艦隊これくしょん〜ゴップ閣下の優雅な引きこもり生活〜   作:rahotu

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第5話

さて、ゴップ大将にとって大変不本意極まる会議が進んでいるなか、議事堂の端にある席で一人の青年提督も同じような感想を抱いていた。

 

ゴップ大将の様な例外を除き、大半の提督はアジア系特に日系が過半を占める中彼の容貌は大陸系であり、軍服を着ていなければ冴えない大学の助教授にしか見えなかったが不思議と人を惹きつける何かがあった。

 

彼の傍らには秘書艦兼第一艦隊旗艦の幸運艦こと駆逐艦雪風が興味深そうに議事堂内をキョロキョロと見回していた。

 

知り合いの艦娘を見つけたのだろうか雪風は小さく手を振りニッコリとほほ笑んだ、誰にも見つかっていないだろうかと内心冷や冷やした彼であったが、自分(とあのゴップ大将も)以外は議論に集中している様子で、雪風に気が付いた様子はない。

 

彼は雪風が見せた表情に一種の清涼剤となって不思議とこの不本意な会議で鈍よりと沈殿していた心が軽くなったように感じたが、これも幸運艦のなせるわざなのだろうか?

 

彼、楊文李少将は佐世保鎮守府管轄の高雄警備府出身の提督である、海軍はその組織の拡大により本土だけでなく広く人材を登用しその中に彼のようなものも少なくは無かったが、本人としてはこのご時世まともな職にありつけなかったから食う為に海軍に入ったのであって彼のモットーは「給料分の仕事はするがそれ以上ではない」であり、勿論上官の受けは悪かった。

 

その為正規の軍人でありながら駆逐艦を与えられているなどその扱いは民間人提督以上正規軍人未満であり佐世保の穀潰し、居眠り提督など不名誉なあだ名で呼ばれることもしばしば。

 

だがそんな彼をして一躍人々に注目される出来事があった。

 

北方海域アリューシャ列島を巡り小競り合いが繰り広げられていたが、前進基地であるキス島が深海棲艦によって包囲されてしまい、基地司令は前日の海戦で敵と痛み分けになりお互いに後退する途中で別の敵に襲われ艦隊は壊滅し司令官は乱戦の中戦死、残った艦娘は撤退し、島には5000名を超える人員を残したまま深海棲艦によって包囲されてしまう。

 

最初、潜水艦による救出が試みられるも深海棲艦側の対潜哨戒網により艦娘三隻の大破を出し失敗。

 

その間、島の包囲網は強化され最早一刻の猶予もないという中、当時中佐であった楊文李提督にキス島の撤退支援命令が下る。

 

当時うだつの上がらない(とは周囲の意見だが)一回の中佐風情には過ぎた任務だが、この到底不可能に見える任務を経歴に傷がつくからと誰しもが嫌い、結果彼にお鉢が回ってきたというのである。

 

任務の内容を聞いた楊文李は幾つかの条件を付けたがその一つに最新鋭駆逐艦である島風の配備、作戦期間中のキス島周辺の気象情報と残った部隊との連絡手段の確保があり、雪風を旗艦とし島風や響など駆逐艦のみの編成で行う事を了承してほしいというものであった。

 

この上申は了承され早速楊提督は部隊の編成を終えると落ち着いて機会を待った。

 

楊提督が考えた救出作戦はキス島周辺の濃霧を生かし、敵の目を攪乱しその隙をついての救出作戦である。

 

最初計画されていた救出予定日は霧が晴れた為、楊提督はその日作戦の決行を取りやめ次の機会を待った。

 

この間、楊提督の慎重な性格が臆病に映った作戦司令部や果ては軍令部まで彼を非難し今すぐキス島に突入せよとの督促が出される程であったが、手ぶらで帰投する際楊提督は飄々とだが非常に冷静な口調で自身の艦娘にこう語った。

 

「帰ろう、帰ればまた来られる」

 

事実二度目の機会は日をそれ程経ずに来たが、その日は突き出した手の先も見えない程の濃霧であり夜陰に紛れて出港した楊提督達は無事にキス島に到着、一名の犠牲者も出すことなく全員を救助することに成功した。

 

この奇跡の救出作戦後楊提督の評価は一変し、彼は功績により大佐に昇進並びに駆逐艦島風と作戦に参加した艦娘を新たに艦隊に加えることを許された。

 

以後幾つかの作戦で功績をあげ、特に少数の駆逐艦を用いて敵の輸送網を寸断し夜襲を仕掛けて倍以上の敵艦隊を撃破したり、他の提督達と連携して着実に戦果を挙げ准将から少将へとこの間に昇進した。

 

彼は提督就任後一度も艦娘を沈めていない事からあだ名が「不沈提督」と呼ばれるようになったのはこの時からである。

 

本人曰く「まったく人生は儘成らないもので、時に思いもしないことが起きる」とぼやいていたとかなんとか。

 

そして世界とは時として思いもよらない方向へと向かうことを彼は思い知る。

 

ハワイ?ミッドウェー?の攻略、大いに結構敵の根拠地を攻めるのは兵法理にかなっているがしかしそれを僅か二カ月で準備しろとは何だ!!

 

しかもどんな編成で具体的な作戦期間その内容、指揮は誰がとるのかと問うと、

 

「それは高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対応することとなる」

 

それは行き当たりばったりと言うんだ、兵士の艦娘の命を何だと思っているんだ。

 

楊にとって艦娘は兵器ではない、今までの経験から駆逐艦艦娘に多く触れてきた彼にとって艦娘は一個の人格を持った確かな生命であるという強い思いがある。

 

確かに提督は彼女たちを戦場に送り出し時に死ねと命じる、楊は軍人というものが心底嫌いである。何ら文明社会に寄与しないしただ徒に消費し人命を使い潰し挙句国民が無条件にそれに賛同し協力することを信じている姿など吐き気を催す。

 

鎮守府の中には民間人提督達とその艦娘を使い潰す所謂捨て艦という行為がまかり通っているところもある。

 

そんな話を聞くと時々楊は人間の品性というものが本当にあるのかどうか疑いたくなるのだ。

 

こうして会議は二人の男にしこりを残したまま作戦は無情に開始された。

 


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