いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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※以下に注意

 ┌(┌^o^)┐



第八十五話「蘇る変態(下)」

 

 

「……ここは?」

 

 ブラックホールのような穴に吸い込まれた俺たち。気が付けば先程の広大な宇宙から別の場所に跳ばされていた。

 飛ばされた先は畳張りの広い空間で、パッと見た感じ、お寺の本堂のような所だ。正面には本尊を安置する煌びやかな装飾が施された場所がある。ただ、安置されているのは肝心の仏像や経典などはなく、"自由"と妙に達筆な字で描かれた掛け軸だ。お坊さんが見たら激怒するんじゃないか?

 

「……なでしこ? ようこー?」

 

 周囲になでしこたちの姿はない。二人を探すため本堂から出る。

 廊下の床一面に敷き詰められた木の板はピカピカに磨かれており、縁側から見える庭には微かに青色を帯びた砂利が敷き詰められ、所々飛び石がある。

 ここは赤道斎が用意した場所、つまりは敵地のど真ん中だ。いつ、どこから敵が現れるか分からないため、いつでも戦えるようにしなければ。

 

「……創造開始」

 

 作り出したのはいつもの二尺三寸の刀。

 愛用している無銘の刀を手に、周囲を警戒しながら廊下を歩く。

 

「……いないな」

 

 通りかかった部屋は全て確認しているが、今のところなでしこたちの姿は確認できない。もしかしたら、まったく別の場所に跳ばされたのかもしれないな。

 いくらなでしこたちが強いからと言って相手はあの変態魔導士。どのくらいの実力を秘めているのか分からないが、数々の強力な魔導具を作成したのだから要警戒すべき相手だ。早く合流しないと……。

 今のところ敵に遭遇することもなく、ただ黙々と無人の探索する。庭に出てその先にも行ってみたのだが、どうやら空間がループしているようで、元の場所に戻って来てしまうのだ。

 正門らしき場所はあるのだが扉は固く閉ざされており、塀を乗り越えても再び敷地内のどこかに出てしまう。どこかに脱出の手がかりがあるはずと思い、部屋の一つ一つをしらみ潰しで探っているのだが、中々進捗状況は芳しくない。

 

「……ヤバイな」

 

 実は俺、こういう謎解き系が大の苦手。ゲームでも謎解き要素がある場合、絶対攻略サイトを見るもの。

 俺ってどっちかというと脳筋キャラだからなぁ。物理的に空間を閉鎖しているなら力技でなんとかなりそうだけど、空間を弄っていると難しい。まだ俺の力量では空間をぶった切るような真似は出来ないし。俺が修めている術も状況を打破できそうなものは残念ながらない。

 となると、地道に正攻法で行くしかないのだが、謎解きが苦手な俺がここを脱出するのにどのくらいかかるだろうか。その間、なでしこたちに脅威が迫るかもしれない。

 言い知れない焦燥感が背筋を這う。

 無人の部屋を出た俺は、一旦本堂に戻ることにする。

 すると、どこか遠くで玉砂利を踏みしめる音が聞こえた気がした。

 

(……いや、気のせいじゃない!)

 

 間違いなく誰かいる。それもこっちに近づいているようだ。

 玉砂利を踏みしめる音が徐々に大きくなっていく。しかも走っているようでその感覚は短い。

 ようやく状況が動き出したことに嬉々とした感情を抱いた俺は、敵と思われる場所に自分から向かった。

 果たして、そこにいるのは――。

 

「おおっ、川平!」

 

 まさかの仮名さんだった……。

 一瞬、赤道債かと思ったが、いつもの白いトレンチコートにスーツ姿なので多分仮名さん本人だろう。

 全力疾走している仮名さんは、俺の姿を目にすると「九死に一生を得た!」と言わんばかりに顔を輝かせた。そんな彼の背後には――。

 

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空!」

 

 なんか鎧武者が般若心経を唱えながら追いかけてるし!

 赤い兜に甲冑と、まるで戦国時代の赤備え姿の鎧武者。鈍い光を放つ大太刀を手に遮二無二に振り回しながら仮名さんを追っている。

 大音声で般若心境を唱えながら。

 

「助けてくれ川平ぁ!」

 

「なんでこっち来る!」

 

 仮名さんがこっちに来るから当然、鎧武者もこっちに来るわけで。

 

「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色!」

 

 ひぇっ!

 般若心境を唱えながら刀を振り回す鎧武者! 顔全体を覆う総面と呼ばれるお面をかぶっているから表情は見えないし、めっちゃ怖い!

 思わず俺も一緒に逃走の一択を選択してしまった!

 

「なんでここにいる!?」

 

「それは私が聞きたい! 気が付けばここにいたんだ!」

 

「とにかく、中に! 中なら振り回せない」

 

 建物の中であれば障害物もあって好き勝手に刀を振り回せないだろう! 俺も刀装備だけど、あの武者が持ってる太刀って優に二倍近くあるぞ!

 斬馬刀のようなべらぼうに異様に刀身が長く、分厚い刀を片手で縦横無尽に振り回すのだから、それだけで脅威だ。

 建物の中に入り、狭い廊下を走る。壁や柱があるここなら奴も制限されるだろう――と、思っていた時期がありました。

 

「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至無意識界!」

 

 止まらない! 全然止まらない!

 寺の中であっても「建物? 知ったことか!」と言わんばかりに太刀を振り回し、壁や柱を破壊しながら後を追ってくる。やべぇ、このままだと先に寺が崩壊するかもしれん!

 

「川平どうする!?」

 

 逡巡は一瞬だった。

 

「――迎え撃つ!」

 

 建物の中で戦えば崩落してしまう可能性があるため、広い中庭に向かう。

 これまで見たことのないタイプの敵だったので少々呑まれてしまったが、もう大丈夫だ。啓太は正気に戻った!

 こっちには仮名さんがいるし、数的に有利だ。挟撃すればいけるやろ!

 

「依般若波羅蜜多故!」

 

 中庭に出た俺たちは、意を決して遅れてやって来た鎧武者と対峙する。

 

「仮名さん!」

 

「応! エンジェル・ブレイド!」

 

 仮名さんが愛用する武器はメリケンサック状の魔道具で、親指方向から霊力で構成された刃を出現させるものだ。

 白い霊力の刃を上段に構えた仮名さんが雄たけびを上げながら突撃する。同時に俺も走り出し、背後に回り込む。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉ!」

 

「無罫礙故 無有恐怖!」

 

 遮二無二に振り回す霊力の刃をその大太刀でいなす鎧武者。武者だけあって刀の扱いは上手く、まるで本物の武士のように捌き、いなし、返す刀で反撃する。しかも斬馬刀並みに分厚く、長い大太刀を小枝のように軽々と振り回しているのだ。

 仮名さんもなんとか太刀を受け止め、躱してはいるものの、衝撃までは受け流せない。劣勢に追いやられていく仮名さんを助太刀すべく背後に回り込んだ俺は、不意打ちを仕掛けた。

 狙うは首筋。首回りを守る兜のしころ部分だが、奴の場合は短く頸椎を狙える!

 ちなみに背後から攻撃する時、気合の掛け声を上げるのは厳禁な! 攻撃のタイミングを教えているようなものだから!

 

「得阿耨多羅三藐三菩提!」

 

「……チッ」

 

 だが砂利を踏む音は誤魔化せなかった。不意打ちの気配を感じた鎧武者は、振り向き様に横薙ぎで一閃。

 屈んで回避した俺は咄嗟に刀を奴の足の甲に突き刺した。

 

「故知般若!?」

 

 脛当てはしているが、靴は防御力が低い草履のようなもの。難なく刃は通り、奴の足を地面に縫い付けた。

 振り下ろされる凶刃を転がって回避し、短刀を創造してもう一丁! 両足を縫い付けてやったぜ!

 

「是大明呪……!」

 

「――仮名さん!」

 

「任せろ川平! エンジェル・ブレイ、どぉぉぉ!?」

 

 その場を動けない鎧武者。飛び退いて離脱した俺は、仮名さんにすべてを託すぜ。

 俺の意を組んでくれた仮名さんが意気揚々と駆け出す、のだが――。

 

「あ」

 

「あ」

 

 飛び石に足を引っ掛けてしまうというアクシデントが発生。上段で振り下ろすはずの軌道がズレ、霊力の刃は鎧武者の臀部に突き刺さった。いや、臀部というか……うん。運悪く、肛門に……。

 ぷるぷると鎧武者が震えている。総面を付けているから表情は読めないのだが、とてつもなく何かを我慢しているように見えた。

 

「はんにゃしんぎょう……」

 

 そして、鎧武者は力尽きたように倒れ込んだ。最期の言葉は流石に力がなかったね……。

 なんとも言えない空気が流れ、俺も仮名さんもしばらく無言になってしまうが気を取り直す。

 鎧武者には申し訳ないが、なんであれ敵を倒したんだ。もしかしたら、ここから脱出できるかもしれない。

 そう思った矢先だった――。

 

「妙法蓮華経 序品 第一!」

 

 爆音を響かせて縁側近くにある部屋の障子が吹き飛んだ。そこから現れたのは、別の鎧武者……! しかもあいつ、ロケラン装備してるぞ!

 鎧は先程の武者同様に赤備えだが、装備は大太刀ではなく、何故かRPG7。はい、ゲームでお馴染みのロケットランチャーですよ!

 ちょ、鎧武者の癖して現代兵器は反則やろ!

 

「逃げるぞ川平!」

 

「合点!」

 

「如是 我聞 一時 仏住 王舎城 耆闍崛山中 与大比丘衆万二千人倶!」

 

 ていうか、こいつは妙法蓮華経かよ!

 さっきの鎧武者といい、完全に殺しにきてるよコイツら!

 

 

 

 1

 

 

 

 閉ざされた寺院の中で、ロケットランチャーをぶっ放してくる鎧武者から必死に逃げ惑う啓太と仮名。

 寺の柱や壁が破壊されるが、ある程度寺院が損壊すると自動で修復されるため建物が崩壊することはない。

 必死に戦略を練りながらどうにか破壊の魔の手を攻略しようとする啓太たちを、赤道斎と名乗った大魔導士は半目をさらに細めて眺めていた。

 

「ふむ。川平啓太に関してはもう少し足止め出来そうだな。不遜な我が子孫もいることだし、思いの外、計画は順調に進みそうだ」

 

 現在、赤道斎が居を構える場所は、広大な宇宙が広がる空間ではなく、ゴツゴツとした岩肌に囲まれた洞窟。東京ドーム一つ分に匹敵するほどの広さを誇るそこは、一見すると自然が作り上げた大鍾乳洞のように見えるが、中央を基点に等間隔で円状に広がる巨大な柱や、赤道斎が立っている場所――中央に祭壇めいた壇が置かれているため、明らかに人工的に作られた空間であると分かる。

 中でも異様な存在なのが、祭壇のような壇の後ろに鎮座している巨大な機械のようなものだ。複雑なメーターやレバー、計器、歯車が節操なく取り付けられ、一つ一つのパーツが馬鹿デカい。

 啓太たちの前に出現したコンピューターのような機械。それを何倍にも大きくしたものが、デンッと鎮座しているのだ。十メートル四方はあるだろう。

 上部に取り付けられている大型のパネルに、文字が映し出される。

 

『ほな、ますた~。本格起動するっちゅうことでええのん?』

 

「うむ。頼むぞ大殺界」

 

『了解や。ほな起動準備に入りまっせ』

 

「これで私は完全なる復活を果たすことが出来る。長かったか、あるいは短かったか……なるようにしかならんな」

 

 赤道斎の前には拳大ほどの群青色の水晶玉が浮かんでおり、空間に投映する形で啓太たちの状況をリアルタイムで鑑賞していた。

 赤道斎が指先をくるっと旋回させると、水晶玉が一回転して、別の場所を空間に投映する。テレビの二画面設定のように左右で別々の場所を映し出していた。

 パチンっと指を鳴らすと映像に鮮明な音声がプラスされる。

 

「いやああああああああ~~~~!」

 

 右側には幼い子供部屋のような場所が映し出されていた。ベビーベッドに、その真上には子供をあやすためのカラカラと回るおもちゃ。壁には☆や〇、□といった様々な図形がペイントされた壁紙が貼られている。

 映画に出てくる典型的な子供部屋。そんな場所に美少女が一人。それも、絶望の表情を浮かべて、緑色の長髪を振り乱している姿があった。

 赤道斎と因縁を持つ、ある大妖怪の娘。金色のようこ。

 啓太と契約を結び、彼の犬神として生きる道を選択した変わり者。そして、今では啓太の相棒にして恋人である。

 その辺の妖怪とは隔絶した力を有する彼女だが、今やその面影は無に等しい。涙を流し、生娘のようにイヤイヤと首を振るその姿は、ただの少女そのものだ。

 ようこの周囲には悪魔のようなケダモノたちが群がり、荒い息を繰り返している。体を擦り付け、汚汁を飛び散らしながら、必死に腰を振りつける。

 そんな悪夢のような状況に、まるで強姦被害にあった女性のような反応を示すようこ。真っ当な人であれば真っ先に警察へ連絡をするべき事態である。

 しかし、赤道斎はそんな悲惨な現場であるにも関わらず、眉一つ動かさず鑑賞を続ける。

 そして、この一言。

 

「……金色のようこは、犬が苦手なのか?」

 

 そう、彼女に群がるのは可愛らしい犬であった。

 マルチーズやチワワ、トイプードル、ポメラニアンなどの小型犬から、コーギーやシェットランド・シープドッグ、柴犬、ビーグルなどの中型犬。さらにはゴールデンレトリーバーやシベリアン・ハスキー、ダルメシアンなどの大型犬まで様々な犬に囲まれていた。

 皆、人懐っこい犬であり、本人――本犬?――たちは「遊んで遊んで!」とじゃれているのである。犬好きからすれば天国のような空間である。

 しかし、ようこからすれば、此処はこの世の地獄であった。なにせ、彼女が一番苦手とするのがまさに、犬なのだから。

 

「ケイタぁぁぁ……! なでしこぉぉぉ……! 誰でもいいから早く助けてよぉぉぉぉ~~!」

 

 彼女に出来ることは、ダンゴムシのように丸まり、ジッと耐えることであった。

 殻に閉じこもりプルプルと震えるようこに群がる犬たちを半目で眺めていた赤道斎は、小さく頷いた。

 

「この様子であれば金色のようこも問題なさそうだな」

 

 次いで隣の画面に視線を移す。

 そこには啓太のもう一人の相棒である犬神の姿があった。両端だけ肩に掛かった桃色のショートボブ。翡翠色の瞳。綺麗、というより可愛らしい顔立ち。ようこ同様に啓太の恋人にして彼の犬神、なでしこである。

 場所はようこがいる子供部屋ではなく、なぜか公民館のこじんまりとした小さなプールだった。プールは人で賑わい、楽し気な声に包まれている。

 春なのに夏のような強い日差しが照り付ける中、いつものメイド服のような恰好に身を包んだなでしこは、目の前の光景に顔面を蒼白にしていた。

 信じがたい光景を目の当たりにしてしまい、愕然としてしまっている。開いた口が塞がらないとはまさにこのことで、小さく開いた口の隙間から白い歯が覗き見える。

 彼女がここまで衝撃を受ける理由。それはプールサイドにある。

 

「け、啓太様?」

 

 視線の先には、彼女が愛してやまない主の姿があった。

 なでしこが記憶している限りだと、今日の啓太の恰好は仕立ての良い黒のジャケットにジーンズ姿だったはずが、今は黒の海パン一丁となっている。

 恰好が変わっているのは別にいい。プールにいるのだから水着に着替えたのかもしれない。それはいい。

 しかし、しかしだ……。

 

「相変わらず、良い体をしているな川平」

 

「……そういう仮名さんこそ、よく鍛えられてる。この大胸筋、とっても逞しい……ポッ」

 

 なぜ、啓太の隣にこれまた海パン姿の仮名がいて、妙に仲良さげに密着しているのだろうか?

 なぜ、啓太は艶めかしい顔で頬を染めているのだろうか?

 なぜ、仮名はキランと歯を輝かせて啓太の腰に手を回しているのだろうか?

 ぐるぐると不可解な疑問が頭の中を廻り、ねでしこを混乱の坩堝に誘っていく。

 しかも――。

 

「あの少年、なかなか可愛いじゃないか」

 

「いいケツしてるじゃないか」

 

「おいおい、いいのかここに来て。俺はノンケだって食っちまう人間なんだぜ?」

 

 プールにいる人間はなぜか皆、逞しい男性ばかり。ボディービルダーのような筋骨隆々のマッチョたちが自由にプールの中を泳ぎ回り、はたまたプールサイドで思い思いに日焼けしている。中には水球選手ばりの立ち泳ぎをしながら談笑しているグループまであった。

 男性ばかりというより、もはや男性しかいない。普通、女性や家族連れの客、カップルなどがいるはずなのだが、ここのプールは何故か逞しい男性一色で染まっている。

 漢パラダイスともいうべき場所に敬愛する主が一人放り込まれているのだ。なでしこの目には、狼の群れにかよわいウサギが放り込まれているような状況に見えて仕方ない。しかも、そのウサギが狼の一匹と仲良さげにイチャついているのだから、もはや訳が分からない。

 

「啓太様ー!」

 

 プールの入り口から大きな声で呼びかけるが、届いていないのか啓太は見向きもしない。

 まるで恋人同士のように仮名とイチャつく啓太。本当の恋人である自分にすら見せない顔を、男友達である仮名に向けるという現状に怒りすら通り越してめまいすら覚えた。

 べたべたと互いの体を触り合っていた啓太たちはやがて熱い視線を交わし合い――。

 

「啓太様ああああああああ~~~~ッ!!」

 

 むちゅううううっ、と熱烈なキスを交わす。

 

「け、けけ、啓太様が……啓太様が…………同性愛……うそ、こんなの夢よ……」

 

 受け入れがたい光景に血の気を失い、顔面を蒼白にするなでしこ。

 そんな彼女へ追い打ちをかけるかのように、事態は勝手に進んでいく。

 プールサイドで思い思いに過ごしていた漢たちが皆、プールに飛び込む。瞬く間にプール内が漢たちで埋め尽くされる水泳競技場。

 仮名は啓太を持ち上げると、そんな人一人分の隙間すらない漢プールに投げ込んだのだ。

 

「いやあああああああ! 啓太様ああああああああッッ!!」

 

 悲鳴を上げるなでしこを余所に、プール内の漢たちは啓太を胴上げし始める。立ち泳ぎをしながら胴上げをするという無謀な行動に筋肉は悲鳴を上げるが、漢たちは皆、歯を食いしばり笑顔を保ち続けた。

 胴上げをされる啓太はすごく嬉しそうで、それが余計になでしこの心にダメージを与えている。

 やがて、一際大きく啓太を空中に放り投げると――受け止めずに肉の海へと落とした。

 

「――きゅぅぅ……」

 

 最愛の人が漢プールに呑まれるその瞬間を目にしたなでしこは、ショックのあまり気を失うのだった。

 無力化したその様子を水晶玉経由で確認した赤道斎は満足げに頷く。

 

「うむ。ジョーは良い仕事をする」

 

『稼働率三十五パーセント。起動シークエンス開始。……ジョーの幻術は一級品やからなぁ。精神干渉して本人が苦手とするものを視せるなんて、えぐい能力や』

 

 赤道斎が作り上げた魔道具の一つ"躍動する影人形"は影を凝縮した、五十センチほどの黒い棒人形のような見た目をしている。ジョーの愛称で呼ばれる彼は幻を視せる能力を有し、以前、廃病院で啓太たちが見た怪奇現象の数々も彼が視せた幻影である。

 赤道斎からなでしこたちの足止めを命じられたジョーは【(^∇^)vブイ!】と吹き出しを表示して、任務を全うした喜びを露わにした。

 

「ん? ほう、"仏言の武者"をすべて倒したか」

 

 独りでに水晶玉が一回転し、啓太たちの様子を投映する。

 丁度、足止め用の魔道具をすべて撃破したようで、最後の一体に止めを刺した啓太が大きく肩で息をしている姿が映っていた。

 

 


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