ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第四章『連邦の銀のヤツ』(1)

どうしてこうなった。

 

ジオン軍シャワートイレッツ隊隊員のノイルは、掲示板を見てそうショックを受けた。

 

メキシコでイドラ隊の一部を撃破してからというもの、

シャワートイレッツ隊やイドラ隊の名前は一部で噂されるようになった。

自分達より実力が上の部隊も多く存在するが、

比較的中堅以上の部隊だと認知されているらしい。

ノイルは部隊長でも副長でもないが、

自分が所属する組織の名前が売れるというのは嬉しい事である。

 

もしもその噂が、グフ重装型というマイナーな欠陥機に乗って

奇声を上げながら突撃した変人が居るという書き込みでなければもっと良かっただろう。

あの時一緒のエリア内に居たプレイヤーは、ノイルの事をそう解釈していた。

確かに外部スピーカーで叫び声を上げた自分も悪いのだが、

それにしても変人扱いはないではないか。

前口上であるガトーの台詞をパロったものも、それほど問題とは思わない。

ここはガンダムのゲームであり、ガンダムネタを挿むプレイヤーがいてもおかしくはない。

前に会ったインパラだか何だかという厨二的な奴よりはマシである。

 

そもそもの前提として、ノイルは自分が奇人変人のたぐいになる事は無いと自信を持っていた。

自分はよく短絡的と間違われるが、これでも色々考えているのだ。

そんじょそこらの同年代に比べて、少なくとも比較的には達観しているとも思う。

思考停止はしない方だ。

 

だからノイルはレッテル貼りしか出来ない愚かな民衆が好きではない。

奴らは短絡的に自分の思い込みをソースにして発言をするのだ。

ノイルは一言も自分が変人だとは言っていない。

しかし他の人達は先日のシーンを見ただけで勝手な思い込みをしてそれを広める。

そうやって頭の良い常識的な人物にも先入観を与え、最終的な理解者を減らす。

やっている事は荒らしやアンチ工作と変わりないのがタチの悪い事だ。

 

それは松下も同じ様子で、

一連の格闘戦を見たプレイヤーからは格闘ゲーマー崩れと呼ばれて中傷されていた。

松下自身、ゲーム内で出来る行動の範囲で敵を撃破したという

ごく普通の行為を行なっただけなのだが、何故か第三者による批難を受けている。

ネット上には様々な考えの人や愉快犯も居る事を考えると、

納得は出来ないもののまったくの不自然ではなかった。

 

「おい、『松下大白星なんてわけの分からない名前の奴が普通のはずがない』だってよ。

 こういう奴らはハンネだけで人を判断するのかね。

 それに俺の名前はオオシロボシじゃなくて太いに白星と書いてタイハクセイなんだが。

 他人の名前もまともに書けないのか、こいつらは」

 

松下は掲示板を眺めながら、仲間達にそう言ってみせた。

呆れるように笑っているが、彼は内心こういった状況に辟易していた。

自分の意思などまるで反映されず、曲解だけがまかり通るのはいつもの事である。

だからこそ、彼は今までひたすら真摯に生きてきた。

嘘も吐かないし、思った事はどんな場合であれはっきり言う。

それはニュータイプの子供がよく取る生き方であったが、

残念ながら松下はニュータイプの様にテレパシーで阿吽の呼吸を取る事は出来ていなかった。

 

彼はある意味自分の事を典型的なオールドタイプだと感じていた。

自分より思考力が下の連中を見下ろしながらも、

自分の意思を正しく伝える事は出来ていない。

逆に相手の意思を読み取る事も出来ていなかった。

『心を読めない限り、他人の気持ちは分からない』という主義を持っている松下は、

それを言い訳に他人を気遣い、他人の気持ちになって考えるという事を放棄していたのだ。

周囲の人間を愚民と感じレッテル貼りをするという自分が最も嫌う行為を、

自分が自分を棚に上げているという事に気付いたのはごく最近の事であった。

 

これが文章チャットのみのオンラインゲームならばここまで悩みはしなかっただろう。

しかし、VRMMOという環境にあってはほぼ現実と同じコミュニケートが取れる。

従来のネットはまったくの仮想空間という意味合いが強かったが、

バーチャル・リアリティは仮想空間でありながらもリアルの要素を多く含んでいた。

そういった事情により、バーチャル空間に対する問題点は今までに多くが指摘されている。

五感に訴えるようになって、初めて人間は『ネットは現実』という事実を

本当の意味で理解出来たのである。

 

「まぁ、どうになるものでもあるまい。

 バーチャルには様々な解釈や理論があるだろうが、

 今の私達に出来る事は立ち回りを学ぶという事だ。

 スルースキルというやつだな」

 

トイレッツ部隊長のルミはそう結論付けた。

恐らく、彼女も個人の意見など大きなコミュニティーの前では形骸化してしまうと

理解しているのだろう。

一個人、しかも力の無い一般人が他人に理論を押し付けたところで、

それが実るのは奇跡というものだ。それを俗に、諦めも肝心と言う。

 

「それで、またメキシコに行くか?

 もしイドラ隊とかち合えばフクロにされるだろうから、

 戦術的な要素を徹底しなければならんが」

 

「いや、俺はちょっと用事がある。他の部隊と模擬戦をやるんだ」

 

「何? そんな話は聞いていないぞ」

 

ルミは元々顔も内面も飄々とした理屈屋だ。

客観的に見れば、なにやら胡散臭い人物と言われるかもしれない。

だが、ノイルが入隊してからというもののどうも感情が表に出やすくなっている。

この時もノイルの独断行動により驚き半分呆れ半分な表情を取った。

 

「部隊ぐるみってわけじゃないぜ。

 個人的に知り合った人と対戦で決着をつけたいんだ。

 相手も部隊に所属してるけど、一対一だぜ」

 

「ノイル、キミが理解しているかは知らないが、

 大抵の人間は特別親しくない人を個人ではなく組織の一として解釈する事が多いんだよ。

 例え一対一でも、それはトイレッツと相手チームの決闘となる。

 そうすれば、責任者である私が出向かないわけにいくまい」

 

「つまり、付いて来たいって事か?」

 

「話の早いのは助かるよ。人間そうであるべきだと思わないか」

 

「ああ。自分は本当に良い部隊に入ったな。

 これが現実だったらもっと良かったんだが」

 

ルミの言った台詞に、松下が同意する。

生まれてこの方、周囲の人間が頭の悪い奴ばかりだった彼にとって

会話がスムーズに成立する事は奇跡であった。

ネット上でも今まで一人たりとも相互理解出来た相手はいない。

もっと早く、現実でこの面子に会えていたならば

ニートになる事もなかったのではないかという考えが頭を過ぎった。

 

 

 

ノイルが知り合った人物とは、

このゲームで上位に位置するプレイヤーらしかった。

その根拠としては、既にドムを所持している事が挙げられる。

今現在ドムを所持しているプレイヤーはそう多くないはずだ。

パイロットの腕は分からないが、その程度には経験値を獲得しているという事である。

 

ノイルと彼は掲示板でガンダム世界について語り合っていた。

主な議題は、『ジオン公国は正義であるか』という話である。

どんな理由であれ人を殺している時点で戦争に正義も何も無いのだが、

ジオンは毒ガスやコロニー落としなどの非人道的な手段による虐殺行為を行なっている為、

よくこの話題は論争の種となっている。

 

掲示板のログによれば、ノイルはジオンを虐殺行為を含めて絶対的な正義だと主張した。

当然ながらこの書き込みは連邦側から反発を受ける事となる。

ジオン側のほとんどはノイルを相手にせず、無かったかのように扱った。

ジオン側の人間にとって、毒ガスやコロニー落としは一部の上層部によるものであり

ジオン全体に関わる事でないというのが最も多い理屈であったからだ。

だからノイルのように虐殺を正当化する人物は

ジオン側にとっても身内の恥であると思われていた。

 

そんなノイルに、真っ向から反論を行なう人物がいた。

その人物は他の人間と違い、ノイルをスルーする事はせずに理屈による対話を試みた。

彼はジオンの全てを肯定する事はしないが、

ジオニストである以上ジオンに愛着を持っている。

そして彼は他の人間と違い、レッテル貼りや中傷をしない良識のある人物であった。

彼とノイルは主義の一致こそ無かったものの、

お互いに話の分かる人物だと感じていたのだろう。

ノイルは対戦で決着と言ったが、それは何かを賭けた決闘ではなく交流の為の模擬戦であった。

 

なお、松下に関しては連邦の棄民政策や経済制裁を

「武力で人を殺すのは悪で経済で人を殺すのは善だって言うんだぜ」と批判している。

しかし、松下はノイルと違いジオンの虐殺行為自体は明確に悪行だと認識している。

移動中にノイルと松下はルミ達女子陣に政治的主義を訊ねたが、

それを聞いた瞬間ルミからストップがかかった。

彼女曰く、例えアニメやゲームの話とはいえ政治的な話題は間違いなく荒れるからだ。

仲間を続けたかったらそういう話をしない方が良い、とルミは言った。

ノイルはそれを聞いて話すのを止めたが、

松下は連邦とジオンの関係が現実の第二次世界大戦に当てはまると言い

リアルの政治話をひたすら喋り続けて全員にドン引きされていた。

一方でトイレッツの面々は、松下が政治や哲学(あくまでも彼なりのもの)の

話を好むのだという面が分かり

熱弁を振るう彼はジオンの上層部と気が合うのではないかと思った。

最も、松下は特別ジオニストではないと自称しているが。

 

ともあれ、シャワートイレッツ隊の全員は相手の部隊ルームを訪ねる。

特に行かない理由が無かったからだ。

このゲームは対戦型のネットゲームであり、

やる事といったら戦闘やプレイヤー同士の交流ぐらいである。

少なくとも、機械部品について学習したり

バーチャル世界を観光したりする予定はトイレッツには無かった。

もちろん政治的な話を延々と続けるゲームでもない。

部隊ルームに入ると、30代辺りの男がトイレッツの出迎えに一歩進み出る。

 

「どうも、初めまして」

 

両部隊どちらともなく、そう言った。

初めて人と会う上で一番無難な言葉だからだ。

ノイルは自分が掲示板に書き込んだ者である事を伝えると、男は名乗りを返した。

 

「イオン・ビガン。このグリーンミスト隊の副長をやっている」

 

語呂の良いハンドルネームだな、とノイルは思った。

ラカン・ダカランやカクリコン・カクーラーに通ずるものを感じる。

スーパーロボットの名前に使われてもおかしくない名前だ。

ビガン自体は、本物の軍人のように落ち着きのある大人に見えた。

見た目だけで言えば、褐色肌でない事を除いてラカン・ダカランに似ている。

 

「シャワートイレッツ隊隊長のルミです。

 どうも、うちの隊員が勝手な約束をしたようで」

 

ノイルはその言葉に反論しようと声を上げかけた。

お互い同意の上での個人的な模擬戦を、何故大げさな問題みたいに表現しているのか。

松下も同様の考えであり、ルミの発言に疑問を持った。

 

「いやいや、そこまで騒ぐほどのものじゃないだろう。

 それとも、何か問題でも?」

 

グリーンミスト隊の一人が言う。

濁りのある白髪をした50歳前後と思われるその人物は、

ビガンと同じく冷静な軍人を思わせる雰囲気をまとっていた。

もちろん、彼らが外見設定を実年齢より上に変えている可能性はある。

 

「いえ、普通なら部隊員というのは組織の尖兵として扱われますからね。

 誤解を生まないかと」

 

「なるほど、そういうわけであれば、私達は大丈夫だよ。

 君ほどではないが、それくらいの頭はある。

 ……失礼、グリーンミスト隊長のケオルグ・ジプシオンだ」

 

ケオルグの反応に、ルミは喰えない人物だと思った。

君ほどではないがという部分は、ちょっとひねくれた解釈をすれば挑発にも取れる。

だが実際この男はそれなりの頭を持つ人物だろう。

子供である自分に対して余裕を見せつつ、尻尾を出していないのはさすが大人だと思う。

 

そんな腹の探りあいは、他のトイレッツメンバーも気付いた。

ノイルは自分がそれに利用された事に腹を立てていたし、

松下は大人の会話を酷く汚いもののように感じた。

彼は嘘を吐かず物事をはっきり言う性格であるから、こういった会話はあまり好きではない。

ケオルグが「君ほどではないが」と言ったのが

謙遜や相手の技量を計る為の脅しであればなおさらだ。

それは松下にとって嘘という概念に当たる。

 

スミレはそういった会話に慣れているのか、普通に聞き流している。

セイレムも理解はしているようだが、それほど興味は無さそうであった。

他のグリーンミスト隊員もそれぞれの反応を示している。

すまないな、とルミはノイルに振り返って謝る。

当然だ、とノイルは視線で返した。

 

「私とノイルは一対一でやるつもりだったが……部隊全員でやるか」

 

「そちらが良いと言うのなら、お願いしましょう」

 

ビガンとルミがそう結論付ける。

何やら先程まで感じていた熱さが失せているのに気付いて、ノイルは溜息を吐いた。

でもしょうがない。これが人と付き合うという事だ。

横を見ると、松下も似たような考えなのか目を細め口元だけで笑っていた。

もう少し自分が幼かったら、この松下を含め皆まとめて殴っていただろうなと

ノイルはうめき声を漏らした。

 

 

 

別に先程の会話があったからといって、

ノイルはビガンとの対決を止めたくなるわけではなかった。

部隊ぐるみとなった模擬戦は、キャリフォルニアベースの一角で行なわれる事となった。

そこは第二次降下作戦時、インパラ達が防衛に当たっていた区画である。

 

「設定は実際と同じだ。

 お互いマップの端から開始、先に全滅した方の負けだ」

 

シャワートイレッツとグリーンミストはそれぞれの位置につき、模擬戦モードを開始する。

ペイント弾を使うモードも存在したがそれでは盛り上がらないので、

今回は実弾を使い撃たれれば爆発するように設定されている。

実際と違うのは、撃破されても機体が無くならないという部分のみだ。

経験値は実戦に比べて少なくなるが、

機体ロストのリスクを負ってまで味方同士で戦うメリットは少ない。

 

モニターにカウントダウンが表示される。

それがゼロになった時、トイレッツはマップの向かい側にいる敵へ向けて前進を開始した。

編隊というほど綺麗なものではないが、一応各機が離れすぎないように位置取りをしている。

セイレムの機体はその中で一番前を突き進んでいた。

 

セイレムはイドラ隊との戦闘後、

経験値を稼いで自分の機体を《MS‐06G陸戦用ザク改修型》に開発していた。

これは以前の陸戦高機動型ザクと違い、

脚部バーニアの増設によるホバー走行が可能であった。

《MS‐07Hグフ飛行試験型》と共にドムの前身となる機体である。

その機動力により、今回の戦闘でも先陣を切っている。

 

「やっぱりホバーは速いな。

 『コロニーの落ちた地で』の小説版でも出てたよな、それ」

 

「あれ……は、一応MSVで設定だけあったからそれを採用したのかもしれない。

 それとも作者が独自に考えたのかは分からないけど、

 MSV‐Rで陸戦高機動型ザクが確定するまでは

 SDガシャポンくらいでの存在だったから」

 

「MS‐06Gっていうのがホバーのザク改修型だったけど、

 MSV‐Rで陸戦高機動と別れたんだっけか」

 

ノイルがセイレムのザク改修型を見て感嘆の声を挙げる。

ザクが戦車にやられる事も少なくないジオニックフロントというリアルなゲームでは、

ホバー走行のドムは異常な強さと機動力を示した。

他のゲームではドムというMSはそれほど強く設定されてはいない。

だがリアリティあるこのジェネオンでは、

ホバー走行というのはかなりのアドバンテージを持つと思われる。

度々ドムが「もう少し早く量産化されていれば、戦況が変わっていた」と評されるだけはある。

 

セイレムのザク改修型は、装甲やその他の部分ではザクを多少強化しただけに留まる。

しかしこの機動性をもってすれば、戦いようによってはグフ以上の戦果が期待出来る。

陸戦型ジムとジム・ライトアーマーのような関係だとも言えるだろう。

セイレムはこの新型機に大きな自信を持っていた。

 

だから、セイレムはモニターに移った遠方の敵機がドムであった事に胸を躍らせた。

ノイルから噂は聞いていたが、彼らは本当にドムを所持している。

この自分を差し置いて。

 

恐らく、彼らがドムを使っているのは単純に性能の問題であろう。

だからこそ、性能云々ではなく純粋にドムタイプを好んでいるセイレムにして見れば

それは嫉妬の的だ。

それと同時に、このドムを撃破したいという衝動に駆られる。

ザクでドムを撃破すれば、自分の実力を示すと同時に

相手にドムは相応しくないという事実を認識させられる。

そして何よりも、自分の大好きな機体を自分の手でぶち壊すというのが

大きな快感になる事をセイレムは知っていた。

 

向かってくるドムは二機存在した。

残りの三機がどこに居るのかは分からない。

しかしドムタイプ二機を撃破すれば、戦力的に大きな損害を与えた事になる。

セイレムが迷っていたのは数秒に満たなかった。

 

「ドム……を、やる。援護を頼むわ」

 

「各機、同じホバーのセイレムを中心にあの二機を『フクロ』にする」

 

ルミはセイレムを止められないと判断するや、彼女を中心とした戦法を取る。

相手のデータを読むと、

あのドム二機は隊長のケオルグと副長のビガンが操縦しているようだった。

指揮官が出張って来ているという事は、ドムはあの二機しかないだろうと予測する。

グリーンミスト隊の全てがドムならば、わざわざ隊長機に先陣を切らせる事はないだろう。

おそらく残りの三機はザクかグフで、

伏兵に徹しているか後方に回り込んで攻撃するつもりなのだろう。

ならば早々にドムを囲んで撃破してしまおうと考えた。

 

セイレムと相手のドム二機が、マップ中央にある高台で交戦を開始した。

セイレムはショットガンを連射するも、ドムはその機動性により回避する。

相手もジャイアントバズで反撃するが、

セイレムとて第一次、第二次降下作戦を生き抜いたパイロットだ。

足元を狙った攻撃も、楽々と回避してみせた。

 

傍から見てもセイレムはよくやっている方だった。

二対一で機体性能も劣るというのに、互角の射撃戦を行なっている。

お互い決定打を与えられないこの状況で、

他のトイレッツ隊員が戦線に到着すれば一気にこちらが有利になる。

相手が最初から全兵力を投入しなかったのはミスだなと、ルミは余裕を感じた。

 

両軍突出するホバー走行の機体に十秒ほど遅れて、トイレッツの各機は前線に到着する。

グフ三機とザクゾルダートによる一斉射撃が開始された。

ドムはそれを辛くも回避し、わずかに後退する。

数による力押しを行なおうとした時、ドムの後方から砲弾が飛来しセイレムの近くに着弾した。

後方から砲撃をするその敵機は、《MS‐06Kザクキャノン》であった。

ザクの右肩にキャノン砲を装備した支援機である。

ザクキャノンはドムからかなり離れた場所で砲撃支援を行なっているようだった。

 

もしかしたら、グリーンミスト隊は戦術を取らない部隊なのではないかとルミは思った。

機動力のあるドムだけが先行しているのを見ると、

彼らは単純に前進した結果ドム以外の機体が付いて行けなかっただけの話ではないだろうか。

あのザクキャノンは、伏兵にしてはあまりに遠すぎる場所に位置している。

 

ルミは高台の崖に近づき、崖下をセンサーと目視による索敵を行なう。

ミノフスキー粒子はそれなりに撒かれていたが、右斜め前に桜色のザクⅡS型を発見した。

稚拙な戦法だなと思う。

ドムが中央で正面からの撃ち合いをし、ザクが後方や側面から奇襲するつもりだったのだろう。

 

だがそれは間違いである。

ドムの接敵が早すぎた為、ザクの奇襲が間に合わなかったのだ。

本来なら機動力のあるドムを奇襲に回し、

足の遅いザクは正面から陽動を行なうべきだったのだ。

ドム二機が後方に現れれば、こちらとて何機か撃破される危険性はあっただろう。

相手はドムの装甲なら正面から撃ち合いを行なっても大丈夫だと考えたのだろうか。

 

どの道、これで敵の戦法は無かったも同然だ。

あのS型は発見された以上、奇襲を断念して本隊に合流するしかないだろう。

右側に一機という事は、左側にも包囲奇襲要員が一機いるはずである。

この二機が本隊に合流するまでにドムを撃破出来れば、後は五対三となる。

ザクタイプなら、グフの力押しでも勝つ事は出来るだろう。

 

ドムへ突撃をかける命令を下そうとしたルミは、

その時高台の真下から何か茶色い物体が飛び出してくるのを見た。

それは一瞬の事で、次の瞬間にはモニターが激しいノイズを発した後に暗転していた。

 

「そういう事か!」

 

状況を理解した時には、ルミはグフのコックピットごと身体を貫かれていた。

 

「後ろだと!?」

 

トイレッツの面々が後ろを振り返った時には、

ルミの乗るグフは頭部を破壊されコックピットを貫かれていた。

敵機はルミのグフに突き立てた『爪』を抜くと、

倒れるグフに目もくれず最後尾にいたノイルの重装型に向けて両手を突き出した。

 

「アッガイたん!」

 

スミレの驚きと共に、

水陸両用MSである敵機《MSM‐04アッガイ》は両手から武装を発射する。

右手からはメガ粒子ビームが、左手からはロケット弾が放たれる。

ノイルは急激に横へ機動をかけ、一発のロケット弾以外全ての攻撃をかわした。

一発のロケットは腹部に命中し爆発するも、重装型の装甲を貫くには至らない。

衝撃で傾く機体のコントロールを試みる。

 

「気付かなかったのか!」

 

「ステルスなんだろう」

 

揺れるコックピットの中で叫んだノイルに、すぐ返したのは松下である。

アッガイがステルス性能にすぐれるのは、ガンダムオタクなら誰でも知っている。

元々ミノフスキー粒子は撒かれていたから、余計に探知が困難だったのだろう。

 

どうやら、敵のドムが突出して来たというのは間違いだったようだ。

ドムは速度を落として前進していたらしい。

速いドムなら真っ先に接敵するだろうという先入観を逆手に取り、

全体の進軍速度を落としてアッガイのみを高台の側面真下に移動させていたのだろう。

やけに遠くに居るザクキャノンも、

奇襲すると見せかけているS型も囮に過ぎなかったのだと松下は予想した。

 

「ノイル、アッガイをやるぞ! セイレムとスミレはドムを止めててくれ」

 

一応副隊長である松下が指揮を引き継ぐ。

包囲されたのなら、一点突破を計るしかない。

幸い、アッガイは単機である。

このまま転進してアッガイを撃破し、後退して部隊を立て直す。

そうすれば四対四に持ち直す事が出来るはずだ。

そう思い、松下とノイルはアッガイに攻撃を集中させた。

 

しかしアッガイは敵の裏を取る優位を理解しているらしく、撃破されないよう距離を取る。

アッガイを撃破出来なければ、トイレッツは挟み撃ちにあったままの状態だ。

両側に戦力を割かなくてはならないし、精神的な圧迫感も与えられる事となる。

全軍でアッガイへ向かうという方法もあったが、その場合はドムに後ろを取られる事となる。

高機動かつ高火力のドムに背中を見せるのは危険だ。

だが、アッガイを放っておくわけにもいかない。

 

「ああ、前に! 前に!」

 

スミレが何やら叫んでいるが、今アッガイに背中を向けるわけにはいかない。

多分ザクキャノンやS型も合流して総攻撃をかけてきているのだろう。

松下は自分一人でアッガイを撃破する事も考えたが、

ドム二機とその他は例え三人でも食い止められるとは限らない。

アッガイのパイロット能力も短時間の撃ち合いでは分かっていないのだから、

松下一人でアッガイを倒せるという確証も無い。

今ノイルを右往左往させるよりも、

セイレムとスミレが何とか生き残る方に賭けなければならなかった。

 

その願いも虚しく、爆音と共にスミレ機の反応が消える。

集中砲火を喰らって撃破されたのだろう。

セイレム一機で本隊をどうにか出来るとは思わない。

となれば、残るは側面に全速力で飛ぶしかない。

敵は全機固まって来るだろうが、少なくとも前後を挟まれるよりはマシであろう。

 

それをセイレムとノイルに伝えようと、松下は後ろを振り返った。

そこで見えたのは、ホバー走行で接近するドム二機と、

それ以上の速度でセイレムに襲い掛かる桜色のザクⅡS型の姿である。

 

松下が何が起こっているのかと混乱している時、セイレムは恐怖を感じていた。

以前、機動性の高い自身のザクに追いすがってきた

高機動型ジムを見た時と似たような感情である。

このような経験は今のを含めて二度しか無いが、既にトラウマに近いものとなっていた。

 

S型が左手でザクマシンガンを放ってくる。

どうやらこのS型は、スラスターをオーバーヒートせんばかりの勢いで噴かしているらしい。

通常の3倍の速度とはよくいったもので、

S型はドムを追い越すと残りの右手でヒートホークを抜いた。

この機動で、セイレムを撃破するつもりであるらしい。

 

高機動型ジムには遅れを取ったが、今回の機体はホバー走行が可能な機体である。

セイレムはS型のヒートホークをホバー機動で何とかかわす事に成功した。

そうそう何度も撃破されてたまるものかと思う。

この陸戦用ザク改修型も、作ったばかりの新型機であるのだ。

 

ヒートホークを振るい隙の出来たS型へ、ショットガンを向ける。

発射された弾丸は、S型を逸れて上方へと飛んでいった。

銃声と共に浮遊感を感じたセイレムは、自分が高台から落下していた事に気付く。

S型の攻撃を回避した際、自分は物理的な意味で崖っぷちに立たされていた事も。

 

落ちないよう動きを計算したつもりだった。

モニターを見ると、高台を支える鉄骨の一部が崩壊している。

まさか、ザクキャノンが自分の足場を狙い撃ったのではないかという予想が頭を過ぎった。

機体のスラスターで着地だけでもまともにしようと操縦桿を握る手に力を込めたが、

モニターに見える高台には落下する自機へバズーカを向けるドムの姿が映っていた。

 

「ノイル!」

 

「何だ?」

 

ノイルは爆発音と共に聞こえた松下の声に返事を返す。

センサーは見ていない。見ている暇がないのだ。

早く目の前のアッガイを撃破して、

スミレとセイレムを負担を軽減させてやらにゃあならない。

両手のバルカン砲は何発か命中しており、

もう少しでアッガイを戦闘不能に出来るはずなのだ。

 

ふと、視界の隅に松下機が映る。

松下が動きを止めて後ろを見ているのは何故だろうと思い、

機体を振り返らせた時にはノイルのグフ重装型の胴体にヒートサーベルがめり込んでいた。

厚い装甲は数秒をかけて水平に溶断され、

ノイルのグフは二つに分かれると地面にボトリと落ちて爆発する。

松下はまるでそれが生身の人間であるかのように感じる。

ただの機械のはずなのに、随分とグロテスクな光景に見えた。

 

――まだだ、まだ終わらんよ。

 

松下は機体を高台から飛び降りさせる。

自分一人になってしまったが、これで勝敗が決したわけではない。

自慢ではないが、自分は別のオンラインロボットゲームで

四機の強襲型機体による包囲攻撃を軽量型で返り討ちにした事のある男だ。

こういう対戦ゲームでは最後まで何が起こるか分からない。

このザクゾルダートと自分ならば

五機程度のMSがなんとするものかという思いが心に生まれ、気合が入る。

 

心臓の鼓動が速くなり、妙にテンションが上がる。

今自分の脳内では激しくアドレナリンが分泌されている事であろう。

ノイルが重装型に初めて乗った時も、こんな感じだったのだろうか。

不利な状況だというのに、まったく負ける気がしない。

今なら気合で頭からドリルの一つや二つ生やしてしまえそうだ。

合体も出来るかもしれない。

 

同じく高台から飛び降りて追って来たのは、あの桜色のS型であった。

それは空中でスラスターを使い、

ジグザクに高速移動しつつ松下のゾルダート目指して落下して来る。

こんな機動をされては狙いもつけられない。

S型はゾルダートに空中から蹴りを入れると、

機体を一回転させてヒートホークを振り払った。

ゾルダートの右腕がちぎれ飛ぶ。

 

「これザクじゃねーだろ!」

 

トイレッツのメンバーが生きていれば、お前が言うなと言われていただろう。

ザクゾルダートもおよそザク系とは言い難い性能を持っていて、

どちらかと言えばグフに近い。

とはいえ、敵のS型も異常な性能を見せていた。

EXAMやトランザムを積んでいると言われても信じてしまえるだろう。

仮にレベルが上がっている機体だとしても、

ただのザクにしては随分変態的な機動をしている。

 

松下はほぼ反射的に脚を上げてS型の股間を蹴る。

S型はそれに一瞬怯んだようだが、すぐにその脚を両手で掴み、自機を回転させた。

つまるところがジャイアントスイングである。

松下は絶叫マシーンに乗せられたかのように叫び声を上げた。

 

「おかしいだろ!」

 

投げ飛ばされた松下のゾルダートは地面に叩きつけられる。

上には高台からこちらを見下ろす敵部隊が見える。

ドム、ザクキャノン、アッガイ全てがこちらに火器を向けている。

銃殺刑に処される戦犯の気持ちだ。

ギレンの野望のギレン・ザビは

このような状況でも笑っていられたのかとどうでもいい事を考えたまま、

松下は集中砲火という暴力に包まれた。

 

 

 

「まぁ、なんだ、一応機体性能ではこちらに分があったからな」

 

模擬戦後の部隊ルームで、ビガンが言う。

彼が気の毒そうな顔をしているのを見て、

初めてノイルは自分が酷い顔をしているだろうなという事に気がついた。

しかし、そんな哀れんだ表情をされるよりも

いっその事勝ち誇ってもらった方が精神的なダメージは少ないんじゃないかと思う。

人は有力者という人種には特別に努力をした上での結果であってほしいと願う傾向があるから、

その理屈で言うとグリーンミスト隊に謙遜されるのは誰よりも負けた自分達の為にならない。

 

「いやぁ、負けよ負け。見事な完敗。

 作戦でも腕前でもそっちの勝ちだわー」

 

スミレが明るい表情で言う。

ノイルが思うに、もしかしたらスミレはトイレッツの中で

一番現実的な思考をしているのではないかと思う。

勝っても負けても楽しげにしている部分、

彼女はこの世界を一番ゲームとして認識しているのではないだろうか。

年齢は知らないが、おそらくトイレッツで最年長である事も関係しているだろう。

大人の対応という奴だ。

 

ズイッと前に出たセイレムが、ケオルグの傍へと寄る。

そしてへの字型に曲げていた口をむぐむぐとうねらせた。

何か文句があるらしい。

恐らくはドムに関しての嫉妬だろうが。

 

 

「おっさん……が、ガンダムとか」

 

「リアルタイムでしょ! なめんな!」

 

どうやら上手い理由が無かったようだが、

このセリフはそれなりに効果があったらしい。

セイレムとは二世代ほども歳の離れた中年のケオルグに、

対等のタメ口をきく事に成功している。

このやり取りを見ると、先程まで威厳のあったケオルグがまるで若者の様に見えた。

突然素になった隊長に、グリーンミスト隊の面々も驚いている様子だ。

 

「隊長、ロリコンだったんですか!」

 

「クルネ、君はいい加減に発想の飛躍をどうにかしてくれないか……!?」

 

桜色の髪をしたグリーンミスト隊の女隊員の言葉に、ケオルグは額を押さえる。

松下はそのクルネと呼ばれた女が、あのS型のパイロットだと予想した。

多分、彼女のパーソナルカラーが桃色か桜色系統なのだろう。

 

「ともあれ、試合はお疲れだ。

 次はノイルとサシでも構わない。

 実戦に出たなら、その時は心強いよ」

 

「自分の力……で、勝ったのではない。

 ドムの性能のおかげだという事を忘れるな」

 

不機嫌なセイレムに、ビガンが苦笑する。

よほど悔しかったのだろう。

ドムに負けた事も、相手がドムを使いこなした事も。

だが、やり込み具合で言えば既にドムを持っている彼らの方が上に決まっているのだ。

セイレムが負けるのも仕方ない事だろう。

 

「確かに、実際隊長達は一回撃墜されていますから」

 

「メキシコでね。ドム二機だけだったけど」

 

今まで黙っていたもう一人の女隊員と、人懐っこそうな金髪の少年が言う。

どっちがどっちかは分からないが、アッガイとザクキャノンのパイロットだ。

二人の言葉を聞いて、ケオルグとビガンが思案顔になる。

 

「ああ、私達はドム二機でそれなりの戦果を挙げていたのだがな。

 一機のガンキャノンと三機のジムに作戦負けした。

 実は、今回小細工をかけたのもそれに感心しての事なのだよ」

 

「今の時点でガンキャノンですか。

 そいつは結構なエース……ん? エースのガンキャノンとジム?」

 

ケオルグの言葉に、松下が沈黙する。

しばし考え込むその様子を見て、ノイルも事情に気付いた。

 

「相手のデータは?」

 

「あっ、そういえば君達はシャワートイレッツだったな。

 私達が戦ったジムは、イドラ隊のものだったよ。

 君達が先日メキシコでやったのを、今思い出した」

 

ビガンが言った瞬間、トイレッツの面々は奇妙な縁に感心した。

イドラ隊はやはりメキシコで多大な戦果を挙げていたのだろう。

偶然だろうが、特定の個人や団体をよく見かけるというのは

オンラインゲーム上ではよくある事である。

感心すると同時に、ノイルはグリーンミスト隊にも

自分が変人として伝わっていた事に少々の不満を恥ずかしさを感じた。

これから会う人々に、ずっと変人のレッテルを張られるのだろうか。

 

「イドラ隊ねぇ。第三次降下作戦にも出てくるんだろうなぁ」

 

また激戦になるだろうなと、松下は思う。

あの黒いジムキャノンも出てくるのだろうか。

早いところ正式サービスを始め、ザクゾルダートを完成させたい。

それならば今度は余裕を持って戦えるだろう。

松下はそう考えるのみで、既にインパラの存在は忘れつつあった。

 

 

 

「松下太白星はメキシコから離れたのだろうか」

 

連邦軍本部ジャブローでは、

インパラがフォイエンの格納庫で不満そうな顔をしていた。

フォイエンは動き回るNPCの整備兵を眺めながら、呆れ顔で返す。

 

「あのな、敵同士でもフレンド登録は出来るんだぞ。

 そうでなくとも、掲示板やら何やら方法はあるだろうに」

 

「興が乗らん。それでは現実味が無いだろうに」

 

現実と混同しやすいのはVRMMOの欠点だなと、フォイエンは溜息を吐く。

開かれたウィンドウを操作し、設計図を眺める。

整備兵はこの設計図通りに動いてくれるのだから楽なものだ。

ただし、まともに使える機体を作るにはそれなりの発想が必要であるが。

目の前で組み立てられる機体を見て、首を捻る。

どうも元の機体と追加装備のバランスが上手くいってない様に見えた。

すぐさまデータを確認し、どう修正するか考える。

 

「何を作っているんだ?」

 

「ジムの改造だよ。

 パーフェクトガンダムを参考に、増加装甲と肩にキャノンの装備。

 ガンダムに出来るものがジムに出来ないはずがないからな」

 

その理屈はおかしいと思ったが、インパラは口に出さなかった。

フォイエンは本気でジム系の機体は万能だと考えているようで、

いずれは高性能低コストの改良型ジムを生み出し流通させるつもりだとも聞いた。

インパラとしては、ジムはそれほど好きではない。

ジムに乗るかガンダムに乗るかと言われれば迷わずガンダムに乗る。

しかし、フォイエンの作るジムなら使ってみたいのも事実だ。

改造ジムの可能性は、イドラ隊が証明している。

 

だが、アニメやゲームでは量産機よりも試作機の方が強いのが当たり前となっている。

試作機で起こった問題を改良したのが量産機であるから、

試作機より量産機が優れているのは当然である。

しかしながら、アニメにおける試作機というのは大抵

採算を度外視しあらゆる技術を盛り込んだワンオフの高性能機と位置づけされる事が多い。

ガンダムもロボットアニメにおける典型的な『スーパーな試作機』であり、

ジムがガンダムに劣っているのは周知の通りである。

 

フォイエンが目指しているのは強力な機体の量産化だ。

ならば、量産性と拡張性に優れるジムタイプを選ぶのは間違いではない。

個々の性能はガンダムほどではないが、ジムが量産機として限るならば

傑作機と呼ぶに相応しい事は明白である。

そうでなければ、RGMという形式番号を借りた機体が

Vガンダムの宇宙世紀153年まで生産され続ける事は無かったはずだ。

 

しかしいくらジムの長所と並べたとて、アニメのタイトルは機動戦士ガンダムである。

ジムよりもガンダムを選ぶファンは多い。

インパラも高性能機である《ジム・スナイパーⅡ》や《ジムカスタム》などは好きだが、

特別取り柄も無くのっぺりした顔の通常型ジムはむしろ嫌いな部類に入る。

ライトアーマーを使っていたのは、

ただ単に高機動で装甲が薄いというエース向けの機体方針が気に入っただけであり、

ジムタイプ自体を好んでいたわけではない。

 

「ジムはダメだな。量産型ガンダムを作ればいい」

 

「何を言ってるんだ。

 ジムは量産型ガンダムじゃないか」

 

フォイエンが怪訝そうにインパラを見やる。

ここでまた、インパラの悪い癖が出ていた。

今までの考えを頭にまとめたまではいいが、言葉にする時の過程をすっ飛ばしている。

だから本来言いたかった「ガンダムの方が人気ある」という思いがフォイエンに伝わらず、

インパラがジムを否定しただけに聞こえてしまった。

そして二人は、会話の齟齬に違和感を感じながらもそれを追究しようとはしなかった。

お互い、あまり突っ込んだ話をして相棒の関係にヒビが入るのが怖かったのだ。

 

「ふむ……まぁ、いい。

 私は経験値稼ぎをしてくる。

 イドラ隊と居れば、死にはしないだろう」

 

インパラの弱気な発言に、フォイエンは安心した。

まだ彼の事を完全に理解出来ていないが、

一人で我が道を行くよりも仲間を頼るというのは良い傾向だと判断する。

案外、インパラも弱さという人間味を持っているのだなと。

 

 

 

それからインパラは例のごとくメキシコへ向かう。

イドラ隊は相変わらず獅子奮迅の活躍を見せているだろう。

であれば、せいぜい利用させてもらおうと思う。

これは否定的な言葉ではなく、仲間というものをありがたがる意味だ。

仲間が居るからこそ、動き方を変えられる。

一人では到底出来ない戦法だった。

 

そういえば、前に自分の部隊に居た二人は何故脱退したのだろうか。

仲間が居れば心強いのは当然の話だ。

自分から見て、特別問題は無かったかに見えた。

フォイエンが言う『普通』という言葉が気になったが、

何にせよ自分は別に悪い事はしていない。

インパラは自分が常に正しい事をしていると思っているし、実際悪を行なわない主義である。

その点で言えば、インパラと松下は似た者同士であった。

もっとも、本人達は知らない事であるが。

 

インパラの心配は、イドラ隊の皆やフォイエンが

前の仲間の様に自分の納得出来ない理不尽な感情で拒絶してしまわないかという事だった。

インパラとて、正論により自分が悪いと分かればそれを正す。

一番理解出来ないのは、何も言わずにブロックする事だ。

話し合いの余地が無いというなら、どうやって分かり合えというのか。

 

まったく、普通の人間とは面倒なものである。

世の中全ての人間が自分の様なニュータイプとなれば良いのだ。

世界から悪意と齟齬が無くなれば、少しは平和になるだろう。

インパラはこの世の現状に満足もしていないし、

自分がそういった悪い意味での『普通』では無い事を理解していた。

ちなみに、実はインパラと似たような思考をしている松下は

自分をオールドタイプだと思っている。

それをインパラが知れば、面白い議論が聞けるかも知れない。

 

憂いが個人の人間関係から世界レベルの問題にまで広がった頃、

インパラはメキシコに到着した。

いつも通りミデア輸送機から降下し、戦闘区域まで向かう。

そして敵機を射程に収めると、特に感慨も無く引き金を引いた。

ガンキャノンの240ミリ砲が直撃し、ザクがくるりと一回転した。

インパラはエースを自称しているから自分では気付いていないが、

彼は最初から強かったわけではない。

しかし戦闘を一つ重ねるごとに操縦技術が徐々に上がってきている。

この調子ならば、いずれ連邦の上位に喰らいつく可能性もあるレベルだった。

 

敵機を捌きつつ、イドラ隊を探す。

事前に待ち合わせなどしていないが、見つける方法は簡単だ。

彼女達がそうそうやられるはずがないから、自軍が優勢の場所を探せばいい。

マップから前線を押し上げている味方機を見つけ、そこへ向かう。

すると予想通り、その機体はイドラ隊のものであった。

三機のジムは、ザクや平凡なパイロットでは相手にならなくなっている様に見える。

インパラが見つけたのは、第四小隊であるアートルムチームだ。

アートルムリーダーのマキが操る、金色のジムは遠くからでも目立つ。

 

「来たぞ」

 

「そうなの」

 

インパラに、マキが返す。

 

「今日は何の話をするべきか」

 

「きっと、明日の話で」

 

「明日?」

 

「明日と未来は普通の言葉なの」

 

「そりゃあそうだ。……何でだ?」

 

「知らんの」

 

楽しそうに笑うマキと、何か考え込む様なインパラ。

二人の会話に、二番機のガーナが頭にクエスチョンマークを浮かべた。

主語述語がきちんとなされていないのにも関わらず、二人は意思の疎通を可能としている。

実際はなんて事の無い、「明日」や「未来を切り開く」というガンダムのセリフが

一般的には厨二病の言葉として捉えられている事は何故なのかを

疑問に思っているだけの話であった。

しかし、ガーナがそれを理解出来なかったのは仕方の無い事であろう。

 

「こうやって雑談しながらゲームが出来るというのは、良い事です」

 

「テーネ、自分は喋りながら戦闘出来るほど上手くは無いぞ」

 

三番機のテーネに、ガーナは呆れそうな顔をして返す。

テーネはマゼラアタック戦車をハイパーバズーカで粉砕し、すぐさま物陰に隠れている。

彼女は必要以上に目立つ事をしない性格だと、ガーナは知っていた。

 

「そうですね。対戦ゲームにおいて強くなるというのは誰もが望む事。

 強くなる事がゲームを楽しむ上で正しいかどうかはさておき、

 エースになりたいなら例えゲームでも全力で望まなくてはなりません。

 手っ取り早い方法はまず、目立つ為に形から入るべきです」

 

「どうするんだ?」

 

「挨拶を『チョリッス』に。

 これでガンダムマイスターの適性はバッチリです」

 

「……お前がやれ」

 

ニュータイプかどうかは分からないが、こいつも変わった奴だとガーナは思う。

そもそもイドラ隊にまともな人間がどれだけ居たかなと考え、

思わず溜息が漏れたので深く考えるのは止める事にした。

その間も機体は動かしており、誘い出したザクにビルの陰から飛び掛る。

ビームサーベルがザクの横っ腹に突き刺さり、動きを止める。

しまった、と口に出す瞬間にはジムのシールドで身体を庇っていた。

 

MS、少なくとも宇宙世紀のMSはミノフスキー粒子を利用した核反応炉で主動力とする。

これは通常の原子炉や核融合炉よりは安全であり、こうやって兵器に搭載出来るほどだ。

この反応炉については諸説あるが、少なくともアニメ作中では

エンジンを破壊する事で大きな爆発を起こす事が確認されている。

 

ガーナは自分がザクのエンジンを貫いたのにすぐ気付いた。

ついでに言えば、彼女はガンダム戦記をプレイした事がある。

そのゲームでは、敵機の爆発に巻き込まれるとダメージを受けるのだ。

だからゲームの戦法同様、シールドでそれを防ごうとした。

 

果たして、ザクは爆発を起こす。

ガンダムの装甲と同じルナチタニウム製のシールドが、

破片と爆風で表面をズタズタにされた。

機体にも、シールドで庇いきれなかった部分に傷がつく。

これが本物だったら、上官の罵声一つで済むものかどうか。

 

しかし、こういった要素は面白くある。

戦場では何が起こるか分からないというが、

ゲームで体験する分にはリアリティというものは魅力的に感じる。

それはどのプレイヤーでも同じ事だろう。

 

ガーナは敵機に向けて、シールドを投擲する。

現実で、盾を敵兵に投げつける騎士などいない。

だからこそ、こういったやり方は時と場合により効果を発揮する。

シールドの芯の部分

はまだしっかりしていたようで、

敵のザクは

それを受けて仰向けに倒れた。

 

すかさず追撃を加えようとビームスプレーガンを構える。

直後、ガーナとは別方向からビームが飛来し、ザクを貫いた。

横殴りだぞと注意すべく、ビームの主へ向く。

それはインパラのガンキャノンであり、彼は高笑いを上げていた。

 

「クハァーッハッハ! やったぞフォイエン!

 松下太白星、次こそが貴様の墓場であぁる!」

 

「何だ、こいつ。

 ここまで分かりやすい悪役とフラグを」

 

「きっと、納得したの」

 

笑いながら狂った様にキャノン砲を上空へ乱射するインパラを見て、

ガーナは誰にとも無く尋ねた。

それに返したのはマキであったが、相変わらず彼女の言葉は訳が分からなかった。

ただ一つ理解出来たのは、次のイベントではインパラが目立つであろう事だ。

それが良くあるか、悪くあるかは別として。

 






~後書き~
2015年11月13日改正

12月21日
陸戦用ザク改修型の説明を分かりやすく修正

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