあげようと思う貴族はおらんのか?」

 

 杖が一本と手が一本掲げられた。

 

「ミス・ヴァリエール! ミス・スカーレット!」

 

 シュヴルーズが驚いた声をあげる。

 

「何をしているのです! あなた方は生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないじゃないですか」

 

 真剣な目をしたルイズはシュヴルーズに言い放った。

 

「レミリアも別に付き合う必要はないのよ」

「私は個人的にフーケに興味がわいたのよ。別にあなたのためというわけでもないわ、ルイズ」

 

 杖なんぞ持っていない私は、代わりに手を挙げながらルイズに言葉を返す。

 

「ルイズが行くなら、当然僕も参加するよ」

 

 私達に続くように杖を掲げたのはマリコルヌ。

 震える声で精一杯の虚勢を張りつつも、彼は杖を掲げていた。

 そして、さらに杖が掲げられる。

 

「ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!」

 

 コルベールが驚いた声をあげた。

 

「ヴァリエールには負けられませんわ」

 

 つまらなそうに言ったキュルケの隣で、青い髪の少女が杖を掲げる。

 

「心配。私もついて行く」

「ありがとう……」

 

 唇を噛みしめて、ルイズは三人にお礼を言った。

 その様子を見て、オスマンは笑った。

 

「そうか。では、頼むとしようかの」

「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには!」

「では君が行くかね、ミセス・シュヴルーズ?」

「い、いえ……、私は体調がすぐれませんので……」

「彼女達は敵と相対しておる。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いておる」

 

 彼の言葉に、教師達は驚いたように涼しい顔をしたタバサを見つめた。

 シュヴァリエ。

 王室から与えられる爵位としては最下級の称号ではあるけれど、領地を買うなどをして得られる称号とは違い、純粋に業績に対して与えられるものであるという。つまりは、その称号を得ていることそのものが実力の証明となる。

 シエスタとの勉強の際に得た知識を頭の片隅から引っ張り出し、私は青い髪の少女へと目を向けた。

 使い魔召喚の儀式の出来事を思い出し、内心納得する。

 宝物庫の中がざわめいた。

 オスマンはそれからキュルケを見つめる。

 

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力だと聞いておる」

 

 キュルケは得意げに髪をかきあげた。

 なるほど、捜索隊に志願するに足る実力を持ち合わせているということか。

 それから更に彼は少年へと目を向ける。

 

「ミスタ・グランドプレは、今はまだドットではあるが風系統のメイジとしての将来は有望だろうとの評価も私の耳に届いておる」

 

 集まる視線に、彼は恥ずかしそうに身を縮込ませた。

 それから、自分の番だと胸を張るルイズに視線を向けてから、オスマンはそっと目を反らした。

 そして、一つ咳払いをしてから口を開く。

 

「ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、座学においても将来有望なメイジと聞いておる。そして、その使い魔はロバ・アル・カリイエの貴族、スカーレット家の息女、ミス・スカーレット。彼女の実力は先日の件で目にしている者も多いじゃろう」

 

 オスマンの紹介に私もルイズ同様に胸を張る。

 教師達はすっかり静かになっていた。

 彼は威厳のある声を響かせた。

 

「この五人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」

 

 足を踏み出す者は誰もいなかった。オスマンは私達へと向き直る。

 

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 

 ルイズ、タバサ、キュルケ、グランドプレは真顔になって直立する。

 

『杖にかけて!』

 

 そして四人が同時に唱和し、恭しく礼をした。

 私もまた、スカートの裾をつまみ礼を一つ。

 

「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル」

「はい、オールド・オスマン」

「彼女達を手伝ってやってくれ」

 

 ロングビルは頭を下げた。

 

「もとよりそのつもりですわ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 私達は学院を出発した。

 馬車は、襲われたときにすぐに飛び出せるほうがいいということで、屋根の無い荷車のような代物だった。

 

「ミス・ロングビル」

「何でしょうか、ミス・スカーレット」

 

 憎らしく晴れた日の下で日傘を差しながら、御者台で手綱を握り馬を操る学院長の秘書に私は声をかけた。

 前へ視線を向けたまま、彼女は荷台に座る私に言葉を返す。

 

「気になったのだけれど、あなたはメイジなのかしら?」

「なぜ、そう思ったのですか」

「以前、腰に杖を差している姿を見たことがあったのよ。あなたと落ち着いて話をする機会なんて無かったから、目的地までの道すがら話しでもと思ったのよ」

「そうですか。ご推察の通り私はメイジではありますが、もう随分と昔に貴族の名をなくしました」

「だからミスタ・オスマンの秘書をしているのかしら」

「ええ、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方ですから」

 

 貴族であった者がその名を失うということはメイジとしての花道を閉ざされたに等しい。とは、シエスタやルイズから話を聞いたことがあった。

 そして、そうしたメイジ達の辿る道もだ。

 

「運が良かったのね」

 

 ロングビルは小さく笑みを浮かべた。

 

「ミスタ・オスマンとはどうやって知り合ったか聞いてもいいかしら?」

「以前働いていた酒場で知り合ったのですよ。ふらりと酒場にやってきた彼とちょっと色々ありまして。それで、秘書として働くことになったんです」

 

 そう言うと、彼女は口を閉ざした。

 それ以上の詮索はするなということらしい。

 視線を感じて、私は向かいへと目を移す。

 そこに座るのはルイズだ。

 

「何か言いたいことでもあるのかしら、ルイズ?」

「何でもないわ」

 

 彼女はついと目を逸らす。

 不満げな表情を隠そうともせずに。

 その隣では小太りの少年が女ばかりの馬車の中で肩身が狭そうに身を縮こませていた。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はレミリア・スカーレット。名前を伺ってもいいかしら、ミスタ?」

 

 私の言葉に彼はハッとした様子でこちらを見る。

 

「これは申し訳ない。僕の名はマリコルヌ・ド・グランドプレ。よろしく、ミス・スカーレット」

 

 差し出された右手を握り返す。

 

「よろしく、ミスタ・マリコルヌ。ところで、あなたはルイズとどういう関係なのかしら?」

「あ、いや、それはあの時偶々ルイズと一緒だっただけで」

「あの夜、ルイズに告白していたのよ」

 

 言い淀む彼に、私の隣に座るキュルケが答えた。

 

「へえ、ルイズに告白なんてやるわね」

「その後ふられてた」

 

 キュルケの向かいに座り本を広げていた少女が口を開く。

 

「あなたも、自己紹介がまだだったわね」

「知っている。レミリア・スカーレット。私はタバサ」

 

 涙を流し崩れ落ちるマリコルヌを無視し、本から一度視線をこちらへと移してタバサは短く答えた。

 

「そう、よろしくミス・タバサ」

 

 それから直ぐに本へと視線を戻した彼女に、どこぞの大図書館の主の姿を幻視して私は苦笑する。

 パチェとは気が合いそうだ。

 

「ところで、ミス・スカーレット。あなたが下げているそのポシェットには何が入っているの?」

「レミリアで構わないわ、キュルケ」

 

 興味津々といった様子の彼女に、肩から下げたポシェットから小瓶を一つ取り出してみせた。

 

「……すごい透明度ね。そんなガラス、滅多に見られないわ。その小瓶の中身は何? やけに紅いけど」

「なんてことないわ。ただの私のお昼ご飯よ」

「へ、へえ、そうなの」

 

 キュルケは口元を引き攣らせる。

 

「その小瓶はどこで手に入れたのかしら? 出来れば私も一つくらい欲しいわ」

「これは友人に作ってもらったものよ」

「作ってもらった、ということはレミリアの友達はかなりの実力の土メイジなのかしら? トライアングルでもこれだけのものを作れるメイジなんてそうはいないわよ」

「そうね、魔法使いとしての腕は確かに一級品だわ。……これは譲れないわよ」

 

 物欲しそうな目をしたキュルケに告げると、明らかに落胆したように肩を落としたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 馬車は深い森を進む。

 昼の日差しを遮る鬱蒼とした森は、辺りに薄暗い影を落としていた。

 日傘を畳んで視線を巡らせる。なかなかに良い森だ。

 

「ここから先は徒歩で行きましょう」

 

 ロングビルがそう言って全員が馬車から降りた。

 森の奥へと続く小道を歩いていく。

 そうしてやがて私達は開けた場所へと出た。その様子から森の中の空き地といったところだろう。

 魔法学院の中庭ほどの広さで、その中心に廃屋があった。炭焼き用らしき朽ち果てた窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 森の茂みに身を隠し様子を伺いつつ、ロングビルが廃屋を指さす。

 人が住んでいる様子はまったくない。

 

「もうとっくに逃げた後なんじゃない?」

 

 キュルケの言葉に私も頷く。誰かに見つかっている以上、同じ場所に留まるなどという愚行を犯すなど普通はあり得ないだろう。

 

「でも逃げてないかもしれないよ」

「もしあの中にいるのであれば、罠を張って待ちかまえている可能性もあるわ」

「どちらにしても、あの廃屋の中を確認しないといけない」

「誰が確認するのよ。この人数で行ったんじゃバレるに決まってるわ」

 

 タバサの意見にルイズが首を傾げる。

 

「メイジ殺し相手に単独で戦える戦力がここにいる」

 

 全員の視線が私へと集中する。

 息を一つ吐き出す。

 

「分かったわよ。確認はしないと状況が動きそうにないし、行ってくるわよ」

 

 軽く身体を動かしてから、姿勢を低くしたまま茂みから飛び出す。

 音一つ発てることなく小屋のそばまで近づき、窓から中をのぞき込む。

 小屋の中は一部屋のみで、埃の積もったテーブルに床に転がった椅子があった。部屋の隅に薪が積み上げられ、その脇にチェストが一つ置かれている。

 人の気配は無く、隠れられるような影も無い。

 手招きし、皆を呼ぶ。

 隠れていた全員がおそるおそる近寄ってきた。

 

「誰もいないわ。物音一つしない」

「近くに潜んでいるかもしれませんので私は近くを偵察に行ってきます」

 一言残し、ロングビルは森の中に消えた。

 

「罠は無いみたい」

 

 ドアに向け杖を振っていたタバサは、そう呟いて中へと入っていく。

 私とキュルケがその後に続き、ルイズとマリコルヌが見張りのために外に残った。

 そうして私達が小屋の中で手がかりを探し始めて少し経った頃。

 

「見つけた」

 

 タバサがチェストの中から筒状の細長いものを見つけだした。

 

「破壊の杖」

 

 彼女は無造作に持ち上げ、私達にそれを見せる。

 

「それが破壊の杖なのかしら? 杖というには随分と特殊な形をしているけれど」

「宝物庫を見学したとき見たことがあるから間違いないわ。だけど、随分とあっさり見つかったわね」

 

 キュルケに頷いたその時だった。

 

「ゴーレムだあああ!」

 

 外からマリコルヌとルイズの悲鳴が聞こえた。

 一斉にドアを振り向いたと同時に、小屋の屋根が吹き飛んだ。

 

「痛っ!」

 

 屋根がなくなり青空が見え、まともに太陽の光を受けた私は焼けるような痛みに顔をしかめる。

 日傘を広げると、青空を背景に巨大なフーケの土ゴーレムが立っていた。

 最初に動いたのはタバサだった。

 杖を振り呪文を唱える。巨大な竜巻が唸りをあげてゴーレムにぶつかっていく。

 けれど、ゴーレムはびくともしない。

 その間に私を小屋を出る。辺りを見回せば、ルイズとマリコルヌの姿が無い。

 ゴーレムの表面で何かが弾けた。その背後に杖を振り上げたルイズとマリコルヌの姿があった。

 ルイズに気づいたようにゴーレムが振り向く。

 更に呪文を唱えようと、ルイズは杖を振る。

 

「逃げなさい、ルイズ!」

「いやよ! あいつを捕まえれば、誰ももう私をゼロのルイズなんて呼ばないでしょ! バカになんてしなくなる!」

 

 彼女は吐き出すように叫ぶ。

 杖を振り上げ、呪文を唱える。ルイズの叫びに呼応するように、一際大きな爆発がゴーレムの表面を吹き飛ばした。

 崩れた土の欠片が周囲に飛び散る。その影響か、わずかにゴーレムの動きが鈍る。

 

「マリコルヌ!」

「は、はい!」

 

 ルイズの隣に立ち、彼女と共に杖を振っていた彼が声を挙げた。

 

「ルイズを連れて逃げなさい!」

「そ、そんな」

「引き際を弁えなさい、と言っているのよ。ルイズを好いているなら、拒否されようと二人で生き残る道を選びなさい。紳士なら、女の子の一人くらい守ってみせるものよ」

 

 一瞬の逡巡の後、マリコルヌは大きく頷いた。

 

「ちょっと、マリコルヌ!?」

「ごめん、ルイズ。でも、彼女の言う通りだと思う」

「きゃっ! どこ触ってるの! 下ろして、下ろしなさい!」

 

 強引に暴れるルイズを抱えるようにして、彼はゴーレムから離れていく。

 

「破壊の杖はもう手に入れた。それなら、後は逃げるだけよ。私達の目的はフーケの討伐じゃない。敵わない相手に無理に挑む必要は無いわ」

「……撤収」

「レミリアも一緒に逃げるんじゃないの?」

「ここは誰かが残って引きつけておく必要があるわ。それに、周辺の警戒に行ったロングビルも探さなくてはならないでしょう。そっちは頼んだわよ」

 

 一瞬タバサと視線が交錯する。そうして、彼女は小さく頷いてみせると破壊の杖を抱えてゴーレムに背を向けた。

 

「絶対に戻ってくるのよ。帰ったらフレイムといっぱい遊ばせてあげるから」

 

 そう言い残し、キュルケもタバサの後を追いかけて森の茂みへと駆け込んでいった。

 後に残ったのは、ゴーレムと私のみ。

 さてどうしたものかと見上げれば、突然ゴーレムの姿が崩れだした。

 その場で両腕が砕け、両足が砕け、バランスを失った巨体が倒れ込んでくる。

 それを脇に避けて様子を見る。

 出来上がった土くれの小山を前にどういうことかと思えば、変化は唐突だった。土の塊が動き出し、それが新たに人型を生み出し始めたのだ。

 その様子に感嘆の息を漏らす。

 そうして出来上がったのはニ体の土で出来たゴーレムだった。

 鋼鉄製と思しき大剣を肩に担いだゴーレムと、これも鋼鉄製だろう大槌を肩に担いだゴーレム。

 高さは凡そ三メートル。

 それぞれが得物を構え立っていた。

 

「なるほど。いいわ、相手をしてあげる」

 

 そして私の言葉を皮切りに、ニ体のゴーレムはその大きさとは裏腹に、目を見張るような加速で急接近すると、それぞれの得物を振り上げた。

 大上段からの神速の振り下ろし。

 舌打ちし、大地にひびを入れるほどの大槌の一撃を横っ飛びに回避する。

 更にそこを狙い澄ましたように、大剣の打ち下ろしが迫る。私の身長の二倍はあろうかという長大な刀身を身体を両断する寸前に殴りつけ、無理矢理軌道を逸らす。

 ゴーレムはよろめくようにバランスを崩し、大剣は私の頭上を掠めて地面に深々と突き刺さった。

 ニ体のゴーレムから距離を取る。

 それぞれの武器を片手で軽々と引き抜き、彼らは再度それを構えた。

 

「本当は剣士の方との再戦のつもりで来たのだけれど、なかなかどうしてメイジの方も楽しめるじゃない」

 

 私は右手首の血管を噛み切る。

 途端、そこから血が溢れ出し地面を赤黒く染めた。

 

「私は吸血鬼、レミリア・スカーレット。その名に血を冠する妖怪の力の一端、見せてあげるわ」

 

 傷口が塞がり、溢れた血液が重力に抗うように私の右手に集まり一つの形を成す。

 長槍。

 紅く硬質化した血の長槍が私の右手に収まった。

 それを軽く振り感触を確かめる。

 

「さあ木偶人形達、遊んであげる」

 

 大槌のゴーレムが駆け出し、続いて大剣のゴーレムが動く。左右で挟撃する意図だろう。

 重い足音を響かせ、同時に私に攻撃を仕掛けてくる。

 右から掬い上げるように迫る一撃を上段から受け流し、左足を軸に身体を反転させ、左から袈裟切りにしようと大剣を振り上げるゴーレムの左腕の肘から先を下から切り落とす。

 更にその腕が落ちる前に一歩踏み込み、片手になり握りの弱くなった大剣の柄を蹴り上げる。衝撃に耐えかねたゴーレムの右手の親指が砕け、そのまま大剣が宙を舞った。

 くるくると円を描き大剣が地に突き刺さる。

 そしてたたらを踏むゴーレムの両膝をなぎ払い打ち砕く。

 

 両足の支えを失い崩れ落ちる大剣ゴーレムを尻目に、反転。

 大槌のゴーレムと正対する。

 

「さあ、相棒を失ったわよ。どうするのかしら?」

 

 返答は脳天を打ち砕こうとする打ち下ろしだった。

 巨大な鉄塊が唸りを上げる。

 それを迎撃する形で私は下から長槍を振り上げる。

 衝撃。

 その一合により大槌を跳ね上げた紅い長槍が砕け散る。

 同時に左手に持った日傘を手放し、突き立った鋼鉄の大剣に飛びつき柄を両手で掴む。

 吸血鬼の膂力をもって地面ごと切り裂きながら抜き放ち、その勢いのまま大槌ゴーレムの左肩から右わき腹にかけてを断ち切った。

 力尽き崩れ出すゴーレム。

 

 そして、それと同時に飛来した一つの鉄の礫が、私の頭蓋を砕いたのだった。

 

To be next?

 




戦闘描写難しいです。
ドラキュラクレイドルでゴーレムの真ん中に風穴空けたかった……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。