17時05分
横浜国際会議場ホール――ステージに置き捨てられた重力制御魔法式熱核融合炉のデモ機。
無人になった国際会議場/ホール内に現れる奇抜な格好の男。
一見すると美少年。シルクハット/三つ揃いの背広/黒の蝶ネクタイ/皮手袋で持つステッキ――時代を間違えて英国紳士。
リアムとは違い好感の持てる笑顔を浮かべホール前方に向かう。
確りとした足取り――青年の革靴が人が消えたホール内に無駄に響く。
ひょいと飛びステージの上に/静かにデモ機を撫でる。
「本当に現れるとは。イライジャの勘が当たってしまった」
唐突に聞こえる声――ホール内を反響する。
渋く枯れた、けれどはっきり聴き取りやすい声――青年が顔を僅かに傾ける。
観客席の後方に発せられた声――忽然と姿を出す。
銀色に光り輝く
人間を覆い隠すほどの大きさ――糸が解れる/ふわふわと宙を漂う銀色の糸。
声の主が姿を現した。
悠然と足を組む――執事服の
銀色の繭――
”
「そのデモ機をどうする気かな? 青年、いや、こう呼ぶべきか。ユナボマー・ラーフマン」
ゆっくりと立ち上がる/通路に移動。
「君たちダークタウンの人間は自分自身の本質を通り名にしたがる。その性質を我々は知っている」
青年は答えない。
「君の名前はユナボマー・ラーフマン――何とも分かり易い。ラーフマン、笑い男かと言うことか確かに嗤っている。そしてユナボマー――これは犯罪者の別名だ」
沈黙――ベンジャミンは目を細める。
「セオドア・カジンスキー。まだUSNAがアメリカ合衆国だった頃、全米各地の大学と航空業界および金融関係者に爆発物を送りつけ、3人が死亡、29人以上が重軽傷を負った事件を起こした犯罪者。今でも名が知れ渡っている天才爆弾魔」
線虫は青年とデモ機を取り囲む――
「
青年は後ろを向いたまま訊き続ける。
「我々は”
「
「そんな彼が何故お前達を雇ったのか、どこの国の者かも知れない傭兵たちを。最初私は
「では他の理由は? いかんせん私はもう年でなこれ以上頭は回らなかった。だがイライジャは頭の回転が速く結論を出せた、仮説段階だったが君が来たことにより証明された」
「いかにしてこの日本の地でテロリズムを起こし、戦果を挙げ、戦利品を発生させ、負けたとしても自国に不利益を発生させずに負けられるか。答えはそこのデモ機だ」
青年は暇そうにステッキをくるくると回す。
「それは核融合を利用した発電機だそうだな。私は兵士だったため詳しいことはよくわからない。だがこれだけはよく知っている。核融合炉は
青年はそれを訊きやれやれと言わんばかりに肩を落とす。
「この横浜を戦場にしたことで大亜細亜連合は不利益が出る。この近くの港に停泊しているオーストラリア船籍の大型貨物船が大亜細亜連合の揚陸艦だったとしても、負ける事は目に見えている。負ける確実に。では戦果を得たと仮定して負けたときの大亜細亜連合
「全将兵が消えたことで最小限で抑えられる。ただ負けただけだと死体も残る。直立戦車の残骸も、そこに大亜細亜連合の将兵が居た形跡が。だから証拠隠滅のため、それ水爆に作り変え一気に
「今そのデモ機はまっさらの状態だそうだな。ちょっとデータを書き加えデモ機を作り変えて、断続的にではなく、瞬間的にエネルギーを取り出す。あらびっくり横浜は消えました。核融合炉の水爆転用は大越戦争で実証済みだ。あとは融合炉を爆弾に変える技術を持つ人間が必要だった。それがお前だユナボマー・ラーフマン」
「だがここで問題が発生する。それをやったのは大亜細亜連合だとばれてしまう。そこで君たちヴェルミ・チェッリ出番だ。国籍不明の傭兵が勝手にデモ機を水素爆弾に転用、横浜を消した。これが大亜細亜連合の
青年は何も答えない――プルプル肩が上下に揺れる。
怒りではない。ベンジャミンには青年の顔は確りと見えている。
青年は――笑っている。気づいてくれたことが嬉しかったように。悪戯っ子のように嬉しそうに。
青年はぐるりと振り返る――狂気に染まった笑顔が揺らぐ/感情表現のものではなく、物理的に。
変貌する青年――さらさらと皮膚が音を立て変化。
鼻筋/目蓋の形/頭の形状/髪の色・長さ――身長から特徴、体のすべてがまったく別の人間に
ざわめく砂のような皮膚が動くのをやめた――正体を現すユナボマー。
真っ白の肌/口の周りを縁取る赤いライン――ずんぐりとした体型。服装も合わさり絵に描いたような
「ギャッフハハハハハハハ! ギャギャギャギャ!」耳に刺さる笑い声/まるでステージがサーカス小屋の一角に変わった気分にさせる。
「やかましい声だ。その体、輪切りにしてくれる」
ユナボマーの周囲の
曲芸でも披露する動き/くねくね動く、手を叩く、全身で表現するように大きく万歳――次の瞬間ステージに炸裂が生じる。
空間そのものが炸裂――ベンジャミンは切れ味を最小限に抑えたワイヤーをで体を吊り衝撃を緩和させる。
一瞬過ぎて何が起こったのか分からない――ユナボマーは手を叩いた。次には爆発した、空間が。
気化爆弾の使用を警戒する――立ち込める黒煙。ステージは真っ黒で見えない。
先ほどの爆発でユナボマーの周囲の針金虫は結合が解け消し飛んでしまった。
ベンジャミンの視界は塞がれる――真っ暗な視界の中/鼻も効かない――火災報知機が煙を感知し警鐘を鳴らす。
目も耳も塞がれた。使える感覚は触覚だけである。
細かく息を吐く――半身を機械化していなかったらこの煙の中戦闘は不可能。
かすかに聞こえたダンッと激しい足踏み――煙が流れる感覚に体を動かす。
何かが飛来する――ユナボマーだった。腕を突き刺すように突き出す。
瞬発的に手と手の間にワイヤーを張り防ぐ――ぎゃりぎゃりと削るような奇怪な音がなる。
緊急換気ダクトが動く。徐々に視界が戻ってくる。
驚愕。
ユナボマーの腕を防ぐワイアーが途轍もない火花を散らしている。
視界を周囲に散らばしそれを確認した。
ラーフマンの近距離攻撃――粒子状の皮膚が高速で震動、粒子カッターのように凶悪な武器に体が変化していた。
粒子の震動でワイヤーの結合が緩まりバラける――一本一本切断される。
眼前に迫った敵――未だかつてない強敵。その真実に感動する。
歓喜/狂喜――
「ふッ、ははは! そうだ。この感覚! これこそ戦争だ!」
ベンジャミンの哲学、
09に入って今まで見せたことのない獣が這い出てくる――現役だった頃の自分。
腕の側面部から飛び出す刃物――光り輝く鋭利な武装=旧式の武装内蔵型義腕――高周波振動ナイフ。
ベンジャミンの奥の手――最大級の対応/獲物を獲た獣の眼つき。
両足でユナボマーの腹を蹴り上げる――空中で一回転するユナボマー/綺麗に着地。
駆け出すベンジャミン――容赦ない連撃。しなやかで隙がまったくない身のこなし――白濁とした眸が光る。
ユナボマーの後方でワイヤーが形成される――ベンジャミンの手の動きと同時に接近する。
ステッキを棒高跳びの棒のように地面に着き飛び上がるユナボマー――空中に逃げる。見事な半円軌道を描き着地。
「ギャギャギャギャ! ギャシハハハハ!」怒りを孕む笑い声――ベンジャミンも微笑
みを浮べる。
頬を感じる痛み――震動するラーフマンの腕に掠り血が滲む。
「そうだ。これだ。視界が滲んで、筋肉が強張るこの感覚こそが戦場だ。私が求めた唯一の場所だ」
***/****
日本魔法協会関東支部付近――追い詰められる義勇軍。
恐怖を感じていないように振舞う大亜細亜兵――実際に感じていない。
半分の兵はデジタル・トリップで恐怖を抑制。もう半分は
更なる強化/国際法上で禁止されている
人間の痛みと
夢見心地で化成体を作り出す――更なる造兵。百鬼夜行の誕生――殺戮が始まる。
銃声――直立戦車の呻り/化成体が吐く炎。戦場のさまが平和だった日本に現れる。
手数で勝る義勇軍――数で対抗。狂乱の軍に踏みにじられる。
哂いが起こる。大亜細亜兵の陣形はもう形を成していない――あるがまま獣が表面化している。
「ックソ、撤退だ!」
「後退しろ! 防衛ラインを立て直す!」
戦意を失う寸前――正常な判断を失った兵達に怯えた表情。
後退する協会の魔法師を狂乱の兵が追い回す――ハンティングでもするようにその背中に銃口を向ける。
「後退するな!」
協会魔法師の動きを止める喝破の声――虹のように複雑な色をする壁が敵を叩き潰す。
黒銀の鎧――プロテクターに身を包む十文字克人。
スクラップに変わる直立戦車――大亜細亜兵は止まらない/自信と期待に満ちた表情。
複数の壁=ファランクスが敵を薙ぎ倒す――止まる気配すらない。何処かのゾンビ映画のように雪崩のような勢いで迫る。
不意に敵陣の奥に子供の姿が見える。
ぼろ布を纏う五歳児ぐらいの童子――汚れたブルネットの髪/機械油に濡れた顔は知性的に見えた。
すぐに子供は絶望のような姿に。
前のめりの姿勢――骨格が変わり巨大な漆黒の狂犬に。
遠吠えのような低く、くぐもった咆哮――犬の四歩足で突っ走る。
張り手のような構え――ファランクスを創り出す。
犬の侵攻を止める――協会魔法師は制圧を再開する/ぶつかり合う両軍。
一方は魔法/一方は鉄の弾丸――世代交代戦争。弾丸が薬で勝っていた。
前の状況に戻りつつあった/十文字はファランクで狂犬を止めるので意識を割かれる。
奇妙なことが起こる――優勢だった大亜細亜兵が突如地面に突っ伏す。
あるものは膝を砕かれる/あるものは急に首が九十度の角度に曲がる――ほぼ同時にそれは起こる。
「お前たちは今、奇跡を見た」
その言葉と同時に現れた男――複数のアクセサリー/赤いバンダナ。両手に持つ鉄パイプが夕日に輝く。
「お前たちは俺を捕らえる事は出来ない。走って十メートル0.1秒出せないようじゃな」
格好をつけた決めポーズをする男――呆れ顔の大亜細亜兵が引き金を引いた。
銃声と同時に男の姿が消えた――煙が風に消えるように。
途端に数人の大亜細亜兵が宙を舞う――目を向く/敵陣の中で起きた状況に。
何とか捉える男の姿――途轍もない速度で動いている。優美に無骨な二本の鉄パイプを片手に敵を叩きのめしている。
「これは流体力学と慣性の法則を自在に操る破魔の鉄パイプだ。貴様等のような悪党の跳梁跋扈を防ぐ抑止力であり、正義の執行者が持つことを許される。決して血を見ることのない平和で血の弱い奴にも優しいく無血の誓いを立てた俺の、カルタヘナの天使の最高の武器だ」
高らかに告げる言葉――バンダナの男は姿をまた消す/同時に大亜細亜兵が宙を舞った。
見境をなくした敵兵はむやみやたらに乱射する――直立戦車が動き出す/自動追尾が僅かにバンダナ男の残滓を捉えた。重機関銃が火を噴く。
自立戦車に黄色い球体がぶつかる――さまざまな場所から投げ込まれる。
キドニーの足元に転がったそれを十文字は認識した。
「グレープフルーツ......?」
ころころと転がりファランクスの壁にぶつかった――瞬間グレープフルーツは鋭い音を発し爆発した。
その音を皮切りに――ばん!/ばん!/ばん!――あちこちに転がったグレープフルーツが爆発していく。
グレープフルーツの爆発に巻き込まれた大亜細亜兵=足や手があらぬ方向を向いていた。
宙を舞い地面に叩きつけられる/キドニーも爆発に飲まれる――キャイン! と声を上げ後ろに下がる。
曲がり角から印象の薄い男がひょっこり顔を出した。
片手に学生の工作のようなポテトガンを持っている/透明なアクリル筒にはグレープフルーツがぎっしり詰まっている。
「ようやく見つけました。十文字克人さん」
「あなたは?」
リュックのミニポケットから身分証を取り出す――リュックの中身はやはりグレープフルーツが詰まっていた。
「委任事件担当捜査官ジャック・ウェルソンです。そして――」
「委任事件担当捜査官ルーカス・ローズだ。よろしく」
ルーカスと言う男は一瞬だけ姿を表しまた消える。
「あなたの人命は
十文字克人は進軍を指示しながらジャックに質問する。
「先ほどの爆発はあなたが?」
「え? ああ、そうですよ」
「グレープフルーツが爆発するとはどういうカラクリで?」
「化学反応です」
男はちょっと得意げに話した。
ジャックの特殊検診の成果――体内での化学物質の合成/特殊カルシウムの形成。
さまざまな調合で事態に応じた爆弾・地雷・機雷を生成――時限式にも出来る/究極の生きて動く
「僕の体は法的には小規模な化学工場なんですよ。ニトログリセリン、ペンスリット、ニトロセルロース、テトラニトロメタン、ジメチルジニトロブタン、生成次第じゃオクタニトロキュバンも作れます」
まるで爆薬が足を生やしてあるいといるのかと錯覚してしまう/恥しそうに頬を掻くジャック。
「僕たちは自身の有用性を証明しているんですよ。こういった敵を見つけて叩いて潰しまわって」
その言葉にルーカスが反応。「そうだ! 我等は有用性の実行者である!
叫びは激しさを増し敵を次々と薙ぎ倒した。
「僕たちは僕たちを救う人間を求めます。十文字克人」
ジャックはにっこりと笑顔を見せた。
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