いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 二日目。



第七十一話「眷属襲来」

 

 

 影人形は三階へ向かったらしい。えっちらおっちら階段を上っている姿を仮名さんが捉えたのだ。

 

「創造開始」

 

「エンジェル・ブレイド!」

 

 使い慣れた刀を一振り創造する俺の隣で、仮名さんがメリケンサックのようなものから霊力の刃を出現させた。

 武器を携えた俺たちも急いで三階へ向かう。しかし一歩遅く、影人形の姿を見失ってしまった。光源は手元の懐中電灯のみだから探すのに苦労する。院内は暗闇に包まれているため影人形の姿を捉え難いのだ。

 二階と三階は入院患者の病室が主らしい。壁際には個室が並び、廊下のところどころにカートが置かれている。

 そして、暗闇に包まれた廊下には異形のモノたちが佇んでいた。

 

「なんだ、こいつらは!?」

 

「ひっ! な、なんなの、なんなのよぉ~」

 

「ようこさん大丈夫ですか?」

 

「うぅ、なでしこぉ~!」

 

 異形のモノたちを見た仮名さんが驚愕の声を上げる。泣きべそを掻いたようこはなでしこに抱きつく。なでしこはそんなようこをあやしていた。

 看護士が着るピンクの制服に帽子を被ったそいつらは一見すると人間のように見える。制服の胸元が大きく開いているため豊満な胸が強調されており、スカートの丈も下着が見えそうなほど短く扇情的な格好をしていた。

 しかし、こいつらが人間でないのは顔を見れば一目瞭然だった。大きく腫れて膨れ上がった顔面には本来あるべき目や鼻が存在していない。のっぺらぼうのように顔がないのだ。 しかも全員が同じ姿をしている。

 鉄パイプやメスを持ち、ゾンビのように揺ら揺らと揺れ動いていた。

 霊力を感じないことから霊の類ではない。かといって妖怪というわけでもなさそうだ。俺の知識には該当するものは存在しないが、前世の知識にこれとよく似た――というか、まんまの存在があった。

 

 ――バ○ルヘッ○ナースかよ!

 

 前世の知識によるところ、サイ○ント・○ルというゲームに登場する雑魚敵らしい。その扇情的な姿から一部のマニアからには絶大な人気を誇るだとか。

 この異形ナースの出現でそれまでの不可解な怪奇現象の原因が判明されたと見ていいだろう。これらは全部、あの影人形の仕業だな。十中八苦、そうだろう! ていうか、それしか考えられないし!

 

「あの影人形の仕業か!」

 

「……だと思う」

 

 なでしこに抱きつきながらぶるぶる震えているようこの肩を叩く。

 ようこやようこや。あれ、幽霊じゃないぞ。

 

「ゆ、幽霊じゃない……?」

 

 多分、あれ影人形の仕業。

 

「……て、いうことは、お化けじゃない?」

 

 うむ。思いっきり意図的に作り出した、もしくは呼び出したものです。

 

「……」

 

 俺の言葉を聞いて、違う意味で震え出すようこに一言かけてやる。

 背中を押すという意味で。

 

「……やっておしまいなさい」

 

「~~っ! あったまきたあああああ~~っ! 無駄に怯えてたわたしがバカみたいじゃないのぉぉぉぉっ!」

 

 激昂するようこは体から炎を吹き上げながらバ○ルヘッ○ナースの群れに突撃した。周囲のナースたちを燃え盛る爪で八つ裂きに切り裂いていく。

 

「ようこ、火はダメ! 建物が燃える!」

 

「わかった~!」

 

 それを合図に俺たちも散り散りになって戦闘を開始した。

 

「邪悪なるモノに聖なる一撃を! 必殺ホーリー・クラッシュ!」

 

 飛び出した仮名さんはメリケンサックに霊力の刃が生えた魔導具『エンジェル・ブレイド』を上段に構え、大きく跳躍。跳躍しての大上段からの斬り下ろしでナースを真っ二つに両断した。脳天から股下まで両断され、床に溶けるように消えていく。

 そのまま勢いを殺さず体を起こした仮名さんは周りにいたナースも斬り伏せていった。

 

「ホーリー・クラッシュ! ホーリー・クラッシュ!! ホーリー・クラァァァァァッシュ!」

 

 張り切ってるなぁ……。

 視線を移動させるとなでしこもしっかりと戦いに参加していた。絶望の君と戦ったとはいえ長年に渡り戦闘行為を避けていたなでしこ。上手く戦えるかどうか心配だった俺だが、それは杞憂に終わる。

 

「えーいっ」

 

 可愛らしい掛け声とともにビンタ一閃。バチィィィンッ、と痛そうな音を響かせて頬を叩かれたナースが吹き飛んだ。まるでトラックに激突したかのような豪快な吹き飛び方で、進路上のナースを巻き込んでいく。

 霊力を込めたビンタは凄まじいな。あれで力の大半をセーブしてるっていうんだから驚きものだ。

 その後もなでしこは次々とビンタでノックアウトしていった。

 

「……俺も負けてられない」

 

 頭の天辺から爪先まで。全身といわず細胞の一つに至るまで霊力を循環させていき身体能力を底上げする。

 まずは鉄パイプを持ったナースの集団から。体を沈め、一歩踏み出す。

 

 ――スパンッ!

 

 集団のど真ん中に一瞬で移動した俺は旋回してナースたちの腰をまとめて分断した。そのうちの一体の上半身をこっちに向かってくるナースの足元へ蹴り飛ばす。仲間の上半身につまずき、前のめりに倒れ込むその間に背後へ回りこむ。顔面から床に激突すると同時に逆手に持ち替えた刀でうなじ辺りを突き刺した。

 これで六体。ようこたちも随分減らしてくれたから、残り三体か。

 

「……それにしても、ビックリするくらいスムーズだ」

 

 以前誘拐されかけたお嬢様を助けた時にも感じたことだが、見間違えるくらいスムーズに体を動かせるようになった。なんというか、力の流れに淀みがないというか、無駄が省かれたというか。

 踏み込み一つでも違いが分かる。それまでのダッシュでは『ズバンッ!』という感じで、蹴り足の力が分散されていた。しかし先ほどの踏み込みでは『スパンッ!』という感じで、分散されていた力が一定方向に集約されたような感覚がしたのだ

 

 ――死神戦で身体操法をフル活用した『極限体』で命を掛ける戦いをしたから? だから身体操法の錬度が上がったというか、効率的な力の掛け方、動かし方を学習したのか……?

 

 師匠なら分かるだろうけど、生憎仙界に行かないと会えないんだよなぁ。

 まあ、意図しないところで熟練度が上がったということにしておこう。俺にとってはプラスのことだし。

 蔓延っていたナースたちを排除し終わったが、右側の廊下から次々とナースたちがやってくる。どうやら影人形はその先にいるようだ。

 頷き合った俺たちはナースの一団に突撃を仕掛ける。もう一本、刀を創造して二刀にすると走りながら次々とナースたちを斬り伏せ、闇に包まれた廊下を仮名さんのホーリー・ブレイドが白い光の軌跡を描いていく。

 十体ほど倒した辺りでナースの群れを突破したようだ。見失いそうになる影人形を視界に収めながら、敵影にも警戒しつつ無人の廊下を走る。

 影人形は廊下の突き当たりにある非常階段を上って行った。普段は閉じている非常口の扉が壊れて開いているため、小人サイズの影人形でも通ることが出来たのだ。

 

「あの先は屋上だな!」

 

「……袋小路っ」

 

 自分から自爆するとは、ヴァカめ!

 追い詰めるべく速度を上げて駆けると、行く手を阻む新たな敵が出現した。

 地面から湧き出るようにして姿を見せたのは四体の影。四体とも姿形が異なり、今までのナースのように容易ではなさそう。

 足を止めて警戒する俺たち。影は次第に輪郭を形成していき、やがてその姿を確立させていく。

 現れた新たな敵は――。

 

 ――ブルーベリーみたいな色をした全裸の巨人。

 

 ――真っ白な顔面に血がべったりと付着した歯でにやける生首。

 

 ――直立した状態で異様なまでに体をくねらす、白い蛇のような形をした何か。

 

 ――ベンチに座って仮名さんと俺に熱い視線を送ってくる、青いツナギ服を着た男前な男性。

 

「な……っ!」

 

 現れた敵を見た俺は思わず絶句する。前世の知識によると、こいつらもあのバ○ルヘッ○ナース同様、ゲームや漫画などで登場する架空のキャラクターなのだ。

 それも接触すると問答無用でゲームオーバーになってしまうようなエネミーや、根拠はないが絶対に勝てないと確信を持たせるようなキャラ。

 

 ――青○、ヨ○エ、く○く○、仕舞いには阿○さんかよ! 青○やヨ○エもやばいけど、阿○さんとは絶対に敵対したくないし! ていうか、なんでこれをチョイスしたんだ!?

 

 あの影人形、俺と同じく前世の知識を持ってるだろ絶対!

 凶悪な敵を前に慄いている俺を置いて、ようこやなでしこ、仮名さんが攻撃を仕掛けた。注意を喚起する間もなく、ようこの鋭い爪がヨ○エを真っ二つに切り裂く。

 

「……あれ?」

 

 呆気なく、あのヨ○エさんが消えていくのを見て目を丸くする俺。青○と対峙したなでしこも、例の凄まじいビンタでブルーベリー色の巨人を壁にめり込ませてしまった。

 そして、仮名さんはというと。

 

『よかったのかホイホイやってきて。俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ』

 

 ツナギのチャックを下ろし、厚い胸板を露出させる阿○さん。ホーリー・ブレイドを上段に構えた仮名さんは構わず斬りかかった。

 

『やらない――』

 

 あの名言を最後まで言わせないなんて、なんて鬼畜なんだ仮名さん! よく見れば仮名さんと阿○さんって似てるね! まさか仮名さんも「ウホッ! いい男……」な人じゃないよな。

 青○、ヨ○エ、阿○さんが呆気なく倒され、後はく○く○だけだ。

 そいつは俺の眼前で無駄に体をしならせ、くねくねとした動きを見せ付けてくるが。

 

「……」

 

 時間の無駄になりそうだったから、一太刀で斬り捨てた。やっぱり偽者は偽者なんやね。本物だったらどうなっていたことか……。

 なんとも釈然としない気持ちが残るなか、影人形を追い非常階段を駆け上がった。

 

 

 

 1

 

 

 

 屋上へ続く扉も壊れていたためそのまま外に出ることが出来た。

 屋上は正方形の形をした開けた空間となっている。ところどころに物干し竿があり、本来はここで服を乾かしていたのだろう。

 パッと見て大体二百メートル四方、といったところか。広々としているため障害物があまりないとはいえ結構探すのに手間が掛かりそうだが、こちらには照明担当のようこさんがいらっしゃる。

 外なら建物が燃える心配は要らないし、ようこの炎で屋上全体を照らせば一発で見つけられるだろう。

 そう考えようこに指示を出したら、何かに気がついた彼女がこんなことを言ってきた。

 

「あのさケイタ、病院の中でそれやってたらよかったんじゃない? ほら、建物が燃えない程度に温度を下げれば」

 

「……過ぎたこと」

 

 うん、指示して俺も思ったよそれ。肝試しのようなシチュエーションだったから、明かりは懐中電灯って先入観があったわ。

 まあいいや。ようこが宙に火の玉をいくつか出現させてくれたおかげで屋上全体が灯りに照らされた。そのおかげで闇と同化していた影人形をあぶり出すことが出来た!

 突然周囲が照らされて驚いたのか、奴は屋上を囲うフェンスの前にいた。焦っていますよと言いたげに汗マークを出しながら、きょろきょろと逃げ道を探す仕草をしている。

 逃げられないように四人で囲いながら徐々に包囲網を狭めていく。

 

「もう逃げられないぞ。大人しく観念するんだ」

 

 仮名さんがアタッシュケースから捕獲用のものと思われる札を取り出した。観念したのか、影人形が床に膝と両手をついた。その時だった――。

 

【ギャォォォォォォオオオオオオオオ――――――ッ!】

 

 突然、怪獣のような鳴き声が辺りに轟いた。皆が一斉に空を見上げる。

 千切り雲が浮かぶ夜空を背景に大きな魔方陣が浮かんでいた。

 淡い光を放つ濃青色の魔方陣からナニかが姿を現す。

 

「な、なんだあれは……」

 

 戸惑いの声が零れる仮名さん。

 そいつは巨大な鳥だった。炎を纏った太陽のような赤い鳥。

 オレンジと赤の羽がついた綺麗な双翼は羽ばたく度に火の粉を散らしている。

 全長はおよそ五メートル。まるで伝説の生き物である不死鳥のような巨鳥。鷹のように鋭い眼光は真っ直ぐ俺たちを――俺を見下ろしていた。

 

「啓太様、あの鳥から……彼の死神の霊力を感じます」

 

「うん。あいつ、きっとあいつのペットだよ」

 

「……マジかー」

 

 とうとう来ちゃったかー。いつかは来ると思ってたけど随分と早いお越しですね。

 ていうことは、この鳥さんは絶望の君が送り込んできた刺客ということか。

 話についていけない仮名さんが怪訝な顔を向けてきた。

 

「……あとで話す。とりあえず、俺を狙う敵」

 

「そうか。まあ、それだけ聞ければ十分だ!」

 

 なにも聞かずに納得してくれる仮名さんマジイケメン。

 ホーリー・ブレイドを構える仮名さんを見て、俺も刀を握り直す。ようことなでしこも身構えた。

 巨鳥は大きな鳴き声を上げると、バサッと翼を広げて急降下してきた!

 

「うおおおぉぉっ!?」

 

 床とすれすれに滑空する巨鳥。燃え盛る翼にフェンスがなぎ倒され、燃やされる。

 地面にうつ伏せになりギリギリのところで回避すると、仮名さんが雄叫びのような悲鳴を上げた。突風が吹き荒れる中、なでしこたちに聞こえるように声を大にする。

 

「誰か、結界張れる!?」

 

「啓太様、私が!」

 

「頼んだ!」

 

 いくら人が少ない場所とはいえ、こんなドンパチを繰り広げたら騒ぎで人目を集めるかもしれん。しかも相手は巨大な怪鳥だ。衆目を浴びる可能性が高まる。

 まずは結界を張って人目につかないようにしなければならない。一応俺も張れるが、事前準備をしていなかったために時間がかかる。そういう意味でなでしこが使えて助かった。

 

「ひふみひふみひふみよの、ししきょうこうのたむらん、たたぬまえ」

 

 意味不明な言葉の羅列を滔々と語りながら複雑な印を結ぶ。

 

「にしきかたぬまのとうり、いよにたてまつぬししよ、たたぬまえ」

 

 閉じていた目を薄っすらと開けると、声高に最後の呪文を口にする。

 

「ごこくのはいえん、しきにまつろえ!」

 

 なでしこを中心に球状の結界が展開されていく。病院から数百メートルに亘り全域をすっぽり覆ってしまった。屋上だけでよかったのに、建物全体を囲うとは流石なでしこ。ていうか、天に返した力がなくても色々出来るんですね!

 

「今の私では空間を隔離することは出来ませんが、このくらいなら出来ます。この隠蔽結界の中でしたら人目に触れることも音が漏れることもありません」

 

「上出来」

 

 再び空を飛んだ巨鳥は大きく旋回しながら俺たちの様子を窺っていた。

 大型の敵とは何度か戦ったことがあるけれど、飛行能力を持つモノとはこれが初めてだ。さて、どうやって戦うかね。

 

「どうやって戦うつもりだ?」

 

 攻めあぐねている仮名さんが巨鳥に目を離さないまま尋ねてきた。俺も今それを考えてるんですよ。

 

「……まずは奴を落とす。それが絶対条件」

 

 大型怪獣との戦闘の心得としてはまず部位破壊が鉄則。空を飛ぶ相手の場合なら、飛べないようにするのが大事だ。あの巨鳥の場合は燃え盛る翼だな。

 そして飛べなくなった段階でフルボッコだ。攻撃対象を絞らせないために前後左右に分かれるのが定石。

 色んな心得を教えてくれるゲームって大事よね。

 

「――なでしこ、いける?」

 

 その翡翠色の瞳を見据えて聞く。こと戦闘に於いて、俺たちの間に多くの言葉は不要。その目を見るだけで相手が何を考えているのか分かるのだ。アイコンタクトや仕草だけでコミュニケーションが完結するほど俺たちは固く強い絆で結ばれている。

 期待通り、目を見ただけで俺の意図を察してくれたなでしこは神妙な顔で頷いた。

 

「――はい。啓太様とならどこまでも」

 

 嬉しいこと言っちゃってくれる。もう一人の相棒であるようこにも声を掛ける。

 

「……ようこ」

 

「うん、分かってるよ」

 

「……援護よろ」

 

「まっかせて!」

 

「川平? 一体なんのことだ?」

 

 一人置いてきぼりになっている仮名さんが怪訝な目で見てきた。

 数回しかタッグを組んでない仮名さんとではまだアイコンタクトは出来ないか。

 

「俺となでしこが奴を落とす。ようこはその援護」

 

「……なるほど。奴が地に落ちたその時こそ、私の出番というわけだな」

 

「頼りにしてる」

 

「応っ!」

 

 さて――。

 

「なでしこ」

 

「はい。では啓太様、仮名さん。目を瞑っていてくださいね」

 

 言われたとおりに目を閉じる。目を瞑れと言われて困惑した顔を見せた仮名さんだが素直に従った。

 閉ざされた視界の中、衣擦れの音が聞こえる。

 やがて音が止むと、ぶわっと強烈な霊気の風が吹き荒んだ。突風のような強さに一瞬体がよろめく。

 

「もういいですよ啓太様、仮名さん」

 

 目を開けると、そこには一匹の美麗な犬が存在していた。

 体長はおよそ三メートルほど。艶やかで美しい灰色の毛並み。聡明と愛らしさを兼ね揃えた綺麗な顔立ち。翡翠色の目には理知的で慈愛が篭っている。床を踏みしめる四肢は逞しくもしなやかでいて、全身に満ちる力強さにはどことなく女性的な優美さも感じられる。ケモノが美を体現したらきっとこんな姿になるかもしれない。ぶっちゃけ、俺の中の理想とする犬の姿だ。

 あまりの美しさにしばし見蕩れていると、不思議そうな目で見返してきた。

 

「啓太様?」

 

「ああ……。いや、ちょっと見蕩れてた」

 

「み、見蕩れ……っ! も、もう、啓太様ったら! こんな時でも相変わらずなんですから」

 

 なでしこの声で嬉しそうに話すのは超々大型の犬。そう、これがなでしこの真の姿。犬の化生に戻った時の姿なのだ。

 初めて目にするなでしこ犬バージョンを前に俺のモチベーションも勝手に上がっていく。こんな状況でなかったら恥も外聞もかなぐり捨てて抱きつき、存分にもふっていたことだろう。無意識のうちに足が勝手になでしこの方へ向かい、美しい毛並みを堪能するように優しく撫でていたのだから間違いない。俺自身、気がついてびっくりしているところだ。

 

「……なでしこ」

 

「はい?」

 

「こいつ倒したら、もふらせて」

 

「ふふっ、仕方のない人ですね。いいですよ♪」

 

「(゚∀゚)キタコレ!!」

 

 なでしこの了解を取った今、俺は無敵だわ。今ならあの死神だって倒せるに違いない。離れたところでは吠えるようこを仮名さんが必死に宥めていたようだが、俺の耳には届かなかった。

 人懐こい犬のように顔をすり寄せてきたなでしこ。そんな彼女の頭を抱えるようにして一撫でした俺はその背中に飛び乗った。なでしこが沈み込むようにして受け止めてくれる。

 

「……んじゃあ、行くか」

 

 至福タイムのため、さっさと終わらせるぜ!

 

 

 

 2

 

 

 

「……まずは翼から」

 

「はい」

 

 なでしこの足が床を離れ宙に浮くと、獲物を狙う獣のように体を沈めた。それと同時に漂っていた霊気が収束していき、なでしこを中心に渦を巻く。

 

「行きますっ」

 

「ん!」

 

 そして、弾丸のごとく駆け出した。急上昇していき上空で旋回する巨鳥との距離を瞬く間に縮めていく。遅れてようこも飛び立った。

 今更ながら稲妻のようなスピードで迫る俺たちに気がつくが遅い。慌てて回避行動を取ろうとするも、なでしこの振り上げた前足の爪が巨鳥の右翼を切り飛ばした。

 

「――ちっ、やっぱり再生するか」

 

 炎で出来ているのか知らないが、傷口から炎が噴き出てあっという間に再生してしまった。本当に不死鳥のような奴だ。不死身とかだったら面倒なんだけど。

 自分の領域を駆けることに怒ったのか、それとも手傷を負わせたことに激昂したのか。理由は定かではないが、標的を俺たちに絞ったようだ。

 

「ォォォオオオオオオオ――――――ン」

 

 うぉっ! どうしたんですかなでしこさん!?

 突然なでしこが遠吠えのような声を上げたからびっくりしてしまった。淑やかな貴方が吠えるなんて珍しいっすね。

 巨鳥も張り合うように奇声を上げる。そして大きく羽ばたくと一気に加速してきた。燃え盛る翼を広げているため点ではなく、線での攻撃。

 高度を下げたなでしこは巨鳥の下を潜って回避するが、それを見越していたかのように翼から小さな炎の塊が放たれていた。まるでフレアを放つ戦闘機のように置き土産のごとく放たれていたのだ。

 

「くっ、この程度!」

 

 なでしこが霊力の障壁を張り炎の塊を防ぐ。その隙をついて旋回した巨鳥は再び翼を広げて突撃しようとしていた。そう何度も同じ手を食らうかっての!

 

「ようこっ」

 

「おっけー!」

 

 離れたところで待機させていたようこに指示を送り、投擲用の刀を二振り創造する。両手に刀を一本ずつ順手で持つと、それに合わせて巨鳥が突撃してきた。

 流星のように赤い軌跡を残しながら、一直線に飛んでくる火の鳥。なでしこの首筋を撫でながらタイミングを計る。

 そして、奴が射程に入ったのを見た俺はようこに合図を送った。

 

「……今!」

 

「じゃえんっ!」

 

 ようこの炎が巨鳥の眼前で爆ぜる。目は生物共通の弱点部位だ。いくら炎に強いとはいえ、本能的にそこは守ろうとするだろう。たとえダメージはなくても光は眩しいに違いない。

 俺の狙い通りにいけばこれで足を止めてくれると思うが、果たして――。

 

【ギャォォォォォオオオオオオオ――――――ッ!】

 

 狙い通り!

 驚いた巨鳥はその場で急停止すると嫌がるように頭を振った。この隙を逃さず次に繋げる!

 

「なでしこっ」

 

「はい!」

 

 今度はなでしこの方から突撃させる。円錐状に展開した霊力の力場が空気抵抗を減らしている。俺が行おうとしている行動を見越しての計らいだ。ナイスアシスト、という感謝の気持ちも込めてもう一度首筋を撫でてやった。

 そして、呼吸法で集中力を高め、さらには身体操法で後頭葉を一時的に活性化させて視覚情報の処理速度を向上。ついでに五感の一部を意図的に遮断し、無意識内にそれらに割いていた注意力をすべて視界に向けよう。

 味覚と嗅覚。今は必要ないからカット。視界に映る色彩も不要、カット。

 

「――」

 

 極限まで集中した状態で見ると、世界はまるで停止しているかのようだ。色彩を遮断しているためモノクロになった視界の中、巨鳥の両目を狙い刀を構える。

 首を振っているのだろうが、視覚情報の処理速度を向上しているこの状態ではスーパースローモーション以下の動き。まさしく止まって見えるぜ。

 すでに身体強化をしているため、ゆっくりと動く時の中でも普段と寸分違わぬ動きを可能にする。

 よ~く狙いを定めて、全てがハイパースローで動く中、刀を投擲した。空気を切り裂き火の粉を両断しながら突き進む二本の刀はそれぞれ巨鳥の目に突き刺さる。

 それを確認してようやく、脳の状態をフラットに戻した。集中力も切れ、モノクロの世界に色が戻る。

 両目に深々と刀が突き刺さり悲鳴を上げる巨鳥。今度はしっかりダメージを与えられたようで、両目から赤い血を噴き出していた。これは嬉しい誤算だ。

 一時的に視界を奪うことに成功したこの隙を活かし、なでしこが再び巨鳥の翼を引き裂く。左翼を根元から裂かれ巨鳥がバランスを崩した。

 なでしこはスピードをまったく落とさず、ほぼ直角の軌道で上昇し巨鳥の真上に回った。視界と片翼を奪われた巨鳥がジタバタと暴れまわっている。先ほどはすぐに傷口から炎が噴き出て、翼を再生したが今はその兆候を見せない。オートで修復するわけではないのか?

 なにはともあれ、今が絶好のチャンス。なでしこの背中から飛び降り空中に身を躍らせた。

 宙で一回転して体勢を整え、膝が胸につくほど右足を思いっきり引き絞る。

 

「――落ちろっ」

 

 無防備な背中を全力で蹴りつけた。重い衝突音を響かせ、巨鳥が落下する。蹴り落とされた巨鳥は流星のように尾を引きながら凄まじい速度で屋上に叩きつけられた。衝撃で古びた建物が揺れ、埃が舞う。

 先回りして落下する俺を背中で受け止めてくれるなでしこ。その首筋を優しく撫で、屋上で待機している仮名さんの名を呼ぶ。

 

「仮名さん!」

 

「応っ! 必殺ホーリー・クラァァァァッシュ!」

 

 ホーリー・ブレイドを構えた仮名さんが打ち付けられたまま動けないでいる巨鳥に斬り掛かった。大上段から振り下ろされた霊力の刃が残った右翼を両断する。

 

【ギャォォォオオオオオオオオ~~~~~~ッ!】

 

 巨鳥の絶叫が響き渡る。少なくない量の鮮血が傷口から噴き出た。

 

「なでしこ、ようこ!」

 

「はい!」

 

「うんっ!」

 

 なでしことようこにも合図を送り、猛攻撃を仕掛けさせた。

 

「ひふなのこおりよ!」

 

 なでしこの周りに氷柱(つらら)が数本出現する。それらは切っ先を巨鳥に向けると一斉に放たれた。

 空気を切り裂きながら飛来する氷柱は巨鳥の背中に次々と突き刺さっていく。

 

「ええ~い!」

 

 上空から急降下しながら鋭い爪を立てるようこ。氷柱が突き刺さったその背中を切り裂いた。

 

【ギャォォォォオオオオオオ~~~~!】

 

 再び絶叫する巨鳥。傷口から勢いよく炎が噴き出ると、欠損していた両翼が再生し始めた。それに合わせて、背中に突き刺さった氷柱も氷解し、両目に突き刺さった刀も熱に耐え切れず霧散していった。

 やがてすべての傷を修復した巨鳥だが、今度は空を飛ばずに地面に足をつけたままでいる。これまでの戦闘で消耗したためか、それとも別の要因か。まあ俺たちからすれば好都合だ。

 それに一つ奴の弱点を見抜いた。どうやら傷を癒すのもノーリスクとはいかないようで、最初の頃に比べて感じられる霊力が弱くなってきているのだ。おそらく霊力を消費して傷を癒しているのだろう。

 ということは、このまま攻撃の手を緩めないでいけば、いつかは霊力の底がつくということだ。もふもふタイムが見えてきたぜぇぇぇ!

 

 

 

 3

 

 

 

 それからはもう処刑タイムというか、リンチのような扱いだった。予ねての予定通り、地に下りた巨鳥を四人で囲い、全方位から攻撃を仕掛けるのだ。

 正面に俺、左右になでしことようこ、後方に仮名さんという陣形でボッコボコに殴り、蹴り、裂き、斬り、焼き、凍らせと、確実に動物保護団体からクレームが来る勢いで猛攻を仕掛けた。

 何度か反撃する素振りを見せたが、その度に人型に戻ったなでしこが超人的な膂力で力尽くで地に叩き伏せて攻撃を強制的にキャンセルさせる。空に逃げようとしてもようこのしゅくちで強制的に帰還させられ、お帰りなさいと歓迎の猛攻が出迎える。

 綺麗だった羽がズタボロになった頃には泣きが入った声を上げていた始末だ。そこまで追い詰めてようやく、これ以上いじめるのは可哀想という思いが全員一致し、最後は俺が介錯を務めた。

 首を刎ねると巨鳥は虚空に溶けるようにして消えていったのだが、涙を流したまま逝く姿にちょっとやりすぎたと皆で反省。なにごともやりすぎはよくないね。

 

 

 ――敵とはいえ、状況によっては情けをかける必要もあるのだな。

 

 改めてそう感じた俺だった。

 

 


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