いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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七話目。
意外と長いお話になりましたw


第五十話「薫邸にお泊り(上)」

 

 

 しばらく見聞を広めるために旅をすると言い、家を出たタヌキを見送り、川平家にいつもの日常が戻った。

 こけ子は暇があると寝てばかりいて、もう半ば置物と化している。

 幼女になっていたことを知らないなでしこたち。やはり成長した普段の姿を目にしていると、とても幼少期の性格は想像できない。ようこが超大人しいとか、なでしこが天真爛漫な子だったなんて誰が想像できようか。

 テーブルについたなでしこは昨日の編み物の続きを行い、あみあみと赤い毛糸を編んでおり。ようこは昼ドラを見ている。

 俺はなでしこの向かいでパソコンを開いてメールをチェック。我がオカルト専門相談室【月と太陽】は順調に知名度が広がっている。会員数も今では五百人を超え、除霊依頼や相談も日に日に増えてきている。仕事も順調だし、経済的にも安定した収入を確保できるようになった。一般的なサラリーマンの年収より稼いでいると思う。

 メールには「管理人さんのお陰で悩みが解決しました」という感謝の言葉が綴っているのもあり、利用者に喜んでもらえて純粋に嬉しく思う。こういう喜びの声を聞くと活力に繋がるからいいよね。

 

「……ん、薫?」

 

 ずらっと並ぶ広告や利用者さんのメールの中に友人から一通届いていた。

 あいつからメールなんて珍しいなと思いつつメールを開く。

 MSゴシック体で書かれた文字の羅列を目で追うと、その内容に小さな驚きを覚えた。

 

「どうしました啓太様?」

 

 表情が動いたのを察したなでしこが編み物の手を止めて聞いてくる。

 

「薫から。仕事の都合上、家を空ける。留守番する犬神の面倒を頼みたいらしい」

 

「そうなんですか。またせんだんたちと会えるんですね」

 

 ふわっと花が咲くような笑顔を浮かべるなでしこ。前回の会合ではせんだんと交友を深めたようで、久しぶりに友達と会えるのが嬉しいみたい。

 そういえば、ようこの方は誰か仲良くなった子はいるのかな? ともはねと親しいのは知ってるけど。

 

「……ようこー」

 

「んー? なにケイタ~」

 

「薫の家に近々行くことになる。薫のところと仲良くなった子、いる?」

 

「んー、ともはねくらいかな。わたし、アイツらあまり好きじゃないのよねー。……ケイタのこと悪く言うし」

 

 ありゃ、そうなんか。

 好きじゃない理由を聞くのはちょっと憚れるから、詳しくは聞かないけど、どうしよう。メールにあった頼み事は受けるつもりだから、当然ようこたちも連れて行くことになるんだけど。気まずい思いをするんじゃないか?

 俺なら絶対に気まずくなるから辞退するけど……。

 

「……どうする? 嫌なら無理について来なくてもいい」

 

 流石に無理強いするつもりはない。ようこの意思を尊重します。

 

「ん。いいよ、わたしもついてく。ケイタの犬神だしね」

 

 そう言って朗らかに微笑むようこに胸が熱くなった。

 ちゃんと成長してるんだな! いっちょまえに犬神の自覚を持ちやがって……! てやんでぇ、泣けるじゃねぇか!

 思わぬところで彼女の成長っぷりを知ることが出来て、目頭が熱くなる。

 手招きして近寄ってきたようこを後ろから抱き締め、力いっぱい撫でてあげた。

 

「やぁん! ちょっとなにケイター、くすぐったいってばぁ! うふふふふ!」

 

 やぁんやぁん、と黄色い声を上げながら体を捩るようこ。

 いつもならニコニコ顔で割って入るなでしこも、今回ばかりは優しい顔で見守っている。ようこの頑張り具合いは同僚のなでしこが一番よくわかっているのだろう。

 撫でられて嬉しそうにはしゃぐようこと、優しいニコニコ顔でスキンシップを図る俺たちを見守るなでしこ。

 今日も川平家は至って平和です。

 

 

 

 1

 

 

 

 大きな洋館の食堂。そこに九人の少女たちが集められていた。

 この場に霊能者が居れば、少女たち全員から人ならざる者の気配を感じることが出来るだろう。

 そう、彼女たちは人ではない。犬の化生――犬神だ。

 食堂に集められた少女たちは皆、一様に不安げな面持ちをしていた。彼女たちの纏め役であるリーダー的存在の少女、せんだんは何も語らず優雅に紅茶を飲んでいるだけ。

 長テーブルに序列一位のせんだんを筆頭に七人の少女たちが序列順に席についている。空席が一つだけあるが、そこに座る予定の少女は現在、所用で席を外していた。

 せんだんが何も話さないため、他の少女たちは困ったように顔を見合わせている。何かあるのか、と質問しても「もう少し待ちなさい」の一点張りで取り付く島もない。

 広い食堂には、壁時計の秒針を刻む音だけが鳴っている。

 

「――お待たせ、せんだん。用意できました」

 

 不意に一人の少女が食堂にやってきた。彼女も同じ犬神であり、丸眼鏡を掛けた線の細い少女である。

 空いていた席につく少女にせんだんが微笑んでねぎらう。

 

「ご苦労様、いぐさ」

 

 いぐさの隣に座る白衣を着た少女――ごきょうやが静かな口調で尋ねた。

 

「いぐさは何か知っているのか?」

 

「さあ、それが私も何が何だかさっぱり」

 

「そうか……」

 

 困った顔でそういう同僚にごきょうやは小さく頷いた。

 この会話を区切りに少女たちが思い思いに話し出す。

 

「あたし、さっき風呂場の掃除を命じられたんだけど」

 

「あたしは予備の水着を用意させられた」

 

「私は玄関の掃除だな」

 

 皆が思い思いに話をするなか、序列最下位で最年少の幼女――よもはねがぷぷぷっと堪え切れないように笑った。

 それを見た双子の少女――いまりとさよかが幼女の頬を軽く引っ張った。

 

「ともはね、さては何か知ってるな~?」

 

「言えー、何を知ってるの~」

 

「ひぇなひよぉ~(言えないよ~)」

 

 少女たちの中で実の妹のように可愛がられているともはねは嬉しそうに首を振っている。なんとしても口を割らそうと、いまりたちが「こいつめっ、こいつめっ」と拳で軽くぐりぐりとするが、それでもともはねは楽しそうに、そして嬉しそうに笑うだけだった。

 せんだんが小さくため息をつく。

 そこへ――

 

「お待たせ」

 

 少女たちの主である少年が朗らかな顔で入室してきた。

 

『薫様!』

 

 少女たちが一斉に立ち上がるのを手で制し、座るように促す。

 全員着席したのを確認した少年――川平薫は少女たち全員から見える位置、中央の席に座った。

 

「みんな、集まってもらってすまないね。実は仮名さんと僕である怨霊の除霊を頼まれてね、この後出発するんだけど三人だけついて来てほしいんだ」

 

「三人ですか? 皆ではなくて?」

 

 ざわめく少女たちを代表してせんだんが至極当然の疑問を口にする。

 せんだんの問いに薫は軽く頷いた。

 

「そんなに強い怨霊じゃないようだからね。それに仕事の都合上三人くらいがベストなんだ」

 

「なるほど」

 

「はいはい! ボク行きたいですっ!」

 

 静かに頷くせんだんの向かいで序列第三位のたゆねが元気よく手を上げた。

 他の少女たちも口々について行きたい旨を口にしながら手を上げた。

 何故か特命霊的捜査官の仮名史郎と二人きりで仕事をすることが多い薫。そのため、常々薫の犬神たちは主の役に立ちたいと思っているが、連れて行って貰えていないのが現状だった。

 唯一、せんだんといぐさ、たゆねが一回ずつついて行っただけである。

 選ばれれば当然自尊心が擽ぐられる。仮名史郎絡みの仕事は一種のステータスになっており、彼女たちの気がはやるのも無理はない話だった。

 

「自薦だと限がないので、ここは公平にくじ引きで決めましょう」

 

 いつの間にか用意していたのか、細長い紐のくじを握って拳を突き出した。少女たちが一斉にわっと群がり、祈るような気持ちでくじを引いていく。

 そして、見事当たりを引いたのは――。

 

「……おや、私か」

 

「わ~い! フラノも当たりです~。あ、てんそうちゃんもですかー? 三人で薫様のお仕事についていけるなんて、フラノたち運がいいですね~」

 

「……」

 

 ごきょうやはクールな顔で当たりマークである先端が赤い紐を見る。

 フラノは仲の良い二人と一緒なのが嬉しいのか、笑顔でてんそうに抱きついている。抱きつかれたてんそうは相変わらずぼーっとした顔で虚空を見つめていた。

 はずれを引いて人知れずため息を零していたいぐさは、ふとあることに気がついた。

 くじを握っているせんだん以外でくじを引こうとしない子がいるのだ。ともはねである。

 ――変ね……。いつものともはねなら真っ先にくじを引くはずなのに……。

 

「くふふ……」

 

 ともはねは相変わらずなにが面白いのか、拳を口に当てて小さく笑っている。正直不気味だ。

 

「せんだんとフラノ、てんそうの三人だね。よろしく。早速で悪いけどすぐに発つから荷造りをしてくれるかな?」

 

『はい』

 

 みなの羨望の眼差しを一身に受け止めながら、荷造りのため食堂を後にする三人。

 外れくじを引いて意気消沈する少女たちを見回した薫は小さく苦笑した。

 ――帰って来たら皆どんな顔をしているか、見ものかな……?

 

「皆さん、薫様からまだお話がありますわよ。しゃんとなさい」

 

 注意を喚起するせんだんに皆の姿勢が姿勢を正す。ただ一人、ともはねだけはそわそわしていた。

 せんだんに軽く微笑みかけた薫は本題(・・)を話し始めた。

 

「皆も知ってると思うけど、最近ここ一帯で霊現象が活発化しています。僕が居ない間、ハケやお婆さまから依頼が来ると思います」

 

 双子の一人であるいまりが呟いた。

 

「そういえば、最近なにかと事件が多いね」

 

「あー確かに。なんか多いね」

 

「でも薫様が居ないなか、私たちだけで依頼をこなすの?」

 

「いいじゃないか! その時こそが、きっと留守番を任されたボクらの使命だよ!」

 

 同調するさよかに不安な顔を隠せないいぐさ。ぐっと握りこぶしを作ったたゆねが力強く言い切った。

 

「静まりなさい! 薫様のお話はまだ終わっていませんわよ」

 

 せんだんの一喝。再び静まり返る食堂に薫の声が行き届く。

 

「もちろん僕が居なくても皆なら大丈夫だと信じてます。けど不測の事態というのはつきものです。また、最近街のほうでは、不審な男が女性の家に忍び込んで下着を盗んだり、私生活の一部を覗き見るといった事案が多数発生しているとのことです。皆も犬神といえど一人の女性ですので、僕が留守をしている間、目を光らせる男性がいないのは心許ないと思います」

 

 薫が何を言いたいのか分からない少女は首をかしげ、察しの良い少女は小さく驚く。

 今のところ、察することができた少女はせんだんといぐさの二人のみだった。

 

「もしかして……」

 

「ええ……」

 

 囁きあう二人を横目に言葉を続ける。

 

「そこで、僕が居ない間皆の面倒を見てもらうために、彼に来てもらいました。どうぞ入ってください!」

 

 ガチャっと開く扉。

 一斉に振り返る少女たち。

 苦笑する薫。

 そして――。

 

「……ども」

 

「こんにちは、お邪魔しますね」

 

「やっほー」

 

「コケー!」

 

 ラフな格好をした従兄弟の川平啓太がバックを肩から下げて入ってきた。

 その後ろには彼の犬神たちの姿がある。

 なでしこはいつものように緑色のワンピースと白いフリル付きエプロンのエプロンドレスを着たメイド服姿。両サイドだけ肩にかかった桃色の髪は日ごろの手入れの賜物か、絡まることなくさらさらである。

 服の中に隠れて見えないが、契約の証である月を模したネックレスに毎朝毎晩、おはようとおやすみのキスをこっそりするのが日課だったりする。

 ようこは鼠色のセーターとチェック柄のスカートを穿いており、風に靡くストレートヘアーが絵になるほど綺麗で、主である啓太も見とれることがしばしば。

 彼女はなでしこと違って契約の証のネックレスを目に見えるように首にかけている。今一番の宝物らしい。

 啓太はブイネックのシャツに黒のジャケット、白のズボンというラフな姿だ。なでしこがセレクトする服は啓太の嗜好に沿いかつ今の流行に則ったものが多いため、彼の私服はどれもよく似合う。両腕のブレスレッドと相まって少し背伸びをしている感があるが、中性的な顔立ちの啓太だと可愛いで済まされてしまうのが世の不公平なところだ。

 長い睡眠から目が覚めた木彫りのニワトリはようこに抱えられている。

 

 予想外の客人の訪問に唖然とする少女たち。

 いち早く動いたのは、先ほどからそわそわしていたともはねだった。

 

「わーい! 啓太様~っ!」

 

「……ともはね。久しぶり」

 

「えへへ、お久しぶりですっ」

 

 啓太の腰に抱きつき満面の笑顔を見せてくれるともはね。そんな彼女の頭を撫でて薫に視線を向ける。

 

「……二泊三日、だっけ?」

 

「ええ、そう予定しています。すみませんがその間、よろしくお願いします」

 

「……ん、了解」

 

 話がついた啓太は未だ固まっている少女たちと対面すると、きっちり四十五度で頭を下げた。

 

「……川平啓太。二日間、お世話になる」

 

 

 

 2

 

 

 

 薫からのお願いで薫邸にやってきました。

 なでしことようこに加え、睡眠から目が醒めたニワトリを連れての訪問です。

 いやー、友達の家に泊まるのって初めてだから、なんだか緊張しちゃうなぁ!

 

「いらっしゃい啓太さん、ようこさん、なでしこさん。よく来てくれました」

 

「……久しぶり、薫」

 

「お久しぶりです薫様」

 

「久しぶり~」

 

 薫邸に辿りつくと薫自ら出迎えてくれた。

 久しぶりに会う従兄弟と固く握手を交わす。

 今日、薫の家にやってきたのはなにも俺がお泊りがしたかったからではない。薫本人からの要望である。

 仕事の都合で家を二日間空けるらしく、その間留守番をする犬神の面倒を頼みたいとのこと。最近は霊現象が多発してるし、街の方ではなにやら下着泥棒や覗き間、露出狂など変態たちによる騒ぎや被害が発生していると聞くし、年頃の犬神を持つ者としては不安だよな。

 うちも気をつけないと。被害があった場所ってうちから最短約十キロだって聞くし。

 そういうことで薫の要望を二つ返事で承諾したのだった。

 薫に先導され、全員の換えの下着や服などが入ったバックを背負った啓太、なでしこ、ようこが続く。

 一階の食堂前にやってきた俺たちは薫に少し待つように言われ廊下で待機することに。

 

「薫様のご自宅に訪れるのは二度目になりますね。まさかその二度目でお泊りをすることになるとは思いませんでしたけど」

 

「まあ、その点は俺もビックリ」

 

「でもこの家広いからわたし結構楽しみなんだ~」

 

 確かに友達の家に泊まるのって楽しみだよな。俺もわくわくしてるし。

 扉が開くと白衣を着た少女、巫女服っぽいものを着た少女、なんか画家っぽい少女が現れた。

 確か――ごきょうや、フラノ、てんそうだったか。

 

「おや、これは啓太様。ご無沙汰しております」

 

「あっ、啓太様~。お久しぶりです~」

 

「こんにちは」

 

 啓太たちに気がついた三人が丁寧に頭を下げる。俺も軽く手を上げた。

 

「申し訳ありません啓太様。すぐに館を発たないといけませんので」

 

「積もる話はまた今度ですね~」

 

「失礼します」

 

 忙しそうに早足で立ち去る三人を見送る。もうちょっと話をしたかったけど、まあ仕方ないか。

 相変わらず壁には高そうな絵画が飾られている。美術系には興味がない俺には誰の作品なのかさっぱり分からないが。

 

「――どうぞ入ってください!」

 

 おっ、薫に呼ばれたな。

 重厚な扉を開けて室内に入ると、薫の犬神たちが一斉に振り返った。

 久しぶりに見る顔がずらっと並んでいる。お、ともはねだ。

 とりあえず挨拶しないと。

 

「……ども」

 

「こんにちは、お邪魔しますね」

 

「やっほー」

 

「コケー!」

 

 川平啓太一同、ぺこり。

 唖然としている少女たちの中から飛び出す一つの影。

 腰目掛けてラグビー選手ばりのタックルを仕掛けてくる少女を真っ向から受け止めた。鍛え抜いた体は小柄な少女の体躯くらいではビクともしない。

 

「わーい! 啓太様~っ!」

 

「……ともはね。久しぶり」

 

「えへへ、お久しぶりですっ」

 

 にぱっと眩い笑顔を浮かべるともはね。輝かしい笑顔に心が浄化されそうです。

 

「……二泊三日、だっけ?」

 

「ええ、そう予定しています。すみませんがその間、よろしくお願いします」

 

「……ん、了解」

 

 俺もその期間中に薫のところの犬神さんたちと交流を深めてみますか。

 なんかあまり良い感情は持たれていないみたいだけど、今後も付き合いが長くなっていくだろうし。

 

「……川平啓太。二日間、お世話になる」

 

 そう言ってきっちり四十五度の角度で頭を下げる。挨拶は社会の常識ですから。

 薫はすぐに出発するようで折角だからせんだんたちと一緒に玄関まで見送りに行った。

 ごきょうやたち三人の犬神を連れた薫は居残り組と向き合う。

 

「じゃあ行ってくるね。もしなんらかの問題があったりハケから依頼があれば啓太さんの指揮に従ってね。啓太さん、せんだんたちのことお願いします」

 

 優雅に微笑むせんだんは主の不安を払拭するように力強く言った。

 俺も頷いてみせる。

 

「委細承知しておりますわ。薫様もお気をつけ下さいまし。貴女たちも気をつけてね」

 

「ん、任された。仮名さんによろしく」

 

 行ってらっしゃーい。お土産よろ~。

 四人の背中が見えなくなるまで手を振った俺たちだが、薫たちがいなくなると途端に会話がなくなる。少し気まずい空気が流れた。

 気まずい雰囲気の中でポリポリと頭をかく。

 やっぱ、まだ受け入れられてないかー。まあ仕方ないんだけど。

 

「さて、改めて。薫が帰ってくるまでよろしく。あまり皆のこと知らないから、少しでも仲良くなれれば嬉しい」

 

 やましい気持ちはなく、純粋な友達になろうよ的なニュアンスで。

 

「よろしくお願いします啓太様。わたくしどもも啓太様と親睦を深められればと思います」

 

 皆のリーダーせんだんは空気を読んで話を合わせてくれた。お世辞でも嬉しいです。

 

 

 

 3

 

 

 

 丁度、夕食時だったため皆で晩御飯となった。

 長テーブルにはなでしことせんだんが作ってくれた料理が人数分並べられていて、食欲を誘う香りが漂っている。

 天井から吊るされたシャンデリアとテーブルの中央に等間隔で設置されたキャンドルが灯りを灯していた。テーブルマナーは大丈夫だけど、貴族の晩餐会のようで少し緊張する。

 夕食には俺となでしこ、ようこ、ニワトリ(置物化)の啓太一家。そして薫一家はせんだんとともはねの二人のみ。

 他の少女たち、いぐさとたゆね、いまり、さよかの四人は姿を消していた。

 

「あの、啓太様……。その、なんと申し上げて良いやら」

 

 気まずそうにそう声を掛けてくるせんだんに首を振ってみせる。

 まだそんなに親しくないのに夕食をともにするのはキツイかな、と思った俺はせんだんたちに「一緒に食べても良いという子は食堂に残って欲しい」とお願いした。その結果、残ったのはせんだんとともはねの二人だけという。

 現実を突きつけられた感じで、軽いショックを覚えたのは仕方ないと思う。うん、そんな気はしてたけど、改めてね。うん……。

 

「……気にしない。俺が犬神に人気ないのは、契約の時から知ってたし」

 

「啓太様……」

 

 なでしこが心配そうな顔で見つめてくる。大丈夫、と軽く頷き返した。俺のハートは耐熱ガラスだから。ちょっとやそっとの衝撃じゃ割れないから。

 

「……ま、気長にやってく」

 

 こっちは初めから長期戦の構えだし。

 そして始まる夕食会。

 ともはねはようこや俺に趣味である漫画やゲームなどの話を嬉々として教えてくれて、またせんだんも少女漫画などを嗜むようでようこと共通の漫画の話で意外と盛り上がっていた。

 なでしこは聞き手に回り、朗らかに微笑みながら相槌を打っている。

 俺も基本的には聞く側に立っていた。あまり喋る方ではないし、女の子とするような話題なんてそんなにもっていないからな。

 デザートの葡萄のシャーベットを食べていると不意に視線を感じた。

 顔は上げずに視線を動かすと、妙に真面目な目をしたせんだんがジッと俺を見つめていた。何かを推し量るような真剣な眼差しで、ちょいと居心地が悪い……。

 

「お味のほうはどうでしたか啓太様?」

 

 なでしこが食後のお茶を汲み、微笑みとともに渡してくれる。

 

「ん。とても美味しかった。また腕を上げた?」

 

「そう言っていただけるととても嬉しいです。でも私の腕なんてまだまだですよ。せんだんもすごいテキパキとしていましたし」

 

 そう言って微笑むなでしこの隣でせんだんは呆れたような顔をした。

 

「謙遜することないわよ。貴女のほうが断然上なのですから」

 

「せんだんも手際がよかったじゃない。ハケ様直伝の炒め料理には敵わないわ」

 

 あのパエリアは確かに美味しかった。

 そういえば実家に住んでいた頃はよくハケが作ってくれた料理を食べたなぁ。炒め物が得意でチャーハンとかは本当に絶品だった。最初は料理をする犬神ということで非常に驚いたけど、すぐに馴染んで違和感を感じなくなったっけ。エプロンをつけてた姿が妙に似合っているんだもの。

 

「……せんだんのパエリア、美味しかった」

 

 お店に出せるレベルだったよ。料理が出来る女の子っていいよね。

 せんだんは優雅に微笑み返してくる。

 

「ありがとうございます」

 

 いえいえ、ご馳走様でした。

 

 

 

 4

 

 

 

 食事が終わると、館の中を案内してもらうことに。案内人はともはねとせんだん。

 トイレや居間、中庭などに案内してもらい、今はともはねの部屋に来ていた。

 

「ここがあたしの部屋だよ!」

 

 せんだんたちは二人一組で部屋を割り当てられているらしく、ともはねはごきょうやと共同の部屋だ。

 中は意外と整理整頓されていて、ともはねとごきょうやの私空間は中央のテープを境に区切られているようだ。

 きっちりしてそうなイメージのごきょうやはともかく、お子様なともはねは基本ごちゃっとしている印象がある。しかし乱雑ではなく、単に物で溢れ返っているような感じだ。

 ごきょうや側の壁には薬品棚や書棚が並べられていて、いかにも『~を専門に扱っている人の部屋』といった雰囲気がある。本人が居ないなかジロジロ見るつもりはないからすぐに視線を切ったけど、ちらっち医学書が目に入った。

 ともはねの方は壁一面に棚が設置されていて、蒼白く光る石や乾燥した食虫植物、何の液体なのか検討もつかないものなどが小瓶に入れられ、ラベルとともに並べてある。机の上には漫画やゲーム、分厚い書物、筆記用具などがごちゃっと置かれており、第三者からすればどこに何があるのか分からないが、本人は完璧に配置を理解している、そんな置き方に似ていた。

 

「こう見えてあたし、お薬作るのが趣味なんですよ」

 

 すごいでしょ、えっへん! と胸を張るともはね。確かに意外な趣味だ。

 

「……すごい。将来は何になる?」

 

 薬剤師? それとも学者?

 

「うーん、まだ考えてないです。やりたいものはいっぱいあるし」

 

「そう。……先は長い。焦らずじっくり考える」

 

 人とは違って強制的に社会に出る必要はないしな。子供なんだからのんびり考えていけばいいさ。

 次に案内されたのはせんだんの部屋だった。

 

「こちらがわたくしの部屋ですわ」

 

 せんだんは皆のリーダーということもあって一人部屋を与えられているらしい。

 中は赤い絨毯が敷き詰められ、豪奢なシャンデリアが吊り下げられていた。ともはねのところは普通の電球だったのに……。

 壁には絵画が飾られていて、大きな書棚には洋書のようなものがずらっと並んでいた。

 そして、部屋に入って一番目を惹いたのは窓際にデンッ!と鎮座する天蓋付きベッド。まさしく全体的にお嬢様の部屋といった内装で、正直軽く目を瞠った。なでしこも少しだけ驚いているようだし。

 

「このベッドすごい弾むよ!」

 

 天蓋付きベッドにダイブしたようこはポンポンと弾んで遊ぶ。せんだんが慌てた顔で止めに入った。

 

「ちょっ、止めなさいようこ! 特注ベッドが壊れてしまうじゃない!」

 

「……ようこ、ハウス」

 

 お前ってやつは、人の家にお邪魔してるのに相変わらずの傍若無人っぷりだな! あとでお仕置きだべ!

 ようこの頭を強制的に下げながら、主として俺も一緒に謝る。

 

「……ようこがごめん、せんだん」

 

「ごめんなさい」

 

 謝られたせんだんは驚いたような表情を一瞬浮かべたが、すぐに苦笑で塗りつぶした。

 

「わかりましたから、頭を上げてください。ようこも、もういいわよ」

 

「……ありがとう」

 

 八人もの犬神を束ねるだけはあって、せんだんは心が広いな。

 オカンの如く心の広いせんだんに感謝の念を抱きながら、彼女の部屋を後にする。

 廊下を歩きながら窓の外を見ると、中庭に綺麗な花が植えられているのが見えた。咲き誇った花を見るだけで、小まめに世話をしていることが窺える。

 芝生も手入れをされているようで、この広大な敷地の隅々まで手を入れるとなると相当大変だろう。お抱えの庭師でも抱えてるのかもしれないな。

 しかし、本当に広いなこの館は。二階建ての洋館で広い敷地もあるとかどんだけだよ。でもさすがに借家だよな?

 どうやって金を捻出したのだろうか。ご両親はすでに亡くなっているのは知っているけど、遺産か何かかな?

 試しにそのことを尋ねてみると、せんだんとともはねは顔を見合わせくすっと笑った。

 

「……?」

 

「いえ、失礼しました。質問ですが、啓太様から見てわたくしたち九人の中で、一番強いのは誰だと思いますか?」

 

 これは予想外な質問が来たな。

 順当に考えれば序列一位のせんだんだろうけど、違うのか?

 

「せんだんじゃないの? あんた、じょれつ一位なんでしょ?」

 

 ようこも同じ考えに至ったのか、不思議そうな顔で尋ねた。

 せんだんが、ふっと微笑む。ともはねが楽しそうに答えた。

 

「ぶっぶー。リーダーも強いけど、一番はたゆねなんだ~!」

 

「えー、たゆねがぁ~?」

 

 まさかぁ~、と信じきっていない様子のようこだが、静かに話を聞いていたなでしこが「そういえば」と思い出したように言った。

 

「山にいた頃からあの子だけ人一倍強い霊力を持っていたわね。ハケ様に次ぐ霊力の高さで、皆から注目されていたわ」

 

 へー、ハケに次ぐって結構なものじゃないか。

 たゆねというと、確か序列三位でショートカットの髪型をしたボーイッシュな印象の子だったな。

 感知できる霊力は他の子たちとそんなに差がない感じだったけど。

 

「そうね、直接的な強さで言うとたゆねが一番よ。あの子の霊力の強さは別格だわ。だけど、一番薫様のお役に立っているという意味ではいぐさなの」

 

「……いぐさ。眼鏡の子か」

 

 そういえば以前、ここに着たときに薫が言ってたな。パソコンに強くてトレードをしている犬神が居るって。確かその子の名前がいぐさだった気がする。

 

「はい。実はこの建物を買ったのはいぐさなんですよ」

 

 聞くと、この館は元々修道院であり、何が理由か知らないが閉鎖してしまったらしい。その修道院のオーナーから格安で購入したとのこと。

 薫が購入を決意した背景には、いぐさの非凡な才能が深く関わっている。その才を遺憾なく発揮し、トレードや株などで資金を増やし、金銭的後押しがあったため購入する決意が出来たのだとか。今も薫といぐさ名義の二つで資産を増やし続けているらしい。

 話には聞いてたけど、改めて聞くととんでもないな。マジ、薫超セレブじゃん。

 別に対抗意識とかはないけど、俺もなでしこやようこに軽い贅沢をさせられるくらいは稼ぎたいぜ……。

 

 





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