ストック完成! 第二部エンディングに向けて投稿します!
前話で死神の台詞を変更しています。思うところがあって、性格もちょっと変えました。
突如襲った途方もない衝撃に意識を持っていかれてしまった。
数秒あるいは数分なのか判らないが、意識が戻った時には信じられない光景が目の前に広がっていた。
美しい景色を作り出していた山々。その一角が見るも無残に崩れていたのだ。一体何があったのか、山頂付近から数キロに渡りごっそり削り取られ、山肌がむき出しになっている。
建物も端のほうが崩壊を起こしていて、パラパラと壁の素材の一部が落ちている。
大邸宅が半壊していた。
「これほどとは……」
「うそ、なによこれ……」
意識を取り戻したなでしことようこも、目の前の光景に絶句していた。
「う……くっ……」
先ほどの衝撃で体が上手く動かない。指くらいは動くけど、立ち上がることもままならなかった。
床に座りこんだ姿勢で動けずにいる俺たち。そんな俺たちの前で、この光景を作り出した張本人の死神は小さく頷いた。
「ふむ……。まあ三割の出力なら大体このようなものか」
「……っ」
これで、三割の力だと!?
なら全力を出したら一体どうなるんだ……。
死神の力を目の当たりにして戦くと、死神は満足そうに頷いた。
「うむ、どうやら私とキミたちの力量の差を正しく認識できたようだな」
きびすを返した死神は現れた時と同様に闇の渦に巻かれていく。
ごうっ、と風の音が鳴るなか、死神の冷たい声が当たりに響いた。
「なに、当然の結果だ。嘆くことはない。では、明日会おう。新堂ケイに連なる者たちよ」
そう言い残し、死神は去っていった。
今まで無敗を誇り、受けた依頼は完璧にこなしてきた。死神が相手でも、全力を尽くせば勝機はあると思っていた。
しかし、実際はまったく歯が立たなかった。どれだけ力を振り絞っても、どれだけ猛攻を仕掛けても、死神は表情の一つ変えることなく受けきって見せて。
まるで大人と子供のような圧倒的な力の差を感じた。
「……くっ」
知らず知らず手に力が入る。爪が皮膚に食い込み血が出るほど強く、強く。
俺とようこが初めて敗れた瞬間だった。
1
小学生になるまで、死神という存在はわたし――新堂ケイにとってあまり重要な存在ではなかった。
なぜか知らないけれど一年に一度家にやってきては、とても恐い思いをさせてくる人。もちろん子供だったわたしは恐いことをする死神が嫌いだったし、苦手だった。
あの実験動物を見るような目でジーッとわたしの顔を見る死神が、とても恐ろしく感じた。
しかし、当時のわたしは死神という存在をよく理解できなかったし、与えられた恐怖も時間がたてば自然と癒える。注射やお化け、嫌いなピーマンの方が当時のわたしにとっては切実な問題だった。
しかし物心つくようになって、ふと疑問に思うようになった。
それは、わたしには両親がいないということ。そして、友達を誕生日に呼んではいけないということだ。
周りの友達にはいるのにわたしにだけいない。わたしはよくセバスチャンに「なんでお母様もお父様もいないの?」と聞いては彼を困らせていたのを覚えている。
友達をお誕生日会に呼んでもいけなかった。誕生日に友達を呼んではたくさん遊んだという友達の自慢話を聞いては羨ましく感じた。
子供が抱くそんな素朴な疑問を尋ねるたびにセバスチャンは苦悶の表情を浮かべ。
「お嬢様は私が必ずお守りします。このセバスチャンが命に代えても」
そう悲しそうに微笑んだ。
しかし、わたしのこの疑問も、大きくなるに連れて自然と分かっていった。それと同時に新堂家が抱える闇――わたしの運命も。
誰もが迎える誕生日。本来なら祝福と笑顔に満ちた楽しい日。
わたしが生まれた日は、一般のそれとは真逆で恐怖、悲鳴、怒号で満ちていた。
主役であるわたしを祝福するように現れる死神。そしてわたしを守るために集められた男の人たち。
多くの人が挑み、敗れ、傷ついていく。恐くて動けないでいるわたしの頭に手を置く死神。流れ込む恐怖感と絶望感、喪失感、不安感。
心が壊れそうになるくらい注がれると、あの冷たい目でジッと見つめてくる。
もはや恒例行事と化すくらい回数を重ねてしまうと、その頃にはわたしの心もぼろぼろになっていた。
私の誕生日には多くの人が不幸になる。わたしを守るために、傷ついてしまう。
それを見るのが辛かったわたしはいつしか、自分から人を遠ざけるようになった。自分が傷つくのはいい。怖いし、辛いけど、なんとか我慢できる。でも他の人が傷ついたら。しかもわたしのせいでとなると、とても耐えられない。
仲の良かった友達とも別れた、雇用していた使用人も退職金と新しい仕事先を斡旋した。そうやって一人、また一人と人を遠ざけ、いつしかわたしの周りにはセバスチャンと十数人の使用人だけが残った。
唯一の友達は、いつも一緒にいる熊のぬいぐるみだけ。
そして、九歳の誕生日の日。その日はボクシング世界王者の黒人や、不思議な術が使える高名な霊媒師、戦場帰りの傭兵といった強者を呼び挑んだ。
しかし、例年通りその人たちも一蹴されてわたしの身を守ってくれていたセバスチャンも一撃で気絶させられた。
いつものように恐怖を刷り込まれそうになったわたしは一度だけこんなことを尋ねたのだった。
――なんでこんなことするの? わたしにお父様とお母様がいないのも、あなたのせいなの?
わたしから初めて話しかけられた死神は目を細めると、凍てついたような声で、しかし柔らかい口調で語った。
「ふむ? そういえばキミには話していなかったかな? 私としたことがうっかりしていた」
そう言うと死神はわたしの頭に手を置いた。
「では教えてあげよう。愚かなる先祖が何を求め、何を差し出したのか。これまでのログの一端を見せてあげよう」
死神の手が淡く光、わたしの意識も混濁していく。
「そして知れ。愚かな人間の醜態を」
その言葉を合図に、情報が怒涛のごとく脳に送り込まれてきた。
そして、理解したのだ。
死神との契約を。
わたしが二十歳の誕生日で死ぬ運命であることを。
お母様も同じ運命を辿ったことを。
お父様はお母様を守って死んだことを。
当事の映像が直接脳に叩き込まれる。飛び交う怒号に悲痛な叫び声、飛び交う血飛沫、絶望に染まる人々に楽しげに死を誘う死神。
これでもかと、今まで辿ってきた新堂家の運命を突きつけられ。
わたしの目から一筋の涙が流れ、膝から崩れ落ちた。
死神は喉の奥で押し殺すように笑いながら、闇に溶け込むようにして消えていった。
駆け寄ってくるセバスチャン。茫然自失になりながらポツリと呟いた。
「ああ、そうだったんだ……そうだったんだね……。ようやく分かったよ、セバスチャン」
その日以降、わたしは未来に希望を持つことを止めた。
なによりも、生きる意味を失った。
わたしに未来はない。
生きる意味もない。
わたしには、なにもない――。
いつの日か【死にたい歌】を歌うようになっていた。
わたしの中に自然と生まれた歌詞をそのままメロディに乗せて、気ままに歌うと、寂寥で満ちた心が安定した。
静かな水面のように揺れることのない心。
【死にたい歌】を歌うと精神が安定するから、心が揺れた時に歌うようにしている。
そう、丁度今のような時に――。
「時を運ぶ縦糸、命を運ぶ横糸。その糸を紡ぐ手は死の運び手。
彼は冥府の支配者、うたかたのごとく消える命を輪廻の輪に乗せて。
潤い消えた乾いた心は砂のようにサラサラと、形崩し無に還る。
ただただ、
ただただ、
いつしか醒める夢がやってきた。ただただ、それだけのことだから」
死神が去った後、家に戻ったわたしとセバスチャン。
屋上の一部が崩壊して屋根がなくなったバルコニーに出たわたしは、夜風に当たりながらいつもの歌を歌っていた。
ただただ無心に。明日訪れる死を前に心を安らげる。
『死にたい』それがわたしの口癖。生きることに絶望した、あきらめの言葉。
生きる意味なんてないのだから――。
「……ふぅ」
歌い終わって一息つくと、背後から小さな拍手が聞こえてきた。
振り返るとそこには、普段着に着替えた川平くんが立っていた。
2
死神が去ったのを確認した俺は避難させていたお嬢様とセバスチャンを呼び戻した。
セバスチャンは心配そうに俺たちの体を気遣ってくれるなか、お嬢様が二階に上がっていく。
その横顔に少し引っ掛かるのを覚えた俺はお嬢様の後を追って二階へ上った。
お嬢様はバルコニーにいた。死神のあの桁外れな一撃でバルコニーの天井が崩れ、壁も一部崩壊している。
虚ろな目。なにも映っていないような感情を置き去りにした目で外を見ている。美しい山脈の一部がごっそり消滅していて、絶大な破壊力を物語っていた。
お嬢様は透き通るような声で歌い始めた。
美しい歌声が奏でるその歌はひどくもの悲しく、どこまでもネガティブな歌詞だ。
歌い終わり、一息つくお嬢様。その歌声に惜しみない賞賛の拍手を送った。
「川平くん?」
振り返るときょとんとした目で見てきた。
そして、虚ろな笑みを浮かべる。
「まだいたのね」
「……もちろん」
帰るとでも思ったのだろうか?
「早く帰りなさい。あなたたちは良くやってくれたわ。わたしからお礼が出来ないのが残念だけど、セバスチャンに口座番号を聞いて適当にお金を持っていって」
「……いいの?」
「ええ。本来無関係なあなたたちを巻き込んでしまったんだから、せめてこのくらいのお詫びはさせてちょうだい。実際に、あなたたちは今まで雇ってきた男たちの中で一番強かった。相応の報酬を払えなくて申し訳ないんだけどね」
「違う」
そうではない。
すべてを諦めたお嬢様の目を正面から見つめて再び問う。
「……それで、本当にいいの?」
このまま、運命に身を委ねていいのか。
このまま、死を待つだけでいいのか。
このまま、人生を狂わせた死神の思惑通りでいいのか。
――生きたくはないのか。
「……ええ、もちろんよ。わたし、疲れたの。もうなにもかも。誰かが傷つくのも、誰かが死んじゃうのも、もう見たくない」
「……」
「そうだ。わたしの最期のお願い聞いてくれる?」
「……なに?」
「セバスチャンからお金を受け取ったら、彼を殴り倒してどこかに監禁して。きっと、最後までわたしの側にいたがるでしょうから」
「……」
「あんな良い人、わたしなんかと一緒に死ぬのは勿体無いわ。セバスチャンにも幸せになってほしいから」
そう言ってお嬢様は微笑む。
それまで浮かべていた虚ろな笑みではなく、優しい笑顔。
手を取ってお願いするお嬢様に俺は――。
「……えー、やだ」
お嬢様人生最後の嘆願をケロっと断った。
断られると思っていなかったのか一瞬呆気に取られたお嬢様だったが、次第に目尻を吊り上げていった。
「ちょっと、そこは普通話を聞いてくれるところでしょう!? なんで断っちゃうのよ!」
おっ、ちょっとは元気出たか?
いやー、わたしもう生きるの諦めました的な雰囲気漂わせてたから、マジで焦ったぜ。遺言みたいなことも言ってくるし、お嬢様ちょっと見切りつけるの早過ぎじゃありませんかね!?
「……まだ依頼達成してない。だから帰れない」
「依頼達成って……あなた本気で言ってるの? 貴方もあの子たちも、誰もあの死神に勝てないのよ!? あなたたちだって負けたじゃない!」
むっ、これは痛いところを。
「……次は負けない。リベンジ」
たった一度の敗北で挫ける啓太さまではないわーっ!
仙界では師匠に負けっぱなしの毎日だったし。むしろ負けん気に火がついたわ!
「無理よ! 誰もあいつには敵わない! あなたも身をもって知ったでしょう!? 死ぬの! 死んじゃうのよ!」
「今度は勝つ」
「どうやってよ! 頭おかしいんじゃないの!? わたしは覚悟を決めたの! もう死にたいのよ!」
それは魂の慟哭。
お嬢様が初めて、心の内を吐露した瞬間だった。
感情が爆発したように声を荒げる。
「大丈夫、絶対に助かる、そう言って誰もがあいつに挑んだ。そして死んでいった。もうこれ以上わたしに期待させないでっ!」
そして――。
「もう死にたいのに! わたしなんかもう死んでいいのに! 死にたいのにいぃぃぃ!!」
「お嬢様ぁっ!」
悲痛な叫びを聞きつけたセバスチャンが、勢いよく駆け寄ってきた。
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