マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット30

 17時35分

 

 日本魔法協会関東支部付近/狂ったパレード――難民たちの凱旋。

 十文字克人――幾枚ものファランクスを造り雪崩のように進軍する難民を押しとどめる。

 難民の顔に張り付いた機械が造りだしたような笑顔――肉体の枷から放たれ異常な力を発揮する。

 轟音――空を舞う難民/骨がいくら折れようとも立ち上がる――苦々しい表情のジャック。

 

「ゾンビは土に還ってください」

 

 高速で動くルーカス/動くたびに声の発生源が移動しあちこちから声が聞こえる。

 

「エクソシストは俺らじゃねぇ。リアムのクソ神父にでも祈ってもらうんだな!」

 

 鉄パイプが振るわれる――骨が折れる音があちこちから聞こえる。動き続ける。

 二人との相性が最悪に悪い相手――肉の塔に腰掛ける童女。緋色のワンピース/フードで顔が隠れ口元だけが覗く。

 

 寝言のような呟き。「......ねんねんころりよ......木の上で......風が吹いたら......揺れるのよ」

 

 童女を崇拝するかのように幾人もの人たちが積み重なり、彼女が座る玉座を創り出す。

 

くそったれ(ファック・オフ)だ!」高速に動き続けるルーカス――敵の腹に飛び込む。

 

 祭りのように大通りを塞ぐ難民たち――潜り抜ける。

 塔の目の前まで接近/ジャックの支援――リュックの奥底から小玉スイカを取り出し両手で投げる。

 パレードの中に落ちる――硬い表面が内側から捲れ上がる/甘い香りと散弾の勢いで飛びだした種が敵を打ちのめす。

 種をすり抜け塔を駆け上がる――積み重なる難民が指示を受けたように動き出す。

 腕を伸ばしルーカスのアクセサリーを掴む/鉄パイプが振るわれ掴む腕を砕く――塔から抜け出た難民の一人/機械的な笑顔。

 

「アリストテレスの頭痛は黒き月のアップコンバート! 蛙の糞尿が顧問官!」

 

 手に持った角材/脳天に振り下ろす――かすかに笑ったルーカス。懐から秘密兵器――グレープフルーツ。

 

 悪戯っ子の様に意地悪な笑顔。「Bang!」

 

 塔の内側に投げ込む/ゆっくりと落ちていくルーカス。

 十文字克人の判断――あのままでは炸裂に巻き込まれる/ルーカスの周囲をファランクスで取り囲む。

 炸裂――内側から吹き飛んだ肉の塔/崩れる――数人の難民が童女をキャッチ逃げだす。

 

 十文字克人/怒鳴り声。「逃がすな! 逆賊は皆取り押さえろ!」

 

 協会魔法師も勢いを取り戻す――童女の行く先を塞いだ難民。

 魔法師たちに掴みかかる/引き倒すことも羽交い絞めにするわけでもない、縋り付いただけ。

 難民の合唱――煉獄が漏れ出る。「悪意なる聖なる火よ! 浄化の炎を!」

 途端に難民たちが燃え上がる――自然に肉体に火が灯り、自身を薪に魔法師に火を移す。

 悲鳴――絶叫/ありとあらゆるところから木霊する苦悶の声。

 

「火を消すのだ! 一人たりとも死なしてはならん!」

 

 難民たちからも悲鳴が聞こえた――正気に戻ったといったほうがよかった/声は意思が感じられた。

 燃え広がる――狂ったパレードの幕引き/最悪の方法――全員の焼死。

 地獄と相違ない煉獄の光景。

 煉獄の炎は燃え広がる。

 

 

 ***/****

 

 

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 魔法協会――空気を震わす狂戦士の雄叫び/勝利の咆哮。

 地面に沈んだ要塞=ナノマシン硬化で置物同然のノア――心臓を潰され機能停止。

 獲物が陥落し別の獲物を探す――すぐに見つかる。第一高校生徒たち。

 息を吐くように鎧から水蒸気が噴出――まともに歩かなかったスチームが歩き出す。

 無防備な状態/姿、足運び――さっきまで殺し合いをやった者とは思えないほど落ち着いた素振りで近づいてくる。

 足が竦む。幹比古が思い出した敵の歩き方――大戦の引き金を引いた《女王》の信徒たちがあのような歩き方をしたと聞いた。殉教者の歩み。

 無防備であればあるほど歩む者は甚大な被害をもたらし、激烈な戦闘を経て死んでいく――イタリア大戦での兵士の言葉が繰り返される。

 千葉エリカ――大蛇丸を構え戦闘態勢/跡に続く西城レオンハルト――戦いになるのか不安になる。

 一方的に殺されるのでは?/他の仲間、蚊のやじろべえが応援に来て嬲られ最悪な殺され方かもしれない。想像もしたくない自身の死体姿が脳裏を掠める。

 

 騎士から発せられる機械的で不気味なしゃがれ声。「Gaaaaaaa!!」

 

 呪符をくしゃくしゃになるぐらい強く握る――睨みつける。

 丸腰の相手がここまで怖く感じたのは後にも先にもこれだけであってほしい――スチームの口から火種が漏れる。

 奇妙な音。

 水がポンプで吸い上げられるような奇怪なノイズ――スチームの背後/それが息を吹き返す。

 全身の筋肉が脈動する――腕の筋肉、足の筋肉、腹の筋肉、背中の筋肉。ありとあらゆる筋繊維がリズム良く動く。一個の心臓を彷彿とさせる動き。

 ノアの黒く硬化した表面が赤みを帯びる――内側から熱せられ赤く灼熱する金属/軟らかくなったナノマシン装甲――立ち上がる不屈の猛獣(ハルク)

 

「まだ......終わってねぇぞ。......くそったれ!」

 

 溶鉄の城――この言葉がぴったりな姿。

 ノアの心臓はすでに再生不可能なほど細胞単位で破壊されていた。

 心臓を潰されたノアが取った行動――咄嗟の思いつき。

 心臓はようは筋肉の塊/心臓がないならば、血液を循環させるモノを作り出せばいい――馬鹿げた思考の先に成し遂げた応急的な行動。全身の筋肉で血を循環させ血液を回す。心臓はただ止めるだけ/特殊検診で獲た能力は筋力強化・不随意筋を動かす識閾野の獲得。

 怪物的な筋力、心臓の心筋、消化管や血管をはじめとして多くの内臓にある平滑筋を任意的に動かす識閾野。

 このすべてが今の状態を作り出す。赤く焼け焦げた鋼鉄の要塞。

 苦しい息の中、口に溜まる血を吐き捨てる――地面に散った血がコンクリートを溶かす。

 高温度の血液――筋繊維の動きで熱せられた灼熱の血液。

 ノアの血液は特別製――筋力強化の特殊検診を受ける人間では当たり前。

 人の熱を作り出す箇所は大体が2箇所――胃腸や肝臓などお腹の内臓・肉が伸縮して熱を発する筋肉組織。

 その一つである筋肉組織を普通では動かさない動かし方をすればどうなる――異常な熱を持つ/熱は血液を沸騰させる=死を意味する。

 それを避けるため人体強化、特殊検診に措ける措置として体内に保有する血液は通常のものより沸点の高い人工血液が使用され定期的に入れ換えられる。

 ノアの特別製血液は通常の人工血液の3倍の温度――摂氏500℃まで耐えうる。

 人体改造の極致/人間の域を遥かに超えた強化された存在(エンハンサー)

 第三ラウンドの開始――どこかで響いた爆音。開始のゴング。

 両者距離を縮める――空気を震わす殴り合い。

 腕が届く範囲/スチームの右フック――肘から噴出した水蒸気で勢いを増す。

 後方へスウェイ。鼻頭を掠める鎧。死角から撃たれるガゼルパンチ/ノアの腹筋に入る。

 飛ばされる/ノあの背後にきらきら光る粒子――ベンジャミンの援護/切れ味を落とした糸を形成――リングロープを作り上げノアを野晒し喧嘩(ストリートファイト)に戻す。

 立ち直るノア/左ジャブ――ヘルムの右頬に灼熱の拳が入る。

 赤く焼けたヘルム/態勢を低く構えアッパーカットを放つ――両手で受けとめる/スチームにクリンチを掛けるノア。

 ヘルムに何度も拳を入れる。灼熱の拳はスチームの鎧を徐々に溶かす――水蒸気を吹き上げクリンチから抜け出すスチーム。距離が離れ視界も水蒸気で塞がれる――霞の奥より現れる要塞。高速で放つコークスクリュー・ブロー。

 スチームのどたっぱらに高熱の逸物が突き抜ける――鎧を溶かし、腹の中身を溶かし反対側へ突き抜ける。

 引き抜かれる腕――ぽっかりと空いた穴/白い液体がどっと溢れ出す。

 スチームはこぼれた腸でも戻そうとするように押さえるが体内に抱え込む液体はとめどなく溢れる。

 

 ヒューヒューと苦しそうな息使い。「てめぇのその鎧の中、殆ど空っぽじゃねえか」

 

 溢れる液体を止めるのを諦めた――拳を構えサイドステップ/ノアの正中線に沿い五段階ジャブ。

 見切ったノアのカウンター――ジョルトブロー/重かった筈のスチームが紙くずのように空を舞う。

 空のドラム缶が転がったような伽藍堂な空虚が聞こえる――血交じりの唾を吐くノア。

 スチームの胴体を穿った腕を見る――真っ白な粉/白い体液が蒸発し残り屑がこびりついた。

 直感――確信/子供の自由研究並に幼稚な現象を利用した防御術。

 

「てめえの体の中身は全部、レイノルズか」

 

 誰もが一度は聞いて事があるはずだろう。夏休みの自由研究にもできる簡単な非ニュートン流体の一種。

 レイノルズ/またの名をダイラタンシー――片栗粉2に対して水1の割合で混ぜ合わせれば出来てしまう混合物。

 外力が加えられて固体のような抵抗力発揮。外力がなくなれば元の液体に戻る液体――面白可笑しな液体/自由研究素材。そんなものでも応用すればノアの拳も防ぐ合金のような液体に早代わりする。応用技術では防弾チョッキやリキッドアーマーが存在する。

 スチームの体の中身は殆どが特殊なダイラタンシーで満たされている――体の所々から出す水蒸気(スチーム)は云わば足側に溜まっているダイラタキシーを構成する特殊な微細粒子を体に循環させ、調合をしているに過ぎない。

 構成されたダイラタキシーの鎧と拳は何よりも硬く、痛い不壊の拳に生まれ変わる――肉体の重みも体の中に押し込めた微細粒子と圧倒的な蒸発速度をもつ液体が圧縮され詰まっているからだ。

 そんなスチームの武器が溢れ続ける――空のドラム缶も同然だ。

 

 唸り声。「Gaaaaaaaaaa......」

 

 弱弱しく立ち上がる――にわかに爆音/さまざまな騒音。

 蹄が叩きつけられる音/間をあけて聞こえる重い音/翼が羽ばたく音/ジョット機の音。

 突如として現れた蛆虫――ヴェルミ・チェッリの一団。

 走り迫る蚊の姿/ミキサーのような破砕刃を口に嵌めた猪/その上でロデオをするピエロ。

 巨大な人面梟/梟に掴まれたムカデ妊婦――難民に抱えられたワンピースの童女。

 喚起の雄叫び/狂った奇声を上げるスチーム――鎧の内側が燃え上がる。

 

 うめくノア。「この数と奥の手は勘弁してくれよ」

 

 鎧の隙間から炎が燃え上がる――強く拳を握る。決意とは裏腹に背を向けた。

 

「あ! 逃げんな!」

 

 軽くなった肉体を存分に使い、地に伏せる死した虎の骸を担ぎ上げ逃げる。

 後を追うノア――腹の中に溜まる灼熱の血液が自身を殺すのが走れば分かってしまう。

 渾身の力を使い、スチームの得物を掴み取る――巨大な石刀/緋色に輝く美しい大剣をスチームに向かってぶん投げる。

 片腕で払い退けられる――地面に刺さる。死の刻が差し迫りる肉体に鞭打ちヴェルミ・チェッリの一団を追う。

 横浜湾――奇声を上げる怪物たち。

 

「キシッ! キシ! キシシシキシッ!」コンクリートを割りながら走るモスキート。

 

「フギッ! フギッ! フガッ!ガギッ!」廃車も何もかもを食べながら走るクラッシャー。

 

「ギャッフハハハハハハハ!」ロデオで上機嫌のユナボマー。

 

「ホーホホー、ホホホー」抑揚のない声で優雅に飛ぶオウル。

 

「あぁああ。んっんん!」陣痛の痛みのような嬌声を上げながら腹を押さえるセンティピード。

 

「ぶっ刺してやる。ぶっ刺して吊るしてやるッ!」鋭い針を唸らせ空を飛ぶスキュアリング。

 

「............」難民に担ぎ上げられ穏やかな悪夢に浸るニンフ。

 

「Gaaaaaaaaaaaaa!!」(ルゥ)の死体を大切そうに脇に抱え怒れた声を上げ続ける。

 

 なぎ倒し、走り波止場――怪物たちが海に身を投げる。

 モスキートとクラッシャー、ユナボマーは防波堤を壊し巨大な水柱を立て沈んでいく。

 空中に飛ぶ三匹は勢い良く身を投げる――同じ位の水柱。

 子供を寝かしつけるように慎重にニンフを海に沈める難民――ニンフを沈めた後に防波堤の残骸で自ら頭を強打し死亡。

 

「待ちやがれぇ!」

 

 その言葉に反応をしたスチーム――足を止める/真っ赤な紅蓮が体をなめている――燃え上がった鎧で(ルゥ)の死体が焦げ始めていた。

 ベコベコに歪んだヘルムの口が動く――しゃがれ声/だが幼い印象を受ける声。

 

「ご......ろぉぉ、じて......やぁぁる」

 

 幼子が覚えた言葉を使うように発せられた言葉――背を向け海に飛び込む。

 口からどっと血が溢れ返す――ナノマシンの硬化がなくなり肌が自然の色に戻る。

 

「あぁ、疲れた」ノアの巨体が自身の血の中に落ちた。

 

 ヴェルミ・チェッリが残した煉獄の火種が燃えがる感覚得た――すべてを浄化する暴力的な綺麗な炎の色。

 自身血が身を焼いていた――静かに眠ろうとする。

 いきなり消火器を掛けられる――消火器片手に蘇った”再来者(レブナイト)“――クソ神父リアム。

 

「寝かせろよ、クソ地獄に落ちちまえ」




次回フェニークス戦、横浜騒乱編最終回です。たぶん。
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