憑依拒否   作:茶ゴス

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外伝:同族

 少年は我武者羅に剣を振るう。どう振るえばいいのかを知らない少年は力任せに敵を斬るしか出来ない。

 3体はそれで倒すことは出来たのだが、影は少年の単調な動きを学習したのかそれ以降は少年の剣に斬られることはなかった。

 

 影の鋭く尖った爪が少年に襲いかかる。何度目かの分からない攻撃に少年の身体は次第に傷ついていく。重傷ではないものの、衰弱しきった身体には軽傷でも危険であり、少年の動きは鈍る一方であった。

 

 それでも少年は剣を振るうことを辞めなかった。

 誰かに教わっていればまともに戦えたのかもしれない。鍛錬する時間があれば圧勝出来たかもしれない。

 しかし、それらは所詮IFの話。少年が振るう剣はどう足掻いても素人が振り回している棒きれなのだ。

 

 少年は戦い続ける。戦いが長引けば長引くほど少年の精神力は尋常でないものであると物語っている。

 だが、流石に少年の身体が特別製だといえどもこれほどまで攻撃を浴びながらも戦い続けられるのはありえないことだった。

 

 その理由をこの場で気づいたのは王だけだった。

 そして、その事に微笑を浮かべて今なお足掻く少年を見守る。

 

 恐らくは少年にこの試練を突破するのは不可能だ。あるいは全快の状態だったならば突破は可能だったのかもしれない。

 しかし、この試練を受けると決めたのは衰弱していた少年なのだ。故にその参加権は現在の少年にしか無いものなのだ。

 

 王は見定める。この人間は何処までやってみせるのかを…

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 少年が戦い始めてから暫くが経った。既に少年の身体には血が流れていない所を見つけるのが困難なほどに傷ついていた。

 しかし少年も負けてはおらず、その影の数を10匹と半分以上減らしていたのだ。

 

 少年はもう既に限界を超えている身体を気力で動かす。

 指一本動かすだけで身体中に激痛が走り少年へと警告する。しかし、少年はその警告すら無視して剣を持つ腕をあげる。

 

 影はゆらゆらと揺れ、少年を取り囲んでいた。

 

 

 少年は剣を掲げつつ気づいた。

 身体が動かないと…

 

 少年の身体は長い間痛みによって少年へと警告をしていた。しかし、それが無駄だと悟ったのかその身体を停止させる事にしたのだ。

 いや、既に動けなくなるほどのダメージでもあったのも理由の一つなのだ。

 

 それでも、少年は身体を動かすために指示を送る。

 動け、動けと自身の手足に呼びかける。

 

 それでも手足は少年に応えてくれるはずもなく。少年は影に為す術もなく吹き飛ばされた。

 

 

 

 その様子を見ていた王は少年の限界を悟った。そして、少しつまらなそうに少年の失敗()という結果をありのままに受け止めたのだ。

 

 しかし、それを良としない者が現れた。王と同じく少年を見守っていた人物。

 その者は少年に問いかける。

 

 

 "何故、お前はそこまで戦える?一体何のために…"

 

 

 その様子に王は嘲笑う。そんな事すら分からないのかと目の前の人物を蔑む。

 その者は王の言葉に耳を傾けず、少年を黙って見つめていた。

 

 

 

「……から…だよ」

 

 

 

 既に動かなくなったはずの少年はその口を重々しく開いた。

 瞳は既に見えないのか、虚空を見つめている。しかし、意識はあるようで、身体をなんとか動かそうと震えていた。

 

 

 "……"

 

 

 その者は少年の一挙一動を見守る。

 このままでは少年は死んでしまうだろう。しかし、自身が表に出た所で何かが出来るわけではない。身体が動くのならばどうにでもなるのだが、もうそれは過ぎた話。少年が死ぬのをただ見守るだけ。

 

 

「…僕……シたぃ…って…思…た…カラ」

 

 

 少年の喉は既に言葉を発するのを拒否している。それでも少年は述べた。

 自身が生きているという証を告げるため。

 

 それを見届けた者は自身の中で問答する。

 

 

 

 ーー今、何が起きているのだ?

 目を閉じて思い浮かべる。

 

 ーー今、俺は何をしたいと考えているのだ?

 これから襲うであろう苦痛に備えて。

 

 ーー今、目の前で何が消えようとしているのだ。

 息を吸い、意識を集中させる。

 

 ーーそう、この少年はあの時の自分なのだ。

 思いうかべるのは意識を浮上させる感覚。

 

 ーーなら…助けない理由はないな

 少年の意識を引きずり込んで自身が表に出る。

 

 

 

 

 "引っ込んでな。ここは俺が…ルーク・フォン・ファブレが請け負った"

 

 

 

 

 少年の身体を動かす者が変わった。

 その者は自身を襲う痛みに舌打ちする。

 

 限界を超えた肉体で何が出来るというわけでもない。ただ、黙って少年が死ぬのを見ているのは我慢ならなかっただけなのだ。

 

 しかし、それにしてもこの痛みは異常だ。俺が死んだ時よりも痛みを感じるじゃないか!と内心で思うその者は傍観しているものへと叫んだ。

 

 何か方法を教えやがれ!それか手を貸しやがれ!と

 

 

『不敬。今の言葉で貴様は己の首がはねられると理解すら出来ないのだろうな。しかし、今日の我は気分がいい、特に許そう。しかし、我が手を貸すことなどはありえないことだ。ただ、一つだけ助言でもしてやろう』

 

 

 その声に早くいいやがれ!と激怒しつつ激痛に耐える。

 今の間にも影は自身との距離を詰めているのだ。あと一撃を喰らえばこの身体は無残にも動かなくなり、為す術もなくなるだろう。

 

 

『魔力を身に纏ってみろ。我の予想が正しければそれで済む筈だ』

 

 

 その声を聞くと同時に体内に感じる膨大な魔力を身体に纏わせる。一体これで何になるのかは理解できないが、その者にとってはこの状況を打開できるのなら何でも構わなかった。

 

 纏った魔力が急激に失われたことがわかった。

 影の仕業ではない。まだ影は到達していないのだ。ならば一体何故魔力が消えたのか、その者は思考する。

 

 そして気づいた。身体の傷がなくなり動けるようになってると。

 

 

『やはりな。恐らくはこの童子が助けを乞うた時にでも着せたのだろう』

 

 

 王の言葉はその者に理解は出来ない。しかし、身体は動くようになった。これならばどうにかなると内心で呟くとその者は少年の身体を操り影へと接近する。

 少年が影に吹き飛ばされながらも手放さなかった剣を握り締めて加速する。

 

 本来の身体よりもよく動くその身体に少しばかり困惑しながらもその者は剣を振るう。

 

 

「双牙斬!!」

 

 

 上からの切下ろしからの切り上げ。

 先程まで少年が振るっていた素人の剣ではなく、洗練されたその剣は容赦なく影を切り裂く。

 

 影が消え去ったのを確認し、次の影へと接近する。

 怪我が無くなったのは確かだが、身体には疲労が残っているのだ。故に長期戦はどんどんと不利になるため短期決戦で挑むしかその者がこの場を切り抜ける方法は無かった。

 

 疾走しながら周囲を確認する。残りの影は9体、そのうち3体が少し離れた場所で固まっているのを横目に見つつ加速する。

 

 

「全てを灰燼と化せ」

 

 

 魔力を集中させる。走りながらも呪文を詠唱できるのは少年の身体の恩恵であると理解し、今ばかりはそれに感謝をするその者は呪文を発動させる。

 

 

「エクスプロード!!」

 

 

 3体が固まっている場所、その上空に巨大な火球が出現する。影はそれに気付き、その場を離れようとするが火球は急速で落下し、3体を業火で焼き上げた。

 

 それを見届け、既に目の前にまで迫った影へと掌底を当てる。

 

 

「凍り付く一撃、絶破烈氷撃!!」

 

 

 魔力を巡らせることで発動した技。本来ならば水の譜術を発動させた空間でしか出来ないその技を何もない場所で使えるのも偏に少年の身体が特別であると物語っていた。

 凍りついた影を砕くと、その背後から別の影が襲いかかる。それにその者は内心で舌打ちし、瞬速の剣を振るう。

 

 

「瞬速の剣閃、翔破裂光閃!!」

 

 

 跳びかかってきた影を閃光が貫き、その存在をかき消す。

 これで残りの影は4体となった所で影達はやっと少年の動きが見違えている事に気付いた。ただ単純に避けられる剣ではないと。このままでは負けてしまうと悟った影達はその者に一斉に襲いかかった。

 

 4方向からの攻撃、剣一本では通常ならば迎撃は困難な状況。

 

 それを待ってました、と言わんばかりにその者は魔力を開放した。

 

 

「雑魚が近寄んじゃねえ!!」

 

 

 魔力の伴流は影の動きを阻害し、その肉体を傷付ける。

 それで攻撃は終わらない。その者は手に持った剣を地面に突き刺し、剣を通して地面へと魔力を送り込んだ。

 

 

「絞牙鳴衝斬!!!」

 

 

 魔力の伴流が激増し影を滅した。

 

 

 今試練はクリアされ、少年の身体の目の前に金色に輝く杯が現れる。

 しかし、その場に少年の意思はなく。その願いを叶える権利を手にしたのは少年の身体を操る者だった。

 

 

 その者は杯に願いを託す。

 

 杯はその者の願いを了承し、その輝きを増して世界を照らした。

 

 

 

 そして、その者は自分の役目は終わったとばかりに少年の奥底へと意識を沈ませた。




作者のジアビスの好きなシーンは最後のアッシュとルークが戦う直前と、アッシュが敵の目の前で自分をルーク・フォン・ファブレだと宣言した場面です。



今回王様が言っていた場面は外伝の一番最初のシーンです。

分かる人には分かってしまうかもしれませんね。
ヒントは一言足りない人

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