八:永遠の瞳
早苗が言い出したことは、ギャラリー全員を驚かせるような発言だった。
パチュリーさんによると、早苗は「幻想郷では、常識に囚われてはいけないのですね!」と言う名言を発したらしいが、この発言がその常識に囚われない行動の一人なのだろうか。
早苗は、この神社に色々な人を集めたが、その発言を聞いて全員が唖然とした。
何人かの人や妖怪はちらほらと帰りだし、やがてほとんどの人妖が神社を後にした。後にする際に早苗に吐いた言葉は大体皆同じで、「ちょっと、用事があるんだ」とか、「ごめんなさい。私、トイレに…」とか、大体そんな感じであった。中には、「私、今日は師匠の実験の手伝いがあるので」とか、「今は春ではないので」とか言う意味不明な発言も見られた。結局残ったメンバーは、古明地姉妹とお燐、三人の魔女、フランさん。それから…
「あたいはその意見、賛成だよ。確かに、そろそろ幻想郷を荒らした奴を放っておけないよね。」
師匠くらいだ。
それと、誰よりも被害を受けたと思われるレミリア嬢が残らなかったのは意外だが。
「フラン、帰るわよ。」
「お姉様!私、あいつと戦う!」
「そう。私は帰るわ。流石に私の能力を奪われたら、私が生きていられる保証が無いからね。そろそろ…幻想郷を出て行く時かしら。咲夜、行くわよ。」
「お姉様…」
早苗の出した案、それは「全員で古明地鬱夜を撃退する」と言うもの。勿論、全員古明地鬱夜と目を合わせたらアウトという状況下で戦闘をするのだから、勝てる可能性は零に近いが。
「ふん、リグルもミスティアも情けないよ!早苗、決行はいつ?」
「あ、ええと…とりあえず、3日後に誰か地底へ行ってもらおうと思うの。まあ、想真になると思うけれど。」
俺かよ。
「わかったよ。なら、あたいは想真の修行をさせれば良いね。じゃあ、始めるよ!想真。」
「は、はい!わかりました。師匠!」
残った人妖がそれぞれ結束を固めていく中、一人だけ虚ろな眼差しで俺を見る妖怪が居た。
その妖怪は、古明地こいしであった。
それから2日の時が経った。鎖の力は時間が経つにつれて身についてきて、もう多少のスペルカードなら使いこなすことができる。
「ふふん、かなり身についてきたね。それじゃあ、あたいは子供達と遊んでくるね。」
「あ、はい…」
チルノ師匠は相変わらず無邪気で良い。その性格が、小さな里の子供達に受けることはよく解る気がする。ちょうど良い、今日は俺も師匠についていって…
「いつまで、そうやって良い子ぶっている気なの?」
後ろから声がした。振り向くと、こいしちゃんが立っていた。
「…それって、どういう意味かな?」
「そのまんまの意味だよ。皆、正義感の強いことを言っているように見えて、本当は皆、酷いことを言っているんだよ。解る?君だけじゃない。お姉ちゃんも、あの妖怪達も、ここの巫女なんて、私には極悪人に見えるよ。」
「…そろそろ、いい加減にしてくれよ。早苗が極悪人だなんて、言うなよ。」
「言うよ。例え口を塞がれても、引き裂かれても、首をもぎ取られても、身体を核の焔に焼き焦がされても。」
こいしちゃんは、古明地こいしは俺の肩を掴み、耳元でそう囁いた。
「皆、私のお兄ちゃんを殺そうとしている。生まれていなかったから解らないけれど、まだ三百年しか生きていないから解らないけれど…きっと、六百年から幻想郷は何も変わっていない。まだ、弾幕なんて物騒な物を操って醜く争っている。」
耳元で彼女は囁くことを止めない。
「思い出して、どんなに弾幕が痛いか。零の力で思い出させる。」
《虚無「ゼロ」》
彼女が囁くことを止めると、彼女は黒い札を翳した。俺はスペルカードの放つ衝撃波で、地面に弾き飛ばされた。
すると彼女は俺の胸倉を掴んで頬を殴った。
「こいし…お前、何するんだよ。」
「反撃しないの?鎖でも出してさ。」
わかっている。だけれど、鎖がまったく出ない。まるで、覚妖怪に能力を奪われたような…
そういえば、こいしちゃんは覚妖怪。と言うことは、彼女が俺の能力を奪い取った?
「待て、ちょっとタンマ。タンマと言ってるだ…」
また殴られた。今度は先ほどよりもっと強くだ。くそ、早苗にしか殴られたことないのに。
「どう、何もできないでしょう?これでもう、お兄ちゃんが虐められなくて済むね。こんなことになるなら…最初から皆の能力を、私の中に封印しておけば良かったね。無限となることを棄てた零の力で。」
「待てよ、確かに俺達は覚妖怪を倒そうとしている。悪い人間かもしれ…いや、悪い人間だ。すまなかった。けれど、それはお前のお兄ちゃんも同じじゃないのか?」
何発も殴られた。けれど、俺がそう言った瞬間に彼女は殴ることをやめ、急に泣き出した。
「そんなこと、わかってる…けれど、私はお兄ちゃんを虐める奴らを許せない。」
泣き喚く彼女を前に、俺はどうすれば良いのかわからない。そういえば、早苗が言っていたな。悲しんでいる妖怪達に対して、博麗の巫女がいつもしていること…なんか、とても楽しそうなことであったような。
そうだ、宴会だ。
「こいしちゃん、悪かった。もう俺だけが悪いから。みんな、本当は解ってるんだよ。お兄さんは本当は悪くないってね。この戦いは、お兄さんと仲良くなる為の戦い。そうだろう?」
適当な御託を並べてみた。けれど、こいしちゃんはそれを聞くと泣き止み、先ほどの怖い表情とは別の、優しい覚妖怪の表情を見せた。
まったく、恐ろしい娘だと思わされる。と言うか、俺より三百年も長く生きている彼女を子供と呼んだら、俺は何なんだ。もう彼女は立派な大人じゃないか。
「じゃあ、こいしちゃん。仲直りと言えば、アレかな?」
「うん!」
「宴会ですね!」
…と言ったのはこいしちゃんではなく、たまたま通りかかった早苗。箒を持っているから、掃除中か、これから掃除を始める準備をしていたと思ったのだが、早苗はそう言って見事などや顔を披露した。
「あれ?」
「…確かに幻想郷では常識に囚われてはいけないのかもしれないけど、せめて…何かこう…」
「早苗お姉ちゃん!私、早速パチュリーお姉ちゃん達も連れてくるね!」
「はい!お願いしますね。じゃあ想真は私の手伝いをして。」
「あ、ああ。」
まあ、こいしちゃんが良いなら良いか。
ガシャン!
その時、何かが倒れるような音がした。三人揃って後ろを振り向くと、一つのバイクと、それに乗ってリュックを背負っている人が居た。
「うう、痛い…やっぱり、このトップワン・ブラックニトリにはもう少し調整が必要かな。」
トップワン・ブラックニトリ?
早苗が盛大に宴会をやろうと言うので、残ったメンバーだけではあるが、皆で宴会をした。普段は博麗神社を借りて執り行うらしいが、今回は博麗の巫女が不在と言うこともあって守矢神社になった。まあ俺に取っては、昔から親しみ深くて懐かしい、守矢神社の方が良い。
そんな中、料理も少しだけしか食べないでひたすら自分の愛車をいじる少女が居た。
名前は河城にとり。蒼髪のツインテールを靡かせる彼女は人間ではなく、河童らしい。
河童と言うのは、もっと蛙に近いような怪物だと思っているが、まるで人間のような容姿で驚いた。今なら、早苗のあの「幻想郷では、常識に囚われてはいけない」と言う言葉の意味が解る気がしないでもない。と言うか、普通にバイク乗るなし。
「あの、にとりさん…」
「もう少しスピードを抑えた方が良いかな…いや、でもそうすると…ん?何か話しかけた?」
「あ、あの…」
「明日までには直しておく。これなら、君を数分で地底の穴へ送れる。」
「…凄いんですね。にとりさんって。機械大好きな早苗と相性抜群じゃないですか。あいつ、大分前に僕の父のバイクを数分で直しちゃったんですよ。」
「ああ、知ってる。あの巫女は機械好きだよねえ。そうだ、あの巫女を呼んで来てくれない?少し、このトップワン・ブラックニトリを見て欲しくてね。」
「早苗をですか?解りました。」
にとりさんがバイクを直している、絵馬駆けの近くから宴会をしている拝殿へ向かって早苗を呼びにいくと、こいしちゃんが俺の方へ寄ってきて、耳元へ口を近づける。また悪口を言われるのかと思ったが、今度は違った。
「明日、地底に行くときはこれを持っていって。」
ポケットに何かを入れられた。見てみると、青い薔薇の綺麗なガラス細工のような物だ。
「あんまり関係ないけれど、私は青い薔薇が好きなの。これは、地底へ行くときあなたをサポートしてくれる。」
「お、おお…こいしちゃん、ありがとう。」
「私との、仲直りの証だよ?」
こいしちゃんは、覚妖怪とは思えないほどに無邪気な笑顔を見せた。
この幻想郷では、常識に囚われてはいけないのですね。
タイトルは、先日ニコニコの法で投稿した自作アレンジから。こいしちゃんこしこし。