第1話「それは必然な出会いだった」
「将来の夢かぁ」
前の席でおにぎりを片手に食べる浜田君がそうつぶやく。
内容はさっきの授業で先生に言われた将来の夢について、それについてはクラスの他の子も何か思うことがあるらしく、いつもより上の空の子が多い気がする
「優は何かやりたいこととかあるのか?」
「うーん、なんだろ」
ウインナーを口に運び考える。僕の将来の夢か…考えたこともなかったな。
どれをとっても普通の人よりも出来てしまう僕は何かをしてもいいのかわからない。
例えばサッカー。ボールコントロールは抜きにしても、それ以外のフィジカル、パワー、スピード、跳躍力。それら全てがありえないほど揃っている。
例えば学者。僕は会ったこと無いけど、ユーリさん達が言う英雄王達の影響で既に知らないことは殆ど無い状況にいる。
うん、なんかもうやりたいことも見つからないな
「まあ、まだ俺らも小学生だしなぁ」
「そうだね。今のうちに決めておくのもいいかもしれないけど、まだ決めきれないや」
こう話してると思う。本当にこの学校の生徒は小学生なのか。
海鳴小の友達とはこんな会話にはならないよ。これも進学校の影響なのかな
「だけど優なら何にでもなれそうだな」
「どうだろう。わかんないや」
「否定しない所が憎らしいが、事実だからなぁ」
「あはは」
苦笑いを零す。今年の体力測定も相変わらずの成績。転校してきてからのテストも全て満点。
少しやり過ぎな感じはあるけど仕方ないよね。体力測定にしても、今更みんなに合わせるのも逆に不自然だし。
まあ、1年前よりは身体能力の制御もうまくなったおかげで出来ないわけでは無いんだけどね。
「話は変わるけどよ。新しいバケモンが出るらしいけど、お前は買ってもらうのか?」
「うちはお金無いからねぇ。発売してから少しして買うんじゃない?」
「そうか。それまで待っててやるよ」
「ありがとね」
バケットモンスター。略してバケモン
バケットに入るくらいのボールでモンスターを捕まえるというコンセプトのゲームだ。子供に人気のゲームで、意外に奥も深く。戦略性や育成要素に溢れた名作ゲームだ。
去年もよく遊んだなぁ
「そういやあ昼の体育はドッジボールだったな。今日こそお前をアウトにしてやるからな」
「お手柔らかに頼むよ」
さて、そろそろ休みも終わりに近付いてきたのか、いち早くご飯を食べ終え、外に遊びに行っていた子達が帰ってきた。
僕は家から持ってきた体操服を持って体育館へ向かう。3年生になってからは男女に別れて着替えをしている。少し大人になって早ければ思春期に入る少年少女もいるからだろう。
なら最初から別れさせておいた方がいいと思うのは僕だけだろうか。
◇
学校が終わり、バスで帰る子や歩いて帰る子。塾に行く子や山に行く子に別れる。
ごめんなさい。少し嘘つきました。
山に行くのは僕だけです。
今も絶賛修行中の身で、何かあった時用に身体を慣らしている。
今日はパンダ師匠なりきりセットを着ての特訓だ。
すずかちゃん、アリサちゃん誘拐事件以来、これは僕が念じれば出てくるようになった。話によると英雄王が許可しているかららしい。
つまりは、英雄王が許可してくれたら他の色んな物も出せるようになるみたいだ。
まあ、ルークさん達にはそれは難しいだろうけどとは言われたけど、いつかはちゃんと話したいな。
山へ向かう道を歩く子は他にはおらず、暫く寂しい思いをしながら歩く事になる。
いつもこの時には色んな事を考えてしまう。
例えば、僕は本当に藤崎優なのだろうかとか。
転生者を拒否したことで影響したのは知識や身体能力だけでなく、心にまで影響したのではないのか。だとしたら今の僕は何なのだろうか。
そう考えた時はみんなに怒られたけど。特にルークさんにはお前はお前以外の何者でも無いって言われちゃった。
いつも、落ち込んだ時に励ましてくれる皆がいる僕は恵まれているのだろう。
いつか恩返ししたいな。
『助けて』
ん?誰か何か言った?
『いや、誰も話してねえぞ』
おかしいなぁ。皆が話すような声が聞こえたんだけど…
『助けて!』
また。確かに助けてって…
一体誰が
『…お前が言うんだから本当なんだろうな。だけど俺達には聞こえない。声の方向はわかるか?』
ちょっと遠すぎな気もするよユーリさん。
後、少し魔力の感覚もする気が…
『……なんかきな臭いな。様子見だ。今日のところは修行は無しで家に帰っておけ』
う、うん
◇
『聞こえますか、僕の声が聞こえますか』
また声が聞こえた。
どうしようかユーリさん
『ああ、そうだな。十中八九この世界での魔法の力だとは思うが…』
『なあなあ、一個いいか?』
どうしたの?カイウスさん
『お前はどうしたいんだよ。優』
僕がどうしたいって?
どうしてそんなことを…
『だってさ。お前っていつも俺らの言うとおりに何かしてるだろ?それって違うんじゃねえか』
…
『確かにそうだな。悪い優、俺達は余計な口挟むべきじゃなかったぜ』
…ユーリさん。わかったよ、僕は僕がしたいようにする
だから、行くよ。この声の元へ
『聞いて下さい。僕の声が聞こえる貴方、お願いです、僕に少しだけ力を貸してください。お願い、僕のところへ!時間が、危険がもう!』
随分と切羽づまっている状況みたいだ。
急がないと。結構遠い気がするけど、問題ないね。
僕は窓を開けて、飛び出す。
手に持つ物は木刀。今の僕の唯一の武器だ。
戦わなくてもいいのかもしれない。でも、どうしてか戦わなくちゃならない気がしたんだ
◇
「お礼はします。必ずします!僕の持っている力を貴方に使って欲しいんです。僕の力を、魔法の力を」
少女を見つめる小動物は懇願する。目の前にいる魔法の資質を持つ少女へ。
すぐそこまで迫る異形の存在が追いつく前に少女に魔法の力を託さねばならないと
「魔法……」
少女はつぶやく。既に知っている力。この日から自分は戦いに巻き込まれていく。
それは大変なことだとはわかっている。
だけど、それ以上に出会いや大切なモノを教えられる。
だからこそ、少女は小動物の手を取った
「危ない!!」
背後から怪物が襲いかかる。妙なことを考えていた少女は一瞬避けることに遅れてしまった。流石に魔法の力を開放していない今の自分がこの怪物の攻撃を受けてしまえばただでは済まない
少女は恐怖に身体が支配される。
少女は知っているのだ。ただ、知っているだけで少女は体験したわけではない。
故に初めての戦い。初めての魔法の力に怯んでしまった。
その怯みが命取り。怪物は無情にも硬直した少女に突っ込み
フルスイングの看板に吹き飛ばされた
「え?え?」
小動物は突然現れた存在に驚く。今現在この場所は結界によって一般人?が干渉する事は出来ないはず。故にその存在は魔法関係者に絞られるのだが
その者はパンダだった
「どうして?何この動物!?」
小動物は困惑する。自身が知っている動物ではないのはわかるが、ここまで気配を消した2足歩行の野生動物など存在するのか?
だとしたらとても危険ではないのか?
「…パンダ?」
少女も硬直が解け、目の前の存在に目を向ける。
看板を肩にトントンと当てて立っている存在はまごうことなきパンダ。その背中にある七ツ夜という文字が無くて、そこらへんで寝そべっていたらまず間違いなくパンダと間違ってしまうであろう存在。
この存在には心当たりがある。自分の親友たちを助けた山の神、パンダ師匠。それが目の前に立っていたのだ
「な、なんだかよくわからないけど今のうちに!」
小動物は少女にそう促す。既に少女が小動物の手を取ろうとしていたことには気付いていた。後は宝石を渡して呪文を詠唱するだけ。
幸いにも怪物はパンダ師匠が看板と木刀で応戦しており呪文を詠唱する時間は十二分にある
「これを持って!」
「う、うん!」
少女は小動物から宝石を受け取り、それを両手に持ち目の前に掲げる
「目を閉じて心を済ませて」
言われた通りに眼を閉じた少女を見た小動物は怪物の方をちらりと見て、まだ大丈夫であるのを確認して少女に視線を戻す。
瞬間移動してるかのような速さで怪物を斬り付けるパンダの姿は見間違いだと心のなかでこぼして
「僕の言う通りに繰り返して」
「うん」
小動物は眼を閉じ集中する。そして発動のキーワードを紡ぎだした
「我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり」
少女はたどたどしく小動物の言葉を繰り返して述べる。
言葉を紡ぐ度に手に持つ宝石が光りだすのが少女にもわかった。
「契約の元、その力を解き放て」
「えと…契約の元、その力を解き放て」
宝石が脈動し、起動準備に入る。今自身に触れている者をマスターと認識して
「風は空に、星は天に」
「風は空に、星は天に」
「そして不屈の心は」
「そして不屈の心は」
「「この胸に」」
「「この手に魔法を!」」
少女は無意識に手を上に掲げる。
そして最後の起動のためのキーワードを叫んだ
「「レイジングハート、セットアップ!」」
「Stand by ready. Set up」
機械音の英語が聞こえ、少女の持つ宝石からまばゆい光が漏れ出す。
それは光の柱となり、少女を包みこんだ。
(え?何あの光、すごい眩しいんだけど)
パンダ師匠は項垂れた怪物を片手に持ち、少し唖然として少女を見守る。
自分の天敵の少女だが助けないわけにもいかず、怪物を撃退していたのだが、少女から感じる魔力に自分は不要だったのでは?と感じはじめる。
そして、少女はその光を力に、姿を変える。
白い服に青いラインなどが入ったもの。私立聖祥大学付属小学校の制服に似たその服は少女も夢で見た少女のバリアジャケットであった