いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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四話目


第四十七話「遠き日の記憶」

 

 

 涼やかな風が吹く、少し肌寒い日のことだった。

 薄い霧のような(もや)がかかる早朝。とある山奥で鬱蒼と茂る木々の間を縫って一匹の狸が全力で疾駆していた。

 まだ子供なのか体は小さく、その短い手足を一生懸命動かしている。

 どこか焦燥感に似た、まさに『必死』という形容詞がつくほどの様子。なりふり構わず、落ち葉を蹴りつけながら、前へ前へと駆けていた。

 恐怖に駆られた顔で後ろを振り返る。

 そこには、自分の命を狙う異形の者が口から涎を垂らしながら追いかけていた。

 

「タヌキ、エサ、タヌキ、エサ」

 

 異形の者は奇怪なデカイ顔をしており、パッと見て体の三倍近くはありそうだった。ギザギザの歯をカチンカチンと鳴らしながら口の端から涎を零し、追いかけてくる。

 アンバランスな体なのに何故か異様なまでに足が速い。重心の関係から転んでもおかしくないのに、ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!と気色の悪い声を上げながら、正確にタヌキの後を追っていた。

 タヌキは後悔していた。最近、この山に異形の者が住み着いたかもしれないから決して遠くに行ってはいけないと、あれほど親タヌキに口すっぱく言われていたのに。ドングリ拾いに夢中になっていると、いつの間にか異形の者の住処に近寄っていた。

 嗅いだことのない変な臭いに気がついて顔を上げたら、すぐそばにあの異形の者が自分を見つめていたのだ。エサを見つけた狩人のような目で。

 ゾワッと全身に悪寒が走り、毛が逆立った。

 本能が今すぐ逃げろ、殺されるぞと全力で訴えてくる。

 タヌキは走った。走って走って、心臓が張り裂けそうなほど走り続けた。しかし、生き物には体力というものがある。

 ついに体力の限界が近づいたタヌキは足をもつれさせて転んでしまった。絨毯のように敷き詰められた落ち葉が衝撃で宙を舞う。

 慌てて振り返る。異形の者はもうすぐそばにいた。

 走ろうとするが体が上手く動かない。

 

「タヌキ、エサ、タヌキ、エサ!」

 

 異形の者が歪な笑みを浮かべて近寄ってくる。

 ガクガクと震えながらタヌキは心の中で叫んだ。

 ――お父さんお母さん、言うこと聞かなくてごめんなさい!

 

「エサッ、エサッ、エサッ!」

 

 異形の者が手を伸ばしてくる。キュッと目を瞑り、食べられるのを覚悟したその時だった。

 どこからともなく何かが飛来してきた。

 それらは空気を鋭く切り裂きながら一直線に飛び、異形の者の両足に突き刺さる。

 

「ギギィィィィィ――ッ!」

 

 あまりの痛みに膝をつく。足に突き刺さっていたのは無骨な刀だった。

 刀を抜こうと手を伸ばす。が、木々の向こうから次から次へと刀が飛来すると、異形の者の腕に、胴に、そして顔面に突き刺さっていく。

 聞くに堪えない悲鳴を上げる異形の者。

 そして――。

 

「……よいしょっ、と」

 

 空から人間が降ってきた。

 人間は手にしていた長いものを垂直に立てて、無数の刀が突き刺さった異形の者の上空から落下していた。

 手にしていた長いもの――槍を異形の者の脳天に突き刺す。槍は顎を貫通して地面に突き刺さった。

 他の生物同様脳が弱点だったのか、異形の者は槍にもたれるようにして力尽きた。

 霧散していく異形の者を見届けた人間が振り返る。

 驚いたことに彼は少年だった。色素の薄い茶髪に焦げ茶色の目をしている。

 

「……まさか、ランニングコースに現れるとは。まあ、悪妖の類だから、いっか」

 

 そこで初めて少年はタヌキの存在に気がついた。驚いたように目を見開いた少年は動けないタヌキをそっと抱き上げる。

 

「……タヌキ」

 

 顔の前まで持ち上げられジッと見つめられる。無表情な顔でジーッと一心に見つめてくる少年にタヌキは改めて恐怖を感じた。

 今更ながら震えがこみ上げてくる。まだこの少年が味方だと決まったわけではないのだ。もしかしたら、この無表情の奥ではどう調理してやろうか考えているのかもしれない。

 

「……」

 

「……(フルフル)」

 

「…………かわいい」

 

 少年は小さくそう呟くと、タヌキをそっと地面に降ろした。

 

「……一人で帰れる?」

 

 少年の言葉にタヌキが頷く。まさか反応が返ってくるとは思わなかったのだろう、驚いた顔をした少年は小さく笑った。

 

「そう。なら、帰る。もう悪妖に狙われないように」

 

 そして最後に頭を優しく撫でてくれる。

 そうして少年は駆け出し、朝靄の中へと消えていった。

 その後姿を見送っていたタヌキはこの時になって初めて気がつく。少年はなぜかランニングシャツを着て、首に白いタオルを掛けていたことに。

 まるで河辺をジョギングするかのようなラフな格好だ。

 ――なんでこんな山奥にいるんだろう? ここって木こりも滅多に来ない場所なのに……。

 それ以降、タヌキが少年と出会うことはなく、その疑問は終ぞ解決されることはなかった。それが、三年前の出来事である。

 

 

 

 1

 

 

 

「――それで、その時の少年がついに見つかったのだな?」

 

 長老が長い顎鬚を撫で擦りながら問うと、目の前で正座している少年タヌキが威勢よく頷いた。

 タヌキがあの恩人に命を救われること三年。小さかった体も成長し立派なタヌキに育った。おどおどして頼りなかった性格もすっかりなりを顰め、はきはきと物を言えるようになった。

 彼らはタヌキの中でも霊験高い化けタヌキであり、人に化けたり化かしたりすることができる。彼ら化けタヌキは人間に対して友好的な種族で、受けた恩は必ず返すのが彼らの矜持なのだ。

 なんとしても少年に恩を返すため同胞のタヌキや多くの友達に聞き込みを行い、ようやく彼の人のありかを聞きつけることが出来た。

 いよいよ恩返しをする時がきたと、長老に旅立ちの報告をしにやってきたのだった。

 

「実は道に迷ってる猫又さんがいて、その方を里まで送ってあげたんですけど、なんとその猫又さんが恩人さんとお知り合いだったんです! 自分の恩人さんは色んな武器を使う犬神使いさんっす!」

 

「ほっほっほ、そうかそうか。お主の恩人が見つかったてよかったのう。分かっているとは思うが――」

 

「はいっす! 犬神使いさんに恩を返すまで帰ってくるな、ですね! もちろんそのつもりっす!」

 

「うむ。ちゃんと分かっておるな。恩を仇で返すのは人間だけじゃ。我らタヌキは受けた恩は必ず返さねばならん。して、どのような形で御礼をするんじゃ?」

 

「これっす!」

 

 そう言ってタヌキが掲げたのは一本のボトルだった。中には琥珀色の液体が入っており、揺らすとちゃぷんと音が鳴る。

 目を輝かせているタヌキを眺めながら長老は渋い顔で考えた。確かにアレならお礼の品として十分だろう。その筋の人に見せれば全財産を叩いてでも買いたいと思うに違いない。それほどの品だ。

 故に長老は危惧していた。使う人間の心次第では悲惨な事態を招くことになるやもしれぬ、と。

 タヌキにそこまでの機微を理解できるとは思えない。が、すぐに首を横に振っていらぬ考えを追い出した。

 タヌキがこうまでやる気を見せているのだ。長老はタヌキの判断を信じることにした。

 

「あい、わかった。ではそれを持っていくがよい。しっかりと恩を返してくるのだぞ」

 

「はいっす! ボク、恩人さんにちゃんとお礼して、一人前のタヌキになって戻ってくるっす。じゃあ、行ってくるっす!」

 

 そばに置いてあった風呂敷を首に巻いたタヌキは長老にぺこっと頭を下げると、長年暮らしていた山を下った。

 母をたずねて三千里、ならぬ恩人を目指して三千里。実際のところ、タヌキが暮らす静岡から恩人である啓太が住む神奈川までは大体一六五キロほど離れているため、計算すると四一二里になるが。

 どちらにせよ、静岡から神奈川。人間でもかなりきつい距離だが、タヌキはふんすと気合いを入れて、恩人の住む家へと向かったのだった。

 

 

 

 2

 

 

 

 麗らかな日差しが降り注ぐ昼下がり。

 珍しくその日の俺は自宅で日向ぼっこをしていた。

 普段の俺ならパソコンを開いたり、本を読んだり、鍛錬をしたりと何かしら行っているが、今日は天気もいいからリビングの窓側で日差しに当たりながらうたた寝。

 ようこは俺の右隣で少女漫画を読み、なでしこは左側で編み物をしている。先日からうちの新たな一員になったニワトリも俺の膝の上で気持ち良さそうに陽に当たっていた。

 ――ああ、なんて贅沢な時間の使い方だろうか……。

 両隣には美少女を侍らせ、膝に愛猫ならぬニワトリを乗せてただ無駄に時間を使う。生傷絶えない仕事をしていると、ホントこういう何気ない日常がいかに貴重で大切な時間なのか身に染みて感じる。

 最近は色々と忙しかったからなぁ。三島くんの妹に憑いた悪霊を払ったり、ニワトリの騒動に巻き込まれたり、舞い込んだ依頼を立て続けに片付けたり、ようこと模擬戦をやったりと。

 俺はそのうち過労で死んじゃうんじゃないか? 生命保険に入っておかなきゃっ!

 まあ、そんなことになったらなでしこたちが悲しむから死なないけどねー。ていうか、俺が死んだらなでしこやようこも一緒に心中しそうでそれが一番怖いんだけどねー。

 でもまあ、ここ最近は本当に忙しかったからな。あまりなでしこやようこにも構ってあげられなかったし、今度近い日に温泉とかにでも行こうかなー。

 

「なでしこ、ようこ。温泉って好き?」

 

「温泉ですか? いいですね、私は好きですよ?」

 

 穏やかな雰囲気のなか赤い毛糸で編み物を編んでいたなでしこが微笑んだ。尻尾も緩やかに動いている。

 少女マンガを読んでいたようこも顔を上げる。

 

「わたしも好き! なになに、温泉行くの!?」

 

 行きたい温泉っ、超行きたい~! 足をバタバタさせて強請るようこ。こらこら、スカートなんだから足をバタつかせないの。

 こほん、と咳払いしてようこのスカートから視線を外し、ニワトリを撫でる。木で出来ているため滑らかな肌さわりで結構気持ちよかったりするんだよね。

 ちなみにニワトリはここ最近ずっと寝ていたりする。なに、冬眠?

 

「……そうだな。ここ最近は忙しかったし、近い日に行くか」

 

 この辺で温泉といったらやっぱり熱海とか湯河原になるか? お婆ちゃんに聞けば秘湯の一つや二つ知ってそうだし、今度聞いてみようかな。

 

「やった! 温泉だ温泉~!」

 

「温泉なんていつぶりかしら。ありがとうございます啓太様♪」

 

 ようこもなでしこも嬉しそうだ。純粋に喜んでくれる彼女たちを見ると俺まで嬉しくなる。

 和やかな空気のまま俺たちは温泉に行ったらあれがしたい、これがしたいと楽しげに話をしていると、かちかちかち、と火打石を叩き合わせているような音が聞こえてきた。

 なでしこたちと顔を見合わせて首を傾げる。今の音はなんだろう?

 そして再び聞こえてくる、かちかちかち。

 玄関の方からか?

 奇妙な音は玄関の方から聞こえてくるようだった。

 

「あのー、すみませんっす。こちらは川平啓太さんのお宅でよろしいっすか~?」

 

 外から幼い少年の声が聞こえてきた。声代わりがまだな点から子供のようだ。

 

「……そう。今開ける」

 

 はいはい、啓太さんのお宅でよろしいっすよ~。

 ガチャっとドアをオープン。するとそこには――。

 

「……タヌキ?」

 

 そこにいたのは赤いちゃんちゃんこを着て風呂敷を首に巻いたタヌキが立っていた。

 思わぬ珍客に目を丸くしていると、奇妙なタヌキはどこか緊張した様子でペコッと頭を下げた。

 

「か、川平啓太さん! お、お久しぶりっす! ずっとずっとお会いしたかったっす! その節は本当にお世話になりましたっす!」

 

 なんか急にお礼を言われたんだけど、どう反応すればいいわけ……。

 とりあえず、こんなところで動物相手に会話してたら良からぬ噂が立ってしまう。

 

「……とりあえず、入る」

 

「は、はいっす! 失礼しまっす!」

 

 恐縮しているのか、ぎこちない動きで家に入るタヌキ。

 周囲に誰もいなかったのを確認してから俺も家に戻った。

 リビングに戻るとタヌキは我が犬神から歓迎を受けているところだった。

 

「なにこの子!? かーわーいーいー!」

 

「タヌキさんですか、可愛らしいですね~」

 

「はわわっ、苦しいっす~」

 

 キャーッとテンション高めなようこに抱き締められ、微笑を浮かべたなでしこに頭を撫でられている。ようこの意外と大きいお胸様に顔を挟まれているタヌキ。健全な男子高校生として少し羨ましく思ってしまうのも無理はないことだと思う。

 でも俺紳士な高校生! 性欲丸出しな下品な行動なんてしない!

 だからそろそろ、なでしこたちにばれない様に爆弾を処理しないと。制限時間つきだから放っておいたら爆発しちゃうし。

 そんなことになったらなでしこたちにどんな目で見られることか! ああ、想像しただけでガクブルなんじゃ~!

 

「……それで? お世話になったとか言ってたけど」

 

「はいっす! 自分、三年前に実家の山で悪妖に食べられそうだったところを、啓太さんに助けられたっす! あの時、啓太さんに助けられていなかったら、今の自分はいないっす。啓太さんは命の恩人っす!」

 

 そう言ってペコッと頭を下げるタヌキ。

 三年前……山……悪妖に食べられそうだったタヌキ……。

 

「……おお」

 

 思い出した。確かに三年前にこのタヌキを助けてたわ!

 ちょっと実家に用があったから、その日の前日から婆ちゃんの家に泊まっていたのだ。そんで翌日、毎日の日課であるランニングで近くの山を通った時に偶然、悪妖に食べられそうだったタヌキがいたものだから助けたんだよね。

 ていうか化けタヌキだったんだな。

 

「あのタヌキか。懐かしい……元気だった?」

 

「はいっす! おかげさまで元気一杯っす!」

 

「そう。それはよかった。もしかして、お礼をするために?」

 

「そうっす! 受けた恩を返さないとあったらタヌキの恥っすからね」

 

 はー、律儀なタヌキだねぇ。わざわざご苦労さまです。

 

「ねーケイタケイタ。なんの話~?」

 

「タヌキさん、お茶をどうぞ」

 

 ようこが背中に圧し掛かって肩にちょこんと顎を乗せてくる。

 お茶を入れてきたなでしこがタヌキに湯飲みを渡した。中に氷が入っているのか、カランと涼やかな音が鳴った。動物であるのを配慮してのことだろう。

 タヌキは恐縮した様子で前足で挟むようにして湯飲みを受け取り、器用に口をつけて飲んでいく。

 なでしこは楚々とした所作で俺の横に座った。なんか右隣がなでしこの定位置になりつつあるんだけど。不満? ないですとも!

 

「……はぁ、美味しいっす。ええっとですね、三年前のことなんですけど。啓太さんに悪妖に食べられそうになったところを助けてもらったんっす。あの悪妖はすごく食欲旺盛で凶暴なヤツで、正直かなりやばかったっす」

 

「でも、よく啓太の家が分かったね」

 

「あ、それについては猫股さんに教えてもらったっす。留吉くんって言って、啓太さんとも仲がいいって聞いてるっす」

 

「……猫?」

 

 意外なヒトの名前が出てきた。動物同士なんらかのネットワークがあるのだろうか。

 そこでタヌキがチラチラとなでしことようこに視線を向けているのに気がついた。

 

「あの、啓太さん。こちらの別嬪さん方は、啓太さんの奥さん達っすか?」

 

 聞いていいのかなこんなこと、とでも言いたげな様子でそんなことを聞いてくるタヌキ。

 その言葉を聞いて気色ばむ犬神たち。

 

「奥さん!」

 

「奥さん……っ」

 

 ようこは純粋に嬉しそうな顔で喜び。ふっさふっさとその太い尻尾で喜びを表現している。

 一方のなでしこは、初心な乙女のように照れていた。手を頬に当てて顔を赤らめている。非常にかわゆいです。

 そして、むずかゆく感じる俺。彼女たちの好意をうすうす感じている身としては背中を思いっきり掻きたいです。

 こほん、と咳払いで気持ちを切り替える。この切り替えの早さも身体操法で身につけた技法の一つだ。

 

「……違う。俺の犬神たち。猫から聞いてない?」

 

「あ、なるほど~! あなた方が犬神さんなんですね。……あれ? そちらの方も?」

 

 不思議そうなにタヌキが首を傾げる。視線の先には俺の肩に顎を乗せたようこがいた。

 ようこはむっと顔を顰めると不機嫌な声で言い返す。

 

「……なによ。わたしが犬神で悪い?」

 

「い、いえいえいえ! 悪くないっす悪くないっす!」

 

 ぶんぶんぶんと首を振るタヌキ。そして、あっと声を上げた。

 

「でも、犬神さんでも女の子は女の子っすよね?」

 

「そうよー。ピッチピチの三六四歳なんだから!」

 

 そう言って胸を張る。

 ちょっと待ておい、なに何気なく言っちゃってんの!? 初耳なんですけど!

 突然のカミングアウトに思わず我が耳を疑ってしまった。犬の化生なのだから見た目不相応だとは思っていたけど、まさか三百超えだとは……。

 俺、軽くショックなんですけど……。

 

「……それは、ピッチピチなのか?」

 

「あはは……。まあ、ようこさんですから」

 

「……ところで、なでしこは?」

 

 ようこが三百超えなんだから、もしやなでしこも――。

 そう思って隣を見てみると。

 

「啓太様?」

 

「……はい」

 

 完璧のニコニコ顔が待ってました。

 なでしこの背中に炎が見える。なんか【ゴゴゴゴゴ……】と擬音が聞こえてきそうで、非常に圧迫感を感じますですはい。

 なでしこはどこまでも優しい声で語りかけてきました。

 

「女性の歳を尋ねるのはマナーに反しますよ、啓太様?」

 

「……はい、ごめんなさい」

 

 その笑顔には逆らえませんです。

 まあ今のは俺が悪かった。婦女子にする話じゃなかったな。反省反省。

 でも、やっぱり女の子は年齢を気にするんだね。

 

「あー、でもこれは犬神さんに対してはまずいっすかねぇ」

 

「ん?」

 

「あ、いえ。実は啓太さんのお礼としてこんなものを用意してきまして」

 

 そう言ってタヌキは首に巻いていた風呂敷を降ろし、中をがさごそすると一本のボトルを取り出した。

 ワインなどに使われるような細長いボトルだ。ラベルは貼っておらず、瓶全体は琥珀色をしており、ちゃぷっと水音が聞こえた。

 

「……お酒?」

 

「いえ、女の人を惹きつける薬っす」

 

 タヌキが軽い口調で液体の正体を明かした瞬間、三人の時間がピタッと止まった。

 なでしこもようこも表情が固まってしまっている。俺もまったく予想だにしなかった代物だったため、一瞬思考が停止していた。

 そして、時が動き出す。

 ようこはギンッとこっちを睨みつけ、言外に「啓太、判ってんでしょうねぇ~」と訴えかけ。なでしこは例のニコニコ顔で無言のプレッシャーを掛けてきた。

 二人の意思を正確に読み取った俺は大きく頷き――。

 

「……頂戴します」

 

 丁寧に両手で受け取った。

 

「――って、違うでしょうがぁ!」

 

 どこからともなく取り出したハリセンで俺の頭をスパーンと叩くようこ。本当にどこから取り出したんだお前! そしていつ用意した!

 なでしこは静かに正座をしながら一言。

 

「……啓太様?」

 

【ゴゴゴゴゴ……】

 

「冗談です、はい……」

 

 深く深くなでしこ様に低頭したのだった。

 横では俺たちのやり取りを不思議そうな顔で見ているタヌキ。

 うん。動物には分からないかな、このやり取り!

 

 




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