マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット22

 16時33分

 

 横浜上空――大空を統べる魔法師の群れ。

 夕日で反射し黒さを増すムーバルスーツ――大空を舞う死神が如く。

 達也を取り囲むように飛ぶ独立魔法大隊の兵/統制され、達也を中心に動く。

 CADから発せられる青白い光――空爆のように地上の大亜細亜兵を蹂躙する。

 直立戦車/大型装甲車両――区別なく平等に降注ぐ。

 魔法で貫通力を増した銃弾は敵車両の装甲をやすやすと貫く――車内から僅かに聞こえた悲鳴/車両の停止。

 直立戦車/大型装甲車両の砲台――応戦/武装としては申し分ない――十分過ぎる。

 ただ達也が居たのが終わりだった――敵の凶弾に倒れる大隊の兵/達也が魔法を使用する。

 傷が消える/倒れた兵は何事もなかったように立ち上がる――CADを再度取り撃ちだす。

 最強にして最悪の魔法――再成。

 24時間前なら『死』ですら無効化してしまう魔法――異端中の異端/自然の摂理に人類が打ち勝った象徴。

 通信機からやかましく聞こえる声=隊員の笑い声/歓喜――狂気。

 一方的に蹂躙する愉悦――悦び。達也は隊員がムーバルスーツのマスクの下でどんな顔をしているかを容易に想像できた。

 笑っているに違いない/満面の笑顔で――狂気の一番現してはいけない笑顔を。

 感情が軽薄化している自分には感じれない感情――ただ俯瞰するだけ/神様だったらこんな感情なのだろう――無関心なはずだ。

 最後の大亜細亜兵が倒れる――興味も何も惹かれない/飛び去る――それに続く。

 

《特…尉―聞…―るか?》

 

 ノイズの混じる通信――風間少佐からの緊急信号。

 

「風間少佐。どうしました」

 

《現…在――へ……がこちらに――至急…応を》

 

「少佐、ノイズが」

 

《未……認――、怪…―を見た…》

 

 通信が途切れる――僅かな不安/背筋をつたうちりちりと熱い何か。

 最後の通信で何とか聞き取った一言――“怪物を見た”

 御家や藤林響子、独立魔法大隊のデータバンクそれらしいものは一つしかなかった――つい先日の軍港を襲撃した<キドニー>の存在。

 通信障害――怪物の遭遇の可能性/大亜細亜兵の制圧――優先事項を決定する。

 

《これから通信妨害を行っている仮想敵を排除する。発信地点を逆探知しろ》

 

 隊員たちの了解の声――すぐに発信地点が割り出される/横浜市内=新横浜ランドマークタワー/最上階通信サーバー。

 旋回――すぐに見える超高層ビル――大戦で倒壊した旧ランドマークタワーの跡地に立てられたもの。

 ふと達也は東京湾を見た――精霊の眼(エレメンタル・サイト)が巨大な炎を捉えた。

 目に刺さるような強烈な光/東京湾を蒸発させてしまうのではと思えるくらいの大きな火が迫ってくる。

 

《と、特尉!》

 

 隊員の声で精霊の眼(エレメンタル・サイト)で見るのをやめる――裸眼でそれを睨め付ける。

 

 奇妙な鳥が一匹いた。

 真っ黒な体表――毛もなにも生えていない/ラバー加工されたようにてかる。

 ジェット機の羽のような翼/翼の中に埋め込まれた四基のスクラムジェットエンジン。出入り口に人口筋肉が使われ風の出入りを調整している。

 翼の真ん中/人の形を何とか留めたもの――顔を戦闘機用のヘルメットが覆っている/酸素マスクのチューブは肺に直接伸びている。

 それの武器/胸骨から伸びた鋭利な、火が結晶化したような巨大な串。

 機械化した肉体――09からの提供された情報の中に居た化け物の一匹=スキュアリング・ジェットスター。

 禍々しい奇妙なそれは四基のスクラムジェットエンジンに火を入れる――耳を裂く様な甲高い音。

 

「あぁッ! ぶっ刺してやるッ! ぶっ刺してやるッ!」しゃがれた女性の叫び声――加速するスキュアリング。

 

 隊列の中に突っ込んでくる――串がギラリと光る。

 陣形を突破しその中の一人を攫っていく――隊員の肩を貫き串の根元まで刺す。

 インカムに届く絶叫――肉の焼ける音。

 音を立て大空へ上昇するジェットスター――更に深く隊員の肩に刺さる。

 上昇を止め急降下――落下。隊員が串から抜ける――そのまま地面に落下。

 他の隊員が救出に向かう――スキュアリングがそれを許さない。

 別角度に態勢を整える――落下する隊員に再度串を突き立てる――それの繰り返し。

 刺す/上昇/急降下/抜ける/刺す/上昇/急降下/抜ける――何度も何度も。

 体が穴だらけになり事切れる隊員――遊び飽きられ地面に捨てられる。

 空を大きく旋回――別の獲物を狙う。

 

「陣形を組め。突っ込んでくる時に攻撃だ」

 

 迅速に動く大隊員――スキュアリングの突入に備える。

 スキュアリングが態勢を整え突貫の姿勢――エンジンが金切り声を上げる。

 

「ぶっ刺してやるッ! ぶっ刺してやるッ!」狂ったように叫ぶ。

 

 迫るスキュアリング――大量のCADが光を放つ。

 無数の弾丸がスキュアリングを打ち砕く――筈だった。

 僅かに身を捩るジェットスター――串がぶれ魔法を払いのける/魔法が串に触れる瞬間、奇妙な感覚に襲われる。

 既視感のような感覚――魔法が巻き戻される=日緋色金(ヒヒイロカネ)が起こすエイドス溯行現象。

 突貫――隊員を一人また攫う。

 

「ぶっ刺してやるッ! ぶっ刺してやるッ! ぶっ刺して吊るしてやるッ!」スキュアリングの叫び。

 

 精霊の眼(エレメンタル・サイト)も光で潰される/魔法も巻き戻される。

 攻撃手段は7.62×51mm弾を撃ちだす武装一体型CAD/柄付手榴弾。攻撃手段にしては弱すぎる――打開策が浮かばない。ただジェットスターの存在だけはこう思えた。

 

「狂ってる......」

 

 

 

 16時51分

 

 第三高校輸送バス――国防軍の誘導で旭区方面に。

 吉祥寺真紅朗を中心に指示が飛ぶ。

 王・鈴玉(ワン・リンユー)の反対の声――港北区から抜けるべきと。

 三島灯子は震えながら王・鈴玉(ワン・リンユー)にしがみつく/なだめる鈴玉(リンユー)

 大隅大樹は何かをぶつぶつしきりに呟く/意味不明な言動――皆逃げろ、皆逃げろ、巻き込まれる。

 

「そこを右折して」

 

 国防軍の人員の指示――バスが旭区に向かう。

 バス内にかすかに聞こえるすすり泣きの声、うめき――あの光景が戻ってくる。

 弾丸を粉々にする将輝/敵を破裂させる血飛沫――悲鳴/銃声。

 別では失望の声――ナナに対する変化の声――なんで笑っていたのか、と。

 戦闘中決して銃弾が彼女を撃ち抜かなかった――魔法なんて使っていない/弾丸が彼女を避けて通る――奇跡のように。

 敵を打ち倒す姿は美しかったが醜くもあった/野生的欲求と理性的欲求をそのまま姿にしたような。

 司波深雪とはまた違った美しさがあった――彼女と子を儲けたら生物的に完璧に近い子が生まれる予感。

 そんな予感と同時に恐怖もある――彼女に逆らったら殺される。そんな確証のない予感に皆が恐怖した。

 異質な感覚――美しさと醜さ/優しさと暴力――彼女を例えるなら火であった。

 気が滅入る/思考を放棄しただだらっとしたくなる。出来るはずもなく現実を見る。

 戦場と化した横浜――今は生徒たちの避難が優先される。

 あちこちでなるクラクション――渋滞が発生し苛立つ市民たち。

 誘導で避難用地下トンネルに/一層クラクションの音が大きく感じる。

 突如大隅が立ち上がる――バスから飛び出そうとする。

 

「大隅! どうした。座ってろ!」

 

 何かに取り憑かれたようにわめく。「こ、ここはダメだ! 迂回すべきだ!」

 

 その声と言葉に別の生徒達の恐怖心が増すのが肌で感じる――警備隊数人で無理やり押さえつける。

 それでも暴れる大隅――手持ちの手錠で縛り付ける/布で口を塞ぐ。

 

 くぐもった声で叫び散らす――「ヴェルミが来る! フクロウが!」

 

 トンネルに入る――数メートル進んだところで停車。運転手の困惑の声。

 

「どうしたんですか?」

 

 真紅朗は運転手に訊く。

 

「交通管制システムの受信が出来ない。動力補給の出力も」

 

 焦りメーターを操作する運転手――唐突にトンネル内の照明が消える。

 バスに不安とかすかな悲鳴が――警備隊の一人が車外に。

 大隅がわめきそれを止めた。

 何が起こっているのか/何もかも分からない――大隅を見る。

 怯えている様子ではあったが何かを知っているようにわめいていた。

 大隅の口に突っ込まれている布を取る/胸倉を掴みようにして訊く。

 

「何か知っているのか?」

 

 大隅はがちがち歯を打ち合わせ、震えた声で答えた。

 

「外に出るな。そ、外いる。ヴぇ、ヴェルミの一匹が」

 

「ヴェルミ?」

 

 やけに肌寒い/車内の、トンネル内のすべてが寒くなっている。

 甲高い悲鳴を上げた大隅/椅子の下に隠れる。

 真紅朗はバスの前方に何かいることに気づく――暗闇の中、眼を凝らす。

 真っ暗なトンネルの中に居た――巨大なフクロウが尻をこちらに向けていた。

 数台前の車両のフロントガラスを突き破り顔をうずめている/人間大なんてもんじゃなかった、このバスと同じぐらいの背丈がある。

 極彩色の羽毛/赤と青の斑模様/機械化した脚――左足が霜に包まれている/右足が白く白熱している。

 うずめる顔/車内の何かを啄ばんでいる――国防軍の車だ。

 顔を上げる――/首が180度回転する。

 ハート型の顔の模様――鳥の顔だったが人間だった頃の雰囲気を色濃く残していた。

 奇怪なフクロウ――ニターと小さなくちばしで笑顔を描く。

 口元を赤く濡らしのしのしと鈍重な動きで地面を歩く――先程より食んでいたものが見えた。

 それは人であった。

 腸を啄ばみ、血を啜り、骨を齧ってげっぷをする――人外魔境の生物が暗闇に居た。

 異変に気づいた警察が駆けつける。

 そのフクロウを見て驚愕の表情――発砲。

 銃口からの光でフクロウの表情がくっきりと見える――バスの中で悲鳴。

 灯子が真紅朗にしがみついている/どう反応していいのか、どう対処すればいいのか。

 考えるが浮かんでこない――フクロウが動く。

 大きな巨体がぬっ、と伸びる――細長い形に変化した/警戒すると細長くなる。

 ゆっくりとした動きで両羽を突き出す――噴射機が内蔵された腕。ファンが激しく回転を始める。

 警察官の悲鳴――うめきのたうつ/徐々に動きが鈍くなる――体に変化が生じる。

 瑞々しかった肌が皺枯れる――細く水気がなくなる。

 細くこける――まるでミイラのようになってしまう。

 

「ホーホホー、ホホホー、ホーホホー、ホホホー」抑揚のない野太い声/ガサガサとノイズが混じった。

 

 鈍重な動きで出口に向かう/バスの横に差し掛かる。

 がくがく足が震える――これが何なのか/なんでこんなのが居るのか――考えが巡る。

 ぐるっと首が回りバスを覗き込む――恐怖に染まった悲鳴が聞こえた。

 

「こ、こいつは見えてない。き、聞こえてもない!」

 

 大隅の声が聞こえたが頭に入ってこない/フクロウの顔がこの世の終わりのように見える。

 

「うっ......あっ」

 

 パタンと崩れ尻餅を付いてしまう――フクロウは赤い色の眸をぐるりと回す/何事もなかったように歩き出す。

 フクロウがトンネルを出る――悲鳴が聞こえた/銃声も――すぐに羽ばたく音がかすかに。

 通り過ぎた怪物――バスにそれが残した恐怖の残留だけがしつこく残り続けた。

 

 

 

 17時00分

 

「~♪~♪」

 

 少女はバイクの後ろに乗っている――兄が運転するバイクは乗り心地が良い。

 心が躍る/もう居ないはずの出来損ない(おねえちゃん)に会いに行くのだから――パパにお願いされた。殺してって。

 友達たちはもう横浜(せんじょう)に行ってる/先に遊んでる――私も早く楽しみたい。

 あそこで私たちが遊ぶだけでパパの目的が達成できるだなんて、嘘っぽい――だけど出来るって言っていた。

 兄ちゃん――もしくは私のお腹にいるこの子が達成するって。

 少女は前にいる兄を一層強く抱きしめる――機械化された腕が人間以上の力を発揮する。

 だが苦痛の声一つあげない――いつものことであるように。

 

「フミ。もうすぐ横浜だ」

 

 兄はヘルメット越しに訊いて来る。

 

「うん。大丈夫だよ――いつでも動ける」

 

 腰から下げた刀を確認する――日本刀らしい柄/鞘は違った。

 古風な武器に近代が内蔵されている――刀を高速で撃ちだす装置(、、、、、、、、、)

 少女の”石器(フリント)“――バイクの速度が緩やかになる。

 警察が横浜に向かう交通を止めている。検問のようになっている。

 

「君たち、ここから先は――」

 

 兄は何も聞かずにCADを抜いた――撃つ。

 警官の一人が体にノイズを走らせる――映像のように実体が荒くなり/消える。

 警察は動き出す――拳銃/CADが一斉にこちらに向く。

 

「......ふっ」

 

 少女の頬が釣りあがる/バイクが唸る――走る。検問に向かって。

 兄はバイクから飛ぶ――飛行魔法が発動しそのまま検問を飛び越え、何処かに飛んでいった。

 少女はバイクのハンドルを握ろうともしない――突っ込む。

 バイクがパトカーにぶつかる瞬間――飛翔。

 やかましい衝突音――少女は最高の笑顔を浮べていた。

 鞘に付いたトリガーを引く。

 爆音と同時に射出される刀――刃先は焔に揺れる/鎬地は赤色(せきしょく)に輝く。

 刀自体も近代化されている/空気の流れを制御し緻密な軌道を描く。

 

「あは、ぁははは!」

 

 笑う/嗤う/哂う/呵う――最高の殺陣を作り上げながら。




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