マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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コントルノ15

 1月25日

 

 昼下がり――仮眠室で一夜を過ごす寿和。

 目元にくっきり残る隈の跡/連日行われる捜査の疲労/浅い眠りから疲れは取れない。

 喫煙室で無気力状態――誰も折らず黄土色の照明が妙な気分にさせる。

 一人で居る時。物事の整理にはちょうどいい時。

 事件の発端――「逓信省」次官の惨殺遺体/首の行方。

 エントランスの監視カメラ映像――管理会社/「逓信省」の息の掛かった警備会社――“横浜事変の混乱の為時間が掛かる”――提出を延期される。

 お六の体――電脳を以外は現場ですべて発見される

 犯人の未来像(ビジョン)――死体と会話するエドガーの診断=“近頃出回っている高電磁ハチソンナイフに近いもので切りつけている。日本刀に近い形状で切り口も鮮やかだ”――侍でもいたようだ。

 日本刀の可能性――長物を次官ビルに持ち込めるか?/無理だ。

 横浜の混乱期/警備は一層硬くなっている――侵入は警備会社の手引き。なぜ手引きする必要がある。

 警備会社――純製の日本企業/社員――混血は居るが難民の拘りのある者は居らず。

 別の視点=犯行の理由。

 第一候補/電脳内部にある「何かしら」の情報/経歴から持ち去るには十分な可能性/不確定な予想――一時保留。

 第二候補/違法薬物――大腿部に埋め込まれた未使用の薬物+それの成分を記載したメモリーセル。

 違法薬物――刻印された文字『血浓于水』――“血は水よりも濃い”。

 薬物間の縺れと踏む――さまざまな場所を当たる。

 新宿の治外法権区――歌舞伎町/実物麻薬はどの売人も扱っていない――代わりに溢れるデジタルトリップ。違法ではないため逮捕は不可能。

 売人達/口々に言う――“ものが欲しいなら難民街かメトロに行け”――できれは苦労しない。

 難民街――スクワッターは警官を政府の犬としてみている/行くには殺される覚悟がいる。

 メトロ――入り口さえ掴めない地底に潜む地下社会(アンダーグラウンド)/大戦後に残った大穴。

 麻薬課に助言を仰ぐ――貸しを作る。

 いくつかの物を扱う場所を知らされる――先日潰したナイトクラブもその一つ。

 “ダックカッセラー”――発砲事件にまで発展。警察隊が出動に。

 検挙者多数――数字だけで見れば大成果。

 麻薬課から賞賛と怒りの言葉が届けられる。“薬物売人(ジャンキー・メイカー)のモノはつくしんぼだよ”。

 遠まわしの嫌味――麻薬課はまた薬物売人(ジャンキー・メイカー)を探すことに。

 “ダックカッセラー”へのガサ入れの成果――大量に発見される違法薬物/あの世への切符――ドラッグカクテルの山。

 薬の山の中に発見される『血浓于水』。お六の残した成分図と同じものが発見される――水増しされた薬。

 薬の出所――物を扱わない歌舞伎町/物を扱うのはもっぱら渋谷のアウトローたち。「やんちゃ」をしていた友人を当たる。

 友人からもたらされる噂話(ゴシップ)――メトロから溢れる『廃人製造薬(ヒロイック・ブラッド)』。

 メトロ、メトロ、メトロ――手出しをしようが無い場所ばかり現れる。

 共同捜査をしている連邦捜査官――ナナ・イースターから報告。“先日戦闘を行った両性具有の少女二人が運びや屋です”。

 取り逃がした容疑者――“ダックカッセラー”で出会った双鈎を操る毒婦(ヴァンプ)

 多少の悔しさ――支給品である武装一体型CADを壊されてしまった。「剣の魔法師」として屈辱的だが寿和個人としてはそこまでだった。

 思い浮かぶ敵の姿――美しい顔立ちに極上の体/股間に付いた男根を除けば。

 女たちの顔立ちに心当たり――探しすぐに見つかる。

 九校戦の出場者に類似するもの――2095年優勝した高校/第一高校女子=司波深雪そっくり。

 そっくりと言うより瓜二つだ。二重存在(ドッペルゲンガー)が実在した/そう言われても疑いはしないだろう。

 ただ……

 

「エロかったな......」

 

 ふと口から洩れる――心のそこからそう思えた。そういう事を売りにしているのなら是非とも相手して貰いたい。

 一人の大人として、社会人、警官としてあるまじき考え/そう思えたのだから仕方がなかった。

 

「昼時にピンク色の妄想か。いいご身分だな」

 

「......ども、沖津さん」

 

「あーあー、ろくでもない顔しやがって」

 

 喫煙所に入ってくる世間からの嫌われ者(きつえんしゃ)/一期上の魔法師+同じ喫煙者――麻薬課所属の沖津貴彦警視。

 つい前日まで寿和と同じ警部――晴れて警視となったが、麻薬課と言えば魔法犯罪課に次ぐ窓際部署――大して立場は変わらない。沖津警視殿もニコチン切れでわざわざ一箇所しか配置されていない、この場所に足を運んでいるのだ。

 

「タバコの切れる速くないですか?」

 

「お前のせいだ。あんだけの人数どう捌けってんだ。貫徹にエナジードリンクガバ飲みだ」

 

「うー、想像するだけで胸焼けする」

 

「お前のせいだって分かってるか? ......まあいい、お前とこはお客さんと共同捜査しているそうだな」

 

「はい。六道ビルで起きた案件です」

 

「貧乏くじを引いたな五貫(いぬき)さんは」

 

 沖津はタバコの灰を落す――その目に映る哀れみと愉快そうな視線/腹いせの意味。

 

 肩を落とす。「ホントですよ。捜査官に振り回されっぱなしで」

 

「ざまあねえ」タバコを咥え楽しいといった表情が一面に出た。「豪快なマッチョマンだ」

 

マン(man)てかウーマン(woman)......」

 

「は、はは。扱いづらい訳だ。......別嬪さんか」

 

「まあ、はい。綺麗ですよ」素直な感想。「でも性格の可愛げが抜け落ちてるっ感じで」

 

「女に見せかけて男って事じゃないのか。向こうは多いと訊くぞ」

 

「ナチュラルですよ。あれは」タバコの灰が落ちかける――灰皿に落す。「性格がなんていうか硬い(ボイルド)なんですよ」

 

「取り繕ってるだけだ。そういった女ほど下の中はふかふかだ」

 

「セクハラで訴えられますよ」

 

 吸い切るタバコの火をもみ消す/喫煙所のドアに手を掛ける――沖津がふと洩らす。

 

「『血浓于水』......探してるんだてっな」

 

 動きが止まる。「......はい。お六の残したピースです」

 

「メトロだぞ。手は出さないほうがいいじゃないか?」紫煙を吐く沖津の目は笑っていなかった。「後輩の葬式はこりごりだ」

 

「死ぬ事も含めて事件解決が自分達の仕事です」

 

「気取るな。お前は人斬りになれない」

 

 溜め息――見透かした言い方。「マスキング処置は効いてますよ。横浜でも機能しました」

 

「馬鹿な野郎だよ。お前は」沖津は二本目のタバコに火をつける。「“ダックカッセラー”の大騒ぎで薬物売人(ジャンキー・メイカー)は萎えちまってる。当てはあるのか?」

 

 大きな溜め息――沖津を見る/新しいタバコで誘導する。

 

「何が欲しいです?」

 

「話相手。もう一本付き合え」

 

 薬物売人(ジャンキー・メイカー)の居場所をよく知っているのは沖津――捜査の手掛かりを餌にタバコ中の話相手を獲得した。

 汚いやり方――害悪は無い/あるとすれば自ら肺を黒くしているくらい。素直に付き合う。

 新しいタバコに火をつける。

 

「三箇所教えたな。薬物売人(ジャンキー・メイカー)の居場所。」

 

「はい。“ダックカッセラー”と清瀬再開発区の不法占拠者(スクワッター)。それと渋谷の”エンジェルダンサーズ“」

 

「”エンジェルダンサーズ“は除外しろ。先日入れた」

 

「どうだったんです?」

 

「真っ白だ。こんなもん投げつけてきた」

 

 薬品の型番/成分表――連邦政府許可の福祉薬。

 

多幸剤(ヒロイック・ピル)......なんですこれ」

 

「財務省の知り合いに訊いたよ。USNAの福祉薬として開発された薬だそうだ。……でもどうにも黒い噂が絶えないだよな」

 

「福祉薬ならなんともなさそうですけどね」

 

「薬てのは効果が物を言う。資金提供のスポンサーが少々危ない噂が多い企業だ」

 

 成分表に目を通す――『血浓于水』とほぼ同一のもの/主任研究員の名前――ビル・シールズ。

 販売元の企業――まさかの企業名。

 

「オクトーバー社......マジですか」

 

「マジのマジだ。北アメリカの有名どころ。食品に化粧品、家電に医薬品、軍需品何でもござれのオクトーバー社だ。同族経営を貫いてきたが数年前の資金洗浄騒ぎと、重鎮クリーンウィル・ジョン・オクトーバーの男子未成年の売春騒ぎ、トドメにオクトーバー社CEO、グットフェロウ・ノーマン・オクトーバーが失踪で事業を縮小した」

 

「の割には勢いが変わらない気がしますよ」

 

「軍需系から手を引いただけだからな。あのそこ強みは医薬品だ。お前の使ってる拡張現実(オーグメント)だって元は外部電脳装置と兼用品だったのを聴覚障害者向けに演算機能を込みで売り出してる。他にもロボット産業も無視できない」

 

「ロボット産業て、ヒューマノイド・ホーム・ヘルパーとかの人型ロボットですか?」

 

「それもあるな。事業縮小と同時にその分野は日本人に買われたがな」

 

「へー、誰です」

 

「三矢元」

 

 ビックネーム――十師族の名前/三矢家の現当主。

 国際的な小型兵器ブローカー――魔法技術以外は後れを取る日本/機械化で繁栄を手に入れた国の技術を欲するのも分かる。

 

「買ったのは良いが所有権利は別企業に譲渡している。渡した先はミームナード社」

 

 聞き覚えのある社名――携帯端末で調べる/ミームナード社――検索結果。総合電機メーカー。

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと社名に引っかかって」

 

「ミームナード社か? そらお前の家なら知ってるだろ」

 

 沖津が不思議そうに言う――言葉の意図がいまいち分からない。

 言葉が続く。

 

「ミームナード社は師族の息が掛かった会社で有名だ。株式の九五パーセントは六塚家と三矢家が所有している」

 

 六塚家――思いもしない名前/お六の勤めた「逓信省」のボス――六塚紺地の家系。

 不明な枝が生えた――捜査官が言う“行方不明のガイノイド”の販売元が繋がる。

 

「話が逸れたな。オクトーバー社は事業縮小と同時に連邦政府に多幸剤(ヒロイック・ピル)の製造権を剥奪されている」

 

「じゃあ、どうして『血浓于水』がメトロから溢れているんですか」

 

「さあな......亡命希望者が地下に逃げたって可能性もある。詳しくは分からんがな」

 

「他に多幸剤(ヒロイック・ピル)の製造権を持っているのはどこです? 『血浓于水』を水増し販売なんてな芸当、早々出来ないですよ」

 

「ああできない。製造法も連邦政府が秘匿してる薬だ。製造法を知っている人間を連邦政府は外には出さんだろうよ」沖津の目が一瞬笑った。「ただな。この時期にお上りの奴等が来ただろ」

 

 茶化した言い回しに該当する者たち。「魔法関係の学校に入学した着た留学生ですか」

 

「ああ、入国手続きには多幸剤(ヒロイック・ピル)の関係者がいた」

 

 沖津は一層深くタバコの煙を吸い込む。吐き出す煙と同時に言う。

 

「ビル・シールズの姪。アンジェリーナ・クドウ・シールズだ」

 

「マークはしているんですか」

 

「いやまだだ。多幸剤(ヒロイック・ピル)の関係者てだけで尾行は大げさだ。だがあれはたぶん魔法師だ」

 

 喫煙所に付けられたテレビからお昼のニュースが流れている――時間経過を教える/40分近く話している。沖津も話過ぎだと分かり始める。

 

「『血浓于水』の薬物売人(ジャンキー・メイカー)の居場所だったか。渋谷区の風俗街に監禁専門の店が目星にしている。後は池袋を中心に顔を利かしてるフィリピンギャング共だ」二本目のタバコを揉み消す。「渋谷はドラッグ浄化はまだ済んでねえ。指持ってかれんなよ」

 

「そんなへましませんよ」

 

 寿和もタバコを消す――備え付けのテレビに流れるニュースを見る。

 ニュースキャスターとコメンテーターの話題/歴史的天体ショー。

 

「ベテルギウス、爆発したんだってな。ガンマ線どうなんだ?」

 

「地球には影響は無いみたいですよ。念のために北アメリカがガンマ線バーストの制御術式をネットで公開してます」

 

 ベテルギウス観測図――昨日撮影された観測図/数年前に撮影されたオリオン座の中から姿を消していた。

 冬の大三角はもう見られない――今年が最後/天体望遠鏡の売り上げは良いと聞く。

 

「二週間、地球から夜が消えるそうですよ......」

 

「そりゃいい」口臭消しガムを食べる沖津。「夜勤がこない。働き続けれるぞ」

 

「社畜じゃないんですから」

 

 来る地球規模の白夜――睡眠と取らず働く気でいる沖津/寿和は夜が来ない事にげっそりしてしまう。

 喫煙所を出る/昼終わりの眠気を食い殺す。

 

 話し終えてスッキリした表情の沖津。「じゃあな。お客さんとがんばれよ」

 

 先輩の茶化しにも似た激励/素直に言葉通りに受け取る、「ありがとうございます。沖津さん」




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