いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 今年最後の更新。



第六十九話「一目惚れ騒動」

 

 

 ようこの告白を受け入れ、彼女たちの猛烈なアタックをしのぎ、逆にベッドの上に沈めてやった翌日。

 諸々の事情で朝が遅かった俺たちは朝食兼昼食を取っていた。

 座りが悪そうななでしこたち。聞くのもちょっと野暮だと思うけれど、念のため聞いてみた。

 

「え、ええ。なんとか。そのうち痛みも引くと思います」

 

「まだケイタのが挟まってるみたいだよ~」

 

「よ、ようこさん! はしたないですよっ」

 

 うん大丈夫そうですね。なんか昨日の一件で二人の仲がさらに深まったような気がします。

 今日の昼ごはんは手軽な素麺。麺つゆが美味しくて、素麺もツルツルした触感がして喉越しがとてもよいのです。

 ちゅるちゅるちゅるちゅる素麺を啜っていると、今度はなでしこが体の調子を聞いてきた。

 

「啓太様の方はどうですか? もうそろそろ一週間経ちますが」

 

「もう一週間か、早いね~。確か包帯取ったのって三日前だよね? もう治ったの?」

 

 ようこも聞いてくる。

 一日中は無理だけど、定期的に治癒力を促進して回復に専念しているため、傷の方は大分癒えたといえる。少し体がだるいくらいか。

 一週間前は重症患者のように車いすでの生活を余儀なくされていたけれど、今やギプスも全部取っ払い、包帯も外したため健常者となんら変わらない生活を送れている。一昨日様子を見にお嬢様たちがやって来たのだが、その時の驚いた表情がすごく印象的だったな。お嬢様方には申し訳ないが、こちらとしてはひどく愉快だった。

 でも、まだ完治したわけじゃないんだよな。

 

「……大分よくなった。ほとんど治ったって言えるけど、あと二日様子を見る」

 

 日常動作も問題なく行えるし痛みもないけど、神経も痛めたからな。念のため二日ほど様子を見よう。そのあと改めて病院で検査を受ける予定だ。

 仕事も依頼者に事情を説明してキャンセル、もしくは日程をずらしてもらっているから暇なんだよな。学校も休みがちだから、そろそろ行かないと。

 取りあえず今日は何して過ごそうか。

 

「はいはい! わたしデートしたいっ」

 

 ようこが手を上げて元気よく言う。

 デートか。そういえばようことはあまり二人で出かけたことなかったな。晴れて恋人になったんだし、それもいいかな。

 どこか行きたい場所はないか尋ねようとした時、なでしこがようこの袖を引いた。

 

「ようこさんようこさん、今日は検査の日ですよ」

 

「あっ、そうだった!」

 

「……? どこか行くの?」

 

 ごめんね、と顔の前で手を合わせるようこ。

 なでしこが説明してくれる。

 

「今日は天地開闢医局で検査の予定があるんです。すみませんが、私とようこさんはそちらの方に顔を出さないといけないので」

 

 申し訳なさそうな顔で頭を下げるなでしこ。予定が入ってるんじゃ仕方ないな。いいよいいよと手を振ってみせた。

 

「……なら、デートはまた今度。医局に行くって、どこか悪い?」

 

 天地開闢医局とは妖を専門にした病院のことだ。いつぞやのムジナなど多くの妖から協力を得て、彼らが罹る病気の特効薬やワクチンなどを作ったりしている。

 俺たち犬神使いも犬神を定期健診に通わせるなどの義務などがあるため、結構お世話になっていたりする。病気講座のような勉強会も開いているため、犬神が罹患する病気などを勉強するために通っている犬神使いも中にはいるようだ。

 俺もなでしことようこの定期健診やワクチンなどで何度か訪れたことがある。しかし定期健診はまだ先だし、ワクチン接種の知らせも来ていない。

 そのため、どこか具合でも悪いのかなと思い聞いたのだけれど。

 

「……」

 

「ケイタのエッチ」

 

 何故かなでしこは顔を真っ赤にして俯いてしまい、ようこは照れたように笑った。

 おい、なんだその反応……。

 

「……よく分かんないけど、体が悪いわけじゃない?」

 

「あ、はい。それは大丈夫です」

 

 ならいい、のかな? まあ問題ないならいいか。それじゃあ俺は何して過ごそうかねぇ。

 昼飯を食べ終わり、天気もいいからまたハンモックで昼寝でもするかなと思って席を立ったときだった。

 軽快なチャイムの音が鳴った。

 

「あら、誰かしら?」

 

 壁に取り付けられたインターホンで来客を確認するなでしこ。とうとう我が家もカメラ付きのインターホンへとグレードアップしました。ア○ソック対応です。

 

「まあ、ともはね!」

 

『なでしこー! 遊びに来たよ~』

 

 画面には元気一杯のお子様、ともはねが笑顔で映っていた。

 

 

 

 1

 

 

 

「ごめんなさいね、ともはね。折角来てくれたのに」

 

「ううん、いいよいいよ。気をつけてね~」

 

 残念ながらなでしことようこは医局に行く時間ということで、ともはねと入れ替わりで家から出るところだった。

 玄関で済まなそうな顔で頭を撫でるなでしこに笑顔を見せるともはね。

 

「それでは啓太様、行ってきますね。夕方前には戻りますから」

 

 そしてなでしことようこは家を出たのだった。残されたのは俺とともはねの二人のみ。

 

「行っちゃいましたね啓太様」

 

「……ん。それにしても、よく来れた」

 

 薫の家からだと遠いだろ。三駅ほどの距離とはいえそれなりに離れてるんだし。よく迷子にならなかったな。

 そう言うと、ともはねは誇らしげにない胸を張ってみせた。見事なドヤ顔だ。

 

「えっへん! ともはねだってもう大人なんですから、一人で来れますよ! ちゃんとお巡りさんに聞きましたから、迷子なんてしませんもんっ」

 

「どう!? すごいでしょすごいでしょ!」と言わんばかりに目を輝かせて見上げてくるともはね。デフォルトで出してある尻尾がぶんぶん振られていた。

 その姿に苦笑した俺は薄茶色の髪を強めに撫でてやる。

 さて、ともはねが来たから何して遊ぶか。なにかやりたいことあるかと聞くと、ともはねは可愛らしく首を傾けた。

 

「うーん、そうですねぇ。……あ、そうだ啓太様! あたし今日、良い物もってきたんですよ!」

 

 そう言ってポーチから取り出したのは一つの小瓶。中には錠剤のようなものが数錠入っている。

 

「これはですね、あたしが作った栄養剤なんです! 体にいいものばかりで栄養満点、きっと啓太様のお体もすぐに良くなりますよ!」

 

 白い錠剤は市販で売っている薬と同じ形で、見た目はこれといって変なところはない。しかし、ともはねの手作りとなるとちょっと――いや、かなり不安だ。

 言ってしまえば子供が作ったものだからなぁ。だけど俺の体を案じて用意してくれたものだし……。

 

「……これ、ともはねだけで作った?」

 

「はい! ごきょうやにも少し手伝ってもらいましたけど、ほとんどはあたしが作りました! 即効性の薬なので、これを飲めば啓太様も元気一杯ですよ!」

 

「ごきょうやか……」

 

 確かごきょうやって医学をかじってたよな。ごきょうやが手伝ったのなら大丈夫か?

 うーん、まあ飲んでも最悪の場合食中毒みたいに苦しむだけで、死にはしないか。

 

「……ありがとう。じゃあ、飲んでみる」

 

 一錠でいいの?

 

「はい!」

 

 小瓶から一粒取り出し、冷蔵庫から水を取ってきてと。

 お願いだからお腹壊すようなことにならないでよ、と祈りながら錠剤を飲んだ。

 即効性って言ってたけど、すぐに変化が出るものなのか?

 

「どうですか啓太様?」

 

「……んー。特に変化はない」

 

 数分待ってみてもやはり変わったところはない。お腹が痛くなるようなこともないし、体のだるさが取れたわけでもない。

 効果無かったのかな、と思ったときだった。

 

「ぁ……」

 

 小さく息を呑む声。見るとともはねがポカンと口を開けて俺の顔を見上げ、天啓に打たれた芸術家のように震えて戦慄(わなな)いていた。

 そして俺の腰に勢いよく抱きつくと。

 

「大好きです啓太様!」

 

 これまた唐突で勢いのある告白をしてきた!

 え、なにこれ。何事? 展開が急すぎて事態がまだ把握できてないんだけど!

 突然の告白に戸惑いを覚える俺。ともはねが俺の腰に額をぐりぐり押し当てた。

 

「あうあうあう啓太様~! よく分からないんですけど、何だか急に啓太様に色んなことしてあげたくなったんです! あたしが今まで溜めてたお菓子も全部上げます! 肩も腰も揉んで差し上げます! なんだってして差し上げますから、だからあたし――!」

 

 上気した頬と潤んだ目で見上げてくる。まだ小学生低学年、下手したら幼稚園児レベルの容姿なのに、その表情は俺が良く知る二人の犬神が浮かべているものと似通っていて。なんだかよく分からんがある種の警報が頭の中で盛大に鳴った。

 年齢不相応のオンナを滲み出しているともはねに顔が引きつった。

 これ、すげぇヤバイ状況じゃんか! 俺にその気はないけど、端から見たら非常にまずい構図だぞ!

 なんでこうなったのか分からんが、今はともはねから距離を置かないと!

 

「……あー、日課のランニングしないと」

 

 いきなり距離を取ったら傷ついてしまいかもしれないため、それっぽいことを理由にそっとともはねから離れる。

 そして、三歩ほど距離を取ったら、振り返りすぐにダッシュ!

 脱兎のごとく走り出した俺の後ろでともはねの声が聞こえる!

 

「あっ! 待ってくださいよ啓太様~!」

 

『追いかけっこですか? 負けませんよ~!』

 

 どこからか特徴的な下着をつけた痴女風の女の子の幻聴が聞こえたような気がしたが無視して走る。うっせぇぜかまし! お前は鎮守府に還れ!

 このまま家にいたらロリコンという不名誉なレッテルを貼られそうな気がするから、とりあえず外に出よう。イエスロリータノータッチ!

 背後から幼女が追いかけてくるのを感じながら玄関から外へ出た。

 一先ず駅の方面に向かうか。人通りも多いし、大型店もそこそこあるから時間も潰せるだろう。

 そう思って駅のほうへ足を向けると、通りがかった女学生たちの騒ぎ声が聞こえた。

 そっちを見ると、その女学生たちは俺の方を見てるではないか。

 

「うっそ信じらんない!」

 

「きゃー! すごいイケメン~~!」

 

「俳優さんかな? あ、あたし握手してくる!」

 

 なんだか尋常じゃない騒ぎっぷりです。

 自分でも顔は整っている方だとは思うけど、騒がれるほどではない。ましてや俳優に見間違われることなんてなかったし、初対面でここまで好意を寄せられることもなかった。

 不穏な空気を感じた俺は言い寄られる前に急いでその場を離れた。ともはねといい、この子たちといい、一体なんなんだ?

 

 ――そして、この摩訶不思議な現象はその後も延々と続いた。

 

「あらやだ! すっごく好い男じゃない!」

 

 どこかの主婦には赤い顔で見られて。

 

「なにあの子、超イケメンなんだけど! しかもわたし好みのショタだしっ!」

 

 どこぞの若いOLには飢えた目を向けられ。

 

「あんらヤダ! 随分と男前だこと!」

 

 パンチパーマが掛かったおばさんから注目を浴び。

 

「あらホント! 高倉健より素敵な子ね」

 

 同じ世代のおばちゃんには超渋い俳優より素敵などとほざかれ。

 

「うしゃしゃしゃしゃしゃっ! まるで亡くなった爺さんが蘇ったようじゃわいっ」

 

 白髪が目立つよぼよぼのお婆ちゃんには、旦那さんと似ている発言をされる。

 そして気がつけば、下は幼女、上はババアまでで構成された女の群れが俺を追いかけていた。

 ぶっちゃけゾンビ映画より恐い! だって本当にゾンビのように手を伸ばしてくるんだもの! しかもお婆ちゃんとかめっちゃ足速いし!

 まるで人間列車。先頭を走る俺を追いかける女性の集団は当然周囲の人から注目を浴びる格好の的になる。

 これが男性の場合、不可思議なものを見る目で、困惑の表情を向けてくる。しかし、これが女性だった場合、目にハートマークを浮かべてこの列車に飛び込むのだ!

 

「引き離せない……っ」

 

 体調が万全だったら簡単に引き離せるが、復調に向けて霊力での強化や身体操法を自重している今、素の身体能力のみで逃げるしかない。それでも容易に引き離せると思っていたけれど、女性たちの無尽蔵な体力や足がめっちゃ速いのは予想外だった。マジで誰か助けてェェェ!

 

「……捕まったら、ジ・エンド……っ」

 

 それこそ何をされるか分かったものじゃない。綺麗な女の子にちやほやされるのは男の夢であるが、これは違う! ババアなんぞに逆レイプでもされたら一生不能になっちまうわ! こちとらようやくなでしこたちと結ばれて順風満帆の擬似新婚生活を送っている真っ最中だというのによ!

 大通りだと人目につくということで路地に入る。人通りの少ない道を選び、女性たちを撒こうとするが。

 

「いたわ! こっちよ!」

 

「ここにいたのねダーリン!」

 

「ゲヘヘヘ! 逃がさへんで旦那様ァァァ!」

 

 逃げても逃げても女性たちに見つかる。最後のババアはなにか妖気のようなものまで感じる始末だ。

 舌打ちしながら逃走を続ける。まるで犯罪者になったかのようで釈然としないけれど、捕まったら終わりだから逃げるの一択しかない。

 

「追い詰めたァァァ!」

 

「くっ……ヤバイ」

 

 路地を出たらなんと、半円状に女性たちが待ち受けていた。犯人の包囲に成功したFBIの刑事のように勝ち誇った顔をした女子高生が前に出てくる。

 

「さあ大人しくしなさい。大丈夫、お姉さんたちが良いことしてあげるだけだから」

 

「……」

 

 周囲に視線を走らせる。人垣は何重にも重なっているため強行突破は難しそうだ。背後からは妖怪ババアたちが追ってきているし、マジで逃げ場がない。このままではまさに絶体絶命。

 仕方なく、自重していた霊力での身体強化を行おうとした、まさにその時――。

 人垣の向こうから巨人が現れた。

 

 

 

 2

 

 

 

 その女(?)は他の女性たちと比べ、頭一つ二つといったレベルでなく、上半身が丸ごと周囲の人たちより抜きん出ていた。体長三メートル近くはあるだろう。

 無言のまま女たちを掻き分けて進み出たその人の姿に俺だけでなく、さしもの女性たちも呆気に取られている。

 顔立ちは彫りが深いという言葉では補えないほどで、例えるならイースター島のモアイ像が一番か。赤銅色の肌にボディビルダーのような逞しい筋肉。髪は金髪のベリーショートだが、もみ上げの部分だけ延びていて三つ編みに結ばれていた。

 なんだかんだで俺もムキムキな男たちをそこそこの数見てきたが、この人は中でも一、二を争うレベルの体だ。体長五メートルのヒグマと素手で殺り合えるような、そんなオーラが見て取れる。

 そんな巨人がふりふりの白のワンピースを着ているのだ。清楚なイメージの服をムキムキのガチムチマッチョ女(?)が。

 しかも、おまけとばかりにすね毛が生えていて、赤いエナメルの靴を履いてるのだ。

 そりゃ俺でなくても目が留まるだろう。

 俺を含め呆気に取られる女性たちの中から進み出たその人は、ひょいっと小荷物を持ち上げるように俺を担ぎ上げると、その場で大きく跳躍。

 人垣を大きく飛び越えて数メートル離れたところで着地したのだ。

 抱えられた俺も囲っていた女性たちも、道行く男もポカンと呆気に取られた。

 そして、女型の巨――大女は俺を肩に担ぎ上げたまま爆走を始めたのだった!

 

「ちょっ! ま、まつ……! 降ろす……っ!」

 

 はっと正気に戻ると、身体強化をしている時とほぼ同じ速度で大女は爆走していた。周りの景色が物凄い速度で流れる中、通行人の人たちがあんぐりと口を開けてこちらを見ている。

 担ぎ上げられた俺は手足をばたつかせて脱出を試みるが、逞しい腕はビクともしない。

 

「あばれない。あぶない」

 

「降ろして……!」

 

「あんしんする、ホテルいく。ベッドでおろす」

 

「ジ・エンドっ!?」

 

「やさしくする。いたくない」

 

 そういう問題じゃねぇ! つうかお前男だろ!?

 いくら寛容で同性愛者に対する差別意識がない俺でも、【ア゛ー】な展開はいやじゃぁぁぁぁぁ~~ッ!!

 

「……こまかいこと。きにしない」

 

 細かくねぇし!

 駅が見えてきた。大女はニヤッと笑うとさらに速度を上げる。まさか、電車に乗るのか? 乗れるのか!?

 誰か助けてぇぇぇ! なでしこぉぉぉ~~! ようこぉぉぉ~~っ!!

 

「今だ! かかれっ!」

 

 その時、どこからともなく黒服を着た屈強な男たちが我先へと飛び出し、襲い掛かってきた。

 

「ROARRRRRRRRRRRRRR――――ッッ!!」

 

 大女はほぼ怪獣のような咆哮を上げ、丸太のごとく太い腕を振り回した。

 振るわれるたびに黒服の人たちは吹き飛ばされ、薙ぎ倒され、昏倒する人もなかには出たが、それでも数の力で押していき、徐々にその巨人を大地にねじ伏せていく。気を抜けば簡単に跳ね飛ばされると分かっているから黒服たちも必死だ。

 気がつくと俺は、黒服の一人に手を引かれ、側に止めてあった黒塗りのリムジンの中に入れられた。

 

「よし、行け!」

 

 その男が馬車に鞭を入れるように車体を平手で叩くと、間髪入れずにタイヤがキュルルルルと回転して走り出した。

 

「危ないところでしたね」

 

 優しく声を掛けられ、俺はようやく全身の緊張を解く。ふかふかしたリアシートのクッションに体を預けた。

 

「お可哀想に……。でも、もう大丈夫です」

 

 隣に座った誰かが、額に浮かんだ冷や汗をレースのハンカチで優しく拭いてくれる。そこでようやく俺は今の状況を確認した。

 チラッと隣に視線を向けると、びくっと白い手が引っ込んだ。

 レースのハンカチで拭いてくれたのは可愛らしいお嬢様だった。

 俺の知り合いでお嬢様というと、新堂ケイくらいしかいないが、あちらは人形のような可愛らしさと儚さ(昔は)だ。しかしこちらのお嬢様は清楚で可憐という言葉が似合うような、そんな雰囲気がある。

 年齢は十八ほどだろうか。青いドレスを着込み、艶のある黒髪を横に流すように編みこんでいる。体つきは華奢で優しげな目元をしていた。なでしことはまた違った、見るものを安心させる微笑を浮かべている。まるで慈愛の目だ。

 

「……ありがとう、助けてくれて」

 

 本当にありがとう。君たちがいなかったら、今頃どうなっていたことか……。

 

「いいえ、そんな。助けを求めておられるように見えましたので。差し出がましいとは思いましたが、お助けしてこちらにお連れするように申し付けておりました」

 

「……助かった。感謝」

 

 頭を下げる俺に慌てるお嬢様。本当に出来た娘やなぁ。

 そんな時、リムジンの運転をしていた黒服の男性がチラッとバックミラーを見てこう呟いた。

 

「――お嬢様。あの者が追いかけてきておりますが」

 

「え?」

 

 マジっすか?

 お嬢様と一緒に振り返って後部ガラス越しに見ると、黒服の人たちの壁を突き破った大女は物凄い速度でこちらに向かってきているところだった。

 指をピンと立てて、膝を高く上げたスプリンター走法。まるでター○ネーターのごとく無表情で迫るその姿は、魑魅魍魎の十倍恐ろしい。

 

「スピードを上げて!」

 

 お嬢様が鋭く運転手に命じた。

 黒服の運転手が無言でアクセルを踏み込むと、ぐんっとリムジンが加速する。

 さすがの大女もこの速度には追いつけないのか、徐々に小さくなって、やがて視界から消えていった。

 これでようやく安心できる。肺の中の空気をすべて吐き出すほど長い溜息をついた。

 

「あの、おもてになるのですね」

 

「……いや」

 

「あんなたくさんの女性に囲まれて……。失礼ですが、テレビスターか何かですか?」

 

「……普通の高校生」

 

 ちょっとオカルトに明るくて、除霊を請け負うだけの高校生ですとも。

 しかし、なんなんだろうな、この現象は。思えば、ともはねが作ったという錠剤を飲んでからだよな。

 まさか、惚れ薬だったりしてな。ハッハッハッハッ……はぁ、笑い飛ばせないのが痛いところだぜ。

 

「あの、よろしければ自宅でお茶など如何でしょうか?」

 

 赤面して、もじもじと指を絡めながらそう言うお嬢様。ここまで世話になったんだし、これで「はい、さようなら」というわけにもいかないよな。

 少し恐縮な思いはあるが、ありがたくお邪魔させてもらおうかな。ついでに営業トークもさせてもらおう。仕事は少ないよりも多い方がいいからな。ぐへへへ……。

 

「……それじゃあ、少しだけ」

 

「まあ、ありがとう存じます! 柏、お家に向かってちょうだい」

 

「――それはできません、お嬢様」

 

 お嬢様が運転手にそう言うが、返ってきた言葉はノーだった。

 

「……えっ? 柏?」

 

 驚くお嬢様を放置して、柏と呼ばれた黒服の運転手は巧みなハンドル捌きでリムジンをとある場所に入れて停めた。

 そこはコンテナヤードと呼ばれるコンテナ置き場だった。広い敷地には等間隔でコンテナが詰まれている。

 

「どこ、ここ? え? 柏、どういうことなの?」

 

「――こういうことですよ、お嬢様」

 

 運転手がクラクションを鳴らすと、リムジンの扉が開かれた。

 外には数人の黒服たちがいて腕をつかまれた俺は強制的に車の外へ出される。見ればお嬢様も同じように体を拘束されたまま車外へ誘導されていた。

 運転席から降りた柏が懐から拳銃を取り出すと、黒服たちも一斉に銃を抜く。

 おいおいおい、すごく不穏な空気ですよこれ。

 

「……一体、何の真似なの?」

 

「なに、ちょっと大金が入用でしてね。旦那様にお嬢様の方から都合つけてほしいだけですよ」

 

 ポケットから取り出した携帯を見せてそう言う柏。あー、脅迫ですねわかります。

 お嬢様も同じ結論に至ったのか、厳しい目で柏を睨みつけていた。

 

「脅しのつもり? わたくしにこんなことをして、ただじゃ済まされないわよ」

 

「くっくっくっ、流石は箱入り娘。状況をまだ理解できていないんですね」

 

 そう言うと、俺を拘束していた黒服たちが銃口をこちらに向けてきた。ああ、なんか典型的な流れだなぁ。

 ちょろっと目を動かして黒服の人たちの配置を確認する。気配からしてここにいる奴らで全員だろう。となると、九人か。

 俺とお嬢様にそれぞれ二人。正面に一人。その奥に左右に分かれる形で二人か。

 図にするとこんな感じである。

 

 

 黒服×二  黒服×二

 

     黒服

 

  お嬢様   俺

 黒服×二  黒服×二

 

 

「なっ……! 彼を人質にするつもり!? 卑怯よ!」

 

「なんとでも。勝てば官軍なのですよ。さあ、この少年にお熱のお嬢様は果たして、彼の悲鳴を聞いても拒めるんですかね」

 

 カチャッという音とともに撃鉄を起こす。銃口は右のふとももに向けられていた。

 銃は形からしておそらくグロック。銃器の類はあまり明るくないから詳細までは分からないけれど、それでもふとももくらいなら死には至らない。それが分かってるということは、こいつら裏の人間だな。まあ見て分かるだろうけど。

 

「さあ、どうしますかお嬢様?」

 

「……わかったわ、あなたの話に応じます。だから関係のない彼は離しなさい!」

 

「そうはいきません。彼も大切な人質ですから。心配しなくても物が確認でき次第解放しますとも」

 

「卑怯者め……。ごめんなさい、こんな目に遭わせてしまって」

 

 自分も人質として拘束されているのに、健気にも俺の身を案じるお嬢様。まるで自分が原因とでもいうように眉をハの字にして謝ってきた。

 確かにお嬢様の身を狙っての犯行だろうけど、お嬢様本人にはなんの非はないだろう。すべてこいつらが勝手に暴走しているだけだし。

 なので、元気つける意味で言ってやった。

 

「大丈夫。あなたには何の落ち度はない」

 

「でも――」

 

「それに」

 

 この程度、障害にもなんないのよね。

 こっそりと霊力で身体強化をしていた俺は銃口を向けている背後の男の手を取ると、勢いよく捻りながら投げて関節を破壊する。それと同時に、隣にいた男の顎を裏拳で砕き、すぐさまお嬢様を拘束している男に近づきわき腹にフックを一発。肋骨が砕ける感触を感じる間もなく、その隣の男には首筋を叩きこんで意識を断つ。そしてお嬢様を抱き上げてその場を離脱。コンテナの迷路に入り込んだ。

 身体強化を行っているため、この一連の流れは物凄い速度で行われた。具体的に言うと、最初に投げ飛ばされた男が地面に叩きつけられたその時には、すでにお嬢様を抱えて離脱をしていたのだから。

 死神戦以来の身体強化だけど、なんだか恐ろしいほどスムーズに体が動いたな。理想としている無駄のない動きに近いというか……。

 なんだかよくわからんけど今のは良い動きだったと自画自賛して、お嬢様をコンテナ置き場の一角で降ろす。

 

「……え? えっ?」

 

 混乱していて状況の把握が出来ていないお嬢様。すぐにあいつらを排除しないといけないため、お嬢様にはここにいてもらうことにする。

 

「……ここにいる。すぐ終わるから」

 

「あ、あの……あなた様は一体……」

 

 呆然と俺を見上げるお嬢様から視線を逸らし、ボソボソっと言った。

 

「……ただの高校生」

 

 今はそう言うことにしておいて。

 お嬢様が何か言うよりも早く、その場を離れる。身体強化をしたままだから、強化された聴覚が近くを通る足音を捕らえたのだ。

 コンテナを迂回して足音を立てないように素早く移動。銃を構えながら恐る恐る歩く黒服の一人を発見した。

 そのまま背後から近づき、口元を押さえながら男を引き倒して頚動脈を締める。くぐもった声を漏らすが、俺の手で口を押さえられているため声量は最小限。聞き取れるほどの声ではない。

 そのまま静かに意識が落ちたのを確認した俺は男を脇に移動させて、コンテナに上った。そして一番高いコンテナの上に飛び乗り、見つからないように注意しながら上空から男たちの配置を確認する。

 どうやら男たちはバラバラに拡散しているようだ。お嬢様がいる場所の近辺には三人、その少し先に二人、反対側に三人だな。

 バラけてくれるとはありがたい。むしろこっちが楽になるぜ。まずはお嬢様の近くにいる奴らの排除だな。

 そう決めた俺はコンテナからコンテナへ飛び移り、素早く移動する。もちろん足音を立てるなんて初歩的なヘマなんぞしない。

 ものの数秒で三人の黒服がうろついている場所の真上に移動した俺は、音もなく男たちの後ろに飛び降りた。

 着地音はしなかったが、それでも気配で悟ったのだろう。男の一人が振り返りながら銃口を向けるが、俺からすれば遅い。

 

「がっ!?」

 

 反射的に引き金を引いて発砲しないように、銃の上部――スライドを握って銃を封じ、胸部を殴打。

 人間は心臓に強い衝撃を受けると一時的に心機能が麻痺し、動きを止める。その隙に隣にいる男の顎を回し蹴りで蹴り上げ、もう一人の黒服も回転させた勢いを殺さずに後ろ回し蹴りで昏倒させた。そして最後に未だ動けないでいる男の首筋を手刀で叩く。うむ、華麗な動きで大変満足!

 基本、俺の戦い方は正面突破が主だからな。こういうサイレントキリングというか、暗殺者のように身を隠しながら一撃で昏倒させるのは滅多に行わない。まるでメ○ル○アのス○ークにでもなった気分だ。

 そんな感じで残る黒服たちも一人ずつ排除していき、お嬢様の脅威は呆気なく沈静化されたのだった。

 

「……さて」

 

 お嬢様のところに向かうか。気丈に振舞っていはいたがそれでもお嬢様だからな、内心恐怖を感じていただろう。

 安心させねばと、お嬢様を降ろしたコンテナに向かった。

 お嬢様は降ろした場所で手を組みながら、何かを祈っているようだった。やはり不安や恐怖を感じていたのだろう、組んだ手が少し震えている。

 姿を見せた俺は優しく語りかけた。

 

「……もう大丈夫」

 

「ほ、本当に、あなた一人で……?」

 

 コクリと頷くとお嬢様は唖然とした顔で俺を見上げた。まあ、普通高校生が複数の大人を――それも裏の世界の人間を倒したのだから無理はないか。

 不意にプロペラが回る音が遠くから聞こえてきた。上空を見上げると、一機のヘリコプターがこちらに近づいているところだ。

 さて、あれはどっちだ? お嬢様を救援に来たのか、それとも黒服関係の方か……。

 警戒を怠らずにジッと見据えていると、俺たちの上空でホバーリングしているヘリから大きな声が降ってきた。

 

「お嬢様ァァァァァ~~~~ッ!!」

 

 そして、誰かがヘリの上から飛び降りた。

 その人は燕尾服を靡かせながら地上数十メートルという高さから飛び降りたにも関わらず、重い音と衝撃を伴って着地に成功する!

 燕尾服を見事に着こなしたその人は老齢の執事だった。白髪をオールバックでまとめ、左目にはモノクルをつけている。身長は一八〇センチくらいだろうか。ピンと背筋が伸ばされていて衰えを感じさせない。

 口ひげを蓄えたそ紳士然とした執事は必死の形相でお嬢様に駆け寄った。

 

「お嬢様! ご無事ですか!?」

 

「セバス!」

 

 お嬢様が明るい顔で出迎える。どうやらこの執事は味方のようだ。

 セバスと呼ばれた執事のお爺さんはお嬢様に怪我がないことを確認すると胸を撫で下ろした。ていうかセバスって呼ばれてたけど、この人もセバスチャンって名前じゃないよね?

 安心したのだろう。セバスさんの目から滂沱の涙が流れる。

 

「お嬢様が無事で本当によかった! 誘拐されたと聞いたときは我が耳を疑いましたぞ。お嬢様の身になにかあれば、セバスは……セバスはァァァァァァっ!!」

 

 なんか熱いなこの人。そういえば新堂家の方のセバスチャンが前に【セバスチャン】は役職名だって言っていたな。ということはセバスチャンって執事名はたくさんいるのか。ややこしいな……。

 自身の身を案じてくれるサバスさんの姿にお嬢様はようやく顔を緩ませた。

 

「もう、大袈裟なんだから……。そうだセバス、彼がわたくしを助けてくれたのよ!」

 

 お嬢様が俺の腕を取り、セバスさんに紹介する。彼女の目がキラキラ輝いているのが気になります。この距離感もとても気になります。

 ここでようやく俺の姿に気が付いたセバスさん。彼は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔和な顔で丁寧にお辞儀してきた。

 

「この度はお嬢様を助けていただきありがとうございます。私は九条家にお仕えする執事のセバスチャン・矢島・一郎と申します。失礼ですが、川平啓太様でよろしいでしょうか?」

 

「……そうですけど?」

 

 何で知ってるの?

 そう無言で問いかけると、セバスさんは「やはり」と納得した様子で頷いた。

 お嬢様も疑問なのか、セバスさんの顔を見上げている。注目を浴びているセバスさんは相好を崩した顔で説明してくれた。

 

「実はこのセバス、執事協会に度々顔を見せることがありまして。そこでとある執事から川平様の話を聞いたのです。自分の主を救ってもらった川平様の話を」

 

「あ……セバスチャン?」

 

 絶対その執事って新堂家のセバスチャンでしょ。それ以外該当する人いないもの。

 お察しの通りですと頷くセバスさんの隣で、お嬢様が驚愕の表情で俺を見た。

 

「……え? ええっ!? も、もしかしてケイさんが言っていた恩人の人って、このお方ですか?」

 

 おや、お嬢様はあちらのお嬢様と旧知の仲なのか。

 ハッとしたお嬢様は優雅にドレスの裾を持ち上げ、一礼する。

 

「イヤだわたくしったら、まだお礼も自己紹介もしていないじゃない。コホン、申し遅れました。わたくし、九条梓と申します。この度は助けていただき感謝の言葉もございません。本当にありがとうございます……」

 

 俺の手を取って潤んだ目を向けてくる九条お嬢様。

 思いっきり恋する乙女の表情なんだけど……ヤバくね?

 

「まさか、わたくしを救ってくださったお方が、ケイさんをお救いしたお方だったなんて、運命を感じます……。あの、是非お父様とお母様にお会いしてください。きっと気にいられると思います」

 

「それは良い考えでございますな。川平様にはお嬢様が大変お世話になりましたので、是非ともお礼をさせていただきたく存じます」

 

 な、なんかやばい展開になっていくよ! このままだと婿養子に迎え入れられちゃう勢いだよ!

 それはちょっと勘弁! 俺はなでしこたちと結ばれるって決めてるんじゃい!

 なので心苦しいが、ここは丁重にお断りさせていただこうと思った、その時だった。

 地平線の彼方から巻き起こる土煙が見えた。それと同時に俺の第六感が不穏な気配を感知する。

 突然、冷汗が吹き出てきた。少し体も震える。

 俺の異様な姿に気が付いた九条お嬢様たちが、何か話しかけようと口を開いた刹那――。

 土煙を巻き上げながら爆走する、あの大女の姿が見えたのだ。映画ター○ネーターを代表するあのテーマ曲【ダダンッダッダダンッ】という音が聞こえてきそうな、例のスプリンター走法で。

 血の気が引いていくのが分かる。まさかこんなところまで追いかけてくるのかよ!

 大女がふりふりのワンピース服を無造作に破り捨てると、中から真っ黒いレザースーツが出てきた! 一瞬でガチムチ女装マッチョからヒットマン風にジョブチェンジした大女――もう男でいいや――大男はさらにスピードを上げてこちらに迫ってくる。

 

 ――あかん、殺られる……っ!

 

 これ以上ないほど身の危険を感じた俺は即逃走を決意した。

 

「……もう行かないと。お礼はいい、当然のことをしたまで。誘拐には気をつける……!」

 

「あ、あの――」

 

「バイバイ……っ!」

 

 それだけ言い残し、駆け出した。再び霊力で身体能力を強化して力強く地面を蹴る!

 いい加減この鬼ごっこ、早く終わってくれぇぇぇぇぇ~~~~!

 

 

 

 3

 

 

 

 それから俺は数時間に渡り、地獄のかくれんぼをする羽目になった。

 女性に見つからないように、なによりあのター○ネーターに捕まらないように建物に隠れ、時には電柱に隠れ、なんとかあの手この手で女性に見つからないように移動しながら自宅を目指す。まるで大砂漠の中、オアシスを目指す旅人のようにフラフラになりながら。

 そうして家に辿りついた時にはすでに太陽は落ちていた。

 玄関でなでしこに出迎えられた時の安堵感といったらもう。思わずその場でなでしこを抱きしめたくらいだ。

 その夜は俺の希望で、三人同じベッドで寝ました。もちろんムフフな展開はなく、ただただ彼女たちのぬくもりを感じていたかったのだ。

 珍しくなでしこたちに甘える俺に、彼女たちは終始ご機嫌だったけれど。俺は見えないター○ネーターの影に怯えながら、なんとか眠りについたのだった。

 ちなみに、翌朝にはもう不可思議な現象は収まっており、女性とすれ違っても追われることはなかった。

 本当、一体何だったんだろうな……。酷く心身ともに疲れた一日だったよ。

 

 





 よいお年を!

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