氷の妖精、チルノは文字通り氷を操る力を持っていて、かつては博麗神社の巫女とも剣を交えたことがあるくらいに強いらしい。
しかし、妖精を人間ごときになんとかできるものなのだろうか。
「さあ、行くよ!どれほどの実力かお手並み拝見って所だね!あたいの新しいスペルカード、見せてあげる!」
《戒符「ブリザード・バード」》
チルノが札を翳すと、とてつもない冷気が辺り一面を包んだ。その冷気を前にして、草木や大地は凍りついた。まだ夏だというのに、冷凍庫の中に居るかのように寒い。
「さあ、あたいに凍らせられたくなければ早くあんたもスペルカードを出しなさい!」
マズい、これは言った方が良いのだろうか。どのみち言わなければ凍死する可能性もある。大人しく何もできないと言うことを言った方がもしかしたら…
「え、何これ…これって…」
今、まさに凍死しかけている所で俺を助けたのは、氷すら貫くほどの鎖の塊であった。それは俺を護るように地中から生え、ひたすら冷気を食い止めている。
「これって…」
神奈子様の力?そういえば、あの方に腹パンされた時に何か感じたような…
「おお、なかなかやるじゃん!あたい、びっくりしちゃったよ!何?『鎖を操る程度の能力』って感じ?」
なんだ、その程度ってのは。
「まあ、せっかくの段幕勝負だ!あたいも少し、本気出しちゃおうかな!」
《雹符「ヘイルストーム」》
チルノが、先ほどとは違うスペルカードを翳すと、冷気が止むと同時に鋭い大量の氷柱が襲ってきた。この妖精、俺のこと殺す気かよ。
「く、洒落にならねえよ!こんな所で死んでたまるか、少なくともこんな修羅の国みたいな幻想郷で死ぬのは嫌だ!」
何でも良い、とりあえず何か適当にスペルカードとやらを使ってみるか。肝心のカードは無いけれどな。
「拘符、ルナティック・チェイン!」
とりあえずそう叫んでみると、大量の鎖がチルノ目掛けて襲いかかった。チルノは鎖でギリギリ締め上げられて、喘ぎながら…薄い本ができそうだな。
「はぁ、はぁ…もう少しなんて言ってられないね!なら、本気100%未満のあたいを見るが良い!」
…そこは多分、以上じゃね?
《凍符「マイナスK」》
チルノの中の冷気は、鎖すら凍らせて砕いてしまった。
「さて、鎖は全部砕いたからあたいの勝ちね。あ、プレイヤーもダウンしてるか。まあ、大した強さは無いけれど…育てればあたいくらいの強さにはなれるんじゃない?まあ、折角強い力を持っているのに宝の持ち腐れ感が半端ないんだよね。じゃあ、あたいはルーミアちゃん捜すから。」
去っていくチルノ、その姿は美しい氷の女王のようで、まだあどけない表情を残している。美しきおてんば恋娘と呼ぶに相応しい後ろ姿である。
しかし俺は今、そんな美しきおてんば恋娘に疑問を抱いている。
「なあ、チルノ。お前…最後のマイナスKとか言うスペルカード…カードを持たずに使ってたよな?」
チルノはその声に反応したのか、歩くのをやめて俺の方を向いた。
「…バレた?まあ、結論から言うと、みんなスペルカード無しでも普通に力は使えるんだよ。けれど、誰が決めたかは知らないけど、カードを出さなきゃいけないんだよね。それが幻想郷のルールだから。」
幻想郷のルール、そうか。妖怪や妖精達は無闇に暴れている訳ではないと言うこと…
「てか、あんたもカード無しでスペル使ってたじゃん。」
「え?」
「《拘符「ルナティック・チェイン」》だよ。」
「あ、いやその…あれは…」
「みんなそんな感じだよ。スペルカードの名前なんて、個人個人が勝手に決めてる。本人が口に出せば、もうそれは正式なスペルカード。だよ?」
チルノ、彼女は初対面の俺にこんなたくさんのことを教えてくれた。いや、初対面なこともそうだが…何より、本来妖精であるはずのチルノが人間の俺ごときに物を教えてくれる。それが素直に嬉しい。
彼女に、もっと沢山のことを教えてもらいたい。幻想郷に巣くう最凶の覚妖精から早苗を護るために、彼女にたくさんのことを俺は教わりたい。
「チルノ師匠!」
「は…し、師匠?あたいが?」
「俺を弟子にしてください、俺は貴女にもっと幻想郷や戦いのことを沢山教わりたい!」
「え、ええ…でもそもそもあたいも元々幻想郷の生まれじゃないし…正直なるなら魔理沙やレミリアの弟子の方が…まあいいや!」
「ほ…本当ですか?ありがとうございます!」
「あたいは厳しいよ、何よりあたい、妖精の中じゃ最強だからね!それはあたいが由緒あるブリザードセル家出身であるからなのでして…そもそもあたいが幻想郷に来たのは強すぎて…」
「本当ですか!?それはそれは…」
「ごめん、幻想郷に来た理由は嘘だ。本当はパパが怖くて幻想郷に逃げてきただけなんや。」
「えっ…で、でも!チルノ師匠は素晴らしい人です!」
こうして、俺はチルノ師匠に弟子入りをした。これが後に、妖怪達に触れる初めのきっかけとなるのだが、それはまた今度の話。