国際会議場――個室/灰色の少女と白雪姫、その脇に仕える盲目の切り裂き魔。
「ハロー、ナナお久しぶり」
白いワンリースのような服=イライジャはにこやかに笑う。
後ろに控えるベンジャミン――僅かな笑みを浮かべ佇む。
「お久しぶりです」
「どうしたの? そんなにピリピリして。戦争が起こるまでまだ時間はあるわ」
「まだ大亜細亜連合が事を起こすとは決まってはいません」
くすりと笑うイライジャ。「
答えないナナ/イライジャは肩を竦める――「今朝失楽園から連絡が着たわ。トゥイー達が大亜細亜連合の工作員の通信を『プール』で見つけたって」
「......またですか。はぁ......連邦法違反、後処理が」
「今回は大丈夫よ。勝手にアダルトサイトに繋いだ訳じゃないし、捜査の協力で正当性が通るわ」
「だといいですが......トゥイードルディムが焚き付けなきゃいいのだけど」
ナナに頭に浮かんだ友の顔――楽園の住人/イルカと人間の同一種/動物と人間の境が消えた新人類が失楽園の『プール』を悠々と泳ぐ姿が思い浮かぶ。
「トゥイー達曰く、”大勢で虎刈りに出かける準備“の連絡――だそうよ」
虎/大亜細亜連合――関連性は一つ。藤林響子から聞いた情報。
5日前に逮捕された大亜細亜連合の魔法師――今回の事件の中核にいる可能性。
取調べの結果を聞いていた――頑なに口を閉ざす/喋らず/ぎらぎらした眼光を飛ばす。
「それで何故虎刈りに? 彼はもう逮捕されている筈です」
「それはもう調べた、今日のこの時間帯に
後ろでふッと笑ったベンジャミン――もう光が入らない眼に色が宿る/闘争の待ち侘び/あるは喚起。
「輸送経路は何を血迷ったかここの近くを通るわ」
「日本政府に、いえ国防軍に連絡は回したんですか?」
「したわ、でもまともに請合わなかった。悪戯電話ぐらいにしか取り合わなかった」
「独立魔法大隊に取り合っては?」
「それもやった。繋ごうとしなのよ受付が」
どん詰まり――他の手段で取り合う方法/模索する。
「そこまで急がなくても大丈夫よ。もう手は打ってある」
イライジャは腕を組む/顎を手で支えながら微笑む。
「九島烈閣下に掛け合ってみたわ。
「そんな無茶苦茶です。いくら何でもこの横浜に何人の市民がいると思ってるんですか」
「ざっと見積もって4万人強かしら」
何も問題がないといった様子で答える。
「心配しなくても大丈夫よ。頭のいい人達はもう動いてる、今日の警察無線を
「どうやってです。横浜は戦場ですよ?」
「これも
「ハンプティ=ダンプティを......よく通せましたね。もうあれは軍の所有物でしたよね」
「そこは九島閣下の後押しよ。彼の言う言葉はいくらUSNAでも無視は出来ないわ」
「そう......ですか」
静かに目を伏すナナ/深呼吸――高鳴る心臓を抑える。
「堕ちすぎないでよナナ。あなたの事後処理は佐渡島でうんざりしてるから」
大きく息継ぎする。「分かってます。もうあの時見たいにはなりません」
歓喜――もしくは快感。
戦場の火種のビジョン――すべてを燃やし尽くす美しい色が見えた。
***/****
護送車――朝から車の震動で揺られ続ける。
手首に嵌まる手錠――特別製。金網が嵌められた窓=強化ガラス。そして首に嵌まる輪――逃走の際に
「で俺は言ってやったんだ。”てめぇの糞を食うぐらいなら犬の方がましだって“てな」
隣に座る男はべらべら喋り続ける――初対面/止まることを知らない口は勝手に喋る話し続ける。
「どう思うよ。あんた?」
男は退屈そうにする――
「韜光養晦、有所作為?」
その言葉を聴き男の顔を見た――へらへらと笑う/チェチェン人の特徴を色濃く残る。やっぱりといった様子。
「この言葉に反応するっていったら大亜細亜連合の人か、なにやらかしたんだ?」
「沉默」
「おいおい。そういうなよ横浜までまだあるぜ。楽しくやろうや」
黙ることを知らない――とにかく喋りたがる。
「日本の刑務所はいいな。綺麗だし、飯はうまいし、何よりゲイが少ない」
着信音/警備の端末から。
すぐに着信が切れる――再度着信/切れる/着信。確信。
「――風呂は入れて」
「その下を噛み切りたくないなら黙っていろ」
驚いた顔/歓喜の表情。「何だあんた喋れんじゃ――」
衝撃/震動――大きく車体が揺れる。
「な、なんだ?」男は困惑。
運転手/警備――何がなんだか分かっていない。アクセルを踏む。
前進せず――スリップの音がけたたましく響く/囚人達の罵声。「何やってんだ!」「進まねぇぞ」「前見やがれ!」
看守が罵声を上げながら囚人達を宥めだす。
車が停止している原因を調べるため警備の一人が後ろのドアを開け、車外に出る。窓からその警備を目で追う。車の陰に消えた。
大きな揺れ/車体が傾く/横転。
腹に響く音と衝撃――車内の壁と床の位置が変化する。
暗転――腕に伝わる感触/割れたガラスが手の平に刺さった――血が滴る/窓の奥に大きな血だまり=警備。横転に巻き込まれ潰される。
囚人のうめき声/沈黙で答える看守――気を失っている。
外から聞こえる怒鳴り声――二号車の警備と看守が発砲。悲鳴。
爆音――車の後ろのドアが吹き飛ぶ。
外――日が注ぎ美しい=悪魔の誘い。囚人の一人が動く/今も沈黙を続ける看守の腰にある鍵を毟り取り手錠を外す。別の囚人もそれに習い、われ先にと鍵を外す。
「ハレルヤ。神の天啓だ。あんた俺たちも行こうぜ」チェチェン人も外に出たがる。
「死にたくなければここに居ろ」
男は首を傾げる――
「鳥?」
囚人が護送車の外に飛び出す――喜びの表情/全員何もかもを捨て、何もかもを手に入れた清々しい心持ち。
降注ぐ日光――絶望が舞い降りる。
一人が反対の道路に走り出す/囚人服の上を脱ぎ捨て上半身をはだける。
それに続く別の囚人――先頭に立っていた囚人の姿が唐突に消える。
爆音――ジェット機のエンジン音と突風を伴う衝撃が周囲を襲う。日光とともに血が降り注ぐ。
巨大な何かが囚人を空へ
どよめき/悲鳴に変わる――歓喜が恐怖に早変り。
四散していく囚人たち。俺が先に行くとばかりに別の者を押しのけながら。
空にいる怪物――地に這いずる怪物が獲物を得る。
一匹が一人を襲う――蹄を打ち鳴らし突進。口を例えられる場所に囚人を巻き込む/腹の排出口から囚人の肉片が吐き出される。
恐怖で動けない一人――崩れ落ちる/地べたを匍匐する様に進む。一本の柱に縋りつく。
ぐらつく柱/上を見上げる――怪物がこちらを覗き込む。柱=怪物の足。
声を上げ逃げる/右に柱/逃げる/左に柱/走る/右に柱。
左右交互に見える青銅色の柱――追いかけてくる。脳天に衝撃――落下。
頭の真上に落ちた柱の足は蟻を潰すように囚人の頭を潰す。
8人で固まって逃げる集団――後方で爆発/火を伴わない炸裂――真っ白な煙が立ち込める。
猛進――怪物の巨体が腕に持つ青銅色の巨大な石刀を振る。
横降りのそれは集団、8人の胴体を両断した。咆哮――喉を潰すかのような怒りの篭った。
刀が踊る――首が飛ぶ。
刀が舞う――∞字を描き胴が四等分にされる。
見事な軌跡を描き続ける――刃先は焔に揺れる/鎬地は
真っ黒な服/口元だけは見える
小柄な少女は弾丸のように素早く移動――斬殺/移動/刺殺/移動/斬殺。
的確な斬り――致命的な損傷を伴うように――確実に相手を殺すように洗練された剣術。
構えもへったくれもない我流の振り――人刃一体。
数人がそれでも逃れる――囚人の姿にノイズ/立体映像のように現実味が消える。
煙と粒子に還元される/姿を消す囚人――その場に居た場所に小さな火が灯り、消える。
天空から舞い降りた神――真っ白な戦闘服/ムーバルスーツの配色が真逆。
一瞬で消えた人影――すべて怪物の所業――地獄に変貌した天国。
その怪物たちは自然災害となんら変わりはない。
炎が燃え広がるように――ただ更なる加熱を求め殺したに過ぎない。
人の形を留めていない怪物は二号車に目を向ける/くるりと反転――二号車に乗る者達の顔が恐怖に染まる。
虐殺/無慈悲に――惨殺/饗宴に。
彼らこそ
"脅迫・誘拐・監禁・拷問・暗殺・虐殺″をこなす
天から舞い降りた白色の
「お......おい。あいつ俺ら見てるぞ。あ、俺死んだ」
男はおどおどしながら諦めの言葉を漏らす/
「お、置いてくなよ!」
「死にたくなければ奴等が消えるまでここに身を潜めろ」
警告をし横転した一号車から出て行く――白色の
「支度を。
灰色の髪/色素が抜け切った血の色の目――その顔には見覚えがあった。
関本勲を殺害すために/八王子特殊鑑別所を強襲の際に居た第一高校の男子生徒――それに瓜二つの顔。
やかましいブレーキ音/大型キャビネット――ブラックドックが用意したトラック。
二台が開く――久方ぶりの再会/仕えるべき寨主。
「
恭しく膝を突く/答える――その眼は闘争の歓喜に満ちる。
「
2095年10月30日(日) 15時35分-横浜国際会議場
将輝と合流/ロビーの警備――着用されている
柱に凭れ掛かる――ナナは虚ろな目で周囲を見る。
脳のハードではもっと高度な――街中の街灯カメラがリアルタイムで視聴中/日本政府公認。
隣に居る将輝――やけに機嫌が良い/うかれている――緊張感がどこかで抜け落ちた感じ。
「将輝......そのにやけ顔をどうにかしなさい」
指摘され驚く将輝。「にやけていたか?」
つんけんした態度。「心底満足した感じでね。緊張感がなさ過ぎる」
「す、すまない」不満そうなナナの表情にたじろぐ。
「
手厳しく指摘――気を引き締める将輝/すぐににやけ顔戻りそうになっている。
溜め息――何があったのか会場監視カメラの映像を引っ張り出す。
25分――ナナと将輝の姿/十三束 鋼。更に時間を送る。
30分――変化無し
40分――イライジャの登場。
50分――それが映った。
ロビー/将輝の隣に並ぶ十三束 鋼/対峙する二人――司波達也、司波深雪の兄妹。
話す――今のにやけた顔になる。
原因は明らか――司波深雪。そして予想/想像/迷妄――将輝は司波深雪に惚れている?
そう考えた途端、どす黒い感情が湧き出してくる――”将輝は私の物“ ”絶対に離さない“ ”消えればいいのに“
はっとする/何を考えていたのか恐ろしくなる――将輝は元々私の物でもなんでもない。なのにどうして?
この感情が嫉妬心であることはウフコックの鼻が証明した。
こういった感情を抱くたびに再確認する。
ナナは将輝に惚れてしまった。好きになってしまった。
ノアの言葉――”惚れたら負けだ。惚れた時点でお前は相手の物だ。だから惚れさせろ、そしたら相手はお前のもんだ“
ぐるぐる巡る思考――甘い思考/殺意の思考。支配欲/親和欲――色々なものがこんがらがってしまう。
「はぁ」二回目の溜め息。
「どうした?」何もわかない将輝が訊いてきた。「幸せが逃げるぞ」
「何でもないわよ!」声を少し荒げてしまい自分でも驚く。
将輝は暴れ牛の相手をするように身構えた。
本当にやかいなものをしてしまったと思う。
相手をするのをやめて警戒に戻る――僅かに頭の隅に残る思考。
会場ロビーに目をやる/高校生=共同警備隊。一般人――スーツ姿/私服。
清掃員が出て行く――大きなリアカー/こんにちは、とにこやかに挨拶をして外に消える。
「ブラックドックのようなアウトローも現れないな」
「戦場の静けさって知ってる? 今がそうよ」
何も変わらない――会場ホールから盛大な拍手の音――第一高校の発表終了の合図。
「次はジョージ達か......」
「灯子上がり過ぎないといいんだけど」
正面玄関に目を戻す――白と緑の制服/二人=第一高校。清掃員と話していた。
清掃員――どこか急いだ様子/険しい顔。
既視感――さっきの清掃員は何だ?――清掃をしたはずなのにもう一度?
綻びから漏れ出た火種がナナの警戒心に火を
ロビーの清掃員の引くリアカー/銃器=ハイパワーライフルを抱えた数人。
動く腰に挿した
叫び――清掃員が引くリアカーから作業服の男達が飛び出た。
銃声――発火/戦争の火種が横浜に点火した。
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