ガンダムGジェネレーションオンライン   作:朝比奈たいら

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第六章『オデッサの友人』(2)

 

ゲームに戻った――彼にとってはもはやこの世界が現実となりつつある――

ノイルがジオンの戦況を聞いたのは、連邦がオデッサへ大攻勢をかけている最中だった。

アムロを倒し、ジオンを救ったと思っていたノイルにとって

この情報は寝耳に水と呼べるものであった。

 

最初に違和感を感じたのは、公式サイトに載せられた一文を目にした時だ。

そこにあったのは、『公式でのオデッサ作戦イベントは行なっておりません』という文章だ。

何故公式サイトにわざわざこのような説明を表示する必要があるのか、

ノイルは最初理解出来なかった。

その意味が解ったのは、連邦がオデッサに対しイベント戦かと間違うほどの大規模攻撃を

NPC主導で行なっているとの情報を得た時であった。

 

アムロを失った連邦にもはやそれだけの戦力はあるまいと、少なくともノイルは思っていた。

だが他の仲間はそうでなかったらしく、特に松下はこの有り様を予想していたようだ。

彼は真っ先にオデッサへ向かうと、直ちに防衛戦に参加していた。

女子陣もそれに続き、メインの狩り場をオデッサへと移している。

いつまで狩る側に立てるのかは、分からなかったが。

 

戦況はジオン不利に推移している様子だ。

この現状に、ノイルは少し前の自分をぶん殴ってやりたくなった。

アムロを倒し、勲章を頂いた事で舞い上がっていたのだ。

だから普段なら回る頭も回らず、連邦の攻撃を察知出来なかった。

ジオンが連邦と数で対等に立てば負ける事は無いと盲信していたのが間違いだったのだ。

 

連邦の攻勢に合わせて、隣接する連合や三大国家陣営も動いていた。

オデッサ周辺は包囲される事となり、各地で敗走が続いている。

ノイルはジオンを敗北という未来から救う為にオデッサへ向かう。

だが、頭の冷静な部分は理解していた。

恐らく、この戦いに勝つのは不可能であろうと。

 

 

 

――オデッサ戦線でジオンが押し込まれているのは本当らしい。

 

ノイルは現状を信じたくなくとも、そう考える事が出来た。

その主な理由は、NPCの動き方にある。

 

防衛戦に参加したシャワートイレッツ隊は、

松下の提案もあってある程度の電子戦闘が可能な機体を用いようとしていた。

何があったのかは分からないが、松下はルナツー戦後から

今までに増してジェネオンに対し真面目に取り組んでいるように見えた。

電子戦装備を求めたのも、部隊が円滑に行動出来るよう勝利を重視したものだ。

そしてトイレッツ隊は、この戦闘でNPCの部隊から

一機の偵察型ザクとそのパイロットを引き抜く事に成功していた。

 

ノイルがジオンの戦法に疑問を抱いたのはこれである。

NPCは死亡する事が無いとされているから、躊躇無く戦場に投入する事が出来る。

死亡に相当する傷を負ったNPCは、ある程度時間が経った後リスポーンする。

だからオデッサ戦でも死亡したNPCは生き返り次第すぐに戦場へ戻されていたが、

このピストン運動はあまり褒められた戦術ではなかった。

 

大掛かりな攻撃を受けているのならば、あえて戦線を縮小し

戦力を集中させるという方法もあるだろう。

生き返ってすぐに前線へ叩き出すというのは、戦力の逐次投入に他ならない。

実際、大軍に対し小隊単位で防戦に当たらせたが為に、

何も出来ずに撃破占領された話もノイルは聞いていた。

ノイルとしては意味の分からない行為であったが、松下はそれを聞いてこう漏らす。

 

「遊びでやってんだろ」

 

ありえない話ではないと思ってしまえるのが、ノイルには怖かった。

仮想空間では人死にが出ないのだから、真面目に戦争をやる事もない。

そんな考えがプレイヤーだけでなくNPC全体に浸透している気がするのだ。

だが、そのような考えは総帥であるギレン・ザビが払拭してくれるとも信じていた。

NPCは自我を持つ事で人間になれると言ったのは彼だ。

 

何にせよ、今頑張れるのはプレイヤーだ。

NPCの戦法は良いとは言えない。

しかしこのような事情があったが故に、NPCの一人を一時的に隊に加える事が出来た。

偵察型ザクに乗る彼は部隊仲間のリスポーンを待っていたのだが、

上の方は何もせず待たせておくよりもすぐに前線へ向かわせようと考えたらしい。

しかし単独で出撃させても大した効果は上げられないわけだから、

他の部隊に混ぜてしまおうというわけだ。

それならばと、松下とルミが掛け合って彼と共に出撃出来るように計らったのだった。

 

そうした手順を経て、トイレッツは前線へ向かった。

選んだ戦場はとある街の市街地。

その場所では、腕の良い連邦プレイヤーが随分と暴れているらしい。

掲示板で見た情報の中には、イドラ隊の名前があった。

 

「これがイドラではないのですか……」

 

トイレッツ隊と行動を共にするNPCは、そう言ってジムの残骸へカメラガンを向ける。

特に改造されたわけでもない陸戦型ジムであり、

トイレッツと遭遇した事によってあっさりと撃破された機体だ。

数は二機であるが、特別連携した様子は無かった。

 

「プレイヤーの物だが、イドラ隊ではない。

 データにはそう書いてある」

 

「プレイヤーは便利ですねぇ。NPCには無い機能がある」

 

「だが何でも分かるわけではない。

 だからこそ柏木伍長のような偵察型の機体はありがたいのさ。

 私達プレイヤーは、そんな地味な機体には乗りたがらないからな」

 

「そうですね。誰だって戦果は挙げたいものです」

 

NPCの柏木伍長はルミにそう返す。

柏木は自身の機体、《MS‐06Eザク強行偵察型》の腕を大きく上げ、

建物の上から辺り一面を手に持っているカメラガンで撮影する。

この機体はセンサーも強化されているが、

ミノフスキー粒子下ではこうした単純な索敵方法が有効である。

 

「掲示板の情報では、この辺りに改造ジムに乗るイドラ隊が居るらしいんだ。

 彼らをほうっておけばかなりの損害が出るだろう。

 シャワートイレッツとしてもそこそこ因縁ある部隊というのも理由であるが」

 

「もしかして、その改造ジムとやらは重装甲の太い奴ですか?」

 

どうやら柏木はイドラ隊を発見したらしい。

彼はトイレッツ隊にカメラガンの映像を送る。

遠方に居るのは、増加装甲を身につけた青いジム。

他にも大型の火器を持った緑色のジムに、紫のガンタンクが付いている。

トイレッツはこの編成を見た事が無かったが、

データはイドラ隊の機体だとの情報を映していた。

 

「知らない編成だな。会った事の無い残りの三機と見るべきか」

 

「数では勝ってますが、どうします?」

 

「俺に、やらせてくれ。名誉挽回を」

 

いつもより口数が少なかったノイルが、はっきりした口調で言う。

名誉挽回という意味は、トイレッツ隊員には分からなかった。

彼が名誉を失う事をした覚えは無いし、それどころか彼はジオン十字勲章のノイル大尉だ。

これでもまだ名誉が足りないと言うのか。

皆が疑問の目で見つめる中、当のノイルは眉間にしわを寄せている。

ノイルが実際何をしたわけでもないのだが、

冷静に状況を判断出来ずジオンの勝利を盲信していた事は彼にとっての汚名であった。

例えこの戦いに負けるとしても、その汚名を返上するだけの活躍はしなければならない。

そうでなければ、胸に付けた十字勲章が泣くものだ。

 

 

 

イドラ隊ルーナチームは、自分達が発見された事に気付かずに戦場を進んでいた。

彼女達は小隊単位に分かれて行動しており、ジオン軍を次々と撃破しつつ進撃している。

ルーナチームも今回の出撃で既に十機程度のMSを撃破しており、

そろそろ帰還して補給を受けようと思っていた。

リュイはヘビィマシンガンの残弾を確認し、機体の足を止めさせる。

 

「クリフ、ラストさん、残りの弾数は?」

 

「ビームライフルは、ほとんど無いわね」

 

「私も、残り少なくなってきてますー」

 

さすがにこれ以上前に出すぎるのは無茶かと、リュイはふむと頷く。

ならばこのエリアを他のチームかコレマッタ少佐の旅団に引渡し、

一度後方に戻るべきであろう。

そうするならと、他のチームに通信を送ろうとする。

遠距離通信を行なおうとしたのだが、やけに電波の通りが悪かった。

少し前まではこれほどミノフスキー粒子の濃度は濃くなかった。

誰かがこのエリアで今、大量に撒いたのだろうか。

これは音声通信は期待出来ないなと思い、文章を送る事にする。

 

後退する旨をコンソールに打ち込んだ時、機体を通して音が聞こえてくる。

これはスラスターか何かを噴射する音だ。

近くに敵か味方が居るのかと思いレーダーを見るが、そこにはノイズが映るばかりである。

目視で索敵しようと機体を巡らせた時には、

隊列の背後からこちらへ高速で接近するジオンのMS部隊が見えた。

 

「敵よ、迎撃を――」

 

「遅いんだよ、ガァンタァンク!」

 

ノイルは叫びながらラストのガンタンク・トゥルフへと吶喊する。

スラスターを噴かしつつ両手のバルカンを連射し、

一列になって進んでいた最後尾のラストに弾丸を浴びせる。

ラストはガンランチャーのボップミサイルを放つも、

ノイルのグフ重装型はスラスターに負担をかけるのを承知で跳躍し、

リュイを飛び越えてクリフのフルアーマージムへと飛び掛る。

そしてヒートホークを抜くと、速度の勢いをかけて叩き付けた。

フルアーマージムの胸元のチョバムアーマーが溶断される。

 

ノイルはそのまま機体を一回転させ、ヒートホークの連撃をかける。

その動きはどことなく、模擬戦時のクルネの機動に似ていた。

だがクリフも冷静であり、後退しつつビームライフルの照準を付けようとする。

そんなクリフに対し、ノイルはヒートホークを投げつけて見せた。

MSの手を離れてはいるが、刀身はまだ高温を保っている。

ヒートホークは再びフルアーマージムの胸へと命中し、アーマーへ衝撃を与えた。

 

リュイがノイルへ対してヘビィマシンガンを向けようとした瞬間、足元にバズーカが着弾する。

それを放ったのは、セイレムの《YMS‐09プロトタイプドム》だ。

彼女は地上でもやっと、陸戦用ザク改修型からドムタイプへと開発していた。

リュイへジャイアントバズを撃ち込んだセイレムは一直線に進まず、

通りから横へと流れて行った。

ドムタイプの優位性は機動力にあるから、常に変則的な軌道を取らねばならない。

 

二人に遅れて、残りのトイレッツ隊はラストへ向けて射撃を行なう。

さすがのガンタンクタイプといえど、こう畳み掛けられてはそうそう持たない。

ボップミサイルで迎撃をしているラストであるが、多対一の奇襲では分が悪かった。

そこで指示を出すべきリーダーのリュイは、予想外の出来事に反応が遅れている。

 

「え、ああ、えっと」

 

「全機、西に向けてジャンプ! フォーメーションを再形!」

 

クリフがそう言って跳躍すると、ラストもすぐに機体を飛ばせて離脱する。

リュイは一拍遅れたが、三人とも無事にその場を逃れた。

ルーナチームはクリフを前衛、リュイを中衛、ラストを最後尾につけた陣形を取る。

これがルーナチームの基本的なフォーメーションであった。

 

「データ照合、シャワートイレッツ隊。これが皆が言ってた部隊なの?」

 

「あう……ええ、気をつけて。多分逃げられないわ。

 こっちは消耗してるっていうのに」

 

混乱から立ち直ったリュイが、眼鏡をかけ直しながら言う。

ルーナチームとトイレッツ隊は面識が無かった。

ソールチームがメキシコでやられた時に一度見ていたが、

その時はお互いすぐに撤退した為相手の編成もよく覚えていない。

ただ、ザクとグフタイプの機体だけだったはずのトイレッツが

ドムなどを手に入れている事から、彼らも成長している事がうかがえる。

 

キリマンジャロでは、トイレッツ隊は全滅したと聞いた。

その時駆けつけたルーナチームが見たのは、

ボロボロになりながらもマキのジムと格闘する桜色のザク一機しか残っていなかった。

あの桜色のザクはトイレッツ隊ではないが、行動を共にしていたという。

トイレッツ隊の実力はその桜色ほど強くはないが、

中堅以上の力はあるらしいとの話も聞いていた。

だとすれば、この状況で背中を見せるのは危険だろう。

 

「陣形を保ちつつ後退攻撃。援軍が来るまで持ちこたえられれば、何とかなるわ」

 

「逃げるのかイドラ!」

 

こちらを向いたまま後退を始めるイドラ隊に、ノイルが叫ぶ。

ここで各個撃破出来なければ、イドラ隊総出で反撃にやって来るだろう。

パイロットとしての技量で互角ならば、数での優位は捨てたくない。

何としてもあの小隊はここで潰しておきたかった。

 

イドラ隊は増加装甲のジムを前面に立て、その後ろに大型火器のジム、

最後尾にガンタンクという一般的なセオリーに則った陣形を取っている。

その陣形から、ノイルは真ん中のジムが隊長機だと判断した。

陣形の中央に居れば、前後から攻撃を受けても生き残る確立が高い。

いくら重装甲とはいえ、隊長機が一番前に出てくる事は無いだろう。

ガンタンクも、機動力の低い機体に司令の役目を負わせる事は無いはずだ。

 

「柏木、敵の通信量は?」

 

「はい、緑色のジムが一番多いですね」

 

「ならそいつが弱点だ。全機、飛べ!」

 

ノイルの号令で、シャワートイレッツ隊は全機リュイのジム・イェーガーへ対して跳躍する。

クリフのフルアーマージムを飛び越え、全員はリュイの目の前へと着地した。

その際、松下のザクゾルダートだけは後ろを向き、クリフのジムと対峙している。

さすがに全員の背中を見せるほどトイレッツ隊もバカではない。

 

リュイはトイレッツ隊が一斉に自分に対してジャンプして来た為、再び混乱状態に陥っていた。

ヘビィマシンガンをばら撒くが、どれを優先するかの判断が咄嗟に出来ず、

一機も撃ち落せないままに接近を許す。

彼女の弱点は、頭は良くとも予想外の状況に立たされると融通が利かないところであった。

集中砲火を受け、リュイのジム・イェーガーは仰向けに倒れる。

 

「脱出するしかない!」

 

予想外の展開に弱くとも、そう考えられる程度の頭はある。

クリフのフルアーマーならともかく、自分の機体は並の装甲しか持たない。

MS四機の攻撃を受けて爆散していないだけでも奇跡であろう。

これ以上の戦闘は出来ぬと判断し、コックピットハッチを開けて機体から脱出する。

機体が撃破されても、無線機で指示を出すくらいは出来るだろう。

 

ハッチを開けた瞬間、頭上からリュイを見下ろしていたのはノイルのグフ重装型であった。

バーチャルだと解っていても、間近で見る巨大ロボットの姿は足をすくませる。

驚いた表情で自機を見上げるリュイを見て、ノイルはハッと息を止めた。

 

「……女だからって、痛かったらごめん!」

 

ノイルは歯を噛み締めつつ、生身のリュイに向けてグフのバルカンを放った。

75ミリの弾丸がリュイの身体に直撃する。

リュイは血しぶきを撒き散らす事も無く、

バーチャルのアバターを電子データに分解されて消えていった。

最近の噂では、18歳以上のプレイヤーには残酷表現を解禁するとの話が出ていたが、

女をバラバラ死体にして喜ぶ趣味はノイルには無かった。

 

「レンチェフ少尉はよくもこんな事が出来る……」

 

ジオニックフロントの登場人物であるレンチェフ少尉は、

生身の連邦兵をザクマシンガンで撃ち殺した事がある。

元々残虐なスペースノイド至上主義者でもあったし、

人の殺し方に善も悪も無いと思っている人物だった。

だから彼の仲間も、人一人にマシンガンを使うのは弾がもったいない、

という言い方をしないとレンチェフのやり方を止める事が出来なかった。

ノイルはコロニー落としすら肯定しているジオニストだが、

肯定しているのは戦略とか戦術上に必要という意味であり、

欲望の為に人をいたぶって殺す事は肯定していなかった。

これはまったく矛盾していないが、価値観の違う者同士は絶対に理解出来ない事柄である。

 

ノイルは呟きつつも、機体は動かす。

残りはガンタンクと重装甲のジム。

松下が重装甲タイプを受け持っているから、その隙に機動力の低いタンクを狙うべきだろう。

ノイルはガンタンクへ向け、再びバルカンを放ちつつの突進をかける。

反撃のボップミサイルを胴体で受け止め、右手に先程回収したヒートホークを構えさせた。

 

ノイルがヒートホークの間合いに入る直前、ガンタンクはボップミサイルの射撃を止めた。

弾切れかと思ったが、そうではない。

ガンタンクは何を思ったのか、スラスターを噴かして体当たりをかけてきたのだ。

両機は正面衝突し、ノイルのグフは前のめりになり、ガンタンクに乗っかる形となる。

 

実のところ、グフ重装型と言ってもそれほど機体重量は大きくない。

弾薬等を搭載した全備重量で言えば、ガンタンクの方が重いのだ。

それにガンタンクの全高は低く、下半身はキャタピラである。

安定性で言えば、二足歩行よりも優れているだろう。

だからラストのガンタンクは、ノイルのグフの下半身を轢いて転倒させられた。

 

それでもMSのコンピューターは優秀で、ヒートホークは右手に持ったままだった。

ガンタンクに覆いかぶさるようになっているグフを何とか操作し、

ヒートホークを振り下ろそうとする。

しかしイドラ隊のガンタンクは停止すると、腕のガンランチャーから何かを伸ばした。

それはノイルの見間違いでなければ、通常型のグフに装備されているヒートロッドだ。

計六本の触手はノイルのグフ重装型に絡みつき、電撃を発する。

コックピットの計器のいくつかがスパークを起こして爆ぜた。

 

「うあああっ、くそお!」

 

「ノイル! サイコミュ的な精神波の!」

 

「ああああっ! 俺はノイル・アルエイクスだーッ!」

 

「……ノイル、松下。君たちは随分余裕じゃないか」

 

ラストのガンタンク・トゥルフがノイルのグフ重装型と組み合っている中、

ルミの機体がラストの背後に回り込む。

そしてガンタンクの背中へアイアンネイルを突き立てた。

スミレとセイレムも格闘兵装を抜き、ガンタンクへ斬りかかる。

ノイルの機体が止まるのが先か、ラストのガンタンクが破壊されるのが先か。

その結果は、トイレッツ隊に軍配が上がった。

ラストのガンタンク・トゥルフは寄ってたかってボコにされ、爆発を起こして沈黙する。

ノイルのグフ重装型は何とか生きているといったレベルだが、大破消失はしていなかった。

 

「消耗した状態じゃなければ」

 

クリフはそう呟くが、今更何を言っても仕方が無い。

エネルギー切れのビームライフルを捨て、

ビームアックスで松下のゾルダートへ斬りかかる。

松下は右手にヒートホークを持たせて受け止めるも、

ビームアックスの威力にヒート系の斧はパワー負けしていた。

ゾルダートを横に流れさせて距離を取る。

 

「せめて一機だけでも道連れにする!」

 

クリフがビームアックスで斬りかかった時、

松下はショットガンを捨ててヒートホークを左手に持ち替えていた。

再びビームアックスを受け止める。

ヒートホークが壊れる前に、右手をフルアーマージムのコックピットへ叩き込んだ。

 

「電撃ならこっちだってある。――シュテルベン!」

 

松下の叫びと共に、エレクト・ピックがフルアーマージムの胴体へ突き立つ。

そして電撃を流す事には成功したが、装甲の貫徹は出来なかった。

クリフは胴体のチョバムアーマーをパージし、後ろへ飛び退く。

両手にアックスを構え直すが、松下と離れた事でトイレッツ隊の射線が通り、

四機の射撃を喰らう事となった。

いくら大砲の直撃に耐えられるフルアーマージムと言えど、

消耗した状態で連続攻撃を受け続けて無事なはずが無い。

 

「これがシャワートイレッツ。……切羽詰っているのね」

 

たった一機に対して全力を尽くす事から、

クリフはシャワートイレッツからなりふり構っていられない雰囲気を感じた。

もちろん対戦ゲームで敵を倒すのは当たり前なのだが、

トイレッツ隊に手加減が出来るほどの余裕も無いのが実際のところであった。

フルアーマージムが倒れるのを見た松下は、やっとの事だと息を吐く。

 

「俺もゾルダートを作ったから分かるが、

 このチョバムジムを作った奴はとんでもないスペックなんだろうな。

 機動性を犠牲にしているとはいえ、フォーメーションが上手く決まれば負けていた」

 

「そのとんでもないスペックの奴の作品が、ここに残ってるぜ」

 

ノイルはリュイが乗り捨てたジム・イェーガーを指す。

爆散する前に脱出した為、機体はギリギリ生き残っていたのだ。

自機を乗り捨てた場合、しばらくすればメニュー画面から機体を引き戻す事が出来る。

だがその前に他のプレイヤーの手に渡れば、その機体の所有権が移行する。

松下はさっそくゾルダートを降り、ジム・イェーガーのコックピットに入った。

メニューから鹵獲コマンドを実行し、機体の奪取に成功する。

ジム・イェーガーはかろうじて生きているといった具合であり、

立って歩く事もままならない状態であった。

松下は壊れかけたメインコンピューターから情報を覗き、機体スペックを参照する。

 

「こっちはただの色違いジムかと思ったけど、とんでもない。

 欠点らしい欠点が無いくらいに機体性能がバランス良く引き上げられてる。

 150ミリヘビィマシンガンがRHMG‐79Gベルダってのは、オリジナル武装か」

 

「鹵獲するのか」

 

「ああノイル……は、調子悪かったな。

 スミレ、こいつを運ぶのを手伝ってくれ。

 持って帰って修理して、それから使うか売るか」

 

「オッケイまっつー。じゃあ一旦帰るのね、ルミっこ」

 

「うむ。この小隊が仲間を呼んだかは分からないが、

 しばらくすれば他の小隊も現れるだろう。

 グリーンミストも呼んで当たらねば勝てぬだろうな」

 

グリーンミスト隊は、今ではすっかりトイレッツのお仲間となっている。

彼らもオデッサ戦線に参加しており、他のエリアで獅子奮迅の活躍をしているであろう。

イドラ隊に勝つには彼らの力を借り、個々の力量と数を揃えねばならない。

その為にも一時後退し、各機の修理を行なうべきだ。

ついでに、松下はジム・イェーガーの解析をするつもりであった。

もしも、もしもこれを作った技術者が話の分かる奴であれば、

自分の新しい改造機に有益をもたらしてくれる。

そう虫のいい話が、どうにも頭から離れなかった。

 

 

 

巡航(航空機)形態のMS、《AEU‐05ヘリオン》が上空からリニアライフルを放つ。

ヘリオンと戦闘状態に入っていたエールステップ隊のガンダムアライブは、

ライフルを横っ飛びに回避すると人工筋肉を使い跳躍。

足りない高度をスラスターで稼ぎ、ヘリオンをサーベルで斬り落とした。

損傷を受けたヘリオンはバランスを保てず、出来損ないの紙飛行機のような軌道で墜落する。

 

エールステップ隊もオデッサ戦線に参加していたが、

イドラ隊とは行動を共にせず、別のエリアで戦闘を行なっていた。

そして連邦と同じくジオンのオデッサを狙う三大国家陣営とかち合ったのだ。

三大国家陣営にはヘリオンなどの可変機が配備されており、

ジオンのザクと比べると少々厄介な敵である。

 

「お母さ……じゃなかった、母上。

 ヘリオンとリアルドにキャノンがあたらないよぅ」

 

「じゃあマグはティエレンを狙いなさい。

 リュンとカーミィはマグと一緒に、ミニートとカナリアは飛行形態を」

 

オグレスの指示通りにエールステップ隊が動く。

オグレスとガンキャノンアライブに乗るマグ以外は全員、

性能の低い通常型のジムに乗っている。

そうなると必然的に個々の技量を上げるか、

チームワークを駆使するかをしないと勝てなくなる。

部隊長のオグレスはジェネオンをゲーム以上にはなりえないと考えているので、

ゲーム内で複雑な作戦を立ててはいなかった。

それでも彼女達は自然に、ある程度の技量とチームワークを身につけていた。

 

エールステップ隊の六人は順調に三大国家陣営を食い止めつつある。

周囲には味方のプレイヤー、NPC両方の大部隊がおり

NPC主導の三大国家陣営は連邦に大きな打撃を与えられないでいた。

 

元々彼らはジオンのオデッサ基地を漁夫の利とする事を目的としているのだから、

わざわざ連邦軍に攻撃を仕掛ける意味は薄いはずだった。

しかし連邦のジオンへの進攻速度が思ったよりも速く、

三大国家陣営はオデッサ周辺にて連邦ジオンと三つ巴の戦闘を行なう事態が増えている。

連邦としてもジオンからオデッサを奪還した後は三大国家陣営や連合との戦いになるので、

わざわざそれらの進攻を許すつもりも無い。

 

しかし、三大国家陣営はまだ連邦領のアフリカへ攻めるつもりは無かったが

連邦軍が先にオデッサを占領してしまっては意味が無い。

だからオデッサ基地に攻撃をかける部隊の他、連邦の進撃を適度に遅らせる為の工作隊や

オデッサがあるウクライナ東部、ロシアとの国境周辺の制圧に動く部隊もあった。

エールステップ隊はそういった場所の草原で戦っている。

 

三大国家陣営としても、オデッサ占領後は連邦との戦いになる。

だから周辺を確保するのにも手を抜く事が出来なかった。

それをオグレス達が確信したのは、

エールステップ隊と共に戦っていた連邦の機体が爆発してからだった。

上空を見やると、黒い可変機が上空からリニアライフルによる掃射をかけて来るのが見えた。

あれはユニオンの可変機であるユニオンフラッグ。

それも、強化改造された《SVMS‐010オーバーフラッグ》である。

 

「あいつが来たか!」

 

オグレスは好戦的な笑みを浮かべる。

十数機のオーバーフラッグが編隊を組みリニアライフルの一斉掃射を放っていた。

味方の連邦機が次々と直撃を受け、爆発してゆく。

練度と機体から、エールステップ隊はこの敵がネームドNPCなのではないかと思う。

 

オーバーフラッグは原作では量産されていない。

フラッグ乗りのエースを集めた部隊、『オーバーフラッグス』の専用機であるはずだ。

こちらの世界では量産している可能性もあるが、

恐らくこの編隊はオーバーフラッグス隊なのだろう。

 

だとすれば、あの男が来ているはずだ。

オグレスはガンダムアライブを単独で突出させる。

ビームライフルを撃ち込むと、敵はローリング機動のみでそれを回避した。

攻撃を受けたというのに、編隊は乱れていない。

それでもオグレスはビームを乱射する。

当てる必要は無い。

相手が自分に気付いてくれれば面白いのだ。

 

やがて、一機のオーバーフラッグが

オグレスに対しソニックブレイドを以って正面攻撃を仕掛ける。

オグレスが左手にビームサーベルを抜くと、

オーバーフラッグはブレイドにプラズマを纏わせ、プラズマソードとする。

両者が鍔迫り合いになった時、どちらからともなく通信回線を開いた。

 

「よもやここでもガンダムにめぐり逢えるとはな!」

 

「さすがにはね! 顔の傷が治って恋の病が再発かしら?」

 

「愚かしさは反省している。

 しかしこの様な世界、童心に返るのも悪くないと判断した!」

 

オグレスのガンダムアライブに向かって来たのは三大国家陣営の一つ、

ユニオン所属のトップガンである『グラハム・エーカー』であった。

彼は原作でガンダムの圧倒的な性能に心を奪われ、

ガンダムという存在に対し異常な執着心を見せた男である。

後の劇場版ではその行為を愚行だと口にしていたが、

この創られた世界では彼も心境の変化があるのだろう。

過去に経験したガンダムとの戦いを楽しんでいるのだろうと、オグレスは笑みを浮かべる。

 

「愛する空を飛び、愛するガンダムと打ち合う。

 大人の都合が要らぬというのが、こんなにも楽しいものだと!」

 

「世界が変わったくらいで子供帰りする甘ったれが!」

 

そう言いつつもオグレスは笑みを止めない。

別に彼を否定するつもりで言ったのではないからだ。

ライフルを捨て、もう片方のサーベルで薙ぎ払う。

胴体を切り払ったものの、さすがにレベルが高いのか一撃で爆散するような事は無かった。

グラハムは一瞬後退したかと思うと、空中から横に滑りつつリニアライフルを放つ。

人工筋肉で前転し、オグレスは回避しつつ頭部のバルカンで牽制射撃を加えた。

 

この戦闘、この世界がゲームだとオグレスは思っていた。

だがしかし、彼らNPCにとってはそうではない。

NPCの居場所はここしかないのだ。

だから、唯一の居場所すら架空の電脳空間だという事実は、

もしかしたら彼らにとって人生を根本から覆すような事柄なのかも知れない。

現にこのグラハムも、オグレスが知っている彼より幾分か齟齬がある。

ジェネオン世界に生まれ変わり、彼の何が変わったのだろうか?

トイレッツのノイルも、ジェネオンをただのゲームと思っていなかった様子だと思い出す。

だからオグレスは、このゲームに単なる遊び以外の要素を感じ始めていた。

 

「母上、危ない!」

 

マグのガンキャノンアライブが、オグレスの援護に回る。

リニアライフルを胴体で受け止め、グラハム機に300ミリキャノンを向ける。

しかし空中で高機動戦を行うグラハム専用カスタムフラッグに、

ガンダムアライブが近接戦を行なえる距離では大砲の狙いがつくはずがなかった。

グラハムは一定の距離を保ちつつも、突如割って入ったマグに驚く。

 

「子持ちのガンダムだと!?」

 

「コブ付きの魅力ってのはあるさぁ!」

 

ガンダムアライブの二刀流で、グラハムに斬りかかる。

ちらりと他の仲間を見やったが、どうやら苦戦と善戦の狭間にいる様子だ。

紺色とライトブラウンのジムがシールドに被弾しつつも牽制射を行い、

ライトブルーとクリーム色のジムがブースト後の硬直を狙ってビームとバルカンを命中させる。

一機のオーバーフラッグがスパークを起こして墜落した。

 

「ええい、ハワード、ダリル、フォーメーションを組んでジムを叩け。

 ジョシュアはガンキャノンを足止めしろ!」

 

オーバーフラッグスが機体を急上昇させ、陣形を組み直す。

正直な話、オグレスはガンダムアライブをぶっ壊した言い訳をどうするかと考えていた。

いくらガンダムでも、エース集団には敵わないであろう。

最悪、全滅したらフォイエンにまた新しく作ってもらおう。

そんな大人気ない事を考えながら、オグレスは後退の指示を出したのであった。

 

 

 

「出て来ぉい、トイレッツ!

 連邦の赤いエース、カナルちゃんが相手ですよー!」

 

イドラ隊ソールチームリーダーであるカナルは、

指揮官用ジムの外部スピーカーを使って辺り一帯に声を挙げる。

かなりの音量であったが、返事が返ってくる事は無かった。

ジムに肩を落とす仕草をさせながら、カナルは溜息を吐く。

 

「居ないんじゃないの? センサーに反応無いし」

 

「コリーン、そしたらここに来た意味が無いじゃないの。

 聞けば私と互角にやりあったノイルって人はジオンから勲章貰ったらしいし、

 そうしたら私もいいかげんに本領発揮すべきでしょ!」

 

そう言うが、カナルがトイレッツのノイルと戦ったのはメキシコでの二回だけである。

それだけでライバル視するのもどうかと思うし、第一に彼女はノイルに勝った事は無いのだ。

本領発揮と言っても別に今まで手加減していたわけじゃないだろうと、

ソール3のコリーンはカナルの機体を見やりつつ思う。

彼女はノイルがジオン十字勲章を貰ったと知った時に、

ライバルに恥じぬ為と称して指揮官用ジムの全身を赤く塗り直していた。

RPGである『ガンダムトゥルーオデッセイ』に、

確かこんな色のジムコマンドを使う仲間が居たのを思い出す。

 

「えっ、カナルさん今まで本領を発揮してなかったんですか!?」

 

「そうよフラム。私はまだ全力を出してないの」

 

「じゃあ、メキシコではわざと負けたんですか?」

 

フラムの疑問に、カナルが押し黙る。

部隊内でも比較的幼い彼女はよく純粋な疑問をぶつけて来るが、それはいささか直球過ぎた。

時折、わざとやっているのかと思う時もある。

何にせよ、見栄っ張りに当てれば相手が恥をかく事になるのだから、

大人しくしていればいいのにとコリーンは苦笑した。

 

「どうでもいいけど、居るか居ないかくらい分からないの?

 インパラ、掲示板は」

 

「人に聞く前に、自分で行動する事も自立の一つだぞシャイネ。

 ……このエリアは人が少ないな。

 トイレッツが居たとしても、それをわざわざ掲示板やチャットで載せる奴はいないだろう。

 だが、それにしてはミノフスキー粒子が濃すぎる」

 

ルーナチームが撃破され、リスポーンした彼女らの情報でイドラ隊はここへやって来た。

彼女達は今頃フォイエンに頭を下げている事だろう。

ただでさえ改造機は金を喰うのに、ジム・イェーガーを鹵獲までされてしまったのだ。

仮想空間とはいえ技術者であるフォイエンにとって、

自分の技術が流出するというのは最も避けたい事情である。

実際、ここまでの道中でイドラ隊は鹵獲されたジム・イェーガーを発見した場合

何としても破壊しろとのメールをフォイエンから受け取っていた。

 

「ルーナチームがやられたのはこの場所だったな。

 レーダーが利かないからソナーに変えたが、周辺に動いてる機体はないぞ」

 

この中で最も索敵能力が高いであろう、アートルム2のガーナが言う。

彼女はついこの間、フォイエンより新しい改造機を貰っていた。

《RGM‐79XXジム・ピクシー》は、白兵、および陸戦用高機動タイプである

ガンダムピクシーの設計思想を取り入れたジムであった。

元は通常タイプのジムであり、アポジモーターを増設する事で機動力を上げている。

空間用装備を排除していない為宇宙空間でも活動出来るが、

それ故性能はガンダムピクシーには及ばない。

ただしガーナの意向により、コストと引き換えにセンサーを強化していた。

 

「フォイエンが作ったピクシーなら見つかるはずなんだが……」

 

「ちょっと待てガーナ。サーマルセンサーは使わんのか?」

 

「ん? 熱探知は範囲が狭いし、ソナーで大抵引っかかると思ったんだが」

 

そう言いつつ、ガーナはサーマルセンサーを起動させて辺りを見やる。

すると、近くの建物の影にMSの形が浮かび上がった。

即座に仲間へデータを送る。

数は一機だけであったが、それがグリーンミスト隊のものだと分かった事で

イドラ隊は自分達が待ち伏せを受けている事に気付いた。

 

「データ照合、グリーンミスト隊のドム。

 キリマンジャロの時の奴らも連れてきたんだろうな」

 

「それじゃあ、あの桜色のザクも居るのかな!」

 

アートルムリーダーのマキが顔を輝かせる。

キリマンジャロで戦った時から、こちらもクルネ同様再戦を待ち望んでいたのだ。

敵のドムへ向けて機体を接近させる。

シャイネのザクが引き止めるようにその背中へ手を伸ばした。

 

「ちょっと! 作戦とか陣形とかあるでしょうに!」

 

「そんなものは必要無い! 前回はあっけない終わり方だったが、

 アップデートで耐久力が増えた今こそ白熱戦をやり広げるぞ、松下ぁ!」

 

シャイネの言葉を無視し、インパラまでもが機体を跳躍させる。

上空から建物越しにビームガンを撃ち込み、グリーンミスト隊のドムに命中させた。

ドムは一瞬硬直した後、慌てて後退する。

すると、周囲の建物に隠れていたシャワートイレッツ隊とグリーンミスト隊が姿を現した。

発見されたドムのパイロット、ケオルグ・ジプシオンが驚きの声を上げる。

 

「馬鹿な!? このミノフスキー濃度でどうやって発見したのだ!」

 

「濃度……が、濃くてもセンサーがまったく使えないわけじゃない。

 熱量の高いドムなら熱探知で発見される可能性は高い。

 待ち伏せなのに、そのドムを前方に配置したのはおっさんの失態」

 

「セイレムちゃん! お前もドムを使ってるなら、何故教えなかった!」

 

「貴様……が、ドムに相応しくないのが証明出来た。

 プギャーワロリッシュ」

 

「うー! てめえ覚えとけよ!」

 

無表情であるが、どことなく得意げな雰囲気のセイレムを見てケオルグは子供のように呻く。

何にせよ内輪揉めで待ち伏せ作戦が台無しになったトイレッツとミスト隊。

他の隊員達は二人に呆れながら戦闘に備える。

しかし、先陣を切る二機の機体を見て全員が驚いた。

片方は見た事も無い機体で、スラスターを使わずに跳躍したのだ。

さらにもう片方のMSは、今この時代にあるはずのない物である。

 

「あの知らん銀色はどうせインパラだろ?

 でも、何でマラサイまで居るんだ。

 まだゼータ系の機体は実装されてないはずだ」

 

松下はそう言って相手のデータを参照しようとする。

どうみてもその機体は、連邦とジオンが戦った一年戦争終結から七年後にロールアウトする

《RMS‐108マラサイ》以外には見えなかった。

 

マラサイは七年後、機動戦士Zガンダムの時代に実戦投入された。

ザクなどを開発していた『ジオニック社』をアナハイム社が吸収合併し、

旧ジオン系技術者を用いて開発したMSである。

それ故、外観はザク系列の物に似ていた。

第二世代MSであり、新技術であるムーバブルフレーム構造と

ガンダリウムγを用いたガンダリウム合金を採用したMS。

その性能は一年戦争時の第一世代MSを遥かに凌ぐはずだ。

 

どうやらイドラ隊のマラサイはデータを非公開にしているらしく、

具体的な事はまったく分からなかった。

ただ、パイロットがマキという名前なのは公開されている。

確かその相手はクルネと互角にやりあった金色のジムのパイロットだったはずだ。

あれほどのエースがマラサイに乗れば、第一世代機など敵ではない。

 

「マキさんが来たなら、いくら次世代機だからって……!」

 

「クルネ、うかつだ!」

 

ビガンの警告を無視し、クルネのザク改がマラサイへ向かう。

マラサイは走りつつビームライフルで牽制射をかける。

三点射されたビームがクルネの周辺に着弾した。

それを見て、松下が苦い顔をする。

 

「あの三点バーストは、エウティタのマラサイが使うビームだ、ありゃあ。

 もしかして、課金でオリジナル機体として本物の実装前に作ったのか」

 

「それは無いな。課金とはいえ、次世代機はそうそう作れないだろ。

 多分外見だけ似せた偽者だ。

 性能もビームの威力も、せいぜいジムコマンド程度じゃないか?」

 

「ノイルの説が正しければ、私達でも何とかなるな。

 クルネさんには悪いが、数で潰させてもらう」

 

ルミが言うと、トイレッツ隊とミスト隊は突出したマラサイと

正体不明の機体に集中砲火を加える。

両機はエースらしい高機動で何とかやり過ごすが、

マキは口をへの字に曲げながら応射していた。

 

「もしかして、もうばれたかも」

 

「そりゃあ、ホバー走行もしてないマラサイだからな。

 本物だとは思わんだろ」

 

「マラサイじゃなくて、ドミンゴ!」

 

マキの乗るマラサイは、大方ノイルの予想通りの物であった。

彼女の好きな機体はマラサイであったのだが、一年戦争時には無いMSだ。

だから彼女はフォイエンに依頼し、ジムの外見をマラサイそっくりにしてほしいと頼んだ。

そうして出来たのが、この《RGM‐108ジム・ドミンゴ》である。

本体はジムであるが、外装をほぼ全取替えする事でマラサイに酷似した機体となった。

趣味的な機体であり、性能はジムとさほど変わらない上に

無駄な外装パーツのせいで非常にコストが高くなっている。

三連射が出来るビームライフルはフォイエンが独自に開発したが、

一発の威力はビームスプレーガンを下回っていた。

ちなみにドミンゴとはマラサイの初期設定時の名称であり、

マキはこの名前を好んで呼んでいた。

 

そのような実用性皆無なジム・ドミンゴであるが、唯一効果的な面も存在した。

マラサイを知る相手が驚くかも知れないという案だ。

こういったゲームでは心理戦も重要な戦法で、

例えば相手にロックオン警報を鳴らさせるだけでもだいぶ動きが変わってくる。

だからフォイエンもドミンゴの開発を拒否はしなかった。

その代わり、外装パーツの購入資金はマキに全額出させたが。

 

本物のマラサイでない事はすぐ看破されてしまったが、

だからと言ってジム・ドミンゴがただのハリボテでない事はすぐに証明された。

トイレッツとミスト両部隊の攻撃をかわし続けていられたのである。

そしてマキはドミンゴを跳躍させ、クルネのザク改をおびき寄せる。

一対一の勝負をしたいのであろう。

クルネも同感であり、罠を疑う事もなくドミンゴに続く。

単独行動を行なうリーダーに、ガーナは呆れた声を出した。

 

「まったく、あの天然の馬鹿――」

 

言いかけたところで、ガーナはジム・ピクシーに反射的に回避機動を取らせた。

今まで立って居た場所に数発のミサイルが着弾する。

ロックオン警報も無ければミサイル警報も鳴らなかった。

相手はミノフスキー粒子の濃度を理解していたから、

ミサイルの誘導性が完全に殺されているとして目測で撃ったのだろう。

それにしては、弾頭は正確な位置に命中している。

 

「今撃ったのは!」

 

「トイレッツの前、ズゴックです」

 

アートルム3のテーネが言う。

彼女はガーナが狙われたのを見て、すぐさまハイパーバズーカを放っていた。

ロケット弾の爆風の中から現れたのは、水陸両用MSの《MSM‐07ズゴック》である。

ズゴックは腕部のメガ粒子砲を連射モードに切り替えて弾幕を張った。

パイロットのルミは待ち伏せが失敗した事に顔を引き締める。

 

「ズゴックといえど、イドラ隊も相当な改造機を出している」

 

彼女は既にアッガイを経由し、ズゴックの開発に成功していた。

オデッサ作戦はNPCによる自発的なものであったが、

オデッサが守れようと陥落されようと地上での戦いはまだ続くはずだ。

劣勢になれば北米が狙われるし、最終的にはジャブロー攻略という話になる。

だとすれば、水陸両用の新型を開発し続けるのは悪くない案だと思った。

 

地上で使う予定だった先行量産型グフはキリマンジャロで撃墜されており、

またレベル上げを行なうのは面倒だった事もある。

セイレムやグリーンミスト隊にドムの開発プランを売って貰うというやり方もあるが、

開発プランを無くしてしまうと撃墜された場合に再生産が出来なくなる。

セイレムがドムの開発プランを他人に譲渡する事は無いであろう。

ゲーム内オークションでも、

高性能機の開発プランは大抵ルミ達の手が届かない値段で売られていた。

 

ズゴックもそれ以前のザクなどと比べればかなりの高性能機と言える。

水陸両用とは言うものの、この機体は陸上のみでも十分に戦う事が出来た。

だがイドラ隊の改造機もかなりの物だと推測する。

先程の三機小隊との戦闘でも、下手すればこちらが撃墜されていたと思える。

今攻撃をかけたジム・ピクシーとやらも、

本気で命中させるつもりで撃ったミサイルをかわして見せたのだ。

ルミはこの戦闘に、五体満足で帰れる自信を感じなかった。

 

砲火を交えて一分ほど。

両軍は距離を保ち射撃戦を行いつつ、隙を探していた。

一機二機撃墜出来れば、均衡は一瞬で崩れ去るはずだ。

痺れを切らして飛び出したのは、イドラ隊ソール2のフラムであった。

オレンジ色のジムを跳躍させ、空中からドムタイプを狙う。

 

「ドムを落とせれば……!」

 

自分が狙われたと分かったセイレムは、ジャイアントバズの照準を飛行するジムに合わせる。

直後、そのジムが飛行しているという事の意味を理解し、

認識を改めると共に相手のパイロットが誰なのかを知った。

オレンジ色の高機動タイプとなれば、メキシコで戦った奴だ。

 

メキシコで高機動型ジムを撃墜されたフラムは、フォイエンに更なる高性能化を求めていた。

そうして出来上がったのが、《RGM‐79R‐2高機動型ジム後期型》である。

後期型は更なる推力アップを果たしており、

ガンダム同様に短時間ならばジャンプ飛行を可能としていた。

前回の反省も活かし、装甲も通常のジム程度には厚く作られている。

もちろん、ワンオフの高コスト機という点は消せなかったが。

 

空中の高機動型ジムに対し、セイレムは脚部のスラスターを全開にして回避機動を取る。

だが戦闘において高所を取られるというのはかなりの不利であった。

ドムは地上での機動性は高くとも、ジャンプなどの空戦機動性能は低い。

空中から狙われては建物の陰に逃げる事も出来ないのだから、

ひたすらランダム回避を取るしかないのだった。

高機動型ジムの二連装ビームガンが至近距離で爆ぜる。

 

フラムの突撃をきっかけに、各機体は接近戦へと移る。

前進するイドラ隊をバルカンで牽制しながら、ノイルはヒートホークを抜いた。

個人的に気に入らない連邦の桃色ザクを狙おうとしたのだが、

それよりも先に全身を真っ赤に染めた指揮官型ジムが突進して来る。

指揮官型ジムは右手にサーベルを持ってノイルへ斬りかかった。

ヒートホークで迎え撃ち鍔迫り合いが起こる。

左手のフィンガーバルカンでジムのコックピットを撃ち抜こうとした時、

指揮官型ジムはサーベルを振り払ってノイルのグフ重装型へ抱きついた。

 

「メキシコの指揮官か!? どういうのを――」

 

「そのとーり、イドラ隊リーダーのカナルちゃんです!

 十字勲章のノイル君、顔を見せなさい!」

 

そう言われて、ノイルはまんざらでもない様子で通信を繋いだ。

敵に十字勲章のノイルと名が通るのは素直に嬉しかったのだ。

ミノフスキー粒子によりかなりのノイズが走っていたが、

接触回線からの通信はコックピットの映像を映す事に成功した。

ノイルの顔を見て、カナルは驚いた顔をする。

 

「あ、あなたも赤いエースだったの!?」

 

「何だって? ……ああ、髪の色か」

 

ノイルはジェネオンにおいて、髪と目の色を赤色に設定していた。

色に関しては特に意味は無く、単純にかっこよさそうなので染めただけである。

だがカナルにとって、ライバルの髪と自分のパーソナルカラーが被っているというのは

彼女のアイデンティティに関わる大きな問題であった。

 

「やっぱりあなたは私のライバルであり好敵手の対抗者。

 赤のエースの座をかけて、いざ覚悟されなさい!」

 

「俺はただのジオニストだよ!」

 

ノイルはカナルを振り払う。

それからは泥仕合の格闘戦が繰り広げられた。

二人を見ていたソール3のコリーンはキャノン砲の照準を逸らす。

邪魔なんてしたらカナルからは文句の一つじゃ済まないだろうからだ。

彼女の好きなだけ、赤のエースをかけた殴り合いをさせておけば良いだろう。

そう判断すると、自機であるガンキャノンの砲を接近するグフへと向けた。

 

「ハッハァ! この戦場を見ろ松下。解っているか松下。この戦いの意義を。

 イドラとシャワートイレッツの決戦、それはいい。

 しかし僥倖なのは、再びお前と刃を交えるこの舞台こそ銀色のさだめであると!」

 

「相変わらずのアホンダラでむしろ安心したよインパラ。

 お前はほんと俺と銀色が大好きなのな」

 

「当然、男のロマンは良い男をぶん殴るに限る。

 それと一緒に連邦のエース、『白銀の騎士』の名を認知させる。

 相棒が作ったこのコンバットスーツ、マルファスの力を借りて今!」

 

「何だ、ハルファスガンダムの親戚か何かか?

 どうでもいいが、俺ぁもうジオニストになったって判ったんだ。

 お前が騎士だったらこっちは兵士だよ」

 

「主義があるようで何よりだ、松下」

 

インパラはそう言うと、ビームガンを威嚇射撃に使う。

ザクゾルダートを掠めたビームを見て、松下は確信する。

ジム・イェーガーを持ち帰った後、松下はノイルからイドラ隊の関係者について聞いていた。

ガンダムアライブのオグレスが言った、フォイエンという名の人物である。

このマルファスという完全オリジナルの機体も、

イドラ隊の改造機を作ったというフォイエンとやらが作ったのだろう。

彼が有能で無ければ、マルファスと呼ぶ機体を作れるはずがない。

あの機体はスラスターを使わずに跳躍し、

その上今しがた放たれたビームの色は連邦ジオンどちらの色でもない青白いビームだったのだ。

彼は今までのジェネオンに無かった新しい物を作り出している。

 

「主義って言ったな。

 じゃあ、お前がそのわけ分からん機体でやるのは何をだよ」

 

「知れてほしい事。ジェネオンで連邦一のエースとなる。

 ただ最近思えたのは、プレイヤーのニュータイプ化だ。

 ……超能力を使えてほしいという意味ではない。

 嘘、悪意、敵意を無くして相互理解を行なえるようにする。

 そうすれば、私と私の周りの人は人間の醜い部分を見ずに済む!」

 

その言葉を聞いて、松下は驚愕する。

インパラが考えている事、広めたいと言っている事柄は松下とまったく同じだった。

嘘、悪意、敵意を自分の周りから無くす。

言い方を変えれば、世界平和を実現して人類の汚れた部分を消し去ろうという話だ。

ただ、本当に世界中が平和になる必要は無い。

自分の目に付く部分だけが綺麗でいてほしいだけなのだ。

 

だが、それは不可能だと松下は判断している。

世の中から悪人や犯罪者が消えないのと同じで、世界平和など出来っこない。

そもそも、国家が国民の意思を一つに統一する事は絶対に出来ない。

それは現実の世界にある各国家を見れば明白だ。

だからインパラの言う人類ニュータイプ化という理想論は、松下がかつて諦めた思想であった。

 

「馬鹿を言う! ジェネオンのプレイヤーが仮にニュータイプになったとしても、

 それで現実の全世界が相互理解出来るわけなかろうし!」

 

「でもその一歩にはなる。人間が数千年かかって出来なかった事を私が出来るとは言わん。

 だがこうやって理想論を唱える人が居なければ、世の中の善人が回らんだろうが。

 私が、俺が言っているのは、悪い事をやるなという事。

 自分が悪いと思ってるなら、ぐだぐだ言わず素直に善人になれというだけの話だ。

 その証拠に、俺は善人の俺が大好きだからなぁ!」

 

インパラはマルファスの人工筋肉を使い、松下へ飛び掛る。

松下のゾルダートは高周波ブレードの斬撃を貰ったが、

肉を切らせるつもりでエレクト・ピックをマルファスに突き立てた。

電撃がマルファスの装甲に走り、インパラは機体を飛び退かせる。

それから数度に渡り、お互いの削り合いが続いた。

 

「さすがだ、松下。銀色でもないザクでよくやる。

 だが、そろそろ決着をつけさせてもらうぞ」

 

また厨二臭い言い回しを平然と言うなと、松下は息を吐く。

とはいえ状況が不利な事には変わりなかった。

マルファスとやらの性能はかなりのものだ。

S型の改造機であるザクゾルダートでは機動についていくのが精一杯。

やはり、このままではゾルダートの真価は発揮出来ないのだと。

相討ち覚悟で特攻を考えた時、マルファスの右足が青白く光った。

 

「ZOOCシステム解放! 歯を食いしばれよ、松下ぁ!」

 

インパラはそう言って、機体を空高く跳躍させる。

松下がマシンガンで迎撃するも、弾丸は右足の青白い光に阻まれて散れた。

空中でポーズを取るマルファスに、戦場に居た全員が注目する。

 

「青白い光がビームなら、足にビームを付けたってわけか!」

 

「喰らえ、インパラ原案フォイエン開発の奥義!

 必殺究極、マルファスキィィィィィック!」

 

ミノフスキー粒子を発生させるシステムを使い、インパラは機体の右足にビームを纏わせた。

そして上空から急降下し、松下のゾルダートを蹴り貫く。

ゾルダートは胴体に風穴を開けられ、そのまま地面を勢いよく引きずられた後に爆散した。

インパラのマルファスは市街地に一条の地割れを残し、

排熱の煙を身体中から噴き出して停止する。

その場に居た全員は絶句して一連の経過を見つめていた。

 

「すっげぇ、フォイエンのにいちゃんゲシュペンストみたいなんを作っちゃったよ」

 

「ゲシュペンストとヒュッケバインを足して割った感じだって言ってたもんね」

 

ステルラチームのアリエルとマリエルが感嘆した様子で言う。

先程言った通り原案はインパラであるが、

足にミノフスキー粒子をコントロールするシステムを実装させたのはフォイエンだった。

この武装、通称マルファスキックは特別優れた武器ではない。

むしろ燃費と扱い難さを考えれば、わざわざ使う必要のないロマンだけの武器である。

それでも二人がこの武装を付けたのは、ひとえに趣味の問題であった。

 

「ふむ、やはりシステムが完成してないからZOエンジンが持たんな」

 

機体を確認すると、エンジンがオーバーヒートを起こしている。

そもそもマルファス自体インパラが適当に設計したものであるから、

信頼性だとかそういったものとは無縁の機体である。

この状態でビームを撃とうとでもしようものなら、エンジンが爆発しても不思議ではない。

こんな現状で、本命のガンダムシルバーがまともな物になるのかが不安だ。

 

ともあれ、インパラは再び松下に勝利した。

しかしライバルを倒した事による高揚感はさほど感じない。

松下が操る機体はザクS型の改造機であり、

性能差ではインパラの方が圧倒していたはずだ。

今回勝てたのは自機とそれを作ったフォイエンのおかげである。

 

だとすれば、一体どうすれば松下というライバルと満足のいく戦いが出来るのだろうか。

耐久値上昇の調整が入った今、互角の白熱戦を繰り広げるのは可能なはずだ。

彼にも同じマルファスを渡して戦うのが良いかとも思ったが、それも違う。

恐らく松下にも愛機があるだろうし、

インパラとしても後々ガンダムシルバーを開発するつもりである。

そうなると、結論は自分が銀色のガンダムに乗り、

松下も自身を表すような愛機に乗って戦ってもらわなければならない。

当然、機体性能は伯仲しているのが前提だ。

 

問題は、トイレッツ隊に腕の良い技術者が居ないという事だ。

ザクゾルダートもそれなりに性能の良い機体であるが、フォイエンの作った機体には及ばない。

いっその事敵に塩を送るつもりで、フォイエンに松下専用のザクを作ってもらう事も考えた。

だがフォイエンがそれを了承するかは分からないし、

そもそも自分の相棒をライバルに貸すなどもってのほかだとすぐに気付く。

インパラには寝取られ属性など無かった。

 

「インパラさんとやら、提案がある!」

 

インパラが欲求不満を抱えている最中、戦場に女性の声が響き渡る。

見れば、トイレッツ隊のグフがビルの上に乗って手を広げていた。

今までマルファスキックに見とれていた全員が正気を取り戻し、武器を構える。

グフはそれを制止するようにして、外部スピーカーを使いインパラへと叫んだ。

 

「あんたさ、満足してないだろう。

 キリマンジャロであっさり決着がついて、今回も勝つ事は出来た。

 でもそれは機体の性能差によるものだって分かってるはずだ。

 だからいまいち納得出来ず、何かが違うと思ってる。

 それを解決するには、脳から汁が出るような戦闘が欲しいと」

 

「ほう、私の内面を理解してくれるのは嬉しい。それで提案とは?」

 

「本気で接戦をやりたいっていうなら、時間をくれ。

 あたし達はキリマンジャロで一回全滅してレベルが遅れてるし、

 そもそもトイレッツとグリーンミストは別々の部隊だ。

 イドラ隊と違って足並みが揃ってないからね。

 このまま戦っても勝ち負けは見えてるし、

 あんたがお互い最善の状態でやりたいって言うならさ」

 

グフのパイロットであるスミレが言っている事は、

誰がどう聞いても命乞いにしか聞こえないはずのものであった。

お互い万全な状態を持って戦闘を行うとは言うものの、

イドラ隊にはそれを承諾して今のトイレッツを見逃す理由が無い。

例えゲームと言えど、敵を逃がしてわざわざ力を付けさせるなど聞いた事も無い。

だからガーナやシャイネなどは、

インパラが断った瞬間にスミレのグフを撃ち抜けるよう照準を合わせていた。

 

「見逃せというなら、条件がある。

 そちらに鹵獲されたジム・イェーガーを返してもらいたい。

 私の相棒である整備士はいずれ名を上げるつもりでいるが、

 今はまだ機体や技術の流出は避けたいようだ。

 それが鹵獲されて敵に渡るとなればなおさらな」

 

「それは本気で言ってるの、あんたは!」

 

シャイネが思わず口に出す。

対戦ゲームで相手を倒さないというやり方は、彼女には理解出来ない。

いつの間にかイドラ隊とトイレッツ隊はライバル的な扱いにされているが、

そんな彼らを逃がせば後々面倒な事になるであろう。

早々にトイレッツを叩き、レベルを引き離すのが普通のやり方だ。

ガーナも似たような事を考えていたようで、

インパラにプライベート回線を繋いでチャットを送った。

 

〈確かにイェーガーを取り戻すにはそれしかないだろうが、

インパラは今ここで戦って勝てないと思ってるのか?〉

 

「ガーナ、確かにジム・イェーガーの事も考えている。

 だが私がこれを飲むのは勝てる勝てないではなく、

 そちらのグフが言っている事が当てはまってるからだよ」

 

インパラが外部スピーカーを開いたまま言ったので、ガーナは顔をしかめた。

プライベートチャットを送ったというのに、

それを全員に聞こえるように返すのはデリカシーの無い奴だと。

イドラ隊の何名かは、インパラがこそこそしたやり方を嫌ってる男だと気付いて苦笑する。

 

「だが、イドラ隊の部隊長は私ではない。

 シャワートイレッツがグリーンミストと共に居るように、

 私はイドラ隊に協力する部隊の一つでしかないからな。

 最終的な判断は――」

 

「もちろんかまいません。

 イドラ隊とシャワートイレッツ。

 赤のエースである私と十字勲章のノイル君とは、

 最終決戦のバトルフィールドで決着を付けるのがふさわしい」

 

部隊長のカナルまでもがインパラに賛同したので、イドラ隊は少しばかり戸惑った。

今ここで戦闘を再開しようと言う者も居たが、

もはや戦いが続けられる空気では無くなりこの場は一時停戦する事となる。

お互い戦意が無くなったと見るや、

敵同士であるはずのマキとクルネが通信を繋いで喋り始めた。

それを見て、インパラが声を上げる。

 

「ようし、全員聞けぃ。

 今日のこの日と両隊の正式な宿敵化を祝して握手をしよう!

 そう思うのだが、グフの人」

 

「あー、それは機体の握手って事ですかい?」

 

「何を言う、もちろん機体を降りてお手手で握手するのだ」

 

結局、インパラの一声でイドラ隊とシャワートイレッツ。

そしてグリーンミストの面々は、戦場の前線で握手を交わす事となった。

ジオン側はイドラ隊が全員女だと知って驚くも、

もはやそんな些細な事はどうでもよく感じ始める。

マキとクルネはフィーリングが合う者同士握手した両手をぶんぶんと振っていたし、

セイレムはフラムの手を握り潰すかのようにしてルミにたしなめられている。

ノイルもやや表情に困った顔でカナルやシャイネと手を握り合う。

そんな光景を見て、インパラは例え敵味方だろうが

こうやって握手が出来る事を世の中に知らしめなければならぬと思う。

 

「一つ失敗したのは、松下を撃破する前にこうするべきだったな。

 今度会ったらこうやって握手でもしようと奴に言っておいてくれ」

 

「松下がどう思うか分からんが、伝えておこう」

 

そう言って、部隊長のルミはインパラの手を取った。

両軍はしばらく歓談していたものの、

十数分ほど経った頃には戦火がこのエリアにも広がり始める。

それをきっかけに、両者は自機に戻って撤収した。

帰還中、ルミはスミレに通信を繋ぐ。

 

「勝手な事をしてくれたとも言いたいが、どうした?」

 

「別に、何がしたかったって話でもないよ。

 パラやんの握手は予想外だったしね。

 でも、あいつならこの提案を絶対に飲むと思った」

 

「いつの間にあだ名を付けたんだ、君は。

 ……それで、何故そう思った」

 

「それも別に。ただ一つ感じたのは、あいつが嬉しそうだった事かな。

 通信を聞いてたけど、まっつーを撃破した時はそれほどでもなかった。

 だけどあたしが提案して、『内面を理解してくれるのは嬉しい』って言った時、

 あいつの声は確かに弾んでいたように聞こえたよ。

 勝手に予想するとしたら、パラやんは自分を理解された事の無いいじめられっ子か

 中身が幼い身体だけ大人な人間かと思えるわー」

 

「今更だがスミレ、君は大人だったのだな」

 

「それもあるけど、ウチの部隊にはとっておきの子供が二人も居るでしょ。

 二人を見てれば嫌でも大人をやらざるを得ないって」

 

それを聞いて女子三人が笑い出したので、ノイルは赤面しつつ平然を装う。

彼女達が言っている子供が自分と松下の事なのは明白であり、

それに気付けないほどノイルも馬鹿ではない。

ただ、どう取り繕っても幼さが隠せないのも事実であった。

大人ならば、これに皮肉の一つも返してみせるだろう。

 

「確かにお前らみたいな奴からして見れば、俺は子供だろうよ。

 松下がこの場に居なくて良かった」

 

「ノイル、何を言っているんだ?」

 

「ん? 松下に笑われたくないって話だけど」

 

「分かってないね、ノイルん。

 シャワートイレッツで一番幼稚なのは、まっつーだよ」

 

そうなのか、とノイルは目を見開く。

ノイルから見て松下はルミに次いで飄々とした大人に見えた。

初めてグリーンミスト隊に出会った時の奴の笑みはまだ覚えている。

器用な人間には見えないが、子供っぽさはあまり感じられなかった。

 

トイレッツの男性は自分と奴しか居ないのだが、

なんだかんだ言って、自分は松下の事をさほど知らない。

今ここで女子達と奴の本質について語るという方法もあるが、

松下の性格を鑑みるとそれはとても卑怯な事に思えた。

大体、男は人を陰で語らないものである。

ちゃんと本人を目の前にして、正々堂々と直接腹を割るべきだろう。

そう考えると、何やらジェネオン世界でまた一つ目標や目的が出来た気がした。

 

 

 

――数日後、オデッサは連邦の手によって陥落した。

ジオン軍はHLVにより、宇宙へ脱出。

オデッサ上空では、連邦のみならず他の陣営までもがオデッサの残党狩りを行なう。

ジオンプレイヤーも善戦したが、連邦、連合、三大国家陣営に

宇宙及び陸路を完全包囲されたジオン軍NPC部隊は大打撃を被った。

 

撤退戦にはシャワートイレッツ隊も参加し、

トワニング准将及びギレン総帥との接点を持つ松下太白星が

NPCの一個師団を用いて連邦軍のエルラン中将の軍団と対決するという事もあったが、

それはまた別の話である。

 

オデッサを占領した連邦軍は、ベルファストの連合、

アジアから迫る三大国家陣営からそれを防衛する必要があった。

だが連合と三大国家陣営はオデッサまでには踏み込まず、

ジオンの敗走によって混乱した国境を押し広げるのみに留まった。

これにより、連邦の損失は当初の予想を裏切り最低限に収まるのであった。

 

この戦闘で、ジオンの地上での領土は北米のみとなる。

宇宙でもヴェイガンやザフト、ソレスタルビーイングなどの勢力が徐々に力をつけており、

何か打開策が無ければこのままサイド3まで押しやられてしまう。

一部のプレイヤーやNPCは、ジオンの勝利を諦めているかの様子を見せていた。

 

そしてとある日。

宇宙空間のとある場所に、松下は居た。

レンタルのヨーツンヘイム級を足に、いつでも出撃出来るようゾルダートに搭乗している。

しばらくすると、連邦のコロンブス級補給艦が現れた。

松下は躊躇無く通信を繋ぐ。

 

「フラッシュ!」

 

「サンダー! ……なぁ松下さん、この合言葉に何の意味があるんだ?」

 

「気分ですよ、フォイエンさん。まぁ、米軍は嫌いですけどね」

 

コロンブス級に乗っていたのは、イドラ隊の整備士であるフォイエンである。

ついこの前までお互い敵同士のはずだったのだが、

この二人は先日からフレンド登録を行なっていた。

何故そうなったかというと、松下がジム・イェーガーを返却した際に

個人的な取引を持ちかけたのが始まりであった。

いや、発端となる匂いは前々からしていたのだ。

 

松下はザクゾルダートに限界を感じていた。

改良案もあるのだが、自分の技術や財力ではこれ以上のパワーアップは難しい。

だから腕のいい整備士だかMS開発者を探していたのだ。

そうして運良く、イドラ隊のMSを作ったフォイエンに出会えた。

 

フォイエンの方も似たようなものだった。

技術はあれど金が無い。

例え金があっても、開発する機体が全て高コストのワンオフというのはよろしくない。

彼の目標は、ジェネオン世界全土に広まるような低コスト高性能の傑作機を作る事だ。

しかし現状はジムタイプを超える様な安定した機体は作れていない。

その上ワンオフ機すら満足に出来ていないのだ。

例えば、彼は今マグネットコーティングを施したジムを開発しているのだが

どうも期待通りの性能が出せないでいた。

 

陣営は違えど、会うべくして会った二人。

さてこれからどうするかとなった時、フォイエンはある組織を口に出す。

それはジオン軍所属の部隊、フレンズだ。

松下は第三次降下作戦の時、そのフレンズと同じ戦場に居た事がある。

ムサイ級くぜがわ所属のパイロットが、

インパラの手によって目の前で撃墜されたのは今でもはっきりと思い出す事が出来た。

 

フォイエンの話によれば、フレンズは陣営を問わずにオリジナル武器を売りつけているらしい。

彼らとも協力する事が出来れば、フォイエンは技術とスポンサーを手に入れられる。

松下も、フォイエンの人工筋肉を始めとした技術を学ぶつもりでいた。

駄目で元々、フレンズへ取引を持ちかけたところ彼らは二つ返事で了承したのだ。

そして松下とフォイエンは、フレンズのくぜがわとのランデブーポイントへ到着した。

 

二人が合流して間もなく、フレンズのくぜがわは現れた。

改造されたムサイ級であり、主砲が二連装三基から二基へと減らされている。

その代わり、近接防御用の対空機銃が多数設置されていた。

フォイエンと松下は、主砲を減らした理由にエネルギー効率の問題もあると理解出来た。

二人の推測が正しければ、砲が一基減った分一門一門の粒子圧縮率は上がっているはずだ。

 

「フラッシュ」

 

「サンダー。顔を合わせるのは初めましてになるかな」

 

律儀に合言葉を返したフレンズの隊員は、そう言って映像を繋いだ。

松下はその声が第三次降下作戦の時、指揮官用ザクに乗っていたパイロットのものだと気付く。

久しぶりだと返そうとしたが、

何やらフォイエンが酷く驚いたような顔をしていたのが気にかかった。

 

「し、失礼ですが、その顔のアバターは流行っているのでしょうか」

 

「いや、この顔は生まれつきだよ。

 何だ、自分に似たような人でも見ましたか?

 例えば自分みたいに、銀色をパーソナルカラーにしてる人やらを」

 

その言葉を聞いて、フォイエンはますます混乱した。

このフレンズ隊員の顔が、インパラに似ていたからである。

しかも彼はインパラの事を知っているような口ぶりであったり、

自身も銀色がパーソナルカラーだと言って見せた。

いったい何が何だか分からない。

顔や体つきの細部は違っているから、この人物がインパラでないのは判別出来るのだが。

 

フォイエンが戸惑っていると、

フレンズの隊員はMS隊を周辺警戒に当たらせろと仲間に指示を出す。

くぜがわから出てきた機体を見て、フォイエンは更に驚愕する。

その機体は、ジェネオン世界に一機しかないはずのコンバットスーツ、

マルファスとほぼ同じ形状をしていたからだ。

それが合計四機もくぜがわから発進し、辺りを飛び回った。

 

「何だ、いったい何がどうなりますか、このマルファスは!」

 

フォイエンは混乱と共に頭がぴりぴりする感覚を覚える。

こんな事をされれば、頭に血が上るのも当然だ。

自分が開発したたった一つの機体が、いつの間にか他陣営に使われている。

何らかの手段で技術が漏洩したのか、形だけを真似られたのかは分からない。

ただ、何か異常な事態が起こっているのだけははっきりと感じられる。

 

「マルファス? 違う、これはフレンズのオリジナルコンバットスーツ、

 《MKT‐2マルケス》だよ」

 

「嘘だろうに! コンバットスーツも、MKT‐2という形式番号も、

 俺がインパラと一緒に設計したマルファスだ!」

 

「それを含めて、フレンズの拠点に着いてから話そう。

 納得のいく答えが言えるかどうかは、分からないが」

 

脂汗を浮かべるフォイエンを見て、松下は何やら厄介な事になったと唇を結んだ。

しかし、松下はその事態を半ば楽観視している自分にも気付いていた。

何故なら、第三次降下作戦で感じたフレンズの温もりは本物だったと感じているから。

そしてどういうわけか、このフレンズ隊員に妙な親近感を覚えるからだ。

上手く言えないが、このフレンズ隊員は自分や……インパラと同じ匂いがした。

主義主張に四苦八苦している、子供臭さを。





~後書き~
2015年11月18日改正
次回の更新は未定です

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