いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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三話目


第四十六話「確保」

 

 

 最初に動いたのは啓太だった。

 上体が傾き地面に倒れこんでいく。体が沈んだ落下速度と体重移動を利用して、伸び上がるように駆けた。

 まるで地を駆ける狼のように一瞬で河原崎の間合いに侵入すると、体の陰に隠してあったステッキを振り下ろす。下弦の月のような軌道。

 徒手空拳もさることながら、刀を始めとした武具の扱いに長けている啓太はステッキを短刀に見立てて振るう。

 対する河原崎は薄目を開けて迎え撃った。一歩外側に踏み込むと同時に手の甲で滑らすようにしてステッキを逸らす。そしてステッキを持った手を絡ませ、クルッと回転すると投げ飛ばした。

 啓太の勢いと体重を利用した投げ技。

 猫のように空中で姿勢を整えて難なく着地する啓太。着地した反動を利用して弾丸のように飛び出した。

 逆手に持ち替えたステッキで河原崎の首を狩る。

 半歩踏み出し、ステッキの軌道と同調する形で反時計回りに回転した河原崎はステッキを持つ手を掴むと足を引っ掛け、ケイタに寄りかかる形で倒れ込んだ。

 

「くっ……」

 

 前方に体重が移動している上に勢いもあるため、抗うことが出来ず倒れ込む。右手の関節を取られた形で押さえ込まれてしまった。

 

「勝負ありだな、川平」

 

 関節を決めた河原崎は上体を起こして逃げられないように肩甲骨の辺りを膝で押さえる。

 勝ち誇った顔で見下ろす河原崎。

 しかし、絶対的不利なはずの啓太は涼しげな顔で言い返した。

 

「……それはどうかな?」

 

「なっ!」

 

 自由な左手で右肩の辺りを掴むとパキッと軽い音が鳴った。何をしたのか悟った河原崎が驚きの表情を浮かべる。

 その一瞬の隙をつき、上体を思いっきり捻った。明らかに関節を決められている右肩が可動域以上の範囲で動いているが、啓太は表情一つ変えずに河原崎の胴を左肘の内側で捉え、投げた。

 ワックスの効いた床の上を転がり距離を取る河原崎。立ち上がった啓太はダランと垂れた右手の上腕を掴むと勢いよく垂直に持ち上げた。

 がぽんっと鈍い音が響き、周りで固唾を呑んでいた女の子の一人が「ひっ」と声を漏らした。

 

「……自ら関節を外して逃れるとは、恐ろしいことを平気でやってのけるな」

 

「もちろんからくりはある」

 

 聞けば霊力で肩周辺の筋肉(ローテータカフ)を保護していたとのこと。それにより脱臼によるくせをカバーできるらしい。

 科学的根拠もくそもない超絶理論だが、啓太自身はどこ吹く風で霊力万能説とブイサインしていた。

 

「だけど、意外。先輩、なにかやってる?」

 

「うちは代々当主が修めなければならない必須の武術があってな。それが河原崎流柔術だ」

 

「そういえばさっき、柔術がなんとかって言ってた。金持ちって大変」

 

「ああ、意外にな」

 

 本人たちはなにやら男らしい笑顔を微笑みを浮かべながらジリジリと間合いを測っている中、外野の人たちは意外な成り行きで始まった戦いを前に言葉を失っていた。

 女子高生の姿に猫耳をつけた女装男子、方や魔法少女の格好にこれまた猫耳をつけた女装男子。コスプレを来た男子二人がすさまじい体捌きで攻防を繰り広げている。

 コスプレをしている男たちがアクション映画顔負けの戦いをしている、とうわさが広まり、気がつけば啓太たちを取り囲むようにして人垣が出来上がってしまっていた。

 男たち二人はどこか楽しそうに互いの立ち位置を換えて殴り、蹴り、投げる。

 不意に啓太が抜き手を放ちながら、大きな声で話しかけた。

 

「そういえば……! もし先輩が勝ったらっ、どうするのっ?」

 

「そうだな! そのときはっ、ようこさんと一日デートなんかはどうだっ!」

 

「それは、本人に聞くこと……! でも、俺は邪魔しないっ」

 

「それもそうだな! では、これに勝ってから、申し込むとしようっ!」

 

「はっ! 勝てたらの話、だけど……!」

 

 そして、互いの拳が交差して――

 

 

「なに人で賭け事してるか――――!!」

 

 

 人垣からズンズンと歩み寄って来たようこが二人の頭を鷲掴みにすると、思いっきり地面にたたきつけた。

 ぶべっ、と蛙が踏みつけられたような気の抜ける声が漏れる。

 辺り一体がシーンと静まり返る。

 まるで時が止まってしまったかのようなそんな雰囲気の中、自分の主の胸倉を掴み持ち上げるようこ。そして、ガクガクと前後に揺さ振りながら唾を飛ばす勢いで捲くし立てた。

 

「……お、落ち着く。デート云々はようこ次第。それに負けるつもりもない」

 

「でも断らなかったじゃないの! ぜーったいデートなんてしないんだからぁー!」

 

「うぅ……酔ってきた……」

 

 顔を少しだけ顰める啓太。仙界での修行で三半規管も鍛えたため平衡感覚は優れている啓太だが、流石にこの揺すり方は堪えたらしい。

 いい加減止めようとした時だった。

 

「うわぁ!」

 

 突如上がった叫び声。なんだなんだと全員の視線がそちらに集中する。

 啓太やようこ、河原崎も振り返る。

 叫んでいたのは河原崎からニワトリを受け取ったサークルメンバーの少年だった。先ほどまで着ていたラフなTシャツ姿ではなく、大きな丸メガネに紺色のウエイトレス服を着ていた。おまけに後ろ髪が三つ編みになっている。

 

「うぉ! なんだ!?」

 

 今度は違う所から声が。

 見ると、スキンヘッドの強持ての青年は黒と白のコントラストが映えるメイド服姿になっていた。たくましい胸板が胸元を押し広げ、黒いニーソックスにはくっきりと腓腹筋が浮き出ている。

 足と腕には濃い体毛があり、見苦しい印象を一層強くしていた。頭に乗せられたフリル付きメイドカチューシャの存在が冗談のように思える。

 そして、騒ぎが拡大していく。

 真っ白い煙幕があちこちから立ち昇り、煙に包まれた人は何らかの変身を遂げていく。巫女服を着た大学ラグビー部の男性、スク水を着た小学生男子、ウルトラマンのコスチュームを着たギャル、園児服を着た脛に傷持つ厳つい男性。

 未知な現象で服が変化していく様に場は騒然となった。と、いうより煙に包まれたら変態的な格好になるという点に恐怖を覚えているようだ。

 そんな中、この騒ぎの元凶であるニワトリはピョンピョンと宙を跳ねていた。

 

「コケー! コケ――――!」

 

 明らかに様子がおかしい。

 狂ったように叫びながらふらふらと宙を移動し、テーブルの上に着地する。すると、携帯のバイブレーションのように震動してテーブルから落ち、その衝撃で再び鳴き喚く。

 白い煙があちらこちらで立ち昇り、その度に騒ぎが大きくなる。火事だと勘違いした一般人が火災報知機を鳴らし、スタッフが大声で落ち着いて避難するように呼びかける。

 叫ぶ者、転ぶ者、突き飛ばされる者。ただでさえ密集したスペースだったのに変態的な服を着ているからたまったものではない。混乱に拍車がかかり収集がつかなくなる。

 啓太は咄嗟に留吉を頭に乗せてようこの肩を掴むと抱き寄せた。そのまま端の壁のほうへ寄る。

 突然啓太に抱き寄せられたようこは顔を赤く染めた。

 こうも入り乱れた状態だと河原崎やニワトリの姿も確認できない。

 

「……まいった。どうするか」

 

 小さく舌打ちをする啓太の頭をポフポフと留吉が肉球で叩いた。

 

「啓太さんいました! ベランダのほうに行きますよ!」

 

 留吉が前足で示す方向には血相を変えた河原崎がベランダの方へ走っていた。その前方にはコケコケと鳴きながらピョンピョン飛び跳ねている。

 啓太もすぐに後を追った。ようこも急いで後に続く。

 

 

 

 1

 

 

 

「コケー」

 

 ニワトリは力なく鳴きながら宙をふらふら飛んでいた。最初の頃の素早い動きは見る影もない。

 

「こけ子ー!」

 

「コケコケー」

 

「こけ子ぉぉぉぉぉ――ッ!」

 

 ニワトリの後を必死な形相で追う河原崎。

 彼の声が聞こえないはずがなかった。

 三百年と長い間、狭い箱の中に封じられ、ニワトリの存在を知る者は時間の流れとともに消えていき、感情や思考、自我も薄れて、創造主の魔力さえ失われていく中。

 やっと、やっとの思いで待ち続けた、自分を認めてくれる存在。求めてくれる存在。

 己が今なにをしているのかも分からず色々なものが消えていき、無へと還っていく中で、ニワトリは確かに彼の存在を――彼の暖かな心を感じ取った。

 くるっと振り返り、自分に向かって必死に手を伸ばしている少年を見つめ、笑った。

 

「コケ――!」

 

 多くの心が渦巻くこの場所で、やはりこの少年の心が一番心地よかった。

 激しく情熱に満ちていて、それでいてどこまでも純粋で真っ直ぐな、そんな心。己に正直でどんな障害も真正面からぶち破る気概を持つ少年。物作りとしては少し未熟なれど、その情熱は何よりも勝り、常に前を見据えている。

 人の心に寄り添う存在として彼の心は非常に心地よく、大好きだった。

 しかし、もう。

 魔力の底が尽きかけている。

 

「コケン……」

 

 三百年も稼動していたニワトリの魔力がついに尽きた。

 ニワトリは最後に一言そう呟いて、力なく落ちていった。

 ベランダの手すりの、その向こうへ――。

 

「こけ子ぉぉぉおおおおおおお――――ッ!!」

 

 後三歩というところで間に合わなかった河原崎は喉よ張り裂けろと言わんばかりに叫んだ。

 彼の視線の先にはどこか満足そうな顔をしたニワトリが手すりの向こうで落ちていく。ここ三階から落ちれば破壊は免れない。

 

「ぉぉぉぉおおぉぉおおおおお――っ!」

 

 雄叫びを上げながら河原崎はさらに加速し、手すりに足を掛け、飛び降りた。

 手すりを蹴ることで加速度が増し、ニワトリを受け止めることに成功する。だが、勢いよく飛び出したため地面に激突した際の衝撃は計り知れないだろう。

 河原崎は空中で体を捻り地面に背を向けると、ニワトリを胸の前で抱き締めた。強く歯を食いしばる。

 

「河原崎流柔術最終奥義――受け身っ!!」

 

 来たる衝撃に備え全神経を集中させる。

 そして――。

 

「……やれやれ」

 

 地面に衝突する瞬間、そんな言葉を聞いた気がした。

 

 

 

 2

 

 

 

 先輩が飛び降り自殺をしたでござる! 何を言ってるのか分からんだろうが俺も何が起きてるのか分からねぇ!

 とにかく、先輩はニワトリを追いかけて手すりの向こうへ飛び出して行ったんだ!

 

「本当に世話焼ける……っ!」

 

 どうする。分銅か何かで巻き取るか? いや、上からじゃ下方に投げることになるから上手く巻きつけない。

 刀で服と壁を縫いとめる? 先輩の位置から縫いとめられる壁がないから無理。

 俺も飛び降りる? 飛び降りたところで出来ることはないし怪我人が増えるだけ。むしろ落下の衝撃が上乗せされるから却下。

 なら、ようこなら? ようこは――。

 

「そうだ、しゅくち……! ようこ、二人をしゅくちする!」

 

「うん、わかった!」

 

 後ろで追いかけていたようこに指示を出すと、彼女は大きく頷き人差し指を立てた。

 そして、指先に霊力が宿る。

 

「しゅくちっ!」

 

 術を発動すると、バルコニーの中央にニワトリを胸に抱いた先輩が虚空からパッと現れた。その場で尻もちをつく。

 何が何だか分からず目を丸くしている先輩にようこが「しゅくちだよ♪」とウインクして見せた。

 しばらくボーっとしていた先輩だったが「そうだ、こけ子は!?」とバネ仕掛けの人形のように起き上がり、手元のニワトリを見た。

 

「こけ子! おい、起きろ! こけ子っ!」

 

 目を瞑ったまま微動だにしないニワトリ。そんなニワトリの頬を小さくぺしぺしと叩く先輩。

 

「嘘だろおい……目を開けろよ! 俺は信じないぞ! こんな終わり方なんて、クソゲー以下の展開なんて認めないからなっ!」

 

 先輩の目に涙が浮かぶ。

 そして、ひしっとニワトリを掻き抱いた。

 

「うわぁぁぁぁ――! 神様なんて大嫌いだぁぁぁぁぁああああああ――――っ!!」

 

 留吉がもらい泣きをして思わずハンカチを取り出す。

 いつの間にか、俺たちの服装はコスプレ前の普段着に戻っていた。

 俺はなんて声を掛けていいかわからず、ようこの方を見た。

 ようこはこの状況下の中で一人、笑っていた。

 面白そうに、おかしそうに、くすくすと。

 

「ニンゲンってバカ。でも、面白いね」

 

「……ようこ、不謹慎。先輩は本気で悲しんでる」

 

 笑っていることを咎めはしないが、それでもその発言はいただけない。

 軽く小声で注意すると、ようこも小声で囁き返してきた。

 

「でも面白いんだもん。だってあの子」

 

 先輩と猫のすんすんと鼻を啜る音だけがする中。

 

「ただの魔力切れで死んだわけじゃないのにね」

 

 ようこの一言が、シリアスな空気をぶち壊した。

 

「えっ、えっ? 魔力切れ? 死んだわけじゃないんですか?」

 

 留吉が目を白黒させている。先輩はガバッと振り返り、視線で説明を求めてきた。

 小さくため息をついた俺は先輩と、先輩の胸の中で死んだように眠るニワトリを眺めた。

 

「……ようこが言った通り、ただ魔力を切らしただけ。別に壊れたわけじゃない」

 

「そ、そうなのか!? なら、その魔力とやらをなんとかすれば、こけ子は元に戻るんだな!」

 

 希望の光を見つけたとでもいうように目に活力が宿る先輩。

 随分気に入ったんだなと微笑ましい気持ちで先輩の言葉に頷いた。

 

「けど、まずはここを出る」

 

 遠くから聞こてくるサイレンの音。それを聞いて先輩たちもようやく気がついたのか、あっという顔をした。

 

「捕まるのはご免」

 

 直接的に俺は悪くないし! むしろ被害者だし! でもバリバリ関係者なんだよね!

 まあ、あれだ。バレなきゃいいの精神で行こうぜ。人生一つや二つ、隠し事があるものさ!

 

 

 

 3

 

 

 

『――それで、どうなったんだね?』

 

「んー? どうやらあのニワトリ、霊力を魔力に変換できるみたい。んで、試しに霊力分けてみたら、元通りになった」

 

『そうか。すまないな、結局間に合わなかった。せめて事後処理はこちらに任せてくれ』

 

「ん、お願い」

 

『それで、今そのニワトリはどうしているんだね?』

 

「あー……。なんか、先輩に懐いちゃったみたい。今は結構大人しくしてる」

 

 俺の家で仮名さんと電話しながら先輩のほうを見る。

 先輩は復活したニワトリを頭に乗せて、ようこをからかって遊んでいた。ニワトリは楽しそうにコケコケ鳴いている。

 

「イヤ! 絶対にイヤなんだから!」

 

「そんな、一回でいいんです! どうか、どうか! ようこさんのその素晴らしい尻尾を、是非魚拓に取らせてください!」

 

「イヤー! このヘンタイ~!」

 

「タイヘンケッコウ、コケッコッコー!」

 

 ようこもようこで今回の一件を通じ、先輩の人と成りがなんとなくわかったようで、以前のように邪険にはしていない。相変わらず尻尾を触られるのは嫌なようだけれど。

 

『そうか、それはよかった。ならすまないんだが、しばらくの間川平の家に置いておいてもらえないか? 無理やり封印するのを是とするのは確かにどうかと思う。幸い君にも懐いてくれているのだろう?』

 

「まあ、ね」

 

 そう、何故かニワトリは先輩に次いで俺にまで懐いてしまったのだ。もちろん懐き具合で言えば先輩のほうが断然上なんだけど。

 でもまあ、頼めばちゃんと言うこと聞いてくれるし、実害があるわけでもない。今回の騒動は例外と見ていいだろう。

 と、いうことで。仮名さんの頼みを二つ返事で受けることになった。

 ここまで聞けばハッピーエンドで終わっただろう。

 ここまで、聞けば。

 

「――お話は終わりましたか啓太様?」

 

「……はい」

 

 俺の目の前には正座をしたニコニコ顔のなでしこさんが。普段の見ていて安心するような優しいニコニコ顔ではなく、能面のような、貼り付けたニコニコ顔だ。

 はい、怒ってます。とても怒ってます。

 それはそうだよねー。買い出しを頼まれて帰って来たら誰もおらず、しかも窓ガラスは破れたまんま。

 何か事件があったのではないかとハラハラしながら待つこと五時間。ようやく帰ってきたと思ったら先輩を連れてのご帰宅。

 そりゃ、怒るよねー。まあ、心配させちゃった俺が悪いんだけど。

 

「聞いてますか啓太様!」

 

「……はい、聞いてます」

 

「大体啓太様は仕事などで生傷が絶えない生活を送っているのですから普段くらいはゆっくり健やかに過ごしていただきたいのですなのに貴方様はどこからともなくやってきたトラブルに自分から巻き込まれに行って仕える身として不安で不安で仕方ないのですよいつか大怪我したらどうしようってそれなのに啓太様はどこ吹く風で――」

 

 ……実家にいるおばあちゃん。

 最近、なでしこさんに説教癖がついてきた気がするのですが僕の気のせいでしょうか?

 そして、この説教はいつになったら終わるのでしょうか?

 息継ぎしないでそんなに喋って苦しくないのでしょうか?

 ネットサーフィンに目覚めたおばあちゃん、どうか教えてください……。

 

 





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