いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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本日二度目の投稿。



第四十一話「もふもふもふもふもふ」

 

 

 今日もパソコンを立ち上げ、流れるようにメールアプリを起動させる。

 ずらっと並ぶ未読のメールマーク。よくわからん広告や迷惑メールを除き、それらの一つ一つを確認から川平啓太の一日が始まる。

 

「いい風ですね~」

 

「だね~」

 

 テーブルに座ったなでしことようこが気持ちよさそうに風に当たっていた。

 窓から拭きぬける五月の風が首筋を優しく撫でる。気持ちの良い朝で気分も穏やかだ。

 メールの送り主のほとんどは依頼主によるもの。その後の様子や近況報告だったり、今度は遊びに来てくださいね的な話だったり、中には新規の方でこういうことがあって困ってますメールだったりと内容は様々だ。

 マウスのホイールをスクロールさせて全て読む。未読はたったの十二通だからものの十分で返信を終えた。

 

「……ふむ」

 

 次に自前のサイトをチェック。

 あなたのオカルト的な悩みを真摯に受け止め、適切なアドバイスをいたします。退魔が必要の場合は管理人である『ケータ』が直ちに出撃いたしますのでご安心ください。という謳い文句から始まる俺の仕事専用サイト。

 流石にメールだけで済ませるのは色々と不便があると婆ちゃんからアドバイスを貰い、ならばと開設したのがここオカルト専門相談室【月と太陽】だ。

 完全会員制であり、ホーム画面には太陽と月をイメージした二人の少女が背中合わせで座っている図がレイアウトされている。その下にログイン画面が存在する。

 サイトのコンテンツは掲示板。利用者は掲示板で簡単に相談内容を書き込み、その場でアドバイスできるようなら管理人が返信。込み入った内容になりそうなら利用者が登録したアドレスにメールを送る仕組みになっている。

 このサイトの強みは【満月亭】と同じく、利用者たちによる情報共有にある。こういうことがありました、ああいうことがありました。色んな霊的事件を見聞きすることで見聞を広めることができる。また、他で似たような悩みを抱えた人に対してアドバイスを送ることも可能だ。

 さらには口コミとしてこのサイトの存在を広く周知されれば俺も利用者も嬉しい。まさにウインウインな関係だ。

 サイトを開設したのが昨年の九月であり、今ではそこそこ利用者が増えてきている。

 会員数は六十九名。内三十三人の方が現在も悩みを抱えている。悩みを解決できたら解約するか、それとも会員のままでいるかは本人の自由である。

 とはいえ時間は有限。こちらにも都合というものがあるため出張が必要な場合は先立って予約を入れる必要がある。そのため俺のスケジュール帳には三ヶ月先までみっちり予定が埋まっていた。

 この辺のスケジュール管理はなでしこが一任してくれており、彼女の管理能力は極めて高い。無駄を省きかつ余裕を持ち、緻密にスケジュールを立てるため、仕事においてはまるで秘書のような振る舞いをしてくれる。本当になでしこには頭が下がる思いだ。

 

「新規は、二名様……と」

 

 カチカチッと小気味良いクリック音が鳴る。

 よし。取りあえず一通りのチェックは終わり、と。

 しかし僅か半年ちょっとでアクセス数八万弱か……。昨日のアクセス数が五百四人。多いのか少ないのかよくわからんな。

 

「終わりましたか啓太様?」

 

「ん」

 

「それではご飯にしましょうか。昨日は良い鯵を頂いたので塩焼きにしました」

 

 ほほう、鯵の塩焼きか。シンプルで美味しそうだ。

 なでしこの腕もメキメキと育ち、とどまるところを知らない。今ではようこに簡単な料理を教えているようで、よく二人仲良くキッチンに立っているのを見かける。

 鯵の身を解しながら絶妙な塩加減を堪能していると、ふとようこの箸使いが目についた。

 少し覚束ないが、それでも当初の頃に比べれば綺麗な箸使いだ。ここに引っ越してきた頃はグーで握り締めて器用に食べてたからな。

 それを指摘するとようこは恥ずかしそうに笑った。

 

「頑張ったんだよ? ケイタもなでしこも綺麗に食べるから、わたしもそうしよって」

 

「ん。いいこと。えらいえらい」

 

 良いことをしたら褒める。良いことしなくてもとりあえず褒める。悪いことしたらちゃんと叱る。うちの教育方針である。

 なので手を伸ばし、ようこの頭を強めに撫でた。

 

「えへへ……」

 

 くすぐったそうに首をすくめるようこ、マジ可愛い。そしてそんなようこを穏やかな眼差しで眺めるなでしこ。

 まるで自分の娘が褒められた母親のような目だ。いつから貴女ようこの母親になったんですか。

 ようこもそうだが、なでしこも結構変わったよな。以前ならこうするだけですぐにあの威圧感溢れる笑顔を浮かべてたんだから。

 

「啓太様、いつまで撫でているんですか?」

 

 物思いに耽っていた俺はなでしこの硬い声を聞き我に返った。

 俺の左手はオートでようこの頭をこれでもかと撫でていた。なでしこさんのニコ顔、久しぶりに見ましたはい。

 手を退けてもしばらくなでしこのニコ顔は治まらず、ようこはエデンに意識を飛ばしたままだった。

 

 

 

 1

 

 

 

「……っ!」

 

「啓太様?」

 

「どうしたのケイタ~」

 

 麗らかな日和の午後。

 土曜日で学校は休み。仕事の予定も入っていないため家でのんびり日に当たって過ごしていた俺は、ふと頭に過ぎったある事実を目の当たりにして飛び起きた。

 一緒に日向ぼっこをしていたようこが寝ぼけ眼で身体を起こす。一人ちくちくと編み物をしていたなでしこも、鳩が豆鉄砲を食らったかのような驚きの表情を浮かべていた。その頭とお尻にピンと立った耳と尻尾を視た気がした。やはりそうなのかもしれない……。

 しかしどうしよう。自覚した今となっては結構重大だぞこれ。おぉ、禁断症状が……!

 プルプル震える手を押さえ、苦悩する俺になでしこたちが眉をハの字にして、こちらの身を案じる気遣った目を向けてきた。もっぱら頭の残念な人を見るような目にも見えて地味にダメージを負ったけど。

 

(いや、今はそんなことより……!)

 

 今まで滅多に見せたことがない真剣な顔。それこそ最終決戦に挑む兵士のような顔つきでなでしこたちと向き直った。

 何か感じ入るものがあったのか、なでしこたちも居ずまいを正した。

 重々しくなりがちな声をなんとか取り繕い、努めて雰囲気を暗くしないように心がける。

 こほん、と咳払いをして改めて二人の顔を見た。

 真剣に俺を見つめ返してくる犬神たち。

 心は決まった――。

 

「……二人には、言わなければいけないことがある」

 

「なんでしょうか?」

 

 なでしこが優しく聞いてくる。俺に負担をかけないように配慮してくれているのだと分かった。

 今はその心遣いが嬉しい。幾分か心が軽くなったのを自覚しながら、俺は重大な事実を二人に明かした。

 

「俺は…………もふもふが、好きなんだ」

 

 しばし、静寂が世界を包んだ。

 ようこは目を瞬かせ、なでしこは笑顔が凍りついた。

 なんともいえない気まずい空気が流れる。

 

「えーと……はい?」

 

 なんと反応を返せばいいのか困っているなでしこたちに一から説明する。

 もともと俺は動物などもふもふした生き物に目がないこと。特に尻尾をもふるのが大好きで実家にいた頃はよくはけの尻尾をもふらせてもらっていたこと。ここに引っ越してきてからは全然もふっていないこと。最近は色々と忙しく生活に潤いというか癒しが足りていないのではと思い始めたこと。

 そんな思考の渦に呑まれ、行き着いた先が。

 

 ――I need more MOHUMOHU…….

 

 正直、引かれるかなーと思わなくもないが、実際結構切実な問題なのだ。俺の中では。

 なので、彼女たちに頭を下げて頼み込んでいるのだ。真摯に、真剣に。

 もふらせてください、と。

 

「ええっと……」

 

 突然の告白とお願いに当惑するなでしこ。ようこはそこまで深く考えていないのか、ふーんとむしろ興味深げにしていた。

 やっぱり引かれたか?

 

「……だめ?」

 

 いやね分かってるよ? 分かってますよ? なでしこもようこも女の子だもん。こんなことを突然言われたら普通なに言ってんだコイツって思うよ。

 尻尾をもふるだけで他意はないけど場合によってはセクハラで訴えられてもおかしくないもの。

 だけどね、それでもだ。自覚した今、啓太さんの心は非常に癒しを求めております。もふらせてはくれないのでしょうか?

 自然と上目遣いになり懇願する主になでしこさんが苦笑する。

 変な要求をされた近所の子供を相手にしているお姉さんのような顔だった。

 

「もう、仕方ないですね啓太様は。そんなに、その……尻尾が好きなんですか?」

 

「大好き」

 

 というより、もふもふが好きです。

 

「ふーん、もふもふが好きなんだ。いいよ、ケイタ。わたしの尻尾もふもふさせてあげる!」

 

 どろん、と大きな尻尾を出して俺の前に置くようこ。

 ようこの尻尾は狐色で全体的にもっさもっさしている。ギュッと握れば小さな束が出来るほど毛深い。

 それでいてさわり心地も悪くなく、確かな弾力を返してくる。なでしこの尻尾を『さらさら』とすれば、ようこの尻尾は『もっもっ』とした感じだ。分からない? 安心しろ、ニュアンス百パーセントだから俺も分からん。

 ようこなでしこも、週に最低一度はコミュニケーションの一環としてブラッシングを行っているため、彼女たちの尻尾の触り心地は既に身体に刻み込んでいる。しかしやはりブラッシングという名目があるため露骨かつ長時間触れることが出来なかったのが辛かった。……辛かった。

 お腹を空かせているのに、目の前に大好物の肉を置かれて『待て』をされた犬の気持ちがわかるというものだ。

 しかし今、そのようこさん本人からお許しをもらえたのだから、もう我慢しなくてもいいよね。

 でも、一応念のためもう一度確認しておこう、うん。

 

「……本当に、いいの?」

 

「いいよ。ケイタ、わたしの尻尾……たくさんもふもふして?」

 

 俺は自重を止めるぞぉぉぉぉぉ――――!

 晴れてお許しをもらった俺はタガが完全に外れたのを自覚した。

 もう自分を抑えることはできない。否、する必要がない。だって……。

 ――桃源郷はここにあったんだから。

 

「もふもふ……」

 

 ようこの尻尾を握り、まずは弾力を確かめるようにギュッギュッと力を入れる。間違えても力を込めすぎてはいけない。痛がるしせっかくのもふもふを痛めてしまうからね。

 発明した新薬の効力をサンプルで確認する医学者の如く真剣な面持ちで尻尾をもふる。

 

「もふもふもふ……」

 

 にぎにぎすると尻尾がピクンと反応し、それが面白くまたにぎにぎしてしまう。

 一旦手を離すとぶんぶんと掌の中で尻尾が往復した。どうやらようこも尻尾を可愛がられて嬉しいようだ。その動作もまた愛らしく再びもふもふしてしまう。

 やはりもふもふは素晴らしい。心の潤い、オアシスだ。

 

「もふもふもふもふ……」

 

「やぁん、ケイタったら。手つきがエッチー」

 

 ようこが身体をくねらせて何か言っているが、まったく耳に入らないし気にならない。今はそんなことよりも尻尾をもふもふするのに集中する。

 

「もふもふもふもふもふもふ……もふー」

 

 もふー!

 

 

 

 2

 

 

 

「もふもふもふもふもふもふ……もふー」

 

 啓太様が夢中になってようこさんの尻尾をにぎにぎ握っていると、唐突にそんな奇声――鳴き声? を発しました。

 それまで正座をしてようこさんの尻尾を堪能していたのですが、啓太様の中で何かが振り切れたのか上体を投げ出し、尻尾に抱きついたのです。

 

「ひゃあんっ! け、ケイタ?」

 

「もふもふ~」

 

 普段の啓太様からは考えられない姿。ここまで誰かに甘える啓太様は見たことありません。表情ははっきりと判るほど緩んでいます。

 珍妙な鳴き声を上げながら尻尾に抱きつき頬ずりしています。一見して普通の精神状態ではないと判りますが、ここまで楽しそうだと邪魔をするのも憚れるというものです。

 それに――。

 

「け、ケイタ! そこはダメっ、やん……! な、なんでこんなにっ、尻尾触るの上手なの……!?」

 

 快感、なのでしょうか。

 啓太様に尻尾を弄られるたびにようこさんの身体がビクッと反応し、艶かしい甘い吐息を零しています。

 私たちもようこさんも尻尾は特別敏感な場所ではないのですが。なんだか、見ているだけで胸がドキドキしますね……。

 でも、ようこさんばかりズルイです。

 

「あの、啓太様? その……」

 

「もふ?」

 

「わ、私の尻尾も……もふもふ、しませんか?」

 

 ああっ、言ってしまいました! わ、私ったらなんてはしたないことを!

 啓太様、引いてませんよね? 卑しい女だと思われてませんよね……?

 

「もふー」

 

 よかった大丈夫のようです。

 普段は隠している尻尾を出すと啓太様は歓声を上げました。ゴロゴロゴロと畳みの上を転がりようこさんから離れると、そのまま私の尻尾に飛び込んできます。

 

「きゃっ」

 

「んふ~」

 

 尻尾に顔を埋めて頬ずりしてきます。バタバタと楽しそうに足をバタつかせるのは良いですが、これはちょっと恥ずかしいです!

 しかし啓太様は私の葛藤などお構いなしで尻尾に夢中になっています。

 

「あっ、ふぅ……くぅぅっ、ひぅっ」

 

 知らず内に私の口からそんな声が漏れ出てしまいました。これは確かに、変な気持ちよさがありますね……!

 

「どう、なでしこ? ケイタって結構てくにしゃんじゃない?」

 

「てくにしゃんかどうかは分かりませんが、これは確かに癖になってしまいそうですね……! ひゃんっ! け、啓太様、そこはもっと優しく握ってくださいっ」

 

 私の声が聞こえているのかいないのか、もふもふ言いながら尻尾を弄る手が止まりません。

 ご主人様に構ってもらえて私自身喜びを禁じ得ない。なので、自然と抱いている感情が尻尾に表れてしまうのは仕方ないのです。

 啓太様は猫のように揺れる尻尾にじゃれついていました。普段の物静かで知的な雰囲気が木っ端微塵になっていますが、これはこれで可愛らしく見えるのは私の色眼鏡でしょうか。

 

「ケーイタっ、こっちにももふもふあるよ? ほらほら~」

 

「もふもふー」

 

 ようこさんが横から尻尾を差し込んできました。新たな『もふもふ』に啓太様も大喜びです。

 相変わらず啓太様の相好が崩れることはありませんが、それでも愉悦に浸っていると分かる程度には表情が和らいでいます。

 そんな啓太様を見ていると、なんだか胸のうちが温かく感じました。母性が擽られて仕方ありません。

 この可愛らしいご主人様を愛でたい。そんな欲求に駆られます。

 気がついたら私はようこさんの尻尾に抱きついている啓太様を背後から抱きしめていました。

 

「もふ?」

 

「あー! なでしこズルイ! わたしもケイタをぎゅってしたいのに!」

 

 ようこさんが騒いでいますがこれくらいは許してほしいです。啓太様に尻尾とはいえ抱きしめられているのですから。

 半年前なら気恥ずかしさが勝りこのような行動もなかなか取れずにいました。ですが、今は素直にこうして啓太様に甘えることが出来ます。

 これもあの夜、ようこさんと腹を割って話し合い、私のなかで何かが変わった――いえ、変わっていたことに気がついたからでしょう。

 啓太様に抱いていたこの気持ち。ようこさんを通して気がつくことが出来たのは見えざる何かが働いていたのでしょうか。

 なんにせよ、胸のうちにある気持ちに気が付くことができた私はようこさんを見習い、少しだけ自分の心に正直になりました。まだ気恥ずかしさを覚えますけどそれは仕方ありません。

 頑張って啓太様と心の距離を縮めようとする試行錯誤の日々。ほとんどがテレビを見たり、本を読んだり、ねっとで調べたりしながら得た情報を元にしていますけどね。

 ですが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいですね……。

 こうして啓太様の温もりを直接肌で感じ、ほのかなお日様の匂いをかいでいると、多幸感でいっぱいになります。

 

「なでしこ離れろ~っ、わたしもケイタをぎゅってするーっ」

 

「もう少し、もう少しこのままで……」

 

 なでしこは、いつでも貴方様のそばに――。

 いつまでも……貴方様の隣に――。

 

 




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