マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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プリモ・ピアット13

「ネズミ、まずお前のことを聞かして貰おうか」

 

 テーブルに金色のネズミを降ろす――両足で立ち一条を見上げるウフコック。

 

「俺のことか......、さて何から話すべきか」どう説明すべきか悩む/思い出したように告げる。

 

「そうだった、一条将輝。これから話すことは国家の機密が関わる点がいくつかある。それを踏まえた上で聞くか?」

 

「守秘義務か。わかった了承する」

 

「よし、では続けよう。俺はウフコック、見ての通りネズミだ。宇宙開発用に人間のように思考する知識を与えられた」

 

「ちょ、ちょっと待て。宇宙開発用?何のために。地球外にでも行く気か?」

 

「俺を作った所ではそれに近いことを夢想していた者は居た、だが大体は兵器運用だ。

 君も見た変身能力を使った」

 

 変身能力――ネズミがハサミに。変身の瞬間――頭に過ぎる。

 魔法の一切を使っていない/質量保存の法則を無視した変化を。

 

「“反転変身(ターン・オーバー)”――俺の体内は多次元構造になっている、亜空間に貯蔵している物質をこちら側の空間に向かって、ひっくり返すことで大抵の物には変身できる」

 

「分子を組み替えて再構成をしていないのか......」

 

 話の飛躍――現代魔法などでは実現できないであろう技術。

 何のためにこの技術を=戦争のため/容易に想像が付いた。

 このネズミ、ウフコックのような存在を量産し敵地に離し、爆弾にでもなれば効果は間違いなくある。

 困惑――聞いたこともない技術/これだけの物、世間に出ない方がおかしい。

 

「世間に出ないのは俺達が先の大戦に出る前に終戦したからだ。その後、兵器規制論の影響で廃棄が決定されたからだ」

 

 矢継ぎ早に話すウフコック/考えている事を次々と的中させる。

 

「俺の考えでも見えているのか、ネズミ様よ」

 

「見えてはいない、嗅ぎ分けているのだ。ネズミの特性だ、他者の感情や考えを体臭などの匂いで嗅ぎ取る」

 

「隠し事は無理と言うことか、嘘を嗅ぎ取る能力」

 

「魂の匂いを嗅ぎ取ると言ってくれ、むやみに他人の考えを読みたくはない」

 

 小さな手を腰に当てる/胸をそらす――得意げに。ネズミの自慢――どの様に反応すべきか困る。

 ちらりとナナを見る――静かに寝息を立てている/寝ている寝台の周り=銀に光るタオル。

 

「ウフコック。次は彼女のことを聞かして貰うぞ」

 

「わかった」

 

 ネズミが話す/彼女の過去。

 

「彼女は俺達の保護証人だ。ある事件の」

 

「事件?」

 

「ああ、魔法人体実験の保護対象だ」

 

「人体実験? 待てネズミ、それは厚生省の許可なしのか」

 

「そうでなければ事件にはならない」

 

 国の許可の無い実験――新カルタヘナ法の違反。

 新カルタヘナ法――過去のカルタヘナ法に魔法及び機械化の項目を追加した国際連邦法。

 調整体魔法師の製造/被験者の同意の無い魔法実験/人体及び都市機能破壊を行う魔法の開発禁止/機械化でボディースペック/同意なしの機械化。

 人道/倫理/さまざまな観点で作られた国際連邦法。作られた最大の理由はテロ対策だ。

 魔法技能師開発第一研究所などが閉鎖された理由はこの法の影響が大きかった。

 

「彼女が新カルタヘナ法の無視した実験を受けていたと」

 

「そうだ、ナナはその実験で失敗している。どんな実験かは定かではないが、全身が炭化するまで焼かれていた。俺たちは実験を行っている事を事前に知っていた。それもあり廃棄処分中のナナを救うことができた」

 

 実験の失敗――全身の炭化/廃棄処分/現実味を佩びない言葉の数々。

 それだけのことが起こったこの方が疑わしい。

 

「それで、そんな実験をしていた研究所の目星は付いているのか?」

 

「大体は」

 

「何処だ、そこは。現在も稼動している魔法技能師開発研究所か?それとも別の――」

 

「それは話すことのできない項目だ、一般人である君を巻き込むことをナナは望まないだろう」

 

「......一般人か」

 

「そうだ、十師族の一条家の長男だが我々にとっては一般人だ」

 

 一般人――己の立場をはっきりと確りと自覚させられる言葉/無力さも。

 話を変える――彼女の身体について。

 

「イースターさんは実験で炭化したんだろう。人工皮膚でも移植したのか?」

 

「そうだ。人体の構成成分ではないが我々が開発した人工皮膚(ライタイト)と生体パーツで作られた義手、義足を移植している」

 

「普通の皮膚とは違うのか?」

 

「機能が違う。皮膚は機械を操作でき、四肢は擬似重力(フロート)を発生させる」

 

 皮膚の機能は理解できた――手足の機能がいまいち理解できない/フロート?

 

「擬似重力だ。ナナの手足、それと脳に高磁発生装置を備えている。これのおかげでナナは全方位に擬似的な重力が形成できる。壁も天井も彼女にとっては床だ、重力(フロート)の調整しだいで水面だって歩ける」

 

「そんなことが許されるのか?」

 

「終戦後の兵器規制論は許さなかった。だから俺たちは廃棄処分にされかけた。だがこの技術は今は人命救助に使われている。識閾下での質疑応答で彼女の了承はちゃんと得ている」

 

「無意識状態で質疑応答。言い訳だろう、彼女の意思はどうする」

 

 無意識状態での質疑応答――意思/選択/葛藤/決断/それ全てを省略し聞かれる選択=誰もがイエスと答える。

 

「......確かに人一人には過ぎた『機能』だ。だがナナを君なら見捨てたか? 一条将輝」

 

 赤い眼でしっかりと見据える。

 回答に詰まる――人命救助/救えるのは兵器としての技術。

 それを選択したのはこのネズミ/間違いなく助ける/肉体を別の何かに覆ったとしても。

 

「君もこの難題には答えを出せないのか」

 

「ネズミ、お前は出せたのか」

 

「いいや、彼女がこの体になって12年。未だに悩み続けている」

 

 その回答に彼の名前の意味がわかる――ウフコック=半熟卵(ウフコック)

 一つのことに長く考える/いつまでも煮え切らない思考――美徳でもあり短所でもある。

 

「それであのタオルで拭き取った銀色の粉はなんだったんだ? 半熟卵」

 

「俺の名前の意味を理解したのか?さすが魔法師と言ったところか」

 

 感心したように頷く――銀色になったタオルに触る。

 

「これは彼女の皮膚だ、さっきも言ったとおり普通の皮膚ではない。代謝性金属繊維というものだ」

 

 雄弁に語るウフコック――タオルに付く粉を小さな指で取る。

 

「ピラーズ・ブレイクの影響だろう。試合の最中皮膚繊維が急速に発達していた。その弊害だろう」

 

「どういうことだ?」

 

「要するに、人間で言う(あか)のようなものだ。ナナの場合垢では済まされない話だが」

 

 垢――身体の異常な発熱に合点がいく/話を聞く限りナナの皮膚は代謝する金属の繊維。

 その繊維が異常に発達し、ナナ自身の代謝機能を刺激し熱を持った。

 

「だからか、彼女の体温の上昇は。大丈夫なのか?」

 

「疲労が感じる、三日も休めば大丈夫だろう」

 

「そうか、よかった」

 

「ナナが心配なのか?」

 

「当たり前だ」

 

 ネズミは頭を掻く/何か残念そうに。

 唐突に開く――医務室のドア/勢いよく/壁に当たる。

 開けた人=懇親会で九島閣下の両脇にいた一人。

 ナナに近い印象を受ける。違う点――髪の色/真っ白/雪原のように。

 目つき――鋭く冷たい/氷のように。ナナよりも小柄。

 

「ようやく来たかイライジャ」

 

「ええ、遅れてごめんなさいね」

 

 ネズミが来訪者の名前を呼ぶ/知り合い――ナナの関係者。

 ナナの体を確認する/周囲のタオルを見る/拾っていく。

 

「ウフコック。これをやったのは彼」一条を見る/冷ややかな目。

 

「そうだ。俺では無理なのでな、彼に手伝ってもらった」

 

「姿も解いて。あなたの言う秘匿性(アノニマス)もこれで薄れたわね」

 

 腕を組みくすくすと笑う。机から飛び降りるネズミ/イライジャ――手を下ろし彼を拾う。

 

「守秘義務は了承済みだ。匿名(アノニマス)は薄れない。身元も確りしている」

 

「そうね。ノア! リアム!」

 

 大きな声で別の人間を呼ぶ/入ってくる人間――赤毛の紳士(ジェントル)/ロザリオが揺れる。

 もう一人――どこかで見た顔/筋骨隆々の体/大型獣を思わせた凶暴な目つきの大男。人一人が入れそうな卵型のポットを担いでいる。

 

「ナナはここよ」目で示す「早く入れて運んでちょうだい」

 

「はいはい、わかってるよ。たく、人使いの荒い『白雪姫』だぜ」

 

 文句を垂れながら働く大男/ナナを担ぎ持って来た物に入れる/中は薄い黄色のゼリーで満ちていた。

 

「一条将輝君?処分するからその上着貰っていいかな」

 

 一条に話すリアム――何故上着を処分するのかがわからない。

 制服が無くては困る/上着を手に取る。

 

「なぜだ、何故処分する必要がある」

 

「あれ? ウフコックはナナの皮膚のこと話していないのかな?」

 

「話は聞いた。だが処分する必要が?」

 

「ならよかった話が早い。一様、剥離した皮膚の残骸だとしてもこれは国家の技術なんだよ。塵も残せば技術の流出になる。だから回収するんだ、大丈夫こちらで新しい上着を用意しよう」

 

 そういい上着を取る/大量のタオルと共に部屋を出て行く。

 大男も卵型ポットを担ぎ出て行く/残る二人と一匹。

 

「ナナが迷惑をかけたわね、ごめんなさい」

 

 そう言いイライジャも出て行く――肩に乗る金色のネズミが最後にお辞儀をして姿を消した。

 

 

 2095年8月9日(火)横浜中華街

 

「それではこれで解散とする」

 

 ダグラス=(うぉん)の声で皆、部屋を出て行く。

 一人/静かに煙草を吹かす男/円卓に座る白人=劉/本名=劉・ジェームズ・フラウ。

 数年前に無頭竜日本支部に来た正体不明の人間。

 噂――元難民。

 噂――無頭竜戦闘員を全て掌握している。

 噂――リチャード=孫の側近である”王”に気に入られ今の地位に。

 噂――実現不可能といわれた個別情報体(エイドス)移植を成功例の一人。

 唐突に現れ/地位を確立/今では戦闘担当ある。

 その男が待っている――彼の中で/最高/最強/部下であるの愚弟。

 

「よぉ、兄貴。相変わらず、まずい煙草を吹かしてるのか」

 

 顔に幾つもピアス/黒いニット帽/オーストラロイド系の顔立ち=劉・シハヌーク・チナワット

 ジェームズ・フラウの血の繋がらない兄弟/フラウの持ちうる最強の手駒。

 幾つもの動物の個別情報体(エイドス)を移植した化け物(デーモン)

 フラウが知る限り/イモリ/シャコ/チーターの個別情報体(エイドス)を移植中。

 基本的に種の違う/個が違う個別情報体(エイドス)/通常=暴走/人間か移植中の個別情報体(エイドス)が体を乗っ取る。

 過去にも幾度か個別情報体(エイドス)移植実験は行われた=結果全て失敗。どれも悲惨な結果。

 例――何も起こらず人間のまま。

 例――能力を手に入れても精神が耐えられず。

 例――人間大の動物に生まれ変わった。

 その外法を成功させた二人が一つの部屋にいた。

 チナワット/葉巻を吹かせながら円卓に飛び乗る。

 

「相変わらずしけたところで話してんなぁ」

 

「仕方ない。もう彼らも歳だ、強行的な手段を選んでしまうくらいの老害だ」煙草を灰皿に押し付ける「”王”の言う通りだ」

 

「叔父貴がねぇ、あんなポケットがお留守な連中を選んだ意味がわからねぇ」

 

 ダグラスから盗んだ葉巻/フラットカットで先端を切る「あいつはぁ、これだけは上物だな」

 

 席を立つフラウ/白いスーツがたなびく/吊りあがり笑う。

 

「そうだな。弟よ、馬鹿だが一つは美徳がある。だが彼ともさよならだ。今度会う時は死体だ」

 

「お得意の、暗殺か?」

 

「いいや。私が手を汚せば”王”の名に傷が付く。日本軍に処理を頼むさ」新たな煙草に火をつける「ジェネレーターを始末しておけ」

 

 部屋に残るチナワット/隅に佇むジェネレーター。

 

「あ~ぁ。サングラス掛けてどこぞの殺人機械か」

 

 服の中から取り出す――アタッチメントでごてごての二丁のサブマシンガン。

 

「兄貴の命令だ。てめえの腹ワタを見る準備はオーケー?」

 

 部屋の中にサブマシンガンの銃声が轟いた。




どうも、こんにちはこんばんは。運珍です。

今更ウフコックとナナの特殊能力を説明しました。
マルドゥックシリーズを知らない人は、なんでネズミが銃になんねん!と言ったと思います。ごめんなさい。

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