いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 新年あけました。



第八十二話「ランニングあるある」

 

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 とある休日の昼。今日は依頼もなく特に用事もないオフの日。ジャージに着替えた俺は、ウェストポーチを巻いて日課のランニングに出掛けた。

 平日は学校が、休日は大体依頼が入っているため早朝に軽くランニングする程度で済ませている。

 そのため、今回のように完全にオフの日は珍しいから久しぶりに本格的に走ろうと思ったのだ。ちなみに、なでしこは自宅で家事を、ようこは野良猫会議とやらで外出している。

 今日は天気も良く晴天に恵まれている。涼やかな風が吹き絶好のランニング日和といえるだろう。

 

「……奥玉まで行くか」

 

 奥玉までは距離にして約三十キロ。駅にして八つ先の距離だ。

 この職業は体が資本だからな。ホント、鍛えないと体がもたないよマジで。退魔師という職業がこんなにハードだとは思わなんだ。

 幼少の頃から鍛錬は欠かさず行ってきた。仙界で本格的な修行を行い、今では陸上の長距離選手並みのスタミナがつきました。学校の体育が楽しいです。

 息を整えながらゆったりとしたペースで走っていると、公園に差し掛かったところで見知った顔を発見。

 向こうも俺に気が付き「あっ」と声を上げた。

 

「啓太様!」

 

 人気のない公園にいたのは、薫のところの犬神である"たゆね"だった。

 走り寄って来る彼女の姿は、いつものチューブトップのようなシャツにホットパンツ。これ以外の服を着ているのを見たことないんだけど、流石にそれだけしか持ってないことはない、よな?

 

「啓太様もランニングですか?」

 

「も、ってことは、たゆねも?」

 

「はい。体動かすのは好きなので。……あの、もしよかったら、一緒してもいいですか?」

 

 おや、これは意外な申し出だ。

 もちろん、断る理由はない。ないけど、ついてこれるか?

 

「ん。いいけど、結構走る」

 

「大丈夫です。ボク、結構鍛えてるので!」

 

 ふむ。まあ、そう言うなら同行を認めましょう。

 と、いうことでたゆねちゃんも一緒にランニングすることに。

 

「それで、どこまで行くんですか?」

 

「とりあえず奥玉」

 

「奥玉!? えっ、結構距離ありますけど……」

 

「……無理そう?」

 

「むっ、無理なんかじゃないです! ボクなら奥玉くらい余裕ですよ!」

 

 得意げに言うけど、明らかに無理してる感が伝わって来るたゆねちゃんかーわーいーいー。

 薫の家で怪談話をしたのが三日前のこと。あの日を境にたゆねの態度が少しだけ軟化した。

 これまでは警戒心が高い犬の様にまったく懐く様子もなく、信用するつもりなんてこれっぽちもないと分かるくらいつんけんとしていた。

 不思議と邪険に扱われることに不快感は覚えなかったかな。いっそのこと清々しく思う程のつんけんぷりだもの。

 そんな彼女だが最近では少し態度が和らぎ、警戒心の強い犬から、警戒しながらも歩み寄っても大丈夫か判断する状態に変わった感じがする。

 何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、彼女とも仲良くしたかった俺としては嬉しい変化だ。いや、変な意味じゃなく、純粋に薫のところの犬神たちとは良い関係を築いていきたいと思っている。

 と、まあ。そういうことで、俺としては今回たゆねと一緒にペアでランニングすることで、少しでも仲良くなれれば良いなと思ったり。

 

「啓太様は、よくランニングされるんですかっ?」

 

 二人で黙々と走っていると、たゆねの方から話しかけてきた。

 

「体、資本だから。鍛えないと痛い目、見るっ」

 

 それに体を鍛えるのは嫌いじゃない。鍛えれば鍛えるほど強くなっていくのが実感できるし。

 鍛錬バカ、とまではいかないが、俺が体を鍛えるのが趣味だと教えると、たゆねはお目目をらんらんと輝かせた。

 

「啓太様もですか!? ボクもなんですよ!」

 

 啓太様も同じ趣味だったなんて、気が合うな~! とご満悦な様子のたゆね嬢。

 あら意外。もうちょっと警戒されていると思ったんだけど、意外とハードルが低くなっている?

 そんな俺の視線に気が付いたたゆねが、ハッと我に返った。

 

「あっ、だからといって啓太様を認めたわけじゃないですからね! ボクはそんなにチョロくないですから!」

 

 顔を赤くしながらそう言っても説得力ないよ? まあ、それを指摘したらヒートアップするのは目に見えているのでお口はチャックしますが。

 そろそろ距離にして三キロくらいになるかな。そういえばたゆねは普段どのくらい走っているんだろう?

 

「たゆねは、普段どのくらい走るっ?」

 

「大体五キロくらいですっ。そういう啓太様はっ?」

 

「十キロくらいっ。早朝に一時間で済ますっ。学校もあるからっ」

 

「十キロ! 啓太様って、結構走れるんですねっ」

 

 体力作りは基本中の基本ですから!

 休日のお昼のため外出している人もそこそこいる。

 歩行者の邪魔にならないように、車道の白線の外側を注意しながら走っていると、前方の橋に何やら人が集まっているのが見えた。がやがやと騒いでいる様子から、何かがあったのは間違いないようだ。

 

「あっ! 啓太様、あそこに子供が!」

 

 たゆねが指差した方向。橋の下を流れる川に目を凝らすと、一人の子供が溺れているのが見えた。

 川の横幅は大体三十メートルほど。その丁度中央辺りに、男の子が手をバタつかせている!

 パニックになっている上に服も来ているから、さらに溺れやすい状況だ! 一刻の猶予もないと判断した俺は、ウェストポーチからとある物を取り出した。

 

「……行ってくる」

 

 取り出したソレ――ピ〇チュウのお面を装備した俺は、霊力で身体能力を強化すると勢いよく駆け出した。

 今回は人命が掛かっているので強化度合いは本気のそれ。戦闘時と同等の出力で身体を強化した俺は、堤防を駆け下り、そのまま速度を緩めることなく川に足を踏み入れた。

 水を押し固める独特の感覚が足裏から伝わる。右足が沈む前に左足を踏み出し、再び右足を――。

 古典的な方法だが、ある程度速度があれば力づくで出来てしまう水面走法で水の上を走る。

 幸い昨日は雨が降らなかったため川の流れは緩やかだ。男の子の顔が水の中に消えてしまう前にその体を掬い上げた。脇に抱え込んでそのまま突っ走る!

 防波堤まで駆け上がり、男の子を地面にそっと寝かせる。気管に水が入ったようで激しく咳き込んでいるが、この様子なら大丈夫だろう。

 

「……大丈夫か?」

 

「ぴ、ピ〇チュウ……?」

 

 涙目になりながらも、お面に驚く男の子。恐怖で泣いてもおかしくいだろうに、恐怖心より驚愕が上回るとは、流石はピ〇チュウだ。

 国民に絶大な支持を得る人気っぷりは伊達じゃないな。どこぞの政党なんかとは比べ物にならん。

 橋の上で騒いでいた人たちも口々に驚きの声を上げている。

 

「おい、今、水の上を走ったよな……?」

 

「ていうか、なんでピ〇チュウなんだ……?」

 

「ピ〇チュウ……」

 

「そういえば、波乗りピ〇チュウってあったよな」

 

 そして、誰かが放ったこんな一言が、皆の間に動揺を走らせた。

 

「思い出した! あの子、HANZOUに出てた子じゃない!?」

 

「あっ! そうだ、あのピ〇チュウだよ!」

 

「俺も知ってる! 中学生で前代未聞の記録を叩き出した子だよな! ……えっ、あのピ〇チュウ!?」

 

「絶対そうだって! 水の上を走るなんてあのピ〇チュウくらいしかいないよ!」

 

 ……あー、この展開は予想してなかったわ。そうだね、そういえば俺、HANZOUにピ〇チュウで出演したね。

 顔バレ対策のために持参してきたのだが、まさかあの回を見ていて覚えている人がこんなにいたとは……。

 いや、嬉しいよ。嬉しいけど、これはちょっと困るな!

 とにかく、少年の身が無事なのを確認した俺は握手してくれ、サインしてくれ、顔を見せれくれ、と口々に要求してくる野次馬を掻き分けて、たゆねの元に駆け戻った。

 

「えっ、啓太様?」

 

「……走るぞ」

 

「えっ! ちょ、待ってくださいよ!」

 

 手を取りダッシュ!

 芸能人を追いかける熱烈なファンの如く、執拗に追いかけてくる一般人をどうにか振り切った。

 

「……ここまでくれば、大丈夫か」

 

「あ、あの、啓太様っ」

 

「ん?」

 

 見れば、たゆねは顔を真っ赤にしているじゃありませんか。しかもうっすらと涙を浮かべてまでいるし!

 そのただならぬ様子に慌てて声を掛けると。

 

「て、て! 手っ! いい加減離してくださいっ」

 

「……おお」

 

 いかんいかん、ずっと繋いでいたままだったな。慌てていたものだからすっかり忘れていたわ。

 手を離すとすぐさま飛び退き、捕まれていた手を片手で掴みながらフー!フー!と息を荒げていた。その様子がさながら、警戒する猫のようで和む。

 たゆねって結構初心なんだな~。

 

「……ところで、その仮面は何なんですか?」

 

 落ち着いたところでランニングをリスタート。

 ジトっとした目で質問してくるたゆね。向けられるジト目が心にゾクゾクっと来ます。変な性癖覚えたらどうしよう。

 それはともかく、たゆねの質問だな。それは非常に簡単、もとい単純なものだ。

 

「ん。それは――」

 

「おい火事だってよ!」

 

 見過ごせない単語が出鼻を挫いた。

 声がした方角に目を向けると、高層マンションの一角からもくもくと煙が立ち上っているのが見えた。

 注目を浴びるのを待っていたかのように、途端に火の勢いが外からでも分かるほど増す。

 黒煙がもくもくと立ち上る場所を、必死に消防隊が放水していた。

 

(火事か~。大変やなぁ)

 

「火の勢いすごいですね」

 

 火事の場所は八階の一室らしく、何台もの放水車やはしご車を使って放水しているが、火の出元には届いていないのか収まる気配が見えない。

 

「助けてください! うちの子がまだいるんですっ!」

 

 俺もやゆねも完全に野次馬気分で、ほげーと消火活動を見ていると、またしても見過ごせない単語が。

 三、四十代とみられる女性が消防隊員の人に縋りつくようにして声を上げていた。

 

「――っ! なんだって、まだ人が!?」

 

「祐樹がまだあそこに! 三歳になったばかりなんです……どうか、どうかお願いします!」

 

「なんてことだ……!」

 

 それを聞き、やけに眉毛が太い隊員が渋面を作る。

 あー、こんなこと聞いたら行かない訳にはいかないじゃないか。たゆねもチラチラと俺のことを見てるし。

 小さくため息をついた俺は再びピカチュウのお面を装備して、絶望的な表情を浮かべる女性の元へ向かった。

 

「……子供はどこに? 部屋? リビング?」 

 

「えっ……? こ、子供部屋ですけど……」

 

 ピ〇チュウのお面にそれまでの取り乱しようが沈静化した模様。

 消防士と女性の視線を感じながら前に進むと、消防隊員が注意してきた。

 

「おい、危ないから離れなさい!」

 

 その言葉には申し訳ないが頷けない。

 

 消防隊員の声を意図的に無視していつものように霊力で身体強化を施し、靴を脱いで裸足になると、気を利かせて零体化してくれていたたゆねに小声で話しかけた。

 

「……行くぞ、たゆね」

 

『はいっ』

 

 そして、跳躍した俺はベランダの柵や窓枠などを足場に、飛ぶように駆け上がった。

 火災現場に近づくにつれて、下から聞こえるどよめきの声を意識から除外し神経を研ぎ澄ます。

 ものの数秒で八階に辿りついた俺は割れた窓から中に侵入。身を低くしてなるべく煙を吸わないように口元を手で押さえながら、零体化したたゆねと一緒に子供を探す。

 微弱ながらも霊力を感じるということは、まだ生きている証拠だ。手遅れになる前になんとしても見つけなければ!

 

「あっ、いた! 見つけましたよ啓太様!」

 

 でかした!

 たゆねの元に急いで向かうと、彼女の腕に抱かれる男の子の姿が。ぐったりしていて動かないため慌てて脈を確認すると、力強い反応が。気を失っているだけのようだ。

 

「脱出!」

 

「はいっ」

 

 男の子を受け取った俺は横抱きで彼を抱えると、ベランダに向かって走り出す。いつガスに引火するか分からないからな、急げ急げ! 確か、下にレスキュー隊のエアーマットがあったよな!

 ベランダに出た俺は着地場所を計算しながら跳躍。エアーマットは――よし、合ってる!

 落下を始める中、身体を捻って地面に背を向ける。すると、先程までいた場所――火災現場から爆音が鳴り、火の手が大きく成長したのが見えた。

 あっぶねぇぇぇ間一髪だ! 後、一二秒遅れていたら爆発に巻き込まれるところだったよ!

 背中で風を切りながら、冷や汗とともに口元を引き攣らせたのだった。

 

 

 

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 幸いなことに男の子は無事だった。少し煙を吸ったようだが、直に目を覚ますということだ。

 あの後、男の子の母親からは何度もお礼の言葉を貰い、消防隊員の隊長からは熱烈な勧誘を受けた。

 救出劇を見ていた野次馬も集まり、大混乱を招きそうだったので、いつものようにそそくさと退散した。

 後ろで隊長の「総員、敬礼!」という言葉が聞こえたから振り向いてみたら、なんかズラッと並んだ隊員たちが一斉に敬礼していたよ。隊長なんて熱い涙流してたし……。

 熱い人は見ていて嫌いじゃないから答礼しようかと思ったけれど、そんな空気を察したたゆねに睨まれたので断念しました。

 

「ふぅ……それにしてもすごいですね。立て続けにこんな現場に遭遇するなんて、普通ないですよ」

 

 まあそうだろうね……普通は。

 

「……毎回のこと」

 

「――? どういうことですか?」

 

「何故か、毎回ランニングする度に、こういう現場に出くわす」

 

「えっ、本当ですか?」

 

 ホントホント。見て見ぬふりをするわけにもいかないし、だから身バレしないように毎日お面を持ってきているのだ。

 そのおかげで、ここ最近は「ピ〇チュウのお面をつけたすごい子がいる」との噂も耳にするし、そろそろこの仮面ともお別れしないといけないかも。結構気に入っていたんだけどなぁ。

 

「……次はヒ〇カゲにするか」

 

「なんです?」

 

「……なんでもない」

 

 もしくはゼ〇ガメか。悩みどころだな。

 

「それにしても啓太様のことだから、もしかしたら無視するのかと思ってました」

 

「……困っている人がいたら助ける。人として当然のことをしただけ」

 

 当然のことをして褒められてもな。というか、もしかして見捨てると思われてたの俺? 軽くショックなんだけど。

 

「………………ちょっと見直しました」

 

「……なに?」

 

「な、なんでもないです! ほら、奥玉までまだまだ先なんですから走りますよ!」

 

 顔を赤くして走るペースを上げるたゆね。まあ、俺の地獄耳はしかと彼女の言葉を捉えていたけどね!

 やっぱりたゆねは微笑ましい可愛いさがあると、改めて感じた今日この頃だった。

 

 





 大変お待たせいたしました。
 しばらく、本作を集中して執筆します。

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