「ひーふーみー、行くよ」
「ワン!」
「ワン!」
「ワン!」
午後8時30分。真美は精霊を頭の上に乗せると戸締まりを確認してから家を出た。
楠木公園は真美の家の近くにある商店街を抜けた先にある小さな公園だ。待ち合わせの時間までは30分もあるが、いろいろと考えながらゆっくり歩くにはちょうどいい時間だろう。いつも散歩している真美はそこら辺の時間感覚には鋭いのだ。
「.......ん、まだ寒い」
もう4月の終盤といってもこの時間帯はまだ肌寒かった。頭の上だけポカポカと暖かいのはやはり三つ首のもふもふのおかげなのだろう。真美は少し考えてから、寒さを凌ぐためにひーふーみーを頭から降ろして胸に抱いた。途端に身体が暖まってきたので、そのまま商店街を歩き始める。
「あんたたち防寒器具みたい。すごい便利ね」
「ワゥン?」
「ワン!ワン!ワン!ワン!」
「クー、クー.......クシュッ!」
「ちゃんと話聞いてくれるのはひーだけね、まったく」
「ワン!」
「ひゃ、わ、やめてよふー、いきなり舐めないで」
「ワンワン!ワオン!」
「なに?自分もちゃんと聞いてるって言いたいの?」
「ワン!」
「それならもう少し静かに聞きなさい。すぐ吠えないの」
「ワオオオオオオン!!」
「これは躾とかしたほうがいいのかな?」
幸い、こんな時間だからか誰かとすれ違うこともなかったので、ひーふーみーを見られることなく商店街を抜けられた。そしてまた少し歩き、目的の楠木公園に到着した。スマホで時間を確認すると今は午後8時50分。もう少し早く到着するつもりだったが、予想以上にひーふーみーとの会話に夢中になっていたようだ。
いつまでも立っているのもあれだったので、公園のブランコに座って待つことにする。すぐに暇になったので、ひーふーみーを頭に乗せて限界まで高くこいだりして時間を潰す。そうしてまた少ししてからスマホを見ると時間はとうに9時を過ぎていた。
だが、公園に社の姿はまだなかった。
「.......何を期待してたんだろ、私」
思わず呟く。すると頭の上で三つに重なったクゥーンが聞こえた。真美は軽く笑ってから三匹の頭をそれぞれ撫でた。
「大丈夫だよ。確かに少しは期待してたけど、少しだけだから」
そう口にした途端、昼間に携帯を取る時に起こった苦しみがもう一度現れた。
だが、これは社が悪いわけではない。他の誰も悪くない。悪いのは、あの時遅かったとはいえ、しっかり役目を果たそうとした社を突き放した真美だ。
だから、
「だから、私が泣くなんて駄目、なのに.......!」
瞳から勝手にこぼれる涙を意識し真美は思う。社が来なかっただけで、こんなにも辛くて、こんなにも苦しいだなんて。
ただ約束をして、それを破られただけ。そう頭では理解しているのに、どうしても涙は止まらなかった。
「なん、で、なんでよ!どうして来てくれないの!?約束したじゃない!」
真美の声が闇夜に響き渡る。だが応える声はなくて。その事実がさらに彼女を追い詰めた。
だから、だろうか。真美は気付けなかった。こちらに向かってきている足音に。
「はぁ、はぁ、や、やぁっと着いたぁ!まーちゃんたら、私の知らない場所を待ち合わせにするんだもん!って、あれぇ!?なんで泣いてるの!」
「.......ふぇ?」
顔を上げる。そこには少し見慣れてきた感じがある銀髪少女がいた。
社は最初驚いた表情をしていたがすぐに優しく微笑むと、着ていたコートからハンカチを取り出して真美の涙を拭いた。
「まーちゃん、もう一度だけど、本当にごめんね。私はあなたに取り返しのつかないことをしちゃったよね」
「.......違う」
「え?」
「あんたは遅くてもしっかりと役目を果たそうとしてくれた。なのに、私は『誓い』を言い訳にしてあんたから逃げて。だからーーーー」
真美はそこで一度言葉を切って、社の瞳を見つめる。そして、言葉を続けた。
「ーーーーごめんなさい」
口にしたと同時に、真灯真美は心の中で『なにか』が壊れるのを確かに感じた。それと同時に心を温かい『なにか』が包み込んだ。初めて感じる、だけど少しも嫌ではない感覚だった。
社は目を数回ぱちくりさせた後、頭を傾げてからまた数回目をぱちくりさせる。そして、
「ま、まーちゃんがデレたあああああああああ!?」
思いっきり叫んだ。その姿に真美はつい吹き出してしまった。
「ふふ、星城さんったらなにそんな叫んでるのよ」
「な、なにどうしたのまーちゃん!」
「ちょっとね。『誓い』を守ることに敏感になりすぎて、自分の感情を殺すことはないかな、って」
「.......『誓い』?」
「まぁ、あんたになら話してもいいかな。他言なんてしなさそうだし。あのね、」
そこで真美の言葉は遮られた。社にではない。では何にか。
答えは簡単だ。真美が言葉を発した、その瞬間。
世界が停止し、夥しい数の花びらが真美と社を包んだからだ。
「タイミング悪いわね、ほんとに」
愚痴りながら周囲を見回す。久しぶりの樹海は、以前と何も変わらなかった。
だが、『奴ら』は違った。
社が目を見開いて呟く。
「今回は二体同時なんてね.......!」
そう。今回はバーテックスが二体同時に攻めてきたのだ。縦に並んだ巨大な無機物は不気味にこちらに近付いてきている。
まず前にいるバーテックスはなんだろうか、まるでイカに綺麗な布を何枚も巻き付かせた、とでもいうべき風貌だ。
その後ろにいるバーテックスはコマのような身体の中心に十字の物体。その周囲にさらに十個の鉤爪が生えている。鉤爪がウネウネと止まることなく動くのはかなり気持ち悪い。
社がスマホの画面を確認しながら言う。
「えーと、あのイカモドキが『乙女座』、後ろのが『射手座』だって!」
「『乙女座』と『射手座』。どこら辺がどう女の子と弓矢なんだろ」
「ほんとだよ~....そういえばさまーちゃん。さっきなにか私に言おうとしたよね?」
「あー、長いからこれが終わったら話すから。だからその、聞いてくれる?」
「もっちろん!だって私はまーちゃんの『友達』だからね!」
「.......そっか。じゃあさっさと倒しますか」
漆黒のスマホを取り出して、頭の上に掲げる真美。クロユリが表示された画面をタップして花びらに包まれる。
花びらが開けると、真灯真美は最強の『魔王』となった。隣で『勇者』となった社が純白の鉄扇を構えて叫ぶ。
「私はみんなを守る勇者になる!!」
真美も黒の片手剣をバーテックスに突き付けて、冷笑と共に言う。
「さぁ、魔王の凱旋よ。ひれ伏しなさい」
弾丸のような速度で飛び出す二人の少女。それに反応して、今まで緩慢としたバーテックスの動きが鋭くなる。『射手座』の十字の中心に赤い光が集まり、真上に打ち出される。光は上昇する途中で数本の光に拡散して、弧を描くように曲がった。
狙いはもちろん真美と社。だが真美は慌てずに剣を振るって光を打ち消した。
「星城さん、まずはどうするの?」
空中で目は真っ直ぐバーテックスを睨みながら真美が社に問い掛ける。一ヶ月間、一度も話したかったのに、こんなに簡単に話せてしまった。そう考えると、思わず笑みがこぼれるのを社は感じた。
「どうしたの?」
「んーん!なんでもない!じゃあ後方支援から破壊しよう!それからあのイカモドキ!」
「りょう、かい!!」
さらに真美の速度が上がる。何もしてこない『乙女座』は無視して、『射手座』に肉薄する。
「あああああああああ!!!」
鉤爪に向けて剣を振るう。しかし、キイイイイイン!という甲高い音が鳴り、刀身が弾かれてしまった。
体制が崩れる。同時に、鉤爪の切っ先その全てが真美に向けられる。先程と同じ赤い光が切っ先に集約されていき、放たれる。
「やば.......!」
剣の刀身で防御するが、それでも全てはカバーできずに残った数本が精霊によって防御される。だが外傷は避けられても衝撃は防御できない。そのまま樹海の中に消えていった。
「まーちゃん!このおおおおお!!」
遅れて『射手座』に辿り着いた社も舞うように鉄扇を振るう。狙いは十字部分、その中心だ。
「きゃあ!?」
謎の感触と共に社の視界がブレた。見ると、左足首に白い触手が絡まっていた。鉄扇で触手を絶ち切ろうとするが、リーチが僅かに足りない。社は舌打ちする。これでは一方的にやられてしまう。
そして、その予測は間違っていなかった。『射手座』の十字に赤い光が集束、今度は分裂せずにそのまま放たれた。
「.......!くりゅうううううううううううう!!!!!」
主人の命令に従って純白の飛竜が光の閃光を阻む。社はくりゅーの後ろで歯噛みしながら考える。
「(支援と主砲が逆だった!?しまった、勝手に思い込んじゃった!!)」
しかし今さらもう遅い。閃光は以前くりゅーが防御しているので、社は動くことができない。そのことに気付いた背後の『乙女座』の触手が社の身体を縛っていく。鉄扇で叩き切ろうとするが、動かそうとした瞬間触手に捕まる。このままではまずい。そう考える社だったが。
「社をおおおおおおおお、は、な、せええええええええええええ!」
強烈な咆哮と共に真下から飛び出した真美が社を捕らえた触手を斬り下ろした。
「ま、まーちゃん!ありがと!」
「しっかりしなさい!後衛やら前衛やらはもう関係ない、どっちも叩き斬るっ!!!」
真美は連続で『乙女座』の布を剣で斬りつける真美。そのダメージもすぐに修復されるが、数秒動きを遅らせることができた。
「貫く!!」
剣の切っ先を『乙女座』に突き付ける。前回の『魚座』のように『御霊』ごと破壊するのだ。
「.......私も負けてられない!!散らす!!」
鉄扇を縦横無尽に振るい、光を左右上下に撒き散らしながら少しずつ前に進む社。真美も雄叫びを上げながらさらに刃を突き立てる。
「私は、世界を守るーーーー」
「私は、私のためにーーーー」
この時、星城社は心から嬉しいと思っていた。真美とこうやって協力して戦いたかったからだ。だからこそ、この戦いは負けられない。絶対に。
「勇者になる!!」
「魔王になる!!」
二つの轟音が同時に樹海に鳴り響く。一つは真美の刃が『乙女座』を貫き、もう一つは社の鉄扇が『射手座』に直撃したからだ。その衝撃で地面に落ちていく二体のバーテックス。だが油断せずに剣を構え直して真美が言う。
「ごめん、『御霊』破壊できかった。少し狙いが逸れたわ」
「それよりもさっさと追撃しよう!」
「.......なんだか今日の星城さんは頼もしいわね」
「そう?まぁ私は勇者だからね!ほら、いこーーーえ?」
社の言葉が途切れる。何故なら、赤い幾千もの光が社と真美目掛けて飛来してきたからだ。その時、社は見た。地面に落ちていく『射手座』の鉤爪と十字が赤く光っているのを。
「しまっ.......!?」
そして、二人の少女が赤に呑み込まれた。
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