ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第四章『連邦の銀のヤツ』(2)

 

第三次降下作戦。

ジオンによるアジア、オセアニア攻略作戦である。

正史では、これと同時にアフリカ大陸にも侵攻しキリマンジャロを手中に収めた。

ただし、シミュレーションゲームであるギレンの野望シリーズでは、

第三次降下作戦の目標はキリマンジャロとなっている。

ジェネオンもそれに準拠しているようで、イベントの目的はキリマンジャロ制圧であった。

 

どうやら第一次や第二次降下作戦の時と同じく、

宇宙空間で開戦し、敵を減らしてから降下するという戦法が当たり前になっている様子だ。

シャワートイレッツがイベント支給されたHLVで宇宙へ上がると、

アフリカ上空には大量のHLVが漂っていた。

無線からは、道を開けろという怒号と罵声が飛び交っている。

現実の交通渋滞より酷いものだなと、ノイルはそれらを眺めていた。

それと同時に、宇宙とは意外と狭いものだなと思い知らされる。

 

無線に耳を傾けていると、誰かが「危ない!」と叫ぶ声が聞こえた。

どこかで衝突事故でも起こるのだろうかと思っていると、

轟音と共にHLVが激しく揺さぶられる。

ノイルは既に自分の機体に乗り込んでいたが、衝撃でシートに後頭部を打ち付けた。

どうやら事故を起こしたのは自分達らしい。

しばらくして、揺れが治まる。

HLVを操縦している松下に通信を繋ぐと、

慌てた様子で機器を操作する松下の姿がモニターに現れる。

 

「どうした!?」

 

「ムサイとぶつかった! HLVの損傷軽微、機体の立て直し出来た!

 整備兵は修理に向かわせてる」

 

松下の報告からすぐ、相手のムサイから通信が送られてくる。

 

「こちらムサイ級巡洋艦『くぜがわ』。

 今ぶつかったHLV、大丈夫か!?」

 

「こちらシャワートイレッツ隊。

 我が方の損害は軽微だ。問題ない」

 

ルミはセイレムとスミレの三人で別のHLVに乗っていたが、

まるで自分の事のように返信した。

部隊長としての役割だと言いたいのだろう。

くぜがわという名のムサイ級からは安堵の溜息が聞こえた。

イベント支給のHLVは破壊されると無くなってしまい、作戦の戦力に関わる。

そうでなくとも、中に入っている機体ごと吹き飛んでしまえば弁償ものだ。

 

「そりゃあ良かった」

 

「だから親父は舵を取るなと言ったんだ!」

 

「せっかくなんだろうが!」

 

「こちらくぜがわ、大変失礼しました。

 お詫びは戦場でお返しします」

 

責任者であろう青年の声と、それを叱責する少年の声。

そしてオペレーターか何かであろう女性の声で事態は締め括られ、

ムサイ級くぜがわとやらは遠ざかって行った。

彼らの声を聞いた松下は、首を傾げる。

 

「巡洋艦くぜがわねぇ……どっかで聞いたような」

 

「何にせよ、特に問題は無い。

 HLVも中の機体も無事だったのだからな」

 

「作ったばかりの機体なら、消えなくて良かったでしょ」

 

ルミとスミレの言う通り、被害はそれほど深刻ではなかった。

ムサイとは軽くかすっただけのようで、HLVの修理もすぐ終わるだろう。

 

新しく作った機体のコックピットで、ノイルはシートに身体を預けた。

コックピット内は、今までの機体と大した違いは無い。

宇宙用として開発――本来の意味と、ゲーム用語と二重の意味を持つが――

されたこの《MS‐06R‐1A高機動型ザク》であるが、

操縦に癖があるものの元が歩兵支援用とされているグフ重装型ほどではなかった。

 

ザクを宇宙戦用に特化させたこの機体は、通常のF型に比べて機体性能が増している。

試作型であるRP型のデータ検証を行なった結果、F型のマイナーチェンジではなく

再設計という形を取った高機動型ザクはほぼ別物の機体となった。

このR‐1Aは初期量産されたR‐1型を改良したものであり生産数はごく僅かであるが、

『黒い三連星』や『白狼』などのエースパイロットへ配備された事から

性能の高さがうかがえるであろう。

後期型であるR‐2型などは「ザクの皮を被ったゲルググ」などと評されている。

 

宇宙用の機体を作ったのはノイルだけではない。

セイレムは宇宙用ドムである《リック・ドム》の脚部エンジンを開発する為の機体、

《MS‐06RD‐4宇宙用高機動試験型ザク》を開発していた。

これのレベルを上げれば、リック・ドムへと進化させる事が出来る。

セイレムは地上でも宇宙でもドムタイプを使っていくつもりらしい。

 

スミレとルミの二人は少々変わった機体を選んでいた。

ジオン側でも既存の機体を改造したものが流通しており、

スミレはその中から《MS‐07Rリック・グフ》を購入している。

これは地上戦用のグフを宇宙用に改造したものであり、

宇宙でもグフタイプを使いたいパイロットに人気だそうな。

 

そしてトイレッツの誰もが予想しなかったのは、

ルミがニュータイプ専用機である

《MS‐06Zサイコミュ試験用ザク》を開発した事であった。

 

この機体はサイコミュ(サイコ・コミュニケーター)という装置を搭載している。

ニュータイプが発する特殊な脳波や精神波を利用する機構であり、

主に小型砲塔などの物体を遠隔操作するのが主目的である。

電波が遮られ、ミサイルの誘導すら出来ないミノフスキー粒子下でも

物体を遠隔操作出来るこの機能は宇宙世紀で有用な飛び道具となりえた。

サイコミュ試験用ザクに搭載されているのは『準サイコミュ』と呼ばれるもので、

ニュータイプの素質が低い者でも扱えるようになっている。

砲塔の完全な遠隔操作ではなく、有線式の兵器を搭載しているのが特徴だ。

 

ジェネオンでは、誰でもサイコミュ兵器を扱う事が出来る。

ただ可能であるというだけで、プレイヤーがサイコミュの機能をフルに発揮するには

自分を『強化人間』と呼ばれる

人工的にニュータイプ能力を植えつけられた存在に改造する必要がある。

作中では投薬や催眠を行う危険なものであるが、

もちろんジェネオンでそれを行なう必要は無い。

 

ただ、例外として元からサイコミュを完全な形で扱えるプレイヤーも存在するらしい。

これはVRMMOであるから、当然脳波やそれに準ずるデータを利用している。

それら実際の脳波を計測し、ある一定のデータを持つ者が

ゲーム内でニュータイプ能力を持つ者とされる。

つまり、ジェネオンの開発スタッフはランダムに

プレイヤーへニュータイプ能力を付与した事になる。

 

ジェネオンにおいて、ニュータイプ能力を数字で計る事は出来ない。

だからルミがどの程度の素養を持つのかは実際に戦ってみないと分からなかった。

彼女が言うには、事前に実戦テストを行なった結果特に問題なく戦えたらしい。

ノイルが何故そんな機体を選んだのか聞いてみると、

ルミはそれをただの知的好奇心だと答えた。

 

それらの過程を経て、松下以外の面々は宇宙用の機体を揃えていた。

第三次降下作戦開始まで後僅かとなった頃、シャワートイレッツはHLVから発進する。

宇宙での前哨戦が始まったからだ。

 

既に戦艦は長距離ビームやミサイルの応酬を行なっている。

先行しすぎた艦艇やMSが被弾し、鉄屑へと変貌した。

艦隊戦が一段落ついたところでMS隊が前線へと進出する。

するとたちまち、アフリカ上空はMSを中心とした乱戦地帯になった。

 

宇宙空間には遮蔽物も上下左右も無く、

360度全方位に気を配るというのは実際やってみると不可能に近い。

この様な乱戦状態では、撃破されたほとんどの機体が背後や側面からの不意打ちであった。

シャワートイレッツ隊は、お互いを見失わないよう固まって突入する。

ルミが最後尾につき、有線式メガ粒子砲塔である両腕を飛ばした。

サイコミュ試験用ザクの両腕が敵機の後ろを捉え、メガ粒子ビームを放つ。

二機のジムが身体を貫かれ、一瞬の内に撃破された。

 

「ニュータイプ、なぁ」

 

「俺らには分からんさ」

 

ノイルと松下が呟く。

彼らはまだサイコミュ搭載型の機体を手に入れておらず、

ニュータイプ能力を持つ者かどうかは分からない。

ただ、ニュータイプの本質である『人類が齟齬無く分かり合える』という部分に関しては、

自分達には当てはまらないと感じていた。

特に松下は半ばそれを諦めかけているので、自身をオールドタイプと評している。

 

どのような意味にしろ、ノイルは自分が

必ずしもニュータイプである必要性があるとは感じていなかった。

確かに人類は愚かだろうが、そうやって数千年は生きてこれたのだ。

そういった意味では、宇宙世紀93年のアムロ・レイと変わらない。

そもそも、ノイルは人類に絶望するにはまだ若すぎた。

 

松下やインパラはそうではない。

彼らは今までの人生で人間の醜い部分ばかり見てきた。

だから全ての人間が『自分と同等以上の知者』にならなければ、

近い内に人類は取り返しのつかない戦争や環境破壊を起こして滅亡するだろうと考えている。

インパラはニュータイプの可能性を信じているが、

松下はそんなものが現実にあるとは思えなかった。

しかし、自分自身を賢いと思っている事に違いは無かったが。

 

どちらにせよ、彼らが今居る場所は仮想空間である。

ゲームという環境は、娯楽の為に存在するのが当然だ。

ならば、彼らが最も優先すべきなのはゲームを楽しむ事だ。

哲学や倫理について話し合うのは、二の次でいい。

 

ニュータイプ能力で勝てないならば、単純な実力で勝負するべきだとノイルは思う。

幸いにも、今操る機体はそれが可能だ。

ならばと、ノイルは敵の前線へ向けてスラスターを噴かした。

視角に入っていても、敵からのビームやマズルフラッシュが自分に向いていると

判別するのには高い空間認識能力が必要だ。

ノイルの視界には大量の敵機が映っているが、

どれが誰を狙っているのかなど分かりっこない。

 

それでもノイルは、敵機の群れを注視した。

一機のジムがこちらを向くのが分かり、放たれた100ミリマシンガンを回避する。

Rタイプザクの性能を活かし、強引とも呼べる機動で弾丸をかわした。

ザクバズーカを返すと、弾頭はジムの右胸部に命中する。

 

追撃にザクマシンガンの狙いをつけると、ジムは慌てて反撃しようとした。

だが、今のバズーカで右肩にも被害が及んだらしい。

右腕を動かす事が出来ず、ジムはノイルのザクマシンガンにより撃破される。

ノイルはそのまま急激に上方へと舞い上がり、

味方を攻撃していたジムに上からマシンガンを浴びせた。

被弾し、機体上面から小爆発を起こすジム。

それに味方の砲火が止めを刺した。

戦闘開始から間もなく、撃墜1、アシスト1の戦果である。

 

「ルミがニュータイプなら、俺はスーパーパイロットだ」

 

「キミなら出来るさ」

 

ルミの返答に、ノイルは複雑な心境になる。

どうも上から目線で、それでいて嫌味ったらしくは無い。

それがニュータイプの話し方かと思うと、

自分が彼女と同等の位置に立ててないのが情けなく思えた。

ノイルとて男であるから、意地というものもある。

それを抜きにしても、ノイルは自分がルミに対し

特別な感情を持っているのではないかと考え始めていた。

近いのは対抗心であるが、どうやらそれとは少し違うようだ。

いつの間にか二機のジムを撃破しているセイレムには、さほど嫉妬の念を抱かない。

 

考えていても仕方ないと、ノイルは戦闘に集中した。

決して単独行動はせず、近くに味方機を置いている。

目の前に居たザクが爆発したのを見て、すぐに敵の位置を割り出した。

おそらく犯人であろうジムキャノンを見つけ、バズーカを放つ。

二発目のバズーカで、ジムキャノンは腹部から身体全体に誘爆し吹き飛んだ。

 

「援護は要るかい?」

 

不意に、味方から通信が入る。

見れば、一機の指揮官用ザクがトイレッツ隊に近づいて来た。

所属を確認すると、それが先刻衝突したムサイ級くぜがわのものだと分かる。

最初に詫びの通信を送ってきた青年だ。

ルミが感心した様子で返す。

 

「律儀にどうも」

 

「そらそうよ。後ろの母艦にザクの弾薬があるから、使っていいよ」

 

「あったかいなぁ……」

 

松下はそう言って、名前も知らぬ仲間のぬくもりを噛み締めた。

チートを平然と行なったり、初心者に暴言を乱発するような輩が居る中で

こういった人の善意というのは本当に心に染みる。

礼を言おうと思ったその時、その指揮官用ザクは胴体をビームに貫かれていた。

 

「なんですと?」

 

青年が呆気に取られた声を出した次の瞬間には、

指揮官用ザクは光球へと化していた。

 

「何だって、こんなヌクモリティに!」

 

下手人を探そうと、気分を害された松下はビームの方向を見やる。

そして、その人物は探すまでもなく一直線に松下の下へ向かっていた。

手に持つビームライフルで直線上の機体を薙ぎ倒しながら進むそれを見て、

トイレッツの全員が絶句した。

そして、松下のモニターに一人の男が現れる。

 

「会いたかった……会いたかったぞ、松下ぁ!」

 

味方のザク達が、慌てて道を開ける。

その機体は、上位クラスの者しか持っていないはずの機体。

紛れもないこの世界の主役、ガンダムであった。

 

 

 

ガンダムとは全ての始まりであるアニメ『機動戦士ガンダム』の主役機である。

主人公のアムロ・レイが偶然試作MSである《RX‐78‐2ガンダム》に乗り込み、

連邦とジオンの一年間に渡る戦争を戦い抜いていくアニメだ。

当時ロボットアニメでは一般的だった、「悪い宇宙人をやっつけろ」という

子供向けの単純なストーリーから脱却したアニメである。

 

形式番号にあるように、アムロが乗ったいわゆる『ファーストガンダム』は二号機である。

RX‐78ガンダムタイプは全部で8機存在し、

先行量産型である《RX‐79[G]陸戦型ガンダム》を初めとした派生機は

一年戦争時だけでも十種類を超える。

ガンダムという機体は主人公のアムロが乗る一機だけではなかった。

(それらの設定はほとんど後付けであるが)

 

自称連邦のエース、白銀のインパラはその一種を手に入れていた。

フォイエンから貰ったガンキャノンを開発した、

《RX‐78‐1プロトタイプガンダム》だ。

これは機体の色が黒を基調としており、

パイロットと教育型コンピューターを脱出させる

コア・ブロック・システムを装備していない事以外は

ほとんどファーストガンダムと同等の物である。

三ヶ月で優に100機以上のMSを撃墜し、

連邦の白いヤツと恐れられたガンダムとほぼ同じ物が、

今インパラの手の中にあった。

 

ジオン側のMSが、インパラのプロトガンダムへ向けて砲火を加える。

インパラはガンダムのパワーを活かした機動を取り、それを回避しつつ突進した。

ザクマシンガンの砲弾が無数に飛んでくるが、それはシールドで防ぐ。

身体全体を庇いきれずにいくらかの弾丸が命中するが、

ガンダムの装甲はザクマシンガンの直撃にも耐える事が出来た。

 

反撃のビームライフルを二回ほど放つ。

直撃を受けたジオンのザク二機は、それだけで桃色の光球と化した。

ジオン側から、一機の機体がヒートホークを構えてインパラへ向かう。

それは《MS‐06F2後期生産型ザク》である。

F型ザクの改良型であり、一年戦争終戦後も活躍した機体だ。

F2型のパイロットは、

ヒートホークであるならガンダムの装甲を溶断出来ると踏んだのだろう。

 

両機が交差する直前、インパラは頭部のバルカン砲をF2型の頭へ向けてばらまいていた。

F2型のパイロットからしてみれば

自分の顔面にバルカンが直撃しているように見えただろう。

体勢を崩したF2型に、インパラはすれ違いざまにビームサーベルを薙ぐ。

横っ腹を切られたF2型は、数秒の後に爆散した。

 

「雑魚は出てくるない! 私の狙いは松下だ!」

 

インパラは松下のザクゾルダートへ照準を合わせる。

松下は無茶なローリング機動で、放たれたビームを辛くもかわすのに成功した。

ゾルダートとはいえ、戦艦並みの火力を持つガンダムのビームライフルには当たれない。

回避機動を行いつつ、松下はインパラと通信回線を合わせた。

 

「ガンダムまでやってたか、厨二病が!」

 

「物事をなぁ、恥ずかしい物と断言してしまってはそこで終わりなのだよ。

 そしてぇ! 貴様は何で銀色でないのだぁ!」

 

「ゾルダートは緑色って決まってんだよ!」

 

言葉と弾丸のぶつけ合いは続く。

ショットガンを近距離で当てれればダメージはあろうなんだが、

松下はビームライフルが怖くうかつに近づけない。

トイレッツの面々は他の敵にも注意しつつ、松下の手助けに向かう。

グフタイプの機体がフィンガーバルカンを撃ちつつ接近して来るのを見て、

インパラは舌打ちの代わりに声を上げた。

 

「グフっていうのは、地上専用だからこそ輝くんだろうが!」

 

当のリックグフに乗るスミレは、そりゃそうだと納得しかける。

しかし、返信する前にその機体はビームライフルに貫かれていた。

グフはザクよりも重装甲であるが、これほどの出力を持つビームには耐えられない。

 

「買ったばかりなんだぞーっ!」

 

スミレの叫びと共に、リックグフは爆散する。

彼女はまだあの機体で一機も戦果を挙げていなかった。

それを考えると、ジオニストであるノイルにはそれが仲間の無念としてのしかかった。

高機動型ザクのスラスターを大きく噴かし、インパラのガンダムへ突撃する。

命中してもさほど効果が無いと解っていても、マシンガンを撃たずにはいられない。

 

ノイルの高機動型ザクへ向けて、インパラがビームライフルを向ける。

しかし、以前イドラ隊のカナルと戦ったノイルは対ビームライフル戦を知っている。

そうでなくとも、ジオンは連邦のビーム兵器に苦しめられたのだ。

であるなら、ビームの怖さというものも理解しておろうはずである。

 

インパラの一射を、ノイルは銃口から先読みして回避した。

二射目を加えようとするが、

そこでビームライフルは燃料の切れたライターの様に銃口から粒子を散らした。

エネルギー切れである。

隙だと知ったルミが側面から有線メガ粒子砲を放つも、

インパラはまるで気配を察知したような動きで回避する。

 

「ジオンのビーム兵器だと? 有象無象に遊び過ぎた。

 松下ぁ! 決着は地上でつけようぜ!」

 

インパラはそう言うと後退していった。

後にはかき乱されたジオンの戦線が残る。

ジオン側は応戦するも、連邦の攻撃に徐々に押されつつあった。

 

トイレッツの面々も奮戦したが、戦況を覆すには至らない。

松下が被弾したのを皮切りに、トイレッツ隊は後退を始めた。

他の隊員と違い、松下は宇宙用の機体を作っていないので今墜ちるわけにはいかないのだ。

その内弾薬も尽き、松下のゾルダートはHLVに帰還する。

まだ何とか粘っていたノイルがHLVとの通信を開いた。

 

「ゾルダートは大丈夫か?

 何とかHLVには近づかせないようにしてみるが」

 

「この程度なら、地上に降りるまでに修理出来る。

 ……戦況は、くぜがわは沈んだのか?」

 

モニターには機体に取り付く整備兵が映っている。

くぜがわを探すが、それらしき反応は無かった。

ジオン側は劣勢であり、かなりの被害が出ている様子だ。

戦艦も例外ではないだろう。

戦況が傾いているのは、インパラのガンダム一機だけのせいではないと思えた。

ガンダムタイプを持っている人物は他にも居るはずであるし、それはジオン側も同じである。

この作戦ではドムやゲルググなどの高性能機を持っているプレイヤーも参戦している。

だがしかし、今回の流れを掴んだのは連邦だったようだ。

 

そもそも、ゲームバランスがおかしいのだと松下は感じていた。

両陣営のMS特性を鑑みれば仕方の無い事ではある。

ジオンは最初ザクしか持たないものの、後にガンダムに匹敵する性能のゲルググを開発する。

水陸両用の機体も豊富だから、制海権を取るのも難しくない。

しかし、連邦のジムはザクより性能が良い。

それは当たり前だ。

元々連邦のMSはジオンのMSに対抗する為に作られたのだから、

ジムがザクより弱いわけがない。

このゲームではザクとさほど違いのない性能に調整されているが、

それでもビーム兵器と高い拡張性を持っているのは脅威だ。

両軍の機体性能は、必ずしも均衡しているとは言いがたい。

どうせアップデートを重ねる度に調整されるのだろうと、

松下を初め多くのプレイヤーが予想していた。

 

「そろそろ作戦開始時間だ。

 インパラじゃないが、地上で挽回するしかないだろ。

 宇宙は他の部隊に任せとこうや」

 

「癪ではあるな……」

 

ノイルは撃破された味方機のザクマシンガンを持ったまま、HLVに戻る。

ルミとセイレムも自分達のHLVへと帰還する。

撃墜されたスミレは既にHLV内でリスポーン(復活)し、

プロトタイプグフに乗り換えていた。

ひとしきり撃破された事への愚痴をぼやいたスミレが思い出したように言う。

 

「で、インパラはまっつーの知り合いなの?」

 

「まさか。第一次の時のが初めてだよ。

 『ジョニー・ライデン』みたいに、パーソナルカラーに執着してるんだろ。

 じゃなきゃ、一回同じ色に会っただけで粘着しない」

 

「でもそういうのかっこよくない?

 どっちもエースの主人公って感じで」

 

「俺はエースでも主人公でもないよ。

 ……そうだ、ルミ。提案をしたい。

 グリーンミスト隊と連絡取って、近い場所に降りれないか?」

 

「出来るだろうが……ガンダムをやるのか」

 

「一騎討ちに負けたら、仇は取ってくれ」

 

ふむとルミは頷く。

すぐにグリーンミスト隊のHLVを検索し、共同戦線を張れるように連絡を取り合う。

ミスト隊のケオルグ隊長は事情を聞くと快諾した。

ドムが二機もあれば、かなりの戦力になる。

桜色のS型に乗るクルネとかいう女性や、他のメンバーも有能だ。

全員で協力すれば、ガンダムとて無事では済むまい。

松下は律儀に一騎討ちを受けるつもりであったが。

 

作戦時間になり、第三次降下作戦が開始される。

大量のHLVが、アフリカはキリマンジャロ基地に向けて降下して行った。

ノイルは大気圏の摩擦で赤く染まる光景の中に、次々と撃墜されてゆく宇宙部隊を見る。

赤い光球は、肉体的な意味でも精神的な意味でも目に悪いものであった。

 

 

 

「キリマンジャロ……雪山か。

 ゲームでよく出てくる場所だな」

 

「固定砲台なんかにやられるなよ」

 

ノイルと松下はそう言い、落下するHLVから機体を躍り出させた。

降下の際に、松下以外の隊員は機体を地上用の物に変更している。

地上からは第一次降下作戦と同じく、相変わらずの弾幕が張られていた。

MSの正面装甲は対空機銃や戦車砲程度なら防げるものの、

背面の装甲はそれらの兵器でも貫徹出来る。

降下中に撃破されまいかどうかは、単純な運次第であった。

 

部隊通信から砲弾の跳ねる音が聞こえる。

誰かが被弾したのだろう。

全員が着陸すると、ルミが確認の声を上げた。

 

「状況!」

 

「今日は厄日か何かかー、あー?」

 

どうやら、対空砲を喰らったのはスミレらしい。

嘆いてみるものの、命中したのは正面装甲のようで特に問題ではなかった。

他の隊員は無事である事を申告する。

ルミはざっと戦場を見渡すと、即座に戦法を判断する。

 

「敵が近い。私が砲台を潰す。

 ノイルを前面に立て、山に取り付くぞ。

 全隊、およそアローフォーメーションにて前進!」

 

「任された!」

 

自分が頼られたと分かったノイルが意気揚々と声を挙げる。

その場に留まるには、敵基地との距離はあまりにも近すぎた。

下手に後退すればトーチカの砲撃を受ける事になる。

中途半端な位置というのが一番のデスゾーンなのだ。

味方は揃っていないが、一気に速攻をかけるのが得策だとルミは判断した。

ノイルのグフ重装型を前に出し、突入を敢行する。

 

ルミの先行量産型グフが、ザクバズーカで次々と砲台を沈黙させていく。

撃破が間に合わなかった砲がノイルへと砲塔を向けた。

さすがに大型のトーチカには当たれないと思ったノイルは、

機体を跳躍させて敵の照準

をぶれさせた。

両手のフィンガーバルカンを乱射し、敵拠点を制圧していく。

対MS戦では癖の強い重装型であるが、

拠点制圧のように戦車の代わりとして扱うならば有効な機体だ。

 

当然、敵はMSも配置している。

迎撃にやって来た陸戦型ジムを、セイレムが陸戦用ザク改修型のホバー機動により

背後を取ってショットガンで撃破する。

松下のゾルダートは正面近距離から両腕のショットガンを放ち、力任せに敵を倒した。

 

迎撃を何とかかいくぐり、シャワートイレッツ隊はキリマンジャロ山基地へ取り付く。

ルミは山をくりぬいて作られた格納庫へ辿り着き、Sマインで周辺の歩兵を掃討する。

そこを拠点にし、味方の到着を待つつもりだ。

懐に潜り込めたのは大きく、

松下などは両腕のショットガンで辺りを荒らし回っていた。

 

周辺の砲台はほとんどが沈黙する。

しかし、敵MSは途切れる事がなかった。

中には雪山で有効な《RGM‐79Dジム寒冷地仕様》も現れ、

ノイルのグフ重装型にマシンガンを浴びせている。

それに対し、味方のMSはこの場へ到達する気配が無い。

遠方にザクやグフが前進して来るのが見えたが、

ほとんどが基地からの砲撃やMSの抵抗により足止めされていた。

 

勇み足だったなと、ルミは唸る。

あの状況で後退していれば、確実に撃破されていただろう。

事実、シャワートイレッツ隊に近い場所へ降下した味方機は後ろへ逃げようとしたが、

トーチカの砲撃を背中にくらって爆散していた。

第一次と同じく降下場所が悪かったのだろうと諦める事で、ルミは自身を納得させようとした。

 

そんな中、いくつかの味方機が強引に突破を試みた。

機体編成はドム二機、ザクS型、ザクキャノン、アッガイであり

グリーンミスト隊と同じものだ。

どうやら、彼らに連絡を取ったのは正解だったらしい。

グリーンミスト隊らしき機体はドムの機動性を活かし、

トイレッツ隊の方向へ向けて道を開いて行く。

 

敵のジム数機が、遅れて続くドム以外の機体を側面から狙った。

グリーンミスト隊は中央突破を行なった為、横から攻撃を受ける。

ジム達は孤立するザクやアッガイならば簡単に包囲殲滅出来ると踏んだのだろう。

しかし次の瞬間、三機ほどのジムが倒れ伏した。

残った連邦の機体が困惑したように動きを鈍らせる。

すると、さらに二機のジムが雪の大地にうずもれる。

 

成り行きを見守っていたルミは、思わず顔をしかめた。

数秒で五機ものジムを倒したのは、クルネが乗る桜色のザクS型だ。

スラスターを噴かしつつ、ザクマシンガンで一機のジムの脚を撃ち抜く。

そのまま背後に回りもう一機仕留め、

三機目には接近してヒートホークで胴体を両断する。

それを見て腰の引けた二機のジムを、一機はコックピット、

二機目は頭部から胸部にかけてヒートホークで叩き潰した。

その機動は、どう見てもザクのものではない。

まるで赤い彗星並みの動きである。

 

化け物じみたザクと二機のドムの活躍により、

グリーンミスト隊はトイレッツ隊が占拠する区画へ辿り着く。

ミスト隊の隊長であるケオルグが通信を繋いできた。

その間も彼らは動き続け、次々に迫る敵機を破壊している。

 

「ルミ君、どうも旗色が良くない。

 戦力的には大差ないはずだが、基地の防衛能力が高いな。

 ここまで来るのにも手間取った」

 

「そうは見えませんでしたが」

 

「連邦にも、高レベルな機体が多くなっている。

 私達は後方に下がり、味方と合流しようと思うのだが」

 

それも止むを得まい、とルミは思う。

このままでは、ジオン側はずっと基地の手前で足止めされるだろう。

味方を集め、組織的な攻勢をかけねば突破は出来ない。

グリーンミスト隊がここまで来れたのも、高い技量とドムがあったからだ。

 

「隊長、このまま内側からかき回すってのは出来ませんか?」

 

「クルネ、弾薬は拾えるかもしれんが、ここで整備は出来んよ」

 

「賛成したくねぇが、賛成だ!」

 

話を聞いていたノイルが、半ばやけになったような口調で言う。

彼のグフ重装型は先程から多数の砲火を浴びており、

いかに重装甲といえどもこれ以上の被弾は爆発の危険があった。

下手をすればバルカンでも脅威になるかも知れず、

ノイルは少し前から攻撃を控え回避機動に重点を置きつつある。

早く戦闘区域から離脱し、安全な場所で修理と補給を受けるべきだ。

 

乗ってきたHLVの大半は撃ち落されているが、

無事に着陸出来たものもある。

そこまで撤退出来れば、整備兵と物資があるだろう。

撃破されれば機体は無くなってしまうので、無茶をする道理も無い。

 

そうと決まれば、さっさと逃げるに限る。

しかし、せっかくここまで潜り込めたのだ。

少しぐらい欲を出しても構わないだろうと、

ルミは格納庫にあった陸戦型ジム用のミサイルランチャーを手に取る。

そして外へ飛び出すと、山のさらに上の方にある拠点へ向けてそれを放った。

ついでに、脚部に付けてある陸戦型ザク用のミサイルポッドも全弾ばらまく。

ルミなりの置き土産という奴であろう。

 

ミサイルのほとんどは着弾し、基地に損害を与えた。

だが、いくつかの弾頭はそうではない。

山の上から走ったピンク色の光がミサイルを捉えたのだ。

 

「迎撃された?」

 

ルミは望遠で上を見やる。

そこには敵のジムが三機ほど固まっていた。

それぞれ金色、水色、小豆色という特徴的なカラーに機体をペイントしている。

どこかで見たような色だった気がしたが、瞬時には思い出せなかった。

だがミスト隊はそうでなかったらしい。

 

「あっ、あのジムは」

 

「まぁ、居るでしょうな。普通」

 

ケオルグとビガンが三機のジムを見上げる。

忘れもしない、ドムという性能で勝った機体でありながら、

自分達はパイロットの腕と戦術で敗北を強いられた。

あれは間違いなくイドラ隊のジムである。

 

「イドラ隊だって?」

 

ノイルを初めとしたトイレッツの面々も、ケオルグ達にならう。

メキシコで戦った三機ではないようだが、

よくよく思い出してみれば援軍に現れた機体の中にあのような色のジムも居た気がする。

彼ら――ジオン側はイドラ隊員が女だと知らない――三機に直接的な恨み辛みは無いが、

イドラ隊であるならばちょっとした因縁だとも言える。

 

「気付かれてる。迎撃するよ!」

 

ザクキャノンに乗る少年、フェクト・アランドソンが180ミリキャノンを放つ。

砲弾は確実に先頭の金色ジムを捉えていたが、

金色ジムは難なくそれをかわすとトイレッツ隊とミスト隊に対し突進をかけてきた。

それを見て、フェクトが疑問の声を挙げる。

 

「どんなパイロットだ!?」

 

「――それなりのパイロットだね!」

 

連邦軍イドラ隊、アートルムチームのリーダーであるマキは、

ザクキャノンの砲撃を見てそう評価した。

 

ジオンの降下が開始される少し前、インパラからイドラ隊に連絡があった。

ザクゾルダートという深緑色のザクは自分のライバルであり、

彼が所属する部隊は先日ソールチームを撃破した部隊であると。

そのシャワートイレッツ隊を捜索しようという話になったのだが、

自分達アートルムチームがかち合えたのは僥倖であると思う。

すぐさまインパラと他のチームに連絡を取り、皆が到着するまで小手調べを行なうつもりであった。

 

「待てよマキ、相手は三倍の数だぞ」

 

「だったら三倍頑張るんだよ」

 

ガーナの制止を振り切り、マキは機体を進ませる。

三番機のテーネは何も言わず、支援が行なえる位置についていた。

マキが攻撃を仕掛けてくると見たミスト隊は、ケオルグとビガンのドムで迎撃に当たる。

前回の雪辱戦という意味もあるのだ。

 

ドム二機によるジャイアントバズを、マキは最小限の動きで回避した。

そして彼女はちょっとした離れ業を行なう。

ジムの頭部に付いている60ミリバルカン砲を、ケオルグのドムの顔へ向けて放つ。

それと同時に、右腕のマシンガンでビガンのドムの脚部を狙った。

武装の全弾発射はよくある事だが、それぞれ別々の目標を正確に狙うのは難しい。

それはスーパーコーディネイターである『キラ・ヤマト』の得意技であるが、

彼ほどではないにせよマキはマルチロック攻撃をやって見せた。

 

弾丸は命中し、ケオルグは怯む。

ビガンは体勢を立て直す為、マキから距離を取った。

だが、隙を狙っていたテーネのハイパーバズーカが再び脚に命中すると、

ビガンのドムは左脚を爆発させ転倒した。

 

「これはまずいな」

 

冷静さを保ちつつ、倒れたままジャイアントバズを構える。

だが、ガーナが追い討ちとして、倒れたビガンのドムに銃撃を加える。

ドムは重モビルスーツと言われるが、的となった今ではさすがに持たなかった。

ビガンのドムは胴体から小爆発を起こすと、そのまま動かなくなる。

 

「何だと、作戦負けだったはずだ」

 

撃破されたビガンを見てケオルグが呆然とする。

先日負けたのは相手の小細工によるものであった。

だから、今のような正面からの撃ち合いで後れを取るつもりはなかったのだ。

 

ケオルグは口の中を噛む。

今、自分は金色のジムに狙われている。

相手がバカでない限り、最も前で孤立するドムを見逃すはずはないだろう。

後ろを見せれば、確実に撃破される。

幸いにもビガン以外のミスト隊は健在だ。

シャワートイレッツも居るのであるし、数で押せば勝てると信じたい。

 

「ならば、包囲機動に移る!」

 

ケオルグがアートルムチームの側面に回りこむ。

注意はこちらへ向くが、その分部下やトイレッツ隊は攻撃がやりやすくなるだろう。

相手が本隊を狙うのなら、自分が背後を取るまでだ。

 

しかし、叶わなかった。

ケオルグは左から回り込もうとしたのだが、

さらに左方向には別の敵機が居たのだ。

戦場が大規模であり、敵はアートルムチームだけではないと気付けなかった

ケオルグの失態である。

背後から銃撃を受け、彼のドムは背中をズタズタにされて倒れた。

 

 

 

「何あれ、いきなり背中を見せるなんて」

 

ケオルグを撃破したのは、イドラ隊ステルラチームリーダーのシャイネであった。

ステルラチームはアートルムチームが肉眼で見える程度の近さに居たので、

こうして素早く援護に来れたのだ。

アートルムチームが連絡をよこした時点で、ステルラチーム各機は行動を開始している。

三番機のアリエル、四番機のマリエルと共に敵の側面を突き、マキ達を援護した。

 

グリーンミスト隊とシャワートイレッツ隊は、不意を突かれながらも反撃する。

だが、まさかドムがこんなにも早く撃墜されるとは思っていなかった為、

連携の取れた相手にどう対処すべきかの反応が遅れた。

特にミスト隊は隊長と副隊長を失った為、個々で行動せざるをえない。

フェクトはキャノンタイプの自機では不利だと思い、機体を下がらせた。

アッガイは、いつの間にか姿を消している。

 

ザクS型のクルネは、上官の仇を討つべくマキの金色ジムに真っ向から立ち向かった。

躊躇せず向かってくる桜色のザクに、

マキは先程と同じくバルカンとマシンガンの両方を撃ち込む。

クルネはそれを跳躍し、空中で横に滑るような機動で回避する。

そしてザクマシンガンの弾丸を空から降らすのだが、

マキは移動しつつシールドでそれを受け止めた。

 

「……あれっ?」

 

クルネは奇妙な感覚を覚える。

違和感というほど野暮なものではない。

この敵機からは、むしろすがすがしいくらいの何かが感じられる。

生き別れの姉妹か、宿命のライバルと遊んでいるような感情だ。

何故そうなるのか、果たしてその感情が正しいのかまでは判断出来なかったが。

 

「なるほど、これが――」

 

「ティンと来たってヤツなの!

 皆、このザクには手は出さないでね」

 

どうやらマキも同じ感覚に陥っていたらしい。

仲間に手出し不要を申し出ると、クルネとの一騎討ちを始めた。

両者の動きはエースパイロットと呼ぶに相応しい機動だ。

並みのプレイヤーでは、ここまでの動き方は出来ないだろう。

 

そんな二人にこっそりと近づく機影があった。

ミスト隊員、シェラン・シュルンネイグの操るアッガイである。

彼女はステルス性能に優れるアッガイを砲台の残骸に隠し、機をうかがっていたのだ。

もちろん、自機の体勢や残骸の熱量も計算に入れている。

雪をアッガイのアイアンネイルで掘り、機体を埋もれさせるほど念入りである。

ぴょこんと頭を出し、クルネと戦闘している金色ジムを捉えた。

 

「エースか隊長機かを落とせれば……」

 

シェランが奇襲をかけようとした時、

アートルムチームのガーナは偶然彼女の存在に気付いた。

最初はステルラ2のサクラがアッグで来たのかと思ったが、

あの丸っこいどら焼き頭はアッガイ以外にありえない。

そのアッガイの視線がマキのジムに向いているのを知り、ガーナは警告を送る。

 

「マキ、後ろに敵だ!」

 

マキはクルネにマシンガンを撃ちつつ、シールドを捨ててビームサーベルを抜いた。

そして振り返らずに後ろに跳躍する。

空中でサーベルを下に向け、着地した。

降りた場所は、とんでもない事にシェランのアッガイの頭だ。

頭部に下突きを喰らい、アッガイがスパークを起こす。

 

「何がどうされますか!」

 

シェランは、自分の見たものが信じられなかった。

あの金色ジムは自分を見ていなかった。

レーダーに映ったのかとも思ったが、アッガイのステルスは先日の模擬戦で実証済みである。

近くに熱量を持った残骸もあるとなれば、

あの敵は背中に目がついているとでしか説明がつかない。

 

サーベルは頭のてっぺんから胸までに達し、シェランのアッガイは爆発を起こす。

その際、マキはスラスターを使い横に逃れていた。

何事も無かったかのようにクルネとの一騎討ちを再開する。

 

「ガーナ、ありがとうね」

 

「あ、おう」

 

ガーナは困惑する。

確かに注意したのは自分であるが、それにしてはマキの反応は速過ぎた。

まるで言われる前から分かっていたかのようだ。

だが、彼女が伏兵に気付いていたなら、味方にそれを教えるはずだ。

あの反応は、アッガイが自分を狙おうとした瞬間を察知したとしか思えない。

しかし、それをどうやったのかは不可解極まりなかった。

 

「テーネ、お前、あれが出来るか?」

 

「私は実力も才能もありません。

 ああいうのは、マキの個性でありましょう。

 ひとえに、さだめという個性が」

 

「ニュータイプって奴か。

 インパラも言ってたが、それにしてはこのゲームおかしいぞ」

 

二人が見つめる中、マキとクルネはその『おかしい』戦闘を続けていた。

結果がどう転ぼうと、このイベント戦はもはや連邦対ジオンではなく

私闘であるなとガーナは感じていた。

最も、自分達を突き動かすものは怨恨というには少しさっぱりしたものであったが。

 

 

 

一方、シャワートイレッツとステルラチームも闘いを始めていた。

それは私闘でもあり、死闘でもあった。

 

最初、トイレッツ隊はイドラ隊の機体をただの色違いと認識していた。

だがそれは違ったようだ。

イドラ隊のMSはどれもが個人用にカスタマイズされている。

データを参照したなら、レベルも高い事が知れた。

機体コンセプトにもよるが、

性能だけ見ればルミのグフやセイレムの陸戦用ザク改修型でも油断は出来ない。

ドムが撃破されても納得出来るほどには強敵である。

 

数ではトイレッツ隊の方が勝っているが、各機とも今までの戦闘で損傷している。

特にノイルのグフ重装型はかなりの痛手を被っており、これ以上の戦闘は危険である。

ルミは何とか一機でも減らそうとザクバズーカを放つが、

標的となったステルラ3のアリエルには回避された。

再度攻撃を続けようとするが、バズーカの弾はこれで最後だ。

ビガンが使っていたジャイアントバズがまだ無事に残っているが、

この状況で武器を拾いに行けば隙が出来る。

 

バズーカを捨て、ザクマシンガンに持ち替えた。

敵のジム二機はシールドを持っていないので、

上手く命中させられればマシンガンでも有効打になるだろう、

理想はセイレムや松下が近距離からショットガンを当てる事だが、

五人がかりでもまだ仕留め切れずにいた。

 

「相手……が、高機動型じゃなければ」

 

「ぶっちゃけ無理っぽいねー、はは」

 

セイレムは奮闘しているが、スミレは半ば諦めかけているようだ。

この手こずり様に、ルミは柄にも無くわめきたくなる。

もちろん、戦闘が楽しくないわけではない。

マイナスな感情は少なく、むしろ気分は高揚している。

熱中するあまり、多少気持ちが荒ぶっているだけだ。

そして、それはルミだけではなかった。

 

「連邦がぁ! ザクに乗るんじゃねぇぇぇ!」

 

ノイルはシャイネの桃色ザクに対し、外部スピーカーで叫びながら吶喊をかける。

シャイネはそれを後ろに跳躍してよけた。

 

「逃げるな! 戦う方が、戦いだ!」

 

「いや、何言ってるか分からないから」

 

同じく外部スピーカーでシャイネは返答する。

ソールチームから噂で聞いていたが、グフ重装型のパイロットは熱血タイプなのだろうか?

もしそうであれば、これからやりやすくなる。

 

シャイネは後退しつつ、ザクマシンガンで足止めをする。

今のノイルはその一発でも致命傷になりかねないから、

必然的に動きを鈍らせざるをえない。

そうやって、シャイネとノイルは徐々に距離を開きつつあった。

この時点で、ノイルは自分が本隊から引き剥がされている事に気付く。

 

その手は喰うものかと、ノイルは後ずさりを始める。

ザクを使う連邦は癪だが、自分が撃破されては意味がない。

長距離ジャンプで本隊と合流すべく、片手でシャイネに制圧射撃を行いつつ後ろを向いた。

スラスターを噴かし、上空へと飛び上がる。

シャイネから狙うには遠すぎるだろう事も計算していた。

 

シャイネがザクマシンガンをノイルへ放つが、当たらない。

そもそも、当てるつもりは無かった。

何故なら、跳躍していたノイルのグフ重装型は

地中から文字通り飛び出してきたステルラ2、サクラのアッグによって叩き落されたからだ。

 

ノイルは悪態を吐く暇もなくアッグのドリルに装甲を削られ、

空中で爆発を起こして落下していった。

シャイネは最初からサクラを地中へ潜ませておき、挟み撃ちにしようと思っていたのだ。

ノイルが跳躍で逃げるのは予想していなかったが、結果的に撃墜は出来た。

 

「ナイスよ、サクラ。次行きましょ」

 

「はい! 雪は掘りやすくて楽です!」

 

ゲームで気分が盛り上がるのは誰にでもあるが、どうやら彼女も自分なりの理由があるらしい。

ドリドリと潜るアッグを確認しつつ、シャイネはトイレッツ本隊の下へと向かった。

 

 

 

「落ちねえなぁ!」

 

松下は顔をしかめつつ、アリエルとマリエルの黄色いジムに対しマシンガンを撃ち続ける。

ショットガンの残弾はとうにゼロだ。

ステルラチームは、シールドも持ってないというのにしぶとく生き残っていた。

実を言うなら、彼女達も必死だったのだが。

 

「マリエル、こいつら接近させてくれないよ!」

 

「さっきから避けてばっかりでぇ!」

 

アリエルとマリエルはビームジャベリンを好んで使用していた。

今回もそれで仕留めようと思っていたのだが、トイレッツ隊もそれなりの実力があるのだ。

お互い決定打を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。

このままではクルネがやられた場合、包囲されてしまうだろう。

ルミはいっその事、撃墜覚悟で全員撤退を行なおうかとも考えた。

 

その時、遠距離からマリエルのジムに砲撃が加えられた。

砲弾は右腕に着弾し、ビームジャベリンを持った腕がちぎれて落ちる。

 

「あんなところに!」

 

いつの間にか、基地の格納庫に隠れて砲撃態勢を整えていたのは

ミスト隊のフェクトであった。

頭と肩のキャノン砲だけを出し、こそこそしつつも狙撃を行なっている。

ルミ達もそれに気付き、援護に感謝した。

 

「助かるよ」

 

「イドラ隊なら、僕達にも落とさせてもらう」

 

クルネと同じく上司の仇討ちの為、フェクトは狙いを定める。

彼は狙撃に集中していた為、自機の目の前に影が落ちたのに気付かなかった。

空中から一筋の光が降り、フェクトのザクキャノンを貫く。

彼は何が起きたのかも分からないまま、機体と共に爆散した。

 

「決着をつけると言っただろう、松下ぁ!」

 

空から現れたのは、インパラのプロトガンダムだ。

よりにもよってこのタイミングで来るかと、松下は嘆くように唸る。

通信を繋ぐと、インパラは嬉しそうに声を弾ませた。

 

「松下、いよいよ雌雄を決する時が来たようだな」

 

「あのさぁ……そういう言い方するから厨二だって言われるの。分かりる?」

 

「分かりらない!

 さぁ来い、どっちらにらが銀色なのか、やって見せようではないか!」

 

「そらそうだ。ルミ、そっちは頼む」

 

存外、松下もまんざらではなかった。

彼は自分が作ったザクゾルダートに自信を持っていたし、

この機体で戦果を上げられるならばそうしたいと思っている。

獲物がガンダムタイプならばなおさら都合が良い。

跳躍して本隊から離れ、インパラの前に着地する。

近くに落ちていた100ミリマシンガンを拾うと、真っ向からインパラのガンダムと対峙した。

 

しばらくの睨み合い。

そして、インパラは声を張り上げて銃口を松下へ向けた。

 

「死ねぃっ!」

 

「死ぬかよ!」

 

そして、松下は死んだ。

インパラはビームライフルで松下のザクゾルダートを撃ち抜き、撃破したのだ。

勝負は一瞬の事であり、一発のビームが通った後には静寂が残る。

気がつけば、このエリアでの戦闘は終息を迎えていた。

 

インパラはしばらく無表情で黙った後、ガンダムをザクゾルダートの残骸へ近づかせる。

吹き飛んだ残骸の中に頭部を見つけ、それを拾った。

数秒ほど死んだモノアイを見つめていたが、

いきなり奇声とも雄叫びとも言える叫び声を上げてその頭を地面に叩きつけた。

 

「のあぁぁぁぁぁぁぁ! 何か納得いかねぇぇぃ!」

 

当然である。

自分にとって大きな宿敵が一発撃ったぐらいで死ぬなどというのは、

あまりにもあっけなさすぎる。

こんな勝ち方を、インパラは望んでいなかった。

 

「もっとさぁ! あるんじゃないの!?

 こうドカーンとかバカーンとかそういうのがさぁ!

 ぜってぇこんなのねぇよ、おかしいよ!」

 

プロトガンダムのコックピットでのたうち回るインパラに、

作戦成功のメッセージが届いたのは数分後の話であった。

今回のイベント戦、第三次降下作戦は史実と違い、連邦の勝利に終わったのである。

キリマンジャロ基地は防衛に成功し、ジオンによる領土の獲得はならなかった。

 

この戦闘で、連邦ジオンは共に大きな損害を受ける事となった。

しかし、中にはイドラ隊のように経験値を稼いだまま生き残ったプレイヤーもおり、

そういったプレイヤーは強力な機体、経験、自信、

何よりもゲームのプレイする事への楽しさを獲得する。

そしてそういう人材が、このジェネオンを支えていく。

 

たかが娯楽という人も居るであろう。

しかし、VRMMOというのは娯楽でありながら現実の面も持ち合わせている。

仮想空間であれど、その中で生活が行なえるのは恵まれた事なのだ。

これからも、ガンダムGジェネレーションオンラインは続いていくだろう。

その中で暮らす多様な人々の感情と共に。

 

「松下ぁ! 今度は……今度はまともにやってやるからなぁ!」

 

この後、ガンダムGジェネレーションオンラインは正式サービスを開始した。

オープンベータテストで引退した気の早い連中もいたのだが、

シャワートイレッツ隊やイドラ隊は全員がこの世界に残った。

そして、彼らは今までと同じ。

それでいて少し違った生活を送る事となる。

主義は人の数あれど、望む事は皆同じ。

ガンダムという世界を、楽しむ為に。






~後書き~
2015年11月13日改正

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