「……正直、関わりたくない……」
以前、奴と対峙した時の、あの熱視線は今でも忘れられない……。
露出狂というだけでも十分なのに、その上ショタコンという属性過多の変態。奴のネットリとした視線ががががががが!
「け、啓太様! お気持ちはお察ししますが、今は啓太様しか!」
「そ、そうだよ! 皆のピンチなんだから、一発ドカーンってやっつけちゃおうよケイタ!」
「…………じゃあ、アレの相手、する?」
「……」
一斉に首振るな!
まあそれは冗談だけが。流石にあんな変態になでしこたちを仕向ける訳にはいかない。
はぁ、また変態の相手か……さっさと終わらせよ……。
「フハハハハハ! 逃げ惑うがよい愚民ども!」
腰に手を当てて絶好調な様子の栄沢。股間からはマシンガンのごとく光の弾丸が連射され、次々とカップルの男性が奴の餌食になっていく。
しかもどういう訳か標的は全員男というね。あいつショタだけでなくゲイの気もあるんじゃないか?
「はぁ……行くか」
覚悟を決めた俺は、奴の前に躍り出た。
「むっ? き、貴様は、いつぞやの少年!?」
俺の姿に気が付い英沢の目がくわっと見開く。
「ふ、フハハハハハ! これは行幸! ここであったが百年目というやつだ! 今度こそ貴様に露出の良さを叩き込み、どこに出しても恥ずかしくない立派な露出卿にしてくれるっ!」
ショタコンである奴のボルテージが急上昇! 俺のモチベーションが急低下! 奴の汚い逸物が視界にチラチラ入ってくるんだよ!
くそ、集中できねぇ。俺の脳はモザイク処理を掛けられないのか!?
とにかくこれ以上被害を出さないようにしなければ。
いつものように刀を創造しようとするその時――突如、地震が発生した。
かなり大きく、まともに立っていられないほどの揺れで、思わず膝をつく。
震源地が丁度真下なのではと思うほどの激しい揺れ。建物のガラスが割れ、物が落ち、一般人たちの悲鳴がそこらかしこで上がった。
宙に浮いている英沢には地震の影響を受けないため、これを機に攻撃を仕掛けてきた。股間から射出される光に触れてしまうと、俺も素っ裸にされてしまう……!
揺れで上手くバランスが取れない。無様だが、転がってなんとか回避していると、英沢の真下のアスファルトが不自然に盛り上がるのが見えた。
「ん? なんだ?」
英沢も気が付き攻撃を中断して真下を見下ろす。
アスファルトを割り、地面の中から姿を見せたのは――ヘンテコな機械だった。
二メートル四方はあるであろう、正方形の形をしたコンピューターのような機械。レバーやメーター、計測器、歯車などがそこかしこに取り付けられていて、外装を外して剥き出しの内部を露出させたような見た目をしている。中央には液晶パネルが取り付けられていて、上部にあるランプが赤く点滅を繰り返していた。
ザ・マシーンとでも言うべきか、非常に男心を擽る見た目をしている。
『浮上完了や。続いて魔力リソース確保するでー』
パネルに表示された文字。魔力リソース? なぜ関西弁なんだ……?
この機械も栄沢絡みなのだろうか。コレが出現してから揺れも収まったし。警戒を怠らずいつでも動けるように身構えていると、ボコンっとアスファルトを吹き飛ばして再び何かが飛び出してきた。
(今度はなんだ? 筒? 棺桶?)
横幅が一メートルほど、高さが二メートルほどの鈍い光沢を放つ円柱状の棺桶のような筒が、地面から突き出ている。
その筒の正面がスライドして開くと、中から無数の鎖が飛び出し、英沢に絡みついた!
「な、なんだ!? くっ、離せ無礼者っ! 我は露出卿だぞ!」
抵抗するも凄まじい力で引き寄せられているようで、みるみると筒に引き込んでいく。
そして――。
「露出卿の我がこんなところで――」
カシャンッ!
小気味良い音とともに筒の中に閉じ込められてしまった。
俺も、なでしこやようこも、予期せぬ展開にあっけにとられている中、英沢を収容した筒はゴゴゴっと重い音とともに地面の中へ。
『よっしゃ! 魔力回復率基準値到達や!』
喜びを表すかのように、巨大な機械に取り付けられたランプが赤、青、白、黄色と激しく点滅する。
仮名さんに連絡した方がいいのかな? でもなんて言えばいいんだ? 突如出現した棺桶のような筒に栄沢が回収されちゃったんだ! ……自分でも何言ってるのか分からねぇ。
プチパニックに陥っていると、再びあの筒が現れる。ボコンっと勢いよく地面から突き出たその筒から、何やら妙な気配を感じる。
栄沢が放っていた怨念ではない。強い存在感とでも言うべきか、今まで感じたことのない気配だ。
カシャッ、と正面がスライドする。筒の中から濃い霧が出て、中を窺い知ることができない。
「……ふむ。三百年ぶりの外界か」
「仮名さん?」
筒の中からのそっと現れたのは、栄沢ではなく見慣れた顔の男だった。オールバックに撫でつけた黒い髪。彫りの深い端整な顔立ちに白い肌。百八十ほどの背丈。
どこからどう見ても明らかに仮名さんだ。匿名霊的捜査官の仮名史郎。俺のお得意さん。ただ、いつも着ている白のトレンチコートにスーツという恰好ではなく、藍色のローブを身に纏っている。目深に被ったフードから覗く顔は無表情で、半目がどことなく眠そうに見える。
急いでこっちに来るとは言っていたけど、どんな登場の仕方だよ!
『ますた~、復活おめでとさん! 調子はどうでっか?』
「大殺界か。うむ、全盛期の三分の一といったところだな。まだ魔力を集める必要がある」
『さいでっか。まあ三百年も経てば魔力が枯渇してまうのもしゃあないですわ』
「そうだな。だが、最低限の魔力は回復し、こうして再び日の目を見ることが出来たのだ。次こそは、我が大望を果たさん」
一体、仮名さんはどうしたんだ?
ちょっと話しかけ辛い感じがするけど、恐る恐る声を掛けてみる。
「……仮名さん、何してる?」
「違います啓太様! その者は――」
なでしことようこが駆け寄って来る。なでしこの顔は珍しく焦燥感に駆られた表情で、かなり切羽詰まった様子だ。
仮名さんの視線がこちらに向く。
仮名さんを覆っていた濃霧が少しづつ晴れてきた。上半身のローブは見えるが、下半身はまだ濃霧に覆われている。
「……犬神使い川平啓太とその雌犬一匹。そして、金色のようこか。今、相まみえるとは……これもまた運命か。
川平啓太。お前のことはよく知っている。ソクラテスが世話になっているな。感謝しよう」
「仮名さん?」
「仮名? ……ああ、我が子孫のことか。否、我は仮名士郎にあらず。我が名は――赤道斎」
そして、仮名さんを覆っていた濃霧が、完全に晴れた。それにより、今まで隠されていた下半身が露わになる。
濃霧の向こうにあった下半身。本来ならローブに隠されて見えないはずのそこは、不自然に切れていた。
うん、端的に言おう。こいつも、露出狂だよ!
ズボンはおろかパンツすら履いておらず、男の急所が丸見えの状態だ! しかもガーター付きのストッキングまで履いてる始末!
な、なんて凄まじい変態度だ……! なんか聞き捨てならない言葉を聞いたような気がするが、視界の暴力がヤバすぎてそんなこと吹っ飛んだぜ……!
「また変態!」
「いやあああ!」
新たな変態の出現に冷や汗をかくようこ。そんな彼女の肩にしがみ付きえぐえぐと泣き出すなでしこ。今までは気丈に振る舞っていたが、今度ばかりは耐えきれなかったようだ。
って、赤道斎? 赤道斎って、確か仮名さんが集めている魔導具の生みの親だったよな……?
え? これが赤道斎!? ただの変態やん!
1
「ここでは落ち着いて話も出来んな。場所を移すとしよう」
栄沢の変態活動や先の大きな揺れで人々は未だにパニックに陥っている。その騒々しさに半目をさらに細めた赤道斎と名乗った男は指を鳴らした。
パチンと綺麗な音が鳴ったかと思うと、いつの間にか俺たちはだだっ広い空間に移動していた。ようこの"しゅくち"のような転移魔術だろう。
連れてこられた場所は広大な宇宙そのものだった。暗黒の敷布の上に銀砂をばら撒いたような星屑。白金の煌めき。少し離れた場所ではミニチュアサイズの太陽が燦燦と輝き、その周囲を数々の惑星が周っている。
「お前たちを迎え入れるために臨時で作ってみた。まあ座れ」
クオリティの高い宇宙を前に良い意味で圧倒されていると、目の前に三つの椅子が現れた。見れば赤道斎は既に椅子に座っている。
言われた通り革張りのひじ掛け椅子に座る。赤道斎が足を組んでくれたおかげで股間を見えずに済むのは嬉しい。
「まずは礼を言おう川平啓太。お前のことはソクラテスを通じて見させてもらった。あの子を良くしてくれて感謝する」
そう言うと空間を歪めて、そこに手を突っ込む。
取り出したのは、なんとコケ子だった。
「……ソクラテス?」
コケ子の本名は意外と格好いいものだった。
「うむ。我が魔道具の一つ、ソクラテスだ。この子を通じて観察させてもらった」
さらっと犯罪をカミングアウトする赤道斎。え、なに当然のように言ってるの? それって盗撮及び盗聴ってことだよな?
ソクラテスもといコケ子は久しぶりに創造主と会えて嬉しいのか、元気にコケコケ鳴いている。
「……ところで、いい加減服着て欲しい」
足組んでるから見えないけど、いつチラ見してしまうかドキドキするんだよ!
俺の言葉にものすごい勢いで頷くなでしこたち。言われた本人は今さら気が付いたように呟いた。
「ああ、これは失礼した。ソクラテス、川平啓太は少々礼儀にうるさい男らしい。彼の好みにあった服を」
「コケー!」
木彫りのニワトリであるコケ子が一鳴きして羽ばたくと、ドロンと赤道斎の体を煙が包む。
「こんなものでどうかな?」
煙が晴れると、確かに赤道斎は服を着替えていた。藍色のローブ姿から現代風の仕立てのしっかりしたタキシード姿に。
だけど、そうじゃない。そうじゃないんだよ! 俺が言いたいのは――!
「ズボンを着る!」
なんで上半身だけタキシードスーツで下が丸出しなんだ! めっちゃ格好悪いわ!
俺の言葉にポンと手を叩く赤道斎。ようやく合点がいったか……。
「おお、そうだったな。これは失敬」
再度、コケ子が創造主を煙に包む。
「これでどうかな?」
「…………」
煙が晴れた後、上下ともにタキシードで身を包んだ赤道斎が現れた。
肝心の、股間だけ丸く切り取った姿で……!
「ダメだ、こいつ完全な変態だよケイタ……」
ようこの言う通り、どうあっても股間は丸出しにするつもりのようだ。変態の矜持とやらだろうか?
なでしこが赤道斎を直視しないようにしながら質問する。おそらく俺たち全員の疑問を。
「赤道斎、なぜ貴方ほどの大魔導士がそのような、えっと……奇妙な格好をされているのですか?」
「うん?」
今一度、自分の体を見下ろす。そして心底不思議そうに「……この格好は変か?」と口にした。ガクシ、と頭を垂れるなでしこ。
よーし、ここまで言って分からないなら、ドストレートに言ってやろうじゃないか。
「……なんでチ〇コ丸出し?」
「ケイタ!」
「啓太様!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに大きく拍手をするなでしこたち。そうだね、女性の口からチ〇コなんて言えないもんね。
これ以上ないほどドストレートに伝えてようやく、赤道斎は得心したように頷いた。
「ああ、そういうことか。これはな、戒めなのだ」
「どういうことですか?」
結構シリアスな感じですか?
半目をようこに向けると、彼女は感情の読めない視線に一瞬肩をびくつかせた。
「金色のようこ。お前の父には随分と辛酸を嘗めさせられたものだ」
目を見開くようこ。俺となでしこも驚いた。まさかようこの親族について言及するとは思わなかった。
これまで考えたことなかったけど、ようこやなでしこにも当然ながら両親がいるんだよな。なでしこはほにゃらら歳だから恐らく両親は他界しているだろうけど、ようこの方はどうなんだろう。
父の話を聞いたようこは食いつくように身を乗り出した。
「あんた……オトサンのこと知ってるの!?」
「ああ、よ~く知っているとも。奴とは浅はからぬ因縁がある。それもあまり良い思い出とは決して言えない。正直、奴の娘であるお前は気に食わぬので、我の襟巻にでもしたいのだが……川平啓太の縁者として特別に目を瞑ろう」
「なにを勝手なことを! あんたとオトサンの間に何があったか知らないし興味もないけど、売られた喧嘩なら買うよ!」
激高して今にも飛びかかろうとするようこにオロオロするなでしこ。赤道斎は表情を変えず静かな眼差しで眺めている。
小さくため息をついた俺は取り合えずようこをなだめた。
「ようこ、落ち着く」
「ケイタ……! でも」
「気持ちは分かる。今は抑える」
「…………ケイタがそう言うなら」
ぶすっとしながらも矛を収めたようこの頭をよしよしと撫でてあげる。そんな俺たちを赤道斎は興味深げに眺めていた。
「ほう。よく御しているな」
「……ようこじゃないけど、喧嘩売ってる?」
これ以上、俺の大切な家族を侮辱するなら容赦しない。本当なら俺も一緒にブチ切れたい気分なんだ。だが、赤道斎がわざわざこんな場所まで用意して対談しようとするのだから、なんとか堪えている。
そんな思いを込めて睨みつけると、奴は心外とでも言いたげに首を振った。
「そんなつもりは毛頭ない。私は事実を言っているまでだ。さて、話が逸れたが私は以前、お前の父と戦ったことがある」
「オトサンと!?」
「大変業腹だが私は奴に敗れた。あの時から誓ったのだ。この格好を貫くとな」
「……どういうことですか?」
全然話が見えない。負けたことが何故、露出に繋がるんだ?
なでしこも同じ疑問を抱いたのか、怪訝な目で見ている。
「では逆に問おう。川平啓太の犬神よ、心して応えよ。なぜ、この格好がいけない?」
「えっ?」
その返答は予想外だった。なでしこも目をパチクリとさせている。
「不思議だと思わないか? なぜ人は下半身を隠さなければならない?」
「そ、それは……」
「問おう、川平啓太よ、その犬神と金色のようこよ。女はなぜ上半身も隠す? 男はそれに対し上半身を晒しても許されるのは何故だ? 我には理解できない。お前たちは分かるか?」
「え、えっと……」
「うぅ~ん……」
返答に窮するなでしこに、腕を組み深く考え込むようこ。
いや、そんなの簡単じゃん。
「……倫理的に問題があるから」
「倫理か。では再び問おう。倫理とはなんだ? なぜ猿は裸で許されるのだ?」
「……猿と人間は違う」
なんか、段々と哲学の話になってきたぞ……。
「我は不思議でしょうがない。なぜ人は猿のように裸になってはいけない? なぜ人は服を着なければならない?
修身は曰く、すべてを禁じる。自由を禁じる。おかしな話だ。本来、人はすべからく自由なはずなのに、なぜ人間は自らを禁じるのだ。服を着ようと着まいと、どこへ行こうと、なにをしようと、人はすべて自由なはずなのに」
熱弁する赤道斎。自由への執着というか、執念がすごいな……。
自由か……そうだな。何者にも何事にも縛られない生活とかできたら、楽しいんだろうなぁ。
だが、それを認めてしまったら、この世は地獄になってしまう。欲望の一切を許容するということはすなわち、殺人や強姦などのタブーも認められるということ。まさに無秩序な世界だ。
「我は信じる。いかなるモノを愛でようと、どんな異形であろうと人は自由なのだと。我は自由でありたい。そのために魔導を学び、深淵の先を歩んだ。豚のような束縛された道ではなく、高貴なる人間の混沌たる道を選んだのだ」
「赤道斎……貴方の真の望みは?」
なでしこの感情の籠らない凍てついた問いかけに、赤道斎は静かに宣言した。
「世界の改変。すべての欲望が肯定され、すべての想いが許容される世界へと作り変える」
「……カオスワールド?」
「ふむ。混沌の世界か。言いえて妙だな。我が大願が成就した暁には、その名で呼ばせてもらおう」
「啓太様……」
「ケイタ……」
「……ごめんなさい」
だって思い浮かんじゃったんだもの。だからそんな目で見ないでください。
俺のように表情は動かず、されど言葉に情熱を込めて語り終えた赤道斎は小さく吐息を吐くと、改めて俺に視線を向けてきた。
「川平啓太。こう見えて私はお前を評価している。その卓越した霊力、想いの強さ、そしてその縁……どれも必要な要素だ。川平啓太、一つ提案しよう」
「ん?」
「私と共に来ないか? 共に世界を作り変える偉業を成し遂げる。お前が協力してくれるのであれば、我が大望は大きく前進するだろう」
まさかの勧誘!? え、なんで俺を? まさか
「やだ」
即答すると赤道斎はどこかしょんぼりとした空気を纏った。いや、表情は変わっていないけどね。
「……そうか。残念だ」
そうぽつりと呟いた赤道斎。すると、急に体が引っ張られる感覚に襲われた。
見ると、赤道斎の上空に小さな穴が。ぽっかりと空いた穴はダ〇ソンばりの強烈な吸引でもって俺たちの体が引き寄せられる。
「啓太様!」
「ケイタ!」
何かに掴まろうにも周囲にあるのは座っていた椅子だけで、踏ん張る地面もない。
抗う術を持たない俺は椅子に捕まるが、その椅子ごと穴の方へ引き込まれていく。なでしこたちも同様のようだ。
「本当に、残念だ」
闇に呑まれるその瞬間、心の底から呟いた言葉が耳に届き――。
俺たちは闇の中へ引き込まれたのだった。
関西弁がよく分からないので、直訳サイトを使用しました。
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