マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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セコンド・ピアット21

 16時21分

 

 横浜に向かうトラック――中に積まれる闘気の塊たち。

 戦闘服に身を包む呂 剛虎(ルゥ ガンフゥ)/ちらりとトラックの奥をのぞく。

 作業服を着込む大亜細亜兵の中に異様なものがあった――薄暗がりの中でも間違いなく光を佩びたもの。

 精巧に作られた西洋甲冑が座り込んでいた/二メートル半はある巨大な鎧/傍らに無造作に置かれた馬鹿でかい石刀――鋭利な石の板とよんでよかった。

 石刀は鈍い青銅色で銅の原石から荒く打ち出されたような、でこぼことした姿をしていた。

 これが(ルゥ)を助けた一体であるのか未だに認めたくはなかった。

 甲冑の奥から寝息のような唸りが漏れている――この音がトラックの荷台に響き渡り兵士の不安を煽る/その不安は近づく戦場の不安に変わり更には殺意に変わり始めた。

 隣に居る青年はしきりに膝を揺する/目の周りは僅かながら落ち窪み、顔の皺は年齢に似つかわしくないほど深いものが刻まれている。

 癖のように頬を掻き毟る/爪で皮が傷つき血が滲んでいた――作業服のポケットからブロック注射を取り出し打ち出そうとする=薬に堕ちた哀れな自国の兵。

 ブロック注射を握る腕を押さえる/泣き出しそうな顔で睨みつけてくる。

 

「もうすぐ戦場だ。意識を保て正しい判断が出来なくなる」

 

 僅かに青年の顔は驚いた/皺まみれの顔が少しだけ笑顔を見せた。

 

「徴兵組か?」

 

 青年は頷く/ブロック注射を床に捨てた――震える手でハイパワーライフルを掴む。

 震えた声で呟く。

 

「実戦......初めてなんです。だから落ち着けなくて」

 

「......いつから薬を」

 

「四年前からです。日本に潜入してから中華街の横流し品を」

 

「そうか」

 

 青年は大きく息を吐く/意識を落ち着かせようと必死になって。

 

「上尉は......なんで軍属に......」

 

「党のためだ。革命軍を潰し大亜細亜統一を果たす為に」

 

「さすがだ、僕は貧民街出身です」

 

 (ルゥ)はその言葉で理解する/こいつは人数合わせ程度で入れられた特殊工作部隊の訓練生だと。

 徴兵制である大亜細亜連合――陸、海、空の侵略を目的に戦力を増してはいる。

 だがその戦火を切る人間達、特殊工作部隊のような兵はほんの一握り/人員が足りない――それに加え党の人間は強行姿勢を崩さず今も他国を侵攻しようと躍起になっている=必然として人数が足りなくなる。

 最後の手段として訓練途中のもっとも成績の良い兵を投入するのだ。

 卒業過程を終えていない訓練兵の殆どはその不安から薬に手を出し身を崩す/この青年もご多分に漏れず薬に手を出してしまっていた。

 死ぬことを恐怖し逃避行の結果がこれで救える者は(ルゥ)ではない。医者か心の許せる者だけだ。

 

「安心するといい」心でもない言葉が出る。「今回の死ぬか確率は二分の八(カジュアル・デット)ではない。五分五分(フィフティ・フィフティ)だ」

 

「え......?」

 

 目で示す――トラックの奥にいる化け物を。

 

「ヴェルミ・チェッリは放たれた」

 

 

 

 16時33分-桜木町駅前広場

 

 街灯カメラに回線を繋げる/操作(スナーク)し横浜中のカメラ視界を感覚する。

 イライジャは更に深くネットの海に潜る――数時間前に回線を塞いだ主を探して泳ぎ回る。

 

「あ、あのー何をしてるんですかー?」

 

 光井ほのかは街灯に手を付け目を伏せるイライジャに質問する。

 

「ちょっと邪魔をしないでいただける?」

 

「ご、ごめんなさい......」

 

 イライジャの強めの発音に怖気づく/内心悪いことをしてしまったと思うイライジャ――溜め息が出る。

 穏やかではない精神/グズグズに熟れた怒り。

 原因=回線を塞いだ主。

 彼女のポジション的プライドがその役割を奪ったことの怒りが心を掻き乱す。

 恐らくその主が今イライジャの前に出てきたらその頭を銃で撃ち抜きかねない/自分でも分かってしまう。

 保護証人の一人に当たってしまう自分がまだまだ未熟であることが痛感できた。

 意識をネットに戻す――今までの妨害の痕跡を探す。ダミーを複数発見。ID検索=趣味の一貫性のない無数の個人サイトに繋がる。

 もっと別の物を探す――深く、どこまでも深く/不意に違和感を感じ取る――IPアドレスがぼやけたような。

 罠のような防壁がないかを調べる/爆弾を解体するように慎重に。

 

 《見て… あなた》

 

 メッセージが流れ込んでくる/一方的に暴力的な勢いで。

 

「うッ、う......」

 

 脳が圧迫されたような感覚が来る――防壁から妙なアバターが飛び出る。

 ピンク色の百足(ムカデ)がうねりながら――またメッセージ。

 

《ほら......見て......! 私のあかちゃん》

 

 更に小さなムカデが出現する――と同時に脳味噌が鼻から出るのではと思うほどの頭痛に襲われる。

 頭蓋を覆う人工皮膚(ライタイト)が収縮し締め付ける――脳味噌自体も虫が這い回るような不快感=ハッキング。

 イライジャはイライジャ自身の肉体がハッキングされ始めたことに気づく。

 

(まずい。ハードのデータを抜き始めた)

 

 脳に埋め込まれたハードにムカデが侵入を始める――ハッキングを受ける肉体が

 閉じている目蓋の下にある眼球が痙攣する/頬の筋肉が引きつる/指先が震える/全身に痙攣が広がる。

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

 見かねた光井ほのか/イライジャに駆け寄る。

 震えで立っていられなくなる/崩れ落ちる――意識はハードの情報を守ろうと悪戦苦闘を繰り広げていた。

 

「大丈夫ですか! 返事をしてください!」

 

 ほのかは叫び声は/イライジャの耳を打ったが脳にまで伝達はされなかった。

 イライジャはムカデに反撃と防衛の両方を兼ねた防壁を組む――一瞬で突破されること覚悟で張る。

 僅かに隙が生まれる――反撃。

 ムカデに操作(スナーク)を掛け奪われた情報と相手を探る――思わずぎょっ、としてしまう。

 

「あ、が......あ、」

 

 痙攣する口で相手の動向を必死で伝えようとする。

 

「大丈夫ですか! 誰か来て!」

 

 ほのかは叫ぶ――イライジャはほのかに伝える。

 

「ヴェ、ヴ…ヴェルミ・チェッリが、き、来た......」

 

 

 ***/****

 

 

「次が来たよ!」

 

 鋭い叫び――アメリアは廃車同然にぼろぼろにした車の陰に隠れる。

 次の間に無数の弾丸が注がれる。

 

「いったい何人いるんだ!」

 

 隣で身を隠すレオ/薄羽蜻蛉の柄を握り直す。

 

「これじゃ持たないね」

 

「どん詰まりてことか」

 

「あたしを誰だと思ってるんだい」

 

 上にボールベアリングを放り投げる――僅かに動きが止まり、敵の方へ飛来する。

 鉄がひしゃげる音と肉を叩く音が響く。禁煙する気も失せ煙草に火をつける。

 片腕を畳み、紫煙を吐く。

 

 無線通信でイライジャに問いかける。《白雪姫。救助ヘリはまだなのかい?》

 

《.........》無音の返信。

 

 何か嫌な予感が無線通信から伝わってくる/吸いかけの煙草を吐き捨て再度無線で問いかける。

 

《訊いてんのかい? イライジャ。返事を――》

 

 次の瞬間頭が割れるようなノイズが飛んできた――それに合わせ背筋を舐められるような不快感に襲われる。

 

「ぎっ......くそ、何だってんだい」

 

「どうしたの?」

 

 直立戦車を一機潰して戻ってくるエリカ――アメリアの陰りを逸早く感じ取る。

 

「仲間と通信できない。おかしいよ」

 

「通信できないのがまずいのか?」

 

 いまいち状況が分かっていないレオ/頭を小突かれる。

 

「孤立するかもしれないのよ」

 

「え、マジで」

 

「嘘付いてどうすんのさ。マジさ」

 

 アメリアが廃車の敵を窺がう――顔を顰める。

 撃ってこない――何かを待つかのようにただじっと待っていた。

 

「なん......だい、ありゃ」

 

 その更に奥にそれが見えた。

 五メートルを越す二本の青銅色をした柱/柱にはトーテムポールよろしくさまざまな表情を浮べた顔が掘り込まれている。

 その柱を見上げる――そこに、あった。

 真っ赤なジャケット/袖からのぞくか細いワイアーで編まれたような腕/顔を見た。

 男か女か、子供か大人かすら判断できない――何しろそこには『蚊』の頭があった。

 黒と白のコントラスト/後ろに更にもう一個頭が付いている。ぶるぶると不規則な方向へ頭が曲がる。

 蚊の腹のように膨れた腹は赤い液体を溜め込んでいた。

 さしずめ腕が短くなったダークラクーといった姿。

 思わず目を疑った――変に動悸が激しかった。

 レオやエリカもそれを見て同じ様子だった――レオが恐る恐る口を開く。

 

「何だ。あれ」

 

「あたしが分かるわけないでしょ」

 

 エリカは混乱している様子で答えた。

 アメリアはウエストバックを確認しベアリングを取り出す。

 敵が後退していく音が聞こえる――エリカとレオ、アメリアは飛び出す。

 敵が逃げ去る――慎重に辺りを見回す/さっきの柱が頭にちらついた。どこにもそんなものはない。

 

「あれは......幻覚?」

 

「分からない......」

 

 消えない不安――後ろに下がる/何かにぶつかる。

 さっきまでなかった二つの(ポール)が聳え立っていた。

 咄嗟に上にベアリングを打ち出す。嘲笑うかのように響く蚊の声。

 

「キシキシッ! キシ! キシシシシキシッ!」

 

 あの巨大な足では考えられないくらいの跳躍力を披露する。

 

「うそだろ......」

 

 落下してくる蚊――(はしら)が地面に刺さる。

 エリカが柱にも劣らない巨大な刀を振るい斬りつける――蚊は一歩踏み出した。

 梃子の原理が働いたのか(はしら)先は途轍もない速さで動く。一歩で十メートルもの距離を移動する。

 レオが極薄の刃を(はしら)に向かい突き立てる――片(はしら)が踏み込んだ。蹴りを放つ――一瞬で眼前に(はしら)が迫る。

 横に避ける――(はしら)は廃車を蹴飛ばす/大空に舞う。

 

「キシキシッ! キシ! キシシシシキシッ!」

 

 笑い声のような不気味な音が恐怖を更に煽り立てる。口元の鋸歯が伸びる――アメリアの足元に刺さる。

 戻る/再度伸びる――今度は正確に心臓を目指す。

 腕で防ぐ。火花が飛び散る――くねくねと動き回る鋸歯。角度を変え更に別方向を目指す。

 けたたましい銃声が響く――敵の増援/蚊が飛翔し増援の前に。

 人の中に混じる柱の蚊――その怪物を讃えるように取り囲む大亜細亜連合兵。

 

「キシキシッ! キシ! キシシシシキシッ!」

 

 不快で気味の悪い声がアメリア、エリカ、レオの耳を裂きつづけた。

 

 

 ***/****

 

 

 雷鳴のような銃声――リアムのショットガンが閃光を放つ。

 敵陣のど真ん中で桐原武明と共に敵を撃ち殺す。

 右脇腹に被弾/抉れる=再生。

 撃つ――敵の腹が生肉の屑籠のようにぐちゃぐちゃに裂ける。

 左肩に被弾/肩がもげる=再生。

 もげた腕からジョットガンを奪い取る。

 腰に下げる高周波マチェテの一振りを抜く。敵にめがけ振るう。

 敵の左肩を深く切りつける。うめく敵――顔に向けショットガンを一発。割れた卵のように粉々になる。

 左膝に被弾/膝より下が千切れる=再生。僅かにバランスを崩す。

 踏ん張り奇妙な態勢からマチェテを振るう。敵の右腿に刺さる。

 後ろに素早く回りこむ/敵の肩を銃座代わりにしショットガンを撃つ。二人同時に薙ぎ倒す。

 敵の足に刺さるマチェテを引く。敵のうめきと肉の焦げ付く音が耳を打つ。

 態勢を崩しかがみ込む敵――マチェテを引き抜きその首をはねた。

 敵を殺す間も薄ら笑いは消えず楽しんですら思えた。

 桐原武明も刀を振るう――身を屈め左下から。敵のハイパワーライフルごと胴体を両断する。

 更に後ろの敵に向に――上段に構える/僅かに角度をつける。

 右の首元から胴にかけ深く切り裂く――すべて切れず途中刃が止まる。別の敵が銃口を向ける。

 ショットガンの閃光――リアムの援護。

 リアムの姿は味方というよりただ殺したいから殺しているようにも見えた。

 薄ら笑いは決して消えず敵を粉砕する/粉砕されながら。

 

「引け! 引け!」

 

 一人の声ですべての敵のトラックが下がっていく――リアムと桐原武明も下がる。

 

「大丈夫?」

 

 壬生紗耶香は桐原に駆け寄る――少々リアムを警戒した眼差し。

 にこりと笑顔を向ける/指先でロザリオをいじる。

 

「体、大丈夫ですか?」

 

 五十里啓は苦笑いを浮べながらリアムに訊く。

 

「ああ、大丈夫だよ。服の方は大丈夫じゃないけどね。あとお腹がへった」

 

 優しげな笑みを浮べながら答える/左肩が再生をやめていれば良心的な神父に見えたかもしれない。

 ぐずぐずと肉が盛り上がる/リアムの肩が元に戻る。

 五十里啓の頬は引きつっている。

 にわかに爆音/敵のトラックがなんにかにぶつかる。

 バックで逃げていたトラック――後ろもろくに確認せずに走らせたのだと思った。

 車体の下からのぞく足を見るまでは。

 

「何やってる! 早く動け」

 

 敵の罵声と怒号――必死に逃げようとする。

 トラックのタイヤが後ろに行こうと回転をしているが一切動く気配がなかった。

 煙を上げけたたましいスリップ音を響かせる。

 リアムはショットガンに弾を装填する。トラックが僅かに前進した。

 全員目を疑う――タイヤは後ろに向かって回転してるのに(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 更に前進/身構える――徐々に速度を上げトラックは前進してくる。タイヤは相変わらず後退している。

 運転手は車内から逃げ出す――操作系を失ったトラックは横転する。なのに前進を続ける。

 車体を擦り上げ火花が散る。進路が変わり道路の端にぶつかる。

 そして車を押していた者が見える――怪物がそこには居た。

 ぐずぐずに熟れ肉にまみれた体――足と手を猪の脚に似た機械化義肢。

 あちこちに生えた赤い体毛――顔から生えた青銅色の四本の牙が車の裏に突き刺さっている。

 がつがつと(ひづめ)を地面に打ち付けこちらを振り向く。

 巨大な単眼の義眼――口の部分に二軸破砕機がゆっくりと回転していた。

 

「フギッ! キッキキギギギキキキ!」

 

 二軸破砕機が回転の勢いを増し恐ろしげな音を奏でる。

 巨大な猪の単眼がぎょろりと一方向を見る――背中を見せ逃げている大亜細亜連合兵。

 (ひづめ)が地面を叩きコンクリートにヒビを入れる。驀進(ばくしん)

 ずんぐりとした体からは思えないほどの速度で大亜細亜連合兵へと向かっていく。

 大亜細亜連合兵をその口に捲き込んだ――街中に響き渡る絶叫。

 バキバキと骨が砕ける音――水音に変わる。腹に備え付けられた排出口から敵の残骸を吐き出す。

 リアムを除く全員に怖気が走る――ぎょろりと猪の単眼がこちら向く。

 

「フギッ! フギッ! キッキキギギギキキキ!」

 

 猪の二軸破砕機(くち)がうねりを上げる/血や肉が飛び散る。

 突進――猪突猛進/(ひづめ)を打ち鳴らし迫り来る。避ける。

 

「が、ッあ!」

 

 リアムの片足が捲き込まれる/瞬時に切り落とす。

 走りながら血肉を撒き散らす――反転。驀進(ばくしん)

 青銅色に輝く二軸破砕機(くち)がリアムに迫った。

 次の間にはリアムは飲み込まれた。

 がたがたと震えながら金属ですら大鋸屑とする破砕機に頭より入る。

 血飛沫を撒き散らし腹より出てくる肉片――細かな骸。

 

「フギキキギギギキキキッ!」

 

 猪はさらなる獲物を探し猛進した。




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