ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第八章『分かり合うということ』(1)

 

「で、言い訳という名の正当化をお聞かせ願いたい」

 

あっけらかんとした顔で、NPCの柏木伍長は言う。

目の前ではシャワートイレッツの面々が罰の悪そうな顔をしていた。

彼らが居るのは北米キャリフォルニアベースの南部にある基地で、

メキシコのモンテレイ基地と同じく格納庫で会議をしていた。

最も会議と認識しているのは柏木と松下だけで、

他のトイレッツ団員は自分達がお説教を受けているというのを把握していた。

ルミが珍しく、こめかみに汗を浮かべそうな表情で返す。

 

「あー、言い訳という言葉は自分の罪を否定するのではなく、

 自分の失敗を謝罪したり弁明したりするという意味だ。

 それ以外にも、物事を解説の説明をするという意味もある。

 つまり言い訳とは一般常識ほどマイナスイメージの言葉ではないんだ。

 それを鑑みるに、伍長の言う言い訳という字面がどういう意味を持つのか――」

 

「私が説明を求めていると思ったら大間違いです。

 明確に、何をしやがってるのですかと聞いているのですよ」

 

「おー……」

 

これほど会話で押されるルミを見たのは初めてだと、トイレッツ隊員は思う。

今まで知らなかったルミの一面を見れた事でノイルは嬉しくなったが、

柏木伍長の視線が自分にも向くと慌てて顔を引き締めた。

目をつむり、何かを考える様に沈黙する伍長。

彼は基本的に無表情なのが、トイレッツ達の不安を煽った。

しばらくして目を開き、口も開ける。

 

「つまり――」

 

言葉を途中で切り、一度上を見上げてからてくてくと横に歩く。

がきん、と音がしたのはすぐであった。

 

「退避ーっ!」

 

格納庫のベッドに立たされていた旧ザクが、ばきばきと音を立てる。

砂色とくすんだ砂利色の迷彩が施された陸戦仕様の旧ザクは、

あちこちがぼろぼろになって原型を留めないでいた。

修理するより新調した方が遥かに楽なのではないかと、誰でも思える。

右腕は既に無く、左腕の肘が皮一枚繋がっている。

嫌な悲鳴を上げたのはその左肘で、

それがまるでベニヤ板を折る様な軽い音を立て、肘から下が落下した。

 

柏木は落下地点を予測し、歩いて避難したから良かった。

シャワートイレッツも柏木と数メートル離れて向かい合っていたから無事だった。

だが柏木の隣でニヤつきながら説教する側に回っていた松下は、

頭にクエスチョンマークを浮かべた表情のまま吹き飛んだ。

旧ザクの腕が松下の頭に落ちたわけではなかったが、

落下した際に弾け飛んだ破片が松下に突き刺さる。

 

人間の胴体ほどもある破片を喰らった松下は派手に吹き飛び、電子に還った。

シャワートイレッツの面々は咄嗟に伏せてやり過ごす。

セイレムが小さな破片を喰らって頭からどくどくと血を流したが、

オプションで疑似痛覚の設定を切っていたので痛くもなんともない。

ジオンの衛生兵がモルヒネを持ってきたが、

「だいじょう……ぶ、です」といつもの口調で断った。

VRMMOでも麻薬に準ずる薬を使うのは禁止されているので、

プレイヤー的には意味がないのだ。

NPCは戦死すればリスポーンするので、軽傷時の痛み止めとしてモルヒネは使われていた。

もちろん、動けないほどの重傷を負った際はすぱっと介錯される。

負傷兵を並べて「リスポーンさせるぞー」と言いながら味方に機関銃を乱射する光景は、

このジェネオン世界ではよくある事であった。

 

「けほっ、あの観察力なら松下殿はニュータイプではないですね」

 

埃を払いながら、柏木伍長が言う。

ルミは一連の流れに冷や汗の筋を増やしながら、おずおずと手を挙げた。

 

「伍長はニュータイプでいらっしゃる?」

 

「適性検査は受けた事があります。

 しかしニュータイプ用のザクが使いこなせなかったのでありますから、

 今の私は偵察型に乗り、それが壊れればこの様な旧ザクで出撃しているのです。

 だからトイレ長が宇宙戦で乗っているサイコミュのザクは私にとって嫉妬の的であり、

 前世で私の代わりにその機体に乗ったアンネだかアンナだかの女性もそうなのです」

 

「ビショップの四号機か」

 

「予備のパーツででっち上げたので、総生産数には数えられてないそうです。

 ところで、その歳で話の逸らし方を知っているのには感心します」

 

「そういうつもりは、無かった」

 

「であれば、失礼しております」

 

柏木が謝ったので、ルミはすぐに承知した。

ニュータイプであるルミとしては、

柏木伍長が破片を避けたのは予知能力なのか単なる経験なのかが気になった。

それだけであった。

だから話を逸らしたと言われれば機嫌も悪くなるし、

反論をして受け入れられればすぐに納得もする。

 

何にせよ、今度はルミが謝らねばならなかった。

シャワートイレッツの面々は人間である。

現実世界に生きる人間である。

もちろん彼女達にも生活があるのだから、一日中ゲームはやってられない。

現代の若者は慣れつつあるとはいえ、VRMMOは精神的に疲れやすいゲームだった。

そうしてジェネオンからちょっと離れている間に、

柏木伍長はメキシコとアメリカの国境であるノガレスの町で戦火を超えていた。

北のトゥバクまで後退した柏木は旧ザクで《量産型ガンタンク》の小隊に奇襲を仕掛け、

一機を撃破、もう一機を小破させたところで返り討ちに遭った。

何とか機体は持って帰る事が出来たが、それだけであった。

 

一方トイレッツは何をしていたかというと、ルミはいつも通り個人情報は語らなかった。

ただ、ずっと休んでいたとは言っている。

スミレは年齢を明言してはいないが、近所の主婦と仲良くしていたらしい。

セイレムは久しぶりにジオニックフロントや『ターゲットインサイト』などの

VRMMOでないゲームをプレイし、ドムで敵を圧倒出来るのが楽しいと語る。

 

ノイルも似たようなもので、リア友の福留充とガンダムの鑑賞会やゲームをやっていた。

福留の家に遊びに行った際、部屋から女の匂いがしたので恋人か何かの存在を問い詰めると、

「リアルでもゲームでも女の子を抱える様な立場に居る」と返した。

とりあえずノイルは「福留なんか死んじゃえば良いのよ!」とオカマ口調で感情をあらわにして、

彼と一緒に寝っ転がっていたベッドの枕を投げつけてから逃げる様に家へ帰った。

福留充が名前通りのリア充になっていた事に悲しみを覚え、しばらく落ち込んだ。

自分が十字勲章のノイルである事を思い出してジェネオンに戻ったのがたったさっきの事である。

 

連邦の北米攻略作戦が進む中、戦線を離脱したトイレッツに柏木は立腹だった。

もちろんプレイヤーという立場は理解しているが、

彼も彼とてトイレッツという仲間が居なくなるのは寂しい。

そういう感情は表に出してはいないが、それとなく察してほしいと思うのが人間だった。

柏木はNPCでも人間であるから、そう思う。

そうでなくとも、どうせ戦うなら勝ち戦がしたい。

劣勢の時に居ないプレイヤーがなんだというのか、という想いを今ぶつけていた。

トイレッツはそれを理解しているから罰が悪いのである。

ルミは深呼吸をして仕切り直した後、今度こそ正面から頭を下げた。

 

「すまない、軽んじていた」

 

「解れば良いのです。

 誰もが松下殿の様に暇ではないというのは、私も知っています」

 

「ああ、松下の様に暇人ではなかったとはいえ、君達をないがしろにしていた」

 

「そうだな、俺も十字勲章のノイル大尉なのに、松下以下の事をしてしまった……」

 

「まっつーはずっと柏木伍長と一緒に戦ってたのに……」

 

「惜かしい人……を、亡くした」

 

「お前らこの前から調子乗ってるだろ」

 

復活し、マイルームから転移してきた松下が目と口を真一文字に結ぶ。

自分に対する扱いが変わったのは独立した事による抗議とも取れたが、

シャワートイレッツがある意味で話しやすく打ち解けたのではないかとも思っていた。

そういう空気が嫌いではないというのは、トイレッツ全員の共通認識であった。

松下は自分が何かやる度に突っ込みを入れるのは勘弁だとも思っていたが。

 

「それで伍長、話はどうなった?」

 

「松下殿、少し離れていただけの時間で

 有意義な会話が出来るだろうと思うのは実際の反対です。

 議論というのは分かりやすさだけでなく、ある程度の文字数が必要なのですよ」

 

「熟知しているからこそ、俺達はいつも長ったらしい言い回しをしているんだろう」

 

「あえてその方法を取らない喋り方をすれば、つまりは防衛決戦です」

 

柏木がそれだけ言って黙ったので、ルミは困った顔をする。

 

「人類はニュータイプでないと思い知らされる。

 分かり合える存在なら、今の十文字だけで伍長の言いたい事を理解出来るだろうさ。

 ジェネオンのニュータイプ能力はサイコミュの道具でしかない」

 

「これ以上喋れと?」

 

「伍長、少なくとも君がふざけているのでない事は確かだと認識する」

 

「だからそうだって言ってるんですよ。

 相手が人間なら、筋の通った理屈を文字数多くかければ伝わります。

 相手が人間としての知能と知性と知識を持っている事が前提ですが」

 

「……俺は、オールドタイプで知性しかない男だからな……」

 

松下が小さい声で呟いたので、ノイルは半分の驚きと半分の興味を持って松下に視線が行く。

それは他のメンバーも同じであった。

彼が相互理解という意味でのニュータイプになりたがっているというのは、

この場に居る誰もがある程度察する事が出来ていた。

だが、この様に情けない声を吐く松下が、ノイルやルミ、セイレムには大人に見えた。

自分の力量を弁えた発言をする松下など初めて見たと。

だが、柏木とスミレはそうは思わなかった。

二人は苦い顔をする。

 

「それで松下ですか、あなたは」

 

「まっつー、そういうのだからあたしはまっつーとのコミュニケーションを面倒がるのよ」

 

「それは薄々感づいていたさよ! 俺にだって、性格ってもんがある!」

 

ノイルとセイレムは理解出来ずに考え込んでいたが、ルミはおおよそ解る事が出来た。

つまり松下は自分の力を低く見積もったのではなく、

自分の無能さをアピールして同情だとか慰めを欲しがった発言をした。

そういう事をするから、大人からしてみれば面倒くさい子供に見える。

それが判明したなら、ルミとて渋い顔をせざるをえなかった。

ルミが目指しているのはニュータイプであり、

松下の様に世間を何でもかんでも上から目線で知った気になった上で人類を諦める人間ではない。

自分は世界を知って、成長する為に生きていると自覚している。

人類を導く様な人生を送る目処は立っていないが。

 

思ったよりも皆の反応が芳しくなかった為、松下は話を逸らそうとする。

 

「本題は止めて、寄り道の話をしようぜ」

 

「松下殿、我々にとっての本題は戦線の話であって主義主張や人生論の話ではありません」

 

「俺にとっては、ジェネオンはそういう存在なんだという。

 それを理解するんだよ、皆が皆な!」

 

「一般人にとって、他人の主義とかメッセージ性の話はゴミクズだ」

 

「柏木、それ、ガンダム全否定だね」

 

「我々は、自分がアニメやゲームの中で視聴者にメッセージを与える存在だと思いたくないです。

 私は私の主義があって、あなた方の世界の道具に使われているのも嫌なので」

 

柏木は珍しく、少しだけ怒気を孕んだ声を上げる。

松下は柏木を本気で怒らせてみたい衝動に駆られた。

人間、怒らせねば本音が出ない人種もいるのだ。

それでも柏木は貴重なNPCの仲間なので、その欲望は何とか抑え込んだ。

相手を知りたいが為にあえて他人を怒らせる方法は、

正しく受け取ってもらえずに嫌われる事も覚悟せねばならない博打である事を松下は知っていた。

 

「……ああ、本題の話を、どうぞ」

 

「はい。私が言っているのは、キャリフォルニアベースの防衛戦です。

 連邦軍の進撃が止められないのは上層部も認識しておりますし、

 我々一兵士もそう感じています。

 旧ザクとはいえこれだけやられれば、そうもなる」

 

「敵を引き込んで包囲殲滅するっていう、前言ってたアレか」

 

「はい大尉。ガルマ様の命令系統はそういう事です」

 

ガルマ・ザビがどこまであてになるのか松下は半信半疑だった。

それはノイルも同じで、十字勲章のノイルとしての力をどう使うか悩む。

 

「分かった。で、俺は何をすればいい」

 

「我々は、と言ってくれノイル。

 私のトイレッツを無視するのは良くない」

 

「そう言ったわけじゃないけど……」

 

「ガルマ様、及び各幹部格を後方に据えた司令部は既に機能しています。

 今アメリカ南部はドンパチワッショイなので、

 協力的なプレイヤーには遅滞迎撃を願っておるのです」

 

ノイルは反発を伴う違和感を感じた。

キャリフォルニアベースは現在のジオン地上軍における最後の砦だ。

史実の様にアフリカがあるわけでもなし、迂闊に敵を引き入れるのはリスクが多すぎる。

ニューヤークだけでは地上戦が成り立たない。

 

「戦線を縮めすぎたら死ぬしかないのに、遅滞迎撃をするのは……

 ネームドのエースが居るとしても、現場の戦術レベルでどうにかなる問題じゃないぞ」

 

「ですから、ミノフスキーの蟻地獄などを使って数は減らしています」

 

「そうでもそりゃあ……」

 

「この世界は人間を駒にしやすいというのは、周知の事実なのです。

 それでも死守を求めない命令は、上層部に期待するべきでは?」

 

それを聞いたセイレムが、口を挟む。

無口な彼女が横槍を入れるのはそうそう無い事だった。

 

「確実……に、勝てる自信なんてクソの役にも立たない」

 

ただし口汚い喋りである。

本当は「自分が今までの戦いで実践している」とも付け加えるべきであったが、

セイレムの意地はそれを許さなかった。

握手をした際にイドラ隊のフラムと対面しているが、

あんな少女に自分は負けたのか、などという気持ちは彼女を傷つけた。

フラムではなく、彼女に負けた事に対する自分自身の感情が二重に矜持を踏みにじったのである。

セイレムは自分もフラムと大して違わない少女だというのを棚に上げて、

あの様な少女(ガール)に負けるものかと思い込むのが最善だと判断した。

敗北を認めるというのは、それとこれとはまた別の話であったから、自分を下げる事は避けた。

喋ればルミやスミレは確実に理解して、察していないフリをする。

セイレムは松下でないから、同情と憐みが欲しくない時もある。

 

「正直に言え……ば、私は戦術家にも戦略家にもなろうと思わない。

 NPCの敵国に関する感情を見ても、勝手にやってろといっつも思ってる。

 それでも私がシャワートイレッツとして協力するのは、モビルスーツ戦が楽しいから。

 勝っても負けても、私は上層部が腐ってるって言う」

 

セイレムが自分からこういった自分の思想を話す事は今まで無かったから、皆は驚いた。

それでいて、柏木などは現実世界の人間の思考パターンを知れて勉強になったし、

もちろん反感も覚えるのが自然であった。

セイレムの発言は政治に興味の無い人間の発言であったので、

政治を云々したがる松下は柏木以上にセイレムの発言を嫌った。

だとしても、セイレムの考え方は一兵卒にもよく見られるものであったから、

トイレッツの面々は理解も納得も出来た。

ほう、とルミは興味深げな声を出す。

 

「そこまで俗物的な考えをする娘だとは思わなかった」

 

「政治……の、ごたごたは現実世界だけで十分だしそもそも私は未成年」

 

「アバター上ではな」

 

「ルミ、私……は、現実でもこんな感じの美少女。

 頭が黒髪ふわふわパーマでジト目の無口系で、ノイルみたいな中高生オタクはまずオチる」

 

「いや俺は萌えよりガンダムに青春を捧げてるし」

 

「口調が速いぞノイル。……まぁ何にせよ、我々は我々に出来る事をすれば良い」

 

当たり障りのないルミの纏めで、シャワートイレッツの方針は決まった。

そうしてトイレッツはアメリカ南部の戦線に参加する事になり、

連邦に対して遅滞迎撃を行うべく出撃するのだった。

 

 

 

その頃アメリカ南部では、インパラがガンダムリッターを使って戦線を押し上げていた。

テキサス州の南側まで進攻した連邦軍は、陸上戦艦である《ビッグトレー》や

その小型艦である《ミニトレー》を前進させつつ各地を制圧していった。

インパラは、時にはイドラ隊と共に戦い、時には連邦軍NPCやプレイヤーと共闘する。

ある日、単独でテキサス戦線に参加していたインパラは

ミニトレーを移動拠点とした部隊と共に戦闘を行っていた。

 

「ええい、こう平地ばかりだと人工筋肉が効かん!」

 

フォイエン開発のガンダムリッターは、

人工筋肉を搭載しつつ通常のガンダムやその強化型であるガンダムアライブよりも

各種性能が引き上げられていた。

(最も、コスト面も同じく尋常じゃない価格を叩き出しているが)

そのガンダムリッターでも、単純な平地での戦いは苦手であった。

 

元々MSは戦車砲一発二発では貫徹されない装甲を持ってはいるものの、

障害物の無い平地での戦いで大きな的となってしまう事はよく言われる。

人工筋肉を装備したリッターは確かに地上において瞬発力に優れるが、

それは市街戦などの入り組んだ場所で戦う際に効力を発揮するものであり、

だだっ広い開けた土地ではやはり大きな的であった。

 

それでも、仮にもガンダムの名を冠する機体は優秀だった。

並のザクやグフなら機体性能で圧倒出来たし、ドムすらもそうである。

もちろんパイロット技術が高ければザクでも脅威であるし、

実際この戦いでインパラはそれを思い知らされていた。

敵のMS部隊と撃ち合いをしている最中、一機の旧ザクが跳躍してインパラのリッターに接近する。

 

旧ザクは背部にランドセルの様な物を背負っていた。

見間違えでなければ、《MS‐05LザクⅠ・スナイパータイプ》である。

背中にサブジェネレーターを装備しており、狙撃用ビームライフルを扱える。

元々ザクタイプにビーム兵器を装備するのは出力上無理があったのだが、

苦肉の策としてこういった改良が成された機体だ。

 

しかしこの旧ザクはビームライフルを持っていなかった。

何をするつもりなのだとインパラが怪訝な顔をする。

組み付かれる前に撃ち落とす事は可能であったが、

知的好奇心からインパラはあえて撃たずに旧ザクの動向を見守った。

すると旧ザクは腰部に取り付けていた筒を手に持ち、インパラへ突貫してくる。

錯覚で無ければ、それはビームサーベルだ。

 

「ランドセルを背負ったままで、サーベルは無理でしょ!」

 

叫ぶインパラ。

それでも相手の気概は買い、リッターのZOビームサーベルを抜いた。

青い細身の刀身が低く唸っている。

正面から斬り合うかと思われた瞬間、旧ザクは身体を沈める。

インパラがそれを目で追うと、旧ザクは跳躍してインパラの背後へ回り込んだ。

それはスラスターの噴かし方を一歩間違えれば遠くに飛び過ぎるはずであった。

旧ザクは最小限のエネルギーで、的確にガンダムリッターの背後に着地していた。

 

まずい、と思った。

インパラは旧ザクが空中で一回転半捻りしたところまで見えたが、それだけであった。

だから直後に機体に衝撃が走ったのも、当然だと理解出来た。

慌てて左手にビームガンを持たせ、右脇越しに後ろを撃つ。

しかしその場に旧ザクはおらず、ガンダムリッターの左すぐ傍に回り込んでいた。

リッターの右手にはサーベルがあり、左手は右脇から後ろを撃っている。

だとすれば左側はまったくの無防備であり、

旧ザクはガンダムリッターの左から斬撃を加える事が出来た。

 

「私はニュータイプだって、言うっ!」

 

ガンダムリッターの左腕は、ビームサーベルの一撃では切断されなかった。

それはGジェネ的耐久力のおかげであり、ガンダムリッターのEカーボン装甲のおかげだ。

インパラはリッターを右に飛び退かせ、ビームガンを右手に持ち替えさせて引き撃ちをした。

左腕は千切れずともダメージを受けているから、射撃精度が落ちるのを嫌った。

先程接近戦に応じたのにも関わらず引き撃ちをするのは卑怯な気がしたが、

戦場でビームサーベルで相手を討つ事に拘る理由もあるまいと心の中で言い訳する。

旧ザクはビームガンを三発ほど避けたが、スラスターのエネルギーが追いつかなくなる。

オーバーヒートを防ぐ為にビームサーベルを止めたが、

さすがに旧ザクでガンダムの動きにはついていけずに撃たれた。

胴体に赤熱した風穴を開けて倒れた旧ザクを見下ろし、インパラは息を吐く。

 

「プレイヤーの改造ザクかと思ったら、ジオンのNPCだったか。

 NPCの改造か、プレイヤーがジオンに譲渡したか……

 何にせよこんな動きをするジオン兵がそうそう居てはキツい」

 

データを見て、ふう、と再度息を吐くインパラ。

オリジナルガンダムは確かに性能は良いし、それなりの金もかかっている。

だが兵器は消耗品であり、いずれは壊れる運命だ。

せめてゲルググの百機やモビルアーマーの数十機は道連れにしたいと思っていたが、

それも簡単な話ではないと今初めて気づいた。

自分が有能なニュータイプだと自負するインパラでも、

世の中には上には上が居る事は覚悟は出来ずとも理解はしていた。

 

一通り敵を倒したらマイ格納庫で修理しようと思い、インパラはリッターの顔を敵陣へ向ける。

その時、視界の端に一条のビームが走るのを認めた。

ビームは後方で援護射撃を行っていたミニトレーの艦橋に直撃する。

 

「ああああぁ……!」

 

望遠モニターで見やれば、

今度はビームスナイパーライフルを装備した本物のザクⅠスナイパーが映った。

何故オリジナルガンダムを用意されたのに、

上手くいかないものなのだとインパラは泣きそうになった。

泣きそうな顔のまま敵陣に吶喊したインパラのガンダムリッターは、

ザクやグフ数機で構成された部隊を蹴散らして帰還した。

 

彼が帰って最初にやった事は、フォイエンに泣き言と言い訳をする事であった。

一通り聞いたフォイエンは、インパラを攻める事もせずにふむと唸る。

 

「本来ならば、ゲルググタイプの十機二十機を落として来いと言うべきなのだろうが、

 俺は技術屋のつもりだからそれが不可能なのは理解している」

 

「何? 俺とお前の愛の結晶であるガンダムがゲルググに劣るというのか?」

 

「恥ずかしい言い方をするのは俺の前だけにしてくれよ。

 ……そもそもゲルググはガンダム並みの性能があるというのは言うまでもなく、

 オリジナルのガンダムリッターもその上位互換的存在でしかない。

 Eカーボンにしたってゲーム的にはちょっと装甲が堅いだけだし、

 兵器ってのが消耗品なのはお前も知っているだろ」

 

「ただのガンダムならまだしも、我らのは銀色のシルバーを目指す試作機だのに?」

 

「同じ事で、銀騎士ガンダムも銃弾を受ければ墜ちるんだよ。

 俺はガンダムを兵器だと認識している。

 ならば求められる物は遊びやワンオフの改造機ではなく、それらを超える性能を持つ量産機だ。

 ジムタイプだってルナチタニウムの装甲を除けばガンダムを超える物も多いんだからな。

 皆はアニメ内だけの描写を見てガンダム最強だとか言うが、

 それは戦車でティーガーが最強だと言う様なものだ。

 ティーガーだって至近距離ならM4シャーマンの主砲で貫徹出来るだろう。

 PS2版ガンダム戦記のアニー・ブレビッグだって、

 戦闘に勝つ為でなく戦争に勝つ為のジムの話をしている」

 

「下っ端の発想は悪い事だとは思わんがなぁ……

 最前線で戦う者が居るからこそ、現場が判明するというものもある。

 政治家や大統領から最前線に送るべきだという考えは狂っていると思うが、

 上層部が現場の意見を取り入れるのは当然の責務だと」

 

「ガンダムリッターを作ったのは技術実験の面を多分に含む。

 俺が作りたいのは量産機だというのは何度も言っているよな?

 いわばワンオフ機は学校でいう期末テストであり、

 俺はテストで良い点を取るんじゃなくて知識を身に着ける為の勉強がしたいんだ」

 

「工業関連の学校に?」

 

「インパラ、俺は個人情報は出来るだけ話さない主義だ。

 俺がどこの学校に行ってようとお前に教えるつもりはないし、

 俺のリア友にも自分がジェネオンでフォイエンを名乗っている事を言ってはいない。

 イドラ隊の面々以外にはな」

 

「お前は俺の事を知ってくれてる癖に……」

 

インパラが嬉しそうに言ったので、フォイエンは顔を真っ赤にした。

恐らくエールステップ隊のリュンがネットストーカーの件を告げ口したのであろう。

しかしインパラが気持ち悪がらずに好意的な表情をしてくれたので、

本当に火が出そうなくらいフォイエンは赤面した。

同時に、このインパラという男は一生手放してはいけない親友だと感じる事が出来た。

それは彼の人生にとって、最大の幸せである。

友情だとか愛情を受け入れてくれる人間は、

異性でも同性でもこの世に一人居ないかもしれないのだ。

そういった人間に出会えるのは、人として最も幸福な話であった。

 

「と、ともかく、俺はそういう技術関係の事柄をジェネオンでやるつもりだ。

 オリジナルガンダムの完成形、ガンダムシルバーも作っている。

 それでも最終的には、俺が作った量産機にお前が乗ってくれるとありがたい」

 

「熟知した。お前がそういう人間だというのを知れて良かった。

 あえて申すなら、私も量産機は嫌いではない。

 嫌いじゃないが、ノーマルジムは嫌いだ。

 ……これが矛盾してないのは解るな?」

 

「平べったいのっぺりした大きなバイザーじゃなく、

 ジムカスタムやジェガンの様な鋭角的な顔やフォルムにしろって言うんだろ」

 

「フォイエン、俺お前好きだ」

 

「……このやり取りをサノザバスさんみたいなイドラ隊の誰かに見られたら誤解される。

 俺達のコレは、恋愛じゃなくて友情としての愛だろ」

 

「フォイエンが受け入れてくれるのなら、私は……いや、俺は生きていける。

 あまり褒められた事ではないが、今度リアルで一杯やりに行こう」

 

「俺は酒は飲めないよ。

 でも、人生で一番他人を信頼しあったのは初めてだからして、それはわかれ」

 

「理解の解る、判断の判る、ただの分かる。

 その全てを満たしている自信はある」

 

「だったら、ボロが出る前に、幸せに浸る俺を置いて出ていけ!」

 

インパラは笑いながら、修理と補給の完了したガンダムリッターへ向かっていった。

私はこういうのを求めていたのだなと、再度確認出来る。

もはや相互理解をするダイクン的なニュータイプなどどうでもよくなっていた。

そんなものがなくたって、フォイエンとは分かり合えた。

それで十分だと、この時は思っていた。

まさかこの直後に、どうしても分かり合えない人種の存在を思い知らされようとは

夢にも思わなかったのである。

 

 

 

――それはまったくの偶然であった。

 

前線で戦闘を行っていたインパラは、ひいき目に見なくても活躍していた。

大げさに言うのならば、『ガンダム無双』とゲームを間違えているのではないかとすら見えた。

ゲルググの百機や十機とはいかないまでも、

ドム三機の連携を一瞬で崩壊させ、圧倒出来るくらいの働きはしていた。

 

ちなみにそのドムはジオンのエース部隊《キマイラ隊》のものであり、

かつて真紅の稲妻の異名を持つジョニー・ライデンの《高機動型ゲルググ》と

模擬戦を行った事もある三人組であった。

ちなみにその模擬戦はPS2の《めぐりあい宇宙》でのステージであり、

作中では黒い三連星が教官として新兵を鍛えるミッションもあるのだが

このキマイラ隊のドムがそれと同一人物かは不明である。

どちらにせよ、キマイラのドムは三人一組で黒い三連星を意識した戦い方をしていた。

 

「何だこのガンダムは、見た事が無い」

 

「三連星が居れば、ダブルジェットストリームアタックが出来るのに!」

 

このドム三機のパイロット達は、

ファーストガンダムのリメイク漫画である《機動戦士ガンダム THE ORIGIN》に

登場したドムパイロットの記憶も受け継がれていた。

彼らは並行世界において、ダブルジェットストリームアタックをガンダムに仕掛けて敗れた。

その恐怖に飲まれない様にしたつもりがこれである。

 

インパラがもしもビームサーベル持ちの旧ザクと戦っていなかったら、

このキマイラ隊のドムにも苦戦していたであろう。

事前に敵が強い事を認識していれば心の持ちようがある。

確かにキマイラ隊のドムは強敵であったが、

ドムという高性能な機体が弱い訳はないと警戒してかかった事が功を奏した。

インパラはガンダムの性能を見せつけつつもさりげなく後退し、味方の射線にドムを引き込んだ。

友軍の連邦プレイヤー機がキマイラドムの一機を集中砲火で撃墜すると、

インパラは接近戦を仕掛けてドムの機動力を殺し、

一方でリッターの人工筋肉を活かした近距離からの銃撃で残り二機を倒した。

 

「単独でも勝てたとは思えるが、味方の支援が的確だった。

 キマイラ隊のマークは見えたから、相手はエースだったはずだ」

 

つまり、敵のエースを落とした味方のエースとは仲良くしなければならない。

インパラはイドラ隊ではなく未だに自分の部隊を持っているから、

それに勧誘をするのは良いチョイスだと思った。

後ろを見やると、まず味方機の機種に驚く。

援護してくれたのは二機のガンダムタイプであり、

しかもノーマルではなくオリジン版のガンダムであった。

片方はメインカメラがゴーグルになっている01号機で、もう片方がアムロが乗った02号機。

どちらも左肩にショルダーキャノンを装備している。

 

ガンダムはもはや上級者だけの機体ではなく、戦場でも時たま見かける事はあった。

とはいえガンダムで溢れるほどというわけでもなく、

基本的にオープンベータ時代出身の古参プレイヤーが扱う事が多いらしい。

そんな人物を勧誘するのは難しいと、インパラは思う。

チームに入っているにしろ野良プレイヤーにしろ、

今までそうやってきた者を今更自分の部隊に入れというのは簡単ではない。

事実、フォイエンがそうであったからだ。

 

それでも言うだけ言ってみようと、インパラは通信を繋ぐ。

まず耳に届いたのは、02号機パイロットの口笛であった。

 

「今のドムぁキマイラのマークだったぜ!

 だから言ったろ、オレ達は強くなったんだって」

 

「そうは言うが、あの銀色のガンダムの性能を見ろ。

 僕らのガンダムは重装備だが、あの機体は軽装で運動性が高い。

 なのに青いビームの威力は違って見える」

 

「ああ? 銀色でライトアーマーの奴には良い思い出が無いんだろうに……

 おおっと失礼しちまった、やるなぁそこのオリジナルガンダムさんよ」

 

「お前達は……!」

 

インパラは驚愕した。

驚いたのもあるが、同時に心臓の痛みに胸を押さえる。

オリジンガンダムに乗っていたのは、かつて自分の部隊に所属していたプレイヤーであった。

何の心の準備もなく偶然出会った為、精神的な余裕を引き出すのに脳を回す。

01、02号機も同じだった様子で、目の前の銀色のガンダムが

白銀のインパラの声だと判った途端に絶句する。

 

「あ、ああ、こちらは……私は、インパラだ。

 白銀の騎士を自称していて、自分の事を正義の神だと思っていたインパラだ。

 ちょっと待ってくれ、私は過去形で話している!」

 

相手の一挙一動に気を配っていたインパラは、二人が逃げ出そうとするのを留める。

 

「あれから私は学んだのだ! 会話というのは非常に重要で、

 相手の意見を知るだけでなく自分の意見を伝える話術が必要だというのに!

 だから私のミスは、ザニーを踏み台にする戦法を伝えなかった事なのだ!」

 

「……それで?」

 

01号機のパイロットが続きを促す。

言葉遣いが荒い方の02号機は、黙ったままだった。

 

「それで? それで何だというんだ? それが全てだ」

 

02号機がインパラのリッターに、ビームライフルを向ける。

それを01号機は手で制した。

 

「あなたは自分勝手だ。

 自分勝手だから、そういう刺々しい敵意のこもった物言いをする」

 

「敵意だと! 私は他人を攻撃した事は一度も無い!

 敵意、悪意、嘘は一切やっていないのを分かってもらおうとしていた!

 私はいじめられっ子だったから、ヒトを傷つける行為は絶対にしない。

 それをやったら、いじめっ子の悪党と一緒になってしまうから!」

 

「仮にそうだとしても、僕達はそうは思えなかった。

 あなたの言葉遣いは他人を傷つける物でしかない。

 100人中99人はあなたの性格を嫌うでしょう。

 僕達はたった一人の例外になれるはずがない」

 

「何故だ!?」

 

「分かりませんか」

 

「分からない! お、俺には分からない!」

 

インパラは本気で言っている。

彼は本気で自分が正しいと思っていて、正しい事は良い事だと考える。

良い事をするのは善人であり、悪人ではない。

善人と悪人だったら前者の方が好かれるし、後者は嫌われる。

それが分からなかったから、彼は学生時代に敵を作った。

あまりにも酷く、思い出したくない過去だったのでフォイエンにも言っていない。

善行が善であるという単純な事実に気づいたからこそ、

彼は自分が正しい生き方をして悪人になるまいと思っていた。

悪の反対は善であり、善を行っている自分は正義である。

その事実を絶対的なものだと信じていた。

 

そして善人ならば、誰からも好かれて当然である。

善行を行っていれば性格人格を褒められて当然である。

正しい事が間違っていないのは当然である。

善が嫌われるはずもなく、受け入れられる。

そういった事を信じていたからこそインパラは善人をやってきた。

もし自分が嫌われたら、悪人と誤解されているのだろうと思っていた。

 

「私は、俺は正しい事しかやっていない!」

 

「説明不足を?」

 

「足りないところがあるなら、言ってくれれば直すに決まっているだろう!」

 

「どうしようもないんですよ。

 あなたは自分で正しい喋り方をしているつもりでしょうが、我々には苦痛だった。

 見下され、馬鹿にされ、説教されているようにしか聞こえなかった。

 第一次降下作戦の時も、道具に使われたようにしか感じなかった。

 だから僕達はあなたの部隊を、ズィルバーリッターを抜けたんです」

 

「だから直すと、好かれる努力と分かり合う努力をすると――」

 

インパラが言い終わる前に、黙っていた02号機が声を張り上げる。

 

「知った事か! オレ達は分かり合う努力なんてしたくねぇんだ!

 気の合う奴は自然とダチになれるし、そうでない奴も居る。

 価値観の違い過ぎる奴と友達になるって、そりゃあおかしいだろ。

 嫌いな奴とは距離を取るのが普通だって知らねぇのか!」

 

「そうしたら人類は永遠に分かり合えない!」

 

「ニュータイプ気取りがッ!」

 

「わ、私はニュータイプを自称しているが……それはパイロット能力の話ではない!

 戦争なんてしないで、暴力無しに物事を解決出来て分かり合う人類を目指している。

 これはジェネオンだけでなく、現実でも同じだ。

 それで分かり合うには議論が不可欠なのに、

 君達が黙ってブロックしちゃったら話し合う余地も相互理解もクソも無いじゃないか!」

 

「たりめぇだろ! オレ達はハナっからテメェと分かり合うつもりが無いんだよ」

 

「私の悪いところを言ってくれ! 全部直して見せる!」

 

インパラの言う事は本音であったが、

02号機のパイロットからしてみれば言い訳にしか聞こえなかった。

02号機は吐き捨てる様な声を出し、前線へ飛び去って行った。

残った01号機も後を追おうとする。

最後に振り向きざま、01号機はインパラにプライベート通信を繋ぐ。

 

「どんなに自分が正しいと思っていても、それを否定する人間は居る。

 それは善悪ではなく、価値観の違いだ。

 必要悪もあるにはあるが、大抵は善の反対もまた善だ。

 あなたは分かり合う事が善だと信じているようだけど、僕はそうは思わない。

 出会う人間一人一人と分かり合うなんて、そういう風に人間は出来ていない。

 もしもあなたが正しい事をする人間なら、ザニーの踏み台の勘違いは謝ろう。

 だけど僕はあなたと分かり合う事に価値を感じない」

 

01号機はそう言うと、スラスターを噴かせて02号機を追う。

後に残されたインパラはしばらく呆然とした後、絶叫をこだまさせる。

後続のプレイヤーやNPCが通り過ぎたが、

彼らが見たのは子供の様に号泣するいい歳した男の声と、

ジオン軍の攻撃で大破した銀色のガンダムの姿であった。

 

 

 

メキシコからアメリカに入った連邦軍を、イドラ隊は支援していた。

リュイが取ったのはイドラ隊にとっての運営戦略であり、連邦軍にとっての戦術である。

結局一兵士だとかプレイヤーに出来る事はそれくらいだと思えた。

 

最近インパラは先行し過ぎるので、イドラ隊は放置していた。

特にリュイは、以前ホワイトディンゴとの共同戦線の際に

インパラが独断で突出した挙句に一人で要塞を落とそうとしたのを見ている。

そこまでされてはいちいち何かを言う気も失せるというものだ。

やりたいならやらせておけば良いと思っていた。

それが間違いだったと判明したのは、インパラが泣きながら帰ってきてからだ。

 

イドラ隊の――偶然全員揃っていた――面々がフォイエンと新機体の話し合いをしていると、

部屋に飛び込んで来たインパラが涙をぼろぼろと流しながらフォイエンにすがりついた。

泣き声が冗談でも尋常でもなかったので、彼らの仲を揶揄する者は一人も居なかった。

イドラ隊の中には艦長役のサノザバスを始めとして

何人かそういう趣味に明るい女子が居たのだが、

その面子は明らかに今回のインパラはただ事ではないとすぐに解った。

まるで大好きな友達と喧嘩別れした子供の様だ、というのが全員一致の感想だった。

 

「な、何がどうされたんだ! 落ち着けインパラ、ふんどし!」

 

「いや、フォイエンさんあなたが落ち着いて下さい」

 

元ネタの分かるリュイが突っ込みを入れる。

インパラは「仲間が」とか「主義が」とか「リッターが」とかとかとか。

要領を得ない発言ばかりだったので、とりあえずフォイエンがマイルームに連れて行った。

しばらくして戻ってきたフォイエンは、辛うじてインパラが元チームメンバーと会い、

口論となって理解されずに嘆いている事を聞き取ったと説明する。

同時に、ガンダムリッターが大破したとも。

ステルラチームリーダーのシャイネが「信じられないわ!」と叫ぶ。

 

「あたし達の機体を遅らせてまでオリガンダムを作っておいて、

 個人的な喧嘩で泣いているところを撃破されたって事でしょ!

 それは筋が通っていない行為じゃないかしら、と思うわ」

 

「いや、リッターはぎりぎりのところで生きてたから、

 ちょっと修理の時間と費用が嵩むくらいで済む」

 

「えっ、だったら何の問題も無いじゃない」

 

「そんなわけあるか、インパラは今泣いているんだぞ。

 あまりにも酷かったから、途中でバーチャルシステムの安全装置が働いた。

 多分現実の身体が涙に溺れて強制解除されたんだろう。

 リッターがやられたのも、そうやって一旦回線が切断されたせいだ」

 

「それで? それの何が問題なのよ?」

 

「シャイネ、お前……」

 

「ちょっと待って、一応言っておくけど

 インパラの話を本人の居ないところで話すつもりはないわ。

 本人が問題点を理解しないと意味ないもの」

 

シャイネの台詞を聞いて、リュイがハッとした顔をする。

リュイは何かを思いついた表情で、フォイエンとシャイネの間に入った。

 

「ちょっと待って、まったまったって。

 この話は明日広げましょう、シャイネ」

 

「広げる事かしら」

 

「上手くいけば、教育になるというのを分かってほしいのよ」

 

「ああ、そういう事ね……」

 

イドラ隊の一部、年長者や賢い人間であるラストやテーネは察する事が出来た。

この状況でものほほんとしているマキもそうであったが、

彼女に関してはいつも変人扱いされている為気づかれなかった。

ともあれ、この話題は翌日に持ち越しとなる。

 

――そして次の日。

インパラはいつも通りにジェネオン世界に戻ってきた。

イドラ隊はインパラを待ち構えて、部隊ルームに集合している。

フォイエンから「話がある」とイドラ隊の部屋に呼ばれたインパラは、

ガンダムリッターを壊したのを責められるのではないかとビクつきながら部屋に入った。

全員勢揃いだというのに気づいた次の瞬間には、インパラは土下座していた。

 

「済まない、自分から謝らせてくれ!

 私はイドラ隊の活動資金で作ってもらったガンダムリッターを壊してしまった。

 もう一度作ってくれなどというわがままも言わない。

 だから友達をやめないでくれ!

 言ってくれれば二度と関わらないから、ブロックだけはしないでくれ!

 関わらないと決めていても、余地が無い事をブロックで表現されるのは

 私の相互理解の主義が全否定されているようで死ぬより辛いんだ!」

 

まず、イドラ隊の全員が氷の様に固まった。

次いで、全員ともフォイエンに視線を向ける。

イドラ隊はインパラの発言で、彼が友情を大切にしている事を知った。

友情が失われても、話し合いだとか相互理解を諦めないのも読み取れた。

彼の嘘を吐かない性格もそろそろ理解しているから、

言ってくれれば二度と関わらない、というのが有言実行されるのも分かる。

それが彼なりの主義であり、ケジメなのだろう。

 

そんな事はどうでもよかった。

彼女達にとって、インパラの主義主張は重要ではない。

01号機や02号機のパイロットと同じで、

イドラ隊はインパラにそれほどまでの価値を見出していない。

一番の問題は、彼女達はガンダムリッターの製作費に

自分達の部隊の活動資金が充てられているのを、今初めて知ったという事だ。

それはインパラの失言ではなく、

以前「イドラ隊用の改造資金にも手を付けてる」と言ったフォイエンの失言である。

嘘や隠し事が嫌いなインパラにそんな裏話をするのはまったくの愚策だ。

 

「あー、なんだ、つまり、俺は技術屋であって技術を発展させる義務がある」

 

言わんとしている事は誰にも明らかだったが、

インパラが土下座をしている隣で両腕を組んで困った顔をするフォイエンの姿は

対比としてイドラ隊員の怒りを煽った。

特に一番怒ったのは、もちろんリュイであった。

 

「フォイエンさん……私達が、どれだけ機体を大切にして、

 どれだけ機体に関する信頼をあなたに寄せているかは分かっていますね」

 

「承知だ」

 

言いながら、フォイエンは視線を逸らす。

リュイの声が、今まで聞いた事の無い悲壮感のある口調だったから。

そういう言い方は、言われる方が心に刺さる。

まるで悪い事をして女を泣かせたのに近い気持ちになるなと思ったが、実際その通りであった。

 

「あなたが……私達が、ほぼ全財産をあなたに預けているのは……」

 

「ごめんリュイ、それ以上そんな声を出されると死にたくなる。

 お前にまで泣かれたら俺が辛い」

 

「はぁ……」

 

言葉も無い、と言わんばかりに溜息を吐いてリュイは黙った。

インパラはその様子を気まずそうに見ている。

さすがにガンダムリッターが完成したのなら、金の問題も解決していると思っていたからだ。

実際はフレンズの援助があってこそなのだが、

フォイエン以外はそれを知らなかったから、イドラ隊の金が浪費されたと感じた。

それは半ば事実なので、フォイエンはフレンズの話を打ち明けずに反省を受け入れた。

 

「あー、済まない皆。

 ちなみにインパラ、お前のガンダムは消失はしてなくて無事だ」

 

「まじか! 泣いてたからあまり覚えてないが、

 ゲルググキャノンの直撃を何回も受けたからもうダメかと思ったよ」

 

「ゲルキャってそれキマイラの……まぁ、いい。

 そんな事より、インパラに話がある。

 なぁに、すぐ終わる話だ」

 

そうフォイエンが言うと、リュイが一歩進み出る。

「では……」と声を上げかけるが、シャイネがそれに待ったを唱えた。

 

「私に言わせて頂戴。

 つまり……インパラ、あんたの主義の欠点を指摘したいのよ」

 

「欠点? あいつらみたいに、私の主義が間違っていると言いたいのか」

 

「そうじゃないわ。

 とっても簡単な話で、あなたの理屈は正しいんでしょうけど

 正論が世の中に通ると思ったら大間違いなのよ」

 

インパラは昨日01、02号機と話した時の様に、本当に訳が分からないといった顔をする。

 

「正論が世の中に通らないのなら、社会や世界が間違っているという事だろ?」

 

「まずそういう物言いをするのが否定を生むの。

 人間は……特に空気を読むのを大事にする人間にとっては、

 世界が間違っているなんていう大局を断定口調で否定する人間は気が狂ってるの。

 なんでかって、そりゃあ空気を読む人間は大局に巻かれて生きているからね」

 

「それは理解出来る」

 

インパラは素直であるから、その言葉は正直な事実であった。

納得したとか賛同したとは一言も言っていないが、少なくとも理解しているという意思は伝わる。

 

「それと同時に人間は自分の価値観を持ってるから、

 自分の中の善悪と他人のそれは違うし、そもそも善悪を気にしない人間も居るわ。

 だからあんたの様に正義を振りかざすタイプは、正反対や興味の無いタイプにとって敵なの」

 

「私は敵意を持ってはいない……!?」

 

「相手はそうじゃないわ。

 普通の人間は嘘を吐くし、間違いも犯すし、悪い事もやる。

 車の通らない夜中に赤信号を渡る人に対して、

 ひたすら間違いだと大声で叫び続けていればおかしいと思われるの。

 普通の人はそんな事でクソ真面目に注意はしないから」

 

「例え話なのは理解するが、赤信号無視は歩行者でも明確な法律違反で罰金だぞ」

 

「許容されるグレーゾーンというのが、空気として作られるのよ。

 例えそれが法律違反でも、黙認されている事がある。

 あれよ、それ言ったら二次創作とか全部アウトよ?」

 

「つまり俺が相手と分かり合おうとする事が敵対行動だと」

 

「疑問符をつけてちゃんと聞きなさい。

 だと、じゃなくてそうなの。

 会話や相互理解の為でも、強要は迷惑行為なの」

 

「しかしそれを言ったら、俺は相互理解をしたい気持ちを抑えるのを強要される事になる」

 

「相互理解っていうのは、何も話し合いだけじゃないし強制でもないわ。

 自分の嫌いな相手と話すのは理解を産まないのがほとんどなの。

 私だって、イドラ隊が連邦でやるって言ったから自分の主義を殺してここに居るのよ。

 主義より友達が大事だから。

 そうでなければ、ジオン側で連邦にコロニー落としをしていたわ」

 

「ジオニストは分かり合える人種じゃない……?」

 

シャイネは一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐに真顔に戻る。

 

「少なくとも、連邦が好きな人とは相容れないのが一般的ね。

 だって、連邦軍はプレイヤーもNPCもジオンのやった事を許さないでしょ」

 

「コロニー落としや毒ガスを正当化するというのか、君は」

 

「フレンド登録はしてないけど……シャワートイレッツのノイルは知ってるわよね。

 私は掲示板でノイルとかグリーンミスト隊のビガンとかが、

 連邦とジオンどちらが正しいかを議論しているのに参加してるのよ。

 ノイルはコロニー落としも全部正当化しているわ。

 南極条約締結前だから国際法違反じゃないとか、

 連邦の経済制裁で外交的に人を殺すのが正義とするのは狂ってるって、

 そういう話をノイルはしているの。

 私はそこまで生粋のアレではなかったけど、最近はノイルに同調してる自分に気づくわ」

 

インパラは言い返せなかった。

もしここで言い返したら、南極条約に違反しないという理由で

ジオン兵をMS用のビームガンで撃ち抜いた自分自身の戦い方も否定する事になるからだ。

戦争の善悪は戦時法違反かそうでないかだと、インパラは思っている。

ただし、核兵器などの一部の例外を除いて。

その考えが矛盾しているというのに、今更ながら気づかされた。

結局自分は、自分の気に入らない戦い方こそ悪だと決めつけていたのだと。

 

「しかし、虐殺は良くない……」

 

その虐殺という線引きがどこまでであるか、インパラ自身も分からなかった。

それでも、矛盾していても言わなければならなかった。

いくらインパラでも、虐殺するべきだ、などという言葉はそうそう正当化出来ない。

自分のやった生身の人間をビームで溶かす行為も、今この瞬間から悪と認識する。

彼は悪いと思ったらすぐ直すと言っているから、その通りになるのは実際だ。

シャイネは優しげな顔をして、母親が子供に言い聞かせる様に言う。

 

「もちろんそれはそうよ。

 でも、そういう価値観の違いは善悪を超える事があるの。

 偏った思考の人間が居て、その正反対に偏った人間が居るなら、

 その二人は自分の主義を捨てない限り絶対に分かり合える事は無いの。

 そういうのを分かって欲しかったのよ」

 

「基本的に議論はすべきだが、話し合わない覚悟も必要か……

 ただし、嫌いな相手を攻撃するのは良くない」

 

「そう、正反対に偏った相手でも、否定から入るのは争いを生むだけでしょ。

 だから本当の相互理解っていうのは、相手を否定して滅ぼす事じゃなくて

 ケツの穴を広く持って『そういう考えもあるのか』程度で終わらせるのが良いのよ。

 こういう話を聞いて、「でも相手が攻撃してくるから」っていうのを止めて、

 お互いがお互い攻撃を止めれば良いという理屈を世間に蔓延させなきゃならないの。

 それは今世の中が出来ていない事だけど、人間は今すぐにでもそれをやる必要がある。

 ね、そういう事よ皆」

 

フォイエンを含むイドラ隊の全員は全員とも頷く。

彼女達はシャイネとインパラの会話が、非常に単純ながらも真理であると感じた。

真理、とは正しさではない。

ましてや「これこそが真理だ!」などという絶対的な存在では決してない。

シャイネが言った様に、「そういうのもあるのか」と思う事が出来る正論だった。

イドラ隊は、シャイネの言葉を鵜呑みにするのは、絶対に違うと思える。

価値観の違いというのは大きなものだ。

誰にでも他人の人生を構築する意志は変えられないから、

意見の違い思想の違いを受け入れる事こそが相互理解という。

シャイネはそう言いたいのだろうと理解出来たのは、人間としてあるべき姿であった。

 

一方でインパラは呆気に取られた顔をする。

次いで、シャイネの最後の言葉がイドラ隊の皆に向けられた意味を理解して思わず叫んだ。

 

「あっ、それ、あーっ! お前はそういう事をする!」

 

「リュイの判断よ」

 

「リュイ、貴様は人の涙を利用して、皆に道徳の勉強をさせたな!」

 

「いや、まぁ、こういうのを理解した方が確かに勉強になるわね。

 私達は一応少女で、若いから」

 

「ひ、酷いぞ、フォイエンもグルか!」

 

インパラが騒ぎ始めた頃から笑いを噛み殺していたフォイエンが、顔の前で大きく手を振る。

笑いを堪えきれなくなって、少々むせた。

 

「くっくく……ぐ、ごほっ。

 あのなぁインパラ、大人っていうのは子供に教育を施すべき存在じゃないか」

 

「私は精神年齢が子供だから、子供扱いされたいシャア・アズナブル系男子なんだよ!

 子供に説教するぐらいなら、大人の女性に撫でられたいのだ!」

 

「大人になれない幼稚な大人でも、人と説教をし合えたのは成長じゃないか。

 誰も損してない、誰も損してないよ」

 

イドラ隊は笑った。

楽しいという意味でも、面白いという意味でも、この環境が好きだという意味でも笑った。

インパラは顔を赤くしていたが、皆が笑い終えるとシャイネに握手を求めた。

シャイネは迷わず手を取り、ありがとうと言う。

インパラも、それはこちらの台詞だと返した。

ソールリーダーのカナルが間に入り、繋がれた手の上に自分の掌を乗せる。

 

「はいはい、皆円陣組んでー。超組んでー」

 

誰からともなく、次々と中央に手を乗せてゆくイドラ隊。

全員がそうすると、カナルは音頭を取った。

 

「イドラ隊がまた一歩成長したのを祝して、

 及び私達が相互理解出来る未来を願って、ファイッ、オゥ!」

 

「おーっ!」

 

全員は手を高く振り上げる。

この光景を第三者が見たら、何故こんな事をしているのだろうと思うのは明らかであった。

実際、この時の会話と映像はリュイによって記録されており、

後々になって動画サイトで公開される事になるのだが、

大部分は「この人達が一体何の会話をしているのかまったく意味が分からない」との感想を持った。

 

それでも彼女達にとってこの流れは自然であり、全員が全員に感謝していた。

インパラは満足気な顔をしながら、

これこそが自分がニュータイプを目指していた理由だと思う事が出来る。

自分は仲間ではなく、味方が欲しかった。

彼女達がそうなるかはまだ分からないが、少なくとも敵に回る可能性は減ったと解釈する。

この会話を理解してもらえるだけで幸せなのだ。

出来ればインパラは全世界の人間がそうなれば良いと思っていたのだが、

贅沢はひとまず後回しにするのであった。

それは彼が一つ成長した証だと、フォイエンは理解している。

インパラが、自分の夢が叶ったのに気付けたのは人としての知性によるもの。

そう自覚できるだけ、彼は幸せであった。

 

 

 




~後書き~
2015年12月23日完成、非公開で保管。

2017年2月14日投稿。

活動報告で書いた事情により投稿。
次回は八章(2)となる予定ですが、更新は未定です。

ぶっちゃけた話、今回のシーンが一番書きたかった事だったりする

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