今後も「いぬがみっ!」をよろしくお願いしますm(_ _)m
第六十五話「新居」
生まれて初めて格上の相手とガチバトルしてから三日。
あの死神【絶望の君】と強制的に結ばれた契約についてははけを通じてお婆ちゃんに報告した。
お婆ちゃんの方でも多方面から情報を仕入れてくれるとのこと。まずは体の傷を癒し、いつ襲撃があるか分からないから対応できるように心掛けろとアドバイスを受けた。
なでしこの話だと向こうも相当のダメージを負ったから、まずは回復に努めるだろうとのことなので、そのインターバルの間は襲撃は無いだろう。多分。
なので、その間いつ襲撃があってもいいように、出来る限りの準備をしておかないといけない。
「……」
俺は今、セミダブルサイズのベッドの上に寝ながら、小説を読んでいた。内容はファンタジー小説で今流行の異世界召喚ものだ。読んでいて主人公意味不明なくらいチートでご都合主義だと思う。
なでしこは買い物に出掛けていて不在で、ようこは洗濯物を畳んでいる。
未だ俺はベッドの上の生活を強いられていた。右腕と右足はギプスで覆われており非常に不便。
なでしこのお願いで一度病院で精密検査を受けたけれど、その結果はセバスチャンの予想通り、【全身十数か所に及ぶ筋繊維の断裂】、【数箇所の単純骨折】、【右上下肢の神経損傷】というものだった。
重症といったら重症だけど、絶望的ではない。一箇所に負担が掛かっていたら最悪の場合、四肢の切断などもあり得たけれど、全身に拡散したお陰でこの程度で済んだ。
なので後遺症もない。時間はかかるがリハビリなどで回復すれば、それまでと同じように動けるだろう、とは医者の言だ。
幸いなことに脳の方も問題ない。丸一日休んだため頭の熱も取れたし、再び身体操法で治癒力を促進すれば、この程度の怪我なら一週間程度で完治できるだろう。
なでしこたちにもそのようにしっかり説明したのだが、心配性ななでしこは過保護とも言えるほど俺の体を心配してくれる。
やたらと俺の世話をしたがるというか。ベッドの上で安静にしてないと怒るのだ。可愛らしく、こう頬を膨らませて腰に手を当てて。
食事の介護はもちろんのこと、移動では松葉杖で事足りるのに車椅子を勧めてくるし。風呂でも片手が骨折しているからと背中を流してくれたりとまるで介護士のように世話を焼いてくれる。恥ずかしそうにしながらもトイレの中にまでついて来られそうになったときは焦ったなぁ。
「……」
なでしこはどことなく以前より活動的になったというか、積極的になったような気がする。やっぱり、あの夜が切っ掛けなのかね?
なでしこが抱えている闇を垣間見たあの夜。初めて彼女の心の底に触れた夜。
彼女が抱えていた苦しみ、悩みを聞き、受け入れた。本当の意味で主従関係が結ばれた特別な日。
そして、告白し、受け入れてくれて。晴れて恋仲になった日でもある。
あれ以降、なでしこの態度に目立って変わったところはない。のだが、細かなところでは変化が見られた。
まず、なにかと一緒にいたがる。テレビを見ていれば自然な動作で隣に座るし、食事の席でも以前より少しだけ距離が近くなっている。
それと、なにかと目がよく合うようになった。視線が重なるたびに照れくさそうに、けれど嬉しそうに微笑むのだ!
その反応がもう可愛くて可愛くて! 俺も彼女を持った経験なんて無いからどう反応していいか分からんし!
「……」
そして、大きく変わった変化といえば、なでしこも戦闘に参加できるようになったという点か。戦闘狂である自分を受け入れてくれたのが大きいのか、翌日になでしこのほうからお願いしてきた。
何度も戦うことに不安は無いのか、本当に大丈夫なのか、と聞いたけれど、彼女の意思は固いようで。『啓太様がこんな私を受け入れてくださいましたから』と、だから大丈夫だとの一点張り。
なので、次の依頼からはなでしこも同伴することになったのだ。ようこにもその旨を説明したら純粋に喜び歓迎してくれた。後にはけから聞いたところ、なでしこと死神との戦いも説明済みのようだったようだ。
すべて順調のようだけれど、一つだけ問題がある。ようこさんに俺となでしこの関係をまだ打ち明けていない点だ。
なでしこと俺の変化を敏感に感じ取ったのだろう。最近ジッとつぶさに俺たちの行動や反応を観察しているようで。まるで浮気調査をする探偵のように、気がつけばジィ~とこっちを見ているのだ。怪訝な目で。
いつまでも隠し事は出来ないし、俺としてはあまりしたくない。それはなでしこも同じようだけれど彼女には彼女の考えがあるらしく、もう少しだけ待ってほしいとのことだ。
まあ、なでしこがそれでいいのなら否は無い。なでしことようこ、二人の関係がこじれないように俺も全力を尽くすだけだ。
「……飽きた」
パタン、と小説を閉じる。なんだか中盤あたりで中弛みしてきた。
話の展開が俺の求めてるのと少し違ってきたんだけど。初めの設定はよかっただけに少し残念だな。
読書は飽きた。眠気も無い。つまんない。暇だ。
「……手伝うか」
洗濯物を畳むくらいなら俺でも出来るべ。
ベッドの横にちょこんと置いてある車椅子へ移乗して、ようこの元へ向かった。
「……にしても、すごい家」
言い忘れていたが、俺たちはすでに依頼の報酬でゲットした邸宅へ移り住んでいる。
俺はこの有様だからずっとこの家で待機してたんだけど、ようこの話だとセバスチャンが手配してくれたメイド部隊となでしこが、家にある家財道具をその日のうちにすべて搬入してしまったらしい。
十数人のメイドを率いて家財道具の配置を指示するなでしこは、まさにメイドのリーダーであるかのようだった、とはその光景を見ていたようこの言葉だ。容易に想像できてしまうのがなんとも言えないところ。なでしこさん、いつもメイド服着てるから、新堂家メイド隊の一員に見えても仕方ないよね。
テレビやテーブル、ベッドなど、セバスチャンたちがすでに購入して配置していた家財道具については、そちらの方を使わせてもらうということで、それまで使っていたものは捨てるという流れになった。
なので、今まで庶民感溢れる安物のテーブルは木製の高級テーブルに代わり、五千円だった液晶テレビは十万円以上の大型液晶テレビへとチェンジ。煎餅布団は今話題の低反発素材で作られたニ○リのマットレス。明らかにQOLが向上しました。
取りあえずなでしことようこが家の説明をセバスチャンから一通り受けて、後日その彼女たちから説明をしてもらった。俺はベッドの上の住人だからその日、案内してもらえなかったのよね。
だから、この家にお嬢様とセバスチャンの姿はもうない。死神の影に怯える必要がなくなったお嬢様は実家に帰ったのだ。けれど時々遊びに来るらしい。こっちはいつでもウェルカムです。
ということで、利権書も貰い法的な手続きも済ませてあるため、名実ともに俺の家となったのだ。
わずか三年でアパートから高級住宅に住まうことになるとは。これで俺も薫に負けない家を手に入れたZE!
「……ポチッとな」
広~いこの家は、地下も合わせてなんと五階建て。地上三階、地下二階で構成されております。そのため、なんと家の中には小型のエレベータまでもが完備されていた。
一階はリビング、キッチン、和室×ニ、洋室×ニ。
二階は俺、なでしこ、ようこの部屋、書斎、執務室。
三階は空き部屋が四室と物置。
地下一階は浴室と室内プール。シアタールーム。
地下二階は保管室、空き部屋が二つ。
もうこの時点でなにこの豪華さと突っ込みたいところだ。ちなみにトイレは地上各階にあります。
その上、入居者が車椅子所有者だと予見していたかのようにバリアフリー化までされていて、車椅子の生活にも不自由を感じさせない親切設計。新堂グループマジ感激。
エレベータに乗った俺は一階を押し、ようこの元へ向かった。床は特殊な素材で作られた特性のフローリングだから車椅子の移動でも傷つかない優れもの。なので気にせず車輪を動かせるぜ。
ようこは、奥のリビングかな?
車輪の横についている輪っか状のハンドリムを押して車椅子を動かす。この車椅子も高級なのかね? すごい動かしやすいし、腕に全然負担が掛からないんだけど。
「……ようこー、いる?」
「あれ? ケイタどうしたの?」
「こけー」
リビングにやってくると、ようこはソファーに座って洗濯物を畳みながらテレビを見ているところだった。隣では一緒に越してきた木彫りのニワトリが鼻ちょうちんを膨らませて寝ている。
きょとんとした顔を向けてくるようこに、暇だから何か手伝うと言うと、彼女は困った顔で洗濯物を見た。
「あー、う~ん、ごめんねケイタ。もうほとんど終わっちゃって、あとは下着だけなの。あ、でもそれでも良いって言うなら……」
「……結構です」
頬を赤く染めたようこはチラチラと何かを期待した目で見てくる。
そこでうんと言えるほど俺のハートは強くねぇよ。
興味はあるけれど体裁を考え辞退しました。
そういえば引っ越してきたばかりだからまだ地理とか全然把握してないな。気晴らしもかねて散歩でもするかね。
「……じゃあ、散歩してくる」
「うん、いってらっしゃ~い。気をつけてね」
「……あい」
ようこに見送られて車椅子で玄関に向かうと、丁度なでしこが買い物から帰ってきたところだった。
エコバックから大根の葉っぱが見えるし。
「あ、啓太様。ただいま戻りました。……お出かけですか?」
なでしこは外に出ようとしている俺を見て首をかしげた。
「……ん。ちょっとその辺散歩」
「でしたら私もお供します。一人では危ないですからね」
おぉう、打てば響くような反応だな。まあ、ここ最近はなでしこと二人で出掛ける機会なんて無かったから良いけどね。
ちょっと待っていてくださいね、と言い残しエコバックを手にリビングへ。少し早歩きだったのはあれかね、楽しみにしてくれてるのかね。そうだといいな。
ものの十秒ほどで戻ってきたなでしこは明るい表情で「さあ、行きましょうか」と車椅子のハンドルを握った。
なんというか、メイドさん姿のなでしこに押してもらうと、いいところの坊ちゃんとその専属メイドみたいだな。
1
新たな住居となるここは吉日市。新居は吉日市の北西に位置する。
前の住所である難破市とは意外とそんなに離れていない。大体三駅ほどの距離だ。
近くには河童橋という大きな橋があり、その下を籾川という澄んだ清流が流れている。ちなみに河童橋の名前の由来は河童が出ることからつけられたらしい。俺も色々な魑魅魍魎を見てきたけど、まだ河童は見たことないなぁ。
都会というほど人が多いわけでもなければ田舎というほど閑古なわけでもなく、非常にいい感じな土地だ。近場にはコンビニやスーパー、病院、ゲームセンター、ショッピングモールなど一通り施設もある。結構暮らしやすい場所だ。
引っ越したけど学校は変わらず武藤田高校。電車で通える距離だもの。八月も下旬でもうすぐ一年が終わるのか。
「どちらに行かれますか?」
「ん、適当に回ってみる」
「では近辺をぐるっと回ってみましょうか」
なでしこに車椅子を押してもらい近辺を見て回ることに。
近所の人にはすでに挨拶済みのようで、通り掛かった四十代の奥様がにこやかに声を掛けてくれた。
「なでしこちゃんじゃない。こんにちは」
「こんにちは、田中さん」
主婦の奥様は車椅子に座る俺を見て、不思議そうな顔をした。
「あら、そちらの子は初めて見る顔ね」
初対面は第一印象が大切という。ここはビシッと決めねば!
車椅子の上から失礼。
「……川平啓太、です。なでしこ共々、よろしくお願いします」
「あらご丁寧にどうも。田中真紀子です。えっと、なでしこちゃんの旦那さんかしら? それにしては若いわね~」
だ、旦那さんっすか。ちょっと嬉しいような気恥しいような。
いかにもザ・奥様といった感じの田中さんは俺たちの関係が気になるようで、なでしこに「どうなのどうなの?」とにやけた顔で聞いてくる。
困った顔のなでしこは、しかし嬉しさが隠し切れない様子でこう言った。
「いえそんな。まだそこまでの関係ではありませんよ。……ゆくゆくはと思いますが」
え?
「啓太様は私が使える主様ですよ」
「主? えっ、もしかして良いところのお坊ちゃんなの?」
その発言になでしこは答えずただ微笑むに止めた。
色々と聞きたそうに目を輝かせた奥様だが、なでしこは失礼しますと一言断り車椅子を押し始めた。きっと噂好きの主婦なんだろうなぁ。
明日からお金持ちのお坊ちゃんとしてご近所に知られてるのかしら。あながち間違いじゃないのが何とも言えないところだ。
「――それで、この道を真っ直ぐ行きますと、スーパーに着きます。こちらは大抵の食材が揃っているので今後重宝することになりそうですね」
「……なるほど」
コンビニやスーパーの位置、駅までの道などを教えて貰いながら車椅子を押してもらう。すでに日常生活で使いそうな場所の道を覚えているとは、流石としか言いようがありません。
その後、河童橋にやってきた俺たちは川岸まで降りた。綺麗な水が流れる川を眺めながら一息つく。
それにしてもこの河童橋、家の裏手にある土手を超えたすぐそこにあるとは気が付かなかった。川魚も結構泳いでるし、たまにここで釣りをするのもいいかもな。
「……いい天気」
「そうですね。風が気持ちいです……」
確かにいい風が吹いているな。日差しも気持ち良いし、いい気分だ。
なでしこも隣にやってきて気持ちよさそうに目を閉じ、風を感じている。
和やかな空気が流れた。
「――いつまでも」
「……ん?」
「いつまでも、こんな時間が続くといいですね……」
それは、どのような気持ちで言った言葉なのだろうか。
そうであってほしい、という願望か。
そうであるといいな、という希望的観測か。
どちらにせよ、俺が返す言葉は同じだ。
「……続く。いつまでもこんな時間が、ずっと」
いや、ちょっと違うな――。
「続かせる」
続くんじゃなくて、続かせる。そうあるように考え、動く。
なに、これまで通りの生活を送ればいいだけさ。簡単だろ?
「……そうですね」
頷き、可愛らしい笑みを向けてくれた。
2
散策を終えて帰宅した俺たち。なでしこが作ってくれた夕食を自力で食べ――なでしこやようこが介助したがっていたが、自力で食べれる程度には回復した――風呂に入る。
新しい家のお風呂はそれまでのとは比較できないくらい広い。ぶっちゃけ大浴場レベルで広い。輪状に作られた埋め込み式のヒノキの浴槽は一度に十人は余裕で入れそうなほどだ。ヒノキ風呂だぞヒノキ風呂!
同じくヒノキで作られた湯口からはお湯が止めどなく吐き出され、まるで銭湯に来ているかのような気分になる。
右腕と右足がギプスを巻いているからまだ一人で体を洗えない。そのため介護が必要になるのだが――。
「なでしこばかりず~る~い~! なでしこは昨日啓太と一緒に入ったでしょ!?」
「ずるくないです! 入ったといっても啓太様の介護に、ですからね! それに人の体をしっかり洗うのは意外と難しいんです。ようこさんにちゃんとできるんですか?」
「出来るもん! ゴシゴシ洗えばいいんでしょ」
「それではダメです! 力強く洗っては肌を覆っている油分が取れてしまいますよ」
聞いてお分かりの通り、なでしことようこが珍しく争っています。どちらが俺の体を洗うかで揉めているそうですが、腰にタオル一枚で待機している俺のことも考えてくれませんかね?
結局二人で洗えばいいじゃないという妥協案を提出する羽目になった。どちらも引く気配がないからいつまで経っても終わりそうになかったんだもの。
いつぞやの水着に着替えた二人はそれぞれスポンジを片手に体を洗ってくれる。なでしこが右腕を洗えば、ようこは左腕といった具合に。
こんな些細なことでも性格がよくでているのが分かる。真面目ななでしこは優しく、細かく、丁寧に体を洗い。一方で大雑把なところがあるようこは鼻歌を歌いながらゴシゴシと力強く洗う。力加減はようこのほうが丁度いいけど、その分ストロークも長いんだよな。
なんやかんや二人とも絶妙なコンビネーションで体を洗ってくれた。
「では寝ましょうか」
いい感じで夜も更けてきているため、そろそろ就寝する流れになった。 時刻は十時で、普段の俺ならまだ寝るには少し早いけど、まあいっか。
各々、二階に割り振られた自室へ戻る。俺も部屋に戻りセミダブルサイズのベッドにイン。
――自分の部屋が出来たのはいいけど、なんか寂しく感じるなぁ……。
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