マルドゥック・マジック~煉獄の少女~   作:我楽娯兵

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プリモ・ピアット8

 排水施設/東側貯水槽/貯水槽の蓋/赤く白熱したナイフが内より生える。

 バターのように切り裂く――隙間から這いずる黒と青の縞様。

 貯水槽の中から姿を現す。

 全身を白いコートのようなもので覆っている/フードの隙間から顔がのぞく――黄色の目/蛸のように突起した眼球/周囲をきょろきょろ見渡す。

 その双眸が人影を見る。

 

「ハロー、蛸さん」

 

 ナナを威嚇する瞳/攻撃的な声が蛸と呼んだ相手に突き刺さる。

 蛸は微動だにせず、ただナナを見つめる/本物の蛸のように目を周囲に走らせながら。

 

「一つの場所からしか周囲を見られないのは、不便ですな」

 

 落ち着いた声音/蛸の背後に盲目の老執事――バトラー。

 笑い顔――雰囲気は殺意を隠さず猛獣のよう。

 蛸は体を動かさず首を回す――180度ぐるりと/首が異常な方向に回る。

 

おやおや(ゴーツュ)、シェイプシフターでしたか......」

 

「シェイプシフターじゃないと南排水路は潜れませんよ。バトラーさん」

 

「これは失礼。私の『視界』(ワーム)は水中にまでは届きませんからね」

 

 狂喜の笑み/バトラーの嬉しげな笑み。

 ベンジャミン・バトラーの特殊検診の成果――広範囲を同時に『見る』ことができる視界。

 目より光を失った戦士(バトラー)の新たな力――血中にナノテクノロジーの産物である光学伝達機能を持った「線虫(ワーム)」を飼育/指先や口腔から散布――視界確保/ワームの寿命は五十時間超/数十ヶ所の視界を同時に処理する複眼能力を獲得した”盲目の切り裂き魔(ブライド・ジャック・ザリッパー)

 

「軟体型機械化は連邦法機械化項目に該当します。彼方が一般人であるのなら、その(ボディー)は連邦法違反です」

 

 両手でCADを構える/銃口はシェイプシフターに向いている。

 微動だにしない蛸――白のコートの内側の(ボディー)が収縮する/左手に持つ高電磁(ハチソン)ナイフのスイッチを入れる。

 

高電磁(ハチソン)ナイフを地面に置け」

 

 戦闘は避けられないことを悟る/相手はコートで体を隠しているため何をするかわからない。

 

 《戦闘は避けられそうにありませんな》バトラーの通信――無数の視界から観察し戦闘が起こることを暢気に語る。

 

 《それはわかってます。援護お願いします》ナナの援護要請。

 

 《援護だけでよいのですかな? 何なら今この場でばらばらにしますが》

 

 《それでは意味ありません、あれの(ボディー)の出処を調べないと》

 

 《なんとなく想像は付きますな》

 

 蛸が身じろぐ/コートの肩を掴む――勢いよくナナに向かい投げ捨てる。

 蛸の(ボディー)が晒される。

 全身が黒と青の縞模様/脳の記憶(データ)以外全てを機械に置き換えた体/魚のような鼻孔/隠すべき性器もなく、体のあちこちを収縮させる。

 ”軟体型”ならではの動き――四肢を大きく伸ばしナナとの距離を詰める/左手の高電磁(ハチソン)ナイフ/刀身を真っ直ぐナナの腹部に向ける。

 ナナ――飛んでくる白いコート/片手で払いのける――眼前に居る蛸/擬似重力を発生させる/後方へ向い――落下。

 腰のすれすれを高電磁(ハチソン)ナイフが通る/身をくるりと回転させ壁に着地――CADを展開。

 サイオンを喰らい形を変える/展開させる銃身――蒼い光が漏れる/『膨張』がサイオンとナナの虚無の残滓を纏い撃たれる。

 蛸が体の形を変える――胴体をC字に変え、『膨張』を避ける/避けた『膨張』が壁に着弾/当たった壁が異様な形に膨れ上がり破裂。

 蛸が身をくねらせながらナナに接近/高電磁(ハチソン)ナイフを投擲――不可視の重力の壁に阻まれる。

 蛸が口を開く/歯がない口腔――真っ黒な穴のような口。

 顎がアニメの化け物のように異常に開く/舌を器用に使い腹の中からニードルガンを取り出す/舌で引き金を引く――連射される針。

 ナナは天井に重力の方向を変える――壁を蹴り飛び上がり落下/宙で身を捻り天井に向いながらCADに再度、『膨張』を撃つ。

 蛸の体がJ字を描き魚類のような顔を天井に向ける/着弾ぎりぎり――顎のすれすれを通り床に着弾――炸裂。

 天井、壁に針を撒き散らせながら体を曲げ○を描く――全身を収縮させ、ばねのように天井に飛び上がる/天井にいるナナの目の前に行く。

 足を天井のライトに足を巻きつける/ライトの設置分――きらきら光る一本の糸/蛸が張り付いたライトが音を立て落ちる。

 

「水中生物は天を目指しませんぞ。目指すのはさらに深い海底か、死です」

 

 片手を上げたバトラー/不敵に笑う/盲目の目で蛸を睨む/五指の先――光る糸

 ワームの攻撃的機能――万能を目指す軍の強迫概念の賜物。偵察と攻撃の両立――ワームを連結して一本のノコギリ刃を持つ”針金虫(ワイヤー・ワーム)”に変化――遠距離に達する、鋭利極まりない切断器具に。

 蛸はライトから足を離し、バトラーに向かい突撃――口から二振りの高電磁(ハチソン)を取り出す/腕を鞭のように振り回す。

 バトラー――体をしならせ、腕の隙間を紙一重で通る/多角的視界の成せる技――機械化された身体と長年生きてきた経験/腕を振る――不活性化したワームに息が宿る/連結しワイヤー――蛸の足をくるぶしから切り落とす。

 バランスを崩す蛸――バトラーの追撃/マリオネットを操るかの様な手で空中に撒いたワームをワイヤーに変える――大きく腕を振り下ろす。

 複数のワイヤーが蛸を襲う――体をくねらせ蛇のように地を這う蛸/全ては避けきれず何本か指が飛ぶ。

 爆音――天井のナナが六十口径を撃つ。

 蛸が股を大きく伸ばし避ける――床が砕け、アスファルトの破片が周囲に飛び散る。

 首を捻りニードルガンを乱射する蛸――奇妙な動きで丸まった/玉となった蛸、転がりバトラーに突撃。逃走を図る。

 玉を避けるバトラー/横に転がりワイヤーを操作――排水施設内の全ての窓、扉をワイヤーで塞ぐ/逃走経路を塞がれる蛸――体を解き人の形に/目を回し最後の逃走口を見つける/排水施設に入ってきた場所――貯水槽/腹に抱える全ての銃を吐き出す――乱射。

 大急ぎで貯水槽に飛び込む――天より重み/全身を床に何かに押し付けられる。

 

「うまくいきましたな」

 

「ええ、あと五キロこれが重かったら、この手は使えませんでした」

 

 天井より降りるナナ/くるりと身を反転させ床に下りる。

 憎憎しげにこちらを見る蛸――首筋の端子に機能停止用のデバイスを差し込む/痙攣を起こし動きが止まる。

 

 《ドクター違法サイボーグを捕まえました今から持っていきます。》一方的に通信を飛ばし切った。

 

 

 **/*****

 

 

 富士演習場南東エリアに戻る/向かう――09に当てられたホテルの一室/ノアがシェイプシフターを死体袋に押し込み運ぶ/数人の生徒達の目――避けるように通る/部屋に着く/大部屋で検査台が運び込まれている。

 リアムとバトラー以外全員集まっている――皆スーツ姿/台の上に雑に置くノア。

 

「軍の施設に違法サイボーグとはね」

 

 シェイプシフターの検査のためにさまざまコードを持つイライジャ――脇で手伝うジャック。

 

「報告は聞いていたけど、ほんとに出たね『首なし』」忌々しそうにガムを噛むアメリ

 ア――ガムを吐き捨てゴミ箱へ/出てきた相手を確認。

 

「そらそうだろ。兵器ブローカーの何人か締めたんだから」楽しそうに笑うルーカス――バンダナで隠した目が笑っている。

 

「無血主義者が。締めんじゃなく殺せばよかったんだ」その事件が相当面倒だったのだろう、嫌な顔をするノア。「ご自慢の鉄パイプでぶちのめしたのか?」

 

「もちろん」誇らしげに答えるルーカス/その反応にさらに嫌な顔をする。

 

「でも、血が出ないのはいいことですよ」ジャック――ゆっくりとしたペースで喋る/ごちゃごちゃしたコードを検査機に差し込んでいく。

 

「あんたはルーカスよりえげつない方法だったけどね」呆れかえるアメリア――また敵を宙に飛ばしたのだろう。

 

 照れくさそうに笑うジャック/善良そうな顔をしてやり方は残虐な性格――だが間違いなく持ち合わせる正義感。

 

「話していないで手伝ってジャック、そっちの端子にこれ刺して」

 

 てきぱきと作業を進めるイライジャ/電子戦担当には前線は無縁。

 

「『首なし』とは何だ?」チョーカーから抜け出すウフコック/お気に入りのズボン/小さな肩にかけたサスペンダー。

 

 ばたばた入ってくるドクター/首から下げた携帯顕微鏡やピストル型注射器がじゃらじゃら音を立てる。

 

「みんな、遅れてすまない」

 

「遅いですよ。プロフェサー」

 

 イライジャとジャックがコードを刺し終え調べだす/シェイプシフターの(ボディー)の製造元からこの中に入った人の記憶(データ)まで。

 

「製造はUSNA?」――ナナの質問。

 

「恐らく、君たちとの戦闘損傷以外の(ボディー)の損傷具合で廃棄処分で流れた品だろう」

 

「中身は大亜細亜の人間のようよ」イライジャ――検査機を操作(スナーク)し調べ出す。

 

「『首なし』の線が一番か......」

 

『首なし』――さっきから会話の節々に出てくる単語/質問――「『首なし』て何?」

 

「ナナには言ってなかったね。」

 

 ようやく説明が始まる。

 

無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)、国際犯罪シンジケートだ。ジェネレーターに人体改造、何でもありの組織だ」

 

『首なし』の意味がようやく分かる――首の無い竜/ノーヘット/あだ名をつけるのが大好きな国が付けたものだろう。

 

「九島閣下が例年この九校戦に顔を出している。そのこともあり富士演習場南東エリアを視察したところ、なんと無頭竜の構成員がいた」

 

「そのこともあって、僕たちが日本の警備機構(ハムエッグ)たちと警備していたの。それでも起きてしまったこの事態」割って入るジャック「そしてこれが姿を消すコートですか」

 

 新しいおもちゃを手に入れたように目が輝いていた/イライジャが取り上げドクターに渡す。

 

「どの軍の案内書(カタログ)にも載ってないぞ。姿を消すコートなんて」頭をぼりぼり掻くノア。「斥候も、これが出回ったら仕事が上がったりだな」

 

「載るわけないよ、......これは『失楽園』の技術だ」ドクターの確信が窺がえる――瞳に映る、懐かしさ/悲しさ。

 

「オセロット......」ウフコックが悲しげに肩を落とす。

 

 聞きなれない名前――過去の09メンバーなのだろう/あまり詮索はしたくない、ウフコックを悲しませたくない。

 

「なんで『失楽園』の技術が漏れてんのさ。世界で一番厳重なセキュリテーィーじゃなかったのかい」

 

 アメリアがシェイプシフターの腕を伸ばしながら言う。至極当然な質問――『失楽園』のガードはそこまで甘くない。

 可能性は二つ、ドクターかフェイスマンが漏らしたかのどちらか。

 だがその可能性は限りなく0%――フェイスマンは研究熱心だが閉鎖を提案し存続を望んだ。

 ドクターにいたっては利益がない。わざわざ自らの首を絞める訳にもいかない。

 

「で、どうすんだ、ドクター」考えるのをやめたルーカス。「このまま警備の続行か?」

 

「もちろんだ。仕事を投げ出すわけにもいかない」

 

了解(コピー)」腰に下げる二本の鉄パイプを弄りながら部屋を出る。

 

「私もでるわ、頭脳労働はイライジャに任せる」煙草が吸えないことに苛立ちながら出て行くアメリア。

 

 ノアもいつの間にかいなかった。部屋に残る四人と一匹/キーボードの叩かれる音。

 

「ナナもいったらどう?お友達が心配するわよ」イライジャの気遣い。

 

「その前に」私の前に出るドクター「入学前の件、ようやく調べがついたよ」

 

 ようやくかと思う。相当な月日が過ぎている、ナナ自身も忘れかけていたて言われて思い出す。

 

「インド・ペルシア連邦の言葉でいわれた組織名《มังกร หัว ไม่》。翻訳すると無頭竜、ノー・ヘッド・ドラゴンになった。君の言っていた男、今回の九校戦に関係しているかも知れない。くれぐれも気をつけてくれ」ドクターが心配する「これ以上、娘のように思っている子を失いたくない」

 

「大丈夫。ウフコックも居るし、あなたのくれた擬似重力もある」

 

「だといいだけど......」

 

「プロフェサー、心配しすぎですよ。ナナも十分な大人よ」

 

 イライジャはドクターの心配性を笑い飛ばす。

 部屋を出て三高の皆のところへ戻る/あのピアスの男の情報が手に入り僅かに笑いが漏れた――ひどく冷たい虚無の笑みが。




突然の人物紹介

プロフェッサー・フェイスマン

本名チャールズ・ルートヴィヒ。首しかない神様。研究所の廃棄が決定された際、研究所を社会から完全に隔絶した環境に置くことで研究所の存続を図った人。厚顔無恥という意味でフェイスマンのあだ名で呼ばれていた。漫画版の節々で凶悪な顔のなていることで運珍は印象に残っています。



どうも、こんにちはこんばんは。運珍です。

今回はマルドゥックの方を押していきました。
以上後書き終了。

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