ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第七章『メキシコ撤退戦』(1)

とある宇宙空間に、小惑星が浮かんでいる。

戦艦が十隻は入ろうかという大きさのそれは丁寧に偽装された宇宙基地であった。

ジオン軍所属の部隊、フレンズの秘密基地である。

ムサイ級くぜがわと他二隻の船はドックに係留すると、

フォイエンが真っ先に外へ飛び出して呆然と声を漏らす。

 

「なんだ、これは」

 

ドックにはくぜがわの他、数隻の艦船が繋がれている。

それだけではなく、格納庫にはMSも数十機ほど置かれていた。

ただし、数種類ほどある機体はそのどれもがフォイエンの知らぬ機種である。

後から続いて来た松下も、初めて見る機体を珍しそうに見やった。

その中にマルファスとそっくりな機体がいくつかあるのを見て、

フォイエンは近くに浮かんでいる整備兵を捕まえる。

 

「おい、何で俺のマルファスがここにある。

 しかも、量産されてるなんて」

 

「マルファス? マルケスの事ですか?

 これは団長と技術部長が作った機体ですよ。

 元々はエースパイロット用に作られて少数配備されてますけど、

 いずれはマルケスのみの親衛隊を作ると、団長が」

 

「だからそのマルケスというのが何だと聞いている。

 団長と技術部長が作った? なら今すぐそいつの居場所を教えてくれ」

 

「居場所も何も、あなた団長に付いて来たんじゃないんですか?」

 

そう言って整備兵はフォイエンの後ろを指す。

指先には、くぜがわの指揮を執っていたフレンズ隊員が居た。

彼がただの艦長やパイロットではなく、この組織の団長だと言うのだろうか。

当の団長らしき青年は親指で格納庫に隣接するパイロット待機室を指差してみせる。

その隣で松下が両手を広げながら宙を漂っているのを見て、フォイエンは渋面を作る。

彼は何をそんなに達観しているような雰囲気なのか。

 

パイロット待機室は本来椅子と給水機、自動調理器くらいしか無いはずなのだが、

この基地のそれにはテーブルや本棚も並んでおり、

リビングと呼んでも問題無い程度のものであった。

三人が待機室に入ると、フレンズの団長は椅子に腰掛けるよう促す。

部屋には他にも数名の隊員が後ろの方で控えていた。

 

まず何から話そうかと、フレンズ団長が顎に手をやる。

その達観者的な仕草を見て、フォイエンは酷く苛ついた。

先程松下にも感じた感覚だが、苛つくのは彼らの態度が悪いからではない。

二人とも何もかも知っているような顔をしているので、

フレンズの事を何も知らず、松下のように余裕な顔も見せられない自分が嫌だっただけなのだ。

つまるところ、二人に感じたのはただの嫉妬だった。

だからそれを気取られないよう、敢えてフォイエンは声を挙げる。

 

「一番先に聞いておきたいのは、マルファスの事だ。

 あんた方はマルケスと呼んでいるようだが、あれをどうやって作った」

 

「具体的な事は教えられない。

 ただ一つだけ答えられるのは、マルファスを作ったのはあんたでしょうが

 マルケスを作ったのは自分達だって事。

 ああ、先に言っておくけど、自分は絶対に嘘を吐かない。

 あんたの相棒と同じくね」

 

「どうせ答えてくれないのなら、次の質問をする。

 あんたは見た目も中身もインパラと似てるが、どういう関係性だ?」

 

「そこははっきり疑問符をつけた口調をするんだな」

 

フォイエンの形相が恐ろしいものになったので、

フレンズの団長はくつくつと笑いながらも慌てて両腕を振る。

松下もつられて笑いそうになったが、いくらなんでもこれ以上

フォイエンとインパラの関係に突っ込むと藪から蛇が出そうなので必死に堪えていた。

 

「悪い。でも、それはある程度答えられる。

 俺はインパラを知ってるけど、あいつは俺の事を知らない。

 趣味や考え方が自分と似てるから、あいつの事は目に付いていた。

 言わば、片思いの同志みたいなもんだ」

 

仮にそれが本当だとしたら、フォイエンには何も言い返せなかった。

この発言で分かったのは、このフレンズ団長はインパラと本当に似ているという事。

そうなると、彼と付き合っていくのが難しいという事にもなる。

インパラ一人ですら正確な意思疎通に苦労しているのに、

もう一人似た様な人間が増えれば相手を理解する為の労力が二倍に増えるであろう事は確かだ。

 

「つまり何だ、あんたが言ってるのは、インパラと似ているのも

 マルファスのそっくりさんを作ってるのも偶然のたまたまだって事か」

 

「そう考えてくれると助かる。

 もちろん、あんたがジェネオンでやってる技術者生活を邪魔するつもりは無い。

 だから俺達はマルケスを広めたりしない。

 それどころか、技術を提供するつもりでもいる」

 

「技術? あのヘヴィマシンガンの様なオリジナル武器の技術か?」

 

「そうじゃない。あんたとインパラが作ったZOエンジンやユニゾンシステム。

 まだ未完成のそれを、俺のマルケスは完成型として装備している。

 その技術をあんたに渡せば、インパラ念願のガンダムシルバーが作れるはずだ。

 もちろん、その為の資金もフレンズが出そう」

 

当然、フォイエンは困惑したし、混乱もした。

インパラが「何か色々やってたら出来てた」と称して作り出したオリジナルの技術を

フレンズが完成させているというのは、一体どう解釈すればよいのか。

インパラ当人が構造を理解していない物を他人が複製、改良出来るものであろうか。

それが出来るとしたら、目の前に居る団長とやらは何者なのか。

 

フォイエンが頭を回転させていると、松下がやや苦い顔で尋ねる。

 

「ちょっと待った、フレンズさんね。

 あなた達がフォイエンに手を貸すっていうのが本気なのは分かった。

 でも、何でわざわざそんな事をするんです?

 無償でフォイエンに金も技術も上げるってんなら、何か含むところもあるでしょう」

 

松下が口を挿むと、フレンズの団長は何故か嬉しそうな顔をする。

松下はその表情に違和感を感じたが、フレンズ団長は二の句を継がれる前に返す。

それは、自分の心を悟らせまいとしている様に見えた。

嘘は吐いていないだろうが、彼はまだ言いたくない事を隠している。

 

「さっきも言った通り、自分はインパラが好きなんだよ。

 フォイエンさんに協力して、ぜひともガンダムシルバーを完成させてほしい。

 そして、インパラとその仲間がジェネオンでこれからどう生きていくのかも見たい。

 これは、ほんとのホントの話」

 

「色々引っかかる話だが、松下さん。俺はこの取引に乗ろうと思う。

 実際、俺にも主義ってもんがある。

 それを達成する為には、人付き合いが足りないとも思ってた」

 

フォイエンがそう言ったので、松下はそれ以上反論しなかった。

確かにこの話はおかしな事だらけだ。

しかし、所詮これはジェネオンというゲーム上の戦略に関わる話だ。

現実の個人情報流出だとか、そういった話にならないのであれば、

松下としてはフレンズと協力するのはやぶさかではない。

フォイエンにしても、疑問より知的好奇心の方が勝っていた。

それと同時に、フレンズという組織をネットで詳しく検索しなければならないとも思う。

これだけ怪しい組織だ、

RMT(リアルマネートレード)や規約違反を疑わないほど、フォイエンは馬鹿ではない。

 

「改めて、この技術交換取引を願います。ええと……」

 

「自分はフレンズ団長の……氷室礼仁とでも呼んでくれ。

 ただ一つだけ言うなら、隊員でも隊長でも無い。

 フレンズという団体の、団長だと」

 

その名乗りに、フォイエンが苦笑する。

 

「ヒムロ・レイジ。アムロのつもりか、ふざけた名前ですな」

 

「ジェネオン世界では、よく言われるよ」

 

その後、フォイエンと松下およびフレンズ団長の氷室は技術交換を行なった。

フォイエンはインパラが発明した新技術の完成形を手に入れ、

松下はフォイエンから人工筋肉を始めとする技術を借りる。

三人による裏取引は、ひとまず終わりとなった。

それでもフォイエンや松下は、フレンズが所持している技術や

数種類の正体不明機について知る事は無かった。

 

ただし、二人はある推測を立てていた。

もしもフレンズのマルケスがフォイエンのマルファスを基にした機体ならば。

フォイエンのデータを盗み見るというズルい事が出来るという立場ならば。

それは恐らく、この世界における『神』に等しい何かであろうと。

 

「そうだな。ユーザーの個人情報は規約で守られているが、

 ジェネオン内での会話を記録したり、機体に関しての権利は……」

 

「災難だったなフォイエンさん。

 しかし俺は問題無い、ザクゾルダート自体がそもそもアレだ!」

 

二人はそう言って笑い合う。

その笑みはどちらかと言うと、苦笑ではなく皮肉めいた笑い方であった。

 

 

 

フレンズとの裏取引から数日後、ある人物はフォイエンのマイ格納庫にやって来た。

エールステップ隊の隊員である、リュンという少女だ。

彼女の髪と瞳の色がそうであるように、紺色をパーソナルカラーとしている。

トイレッツのルミのサイコミュ攻撃をAMBAC機動だけでかわし、

オーバーフラッグスとも互角にやりあったパイロットだ。

 

しかしそんな彼女も、先日の戦いで一度撃墜されていた。

オーバーフラッグスからの撤退戦で、

コストの高いガンダムアライブとガンキャノンアライブを守る為に殿となったのだ。

彼女は二機のオーバーフラッグを撃墜するという快挙を遂げたが、

ジョシュア機のリニアライフルを至近距離から受けて大破した。

今はレベルの低いジムに乗っており、フォイエンに新型機の催促に来たのだ。

 

「お前もご苦労な奴だな。そんなにインパラの野郎が好きか」

 

まだ内蔵機器がむき出しになっている新型機のコックピット内で、

目の下に隈を作りながら作業をしているフォイエンを見て、

リュンが装甲をこつこつとノックしてみせる。

どうやらその音を聞くまで彼女の来訪に気付かなかったようであるが、

フォイエンはちらりとリュンを見やっただけですぐに作業に戻っていた。

 

「別に俺はそっち系ではないと思うがな。

 お前が慰めてくれるというなら、考えてやってもいい」

 

「……ホント、お前ぁ変わったよ。よろしくは無い方にな」

 

リュンはそう言って開きっぱなしのコックピットハッチに腰掛ける。

彼女は、女性にしてはやや粗野が過ぎる口調をしていた。

それもそのはず、彼女は男なのだ。

VRMMOでは異性の身体を体験する事も出来る。

彼自身はこんな事をするつもりは無かったのだが、

エールステップの仲間から部隊を女性で統一したいからだと半ば強制された。

もちろんそれはオグレス達が面白がってやった事であり、

その期待通りリュンという少女は男性プレイヤー達から好意的な目で見られている。

 

「改造機なら、まだ時間がかかるぞ。

 インパラ待望のガンダムシルバーに開発の目処がついたからな。

 何機も並行して作るのはさすがにしんどい」

 

「インパラインパラって、奴と付き合い始めてからそればっかだな。

 一体奴のどこが気に入ったんだ?」

 

「どうだろうな。あいつはネット上で上手い人付き合いが出来ずにいる。

 ジェネオンだけでなく、他のコミュニティサイトとかでもな。

 嘘を吐かない、悪意が邪気がまったく無い。

 でも、他の『普通』の人は適度に嘘を吐くし悪意を振り撒く。

 だから純粋なインパラを理解出来る人間は少ない。

 普通の人はインパラに対し、『あいつの不遜な言葉には俺を貶める為の裏があるはずだ』

 と、最初から疑ってかかるのがほとんどだからな。

 俺も最初は解らなかったが、最近はあいつの考えが読める時も出てきたよ。

 あいつはただ、幼稚園児並みに純粋なんだ」

 

「饒舌にノロケるねぇ……。

 他のコミュニティサイトって、お前らはジェネオン外でも仲良しやってるんだな」

 

「いや、インパラは俺に見られてる事は知らんよ。

 俺が勝手に巡回してるだけであって」

 

フォイエンがさも当然の様に言ったので、リュンは反応が遅れた。

しばし硬直した後、確認の質問を返す。

 

「ネットストーカーをやってらっしゃる?」

 

「何を言ってんだ! ネット上とはいえ、相手の事を知るのは友人として当然だ!

 だからインパラがやってるホームページとブログも見てるし、

 SNSでの呟きは一つ一つメモ取って保存してある。

 その呟きから年齢や住所も大体割り出してるし、

 好きな食べ物やよく行くゲーセン、電車の路線、銀行口座まで把握は出来てる」

 

「それは……やっぱ真性のヤツなんじゃないか……?」

 

「違ぁう! 何度も言うが、友人なら当然のやり方だ。

 俺はちょっと前まで一定距離を置いて機嫌をうかがうという人付き合いをしてた。

 でも、そうすると結局距離は縮まらないしささいな食い違いでご破算になる。

 だから俺は友人を大切に扱い、相手を理解するのに努力は惜しまないと決めたんだ。

 それに、その……あいつは俺の事を相棒と呼んでくれるわけだしな。

 無碍な扱いをするのはいかんだろう、うん、そう」

 

やや赤面気味に言うフォイエンを見て、リュンは人生最大の危険を感じた。

ちょっと前までのフォイエンは単なる偏屈な男という認識であったが、

それを大幅に改める必要がありそうだ。

今の彼からは絶対に関わってはいけないオーラが滲み出ている。

とりあえず矛先は自分ではないようだったので、

リュンはどうにか話題を逸らす事で下手な刺激をしないようにした。

 

「と、ところで、あそこの隅っこに置いてあるジムな、完成してるように見えるぞ」

 

「ん、ああ。あれは失敗作の一つだ。

 ジムにマグネットコーティングを付けて潜在能力を引き出す予定だった。

 でも予定通りには行かなくてな。

 本来ならジムスナイパーⅡを超えるはずだったんだが、

 それはせいぜいジム・スナイパーカスタム程度の性能しか出せなかった」

 

「簡単に言ってるけど、お前それ凄い事だからな?

 ただのジムがスナカスまで引き上がるってどういう事だよ。

 お蔵入りなくらいだったら、オレが貰うぞ」

 

「まぁ普通のジムよりはましだろうから構わんが。

 だが名前すらも付けてない機体だぞ」

 

「だったら今からあの機体は……アクトジムだ。

 《RGM‐79MCアクト・ジム》。

 それっぽい名前だろ?」

 

「お前が使うなら、何と呼ぼうと構わんさ。

 ただ、ジムの性能はこの程度じゃないからな。

 今度はちゃんと予定通りのマグネットコーティングジムを作る。

 その機体は満足行かないヤツだから、あまり宣伝してくれるなよ」

 

 

 

オデッサ陥落後の北米大陸では、連邦の偵察行動が頻繁に確認されていた。

地上に残すジオンの重要拠点はキャリフォルニアベースおよびニューヤークのみであり、

連邦軍はそれらを叩いてジオン軍を地上から追い出そうとしている。

連邦は他の各勢力とも戦線を面しているものの、むやみやたらに攻撃を仕掛ける事はなかった。

目標をジオンのみに絞る事で無駄な被害を減らすと共に、

怨敵であるジオン軍を相手にする事で兵の士気を上げる目的があったからだ。

 

事実、連邦とジオンの確執は他の陣営が理解出来ないほど深いものである。

前世の記憶を持った兵達は、あるいはコロニー落としの怨みを晴らす為。

あるいはスペースノイド差別の怨みを晴らす為、鬼気迫る感情の下に戦い続けていたのだ。

架空の世界に生まれ変わった事で、戦争行為自体が無意味だと気付く者も多かった。

しかし、両軍はそれと解っていても刃を交える事を止めなかったのである。

一部のプレイヤー、ライトユーザーなどは両軍のNPCの憎悪に圧倒され、

ジェネオン世界を「気持ち悪い」と評して辞めていく者も目立ち始めていた。

 

シャワートイレッツも、NPCと会話をしたり協力し合ったりする事が無いではなかった。

オデッサでは何回かNPCの柏木伍長と一緒に出撃したし、

松下は松下でトワニング准将やギレン・ザビとコンタクトを取っている。

その際、トイレッツ隊員もそれぞれ思うところはあったが、

彼らはNPCの感情を否定するつもりは無い。

ジオン公国及びスペースノイドが地球から差別を受けていたのは事実であるし、

トイレッツの隊員はそういった差別を実際に受けた事も無ければ戦争をした事も無い。

だから両軍の感情を第三者であるプレイヤーが簡単に否定出来るものではないのだ。

ガンダムの世界を深く知っているプレイヤーにとっては、

この世界はまさに『機動戦士ガンダム』を体験出来る貴重な電脳空間であった。

 

そんな負の感情が入り乱れる北米大陸で、トイレッツ隊長のルミは狩りに出かけていた。

プレイヤーはMMOの戦闘を狩りとも呼んでいる。

NPCからして見れば憤慨ものの言葉であるが、

所詮この世界の人ではないプレイヤーからすれば敵軍のNPCはゲームのモンスターと変わりない。

例え人工知能により現実と変わらない人間だとしてもだ。

 

第二次降下作戦の後から中米での戦闘は続いていた。

キリマンジャロでの戦い、オデッサでの戦いの最中も

中米はこりもせずに押し押されの戦局が繰り広げられていたのである。

ジオン軍はそこを防衛ラインとし、北米周辺に警戒態勢を敷いていた。

 

そんな中、連邦のMSが二機ほど北米南東部海岸に上陸する。

中米を抜けぬと判断した彼らはそこを迂回し、

潜水艦や水中型MSを用い北米本土の海岸から上陸しようとしていた。

今回やって来たのは二機の水中戦用MS、《RAG‐79アクア・ジム》である。

プレイヤーが操るそれは、肩部マイクロミサイルや魚雷ポッドを排除し

100ミリマシンガンやロケットランチャーなどの陸戦用装備がなされていた。

 

水中は行きと帰りの通り道であり、戦闘区域にはしない。

北米海岸から奇襲をかけ、経験値を稼いだら帰ろうという目的である。

二機のアクア・ジムは砂浜に到達し、そのまま前進する。

背中に弾薬やその他物資が積まれたランドセルを背負っていたが、

それをここで降ろして橋頭堡を作る事はしなかった。

戦法は中米を背後から奇襲する事であり、拠点を作る事ではない。

この考えが、プレイヤーは戦略レベルの戦法を取れない事を表していた。

 

「どこを狙う?」

 

「ん、まぁこのままメキシコの後ろに出りゃいいだろ」

 

二機のアクア・ジムはそんな会話をしながら進む。

補給線を断つとか、通信施設を狙うとかなどは考えもつかない。

彼らの頭の中にはメキシコの後方に無防備な陣地があり、

起動もしてないMSを片っ端から吹き飛ばしていく自分達の姿しか映ってはいなかった。

 

妄想に似たそれに取り憑かれながら前進していると、レーダーに反応が映る。

4キロ以上先に、敵のMSの反応があったのだ。

すかさず二機のアクア・ジムは銃を構える。

敵機の種別は、ズゴックタイプ一機と出ていた。

 

「何か、おかしくないか?」

 

片方のアクア・ジムが違和感を感じてそう言う。

こんな所に一機だけ居るズゴックについてもそうだが、

何かこの戦場はいつもと違う雰囲気が漂っているように感じたのだ。

ただ、それが一体何であるかは判らなかった。

 

直後、二機のアクア・ジムにロックオン警報とミサイル警報が鳴る。

パイロット二人は、これほど離れた距離なのにも関わらず警報が鳴った事に大いに驚いた。

慌てて回避機動を取るが、ミサイルは二機を追尾して命中。

次から次へと流れる様に飛んでくるミサイルと受け続け、

手と足へと二機のアクア・ジムは損傷を重ねていく。

 

「何でミサイルがこんなに避けられないんだ!?」

 

「あっ、分かった。この場所には、アレが無いだろ」

 

「アレって何だよ!」

 

片方のパイロットが状況を理解した数秒後、

二機のアクア・ジムは胴体にミサイルの直撃を受け、ついには大破した。

その後、アクア・ジムを撃破したズゴックが残骸を確認しに来る。

そのパイロットは、シャワートイレッツ隊長のルミだ。

残骸やランドセルから使えそうな火器を回収すると、ルミは中米の基地へと戻って行った。

 

 

 

「おかえりなさい、トイレ長!」

 

メキシコ北部、モンテレイの補給基地へ帰還したルミは、

足下の兵士が大声でそう呼ぶのを聞いて唇をへの字に曲げた。

それを聞いた周囲の兵士達が次々と、

あれがシャワートイレッツとかいうプレイヤー部隊なのかと噂する。

ズゴックを適当な位置に立たせ、機体から降りる。

ハンガーに固定したりMS輸送用トレーラーであるサムソンに載せたりしないのは、

プレイヤーのMSはマイ格納庫に入れれば自動的に整備される為、

わざわざNPC達の手を煩わせる必要が無いからであった。

MSを降りたルミは、先程大声を上げた兵士に近寄って胸を小突く。

 

「確かにシャワートイレッツなどという部隊名にしたのは私だ。

 しかし、トイレ長なんて呼び方はないだろう」

 

「だってルミさんはプレイヤーですし、ノイル大尉みたいに階級も無いわけですから。

 トイレッツの隊長なら、トイレ長でしょう」

 

「……まぁ、自分でつけた名前を今更嫌うわけでもないが。

 ただ、私は別にトイレッツの名を広めたいとは思っていないよ。

 ノイルが勲章を貰って名が上がったのも予想外だったからな。

 君も売名が目的でトイレッツに協力してくれてるとは思いたくない。

 そう思うのだが、柏木伍長」

 

「前にも言った通り、名を挙げたいという気持ちもあります。

 ただ、この分じゃあ名前負けするのは分かりきった話ですね」

 

NPCの柏木伍長は、そう言って基地のハンガーに固定された強行偵察型ザクを指す。

ザクは酷く損傷しており、片腕も無くなっている。

傍らには使い物にならなくなった頭部が置かれていた。

偵察機にとって、メインセンサーである頭部は命も同然だ。

強行偵察型ザクの身体には各所にセンサーが設置されているものの、

メインカメラはやはり頭部の複合式モノアイだった。

 

「だいぶ苦戦した様子だな」

 

「地上のジオン領土は北米だけですからね。

 連邦も次の戦いがジオンによるジャブロー攻略か、

 その前にキャリフォルニアベースを潰すかのどちらかというのは分かっているはずです。

 だから中米は、その先駆けとなる斥候やプレイヤー達のせいで激戦区ですよ。

 このザクもたった先程、連邦のガンダムタイプにやられたものです」

 

「RX78‐2か?」

 

「いえ、白いヤツに似てはいましたが、データ照合では別物です。

 胸に緑色の印みたいのがあって、光ってました」

 

「もうAGE‐1まで開発する奴が出てきたか……」

 

胸に緑色に光る印と言えば、《ガンダムAGE‐1》のコアユニットであろう。

ガンダムAGEの連邦はファーストガンダムの連邦と一緒くたにされているので、

ジェノアスを購入した連邦プレイヤーがAGE‐1まで開発していてもおかしくはない。

他陣営のMSも買える事を考えればジオンにガンダムを操るプレイヤーが居てもおかしくはないが、

ジオンのランキング上位に位置するほとんどのプレイヤーはジオン製の機体を使っていた。

 

戦争には戦略レベルでも戦術レベルでも、流れがある。

キリマンジャロ攻略失敗の段階ではまだ挽回出来る流れであった。

しかしオデッサの戦いで敗北すると、

ジオン側は自分達が前世の歴史をなぞっているだけなのではないかと思うようになっていた。

正確に言えば、アフリカを手にしていない分より酷い戦況だ。

そこに上位プレイヤー達がガンダムに乗ってやって来れば、北米戦線も長く持つ事は無いであろう。

 

そこまで考えて、ルミはふと気付く。

もしもジオンが敗北したら、ここに居る柏木伍長達はどうなるのか。

ジオンが滅亡したら、プレイヤー達はいずれデラーズ・フリートを始めとする

ジオン残党軍に移行する事になるであろう。

だが、その残党軍に柏木伍長達が存在するとは限らない。

仮に居たとしても、宇宙世紀93年まで続くネオ・ジオンや、

120年まで続くその残党軍が壊滅したらどうなるか。

用済みになった彼らNPCは存在を抹消され、

この電脳空間から消え去ってしまうかもしれない。

 

そう考えると、いったい自分達は彼らNPCに対してどう接するべきであろうか。

彼らが自分達を楽しませる為の道具だと知り、そんな彼らにも人間としての自我があると知る。

そうした場合、自分達現実世界の人間は何を考えるべきか。

ルミには、この問題が十年二十年で片がつく様な単純な議題に感じられなかった。

 

「そのガンダムは、それほど厄介なのですか?」

 

怪訝そうにこちらを見やる柏木伍長の言葉に、ルミは我に返る。

一瞬、今話していた話題を忘れかけていたほどだ。

柏木伍長はルミがガンダムAGE‐1について考え込んでいたと誤解してくれた様だった。

 

「ああ、いや、確かに厄介ではあるな。

 宇宙世紀の機体と違って具体的なスペックは定かではないが、

 高出力のビームライフルを持ち、なおかつ換装によって格闘型や高機動型にもなる。

 とはいえ量産機でもないから数は多くない。

 ドムやゲルググが二、三機あれば対抗出来るだろう。

 もちろん、パイロットの技量が同じだったとしてだが」

 

「では、上にはそのように報告しておきます」

 

柏木伍長はそう言って敬礼し、基地内に戻って行った。

NPCの未来を考えていたのは悟られなかった様だが、

彼の無防備な背中はその事すら罪悪感を抱かせるのに十分であった。

軽く溜息を吐き、ルミはズゴックと共にマイ格納庫に戻る。

次に大きな戦いを勝ち残れば、一年戦争時で最も高性能な水陸両用機である

《MSM‐07EズゴックE》に開発出来るはずだ。

そうなれば、地上ではそれをメイン機体に使っていこうと思う。

 

 

 

――ズゴックを降りて部隊ルームに入った瞬間、ルミは思わず後ずさった。

突然、ノイルが恐ろしい形相で迫って来たからだ。

ノイルは部屋の壁までルミを追いやり、壁に両手をついて逃げ場を無くす。

いわゆる壁ドンの一種であるが、

ルミがそれに喜べる様な状況でないのはこの場の誰にも解っていた。

ルミはノイルの肩越しにスミレとセイレムを見やる。

二人はどこか困った様な、それでいて何か面白がっている様な顔をしていた。

 

「松下が、トイレッツ辞めたって本当か?」

 

ノイルの声は低く、酷く怒っているのがすぐ分かる。

ルミが冷や汗をかきそうになりながら小さく頷くと、ノイルは手を離した。

目眩を起こしたのだろう、ふらふらとよろけて近くの椅子にへたり込む。

両手で頭を抱え、泣き声とも呻き声とも聞こえる声を漏らしていた。

そんな様子を見てルミは慎重に言葉を選ぶ。

 

「前々から、松下が自分の部隊を持ちたいという話は言っていた。

 そしてその為の準備もしているとも言ったのは、ノイルも聞いていただろう。

 つい先日目処が立ったらしく、松下は昨日でトイレッツを脱退した。

 しかし――」

 

「だからって、俺に一言も無く抜けたのか!

 俺は……俺は、あいつとは親友のつもりだった。

 もちろんネット上の付き合いで、こんな事言うのは間違ってるかもしれない。

 でも、シャワートイレッツに入って、男二人で今までやって来て。

 ただゲーム上の味方だって、そんな事は思っちゃいなかったさ!

 バーチャルって言っても、相手の顔を見て話してた。

 あいつとは、もっと深く突っ込んだ話が出来そうだと思ったばかりなのに。

 それなのに、何で居なくなっちまうんだよ!」

 

「いや、だからだな……」

 

ノイルの目尻には涙が溜まっている。

松下を失ったのがよほどショックだったのだろう。

それが一人の友人を失ったという意味なのか、

松下という個人を失った事でこんなにも取り乱しているのか。

どちらにしろ、ノイルにとって松下は大事な仲間である事は確かだ。

 

それを確認出来ただけでもルミは嬉しいと思う。

自分の立ち上げた部隊で、この様に強い仲間意識が芽生えるとは思わなかった。

だからノイルの誤解を解こうと思ったのだが、どうやら文脈を間違えたらしい。

さてどうしようかと悩み始めた時、問題の人物が現れた。

 

「チョリーッス。おお、皆揃ってんじゃん」

 

話題の人物である松下が普通に現れたのを見て、ノイルの目が点になる。

瞬間、スミレが勢いよく噴き出して笑い転げた。

セイレムも机に突っ伏して肩を痙攣させている。

何が起こっているのか分からないノイルに、ルミが遠慮がちに声をかけた。

 

「あー、だから、松下がトイレッツを辞めたのは事実だ。

 だけど彼は独立しただけであって、トイレッツと縁を切るとは一言も言ってないぞ?」

 

その言葉を、ノイルは脳内で十秒ほどかけて咀嚼した。

すると見る見るうちに彼の顔が赤面し、目に涙が溜まっていく。

もちろん、それが先程の怒りとは違う意味である事は明らかだ。

何が起きたのか分からない松下は困惑して辺りを見回す。

 

「何だって?」

 

「ノイル……が、松下に深く突っ込みたいって」

 

セイレムが突っ伏して身体を震わせながら言う。

それを聞いた松下はしばし硬直していたが、軽く唸ると申し訳なさそうな声を上げる。

 

「気持ちは嬉しいが、受けはちょっと……」

 

「違ぇよ!」

 

ノイルが机を勢いよく引っ叩き、それを合図に女子達は再度爆笑の渦に包まれる。

一番笑っていたのはスミレだが、顔を真っ赤にしたノイルが

ほろほろと涙を流し始めたのを見てさすがに弄り過ぎだと判断したらしい。

痛む腹筋を押さえつつ、話題を逸らそうとする。

 

「そ、そういえばルミはどこに行ってきたんだっけ……ククク」

 

「あ、ああ、次の連邦の目標は北米だろうからな。

 中米を守りつつ、海路で北米に渡ってきた斥候の排除を担当していた。

 主にプレイヤーが少数で奇襲目的に背後を取ろうとしてくるからな」

 

「……少数っつっても、一人で止められたのかよ」

 

スミレの意図を読み取ったのか、ノイルも会話に参加する事で話題を変えようとした。

顔はまだ赤かったが、松下が消えたわけではないと知って安心したのだろう。

嬉しそうにノイルを見やる松下から目を逸らし、

脚を組んで、ふてくされた様に頬杖をついている。

 

「なに、それほど難しい話ではない。

 北米大陸は今、所々ミノフスキー粒子を撒いてない場所があるからな」

 

「ミノフスキー粒子を撒いてない……?」

 

ノイルは話を逸らす為でなく、純粋に疑問を持って訊ねていた。

宇宙世紀の戦場において、ミノフスキー粒子は最も重要な役割を果たす。

レーダーや誘導ミサイルを無効化するそれが無ければ、MSなどただの的であろう。

ミノフスキー粒子が存在しない戦場というのは、MSの利点を殺すに等しい。

そんな戦場がこの世界に存在する事自体が不思議であった。

 

そして、ノイルは考える。

ノイルとて今やジオン軍の大尉であるし、元々頭の悪い人物ではない。

もしもミノフスキー粒子が存在しない戦場があったとして、

それを有効に利用出来る方法はいったい何なのか。

しばらく考えると、徐々に答えが見え始めてきた。

 

「一番重要なのは、レーダーか。

 ミノフスキー粒子を撒いていない地域の端っこに、ホバートラックなりなんなりを置く。

 そうすれば、長距離でもレーダーで探知出来る。

 北米本土に上陸する敵が丸見えってわけだが、それだけじゃない。

 ズゴックには、ミサイルがあったな」

 

「そうだ。ミノフスキー粒子が無ければ、ミサイルは誘導する。

 遠距離からミサイルを撃ち続けるだけで勝てるというわけだ。

 幸いな事に、今回倒したアクア・ジムはミサイルをオミットしていたらしい。

 ならばズゴックの独壇場というわけだな」

 

「レーダーの電波を遮断するのに、北米全域に粒子を撒く必要は無い。

 外側をカーテンの様に遮ってしまえば中まで見えないからな。

 だが、高高度からの偵察機や突出する機体が居れば話は別だ。

 北米の大部分を粒子で覆い、所々に虫食いの穴を残しておく。

 その穴に落ちた機体を一つ一つ潰していくって作戦か。

 ジオン軍もやるじゃないか! 誰が指揮を執ってるんだ?」

 

「何だ、お前知らなかったのか。

 今の北米戦線の司令官は、あのガルマ・ザビだぞ?」

 

松下がそう言ったので、ノイルは驚きつつも納得した。

アムロのガンダムがノイルの策によって撃破されたので、

ホワイトベース隊との戦闘で戦死するはずだったガルマが生き残っていたのだ。

元々ガルマは北米大陸を本拠とする司令官であるから、

現在の北米に居たとしても不思議ではない。

 

「ガンダム撃破に貢献したノイル・アルエイクス大尉のおかげってわけだ」

 

「茶化すな松下。……そうか、ガルマが生きているとなれば、

 ジオンがキャリフォルニアベースとニューヤークを守れる可能性もあるって事か。

 オデッサは陥落したけど、その分戦線縮小は出来たって事だもんな」

 

それだけではない。

連邦とジオンのみの戦いならば、連邦は地上において北米大陸を包囲するだけでよかった。

しかし、ジェネオンでは他にも多数の陣営が存在する。

現在陣営同士の同盟が存在しない以上、

連邦は三大国家陣営や連合との戦線に兵を送らねばならなかった。

仮に連邦がキャリフォルニアベース攻略の準備を行なっていたとしても、

原作ほどの戦力は割かれない可能性が高い。

 

連邦の戦線が広がっているという事は、ジャブロー基地の守りも薄くなっているはずだ。

もしもキャリフォルニアベースの防衛に成功し連邦に打撃を与えられたなら、

原作で失敗したジャブロー強襲の成功確率も上がる。

その為にはプレイヤーとNPCが連携して、

連邦の侵攻を素早く察知し共同で迎撃に当たらねばならない事は明白だ。

NPCにとっては遺憾だろうが、ジオン人でもスペースノイドでもないプレイヤーが

今のジオン軍で重要な役割を果たすだろう事は多くの人が理解していた。

少なくとも、オデッサで撃破された戦力の穴埋めにはなる。

 

「後は、他の勢力の話か。

 連合や三大国家陣営は無理な進攻を止めて小競り合いに抑えてるんだろ?

 オーブも国力の差……正確にはプレイヤー数の少なさでうかつな戦略は取れないだろうし、

 問題は徐々にレベルを上げ始めた宇宙の奴らか。

 さすがに、ヴェイガンがサイド3を包囲するってこたぁないだろうが」

 

「まーそうだな。俺もノイルと同じだと思う。

 制宙権が取れてないのは痛いが、そこは上層部も理解してるさ。

 システム上、イベントも無しに本拠地は取れないからサイド3の防空はさほど重要じゃない。

 もし運営がジャブロー攻略イベントを発生させればガチンコ、

 させなければジオン水泳部がハワイとオーストラリア、日本に進む。

 水陸両用機ではジオンの方が勝っているから、制海権を取りにやってけばいいだろ。

 ただ――」

 

松下が一度言葉を区切り、息を吐く。

 

「俺はSEEDや00の組織について詳しくないんだが、

 あいつらは一体何と戦ってるんでしょうねぇ。

 それによっちゃあ、連邦の動きも変わるだろうよ」

 

 

 

「――決まっている! 私は、ガンダムとの戦いを所望している!」

 

三大国家陣営の本拠地、ペキンの基地にて。

三大国家の一つであるユニオン所属のトップガン、グラハム・エーカー上級大尉は

パイロット待機室で部下達と出撃前の談笑をしていた。

部下のダリル・ダッジがジェネオンという電脳世界に疑問を持ち、

隊長は一体何の為に戦っているのかと聞いたとたんにこれである。

 

「それはソレスタルビーイングというテロリストに対する敵意によるもの。

 ……では、ないですよね」

 

「当然だハワード。前にも言ったが、

 ソレスタルビーイングはお前達の死後、世界にとって重要な役割を果たした。

 やり方はどうあれ、今の私は彼らを単なるテロリストとは思っていない。

 私がガンダムと戦いたがるのは、私の趣味がガンダムだからだ」

 

「なぁ、上級大尉殿ってこんなんだったか?」

 

「いや、未来ではもっと落ち着いていたが……」

 

ジョシュア・エドワーズが同僚のアキラ・タケイに視線を合わせ、

二人とも困惑した表情を作る。

オーバーフラッグス隊の生き残りで未来のグラハムと共闘したのはタケイだけであり、

ジョシュアを始めとした隊員は第一期の時点で多くが戦死している。

だから前世と違いバトルマニアな言動をするグラハムに隊員達は驚いていた。

といっても、グラハムは元々そういった面が無かったわけではないのだが。

 

「私とて、この世界の事を深く考えなかったわけではない。

 しかし考えれば考えるほど、ネガティブな結論ばかりが見え隠れする。

 そこで私は、物事の始めとなる本質に気付いた。

 すなわち人が死なない架空の電脳空間に居るという事は、

 現世のしがらみに囚われず好き勝手に出来るというわけだ。

 戦っても死なず、生活にも困らず、娯楽として戦争が出来る。

 これは人間が今までやりたくても出来なかった現象だ。

 だから私はいっその事童心に返る。

 再び歪みの一つになるわけではなく、純粋に戦いを楽しむ事こそとな。

 ジオンとやらの様に怨み辛みで戦えども、何も変わらんよ」

 

「よく言ったグラハム!」

 

グラハムがそこまで言うと、ユニオンのパイロットスーツを着た女性が

扉を開けていきなりズカズカと待機室に乗り込んで来る。

見かけない顔だな、とオーバーフラッグスの隊員達は思った。

グラハムもしばし怪訝そうに女性を見ていたが、女性の纏う空気を感じ取ると軽く目を見開く。

 

「君はオデッサに居た……子持ちの赤いガンダムか!」

 

「馬鹿な、ここは本拠点だぞ……!」

 

真っ先に反応したのは、ハワード・メイスン准尉であった。

腰の拳銃を抜くと、即座に闖入者であるエールステップ隊長のオグレスに突きつける。

オグレスは軽く両手を上げるも、それが降参の態度でない事は誰が見ても明らかだった。

オーバーフラッグス隊が警戒する中、オグレスはグラハムに近寄って肩を掴む。

 

「どうやってここに来たのか、なんて野暮な事を聞かれる前に言っとくわ。

 私はね、グラハム。あんた達NPCについてちょっと考えてたのよ。

 ジェネオンはあくまでもゲームであり、現実じゃあない。

 でも中には現実の主義主張をこの世界に持ち込んだり、

 NPCを本物の人間と同じ目で見ている奴らもいる。

 だからこそ私は、NPCが何を考えているのかを知りたかった。

 ずっと偽者の命だと思ってたそれが、ちゃんと生きているのかをね」

 

「愚問だな。私達は紛れも無く人間だ。

 例え仮初めの命だとしても、今ここに確かに存在している。

 人間である以上、思考はするさ」

 

「それがポジティブであれ、ネガティブであれ、ね。

 だから安心したのよ。

 あんた達も私達と同じ、不完全な思考しか出来ない普通の人間だってね。

 ……ついて来なさい、良い物を持ってきたわ」

 

拳銃を構えたまま困惑するオーバーフラッグスを手で制し、グラハムはオグレスについて行く。

廊下を歩き、屋外へ出る。

基地の兵達とすれ違っても堂々としたオグレスは、

格納庫に止めてあった車に、さも当然の様に乗り込んだ。

出入り口の検問に身分証を見せ、何の警戒をされる事も無く脱出する。

グラハムは真面目な顔で、後ろの基地を振り返った。

 

「偽装変装もあるが、我が軍の危機管理力もなっていない。

 これも仮想空間の弊害か」

 

「殺されても死なないし、落ち込んで真面目に戦争する気が無い兵隊なんてそんなもんよ。

 だから身分証と制服、階級章を用意するだけで事足りる。

 ま、用意したのは私じゃなくてウチの整備士だけど」

 

「ふむ。理解出来ないわけではない。

 だがほとんどの人間は、仮想空間だろうと現実だろうと

 命は命であり自分は自分であるのだと気付いていない様だ」

 

オグレスはしばらく車を走らせる。

市街地の外れに、一機のミデア輸送機が止まっていた。

車を降り、グラハムを連れてコンテナの中へ入る。

そこにはオグレスのガンダムアライブと、もう一機のMSが固定されていた。

それを見て、グラハムが驚愕の表情を浮かべる。

 

「喜んでくれたかしら?」

 

「そうだな。私が超えるべきはガンダムではなく少年であり、世界の歪みであった。

 だが……だが私は、過去の自分を愚かしいと言いつつも、

 心の奥底にはいつもガンダムの影がちらついていた。

 思い込みの武士道を笠にガンダムと剣戟を重ねる度に悦びを感じ、

 ELSがガンダムタイプへ変化した時も正直嬉しく思った。

 私はいつでも、ガンダムとの戦いを望んでいる。

 そんな私でも、私だからこそ――」

 

グラハムは胸を押さえ、苦しそうに言う。

胸の鼓動が治まる事は無く、ぎりりと歯を噛み締めた。

そして次の瞬間には、

これ以上無いほどの好戦的な笑顔を持って目の前の機体を見上げたのだった。

 

「今から私は、ガンダムだ!」

 

 

 




~後書き~
2015年12月13日、七章完成、非公開で保管

2017年2月14日推敲後、投稿

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