いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 ラスト。



第六十四話「後日談」

 

 

 はけとはその後、すぐに合流できた。焚き火の灯りを見つけてくれて向こうから来てくれたのだ。

 痛覚遮断のタイムリミットが来てしまった俺は、想像を絶する全身の痛みに襲われて動くことも叶わない。というか、許容量を超えた痛みって、人間声も出せないんだね。声にならない悲鳴、というのか。そういうのをずっと叫んでいる。先ほどから。

 

「啓太様、もう少しの辛抱ですからね……! あとちょっとですから、頑張ってください!」

 

 なでしこに背負われた俺は彼女の励ましの言葉に頷き返すことしか出来ない。なるべく振動を与えないように配慮しながら夜の森を走ってくれているけど、少しの揺れでも今の俺には激痛のトリガー。

 なでしこと併走する形でははけがようこを背負っている。

 今、俺たちはお嬢様たちと合流するために合流地点へと向かっていた。お嬢様の安否は大丈夫とのことなので、一安心だ。

 はけを伝言にお嬢様が指定した場所は邸宅から十数キロ先にある別荘。

 近くにはコンビニや書店、スーパーなどもあり、駅まで徒歩三十分の距離だ。半壊した大邸宅より立地的にはこちらの方が大分いいと思う。

 なでしこたちの健脚のおかげで数十分で森を出て、獣道を走り、人目に付かないように合流場所の別荘に辿り着くことが出来た。

 その頃には長時間の揺れで、すでにグロッキー状態の俺。意識があるだけでもすごいと思う、いやマジで。麻酔なしでの手術に延々と耐えるのに等しいもの。

 別荘はあの大邸宅ほどじゃないが、それでも立派な邸宅と呼べるものだった。

 洒落た佇まいの一軒家だ。ダイ○ハ○スがCMで紹介していたのとほぼ同等のレベルである。何平米の敷地なんだろう? たぶん二百はあるんじゃないかこれ。

 門から玄関まではちょっとした庭があるし。なんか隅のほうに小型の噴水が見えた気がしたんだけど。

 なでしこに肩を貸してもらい、門を潜って別荘に入る。

 はけがインターホンを鳴らすと、大して間を置かず玄関の扉が開いた。

 

「――川平くんっ!」

 

 顔を輝かせたお嬢様が飛び出してくる。

 俺がなでしこに肩を借りているのを見ると、血相を変えた。

 

「酷い怪我! セバスチャン、どうすればいいのセバスチャン! ハッ、そうだ、救急車だわ!」

 

「落ち着いてくだされお嬢様」

 

 なんかちょっと見ない間に愉快な子になったなぁ。

 お嬢様の背後に控えていたセバスチャンが笑顔で一歩前に出てくる。

 

「川平さん、あなたなら、きっとやってくださると信じてましたぞ。さあ、いつまでもこうしてはおられません。まずは川平さんの傷の手当てをいたしましょう」

 

 そう言ってセバスチャンが俺を受け取ろうとしてくるが、それをなでしこがやんわりと断った。うん、俺もむさいおっさんに抱えられたくない。

 残念そうなセバスチャンを置いて館の中に入る。セバスチャンの案内に従い、客間に通された俺はすぐにベッドに横になった。

 部屋には俺となでしこ、ようこ、はけ。お嬢様にセバスチャン。そして、薫とせんだんがいる。

 ようこも空いているベッドに寝かされた。

 意外なことに医師免許も持っているセバスチャンが俺の体を診てくれる。

 触診が終わると難しい顔をしながら病態を告げた。

 

「全身の内出血、筋繊維断裂、単純骨折、そして神経も痛んでおられます。まず一ヶ月は絶対安静ですな」

 

「……っ! そんなになってまで戦ってくれたの……?」

 

 悲しそうな顔をするお嬢様。まあこの怪我は俺の責任なんだけどね。

 セバスチャンが夜間でも緊急外来を受け付けている病院があるため、手配しようかと聞いてくるが断った。

 骨折は転位が無いかどうか調べればいいし、なければ自然治癒で治すわ。一日寝れば酷使した脳もある程度回復するからな。治癒力を促進すればもっと早く回復するし。病院嫌いだし。

 今はとにかく寝たい。さっきから頭がガンガン悲鳴を上げてるし。

 

「……なでしこ、はけ。説明……よろ……」

 

 俺はもう寝る。お嬢様たちに簡単な説明だけしてあげて。

 掛け布団を被ったとたん、気絶するように眠りについたのだった。

 

 

 

 1

 

 

 

 一ヶ月の絶対安静が必要な大怪我をしたにも関わらず、速攻で眠りについた啓太。啓太の体を案じていたなでしこたちだが、熟睡できている様子に安堵した。

 なでしこたちは啓太とようこを客室に残し、リビングへ移動。途中周囲を警戒していたいぐさたちも戻り、全員リビングに集まった。

 広い間取りのリビングは四十畳ほどの空間がある。足の高い木製のテーブルのほかに、ガラス張りの低いテーブルが別にあり、三人掛けのソファーが四つもある。壁側には大型のプラズマテレビが設置されていた。

 ソファーに各々が座り、セバスチャンとせんだん、いぐさが全員分の紅茶を入れてくる。なでしこも立ち上がろうとしたが、せんだんに「疲れてるでしょうから」と止められた。

 全員に紅茶が行き届くと、なでしこが死神との戦いについて説明を始めた。

 撃退には成功したものの、死神を退治しきれなかったこと。啓太が死神から強制的に契約を迫られたこと。その契約により、ケイの身はまず安全だろうということ。

 自分が見聞きしたことすべてをその場にいる皆に説明した。

 

「そんな、川平くんが……!」

 

「そう、ですか……川平さんが。それは、なんと申し上げればよいやら……」

 

 啓太が契約を強制的に結ばれた話を聞き、お嬢様とセバスチャンの顔色が変わる。

 薫やともはねが心配そうな表情を浮かべる中、驚きの顔でなでしこを見ている人もいた。

 はけにせんだんといった、なでしこを知る犬神たちだった。

 

「あなたが、戦ったと……?」

 

 驚愕の表情でなでしこの顔を見るはけ。なでしこは恥ずかしそうに微笑み、小さく頷いた。

 

「……はい。自分のことより、啓太様を守るのが私の使命ですから」

 

 そう言い、どこか憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔のなでしこ。

 彼女を長年苦しめていた重荷がなくなったのを察したはけは優しく微笑んだ。

 なでしこの頭に今まで無かったものを見て、何かに気がついたせんだんが、彼女にしては珍しく悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

「なるほどね。……どうやらそのリボンも関係しているようだけれど?」

 

「あ、これはその……」

 

 なでしこは恥ずかしそうに、けれど幸せそうに微笑む。そんな彼女の姿にせんだんは自分のことのように喜んだ。

 長年、過去に犯した過ちに囚われ続けたなでしこ。本人は無自覚だろうが、心の底では「自分は幸せになってはいけないのだ」と強迫観念にも似た意識を持ち続けていたと思う。

 そんな彼女が今、こうして幸せそうに微笑みながら、頭に結ばれたリボンに触れている。せんだんの目には、それがとても尊い光景に見えた。

 話の意図が理解できないケイとセバスチャン、薫、ともはね。他の犬神たちはせんだんと同じく何かに気がついたようで、目を見開くなり、「えっ!」と声を出すなりと、各々驚きの表現でなでしこを見る。

 その視線に気がついたなでしこ。後頭部に結ばれた純白のリボンを指した、いぐさが『そういうことなの?』と目で尋ねると、笑顔のなでしこが小さく頷いて見せた。

 

「なんにせよ、おめでとうなでしこ」

 

「ありがとう、せんだん」

 

 優雅な物腰でお嬢様然としているがやはり乙女。せんだんとなでしこは手を取り合い、きゃいきゃいと喜んだ。

 薫とセバスチャン、お嬢様は話についていけず、目を白黒させているが。

 こほん、と咳払いしたはけが改めて確認する。

 

「それではなでしこ。今一度確認しますが啓太様と、あの死神との間に結ばれた契約は以下の二つでよろしいですね?

 一つ、絶望の君を倒せる存在は啓太様のみ。

 二つ、啓太様が死なない限り、絶望の君は外部エネルギーの補給ができない。

 そして、契約解消のためには契約者が直接相手を殺さないと解除できないのが、一方契約と」

 

「はい。確かにそう言っていました」

 

 ふむ、と開いた扇子で口元を隠すはけ。深く思考に耽る際に見せるはけの癖だ。

 数秒経つと扇子をパチンと閉じる。考えがまとまったようだ。

 

「この契約を聞く限り、啓太様が存命の間は彼の死神は契約が取れず、一方契約以前に交わされた契約も履行されないということ。死神にとってのエネルギー供給は契約により派生するものです。絶望の君だと、契約で生じる恐怖や絶望が、彼のエネルギー源なのでしょう」

 

 はけの言葉に全員真剣な面持ちで話を聞く。

 

「なので、先ほどなでしこが言った通り、この契約によってお嬢様の安全は確保されたとみていいでしょうね」

 

 そう言ってケイに微笑みかけるはけ。お嬢様は目に涙を溜め、その隣でセバスチャンが歓喜の表情で大きくガッツポーズした。

 

「ですが、このエネルギーを供給できないということは時間が経つにつれて弱体化していくことを意味します。絶望の君にとっては死活問題でしょう。なりふり構わず啓太様の命を狙いに来ますよ」

 

 その言葉に喜び勇んでいたケイたちは冷水を浴びせられようにハッと正気に戻った。

 そうだ、自分たちのせいで啓太は死神と契約を結ぶはめになってしまったのだ。

 ケイとセバスチャンは己を恥じた。

 しかし、そんな二人を元気つけるようになでしこが力強く、はっきりとした声で言う。

 

「ええ。ですが、啓太様には指一本触れさせません。それにしばらくは大丈夫でしょう。本気で当たりましたので、当分は傷を癒すことに専念すると思います。こちらにはようこさんもおりますし。ですから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

 

 ケイたちにそう言って微笑みかけた。

 なでしこの言葉にはけも笑みを浮かべて頷く。

 

「……そうですね。なにせ啓太様のお側には、かつては犬神最強と謳われた、あの(・・)なでしこがいますから。心配するだけ損というものでしょう。ですが、我らも協力を惜しみませんので、いつでも声を掛けてください。決して一人で抱え込まないように」

 

 はけの何気なく口にした犬神最強発言に皆が一瞬唖然とする。そして、間を置いて場がどよめいた。

 

『犬神最強~!?』

 

 全員の上げた声がリビングの中を響き渡る。

 いつも冷静沈着で優雅な物腰であるせんだんが慌てふためいていた。

 

「お、お兄様? なでしこが最強って、どういう……!?」

 

 実の兄であるはけに尋ねる。

 せんだんを含め、この場にいる多くの犬神は若い。そのため、かつてのなでしこの姿を知るのはわずか数人だ。見た目に反して結構年がいってる金髪巫女のフラノ。そして深い医療知識を持つ犬神のごきょうやのみ。

 それ以外は『やらず』のなでしこしか知らない若い犬神なのだ。

 妹の言葉にはけは一瞬なでしこに視線を向ける。

 なでしこはただ微笑むだけだった。

 

「……まあ、いつかお前も知る時が来るでしょう。それまで待ちなさいせんだん」

 

「そんな、お兄様!」

 

「ともかく」

 

 意外と妹には厳しいはけはせんだんの言葉をぴしゃりとシャットアウトすると、真剣な表情に戻った。

 

「今後、啓太様にはあの死神の影がついて回ることになるでしょう。こちらの方でも情報を探ってみますが、くれぐれも気をつけてください」

 

「はい。お気遣いありがとうございます、はけ様」

 

 なでしこはすやすやと眠る主の代わりに頭を下げたのだった。

 啓太の身は何が何でも守る、たとえこの命と引き換えになってでも。そんな固い決意を胸に秘めて。

 

 

 

 2

 

 

 

 翌朝。

 熟睡したためか、目が覚めると幾分か頭の痛みも取れていた。

 隣のベッドを見てみると、すやすや寝ていたようこの姿はない。もう起きたようだ。

 俺はベッドに横になったままで手足の指を軽く動かしてみる。昨夜は動かすことも出来なかったけれど、今はちゃんと思い通りに動かせた。

 指を動かす程度だとすこし筋肉が痛む程度か。もっと大きい動きをしたら激痛が走るなこりゃ。

 大雑把に状態を把握した俺は、仰向けのままなでしこたちを呼ぶ。

 

「……なでしこー。ようこー」

 

 うん、大声を上げても大丈夫だな。喉は問題なしと。

 

「おはようございます啓太様。ご気分はいかがですか?」

 

 寝室の扉を開けてなでしこさんがやってくる。その後ろにはようことお嬢様、そしてセバスチャンもいるんだが……。

 

「……ん、安静にする分には大丈夫。けど……なんでようこ、むくれてる?」

 

 そう、ようこさんがなんかご立腹なのだ。可愛らしく頬を膨らませて、つーんとそっぽを向いている。

 なでしこは困ったような顔でチラッとようこを見た。

 

「その、昨夜啓太様に渡されたリボンなんですけど……」

 

「ケイタっ! なでしこだけズルイよ! わたしなにも渡されてないっ!」

 

 ああ、それでむくれてたのね。といっても君、今の今まで思いっきり熟睡してたじゃないか。

 まったく仕方ないなあ、ようこくんは。

 

「……ちゃんとようこの分もある」

 

 サイドテーブルに置かれたポーチから、ようこの分のプレゼントを取り出した。

 白い包装紙に黒のリボンがついた長方形の小箱だ。

 現金なもので、プレゼントを取り出した途端ようこの目が輝いた。

 開けていい、開けていい!? と急かすようこに頷いてあげると、慎重に包装紙を剥がす。

 

「わぁ~、綺麗な髪飾り♪」

 

 俺はよく分からないんだが、店員さんの話だと、この髪飾りは髪留めと一体になっていて人気の品であるらしい。

 ガラスのような素材で出来た鶴のくちばしの形をした髪留め。その根元に飾りとなる薔薇を模した一輪の花が咲いている。

 ようこの反応からして悪くないようだ。よかったよかった。

 

「……気に入った?」

 

「うんっ、ありがとうケイタ! これ大事に使うね!」

 

 ぱっと大輪の花が咲いたような笑顔を見せてくれる。ここまで喜んでくれると買ったかいがあるってもんだな。

 よし、まだ体動かすのキツイけど、一丁ようこのために付けてやるか。

 

「……ようこ、頭寄せる。つけてあげる」

 

「ホントっ!? つけてつけて!」

 

 喜色の笑みを浮かべたようこは「早くっ早くっ」と主人を急かす子犬のように頭を寄せてきた。

 そんな姿に苦笑しながら髪飾りを受け取り、なでしこに介助してもらいながら上体を起こすっ!

 くぁぁっ! や、やっぱ痛覚遮断してないから、めっちゃ激痛が走るな……っ!

 

「啓太様、大丈夫ですか……?」

 

「……このくらいなら、なんとか」

 

 痛みが顔に出ないのは無表情の利点だな。

 けれどいつも一緒にいるなでしこは流石に誤魔化しきれないらしい。俺の体を案じるように眉をハの字にして聞いてきた。

 やせ我慢をしながらようこのサラサラな髪に手を通し、赤い髪飾りを付けてあげる。

 左の米神あたりの髪を少しだけ掻き上げて、鶴のくちばしのような部分を通して、と。

 

「……ん。よく似合ってる」

 

「本当?」

 

「ええ。素敵ですよ、ようこさん」

 

「えへへ。なでしこのリボンもよく似合ってるよ!」

 

「ふふっ、ありがとうございます♪」

 

 うむうむ、仲良きことは美しきかな。良い友情だ。

 きゃいきゃいと手を取り合って喜ぶ女性たちを目の潤いにしていると、お嬢様たちがこちらにやってきた。

 そして、改めて頭を下げてくる。

 

「川平さん、改めてお礼を言わせてください。本当に、ありがとうございました! 川平さんのおかげで、お嬢様の命が救われました。 何とお礼を申し上げてよいのか、感謝の言葉もありません」

 

「本当にありがとう。川平くんがいてくれたから、今こうして笑っていられる。すべて貴方のおかげよ。本当にありがとう」

 

 俺が知るお嬢様の笑みは虚無の微笑だった。しかし、今目の前で笑んでいるお嬢様は心からのそれを浮かべている。

 綺麗な見る者すべてを見惚れさせるような美しい笑み。そんな笑顔を浮かべることができるようになった。その状況を作るのに一役買うことが出来た。そう思うと本当によかったと心からそう思う。

 女の子の未来を守ることができてえがったえがった。

 けれど、それまで笑顔を浮かべていたお嬢様はしゅんと気落ちした様子を見せた。

 

「でも、ごめんなさい。わたしのせいで今度は川平くんが……」

 

 あー、これは死神との契約のことか?

 でもそれはお嬢様は関係ないしなぁ。ぶっちゃけ、ただの押し付けだったし。

 

「……それは、お嬢様関係ない。あれは死神のせい。すべて死神のせい」

 

 そう、悪いのは全部死神のせいだ。あんの糞死神め……。今度あったらぶん殴ってやる!

 

「だから頭上げる。お嬢様が気にする必要ない。折角助かった命。笑顔でいる」

 

「……ありがとう、川平くん」

 

 顔を上げ、潤んだ目を向けてくるお嬢様。その頬が少し赤いようだけど、風邪ですか?

 

「安静にしていなければならないところ恐縮なのですが、報酬の件でご相談がありまして」

 

 セバスチャンが手にしたブリーフケースから数枚の紙切れを取り出した。

 確か依頼を受ける前の話だと、手付金五千万、成功報酬で五千万、あの大邸宅を土地付きで譲渡という話だったな。

 もうちょっと緩和してもらいたいということだろうか。ぶっちゃけかなり破格の条件だから全然いいですとも。

 報酬の相談と言うからてっきり緩和の交渉だと思ってたんだが。

 

「手付金の五千万と成功報酬の五千万は後ほど、川平さんの講座に振り込ませていただきます。ただ、あの別荘は先の戦闘で半壊してしまいましたので、あれをお譲りするというのはこちらとしては考えものだと愚考いたします」

 

 ふむふむ。

 

「ですので、当初お譲りする予定でした別荘に比べグレードが落ちてしまい申し訳ないのですが、代替案としてこの別荘をお譲りしたく存じます」

 

 ――えっ? この家を??

 いやいやいや、あの別館ですら持て余すレベルだったんだぞ! 一億ですら破格なのに、その上この邸宅を譲るとか、あんた正気か!?

 そう言うとセバスチャンは何を仰いますか!と鼻息を荒くした。

 

「もちろんですとも! 川平さんに受けた恩に比べればこの程度、雀の涙にも劣ります!」

 

「そうよ。川平くんには感謝してもしきれないほどの恩があるもの。私たち新堂グループが一生を掛けて返していくわ!」

 

「その通りです、よく言いましたお嬢様っ!」

 

 なにやら燃えておりますこの二人。死神の影が消えた途端に生き生きし始めましたね!

 庶民派の俺がセレブの仲間入りとか想像もできないんだけど。

 二人のテンションの高さになでしこは苦笑、ようこはぽかんとしていた。

 

「しかし、これだけでは心許ない。なので、一先ずはそれに合わせ、こちらを進呈させていただきたく」

 

 そう言って差し出してきたのは一枚の紙切れ。パスポートサイズの厚紙だった。

 壁に背中を預けて上体を起こしている俺は何の気なしにそれを受け取る。

 

「……雪ノ下旅館、終身無料……待遇券?」

 

「雪ノ下は新堂グループが経営している旅館です。その券を所有している人は終身そちらの旅館を無料でお過ごしいただけます。いわゆるVIP待遇というやつですな」

 

「旅館の無料待遇券ですか」

 

「旅館? 温泉もあるの!?」

 

 旅館と聞いて女性陣が食いついてきた。

 ようこの言葉に朗らかに笑いながらセバスチャンが頷く。

 

「もちろんです。雪ノ下では露天温泉が名物でしてな。景色を一望しながらの露天風呂は格別だと思いますよ」

 

「まあ、ステキ♪」

 

 想像しただけで幸せな気分に浸かっているようこ。セバスチャンから受け取ったパンフレットをなでしこも興味津々の様子で眺めていた。

 なでしこたちがこれだと、断れないじゃんか……。

 

「……でも、本当にいい? 一億だけでも破格」

 

 貰いすぎじゃないだろうか。

 仕事内容と報酬がつり合っていないんじゃないか。それが一番不安なのだ。

 そう言うと、お嬢様は微笑みながらベッドに置いた俺の手の甲に手を重ねてきた!?

 ビックリして固まっている俺を余所に、お嬢様が優しい口調で言う。

 

「さっきも言ったけど。川平くんたちには本当に、心の底から感謝してるの。今の私があるのはあなたたちのおかげなんだから。新堂グループはお金だけはあるんだから、せめてこれくらいのことはさせてちょうだい? 私たちが出来るのはこういうお礼くらいしか出来ないから」

 

 だから遠慮しないで、そう言ってお嬢様は微笑んだ。

 んー、ここまで言ってくれてるのに断るのは返って失礼か。

 それじゃあ、ちょっと貰い過ぎな気がするけど、ありがたく受け取るわ。

 

「……ありがとう」

 

「よかった。断られたらどうしようかと思ったわ」

 

 うれしそうに微笑んでくれるお嬢様だけど、あの、そろそろ手、離してくれませんかね?

 さっきからなでしこさんの視線が痛いんですけど……。

 

「……啓太様?」

 

 いえ、これ俺から握ったわけじゃないんですよ!?

 でも恐いからすぐに離れます!

 

「あ……」

 

 やんわりと、何気ないように重なった手を引き抜くと、お嬢様が残念そうな声を出した。

 なんでそこでそういう反応するの! ほら見なさい、なでしこの視線がさらに厳しくなりましたよ!

 お嬢様が無防備すぎて困ります……!

 

 




 と、いうことで第二部が終了しました。
 駆け足だったので疲れた……。
 次回の投稿までしばらく休みます。

 感想や評価お願いしまーす(´∀`)

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