背後の鈴にサラは気づいたようだったが、構わず俺にその手に持った大型の両刃剣を振るう。
騎士のような甲冑が、世界中の朝日を全て集めたような黄金色の輝きを放ち、それをプラチナブロンドのサラが纏う。こんな状況じゃなかったら、感嘆の息の一つでも漏らしていたかもしれない。
しかし俺は気を引き絞め、サラに対応した。
あの剣は
だからサラの振りも、小さく、速くならざるを得ない。
スピード勝負なら、
一秒間に二撃。サラが放った突きの数だ。
俺は時穿を展開し、右に左にと払い除ける。
――見える。対応できる。
「・・・やはり、彼女がカギみたいね」
一瞬俺に接近したサラが耳元で囁く。
・・・まずいな。
Bシステムのトリガーを知られた。
Bシステムのトリガーとは、特定のISのコアだ。そして今現在その登録されているコアはセシリアのブルーティアーズと、鈴の甲龍だ。セシリアは撤退したようでアリーナないに反応がない。
鈴を展開不能にされると詰むぞ。
「・・・だったらどうするつもりだよ?」
「決まっているでしょう?
サラが背後の鈴に向かって右手をかざす。
その瞬間――
「え、えっ? ど、どういうことっ? クレハっ!」
一瞬のうちに鈴のISが消失し、鈴が狼狽する。
何やってんだバカ!
「鈴今すぐ展開しろ! 早く!」
「や、やろうとしてるわよ! でも、甲龍が無いの!!」
鈴に展開を促すが、そこでハタと気付く。
――――IS、甲龍の消失を確認。登録を解除します。
――――Bシステム、強制終了します。
消失・・・・?
俺は付近のISコアの検索を開始するが、甲龍の反応が鈴にはない。
しかも鈴は甲龍が無いと言った。
それはつまり、待機形態の甲龍も見当たらないと言うことで・・・。
まさか・・・・まさか・・・。
「剥ぎ取ったのか・・・ISを!」
俺はサラを睨む。
Bシステムが解除されたため、内心ビクビクだが、そんなことは言ってられない。
鈴は、戦う力を失ったのだ。
「そうよ、これがこの『
サラは笑う。ケタケタと可笑しそうに。
「さて、これで残りは貴方だけよ柊クレハ。今あそこにいるのはなんの力も持っていないただの高校生。それは貴方も同じよね。ISを持っているだけのただの高校生」
・・・・ダメだ。呑まれるな。戦意を失うなッ!
圧倒的不利を突きつけて、相手の戦意を削ぐ。嫌がらせが趣味であるサラの常套手段だ!
「・・・・ッ!」
サラが鈴に切っ先を向ける。殺すつもりなのか・・?
「まて! 鈴は関係ない!狙いは俺だろう!?」
「ええそうよ。狙いはあなた一人。でも、見られたからには始末するしかないでしょう? それに、凰さん。貴女も一枚噛んでるようなのだし」
まずいまずいまずい!
ISが重い、身体が重い、意識に動きが付いてかない!
そして・・
「さようなら、凰さん。貴女にも明日は無かったようね」
剣を、降り下ろした――――。
@
「鈴ッ!」
鈴は肩から二の腕にかけて縦に切り裂かれ、弾き飛ばされた。
鈴の小さな体躯が壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「ふざけるなサラッ!」
俺はなんとかスラスターを噴射し、鈴に駆け寄ろうとするも、その行く手をサラに阻まれた。
「ふざけるな・・・?こちらの台詞よ。貴方が凰さんを傷つけられて私に憤りを感じているならッ、私は誰に対して怒ればいいのよ!? イギリス!? 中国!? それとも日本!? いいえ誰でもない。貴方は恨まれ、失うべき人間なのよ!」
サラは、泣いている。
その手に血で濡れた剣を握りながら。泣きながら、笑っている。
その顔に恐怖した俺は、それを押し込んで、サラの懐に潜る。
「このっ、まだ抵抗を・・・!」
―――今だ。
「なッ!?」
俺は懐に潜り込んだ瞬間、サラが俺の頭を刈ろうと剣を横に薙ぐのが見えた。
だから俺はそれを逆手にとり、頭ひとつ分低くなるように
しかも解除する瞬間、サラの足元を衝撃砲で破壊し、バランスを崩しておく。
その作戦は成功し、サラは俺の頭を捉えきれず、スカ振り体勢を崩した。
今がチャンスだな。
俺はそうやってサラをすり抜けると、鈴を抱き上げる。
外に出るか、通路内を逃げるか迷ったが、狭さがこちらに有利に働くのと、鈴の手当てが必要なので通路側に逃げることにした。
「外に出て、逃げればいいのに・・・・・。こんな狭い中でどうやって逃げるつもりなの!?」
サラは、狂っている。復讐の狂気に取り憑かれ、俺たちを追撃しようともしない。
サラ、こっちはパートナーが一発やられたんだ。だから俺も、お前に一発返してやるぞ。
俺が過去にお前の兄貴を殺したとかそう言うのは関係なく、ただパートナーを傷つけられた相棒として、な。
@
狭い非常口の通路を抜けると、生徒がアリーナの客席に向かうための大通路にでた。
見渡して自分の現在位置を割り出す。
・・・たしか、2ブロック先に医務室があったな・・。
レーダーを仕掛けられると一発で場所が分かってしまうため、俺は瞬龍を纏わず、走る。
・・・・出血が多い。俺、応急手当の方法なんざ中学校でしか教わったことないぞ。
医務室の扉を蹴るようにして開け(鍵がかかっていた)、備え付けのベッドに鈴を寝かせた。
鈴の顔は青ざめている。
移動する途中で目を覚ました鈴は自分の状況を認識して、力なく笑った。
「ざまぁ無いわね・・・。あんたと関わってからロクなことがないわ・・・。よく知らない奴には襲われるし、大ケガするし、ほんともう散々よ」
「喋るな。出血が多い。恨み言なら後で聞いてやる」
切り傷の位置からみて、上腕二頭筋の上を走る静脈は切断されている。出血が止まらないのはそのせいか。
くそっ、包帯を巻く手が震えて、上手く縛れない。
俺は腋の下の止血点を強く押さえる。
・・・・が。
「おい、鈴大丈夫か!? おい!」
殺気から反応がないと思っていたら、いつの間にか鈴は意識が混濁してあうあうと意味不明な言葉を発している。
酸欠による意識障害だ。血が足りてない。
くそっ、どうする!? 連絡は・・・ムリだ。
サラがジャマーを発していた以上、あいつの手の中であるアリーナ内では通信が行えないと見るべきだ。
なんとか・・・なんとか・・・。
・・・・そうだ。
俺の心臓組織は瞬龍の生体再生機能で賄われている部分がある。
なぜ瞬龍本体を埋め込む必要が有るのかと束さんに聞いたことがあった。
・・・えーっと、何て言ったっけ? たしか・・・。
(瞬龍の生体再生機能は生体維持機能じゃなくて、正しく生体組織を再構成する機能なんだけど、くーちゃんが壊したってうか、チーちゃんが壊したくーちゃんの心臓なんかは常に動いていないといけない臓器でしょ? だから、万が一って言う場合を防ぐ手立てとして、心臓に直接埋め込んでるんだよ☆)
・・・・だっけか。
つまり、外部にも機能する機能ってことだ。
問題はそのやり方だ。
俺の時は束さんがやってくれたが、俺がこの機能を使うのは初めてだ。
エネルギーの譲渡見たいに流出ケーブルでも接続すればいいのかも知れんが、今の鈴にはその接続孔がない。
いや、俺と瞬龍に電子的な繋がりがないところから見るに、そう言うのは必要ないっぽいぞ。
俺はサラが追ってくる危険性も度外視して、瞬龍を展開。発動の仕方を模索する。
―――武装の展開
違う!
―――指向性レーダーの操作
違う!
―――Bシステム発動時の特殊機能
ちが・・・・ん?
三つ目のウィンドウに気になる文字が表記されていた。
Bシステム発動時の特殊機能・・・?
急いで読み進める。
―――Bシステムとは、対IS戦の多対一を想定され設計されたシステムで、同時に製作進行されていた機能に、VTシステム、生体再生機能がある。当該機にはその中の二つ、Bシステムと生体再生機能が備わっている。
・・・・あった。生体再生機能の説明が!
かいつまんでいくと、どうやらエネルギーを外部へと送る行為はBシステムを発動させなければならないらしい。
「・・・ダメだ。出来ない・・・」
今の俺はBシステムを発動させるための特定のISがない。セシリアにも連絡は取れないだろうし、こんなタイミングでそこのドアをセシリアが開くとも思えない。
だったら、鈴を助けられないのか?
いや、それも一応否定できる。
なぜなら、Bシステムを発動させる手だてがまだあるからだ。
俺は鈴を見る。意識がなく、くてんとベッドに横たわる鈴を。
・・・・・出来るのか・・・俺に。
そういうドラマや映画は雨の影響でたくさん見ている。アイツはあのシーンがあるラブストーリーが好きだからな。
けれども、胸に瞬龍が埋め込まれてからはそう言うのは避けて生活してきた。
そんな俺に、この状況は酷と言うものだろう。
だけど、弱音をはいている暇はないぞクレハ。お前が一瞬ためらっているうちにサラが俺たちに、鈴が死に一歩近づくんだ。
覚悟を決めろ、男を見せろ俺!
鈴の寝ているベッドの脇に方膝ついてしゃがむ。
この時点でもすでに痛いほどに心臓が脈打っているが、それでもまだ足りないらしい。
気を失い、苦しんでいる鈴にこんなことをするのは罪悪感で死にたくなるが、俺はこの事を鈴には告げないつもりだ。告げたが最後、俺はこいつの前では普通でいられなくなる。
父を殺し、その娘にまで手を出す奴として、俺は自分が許せなくなる。
鈴の右肩を見る。
痛々しく、俺の弱さが招いた傷だ。
だから、それを治すために俺はするぞ。
へんな感情なんか一切ない、治療の一環としての――――――口づけを。
そして俺は、起こさないように静かに
鈴の唇は、冷たくて、柔らかくて、花弁のように小さくて、とても悲しい感触がした。
そこから火が点くようにして俺の心臓が爆発のような鼓動をうち始める。
そして、遂に発動した。
――――過剰な脈拍の上昇を、脳内アドレナリンの分泌を感知。Bシステム、
起動します。
・・・・さっき俺はこの事を告げないといったが、あれの本当の理由は、たぶんきっとこいつのファーストキスをこんな形で終わらせたくないからなんだ。
愛情や恋愛感情なんてこっ恥ずかしいものなんて一切ない。女子に対して余りにも失礼な行為。
あるのは人命救助というとても尊い行いに対する気持ち。
覚えてないなら好都合。
俺に構わず鈴は一夏とイチャついてりゃいいさ。
いや、それもなんかイラッと来るのは何でなんだろうな。
わからねぇや。
@
「・・・・あら? 凰さんはどうしたのかしら?・・・・・って、あなた、なってるわね」
俺は大通路に姿を表したサラを見つけ、医務室を守るように立つ。
「意外ね。貴方に
「・・・・・」
俺は、何も言わない。
今はまだ、鈴の生死がサラの中で不明な状態を保つだけでいい。
「・・・・よく俺がBシステムを起動させているって分かったな。参考までに教えてもらっていいか?」
俺は弾切れになったライフルを収納し、代わりに「流桜」を展開させ、所持弾数をチェックした。
「・・・・感覚よ。今のあなたは始業式の夜に見せたあの時や、セシリアとの試合が終わったあと、セシリアの肩を抱いたときと同じ感覚がするのよ」
・・・・
サラは感覚どころか、俺がBシステムを使っているか判別する能力だって持っていない。
俺と鈴が初めてサラと交戦したあの通路での出来事。
サラはISを剥ぎ取るあの機能を俺ではなく、鈴に使った。
Bシステムを使っているか判別できるなら、あの時は鈴ではなく、俺のISを剥ぎ取るべきだった。
それをしなかったと言うことは、脅威度の判断がつかなかった。つまり判別できなかったと言うことだ。
そして、鈴のISを消したときに俺が慌てたため、システムが停止し、発動条件である特定のISが甲龍だと判断できた、と言うところだろう。
だから鈴を戦えなくした。俺のBシステムの発動を防ぐために。
つまり、さっきの皮肉も、俺の回答を促すハッタリなのだろう。
俺はまんまとそれに引っ掛かって、発動状態であること言ってしまったわけだ。
人を弄るのが上手いなやっぱり。
しかし、今となってはもう関係ない。
俺はサラを倒し、甲龍を取り戻す。
それが俺の、いや俺たちの勝利条件だ。
「お喋りはこの程度にして、早く終わらせましょう。お互いの大事な人を殺した相手との決闘を」
・・・・・別に鈴は死んだ訳じゃないが・・・・。
まあいいや。今だけ死んでる扱いで。活きがいいとうるさいし。
「ああそうだな。だけどサラ、お前は殺すつもりで来るといい。じゃなきゃ俺がお前を殺してしまう」
その言葉にイラッと来たのか、サラは額に青筋を浮かべた。
「減らず口をッ!」
サラが床を蹴り、もうスピードで俺に接近してくる。
得物は先程と変わらず両刃剣が一刀だけ。
「だったら俺もこれだけで相手してやるよ」
流桜を消して、時穿を両手で構える。
俺も自ら前に出てサラとの近接戦に入る。
サラの狙いは極めて正確。
超高速の突きが体の急所を次々と襲ってくる。
払いのけるより、かわしたほうが早いので俺は突きの一つ一つを丁寧に『見て』かわす。
しかし・・・・。
バシュゥッ!
圧力の抜ける音がして、俺の動きが強制的に止められた。
焦って足を見ると、両足の装甲が起動限界を越えてオーバーヒートしていた。
(やっぱり連戦はキツいか・・・!)
サラは俺に起こった事態を認識するとチャンスとばかりにその顔をニヤリと歪めた。
迫り来る
だったら・・・!
俺は突きが当たる一瞬前に両腕からサラの背後に衝撃砲を二発、微妙にタイミングをずらして放つ。
サラはそれに驚いたらしく、動きを止めた。
「・・・・・なに? 驚かせて動きを牽制したつもり? だけど・・・・」
いや、狙いは正確だ。
俺には見えている。
一瞬早く打ち出した砲弾にぶつかって、跳ね返ってくる「エネルギーは小さめ、速度は速く」の二発目が!
「くがっ!?」
サラの背を衝撃砲が襲う。
やった!湊の真似だけど出来たぞ。
ビーム兵器の
「つぅ・・・でも、この程度で・・!」
サラ、もう遅い。お前は集中を切らして、周りを警戒できていない。
だから・・・。
「――――――どの程度なら効くってのよ?」
背後に立った鈴が、サラに衝撃砲を放つ。
よし、上手く展開できたみたいだな!
凛と立つ鈴は今、消失したはずの甲龍を展開している。
考えてみれば変な話だ。
通常兵器どころか、ISとの戦闘でも破壊されないISコアが、意図も簡単に消失したのだ。
だから甲龍は破壊されたのではなく、サラが持っている、或いはサラのIS「サニーラバー」の拡張領域に変換転送されていると思ったのだ。
それで、試しに通常起動ではなく、ISを遠隔起動する緊急展開でやってみろと言ったのだが、無事に取り戻せたみたいだな。戦う術を。
「凰・・・鈴音・・・・ッ!」
衝撃砲を至近距離から浴びせられて動けないサラに、俺は流桜を突きつける。
絶対防御なんて発動しないように、ちゃんと額に銃口を触れさせる。
「終わりだよ、サラ。俺、お前とはいい友達に慣れると思てたのにな」
「・・・バカを言わないで。・・・・わたしは、貴方が大ッキライよ・・・」
「そうか」
別に俺は好き嫌いの話をしてるんじゃなかったんだが、そう言われるとちょっと悲しいな。
「で、こいつどうすんのよ? あたしとしては傷の件もあるし、千冬先生にコッテリ絞ってもらいたいんだけど」
「いや、どっちにしてもそうなるだろ。ISでの殺人未遂だぞ。罰を受けないハズが・・・・」
その時だった。
突如横から一筋の粒子砲が放たれ、俺たちは反射的にそれを避けた。
―――サラをおいて。
「・・・・油断したようね柊クレハ。凰鈴音。逃げることになるのは本当に遺憾なのだけれど、次の機会があるだけまだマシだわ」
外からの砲撃らしく、外装を突き破って放たれたビームに巻き上げられた土煙が晴れると、底には例の黒い全身装甲のISに抱えられたサラが捨てぜりふを吐いていた。
「待て! お前は本当に双龍から来たのか!? 双龍ってなんだ!?」
「――――双龍とは世界を変える・・・・・・神様よ」
サラはそう言い残すと、無人機に抱えられ、アリーナから脱出した。
残された俺たちに通信が入る。
『・・・・おい、無事か・・・? おい、無事か柊と凰!』
千冬さんだ。
「・・・・はい。柊です。通信復旧したんですね」
『何が復旧したんですね、だ! すでにそのブロック以外は完全に復旧している! 何があった!?』
「・・・・いえ。ちょっとアリーナ内の安全を」
「安全? ふざけ・・・・・いや、だったら早く戻ってこい。みんな心配してるぞ」
「・・・・はい。今から出ます」
通信を切る。
鈴は俺の顔を心配そうに見てくる。
サラのことを言わないのを不思議に思ったのだろう。
「・・・・・神様、か」
なぁサラ、その神様は死人を生き返らせてくれるか?
こうして、クラス対抗総当たり戦二日目は終わった。
もう一話だけお付き合いください。